説明

キメラ型アデノウイルスとその作製方法並びにそれを用いた医薬

【課題】新規なキメラ型アデノウイルスベクターと、それを効率良く作製する方法、並びにそれを応用した医薬を提供すること。
【解決手段】タイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域をタイプ5型アデノウイルスに組み込んだベクターDNAと、タイプ5型アデノウイルスのE1A及びE1B遺伝子の発現を、外来性の転写調節領域で制御し得るようにしたベクターDNAとから作製された、ファイバー・ノブ領域がタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換され、且つ、E1A転写調節領域が除かれ、その箇所に遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域が導入さているタイプ5型を改変したキメラ型アデノウイルス。このキメラ型アデノウイルスは、細胞又は腫瘍融解性キメラ型アデノウイルスであり、例えば、難治性腫瘍に対して強い細胞傷害活性を有する医薬として利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域部分のみを、タイプ35型のアデノウイルスの該当領域と置換することによって遺伝子導入効率を高め、更に、アデノウイルスのE1A及びE1B遺伝子の発現を制御し得る、任意の転写調節領域を導入したキメラ型アデノウイルスとその作製方法、並びにそれを用いる医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
アデノウイルスは、遺伝子発現効率が他のウイルスベクターや非ウイルスベクターと比較して良好であることから、遺伝子機能のインビトロ並びにインビボにおける解析等に頻用されている。アデノウイルスには現在51種類のタイプが知られているが、その中で、遺伝子導入用のベクターとして頻用されているのは、タイプ5型である。これは、タイプ5型の全塩基配列が明らかにされていることの他に、このウイルスのゲノムサイズは小さく、ベクターとして遺伝子組換えが比較的容易なためである。また、これまで多くの疫学調査から、タイプ5型には、ヒトにおける発がん性がないことが分かっている。この5型ウイルスのヒトへの病原性としては、上気道の炎症が知られており、同ウイルスはいわゆる風邪ウイルスとして知られている。更に、ウイルスの生物学的な特性が良く解析されており、ヒトに関して比較的安全に使用しうることが判明している。そして、例えば、5型ウイルスの初期応答遺伝子であるE1A及びE1B遺伝子を欠損させた、非増殖型のタイプ5型ウイルスは、人体に遺伝子を投与するときの遺伝子治療用ベクターとして広く応用されている。
【0003】
アデノウイルスの標的細胞への感染性は、主にウイルスのファイバー・ノブ領域と細胞の受容体との結合によって規定される。タイプ5型の場合は、コクサキー・アデノウイルス受容体(CAR: coxsakievirus-adenovirus receptor)が細胞側の受容体である(非特許文献1)。そのほかに、ウイルスのペントンベース領域と細胞のインテグリン分子との結合も、ウイルスの細胞への感染性に関与しているが、感染への寄与は、前記のファイバー・ノブ領域とCAR分子との結合に比較して低いため、標的細胞上でのCAR分子の発現に、タイプ5型の感染力は大きく依存している。しかし、腫瘍細胞などではしばしばCAR分子の発現が低下しており(非特許文献2)、また正常細胞でも骨髄系の細胞などでは著しくCAR発現が乏しく(非特許文献1)、その結果タイプ5型ウイルスのこれらの標的細胞への遺伝子導入効率は低下している。
【0004】
この問題を解決する手段として、ファイバー・ノブ領域を人為的に変更する二つの手段が用いられて来た。その一つは、Arg-Gly-Asp (RGD)配列など特定の分子に結合する配列を使用する方法であり(非特許文献2)、もう一つは、他のタイプのウイルスのファイバー・ノブ領域と置換する方法である。前者のRGD配列は、タイプ5型の二次的な受容体であるインテグリンのαvβ3あるいはαvβ5タイプと結合することを利用したものであるが、この方法においては、ファイバー領域に挿入されたRGD配列が、本来のウイルスの構造蛋白ではない点、また遺伝子導入効率がやはり標的細胞のインテグリンの発現によって左右される点など、幾つかの問題点が残されている。後者の場合、サブタイプB1型に属するタイプ3型(非特許文献3)、あるいはサブタイプB2型に属するタイプ11型又は35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域が利用されている(非特許文献1)。タイプ3型の受容体は、最近CD80とCD86であることが明らかにされたが(非特許文献4)、これらの分子は主に免疫担当細胞に発現するものであり、タイプ5型とは標的となる細胞の範囲が異なるものの、広汎な細胞に対して著しく遺伝子導入効率を改善するものではない。
【0005】
一方、タイプ11型や35型のアデノウイルスの細胞受容体は、CD46であることが判明した(非特許文献5)。即ち、タイプ11型又は35型のファイバー・ノブ領域は、CD46分子と結合するので、それらのウイルスの感染性は、標的細胞上のCD46の発現によって主に規定されることを示している。CD46は補体の活性化を阻害する機能を有し、その発現は赤血球以外のヒトの細胞に広く発現しており、また腫瘍細胞では高発現であることが知られている。タイプ11型又は35型のヒトに対する病原性としては、尿路感染症が知られているが、病原性に関する詳細な解析はなされておらず、ウイルスとしての生物学的特性も明確ではない。従って、タイプ11型あるいは35型のウイルスをそのまま使用することには問題が残されているものの、タイプ5型のファイバー・ノブ領域のみをタイプ11型又は35型に変換したキメラ型ベクターは、ヒトに対して発がん性を有しないタイプ5型の特性などを生かした上で、広汎な細胞に遺伝子導入が可能であり、とりわけCAR発現が低下している細胞などを標的とした場合に、効率的な遺伝子導入用のツールとなると予想される。
【0006】
そこで実際に、これらのファイバー・ノブ領域を置換した非増殖型の5型ウイルスで、サイトメガロウイルスプロモーターによってGreen Fluorescence Protein (GFP) の発現を制御するウイルス(Avior Therapeutics社、シアトル、米国)を用いて、各種腫瘍細胞や正常細胞に対する遺伝子導入効率を検討してみると、タイプ5型よりタイプ11型が、またタイプ11型よりタイプ35型がより高い遺伝子導入効率を有していることが判明した(非特許文献6)。また、末梢血、樹状細胞並びにCD34陽性の骨髄幹細胞などの細胞に対しては、タイプ5型ウイルスが全く感染しないのに対して、タイプ35型のファイバー・ノブ領域を用いたアデノウイルスは、遺伝子導入が可能である(非特許文献1)。従って、現在遺伝子導入の主流のベクターであるタイプ5型アデノウイルスには、標的細胞への感染効率からして、その有用性には一定の限界があり、他方、広汎な遺伝子導入効率を可能にする、タイプ35型のファイバー・ノブ領域を利用したキメラ型ウイルスが有用であると考えられる。
【0007】
一方、野生型のアデノウイルスは強い細胞傷害活性を有しているが、その細胞傷害活性は、ウイルスの初期応答遺伝子であるE1A及びE1Bの発現によって規定される。これは、E1A及びE1B遺伝子が、感染細胞の細胞周期、蛋白合成の調節やウイルスの増殖に深く関与しているためである。従って、同遺伝子を欠損させたウイルスは感染細胞において増殖しないため、当該ウイルスは非増殖型となり、遺伝子導入ベクターして使用されている。一方、E1A及びE1B遺伝子が、感染した細胞において発現すると、ウイルスの増殖が開始され、感染した細胞が最終的に死滅することになる。即ち、このことは、E1A及びE1B遺伝子の発現を、特定の細胞集団において特異的に制御すれば、傷害を受ける細胞の特異性が規定される可能性を示している。例えば、E1A及びE1B遺伝子の発現を、腫瘍細胞に高発現の遺伝子の転写調節領域を用いて制御すれば、その組換えウイルスは、腫瘍に特異性を有して融解する腫瘍融解性ウイルスとなることが期待できる。このような、腫瘍細胞に比較的特異性を有する転写調節領域としては、ミッドカイン (midkine)(非特許文献7)、サバイビン(survivin)(非特許文献8)、Cyclooxygenase-2(非特許文献9)などのプロモーターが知られており、これらの腫瘍プロモーターを、転写調節領域に組み入れたアデノウイルスを作製してみると、当該ウイルスは、腫瘍細胞をインビボにおいても強く殺傷することが確認された(非特許文献10)。即ち、これらの組換えウイルスは、転写調節領域の特異性によって、その細胞傷害性が決定され、ヒト腫瘍を破壊し抗腫瘍効果を示すことが明らかにされている(非特許文献11)。
【0008】
しかし、従来のこれらの細胞融解性ウイルスは、全てタイプ5型のウイルスを使用しているため、CAR低発現の細胞を標的とした場合、ウイルスの感染力が必ずしも高くなく、その結果、充分な抗腫瘍効果が得られない欠点があった。実際のヒトの腫瘍においては、しばしばCARが低発現であるため、タイプ5型ウイルスによって、抗腫瘍効果を得ようとするには、より高力価のmultiplicity of infection (MOI)を有するウイルス溶液を用いる必要があり、その結果、大量のウイルス投与による、細胞毒性等の副作用が出現することが考えられた。従って、標的細胞への感染力を高めれば、より効果的に目的の細胞を破壊することができるはずである。そこで、タイプ3型のファイバー・ノブ領域を用いてタイプ5型を改変した細胞融解性ウイルスが作製され、その有用性が明らかにされた(非特許文献12)。
【0009】
ところで、アデノウイルスの従来の作製法は、複数のアデノウイルス遺伝子含むプラスミドDNAを、大腸菌あるいはウイルス産生細胞であるHEK293細胞内に導入して、その細胞内での相同遺伝子組換え機構に依存する方法であるため効率が悪く、また組換え体を単離するための過程も多くの手技が必要であり、その為、キメラ型ウイルスの作製はしばしば困難であるという欠点があった。一方、Mizuguchiらの方法は、ウイルスベクターの2種類のDNAを大腸菌内で連結し、全てのアデノウイルスのDNAを1つにして、HEK293細胞にトランスフェクトするというもので、従来の方法に比較して容易であるとされている(非特許文献13)。
【0010】
【非特許文献1】Shayakhmetov DM et al, J Virol, 74: 2567-2583, 2000.
【非特許文献2】Dehari H et al, Cancer Gene Ther, 10: 75-85, 2003.
【非特許文献3】Kanerva A et al, Clin Cancer Res, 8: 275-280, 2002.
【非特許文献4】Short JJ et al, Virology, 322: 349-359, 2004.
【非特許文献5】Gaggar A et al, Nat Med, 9: 1408-1412, 2003.
【非特許文献6】Yu L et al, Oncol Rep, 14: 831-835, 2005.
【非特許文献7】Miyauchi M et al, Int J Cancer, 91: 723-727, 2001.
【非特許文献8】Bao R et al, J Natl Cancer Inst, 94: 522-528, 2002.
【非特許文献9】Yamamoto M et al, Mol Ther, 3: 385-394, 2001.
【非特許文献10】DeWeese TL et al, Cancer Res, 61: 7464-7472, 2001.
【非特許文献11】Yoon TL et al, Curr Cancer Drug Targets, 1: 85-107, 2001.
【非特許文献12】Bauerschmitz GJ et al, Mol Ther, 14: 164-174, 2006.
【非特許文献13】Mizuguchi H et al, Hum Gene Ther, 9: 2577-2583, 1998.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来のアデノウイルスベクターはタイプ5型であるため、感染効率がウイルス受容体であるCAR分子の発現によって左右され、その結果、標的細胞への遺伝子導入効率が同細胞上のCAR発現によって規定されることになる。従って、CAR発現の低い細胞にあっては、タイプ5型ウイルスの感染効率が低下し、遺伝子導入効率が低いことが知られており、骨髄細胞などを遺伝子導入の標的とした場合、タイプ5型ウイルスはベクターとしての機能を果たさない。そこで、生物学機能が明確で発がん性のないタイプ5型を基本とし、受容体結合領域であるファイバー・ノブ領域を、広汎な細胞で発現している分子を受容体とするアデノウイルスのものと置換すれば、CARの発現に制約されず、より多くの細胞を標的とすることができ、またタイプ5型ウイルスよりも低いMOIで感染可能となることから、アデノウイルスによる副作用を回避できる。同様なキメラ型ウイルスとしては、タイプ3型のファイバー・ノブ領域を用いたものが報告さているが、タイプ3型の受容体発現は、前述したように比較的限定されていることから、広汎な細胞を標的とするには適していない面がある。そこで、赤血球以外のヒトの細胞で発現し、更にヒトの腫瘍で高発現であるCD46を受容体とするタイプ35型の該当領域を用いて置換したキメラ型ウイルスは、多くの標的細胞に対して、タイプ5型ウイルスよりも遺伝子導入が良好となるはずである。そこで、本発明者は、タイプ5型ウイルスを用いて、タイプ35型のファイバー・ノブ領域を有する細胞融解性ウイルス(タイプ5型を改変したキメラ型ウイルス)を作製することに着目した。
【0012】
しかし、このようなキメラ型ウイルスの作製にあたっては、適切なベクターDNAがないため、従来は、大腸菌あるいはHEK293細胞内での相同遺伝子組換え機構に依った方法で行なわれており、その為キメラ型ウイルスの作製はしばしば困難であった。また、Mizuguchiらの方法(非特許文献13)についても同様で、適切なベクターDNAがないため、これによってキメラ型ウイルスを作製することが困難であった。
【0013】
従って、本発明の課題は、遺伝子導入効率を高めるため、タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域部分のみをタイプ35型のアデノウイルスの当該領域と置換したベクターDNAと、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所に、アデノウイルスのE1A及びE1B遺伝子の発現を制御しうる、任意の転写調節領域を導入したベクターDNAを用いて、タイプ5型を改変したキメラ型アデノウイルスを効率良く作製する方法を提供することにある。そして、また、本発明の課題は、かかるキメラ型アデノウイルスあるいはそれを応用した医薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の請求項1に記載された発明は、タイプ5型アデノウイルスにおいて、ファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換し、且つ、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所に遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入したキメラ型アデノウイルスである。
【0015】
請求項2に記載された発明は、外来性転写調節領域が、組織特異的プロモーターである請求項1記載のキメラ型アデノウイルスである。そして、ここで得られたキメラ型アデノウイルスは、標的の細胞を融解する細胞融解性ウイルスである。
【0016】
請求項3に記載された発明は、外来性転写調節領域が、腫瘍プロモーターである請求項1記載のキメラ型アデノウイルスである。そして、ここで得られたキメラ型アデノウイルスは、標的の腫瘍細胞を融解する腫瘍融解性ウイルスである。
【0017】
請求項4に記載された発明は、腫瘍プロモーターが、ミッドカイン遺伝子、サバイビン遺伝子又はCyclooxygenase-2遺伝子のプロモーターである請求項3記載のキメラ型アデノウイルスである。
【0018】
請求項5に記載された発明は、配列表配列番号3に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列に、任意の外来性転写調節領域をコードする塩基配列を導入して得られた塩基配列を有する請求項1記載のキメラ型アデノウイルスである。なお、本発明において相同な塩基配列とは、基本の塩基配列と比較して、1若しくは数十個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された、実質的に同様の特徴を有する塩基配列を意味する。
【0019】
請求項6に記載された発明は、請求項1記載のキメラ型アデノウイルスを作製するに際し、タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換したベクターDNA(1)より得られるアデノウイルスをコードする塩基配列を含む断片と、タイプ5型アデノウイルスのE1A転写調節領域を除き、その箇所にタイプ5型アデノウイルスの遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入するためのベクターDNA(2)に、任意の外来性転写調節領域を導入したベクターDNA(2’)を作製し、該ベクターDNA(2’)から得られる任意の外来性転写調節領域及びE1AとE1Bとをコードする塩基配列を含む断片とを、連結させて一本のベクターDNAとしたものを用いることを特徴とするキメラ型アデノウイルスの作製方法である。

【0020】
請求項7に記載された発明は、ベクターDNA(1)が、配列表配列番号1に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列を持つベクターDNA(pAd5F35)である、請求項6記載のキメラ型アデノウイルスの作製方法である。
【0021】
請求項8に記載された発明は、ベクターDNA(2)が、配列表配列番号2に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列を持つベクターDNA(pS-PL/E1A-E1B)である、請求項6又は7記載のキメラ型アデノウイルスの作製方法である。
【0022】
請求項9に記載された発明は、タイプ5型アデノウイルスにおいて、ファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換し、且つ、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所に遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入したキメラ型アデノウイルスを含む、又は、該ウイルスを感染させた細胞を含む医薬である。
【0023】
そして、請求項10に記載された発明は、キメラ型アデノウイルスが、標的細胞を融解する細胞融解性ウイルス又は標的腫瘍細胞を融解する腫瘍融解性ウイルスである請求項9記載の医薬である。
【発明の効果】
【0024】
安全性が確認され、生物学的特性が明らかにされているタイプ5型のアデノウイルスを基本構造とし、ファイバー・ノブ領域のみをタイプ35型に置換したキメラ型アデノウイルスは、タイプ5型に比較して、ヒトの腫瘍細胞や血球系細胞などCAR発現の低い細胞への遺伝子導入が容易である。本発明では、タイプ35型のファイバー・ノブ領域を有するタイプ5型を改変したベクターDNAと、外来性の転写調節領域を用いてE1AとE1B遺伝子発現を容易に制御しうるベクターDNAを作製し、これらのベクター系を用いて、前記キメラ型アデノウイルスを簡便に作製することができた。そして、かかるキメラ型アデノウイルスによる遺伝子導入を、多くの細胞で実施可能にし、とりわけ従来のタイプ5型アデノウイルスではなし得なかった細胞への遺伝子導入を容易に可能にした。これらのベクター系を用いると、従来の方法を用いるより格段に、キメラ型細胞融解性ウイルスの作製が容易になり、且つ、同ベクター系によって作製したキメラ型細胞融解性ウイルスは、従来のタイプ5型の腫瘍融解性ウイルス等に比較して、より広汎な腫瘍に対して有効で、かつ抗腫瘍効果が高く、その結果、多くの難治性の腫瘍に対して医薬として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明では、例えば、タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域に相当する箇所を、タイプ35型の当該領域と置換したベクターDNA(pAd5F35)を作製する。他方、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所にマルチクローニング部位とその3'下流にE1AとE1B遺伝子を有するベクターDNA(pS-PL/E1A-E1B)を作製し、任意の転写調節領域を、pS-PL/E1A-E1Bのマルチクローニング部位に挿入し、適切な制限酵素部位を用いて切り出したpS-PL/E1A-E1BのDNA断片を、pAd5F35に組込み、1本のDNAとした後、HEK293細胞あるいはその他の細胞に、遺伝子導入を行なう。その結果、cytopathic effects(CPE)が観察された細胞より、任意の外来性の転写調節領域でE1AとE1B遺伝子を制御し、且つ、ファイバー・ノブ領域がタイプ35型に置換された5型を改変したキメラ型アデノウイルスが確実に産生できることが判明した。
【0026】
この方法では、従来のアデノウイルス作製法に比較して、CPEを起こしたプラークをいちいちクローニングして、求めるウイルスかどうか検討する必要が全くなく、出現したプラークは全て求めるウイルスである。従って、任意の外来性の転写調節領域の特異性に依存して細胞傷害活性を有し、且つ、タイプ35型のファイバー・ノブ領域を有するキメラ型アデノウイルスを、確実に、且つ、格段に容易に作製することが可能となる。
【0027】
任意の外来性転写調節領域としては、組織特異的プロモーターや腫瘍プロモーターを用いることができる。腫瘍プロモーターとしては、ミッドカイン遺伝子、サバイビン遺伝子又はCyclooxygenase-2遺伝子のプロモーターが好ましい。任意の外来性の転写調節領域として腫瘍プロモーターを用いた場合には、得られたキメラ型アデノウイルスは、腫瘍に特異性を有して細胞傷害活性を発揮し、とりわけCAR発現が低い腫瘍に対して有効である。
【0028】
本発明のキメラ型アデノウイルス作製に必要なベクター系は、例えば、塩基配列が配列番号1に示されるpAd5F35(塩基数32,407)と、配列番号2に示されるpS-PL/E1A-E1B(塩基数6,663)である。pAd5F35の塩基配列は、タイプ5型アデノウイルス(NCBIのaccession number M73260)のなかで、主にE1とE3領域を欠き、タイプ5型のCAR結合領域塩基配列部分を、タイプ35型のCD46結合領域を示す塩基配列部分で置換したものである。また、pS-PL/E1A-E1Bは、制限増殖型アデノウイルスの作製用であって、外来性の転写調節領域を組み入れて、E1A及びE1B遺伝子をその転写調節領域の特性に応じて発現させるもので、pAd5F35と共に使用して、細胞融解性ウイルスの作製に使用する。配列番号3(塩基数36,187)に示される塩基配列は、前記配列番号1と2の塩基配列から得られる、任意の外来性の転写調節領域を挿入する前の塩基配列である。本発明においては、配列表配列番号3に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列に、任意の外来性転写調節領域をコードする塩基配列を導入して得られた塩基配列を有する、キメラ型アデノウイルスが特に好ましいものである。
【0029】
本発明においては、前記配列番号1に限らず、accession number M73260のうち、ファイバー・ノブ領域に相当する31042-32787断片のうち、いずれかの箇所が、NCBIのaccession number AY271307で示されるタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域に相当する30827-33609断片のいずれかの箇所と、置換しているものが含まれるものも含む。更に、配列番号1及び2に示す塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、配列番号1及び2に示す塩基配列と同様に、配列番号1にあっては、タイプ35型キメラ型アデノウイルスのファイバー・ノブ蛋白とその領域以外がタイプ5型のアデノウイルス蛋白をコードしうるもので、また配列番号2にあっては、任意の転写調節領域でE1AおよびE1B遺伝子の発現を制御するもので、これらのDNAを最終的に大腸菌の中で1本のDNA鎖とするベクター系も本発明に含むものである。
【0030】
上記の遺伝子組換えは、例えば Molecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に従い、また、例えば、PCR法あるいは培養細胞への遺伝子導入法などの通常の分子生物学的手法も、当業者ならば上記 Molecular Cloning 等の基本書を参考にして容易に行うことができる。
【0031】
本発明のキメラ型アデノウイルスは、先ず、タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換したベクターDNA(1)と、タイプ5型アデノウイルスのE1A転写調節領域を除き、その箇所にタイプ5型アデノウイルスの遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入するためのベクターDNA(2)に、任意の外来性転写調節領域を導入したベクターDNA(2’)を作製し、次いで、前記ベクターDNA(1)から、少なくともアデノウイルスをコードする塩基配列を含む断片を、また、前記ベクターDNA(2’)から、少なくともE1AとE1Bと任意の外来性転写調節領域をコードする塩基配列を含む断片を作製し、その後、前記二つの断片を連結させて一本のベクターDNAとし、これを用いて、公知の遺伝子組換えの手法で簡便に作製することができる。
【0032】
本発明においては、前記作製方法を実施するに際し、ベクターDNA(1)を制限酵素I-Ceu I とPI-Sce Iで切断して得られた、アデノウイルスをコードする塩基配列を含む断片と、ベクターDNA(2’)をI-Ceu IとPI-Sce Iで切断して得られた、任意の外来性転写調節領域及びE1AとE1Bとをコードする塩基配列を含む断片を、連結して1本のDNA鎖にしたものを用いるのが好ましい。
【0033】
前記のベクターDNAには、いかなる転写調節領域であっても、またそれを組み合わせて使用することも可能であり、更にはE1A及びE1B遺伝子と、例えば、internal ribosome entry siteを用いて、自殺遺伝子、サイトカイン遺伝子など他の遺伝子を組み合わせて使用することも可能である。また、最終的に作製されるキメラ型アデノウイルスは、標的細胞がCD46を発現する細胞であった場合に使用可能であり、CAR発現が低下している、あるいは発現を見ない細胞に対しては、従来のタイプ5型の細胞融解性ウイルスと比較して、とりわけ有用である。
【0034】
本発明のキメラ型アデノウイルスは、外来性転写調節領域として、組織特異的プロモーターを用いた場合には、得られたキメラ型アデノウイルスは、標的の細胞を融解する細胞融解性ウイルスとなる。また、外来性転写調節領域として、ミッドカイン遺伝子、サバイビン遺伝子又はCyclooxygenase-2遺伝子等の腫瘍プロモーターを用いた場合には、得られたキメラ型アデノウイルスは、標的の腫瘍細胞を融解する腫瘍融解性ウイルスとなる。
【0035】
本発明のタイプ5型アデノウイルスにおいて、ファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換し、且つ、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所に遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入したキメラ型アデノウイルスは、特に、標的細胞を融解する細胞融解性ウイルス又は標的腫瘍細胞を融解する腫瘍融解性ウイルスは、そのままあるいは、該ウイルスを感染させた細胞を有効成分として含む医薬とすることができる。そして、細胞融解性ウイルス又は腫瘍融解性ウイルスは、そのウイルス単独で、あるいはキャリアーとしてリポソームやナノ粒子等に封入し、あるいはウイルスを感染させた細胞そのものを使用して、インビトロあるいはインビボにおいて標的細胞を有する細胞群、組織内に投与したり、また、静脈・動脈内に投与したりして、標的の細胞のみを殺傷する医薬として利用することができる。またこの際に、超音波あるいはエレクロトポレーションなどの物理的作用や電気的作用によって、目的の細胞への感染を増強することも可能である。
【0036】
とりわけ腫瘍細胞を標的とした場合は、ヒトの大部分の腫瘍において、本発明のキメラ型細胞融解性ウイルスは、有効性を発揮し、他の抗癌剤や放射線療法との併用効果も期待できる。具体的には、食道癌、肝臓癌、膵癌、大腸癌、胆嚢癌などの難治性消化器腫瘍及びその転移巣に対して、あるいは、脳腫瘍、悪性黒色腫、頭頚部癌、肺癌、乳癌など比較的体外からウイルスの投与が容易である癌、悪性中皮腫、肺癌、卵巣癌など、胸膜転移や腹膜転移を起こし胸腔内や腹腔内に進展する腫瘍などの治療に有用である。
【0037】
本発明の細胞融解性ウイルス又は腫瘍融解性ウイルスは、そのままの形態で、あるいは医薬的に許容できる通常使用されている賦形剤と共に、溶液、懸濁液、ゲル等の形態に製剤化した後に投与することができる。投与形態としては、局所注射などにより投与することができる。また、通常の静脈内、動脈内等の全身投与により投与することもできる。また、ウイルスを細胞に感染させ、その後に感染細胞を前記の形態で投与することもできる。投与量は、投与対象の症状、年齢、性別、投与経路、剤型などによって異なるが、一般に、成人では一回当たり、有効成分が、通常、約1×1010 plaque forming unit(pfu)から3×1012pfuである。以下に本発明を、参考例と実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
[参考例1]
悪性中皮腫と食道癌を例にとり、CAR分子とCD46の発現レベルを、フローサイトメトリーを利用して検討した。対照として、アデノウイルスの産生に使用されるHEK293細胞を使用した。結果を表1に示した。
【0039】
【表1】

【0040】
表1において、NCI-H2452、NCI-H2052、NCI-H226、NCI-H28、MSTO-211Hはヒト悪性中皮腫で、その他はヒト食道癌である。各細胞のCAR及びCD46の発現レベルは、ヒト胎児の腎臓細胞HEK293細胞を100%としたときの値で示した。表1より、ヒト悪性中皮腫、食道癌においては、CAR分子の発現は、対照のHEK263細胞より低いが、CD46分子の発現は、HEK293細胞に比較して高いことが分かる。かかるデータから、ヒトの細胞に対しては、CAR分子を受容体とするタイプ5型よりも、CD46分子を受容体とするタイプ35型のアデノウイルスの方が遥かに感染効率が高いと推定される。
【0041】
[参考例2]
35型ファイバー・ノブ領域を有するキメラ型アデノウイルスの、遺伝子導入効率を検討した。Avior Therapeutics社(シアトル、米国)から市販されているアデノキメラベクターのなかで、タイプ35型ファイバー・ノブ領域を有するキメラ型ウイルスを用いて、ヒト悪性中皮腫並びにヒト食道癌に対する遺伝子導入効率を検討した(用いた細胞は、ヒト肝癌細胞HuH-7とその他の細胞については表1と同じ)。サイトメガロウイルスのプロモーターでGFPを発現しうるベクターを用い、タイプ5型(Ad5-GFP)あるいはタイプ35型キメラウィルス(Ad5F35-GFP)を一定のMOIで30分間感染させ、細胞を洗浄し、2日後にフローサイトメトリーを用いて、GFP発現量につき平均蛍光強度を指標として検討した。結果を図1(悪性中皮腫)及び図2(食道癌)に示した。
【0042】
その結果、図1から分かるとおり、対照として用いたヒト肝癌細胞HuH-7では、Ad5-GFP、Ad5F35-GFPとも同様な遺伝子発現を示したが、検討したヒト悪性中皮腫では、全例でAd5F35-GFPの方が遺伝子発現が強く、これはタイプ35型のキメラウイルスの方が、タイプ5型に比較して感染効率が良好であることを意味している。ヒト食道癌についても同様で、結果を図2に示したように、対照のHuH-7、HEK293細胞に比較して、食道癌ではAd5-GFPよりもAd5F35-GFPの方が、遺伝子発現が良好で、感染効率が優れていることが分かる。
【0043】
[実施例1]
従来の非増殖型のキメラ型アデノウイルスの作製は、大腸菌あるいはHEK293細胞内での相同遺伝子組換え機構に依った方法であり、Avior Therapeutics社による非増殖型キメラ型アデノウイルス作製キットにおいても、LHSPベクターに目的遺伝子を組み入れ、これとタイプ35型ファイバー・ノブ領域を有するRHSPベクターを同時にHEK293細胞にトランスフェクトし、同細胞内での相同遺伝子組換えによってウイルスを作製する方法である。この方法は極めて非効率的であるばかりか、細胞内の相同遺伝子組換え頻度が著しく低く、また出現したプラークを、目的のウイルスが含まれているかどうか個別に検討する必要があった。
【0044】
そこで、本発明においては、Clontech社のpShuttle2ならびにpAdeno-Xベクターを利用して、以下のような手法により、HEK293細胞をはじめ、ウイルス産生細胞に、あらかじめ1つにしたウイルスDNAをトランスフェクトすることにより、出現したプラークが全て、目的のウイルスを含むものとなるようにした。
【0045】
[キメラ型アデノウイルスの作製を容易にするベクターDNA(1)の作製]
タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域は、E3B 14.7K分子がコードされている領域とE4 ORF6/7分子がコードされている領域の間にコードされており、そのうちCAR結合領域は、accession number M73260において31042-32787に相当する。このCAR結合領域を、制限酵素を用いて切断しその断片を得るには、Clontech社のpAdeno-X のEco RI断片 (23.9 kbから29.4 kb)が簡便であり、この断片には、タイプ5型のCAR結合領域(pAdeno-Xにおいて24.5 kbから26.2 kbに相当)が含まれている。一方、タイプ35型のファイバー・ノブ領域は、accession number AY271307において30827-33609に相当し、そのうちCD46結合領域は、30956-31798に存在している。タイプ35型のこの領域を制限酵素を用いて切断し、その断片を得るには、Avior Therapeutics社のRHSP Ad35のEco RI断片 (23.8 kbから29.0 kb)が簡便であり、この断片には、タイプ35型のCD46結合領域(RHSP Ad35において24.8 kbから25.8 kbに相当)が含まれている。そこで、pAdeno-Xより23.9 kbから29.4 kbに相当するEco RI断片を除いたDNAと、RHSP Ad35より、23.8 kbから29.0 kbに相当するEco RI断片を切り出し、両者を結合させてpAd5F35(配列番号1)を完成させた(ベクターDNA(1))。
【0046】
[キメラ型アデノウイルスの作製を容易にするベクターDNA(2)の作製]
マルチクローニングサイトを有するベクターを先ず作製するために、Clontech社のpShuttle2を、Mun IとNhe Iで切断して、サイトメガロウイルスプロモーター領域(pShuttle2の184-918に相当)を除き、そこにMun I-Sca I-Bam HI-Eco RV-Sal Iのマルチクローニングサイトを有するDNAを結合させ、pS-PLを完成させた。その結果pS-PLにはMun I-Sca I-Bam HI-Eco RV-Sal I-Nhe I-Dra I-Apa I-Xba I-Not I-Bst
XI-Kpn I-Aff IIのクローニング部位が存在している。
【0047】
タイプ5型アデノウイルスの遺伝子E1A及びE1B領域は、accession number M73260において560-3509に相当しており、同領域の転写調節領域は、accession number M73260における341-548に相当している。そこで、遺伝子E1A及びE1Bの転写調節領域を除き、その箇所に導入された外来性の転写調節領域のもとに、遺伝子E1A及びE1Bの発現を制御するベクターDNA(2)を、以下の方法で作製した。
【0048】
Avior Therapeutics社のLHSPをXba IとMun Iで切断し、438bpのDNA断片を除いた4276bpのLHSPと、pXC1 (Microbix Biosystems社、オンタリオ、カナダ)をXba I及びMun Iで切断して得られた、遺伝子E1AとE1Bの一部を含むDNA断片(2585bp)を結合させた。この結果作製されたDNAは、アデノウイルスの配列のうち、遺伝子E1AとE1Bの転写調節領域を欠いて、代わりにマルチクローニングサイトを含み、accession number M73260のおいて22-341及び1338-5784を有するものである。次いで、PCRを用いて、M73260のおいて549-1344 (3'側にXba I部位が存在)に相当する配列を、5'側にBam HI、3' 側にXba Iの部位を有するように設計したプライマーを用いて増幅した。そして、更にこのPCR産物をBam HIとXba Iで切断後、これを上記のDNAのマルチクローニングサイトのBam HIとE1A領域のXba I部位に挿入した。
【0049】
この結果、完成されたDNAは、accession number M73260のおいて22-341及び549-5784を有し、欠損させた342-548には、Cla I及びBam HI部位が存在している。このDNAをCla I及びMun Iを用いて切断した、遺伝子E1A及びE1Bを含む領域(M73260において549-3923)を、前記pS-PLのNot I部位に挿入し、pS-PL/E1A-E1B(配列番号2)を作製した。最終的に完成したpS-PL/E1A-E1Bは、複数のクローニング部位に、任意の転写調節領域を組み込んで、この領域の制御下にE1A及びE1B遺伝子の発現を制御できうるベクター(ベクターDNA(2))である。
【0050】
[実施例2]
[ミッドカイン、サバイビン、Cyclooxygenase-2 (COX-2)遺伝子のプロモーターによる細胞融解性キメラ型ウイルスの作製]
腫瘍において高い発現を示すミッドカイン、サバイビン、COX-2遺伝子の転写調節領域を、PCRを用いてクローニングした。そして、それぞれ、転写開始点を+1とした場合、ミッドカインは-559から+50、サバイビンは-478から+43、COX-2は-327から+59の領域を、pS-PL/E1A-E1BのEco RV部位に挿入してプラスミドDNAを得た。また、対照として、サイトメガロウイルスのプロモーターを同部位に挿入した。また、制限増殖性ウイルスの対照として、非増殖性ウイルスの作製のために、Pharmacia社のpCH110よりHind IIIとBam HIで切断したLacZ cDNAをpShuttle2(Clontech社)に挿入した。
【0051】
上記のプラスミドDNAを、I-Ceu I及びPI-SceIで切断し、この断片を、キメラ型アデノウイルスの作製のために、pAd5F35を I-Ceu I及びPI-SceIで切断したものと連結させ、更に、未消化のpAd5F35を切断するため、Swa Iで切断した。また、対照として、タイプ5型のウイルスを作製するため、上記のミッドカイン、サバイビン、COX-2遺伝子並びにサイトメガロウイルスのプロモーターを含むpS-PL/E1A-E1Bを、I-Ceu I及びPI-SceIで切断し、この断片を、Clontech社のpAdeno-Xを I-Ceu I及びPI-SceIで切断したものと連結させた。更に、同様にして未消化のpAdeno-Xを切断するため、Swa Iで切断した。
【0052】
上記のごとくして得られたDNAを、それぞれ大腸菌DH5αにトラスフォームさせ、その中から、E1AとE1B遺伝子の5'上流に当該の転写調節領域が存在し、E3領域以外のアデノウイルスのDNAを有するプラスミドDNA(キメラ型及びタイプ5型双方)を有するものを選択し、当該DNAを抽出した。
【0053】
上記の抽出で得られたDNAをPac Iで切断した後、HEK293細胞にトランスフェクトし、CPEによるプラーク形成を行なわさせた。このHEK293培養細胞とその培養液を回収し、凍結融解を繰り返した後、細胞分離用の遠心機を用いて3000回転で10分間遠心し、その上清を1次ウイルス液として保存した。このウイルス液を使用してHEK293細胞にウイルス感染を行ない、同様な処理によって2次、3次ウイルス液を作製した。3次ウイルス液100mlより、Clontech社のアデノウイルス精製キットを用いて、当該ウイルスを精製した。従って、上記の方法により、細胞融解性キメラ型ウイルスとして、ミッドカイン遺伝子、サバイビン遺伝子、COX-2遺伝子、サイトメガロウイルスのプロモーターを有するもの、即ち、Ad5F35/MK、Ad5F35/Sur、Ad5F35/COX-2、Ad5F35/CMV、また、細胞融解性タイプ5型ウイルスとして、同様の転写調節領域を有する、Ad5/MK、Ad5/Sur、Ad5/COX-2、Ad5/CMV、更に、非増殖性のキメラ型ウイルスとタイプ5型ウイルスとして、Ad5F35/LacZ、Ad5/LacZを精製した。これらのウイルスは適切なプライマーを使用したPCRによって、それぞれ目的のウイルスであり、他のウイルスが混在していないことを確認した。また、精製したウイルスは260nmの吸光度を測定し、ウイルス量をOPU/ml (optical particle unit)=OD260×ウイルス希釈×1.1×1012で算出した。
【0054】
なお、HEK293細胞は、E1A遺伝子が発現しており、理論的には細胞内で遺伝子組み換えによって、野生型のウイルスが出現する可能性がある。そこで、上記の細胞融解性ウイルス作製の際に、アデノウイルスの遺伝子を全く含まないHuH-7細胞を用いて、同様な手法により、ウイルス作製が可能であるかどうかを検討した。その結果、HuH-7細胞のようなアデノウイルスの遺伝子を含まない細胞を用いても、細胞融解性ウイルスは作製可能であり、その場合は当然のことながら、野生型など構造の異なるウイルスの出現しないことを、同様のPCRにて確認した。
【0055】
上記にようにして作製した本発明のキメラ型ウイルスが、実際にCD46を受容体として感染するかどうかを、Ad5F35/LacZ及びAd5/LacZを用いて検討した。タイプ35型アデノウイルスはマウス細胞には感染しないことから、マウス悪性黒色腫B16細胞にヒトCD46分子を発現させて、B16/CD46細胞を作製した。B16細胞にはAd5F35/LacZは感染しなかったが、高MOIの存在下でAd5/LacZは感染し、B16/CD46細胞ではAd5F35/LacZは感染し、Ad5/LacZも高MOIの存在下で感染した。即ち、これらの結果は、上記の方法で作製したウイルスは、予期されたようにキメラ型並びにタイプ5型のウイルスであることを示している。
【0056】
[実施例3]
[本発明のキメラ型細胞融解性ウイルスの抗腫瘍効果(1)]
作製した各ウイルスの細胞傷害活性を検討するため、悪性中皮腫を例にとり、標的細胞を96穴プレートに1×104播き、それにウイルスを一定のOPU/mlで感染させ、50%以上のCPEが出現する最小OPU/mlを算出した。その結果を表2に示した。
【0057】
【表2】

【0058】
表2において、H2452a:
NCI-H2452, H2052b:
NCI-H2052, H226c:
NCI-H226, H28d:
NCI-H28, 211He:
MSTO-211Hである。
【0059】
表2の結果は、一定のウイルス量を用いた場合の、細胞傷害活性を示しており数字が低い方ほどその細胞が当該ウイルスに感受性であることを示している。また、Ad5/LacZ及びAd5F35/LacZは非増殖型であるため、細胞傷害活性はない。各細胞におけるウイルス感受性を決定する要因は多数あり、各細胞間によって感受性に差があるため、細胞間の比較はできないが、同一の転写調節領域を有する本発明のキメラ型アデノウイルスと、タイプ5型のアデノウイルスの細胞傷害活性を比較すると、全ての細胞において、本発明のキメラ型アデノウイルスは、少なくともタイプ5型と同程度の細胞傷害活性を有しており、とりわけCAR分子発現の低下した細胞(NCI-H2052やMSTO-211H)では、キメラ型アデノウイルスの方がタイプ5型に比較して、細胞傷害活性が強いことが分かる。
【0060】
上記の細胞の中で、実際のウイルスの増殖をPCRを用いて検討した。ヒト悪性中皮腫MSTO-211Hに、Ad5/MK、Ad5F35/MK、Ad5/Sur及びAd5F35/Surを一定のMOIで感染させ、CPEが生じた後、その培養上清を回収し、その上清よりDNAを抽出した。このDNA並びにE1BとアデノウイルスベクターDNAの両方に設定したプライマーを用いて、20サイクルでPCR反応を行なった。その結果を図3に示したが、図3より、Ad5F35/MK又はAd5F35/Surを感染させた場合は、Ad5/MK又はAd5/Surを感染させた場合よりも、より多くのウイルスが産生されていることが判明した。本発明のキメラ型アデノウイルスとタイプ5型ウイルスは、ファイバー・ノブ領域のみが異なるだけなので、ウイルス産生の差は感染効率を反映しており、従って、本発明のキメラ型アデノウイルスの方が、タイプ5型ウイルスよりも効率よく細胞融解を起こすことが明かとなった。
【0061】
[実施例4]
[本発明のキメラ型細胞融解性ウイルスの抗腫瘍効果(2)]
本発明のキメラ型アデノウイルスの抗腫瘍効果をインビボで確認するために、ヌードマウス(一群6-7匹)に、MSTO-211H細胞3×106を腹腔内に接種し、接種後4、5、6、9、10、11日目に 2×108pfuのAd5F35/MK、Ad5F35/Sur、Ad5F35/LacZ及び対照として、培養液を、それぞれ300μlを腹腔内に投与し、その後の累積生存率をカプラン・マイヤー法にて検討した。その結果を図4に示した。図4から分かるように、Ad5F35/MK又はAd5F35/Surを投与した群では、対照群Ad5F35/LacZや培養液接種群に比較して有意に生存が延長していた(P<0.001)。即ち、有効な治療法がない悪性中皮腫に対して、本発明のキメラ型細胞融解性ウイルスは、有効な治療効果を発揮し得ることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明のキメラ型アデノウイルスは、タイプ35型のファイバー・ノブ領域を有するので高い遺伝子導入効率を有しており、また、標的細胞での発現に特異性を有する転写調節領域を組み入れているので、従来のタイプ5型の細胞融解性アデノウイルスよりも、多くのヒトの標的細胞に対して強い殺細胞効果を有し、とりわけ腫瘍の破壊を行なう際に有効な医薬品となりうる。従って、例えば、本発明のキメラ型の細胞融解型アデノウイルスは優れた抗癌剤であり、その作用機序が放射線療法や従来の抗癌剤と異なることから、放射線治療や化学療法との併用が可能である。また本発明の細胞融解性アデノウイルスは、目的とする細胞・組織のインビトロないしインビボでの破壊に利用することも可能である。しかも、かかるキメラ型アデノウイルスは、本発明の方法によって、特定のベクター系を用いて簡便に作製できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】Ad5-GFP及びAd5F35-GFPをMOI=3ないし30でヒト悪性中皮腫、ヒト肝癌細胞に感染後、これを洗浄し2日後の平均蛍光強度を示す図である。
【図2】Ad5-GFP及びAd5F35-GFPをMOI=3ないし30でヒト食道癌細胞、ヒト肝癌細胞、HEK293細胞に感染後、これを洗浄し2日後の平均蛍光強度を示す図である。
【図3】ヒト悪性中皮腫MSTO-211H細胞における、Ad5/MK、Ad5F35/MK、Ad5/Sur及びAd5F35/Surの増殖の結果を示す図である。
【図4】ヌードマウスに接種したヒト悪性中皮腫MSTO-211H細胞に対する、キメラ型細胞溶解性アデノウイルスの抗腫瘍効果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイプ5型アデノウイルスにおいて、ファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換し、且つ、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所に遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入したキメラ型アデノウイルス。
【請求項2】
外来性転写調節領域が、組織特異的プロモーターである請求項1記載のキメラ型アデノウイルス。
【請求項3】
外来性転写調節領域が、腫瘍プロモーターである請求項1記載のキメラ型アデノウイルス。
【請求項4】
腫瘍プロモーターが、ミッドカイン遺伝子、サバイビン遺伝子又はCyclooxygenase-2遺伝子のプロモーターである請求項3記載のキメラ型アデノウイルス。
【請求項5】
配列表配列番号3に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列に、任意の外来性転写調節領域をコードする塩基配列を導入して得られた塩基配列を有する請求項1記載のキメラ型アデノウイルス。
【請求項6】
請求項1記載のキメラ型アデノウイルスを作製するに際し、タイプ5型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換したベクターDNA(1)より得られるアデノウイルスをコードする塩基配列を含む断片と、
タイプ5型アデノウイルスのE1A転写調節領域を除き、その箇所にタイプ5型アデノウイルスの遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入するためのベクターDNA(2)に、任意の外来性転写調節領域を導入したベクターDNA(2’)を作製し、該ベクターDNA(2’)から得られる任意の外来性転写調節領域及びE1AとE1Bとをコードする塩基配列を含む断片とを、連結させて一本のベクターDNAとしたものを用いることを特徴とするキメラ型アデノウイルスの作製方法。
【請求項7】
ベクターDNA(1)が、配列表配列番号1に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列を持つベクターDNA(pAd5F35)である、請求項6記載のキメラ型アデノウイルスの作製方法。
【請求項8】
ベクターDNA(2)が、配列表配列番号2に示される塩基配列又はそれと相同な塩基配列を持つベクターDNA(pS-PL/E1A-E1B)である、請求項6又は7記載のキメラ型アデノウイルスの作製方法。
【請求項9】
タイプ5型アデノウイルスにおいて、ファイバー・ノブ領域をタイプ35型アデノウイルスのファイバー・ノブ領域で置換し、且つ、タイプ5型のE1A転写調節領域を除き、その箇所に遺伝子E1AとE1Bの発現を制御する任意の外来性転写調節領域を導入したキメラ型アデノウイルスを含む、又は、該ウイルスを感染させた細胞を含む医薬。
【請求項10】
キメラ型アデノウイルスが、標的細胞を融解する細胞融解性ウイルス又は標的腫瘍細胞を融解する腫瘍融解性ウイルスである請求項9記載の医薬。







【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−48621(P2008−48621A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−225392(P2006−225392)
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【出願人】(591014710)千葉県 (49)
【出願人】(507046406)株式会社アリスト (1)
【Fターム(参考)】