説明

クリプト藻綱テレオラクス属藻類に特異的に感染して増殖する新規ウイルスおよびその用途

【課題】 クリプト藻綱テレオラクス属藻類に特異的に感染して増殖する新規ウイルスを提供する。
【解決手段】 下記形態および生物学的性状を有するウイルスが、クリプト藻綱テレオラクス属藻類に特異的に感染して増殖することによって、前記藻類の増殖を抑制または阻害する。
(形態)全長が0.01μm〜0.4μm、ウイルスの形状が球形、粒径が130nm〜260nm、尾部構造および外膜構造が無く、キャプシドの形状が正20面体、ゲノムが2本鎖DNAである。
(生物学的性状)
Bacillariophyceae網、Eustigmatophyceae網、Dinophyceae網およびRaphidophyceae網の藻類に、感染性または溶藻性を示さない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貝毒原因である渦鞭毛藻の増殖や貝肉の着色原因である繊毛虫等の増殖に関与するクリプト藻綱テレオラクス(Teleaulax)属藻類に特異的に感染して増殖する新規ウイルスに関する。さらに、テレオラクス属藻類、渦鞭毛藻および繊毛虫の増殖抑制剤ならびに増殖抑制方法、貝における下痢性毒の蓄積および貝肉の着色を抑制する抑制剤ならびに抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の海面養殖業は、水産業生産額全体の約1/3を占めており、この振興においては、特に養殖漁場の環境保全が不可欠である。中でも、貝類の養殖は、養殖全体の相当の割合を占めている。このため、例えば、貝を毒化させる有害プランクトンの発生や、貝の剥き身(以下、「貝肉」ともいう)の着色を引き起こして商品価値を下落させる有毒・有害プランクトンの発生は、水産業において深刻な問題である。したがって、その防除・抑制が、危急の問題として認識されている。
【0003】
貝の毒化現象(以下、「貝毒」ともいう)としては、麻痺性貝毒や下痢性貝毒が知られており、それぞれ原因となるプランクトンが異なる。このうち下痢性貝毒の原因となる微生物としては、渦鞭毛藻ディノフィシス(Dinophysis)属等が知られている。下痢性貝毒の直接の原因となる化学物質オカダ酸およびディノフィシストキシンは、脂溶性の毒で、下痢、嘔吐、腹痛等の消化器系障害を引き起こす。このため、0.05マウスユニットを超える下痢性毒が検出された貝は、出荷規制の対象として市場への流通がストップされる。このように、貝類の毒化は、水産養殖業に対して大きな悪影響を及ぼし、また、風評被害という点でも、貝類養殖業者の受ける被害は極めて大きいといえる。
【0004】
また、貝肉の着色現象は、例えば、シジミ、カキ等で事例が報告されており、その一部は、貝が繊毛虫ミリオネクタ属を摂食することにより起こることが知られている。この場合、図5の写真に示すように、貝肉の色が赤紫色を呈する等の理由により、消費者から敬遠されるため、結果的に、商品としての価値が下落するという問題がある。
【0005】
前述の下痢性貝毒の原因生物であるディノフィシス属は、近年まで、実験室での培養法が確立されていなかったため、その生態は長い間不明であった。その後、韓国の研究グループが、ディノフィシス属の一種であるディノフィシス アキュミナータ(Dinophysis acuminata)に繊毛虫ミリオネクタ属(Myrionecta)を捕食させ、栄養と同時にミリオネクタ属が有する葉緑体を獲得させることで、持続的な培養が可能であることを報告した(非特許文献1)。この際、ミリオネクタ属を培養するための餌生物として、クリプト藻綱テレオラクス属が使用されている。また、その後の研究により、他のディノフィシス属の培養にも同様の技術が適用可能であることが示された。そして、いずれの場合においても、ディノフィシス属が、テレオラクス属を直接捕食して増殖することはできないことも明らかとなっている。
【0006】
前述したクリプト藻綱テレオラクス属、ミリオネクタ属およびディノフィシス属の食物連鎖系において、ディノフィシス属およびミリオネクタ属が保持する葉緑体は、捕食したクリプト藻綱テレオラクス属からそれぞれ間接的および直接的に盗み取ったものである。この葉緑体が、両者が有する混合栄養性、すなわち、「補食」と「光合成」の両方でエネルギーを獲得できるという性質の一部を支えている。その証拠の一つとして、天然環境中に存在するディノフィシス属のうち大部分の個体が保有する葉緑体は、そのDNA塩基配列から、クリプト藻綱テレオラクス属由来であることが報告されている(非特許文献2)。ディノフィシス属は、捕食能力を持つと同時に、盗んだ葉緑体による光合成を利用してエネルギーを獲得しており、また光合成を介した物質生産は、ディノフィシス属の毒産生能を含む生理に大きく影響していると考えられる。また、実際に、テレオラクス属の発生がみられる季節(春季〜初夏)の後、ディノフィシス属の発生がみられるといった報告もなされている(非特許文献3)。
【0007】
以上の点から、クリプト藻綱テレオラクス属の挙動が、繊毛虫ミリオネクタ属およびそれを重要な餌とするディノフィシス属の動態に影響を与えていることは明らかである。すなわち、テレオラクス属は、水産業における甚大な問題である貝肉の着色現象ならびに下痢性貝毒の発生に、間接的に極めて重要な影響を及ぼす餌料性生物であると位置づけることができる。したがって、テレオラクス属の増殖を阻害すれば、前述のような水産被害や赤潮等を低減・回避することが可能となる。
【0008】
他方、現場環境における微細藻類の増殖抑制方法としては、従来、薬剤、殺藻性細菌またはウイルスの散布等が提案されている。しかしながら、生態系への影響を最小限に抑えるためには、標的生物種に対して高い感染特異性を持つウイルスの使用が最も合理的である。
【非特許文献1】Park et al. First successful culture of the marine dinoflagellate Dinophysis acuminata. Aquat. Microb. Ecol. 45:101-106 (2006).
【非特許文献2】Janson S. Molecular evidence that plastids in the toxin-producing dinoflagellate genus Dinophysis originate from the free-living cryptophyte Teleaulax amphioxeia. Environmental Microbiology 6: 1102-1110 (2004).
【非特許文献3】Koike et al. Appearance of Dinophysis fortii following blooms of certain cryptophyte species. Mar. Ecol. Prog. Ser. 337: 303-309 (2007).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、テレオラクス属藻類に特異的に感染して増殖する新規ウイルスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の新規ウイルスは、テレオラクス属藻類に特異的に感染して増殖する、全長0.01μm〜0.4μmのウイルスである。
【0011】
本発明の抑制剤は、テレオラクス属藻類の増殖を抑制するための増殖抑制剤であって、本発明の新規ウイルスを含むことを特徴とする。
【0012】
また、本発明の抑制剤は、繊毛虫ミリオネクタ属の増殖を抑制するための増殖抑制剤、または、渦鞭毛藻ディノフィシス属の増殖を抑制するための増殖抑制剤であって、本発明の新規ウイルスまたは本発明のテレオラクス属藻類の増殖抑制剤を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明の抑制剤は、貝における下痢性毒の蓄積(以下、「下痢性毒化」ともいう)を抑制する毒化抑制剤、貝肉の着色現象を抑制する着色抑制剤、または、赤潮の発生を抑制する赤潮発生抑制剤であって、本発明の新規ウイルスまたは本発明のテレオラクス属藻類の増殖抑制剤を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の抑制方法は、テレオラクス属藻類、繊毛虫ミリオネクタ属、または、渦鞭毛藻ディノフィシス属の増殖を抑制する方法であって、テレオラクス属藻類、繊毛虫ミリオネクタ属、または、渦鞭毛藻ディノフィシス属の生育環境に、本発明の新規ウイルスまたは前記各種増殖抑制剤を添加する工程を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明の抑制方法は、貝の下痢性毒化、または、貝の貝肉の着色現象を抑制する方法であって、貝の生育環境に、本発明の新規ウイルスまたは前記各種抑制剤を添加する工程を含むことを特徴とする。また、本発明は、赤潮の発生を抑制する方法であって、赤潮の発生環境または発生する可能性がある環境に、本発明の新規ウイルスまたは前記赤潮発生抑制剤を添加する工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明者らは、鋭意研究の結果、クリプト藻綱テレオラクス属に特異的に感染して増殖する新規ウイルスを世界で初めて単離した。本発明の新規ウイルスによれば、クリプト藻綱テレオラクス属に特異的に感染して増殖することで、前記テレオラクス属の増殖抑制、または、前記テレオラクス属を溶藻(死滅誘導)させることが可能である。前述のように、前記テレオラクス属は、繊毛虫ミリオネクタ属および渦鞭毛藻ディノフィシス属の現場動態に影響する重要な餌料性生物であり、ミリオネクタ属およびディノフィシス属は、貝肉の着色や貝の下痢性貝毒の発生にそれぞれ大きく関与している。したがって、本発明の新規ウイルスにより、餌料性生物である前記テレオラクス属の増殖を抑制または溶藻することで、ミリオネクタ属やディノフィシス属の増殖を抑制し、ミリオネクタ属による貝肉の着色およびディノフィシス属による毒化を防止・軽減することも可能となる。また、本発明の新規ウイルスによれば、例えば、テレオラクス属の溶藻により、赤潮の発生を予防、軽減することができる。このように本発明は、標的生物種に対して特異的な殺藻能力を持つ、天然海水から単離されたウイルスを使用するため、例えば、他の生物や生態系全体への負荷が小さく、安全性にも優れる。また、ウイルスは、それ自体が自己複製能を有しており、著しい増殖力が備わっていることから、例えば、通常の薬剤とは異なり、少量の投入で広範囲でのテレオラクス属発生の予防・抑制が期待できる。このため、低コストで多大な効果も期待できる。以上の点から、本発明によれば、前述のような漁業被害を防止、低減することが可能となる。
【0017】
本発明のウイルスは、テレオラクス属藻類、中でも、テレオラクス アンフィオキセア(Teleaulax amphioxeia)に対して選択的に感染することから、以下、TaDNAV(Teleaulax amphioxeia DNA virus)ともいう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
<新規ウイルス>
本発明の新規ウイルスは、前述のように、テレオラクス属藻類に特異的に感染して増殖する、全長0.01μm(10nm)〜0.4μm(400nm)のウイルスである。本発明において、全長とは、例えば、ウイルスの頭部や、尾部構造を有する場合は、尾部構造も含めた最長の長さを意味する。また、本発明の新規ウイルスの全長は、より具体的には、例えば、130nm〜260nmである。
【0019】
本発明の新規ウイルスの具体例として、例えば、後述するTaDNAV301株は、以下のような形態および生物学的性状を有している。なお、本発明において「粒径」とは、例えば、ウイルス頭部の直径を意味する。
(形態)
ウイルスの形状 球形
粒径 170nm〜230nm
平均粒径±標準偏差 203nm±19nm
尾部構造 無
外膜構造 無
キャプシドの形状 正20面体
ゲノム 2本鎖DNA
複製 宿主の細胞質内
潜伏期間 24時間以内
バーストサイズ 430〜530感染単位/細胞
【0020】
(生物学的性状)
(1)Bacillariophyceae網、Eustigmatophyceae網、Dinophyceae網およびRaphidophyceae網の藻類に、感染性または溶藻性を示さない
、または、
(2)Chaetoceros debilisChaetoceros tenuissimusChaetoceros salsugineumChaetoceros socialisChaetoceros cf. affinisChaetoceros cf. decipienceChaetoceros sp.Chaetoceros sp.Chaetoceros sp.Chaetoceros sp.Detonula pumilaDitylum brightwelliiEucampia zodiacusRhizosolenia setigeraSkeletonema sp.Stephanopyxis sp.Nannochloropsis sp.Alexandrium catenellaGymnodinium catenatumHeterocapsa circularisquamaHeterocapsa triquetraKarenia mikimotoiProrocentrum micansScrippsiella sp.Chattonella antiquaChattonella marinaChattonella ovataおよびHeterosigma akashiwoの藻類に、感染性または溶藻性を示さない。
【0021】
本発明において「ウイルス」とは、感染した宿主細胞内においてのみ増殖しうる感染性をもった微小構造体をいう。ウイルスは、二分裂で増殖することはできず、宿主細胞の生合成系を利用することでのみ自己の複製を行うという点で、細菌とは全く異なる。また、ウイルスは、細菌と比較して宿主特異性が著しく高い。なお、「宿主特異性が高い」とは、ウイルスが感染して増殖し得る宿主生物種の範囲(宿主域)が狭いことを意味する。
【0022】
本発明のウイルスの標的生物種であるテレオラクス属藻類は、クリプト網に属する単細胞性微細藻類の一種であり、例えば、テレオラクス アンフィオキセア(Teleaulax amphioxeia)、テレオラクス アキュータ(Teleaulax acuta)等があげられる。中でも、テレオラクス アンフィオキセアは、単細胞性の鞭毛藻であり、細胞の幅4〜6μm、長径8〜11μmである。テレオラクス属藻類は、年間を通じて常在的に海域に存在すると考えられているが、主に春季から初夏にかけて顕著な発生がみられることが多く、その後に、ディノフィシス属の発生がみられるという報告がある(非特許文献3)。本発明のウイルスは、特に、テレオラクス アンフィオキセアに特異的に感染するウイルス(TaDNAV)である。本発明のウイルスが感染すると、テレオラクス属藻類は、通常、正常な細胞形態を維持できず、バーストして死滅する。さらに、その際、細胞内で複製された子孫ウイルスが放出され、未感染テレオラクス細胞への新たな感染と死滅が誘発される。本発明のウイルスは、非常に宿主特異性が高く、前記生物学的性状に記載した種々の生物に対して、感染性または溶藻性を示さないだけでなく、これまでにテレオラクス属(例えば、テレオラクス アンフィオキセア)以外に、本発明のウイルスが感染性および溶藻性を示す植物プランクトンは全く検出されていない。
【0023】
<新規ウイルスの単離方法>
本発明の新規ウイルスの単離方法は、特に制限されないが、例えば、下記(A)〜(C)工程を含む方法により行うことができる。
(A)液体試料をフィルター濾過する工程
(B)濾液をテレオラクス属藻類の培養液に接種して培養を行う工程
(C)テレオラクス属藻類の溶藻が確認された培養液を、新規ウイルス含有液とする工程
【0024】
前記(A)工程において、前記液体試料は、何ら制限されない。前記液体試料としては、例えば、テレオラクス属藻類を含有する試料があげられ、具体的には、テレオラクス属藻類が存在する海水(例えば、八代海沿岸域より採取した海水等)や、テレオラクス藻類の培養液等があげられる。この他にも、例えば、海底泥や、その懸濁液、前記懸濁液の上清等が例示できる。
【0025】
前記(A)工程において、前記フィルターの孔径は特に制限されないが、例えば、動植物プランクトンや細菌等を除去するため、0.2〜0.8μmであることが好ましく、より好ましくは0.2〜0.45μmである。
【0026】
前記(B)工程において、テレオラクス属藻類の培養方法は、特に制限されず、従来公知の方法があげられる。培地としては、例えば、SWM3培地、2nM NaSeO含有改変SWM3培地(Chenら, 1969, J. Phycol 5:211-220; 伊藤,今井, 1987, ラフィド藻,秀和, 東京, p.122-130)、F/2培地、ASP系培地等、一般に微細藻類培養に使用される液体培地が例示できる。
【0027】
前記(B)工程において培養するテレオラクス属藻類としては、特に制限されないが、例えば、テレオラクス アンフィオキセアがあげられる。また、前記(B)工程において、テレオラクス属藻類は、例えば、前記濾液を接種するに先立って、培養されていることが好ましく、具体的には、対数増殖期または定常期初期から中期のテレオラクス属藻類であることが好ましい。対数増殖期のテレオラクス属藻類を調製するための培養方法は、特に制限されないが、例えば、培地に対して体積比で約1/10量のテレオラクス属藻類を接種することが好ましく、培養条件は、例えば、培養温度15〜25℃、光強度20〜300μmol photons m−2−1、明暗周期、培養日数2〜3日間である。光強度は、例えば、市販の光量子計を用いて測定できる。前記明暗周期は、例えば、12時間明:12時間暗、14時間明:10時間暗等があげられる。そして、培養したテレオラクス属藻類に対する濾液の添加割合は、特に制限されないが、例えば、濾液中に含まれるウイルスが、藻体細胞数の1/100倍〜10倍となるように接種することが好ましい。また、濾液を接種したテレオラクス属藻類は、例えば、前述と同様の培養条件で培養することが好ましく、培養日数は、例えば、3日以上であることが好ましい。
【0028】
前記(B)工程は、具体例として、以下のような方法があげられる。まず、予め、テレオラクス属藻類を、例えば、倒立型光学顕微鏡下においてマイクロピペット法または限界希釈法等によりクローニングし、株化しておく。そして、これらの株を前記改変SWM3培地に接種した後、150μmol photons m−2−1の白色蛍光灯を14時間明:10時間暗の明暗サイクルで照射し、22℃で培養する。これによって、テレオラクス属藻類のクローン培養液を調製できる。続いて、新鮮なSWM3培地に対して、体積比約1/10量の対数増殖期末期または定常期初期にあるテレオラクス属藻類の培養液を接種し、さらに、前記培養条件下で培養を行えば、培養開始後約1〜2日で対数増殖期の培養液を得ることができる。そして、この培養液に、前述の濾液を添加して、さらに前述のような培養条件下で培養を行う。
【0029】
前記(C)工程においては、さらに、溶藻が観察された培養液について、例えば、限界希釈を行い、目的のウイルスのクローニングを行う。前記限界希釈は、特に制限されないが、例えば、10〜10−10倍の希釈段階であることが好ましく、また、希釈は、SWM3培地等のテレオラクス属藻類培養用の培地で行うことが好ましい。
【0030】
前記(C)工程における限界希釈は、例えば、以下のようにして行うことができる。まず、テレオラクス属藻類の溶藻が観察された培養液を、前記改変SWM3培地で、10〜10−10倍に段階希釈する。各希釈液を対数増殖中のテレオラクス属藻類の培養液に接種し、例えば、20℃、150μmol photons m−2−1、14時間明:10時間暗の明暗周期条件下、5〜8日間培養する。培養後、テレオラクス属藻類の溶藻が観察された最も希釈段階の高いものを選択し、その培養液について、再度、前述の段階希釈法による処理を少なくとも2回繰り返す。最終の段階希釈法による処理の後、テレオラクス属藻類の溶藻が観察された培養液のうち、最も希釈段階の高い培養液を採取し、対数増殖中のテレオラクス属藻類の培養液に接種する。以上の操作により、本発明の新規ウイルスのクローニングを完了とみなすことができる。
【0031】
このようにして得られた新規ウイルスの密度は、例えば、以下のようにして算出することができる。すなわち、まず、新規ウイルスのクローニングが完了したテレオラクス属藻類の培養液(溶藻液)かを遠心分離(例えば、2,000rpm、5分)する。そして、細胞残さを除去し、回収した上清を前述と同様の段階希釈法で処理し、得られた各希釈段階における死滅ウェル数から、統計的計算によって、前記上清中に存在したウイルスの密度を推定できる。
【0032】
以上のような方法によって、後の実施例に示すように、八代海の海水より合計3株の新規ウイルス(TaDNAV)が得られた。なお、これらの新規ウイルスは、独立行政法人 水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所(所長:秋山敏男)赤潮環境部 赤潮制御研究室の研究グループに保管されており、特許法施行規則第27条の3の規定に準じて分譲を行う用意がある。
【0033】
<新規ウイルスの継代培養方法>
本発明の新規ウイルスの継代培養方法は、特に制限されないが、例えば、以下の(D)〜(F)工程を含む方法により行うことができる。
(D)本発明の新規ウイルスにより溶藻したテレオラクス属藻類の培養液を準備する工程
(E)培養液の上清を回収する工程
(F)前記上清をテレオラクス属藻類の培養液に接種して培養を行う工程
【0034】
このような方法によって、本発明の新規ウイルスを継代培養することができる。前記(E)および(F)工程は、例えば、2回以上繰り返し行ってもよい。また、本発明において、テレオラクス属藻類の培養条件は、何ら制限されず、本発明の新規ウイルスに感染させる前後いずれにかかわらず、前述と同様の条件があげられる。
【0035】
前記(E)工程において、上清の回収方法は、特に制限されないが、例えば、遠心処理(例えば、2,000rpm、5分)があげられる。前記(F)工程において、前記上清は、例えば、対数増殖中のテレオラクス属藻類の培養液に接種することが好ましい。テレオラクス属藻類の増殖は、例えば、培養液中の細胞密度を光学顕微鏡下で経時的にモニターすることにより確認できる。このように増殖を確認することで、継代培養したウイルスが、テレオラクス属藻類に対する感染性を保持しているか否かを評価できる。
【0036】
<新規ウイルスの保存方法>
本発明の新規ウイルスの保存方法は、特に制限されず、例えば、従来公知の方法により、容易に優れた安定性で保存が可能である。
【0037】
保存方法としては、例えば、本発明のウイルス含有液に凍結保護剤を添加、攪拌して、凍結保存する方法があげられる。前記凍結保護剤としては、例えば、セルバンカー2(十慈フィールド社)やジメチルスルフォキシド(DMSO)があげられる。前記凍結保護剤の添加割合は、特に制限されないが、例えば、ウイルス含有液における終濃度が、例えば、10〜50%(体積比)であることが好ましく、具体的には、セルバンカー2の場合、終濃度が50%であることが好ましく、DMSOの場合、終濃度が30%であることが好ましい。凍結保存の温度は−196℃(液体窒素中)が好ましい。このような条件で保存することにより、例えば、顕著な力価の減少を伴うことなく、長期間(例えば、35日以内の期間)保存することが可能である。また、ウイルス含有液(懸濁液)の状態で保存する場合は、例えば、4℃前後の暗所で、短期間(例えば、7日以内の期間)が好ましい。
【0038】
<抑制剤および抑制方法>
本発明の抑制剤は、前述のように、テレオラクス属藻類の増殖を抑制するための増殖抑制剤であって、本発明の新規ウイルスを含むことを特徴とする。本発明の増殖抑制剤により、例えば、テレオラクス属藻類を防除できることから、本発明の増殖抑制剤は、例えば、テレオラクス属藻類の防除剤ということもできる。本発明は、本発明の新規ウイルスを含んでいればよく、その他の構成や形態は何ら制限されない。
【0039】
前記増殖抑制剤の形態は、特に制限されないが、例えば、本発明の新規ウイルスの培養液やその上清、新規ウイルスの懸濁液等でもよいし、活性成分として前記新規ウイルスを含む製剤であってもよい。後者の製剤としては、例えば、本発明の新規ウイルスを含む液体製剤や固形製剤があげられる。中でも、取り扱い性に優れ、所望の場所に本発明のウイルスを提供し、保持できることから、固形製剤であることが好ましい。
【0040】
前記固形の増殖抑制剤としては、例えば、本発明の新規ウイルスを包埋した固定化剤があげられる。前記固定化剤としては、例えば、合成高分子ゲル、合成樹脂プレポリマー、天然多糖類、中空糸膜、シリコンポリマー、活性炭、マイクロカプセル、各種増粘剤等が例示できる。このように、新規ウイルスを包埋させることで、例えば、使用時において、継続的に対象水域に新規ウイルスを放出することができる。この方法によれば、例えば、ウイルスの海水中への希釈核酸を抑制し、例えば、テレオラクス属防除の対象となる貝類養殖筏周辺において、長期間に亘り高いウイルス密度を維持する上で有効である。
【0041】
本発明の増殖抑制方法は、前述のように、テレオラクス属藻類の生育環境(例えば、テレオラクス属藻類の頻発水域等)に、本発明の新規ウイルスまたはテレオラクス属藻類防除剤を添加する工程を含むことを特徴とする。これによって、例えば、テレオラクス属が大量に発生し難い環境を作り出すことができ、ひいてはテレオラクス属藻類を重要な餌とするミリオネクタ属、さらにミリオネクタ属を重要な餌とするディノフィシス属が発生しにくい環境を作り出すことができる。
【0042】
新規ウイルスや増殖抑制剤の添加方法は、特に制限されないが、添加、散布、噴霧、埋設というような方法があげられる。本発明の増殖抑制剤が前述のような固定化剤の場合、例えば、ネットや容器に入れて筏に吊す、または、筏に固定してもよいし、前記固定化剤を海底泥中に埋設するといった方法で、目的の場所に設置することもできる。
【0043】
つぎに、本発明の増殖抑制剤は、前述のように、繊毛虫ミリオネクタ属の増殖を抑制するための抑制剤、または、渦鞭毛藻ディノフィシス属の増殖を抑制するための抑制剤であって、テレオラクス属藻類の前記増殖抑制剤を含むことを特徴とする。本発明の増殖抑制剤は、本発明の新規ウイルスまたは本発明のテレオラクス属藻類の増殖抑制剤を含んでいればよく、その他の構成や形態は何ら制限されず、例えば、前述のテレオラクス属藻類の増殖抑制剤と同様である。
【0044】
本発明の増殖抑制方法は、前述のように、繊毛虫ミリオネクタ属または渦鞭毛藻ディノフィシス属の増殖を抑制する方法であって、ミリオネクタ属またはディノフィシス属の生育環境(例えば、頻発水域)に、本発明の新規ウイルスまたは本発明のミリオネクタ属の増殖抑制剤もしくはディノフィシス属の増殖抑制剤を添加する工程を含むことを特徴とする。
【0045】
本発明の増殖抑制剤および増殖抑制方法は、本発明の新規ウイルスまたは各増殖抑制剤を使用すればよく、その他の工程や条件等は何ら制限されず、例えば、前述のテレオラクス属藻類の増殖抑制方法と同様に行うことができる。前記繊毛虫ミリオネクタ属としては、例えば、ミリオネクタ ルブラがあげられ、渦鞭毛藻ディノフィシス属としては、ディノフィシス アキュミナータ(Dinophysis acuminata)、ディノフィシス アキュータ(Dinophysis acuta)、ディノフィシス フォルティ(Dinophysis fortii)、ディノフィシス コウダータ(Dinophysis caudata)、ディノフィシス ロツンダータ(Dinophysis rotundata)、ディノフィシス トリポス(Dinophysis tripos)、ディノフィシス ノルベジカ(Dinophysis norvegica)等があげられる。
【0046】
つぎに、本発明の抑制剤は、貝の下痢性毒化を防止する毒化抑制剤、貝の貝肉の着色現象を防止する着色抑制剤、または、赤潮の発生を防止する赤潮発生抑制剤であって、本発明の新規ウイルスまたは前述の本発明の各種増殖抑制剤を含むことを特徴とする。本発明の防止剤は、本発明の新規ウイルス、または、前述の本発明の各種抑制剤を含んでいればよく、その他の構成や形態は何ら制限されず、例えば、前述のテレオラクス属藻類の増殖抑制剤と同様である。前述のように、貝の毒化には、例えば、渦鞭毛藻ディノフィシス属が、貝肉の着色現象には、例えば、繊毛虫ミリオネクタ属が関与することが知られている。このため、テレオラクス属藻類の増殖抑制を通じて、ミリオネクタ属およびディノフィシス属の増殖を抑制することで、結果的に貝の毒化や貝肉の着色現象を抑制できる。また、赤潮は、テレオラクス属の繁茂により増加する可能性がある有害藻ミリオネクタ属により発生したり、ディノフィシス属のブルーム(水色の変化を伴わないまでも、通常よりも密度を増すこと)が発生原因と考えられている。このため、テレオラクス属藻類の増殖抑制を通じて、貝肉着色原因繊毛虫ミリオネクタ属の増殖や、下痢性貝毒原因藻ディノフィシス属のブルームを抑制することで、結果的に水産被害の発生を抑制できる。
【0047】
本発明の抑制方法は、前述のように、貝の下痢性毒化、貝肉の着色現象、または、赤潮の発生を抑制する方法であって、貝の生育環境、赤潮の発生環境、テレオラクス属藻類の生育環境等に、本発明の新規ウイルスまたは各種抑制剤を添加する工程を含むことを特徴とする。前記生育環境は、通常、海域である。貝の種類は、特に制限されないが、例えば、ホタテガイなどの二枚貝があげられる。
【0048】
本発明の抑制剤および抑制方法は、本発明の新規ウイルスまたは各抑制剤を使用すればよく、その他の工程や条件等は何ら制限されず、例えば、前述のテレオラクス属藻類の増殖抑制方法と同様に行うことができる。前記繊毛虫ミリオネクタ属としては、例えば、ミリオネクタ ルブラがあげられる。
【0049】
<新規ウイルスベクター>
本発明の新規ウイルスベクターは、本発明の新規ウイルスから構成されることを特徴とする。前述のように本発明の新規ウイルスは、テレオラクス属藻類に感染する。このため、本発明の新規ウイルスやその改変物を、例えば、テレオラクス属藻類に対するベクターとして使用することが可能であり、テレオラクス属藻類の遺伝子操作のツールとなる。
【0050】
<新規核酸>
本発明の新規核酸は、本発明の新規ウイルスベクターのゲノムDNAの一部または全部を含むことを特徴とする。本発明の新規核酸は、例えば、テレオラクス属藻類の遺伝子操作のツールとして使用することができる。
【0051】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。本発明の範囲は、これらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0052】
〔実施例1〕
以下の方法により、クリプト藻に感染して溶藻(殺藻)する、テレオラクス感染性ウイルスの分離を行った。
【0053】
クリプト藻の培養条件
クリプト藻として、浜名湖から分離されたテレオラクス アンフィオキセア TA0704Hama03株(以下、「テレオラクス株」という)を用いた。前記株の培地には、改変SWM3培地を使用した。培養は、温度22°C、光強度150μmol photons m−2−1、時間14hL:10hDの明暗周期条件下で行った。
【0054】
テレオラクス感染性ウイルスの分離
テレオラクス感染性ウイルスの分離には、サンプル水として、2007年8月31日に八代海の熊本県海域で採取した表層水を使用した。前記サンプル水を孔径0.2μmのフィルターで濾過し、得られた濾液(以下、「ウイルス画分」という)0.2mlを、対数増殖中の前記テレオラクス株(細菌のコンタミネーション有り)の培養液0.8mlに接種し、前述の条件で培養を行った(接種区)。また、対照区として、前記濾液(ウイルス画分)を加熱処理(100℃×5分)し、これを同様に前記培養液に接種して培養を行った。
【0055】
その結果、加熱処理したウイルス画分をテレオラクス株の培養液に接種した対照区では、正常な形状を維持した細胞の増殖が、継続して確認された。これに対して、非加熱処理のウイルス画分をテレオラクス株に接種した結果、ウイルス感染により、運動性の喪失に伴う細胞の沈積、細胞色素の喪失を経た後、テレオラクス株は死滅・崩壊するに到った。この結果から、ウイルス画分には、テレオラクス株に感染して溶藻(殺藻)する能力を有するウイルスの存在が示唆された。
【0056】
続いて、溶藻作用を示した培養液について、テレオラクス感染性ウイルスのクローニングを目的として、以下のように、限界希釈法を2回繰り返し行った。すなわち、まず、前述の培養により溶藻が確認された培養液を改変SWM3培地で10〜10−10倍に段階希釈し、各希釈液100μlを対数増殖中の前記テレオラクス株の培養液150μlに接種した(1回目)。なお、この実験には、96穴マイクロプレート(平底)を使用し、各希釈段階についてn=8で接種を行った。また、対照区として、前記希釈液に代えて前記改変SWM3培地を前記培養液に接種した。これらを前述の培養条件下で8日間培養した。そして、溶藻が確認されたウェルのうち、最も高い希釈段階で接種を行ったウェル中の溶藻培養液を採取し、再度、前述の段階希釈法による処理を行った(2回目)。そして、同様の培養を行い、2回目の希釈処理で溶藻が確認されたウェルのうち、最も高い希釈段階の溶藻培養液200μlを採取し、孔径0.2μmのフィルターで濾過した。回収した濾液を、さらに、対数増殖中の前記テレオラクス株(溶藻がみられた実験区で使用したものと同じ株)の培養液1mlに接種し、同様の培養条件下で培養を行った。培養液について溶藻を確認することにより、テレオラクス感染性ウイルスのクローニングが完了したものとみなした。
【0057】
つぎに、溶藻が確認された培養液を孔径0.2μmのフィルターでろ過し、無菌のウイルス懸濁液を得た。そして、抗生物質処理で無菌化状態とした前記テレオラクス株の培養液25mlに対して、前記ウイルス懸濁液0.5mlを接種し、前述の条件下で培養を行った。得られた溶藻液を、2本鎖DNAに特異的に吸着する蛍光色素DAPI(4’,6−diamino−2−phenylindole)で染色した後、蛍光顕微鏡下で観察し、細菌の混在がないことを確認した。このウイルス懸濁液に含まれるウイルスを、テレオラクス感染性ウイルス(以下、「TaDNAV」という)として、以下の実験に供した。
【0058】
TaDNAVを接種したテレオラクス株の形態確認
図1に、TaDNAV懸濁液を接種した前記テレオラクス株の培養液(接種区)と、加熱処理したTaDNAV懸濁液を接種した前記テレオラクス株の培養液(対照区;非接種区)の写真を示す。同図Aにおいて、左は、非接種区の培養液の写真であり、右は、接種区の培養液の写真である。同図Bは、非接種区におけるテレオラクス株の写真、Cは、接種区におけるテレオラクス株の光学顕微鏡写真である。同図A(左、非接種区)および同図Bに示すように、加熱処理したウイルス画分をテレオラクス株の培養液に接種した結果、正常な形状を維持した細胞の増殖が、継続して確認された。これに対して、同図A(右、接種区)および同図Cに示すように、非加熱処理のウイルス画分をテレオラクス株に接種した結果、ウイルス感染により、運動性の喪失に伴う細胞の沈積、細胞色素の喪失を経た後、テレオラクス株は死滅・崩壊するに到った。この結果から、クローン化されたTaDNAVがテレオラクス株に感染して溶藻(殺藻)する能力を有するウイルスであることが確認された。
【0059】
ウイルスの保存
前述の方法により準備した新鮮な無菌ウイルス懸濁液を分け、凍結保護剤を添加したサンプルを準備した。前記凍結保護剤添加サンプルは、終濃度10%、20%または30%となるようにジメチルスルフォキシド(DMSO)、もしくは、終濃度50%となるようにセルバンカー2(商品名、十慈フィールド社)を添加して調製した。これらの保存用サンプルを所定温度(−196℃、−80℃、−20℃)で35日間保存した。そして、凍結保存実験開始時(保存0日)のサンプルおよび保存終了時(保存35日後)のサンプルについて、力価(単位体積あたりのテレオラクス溶藻性ウイルスの密度)を算出した。前記力価の算出は、前述の限界希釈法により行った。そして、実験開始時の各サンプルの力価を100%として、保存後の各サンプルの相対力価を求め、比較を行った。この結果を図2に示す。図2は、各保存用サンプルの相対力価(残存率)を示す棒グラフであり、左から4番目までが、−20℃で保存した結果、5番目から8番目が−80℃で保存した結果、9番目から12番目が−196℃で保存した結果である。同図において、C.B2は、セルバンカー2を示す。
【0060】
同図に示すように、−196℃で保存した際に、ウイルスを相対的に安定に保存できることがわかった。中でも、DMSOの終濃度を30%、または、セルバンカーの終濃度を50%として−196℃で保存した際に、ウイルス力価の顕著な低下を防止できることがわかった。以上の結果から、TaDNAVは、懸濁液として、安定な状態で簡単に凍結保存することが可能である。
【0061】
透過型電子顕微鏡による微視的観察
以上のようにして得られた無菌のウイルス懸濁液を、対数増殖中の前記テレオラクス株の培養液に接種し、前述の培養条件下で培養した。そして、前記ウイルス懸濁液の接種前および接種から30時間後に、溶藻液をサンプリングした。この溶藻液サンプルについて、常法により固定包埋処理を行った後、JEOL社製JEM−1010透過型電子顕微鏡による観察を行った。また、溶藻液中のウイルスの形態観察をネガティブ染色法により行った。なお、ウイルス懸濁液に代えて、加熱処理(100℃×5分)したウイルス懸濁液を接種した培養液についても、同様にして透過型電子顕微鏡ならびに染色法による観察を行った。観察結果を図3に示す。同図Aは、ウイルス懸濁液を接種した溶藻液におけるテレオラクス株の電子顕微鏡写真であり、前記テレオラクス株の細胞の断面像である。同図Bは、前記溶藻液に存在するウイルス粒子の陰性染色写真である。同図Aに示すように、前記ウイルス懸濁液を接種した結果、接種から30時間後には、溶藻液において、細胞質内にウイルス粒子を持つ細胞が確認された。また、同図Bに示すように、接種から30時間後の溶藻液を陰性染色した結果、粒径170−230nm(平均粒径212nm)の外膜構造ならびに尾部構造を持たない大型ウイルス粒子が多数観察された。このウイルスをTaDNAV301と命名した。これに対して、加熱処理したウイルス懸濁液を接種した場合、テレオラクス株の藻体細胞は、活発な増殖を継続し、透過型電子顕微鏡による観察でもウイルスは検出されなかった(図示せず)。
【0062】
以上と同様の方法により、さらに、テレオラクス感染性ウイルスのクローニングを行った。その結果、テレオラクス株に感染作用(殺藻作用)を示す合計3株のウイルス株TaDNAV(八代海株)を分離できた(表1)。TaDNAV301の形態は、前述の通りであり、他の2株も同様の形態であった(ウイルス形状、尾部構造および外膜構造の有無、キャプシド形状、ゲノム、潜伏期間、バーストサイズ)。これらのテレオラクス感染性ウイルス株の形態は、前述の通りである。なお、これらのウイルス株(テレオラクス感染性ウイルス株)は、現在、本発明者らにより維持培養および凍結保存されている。
【0063】
【表1】

【0064】
接種実験
対数増殖期のテレオラクス株に、TaDNAV301株のウイルス懸濁液を、感染多重度(1宿主細胞あたり何個のウイルスが接種されたかを示す数値)が0.13となるよう接種した(接種区)。そして、前述の条件下で培養を行いながら、宿主細胞密度およびウイルス力価の経時変化をモニターした。宿主細胞密度およびウイルス力価は、光学顕微鏡による直接計数および限界希釈法による最確数の算定により行った。また、対照区として、TaDNAV懸濁液に代えて、SWM3培地を添加した以外は、同様に測定を行った。
【0065】
これらの結果を、図4に示す。図4は、TaDNA301株を接種した際のテレオラクス株の細胞密度およびウイルス力価の経時変化を示すグラフである。同図において、X軸が、培養時間、左のY軸が、細胞密度、右のY軸が、ウイルス力価であり、同図において、●が、接種区の細胞密度、○が、対照区の細胞密度の結果であり、■が、接種区のウイルス力価を示す。同図に示すように、ウイルス懸濁液に代えて培地を添加した対照区(○)では、正常なテレオラクス株の増殖がみられた。これに対して、ウイルス懸濁液を接種した接種区(●)では、接種後36時間〜60時間にかけて、著しいテレオラクス株の細胞密度の減少が確認され、接種から60時間後においては、ほぼ全細胞が死滅した。また、接種区においては、接種から12時間を過ぎた時点(12時間〜24時間)より、ウイルス力価の著しい増加が確認された。これは、ウイルスが感染したテレオラクス株の細胞内でウイルスが複製し、複製した娘ウイルスが細胞崩壊に伴い放出された結果を反映していたものと考えられる。以上の結果に基づき、TaDNAV301株は、潜伏時間12−24時間、バーストサイズ(宿主細胞の崩壊時に放出される感染単位数)430−530、最大収量約1×10E6感染単位/mlと、それぞれ推算された。また、連続した植え継ぎ実験から、TaDNAV株は、対数増殖中のテレオラクス細胞を速やかに且つ繰り返し溶藻できることが確認できた。
【0066】
宿主特異性
下記表1に示す各種海産微細藻類に対するTaDNAV株の宿主特異性を確認した。
【0067】
下記表1に示す各種藻類株について、対数増殖中の培養液800μlに対して、TaDNAV301懸濁液40μlをそれぞれ接種し、前述の条件下で培養を行った(接種区)。また、対照として、前記TaDNAV301懸濁液に代えてSWM3培地を接種し、同様にして培養を行った(陰性対照区)。各実験区につきn=1とし、経時的に、光学顕微鏡による被検細胞の状態観察ならびに藻体の増殖を評価した。接種から14日後までに溶藻が確認されなかったものについては、TaDNAV株の宿主には該当しないと判断した。評価結果を下記表2にあわせて示す。
【0068】
【表2】

* +:TaDNAV301株に対して感受性(顕著な死滅)
−:影響なし
【0069】
前記表1に示すように、TaDNAV301株は、前記表2における32株の海産微細藻類株のうち、標的種であるクリプト藻テレオラクス アンフィオキセアを除く全ての珪藻、緑藻、真正眼点藻、渦鞭毛藻およびラフィド藻に対して、殺藻性を示さなかった。この実験結果から、本発明のウイルスが、テレオラクス アンフィオキセアに特異的に感染するウイルスであると推察される。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の新規ウイルスによれば、クリプト藻綱テレオラクス属に特異的に感染して増殖し、前記テレオラクス属の増殖を抑制、または、テレオラクス属を溶藻(死滅)させることが可能である。そして、餌料性生物である前記テレオラクス属について増殖抑制または溶藻することで、ミリオネクタ属やディノフィシス属の増殖を抑制し、ミリオネクタ属による貝肉の着色およびディノフィシス属による毒化を防止・軽減することとも可能となる。また、本発明の新規ウイルスによれば、例えば、テレオラクス属を溶藻することによって、ミリオネクタ属やディノフィシス属のブルームの発生を予防、軽減することができる。このように標的生物種に対して特異的であり、天然海水から単離されたウイルスを使用するため、例えば、他の生物や生態系全体への負荷が小さく、安全性にも優れる。また、ウイルスは、それ自体が自己複製能を有しており、また、著しい増殖力が備わっていることから、例えば、通常の薬剤とは異なり、少量の投入で広範囲でのテレオラクス属発生の予防・抑制が期待できる。このため、低コストで多大な効果も期待できる。以上の点から、本発明によれば、前述のような漁業被害を防止、低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1Aは、テレオラクス アンフィオキセア株の培養液の写真であり、左が、加熱処理したTDNAVを接種した対照区、右が、非加熱のTaDNAVを接種した接種区の結果であり、図1Bは、前記対照区におけるテレオラクス株の光学顕微鏡写真、図1Cは、前記接種区におけるテレオラクス株の光学顕微鏡写真である。
【図2】図2は、凍結保存開始後35日目のTaDNAVの相対力価(力価の残存率)を示すグラフである。
【図3】図3Aは、ウイルス懸濁を接種した溶藻液におけるテレオラクス アンフィオキセア細胞の電子顕微鏡写真(断面像)であり、図3Bは、ウイルス感染により溶藻したテレオラクス アンフィオキセア培養液中に存在するTaDNAV粒子の陰性染色写真である。
【図4】図4は、TaDNA301株を接種した際のテレオラクス株の細胞密度およびウイルス力価の経時変化を示すグラフである。
【図5】図5は、着色した二枚貝の貝肉部分を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テレオラクス(Teleaulax)属藻類に特異的に感染して増殖する、全長0.01μm〜0.4μmの新規ウイルス。
【請求項2】
下記形態を有する、請求項1記載の新規ウイルス。
(形態)
ウイルスの形状 球形
粒径 170nm〜230nm
尾部構造 無
外膜構造 無
キャプシドの形状 正20面体
ゲノム 2本鎖DNA
【請求項3】
下記生物学的性状を有する、請求項1または2記載の新規ウイルス。
(生物学的性状)
Bacillariophyceae網、Eustigmatophyceae網、Dinophyceae網およびRaphidophyceae網の藻類に、感染性または溶藻性を示さない。
【請求項4】
下記生物学的性状を有する、請求項3記載の新規ウイルス。
(生物学的性状)
Chaetoceros debilisChaetoceros tenuissimusChaetoceros salsugineumChaetoceros socialisChaetoceros cf. affinisChaetoceros cf. decipienceChaetoceros sp.Chaetoceros sp.Chaetoceros sp.Chaetoceros sp.Detonula pumilaDitylum brightwelliiEucampia zodiacusRhizosolenia setigeraSkeletonema sp.Stephanopyxis sp.Nannochloropsis sp.Alexandrium catenellaGymnodinium catenatumHeterocapsa circularisquamaHeterocapsa triquetraKarenia mikimotoiProrocentrum micansScrippsiella sp.Chattonella antiquaChattonella marinaChattonella ovataおよびHeterosigma akashiwoの藻類に、感染性または溶藻性を示さない。
【請求項5】
前記テレオラクス属藻類が、テレオラクス アンフィオキセア(Teleaulax amphioxeia)である、請求項1から4のいずれか一項に記載の新規ウイルス。
【請求項6】
テレオラクス属藻類の増殖を抑制するための抑制剤であって、
請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項7】
繊毛虫ミリオネクタ(Myrionecta)属の増殖を抑制するための抑制剤であって、
請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項8】
前記繊毛虫が、ミリオネクタ ルブラ(Myrionecta rubra)である、請求項7記載の抑制剤
【請求項9】
渦鞭毛藻ディノフィシス(Dinophysis)属の増殖を抑制するための抑制剤であって、
請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項10】
貝における下痢性毒の蓄積を抑制する毒化の抑制剤であって、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項11】
貝の貝肉の着色現象を抑制する抑制剤であって、
請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項12】
赤潮の発生を抑制する赤潮抑制剤であって、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを含むことを特徴とする抑制剤。
【請求項13】
前記抑制剤が、前記新規ウイルスを固定化した抑制剤である、請求項6から12のいずれか一項に記載の抑制剤。
【請求項14】
テレオラクス属藻類の増殖を抑制する方法であって、
テレオラクス属藻類の生育環境に、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを添加する工程を含むことを特徴とする増殖抑制方法。
【請求項15】
繊毛虫ミリオネクタ属の増殖を抑制する方法であって、
ミリオネクタ属の生育環境に、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを添加する工程を含むことを特徴とする増殖抑制方法。
【請求項16】
前記繊毛虫が、ミリオネクタ ルブラである、請求項15記載の防除方法
【請求項17】
渦鞭毛藻ディノフィシス属の増殖を抑制する方法であって、
ディノフィシス属の生育環境に、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを添加する工程を含むことを特徴とする増殖抑制方法。
【請求項18】
前記生育環境が、海域であり、前記新規ウイルスの添加方法が、底泥中への前記新規ウイルスの埋設である、請求項14から17のいずれか一項に記載の増殖抑制方法。
【請求項19】
貝における下痢性毒の蓄積を抑制する毒化抑制方法であって、
貝の生育環境に、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを添加する工程を含むことを特徴とする毒化抑制方法。
【請求項20】
貝の貝肉の着色現象を抑制する方法であって、
貝の生育環境に、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを添加する工程を含むことを特徴とする抑制方法。
【請求項21】
前記生育環境が、海域であり、前記新規ウイルスの添加方法が、底泥中への埋設である、請求項20または21記載の抑制方法。
【請求項22】
赤潮の発生を抑制する方法であって、
赤潮の発生環境または発生する可能性がある環境に、請求項1から5のいずれか一項に記載の新規ウイルスを添加する工程を含むことを特徴とする抑制方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−195117(P2009−195117A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−37662(P2008−37662)
【出願日】平成20年2月19日(2008.2.19)
【出願人】(000127879)株式会社エス・ディー・エス バイオテック (23)
【Fターム(参考)】