説明

クビアカスカシバの性フェロモン物質及びこれを含む性誘引剤

【課題】発生消長、大量誘殺、交信撹乱に利用が期待されるクビアカスカシバの性フェロモン物質及びこれを有効成分とする性誘引剤を提供する。
【解決手段】(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含んでなり、更に好ましくは、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含んでなるクビアカスカシバの性フェロモン物質を提供する。また、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含んでなり、更に好ましくは、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含んでなるクビアカスカシバの性誘引剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブドウの重要害虫であるクビアカスカシバ(学名:Toleriaromanovi)の性フェロモン物質及びこれを含む性誘引剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クビアカスカシバは、ブドウの幹を加害する重要害虫である。幼虫は樹皮下に侵入し木質部を輪状に食害する。一頭でも加害を受けた樹木は、樹勢が衰え収穫量が激減するだけではなく、枯死する場合もある。幼虫被害に気が付いた時は既に手遅れの場合も多く、早期発見や発生予測が被害軽減には最も重要である。
【0003】
一般的に、害虫の発生時期や発生量の予測には、虫が光に集まる性質を利用した予察灯や、幼虫の発生数の年次変動を毎年計測する直接観察法などが用いられる。しかし、本種は昼行性のため予察灯に全く誘引されず、更に、年や場所による発生変動が極めて大きいため、従来の予察法が全く利用できず、本種の防除は困難を極めていた。
【0004】
近年、多くの蛾類で性フェロモン物質の化学構造が明らかにされ、これを化学合成した合成性フェロモンを用いて害虫の発生消長調査が効率的に行われるようになった。性フェロモン物質とは、一般に、雌成虫が分泌する化学物質で同種の雄成虫に対して種特異的に誘引作用を示す。このような性フェロモン物質の化学構造を明らかにして、いわゆる性誘引物質として用いることにより、効率的な発生消長を調査することが可能となる。更に、この性誘引物質を用いて大量の雄を誘殺したり、雌雄の交尾行動を撹乱するいわゆる交信撹乱法により、成虫期を対象とした害虫の防除を行うことも可能である。
【非特許文献1】Improved Synthesisi of (3Z,13Z)- and (3E,13Z)-3,13- octadecadienyl acetate, Sex pheromone of the Synanthedon species. Agric, Biol. Chem., 53(1), 285〜287(1989).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、発生消長、大量誘殺、交信撹乱に利用が期待されるクビアカスカシバの性フェロモン物質及びこれを有効成分とする性誘引剤を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題の解決のため、最初に本種の交尾時間帯に雌成虫より
性フェロモン腺を顕微鏡下で切り取り、100マイクロリットルのn−ヘキサンで抽出した。この抽出液を濃縮し、0.5雌等量をガスクロマトグラフィー質量分析により分析した。その結果、二重結合を2個持ち、炭素数18のアルコール2成分とアセテート1成分が見出された。
次に、これらの関連する一連の化合物を合成し、比較検討したところ、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールの3つの合成品が、天然物のリテンションタイムとマススペクトルが完全に一致した。
更に、本発明者らは野外誘引試験を実施したところ、性誘引物質としての活性は、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートの2成分混合物に認められ、更に好ましくはこれら2成分に(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを添加した3成分混合物に認められ、これらに対して本種雄成虫が誘引されることを見出し本発明の完成に至った。
【0007】
本発明は、具体的には、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含んでなり、好ましくは、更に、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含んでなるクビアカスカシバの性フェロモン物質を提供する。また、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含んでなり、好ましくは、更に、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含んでなるクビアカスカシバの性誘引剤を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、クビアカスカシバの雄成虫を特異的に誘引し、発生状況を知るのに有効な誘引剤を得ることができる。また、大量誘殺や交信撹乱等への応用により、直接的に本種を防除することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
クビアカスカシバの性フェロモン物質である(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート及び(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールは、ω-ブロモ-1-アルキンを用いたグリニヤール反応を用いて、公知の方法(例えば、非特許文献1に記載の方法)より製造することができる。
【0010】
(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含む性誘引剤は、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートの混合割合を、好ましくは1:1から30:1(質量比)、更に好ましくは2:1から20:1(質量比)とすることができる。
(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含む性誘引剤には、好ましくは、更に、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含ませることができ、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールの混合を、好ましくは、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールに対して5〜50質量%とすることができる。
【0011】
本発明のクビアカスカシバの性フェロモン物質を含む性誘引剤には、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等の抗酸化剤や2−ヒドロキシー4−オクトキシベンゾフェノン等の紫外線吸収剤を適量加えても良い。
例えば、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートと、必要に応じて添加する(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールとの合計量に対して、抗酸化剤は好ましくは1〜5質量%であり、紫外線吸収剤は好ましくは1〜5質量%である。
【0012】
本発明の誘引剤は、有効成分の一定量の放出を長期間にわたり持続させるために、好ましくは、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル等の放出量制御機能を有する物資からなるキャップ、細管、ラミネート製の袋、カプセル等の容器に充填して用いられる。
容器内に担持される性フェロモン物質量は、0.1〜5.0mgの範囲が好ましい。
【実施例】
【0013】
以下、本発明の具体的態様を実施例及び比較例によって説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
<活性成分の同定>
野外より採集したクビアカスカシバ雌成虫の性フェロモン腺を顕微鏡下で摘出し、n−ヘキサンに浸漬した。そして、虫体組織をろ過により取り除いたものをクビアカスカシバ抽出液とした。
この抽出液は、実験室で化学合成した(E,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−2,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(E,Z)−2,13−オクタデカジエノール以上6成分の混合物と、GC−MSの反応パターンを比較した。
その結果、図1に示したように、クビアカスカシバ抽出液には、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと完全に保持時間が一致する3つのピークが認められた。更に、抽出液中のそれら3成分のマスペクトラム(図2)は、合成品のマススペクトラム(図3)とほぼ一致していた。また、HNMRとIR等の分析機器を用いて該当化合物であることを確認した。
以上の結果から、クビアカスカシバ抽出液には、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールの3成分が存在し、それぞれの標準合成物のTICより得られた検量線から、その混合比(質量比)は8:1:1であることが分かった。
【0014】
<粘着型トラップ>
粘着型トラップは、図4に示すように、屋根と底板からなり、虫の侵入口が狭く作られている。そして、底板上面に粘着物質が貼付され、粘着面に誘引剤を直に載せて使用する。つまり、誘引剤に近づいて来た虫のみを捕獲する構造となっており、対象外の虫の飛び込みをできるだけ排除する構造となっている。この粘着型トラップを、ブドウ棚より吊るした。
【0015】
実施例1〜2及び比較例1
(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール及び(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートの合成化合物を所定の割合で混合し、これらの合計質量に対して2.0質量%となるブチルヒドロキシトルエンを添加した。そして、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール及び(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートの合計質量が1mgになるように、イソプレンより成るゴムキャップに担持したものを実施例1の誘引剤とした。
同様に、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノール、以上3種の合成化合物を所定の割合で混合したものに上述の酸化防止剤を2.0質量%添加し、3成分の合計質量が1mgとなるようにイソプレンより成るゴムキャップに担持したものを実施例2の誘引剤とした。
(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノール及びブチルヒドロキシトルエンも含まないイソプレン製ゴムキャップを比較例1の誘引剤とした。誘引剤は一晩放置後、白色粘着型トラップに取り付けた。
各誘引剤がセットされた粘着型トラップを、昨年、クビアカスカシバの発生が認められたブドウ圃場に5m間隔で、目通りの高さに吊した。5日に一度の間隔でそれぞれのトラップに捕獲された雄成虫の数を約2ヶ月間調べた。その結果を表1に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
表1において、「Z3Z13−18:OH」は、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールを表し、「Z3Z13−18:Ac」は、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを表し、「E3Z13−18:OH」は、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを表す。
比較例1の誘引剤には一頭も誘引されなかったが、実施例1及び2には誘引が認められたことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】クビアカスカシバの雌成虫から抽出された性フェロモン抽出液のGCチャート(1)と、化学合成により得られた(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート(チャート(1)のピーク(a)に対応)、(E,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−2,13−オクタデカジエニルアセテート、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノール(チャート(1)のピーク(b)に対応)、(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノール(チャート(1)のピーク(c)に対応)、(E,Z)−2,13−オクタデカジエノールの6成分混合物のGCチャート(2)を示す。
【図2】クビアカスカシバ抽出液より得られたマスペクトラムを示し、(A)はピーク(a)成分、(B)はピーク(b)成分、(C)はピーク(c)成分のマススペクトラムを示す。
【図3】合成された化合物のマススペクトラムを示し、(A)は(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテート、(B)は(E,Z)−3,13−オクタデカジエノール、(C)は(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールのマススペクトラムを示す。
【図4】粘着型トラップを示す図である。
【符号の説明】
【0019】
(1) 性フェロモン抽出液のGCチャート
(2) 化学合成により得られた6成分混合物のGCチャート
(a)、(b)、(c) ピーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含んでなるクビアカスカシバの性フェロモン物質。
【請求項2】
更に、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含んでなる請求項1に記載のクビアカスカシバの性フェロモン物質。
【請求項3】
(Z,Z)−3,13−オクタデカジエノールと(Z,Z)−3,13−オクタデカジエニルアセテートを含んでなるクビアカスカシバの性誘引剤。
【請求項4】
更に、(E,Z)−3,13−オクタデカジエノールを含んでなる請求項3に記載のクビアカスカシバの性誘引剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−209104(P2009−209104A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−54639(P2008−54639)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(391041062)福島県 (42)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】