説明

クロマトグラフィー用キラル固定相の光学異性体分離能の評価方法および評価装置

【課題】迅速、簡便かつ低コストなクロマトグラフィー用キラル固定相の光学異性体分離能の評価方法およびそれに用いる評価装置を提供する。
【解決手段】水晶振動子1の第一電極3aに、検出対象の光学異性体と相互作用する、キラル固定相用の作用物質が固定され、第一電極3aおよび第二電極3bが、該電極間に電圧を印加するための回路および周波数測定装置に電気的に接続可能とされたセンサ部5と、該センサ部5を液体中に浸漬する溶液槽6とを備える評価用セル7を用い、溶液槽6内の検出対象の光学異性体を含有する溶液中で、センサ部5の電極間に電圧を印加して水晶振動子1を振動させながら、検出対象の光学異性体および作用物質の相互作用に起因する水晶振動子1の周波数変動を測定し、さらに前記溶液に代わり、検出対象外の光学異性体を含有する溶液を用いて周波数変動を測定して、得られた測定結果を比較する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医薬品等における光学異性体の分離に好適なクロマトグラフィー用キラル固定相の光学異性体分離能の評価方法および評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光学異性体の間では、一般的な物理化学的性質は全く同一であるにもかかわらず、生体内での挙動や生理活性が異なる場合がある。したがって、特定の光学異性体である医薬品の開発においては、例えば、合成品の純度・薬理・毒性学的評価等の研究が必要であり、特定の光学異性体を選択的に合成する「キラル合成」と共に、特定の光学異性体を他の光学異性体から分離して検出する「キラル分離」は非常に重要な課題である。キラル分離を行う際の有用な方法として、高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLCと略記する)を用いた手法が例示され(例えば、特許文献1参照)、現在では医薬品や生体試料等の光学異性体を分離するためのキラル固定相が多数開発されており、このようなキラル固定相を備えたキラルカラムが幅広く利用されている。なお、ここで「キラル固定相」とは、キラルカラムの担体に結合されている、光学異性体を分離するための物質全般を指すものとする。
【特許文献1】特開平11−23552号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし実際には、標的試料である光学異性体のHPLCによるキラル分離を行う際には、これまでの経験に基づいてキラル固定相を選択する必要があるなど、試行錯誤の繰り返しが不可欠であった。すなわち、通常のHPLCカラムよりも高価なキラルカラムを多種類購入した上で、移動相の組成や流速などの分析条件を最適化しなければならず、これらの作業は多大な労力、時間および費用を要するものであった。したがって、これらの作業を効率良くかつ低コストで行うための手法は非常に有用であり、その開発が強く求められている。
【0004】
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、迅速、簡便かつ低コストなクロマトグラフィー用キラル固定相の光学異性体分離能の評価方法およびそれに用いる評価装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは鋭意研究の結果、水晶振動子マイクロバランス(QCM)用センサの金電極上に、キラル固定相として用いることが可能な化合物を結合させて擬似的なキラル固定相を形成し、これを移動相となる溶液中で安定化させた後、標的となる特定の光学異性体を含有する試料を添加して、センサの周波数変動を観測したところ、キラル固定相との相互作用に基づく周波数変化を指標として、光学異性体を個別に検出可能であり、この時の情報に基いて、キラルカラムからの光学異性体の溶出順が判別可能で、その際の分離度の値の推定も可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、上記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、検出対象の光学異性体を分離して検出するためのキラル固定相の、光学異性体分離能の評価方法であって、圧電素子の一方または双方の電極に、検出対象の光学異性体と相互作用する、キラル固定相用の作用物質が固定され、前記電極が、該電極間に電圧を印加するための回路および周波数測定装置に電気的に接続可能とされたセンサ部と、該センサ部を液体中に浸漬する溶液槽とを備える評価用セルを用い、前記溶液槽内の、検出対象の光学異性体を含有する溶液中で、前記センサ部の電極間に電圧を印加して圧電素子を振動させながら、検出対象の光学異性体および作用物質の相互作用に起因する圧電素子の周波数変動を測定し、さらに前記溶液に代わり、検出対象外の光学異性体を含有する溶液を用いて周波数変動を測定して、得られた測定結果を比較することを特徴とする光学異性体分離能の評価方法である。
請求項2に記載の発明は、前記圧電素子が水晶振動子であることを特徴とする請求項1に記載の光学異性体分離能の評価方法である。
請求項3に記載の発明は、前記電極が金電極であり、該金電極表面には、連結物質として直鎖状のアミノアルカンチオール、アミノアルケンチオールまたはアミノアルキンチオール、あるいは直鎖状のカルボキシアルカンチオール、カルボキシアルケンチオールまたはカルボキシアルキンチオールの硫黄原子が結合され、さらに該連結物質がアミド結合を介して前記作用物質と結合されていることを特徴とする請求項1または2に記載の光学異性体分離能の評価方法である。
請求項4に記載の発明は、前記アミノアルカンチオールの炭素数が1〜4であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の光学異性体分離能の評価方法である。
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の光学異性体分離能の評価方法に用いる評価装置であって、圧電素子の一方または双方の電極に、検出対象の光学異性体と相互作用する、キラル固定相用の作用物質が固定されたセンサ部と、該センサ部を液体中に浸漬する溶液槽とを備える評価用セルを具備し、該評価用セルは作用物質が互いに異なる複数種類の前記センサ部を備え、前記電極は該電極間に電圧を印加するための回路および周波数測定装置に電気的に接続されており、さらに、前記評価用セルに溶液を供給する溶液供給手段を備えることを特徴とする光学異性体分離能の評価装置である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、標的試料のキラル分離に適したキラル固定相の迅速かつ簡便なスクリーニングが可能である。また、種類の異なるキラルカラムを多数用意する必要もなく、用いるキラル固定相用の作用物質も微量であり、圧電素子の繰り返し使用も可能であるので、低コストでスクリーニングが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について詳しく説明する。
圧電素子は、圧電体の結晶をごく薄いプレート状に切り出した切片の両面に金属薄膜を設けたものであり、水晶の結晶を用いた水晶振動子などが知られている。
圧電素子の金属薄膜に電圧を印加すると、ある一定の振動数(共鳴振動数)で振動する性質を有する。そして、金属薄膜上に数ng程度というごく微量の物質が吸着しただけでも、その質量に応じて共鳴振動数が減少することから、微量天秤として利用することが可能である。
本発明においては、この圧電素子の電極上にキラル固定相を構築することにより、擬似的なキラルカラムを作製し、標的であるキラル分子の光学異性体間における相互作用の差を測定して、キラル固定相の光学異性体分離能の評価を行う。
【0009】
<評価用セル>
図1は、本発明で用いる測定用セルを例示する図であり、(a)はセンサ部が溶液槽中の溶液に浸漬された状態の斜視図、(b)は正面図であり、(c)は、A−A線における断面図である。
評価用セル7は、水晶振動子をセンサとするセンサ部5と、測定対象の光学異性体を含有する溶液中に該センサ部5を浸漬するための溶液槽6とを備える。
センサ部5は、その溶液槽6内での配置位置を調節可能な保持手段(図示略)により保持されており、測定時には溶液槽6内に、測定時以外には溶液槽6外に配置可能とされている。
【0010】
符号2は水晶板であり、第一電極3aおよび第二電極3bからなる一対の電極3に挟まれており、水晶振動子1が構成されている。そして、第一電極3aには第一接続電極31aの一端が接続され、第二電極3bには第二接続電極31bの一端が接続されている。さらに、水晶板2はその第一電極3a側の平面が外部に露出するように、また、第一電極3aはその水晶板2との接触面と対向する面が外部に露出するように、それぞれ樹脂製のカートリッジ4に収納されている。また、第一接続電極31aおよび第二接続電極31bは、これらの他端311aおよび311bが外部に露出するように、カートリッジ4に収納されている。すなわち、カートリッジ4に、これら水晶板2、第一電極3a、第二電極3b、第一接続電極31aおよび第二電極3bが収納されて、センサ部5が形成されている。そして、センサ部5は、検出装置(図示略)内において着脱可能とされており、装着した場合には、第一接続電極31aの他端311aおよび第二接続電極31bの他端311bがそれぞれ、第一電極3aおよび第二電極3b間に電圧を印加するための回路(図示略)に電気的に接続される。さらに、第一電極3aおよび第二電極3b間に電圧が印加された時の水晶振動子1の振動の周波数を検知するための周波数測定装置(図示略)に、該回路は電気的に接続されている。このような構成とすることで、センサ部5を交換することにより水晶振動子1を容易に交換することができる。
【0011】
なお、ここでは水晶振動子1等がカートリッジ4に収められているものを示しているが、必ずしもカートリッジに収められていなくても良い。さらに、ここに示すように第一電極3aおよび第二電極3bを、第一接続電極31aおよび第二接続電極31bと接続せず、第一電極3aおよび第二電極3b間に電圧を印加するための回路に配線を介して直接接続しても良い。
【0012】
第一電極3aおよび第二電極3bはプレート状であり、その一方の面がそれぞれ、水晶板2と接触して設けられている。そして、第一電極3aの水晶板2との接触面と対向する面に、キラル固定相用の作用物質が固定されている。
【0013】
作用物質とは、キラルカラムのキラル固定相用に使用可能で、検出対象である光学異性体と相互作用するものであり、通常は測定対象とは異なる特定の光学異性体である。ここで相互作用とは、検出対象の光学異性体と作用物質との間で分子間力により結合が形成されることを指し、具体的には、例えば、静電相互作用、水素結合、疎水結合、双極子相互作用、またはファンデルワールス力等に起因して分子間に結合が形成されることを指す。
通常は、作用物質と光学異性体との相互作用の強さが強いほど、該作用物質をキラル固定相に用いたキラルカラムにおける前記光学異性体の保持力が高くなる。
【0014】
前記作用物質は、光学異性体の種類に応じて適宜選択すれば良い。その際、市販されているキラルカラムのキラル固定相の種類を参考にして作用物質を選択することもできる。
また、固定する作用物質の種類は、第一電極3a一つにつき一種類であることが好ましい。第一電極3a一つにつき複数種類の作用物質が固定されていると、評価精度が低下することがある。
【0015】
光学異性体は分子であり、所望により選択すれば良く、天然、非天然を問わず、低分子および高分子のいずれでも良く、無機化合物および有機化合物のいずれでも良いし、これらの複合体でも良い。さらに金属原子が含まれていても良い。なかでも、生理活性を有する化合物が好適であり、キラル分子として多数の光学異性体が存在し、そのキラル分離が通常は非常に困難である各種有機化合物が特に好適である。具体的には、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、DNA、RNA、多糖、オリゴ糖、単糖、脂質、芳香族化合物、複素環化合物、これらの複合体、およびこれらを化学修飾したもの等が例示できる。
【0016】
作用物質の第一電極3aへの固定方法は、安定して固定できる方法であれば特に限定されず、例えば、該作用物質を、共有結合を介して固定しても良いし、水素結合等の非共有結合を介して固定しても良い。さらに、作用物質と第一電極3aとの間に連結物質を介しても良い。
【0017】
例えば、アミノ基を有する作用物質を、共有結合を介して電極に固定する方法としては、以下の方法が例示できる。
すなわち、電極の固定面上に連結物質として、金属と容易に反応する官能基を好ましくは分子の一方の末端に有し、さらにカルボキシル基を好ましくは分子の他方の末端に有する、主鎖が直鎖状の第一の有機化合物を固定し、例えば、N−ヒドロキシスクシンイミドおよび1−エチル−3−(ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドによってカルボキシル基を活性化して、この活性化したカルボキシル基に、作用物質のアミノ基を結合させる方法が例示できる(以下、方法(1)と略記する)。
【0018】
電極が金電極である場合には、前記第一の有機化合物としては、分子の一方の末端にメルカプト基を有しかつ分子の他方の末端にカルボキシル基を有する直鎖状のチオール化合物が好ましく、具体的には、直鎖状のカルボキシアルカンチオール、カルボキシアルケンチオールまたはカルボキシアルキンチオールが挙げられ、これらのなかでも炭素数が1〜4であるものが好ましく、3−メルカプトプロピオン酸が特に好ましい。例えば、連結物質として3−メルカプトプロピオン酸を用いる場合には、3,3’−ジチオジプロピオン酸を金電極と反応させると良い。
【0019】
アミノ基を有する作用物質を、非共有結合を介して電極に固定する方法としては、電極の固定面および作用物質のいずれか一方にビオチンを、他方にアビジンを直接あるいは間接的に結合させ、ビオチン−アビジン複合体を形成させることで、作用物質を電極に固定する方法が例示できる。例えば、電極の固定面にアビジンを結合させる場合には、上記の方法(1)において、アミノ基を有する作用物質の代わりにアビジンを用いれば良く、この場合、アミノ基を有する作用物質は、従来公知の方法でビオチンを結合させれば良い。
【0020】
一方、カルボキシル基を有する作用物質を、共有結合を介して電極に固定する方法としては、以下の方法が例示できる。
すなわち、電極の固定面上に連結物質として、金属と容易に反応する官能基を好ましくは分子の一方の末端に有し、さらにアミノ基を好ましくは分子の他方の末端に有する、主鎖が直鎖状の第二の有機化合物を固定し、上記の方法(1)の場合と同様の方法で作用物質のカルボキシル基を活性化し、この活性化したカルボキシル基に、前記第二の有機化合物のアミノ基を結合させる方法が例示できる。
【0021】
電極が金電極である場合には、前記第二の有機化合物としては、分子の一方の末端にメルカプト基を有しかつ分子の他方の末端にアミノ基を有する直鎖状のチオール化合物が好ましく、具体的には、直鎖状のアミノアルカンチオール、アミノアルケンチオールまたはアミノアルキンチオールが挙げられ、なかでも直鎖状のアミノアルカンチオールがより好ましい。アミノアルカンチオールは、炭素数が1〜4であることが好ましく、アミノエタンチオールが特に好ましい。
【0022】
カルボキシル基を有する作用物質を、非共有結合を介して電極に固定する方法としては、上記のアミノ基を有する作用物質の場合と同様の方法が例示でき、例えば、電極の固定面にアビジンを結合させ、カルボキシル基を有する作用物質に従来公知の方法でビオチンを結合させ、ビオチン−アビジン複合体を形成させれば良い。
【0023】
前記第一または第二の有機化合物として、前記チオール化合物を用いると、チオール化合物中の硫黄原子が金に結合して、金電極表面に自己組織化単分子膜(Self−Assembled Monolayers、以下、SAMと略記する)を形成する。金−硫黄結合は比較的安定なので、形成されるSAMも安定である。そして、前記チオール化合物の分子末端のカルボキシル基またはアミノ基が、硫黄原子を挟んで金電極表面に配向するので、作用物質のアミノ基または活性化されたカルボキシル基との反応を容易に行うことができる。
【0024】
作用物質を第一電極3aへ固定する際に行う各種反応は、例えば、前記チオール化合物や3,3’−ジチオジプロピオン酸等の反応に供する原料を含有する溶液を、第一電極3aの固定面上に滴下したり、反応に供する原料を含有する溶液中に第一電極3aの固定面を浸漬することで行えば良い。
【0025】
光学異性体分離能の評価は、通常、電極の固定面から、作用物質の電極への固定に関与してない末端までの距離が均一になるほど高精度に行うことができる。そのためには、電極の固定面から異物を除去して、該固定面を平坦にすることが必要である。
このように電極の固定面を平坦にするためには、例えば、該固定面を酸で処理すれば良い。
【0026】
処理に用いる酸は、強酸が好ましく、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、フッ化水素酸、30%過酸化水素水/濃硫酸=1/3(v/v)(以下、ピランハ溶液と略記する)等を挙げることができる。なかでも処理効果が高いことから、ピランハ溶液がより好ましい。
これら酸で電極の固定面を処理する方法としては、例えば、該固定面に酸をマウントして好ましくは2〜10分間静置した後、蒸留水で洗浄する操作を2回繰り返す方法が挙げられる。
処理に用いる酸は、一種類でも良いし、異なる種類の酸を用いて順次処理を繰り返しても良い。
【0027】
作用物質の第一電極3aへの固定量は、本発明の効果を妨げない限り特に限定されない。
そしてその固定量は、前記チオール化合物等の、作用物質と第一電極3aとを連結する連結物質の、第一電極3aへの固定量を調整することで調整できる。そして、前記連結物質の第一電極3aへの固定量は、第一電極3aとの反応に供する前記連結物質の使用量を調整すれば良い。
【0028】
第一電極3aに作用物質を固定する時に行う各種反応は、第一電極3aおよび第二電極3b間に電圧を印加して水晶振動子1を振動させ、その周波数変動を観測することで、反応の程度を観測しながら行うと良い。
【0029】
作用物質は、例えば、水晶振動子1等がカートリッジ4に収納されていない場合等は、第一電極3aおよび第二電極3bの双方に固定されていても良いし、第二電極3bのみに固定されていても良い。
【0030】
第一電極3aおよび第二電極3bの材質は、導電性材料であれば良いが、耐腐食性金属である金または白金が好ましく、汎用性が高く、上記のように作用物質の固定も容易であることから金が特に好ましい。
【0031】
水晶振動子1としては、従来公知のものを用いることができるが、水晶振動子1の振動時の周波数は、水晶板2の形状およびサイズによって決まるので、目的に応じて必要とされる周波数を考慮して水晶板2の形状およびサイズを決めれば良い。
作用物質と光学異性体との相互作用を検出する場合は、通常、水晶振動子1の振動時の周波数は、5〜40MHzであることが好ましく、感度や水晶の取扱いを考慮すると27〜40MHzであることがより好ましい。
そして、水晶板2、第一電極3aおよび第二電極3bのサイズおよび形状は、このような振動を可能とするものが好ましい。具体的には、水晶板2は、直径3〜15mm、厚さ50〜200μmの円板状であることが好ましく、直径7〜10mm、厚さ50〜70μmの円板状であることがより好ましい。第一電極3aおよび第二電極3bは、直径1〜5mm、厚さ150〜300nmの円板状であることが好ましく、直径1〜3mm、厚さ240〜280nmの円板状であることがより好ましい。
なお、ここでは水晶振動子として円板状のものを例示しているが、形状はこれに限定されず、プレート状であれば、その径方向断面の形状は多角形状などいずれでも良い。
【0032】
溶液槽6の材質は、充填する溶液を保持でき、使用時に変質しないものであればいずれでも良く、測定対象である光学異性体を含有する溶液の種類に応じて適宜選択すれば良い。なかでも、絶縁性を有するものが好ましく、絶縁性を有しかつ透明なものがより好ましい。絶縁性を有することで、光学異性体が微量でもより高精度に測定が可能である。また、透明であることで、充填した溶液の吸光度、化学発光または蛍光発光の測定など、光学的な解析を組み合わせて行うことができ、より詳細な測定が可能となる。光学的な解析を行う場合は、溶解槽6近傍に、分光光度計など通常使用される解析手段を配置すれば良い。
以上のような観点から、溶液槽6の材質としては、無色ガラスが最も好ましい。
【0033】
溶液層6の形状も、充填する溶液を保持できるものであればいずれでも良い。ここでは、溶液を貯留する形態の通常の容器型の溶液層を示しているが、これ以外にも、例えば、溶液を流入させるための流入口および排出させるための排出口が別々に設けられ、溶液の循環経路の一部を構成するようにしたフローセル型でも良い。
また、溶液槽6の容量は、水晶振動子1のサイズに応じて適宜調整すれば良いが、通常は0.5〜20mLであることが好ましく、0.5〜11mLであることがより好ましい。
【0034】
センサ部5の溶液槽6内における配置方向は特に限定されず、図1に示すように、第一電極3aの作用物質固定面が液面に対して垂直でも良いし、平行でも良く、これらのいずれでなくても良く、目的に応じて適宜選択すれば良い。例えば、第一電極3aの作用物質固定面が、液面に対して垂直であれば、水晶振動子1洗浄時の液切れが良く、作業性が向上する点で好ましい。
【0035】
ここでは、評価用セル7にセンサ部5を一つ備えた例を示しているが、センサ部5を複数備えていても良い。センサ部5を複数備える場合には、後記するようにその数が多いほど、光学異性体分離能の評価効率を高めることができる。これに対し、数が少ないほど、製造コストを抑制できる。これら効果のバランスを考慮すると、一つの溶液槽6内に備えるセンサ部5は、二つ〜五つであることが好ましい。
【0036】
センサ部5を複数備える場合には、第一電極3aに固定されている作用物質は、センサ部5ごとに異なっていても良いし、同一でも良いが、異なっている方が好ましい。このように互いに異なる作用物質が第一電極3aに固定された複数種類のセンサ部5を設けることで、後記するように、光学異性体分離能の評価を極めて効率良く行うことができる。
【0037】
センサ部5を複数備える場合には、その配置形態は特に限定されず、溶液槽6の形状およびサイズ等を考慮して適宜選択すれば良い。
【0038】
また、複数のセンサ部5は、(I)互いに対向するように配置しても良いし、(II)互いに直交する方向に配置しても良いし、(III)これらの第一電極3aが略同一面内に存在するように配置しても良い。さらには、これらのいずれでもなくて良い。そしてこれらの中では、(III)のように配置した場合、例えば、各センサ部5の第一電極3a近傍の溶液の、吸光度、化学発光または蛍光発光等の、光学的な解析を容易に行える点で好ましい。
【0039】
なお、ここでは圧電素子として水晶振動子を用いた例を示したが、本発明はこれに限定されず、例えば、APM(Acoustic Plate Mode Sensor)デバイス、FPW(Flexural Plate−Wave Sensor)デバイス、SAW(Surface Acoustic−Wave Sensor)デバイス等も用いることができる。すなわち、外部電圧を印加した時に固有の周波数で共振する板状圧電体であれば、いずれも水晶板の代わりに用いることができる。
【0040】
<評価方法>
上記評価用セル7を用いた、キラル固定相の光学異性体分離能の評価は、以下のように行うことができる。
溶液槽6内に測定対象の光学異性体を含有する溶液を充填し、該溶液中にセンサ部5の水晶振動子1を浸漬させて、第一電極3aおよび第二電極3bから水晶板2に電圧を印加すると、水晶板2に変形が生じ、水晶板2の形状およびサイズによって決まる周波数で水晶振動子1が振動する。この時、第一電極3a上の作用物質との相互作用により光学異性体が該作用物質に結合すると、時間経過と共に結合した光学異性体の量、すなわち光学異性体の質量に応じて、該水晶振動子1の振動の周波数が低下する。結合する光学異性体の量は、作用物質と光学異性体との相互作用の強さに依存するので、キラル分子の内、検出対象の光学異性体が、検出対象外である他の光学異性体よりも強く相互作用する作用物質を用いれば、検出対象の光学異性体が結合した場合の周波数の低下幅は、他の光学異性体が結合した場合の周波数の低下幅よりも大きくなる。
【0041】
したがって、周波数の低下幅の相違が生じた場合、作用物質は、キラルカラムのキラル固定相に用いた場合、HPLCによる光学異性体の分離が可能であることが確認できる。また、周波数の低下幅の大きい方が小さい方よりも、HPLCにおける溶出時間が遅くなり、周波数の低下幅の差が大きいほど、HPLCにおける溶出時間の差が大きくなる。
このように、光学異性体および作用物質の相互作用に起因する圧電素子の周波数変動を測定することで、作用物質のキラル固定相としての光学異性体分離能を評価できる。
【0042】
なお、ここでは、光学異性体を含有する溶液中にセンサ部5を浸漬させた後に水晶振動子1を振動させる場合について説明したが、例えば、光学異性体を含有していない溶液中にセンサ部5を浸漬させた後に水晶振動子1を振動させ、次いで該溶液中に光学異性体を添加しても良い。
【0043】
一回の周波数変動の測定に供する光学異性体は、複数種類の光学異性体の混合物ではなく、一種類であることが好ましい。すなわち、測定対象である複数種類の光学異性体について、一種類ずつを順次測定に供して周波数変動のデータを個別に取得し、キラルカラムで分離したい検出対象の光学異性体とその他の光学異性体との間でデータ比較することが好ましい。
【0044】
光学異性体の検出感度は、水晶振動子1の振動の周波数を高くするほど向上するが、適切な周波数は、作用物質の種類等を考慮して適宜設定すれば良く、その好ましい範囲は先に述べた通りである。そして、水晶振動子1の周波数は、水晶板2の形状およびサイズによって決まるので、水晶振動子1の周波数を変更したい場合には、形状および/またはサイズが異なる水晶板2を用いれば良い。
【0045】
測定に供する溶液の組成および測定時の該溶液の温度は、キラルカラムによる分離時に使用する移動相の組成および設定温度を想定して選択することが好ましい。測定時の光学異性体を除く溶液組成が、上記移動相組成に近いほど、また、測定時の溶液の温度が移動相の設定温度に近いほど、分離能評価結果がキラルカラムによる分離結果に忠実に反映される。
【0046】
換言すれば、測定に供する溶液の組成は、キラルカラムによる分離時の移動相として使用可能なものであることが好ましい。
また、測定時の溶液の温度は、15〜40℃が好ましく、25〜37℃がより好ましい。
【0047】
センサ部5は、周波数変動の測定の前に安定化させることが好ましい。例えば、好ましくは測定に供する溶液の溶媒成分と同じ種類の溶媒に、センサ部5を所定時間浸漬しておけば良い。この時の溶媒の温度は、測定時の溶液の温度と同様で良い。また浸漬時間は、5〜40分が好ましく、10〜30分がより好ましく、15〜20分が特に好ましい。
【0048】
周波数変動のデータ比較を行う場合、測定に供する光学異性体は、溶液中における濃度がすべて同じであることが好ましい。このようにすることで、データ比較の精度を向上させることができる。
そして、測定に供する光学異性体の溶液中における濃度は、0.1〜10mg/mLであることが好ましい。
また、光学異性体を含有する溶液の溶媒は、光学異性体を溶解させるものであれば良く、光学異性体の種類に応じて適宜選択すれば良い。なかでも好ましいものとして、メタノール、エタノール等のアルコール類や、キラルカラムによる分離時の移動相として使用可能な緩衝液が例示でき、エタノールが特に好ましい。
【0049】
さらに、測定に供する光学異性体の溶液槽6内における濃度は、キラルカラムによる分離時の移動相中の濃度として適用可能であることが好ましく、1〜1000μg/mLであることがより好ましい。
【0050】
評価用セル7が複数のセンサ部5を備え、これらセンサ部5の第一電極3aに固定されている作用物質がすべて異なっている場合には、これら作用物質と光学異性体との相互作用の強さに応じた低下幅で、すべてのセンサ部5で周波数の低下が観測される。
すなわち、複数種類の作用物質を同時に測定に供することで、キラル固定相用として最適な作用物質をより短時間で選定できる。
一方、複数のセンサ部5の第一電極3aに固定されている作用物質がすべて同じである場合には、観測される周波数低下幅のばらつきの度合いを調べることで、キラル固定相用として使用した場合の、作用物質の光学異性体分離の再現性を確認できる。
【0051】
溶液槽6の材質が透明である場合は、先に述べた通り、溶液の吸光度、化学発光または蛍光発光の測定など、光学的な解析を組み合わせることで、より詳細な測定が可能となる。特に評価用セル7が複数のセンサ部5を備える場合には、各センサ部の第一電極3aの周波数変動と該電極近傍の溶液の光学的性質を同時に観測することで、より多くの情報を取得でき、精度の高い評価結果が得られる。
【0052】
評価終了後は、第一電極3aを洗浄し、固定されている作用物質を除去することで、第一電極3aを再生することが可能である。第一電極3aが再生されたセンサ部5は、異なるキラル固定相の評価に使用可能である。なお、ここで「再生」とは、第一電極3a上に物質が結合していないことを指す。
第一電極3aの洗浄は、先に述べた、電極の固定面から異物を除去して、該固定面を平坦にする方法で行えば良い。
【0053】
また、先に述べたように、例えば、ビオチン−アビジン複合体形成を伴う方法のように、非共有結合を介して作用物質を電極へ固定した場合には、この非共有結合を解消させることで、作用物質を除去でき、第一電極3aを再生させなくても、再度キラル固定相の評価に使用可能である。この場合、非共有結合を介して作用物質を再度固定できるが、この手法は、異なる作用物質を用いて連続して測定を行う際に特に好適である。
非共有結合の解消は、例えば、センサ部5を浸漬させた溶液のpHを調整することで可能である。
【0054】
<評価装置>
図2は、上記評価用セルを具備した評価装置を例示する概略構成図であり、図3は、評価用セルを例示する斜視図である。
ここに示す評価装置20は、評価用セルを洗浄しながら、光学異性体と作用物質との相互作用に起因する周波数変動を繰返し測定できるものである。
符号21は、先に説明した評価用セルである。そして、図3(a)に示すように、溶液槽211は、溶液を流入させるための流入口211aおよび排出させるための排出口211bが別々に設けられた、直方体状のフローセル型である。該溶液槽211中においては、作用物質がいずれも異なる三つのセンサ部5a、5bおよび5cが樹脂プレートの同一面上に配設されたセンサユニット8が浸漬されている。すなわち、ここに示すセンサユニット8は、検出対象の光学異性体を含有する溶液の一回の供給で、水晶振動子の周波数変動を、三つのセンサ部5a、5bおよび5cについて同時に測定できるものである。
【0055】
図3(a)に示す評価用セル21においては、センサユニット8の三つのセンサ部5a、5bおよび5cにおいて、作用物質が固定された電極面は、いずれも同一方向を向くように露出されている。
また、センサユニット8は、そのセンサ部5a、5bおよび5cが配設された面と反対側の面(以下、非センサ面と略記する)が、溶液槽211の底面211c上に接して、着脱可能に設置されている。
そして、センサユニット8において三つのセンサ部5a、5bおよび5cは、図中矢印で示す溶液の移動方向とほぼ同じ方向に直列に配置されている。
【0056】
なお、センサユニット8は、例えば、接着剤を用いて固定するなど、必ずしも溶液槽211に着脱可能とされていなくても良いが、保守管理や洗浄等が容易であることから、着脱可能とされていることが好ましい。着脱可能に設置する方法は周知の方法で良く、例えば、溶液槽211およびセンサユニット8のいずれか一方に突起を、他方に凹部を設け、突起および凹部を係脱可能に係合させれば良い。
また、センサユニット8の樹脂プレートは、ガラスプレートなど、絶縁性を有する他の材質からなるものでも良い。
【0057】
センサユニット8の設置形態はここに示すものに限定されず、適宜選択し得る。図3(b)および(c)は、他の設置形態を例示する斜視図である。
(b)では、センサユニット8は、溶液槽211の底面211c上に側面と接することなく直立して設置されている。三つのセンサ部5a、5bおよび5cにおいて、作用物質が固定された電極面は、いずれも同一方向を向くようにかつ溶液槽211の底面211cからの高さが同じとなるように露出されている。そして、これらセンサ部は、矢印で示す溶液の移動方向とほぼ同じ方向に直列に配置されている。
なお、ここでは図示を省略するが、例えば、作用物質が固定された電極面の向く方向が図3(b)の場合と同じで、非センサ面が溶液槽211の側面211e上に接して設置されていても良い。この場合、センサユニット8は、さらに溶液槽211の底面211c上に直立していても良いし、していなくても良い。また、底面211cに代わり、上面211dから直立して設けられていても良い。
【0058】
(c)では、センサユニット8において三つのセンサ部5a、5bおよび5cが、溶液の移動方向とほぼ直交する方向に直列に配置されていること以外は、(a)と同様にセンサユニット8が底面211c上に設置されている。
【0059】
図3では、溶液槽211中におけるセンサユニット8の設置数が一つである例を示しているが、設置数は複数でも良い。その場合の複数のセンサユニット8の配置形態も適宜選択し得るが、好ましい配置形態としては、例えば、作用物質が固定された電極面が互いに対向するように設置されたもの、互いに直交する方向に設置されたもの、同じ方向に設置されたものなどが例示できる。あるいは、これら複数のセンサユニット8は、作用物質が固定された電極面がいずれも同一面内に位置するように配置されていても良いし、互いに平行な面内に位置するように配置されていても良く、そのいずれでなくても良い。
【0060】
ここでは、センサユニット8におけるセンサ部の設置数が三つである例を示しているが、設置数はこれに限定されるものではなく、目的に応じて適宜選択できる。本発明の効果を損なわない範囲で設置数を増やした方が、評価をより効率的に行うことができる。
【0061】
また、ここでは、複数種のセンサ部が設置されたセンサユニット8を用いた例を示しているが、評価用セルはこれに限定されず、例えば、センサユニットを用いることなく、複数種類のセンサ部を溶液槽211中に配置しても良い。その場合の複数種類のセンサ部の設置方法および配置形態は、先に述べた複数のセンサユニット8の設置方法および配置形態と同様で良い。
【0062】
図2に示すように、評価用セル21において、センサ部5a、5bおよび5cは、その電極間に電圧を印加して水晶振動子を振動させるための発振回路22に電気的に接続(図3においてはその図示を省略している)されており、さらに、発振回路22には、水晶振動子の振動の周波数を測定するための周波数測定装置23が電気的に接続されている。そして、該周波数測定装置23には、外部機器として、周波数変動の測定データに関する情報処理を自動的に行い、その結果を表示するコンピュータおよびディスプレイ24が接続されている。ここで言う情報処理には、測定データの記録および比較が含まれる。
【0063】
また、評価用セル21に供給される測定用緩衝液291、評価用セル21を洗浄するための洗浄液292は、それぞれ別々に容器に充填されており、これら各容器は、配管を通じて切替バルブ26に接続され、該切替バルブ26は配管を通じてポンプ25に接続され、該ポンプ25は配管および流入口211aを通じて溶液槽211に接続されている。すなわち、切替バルブ26を操作することで、測定用緩衝液291および洗浄液292のいずれかが、評価用セル21に供給可能とされている。測定用緩衝液291としては、好ましいものとして、キラルカラムによる分離時の移動相として使用可能な緩衝液が例示できる。
【0064】
一方、測定対象の光学異性体を含有する溶液(以下、測定液と略記する)293が充填された容器が、配管を通じて開閉バルブ27に接続され、該開閉バルブ27は配管を通じて、前記ポンプ25より上流側で測定用緩衝液291または洗浄液292供給用の配管と接続されている。すなわち、開閉バルブ27を開放すれば、測定液293が測定用緩衝液291を移動相として評価用セル21に供給可能とされている。
【0065】
溶液槽211の排出口211bは、配管を通じて切替バルブ26に接続され、該切替バルブ26を切り替えることで、測定が終了した液体を二つの経路に分けて抜き出して、それぞれ第一廃液294および第二廃液295として別々に容器に回収できるようにされている。したがって、例えば、使用済みの測定用緩衝液291あるいは測定液293と、使用済みの洗浄液292とを別々に回収して、使用済みの測定用緩衝液291あるいは測定液293はそのまま廃棄して、洗浄液292は再利用しても良いし、この場合、一方の経路を、洗浄液292を充填している容器に接続して、洗浄液292を循環利用できるようにしても良い。
【0066】
なお、ここでは図示を省略しているが、ポンプ25、切替バルブ26および開閉バルブ27の操作は、これらに接続されたコンピュータにより自動的に制御されるようにしても良い。
【0067】
また、先に述べたように、非共有結合を介して作用物質を電極へ固定した場合には、洗浄液292として、この非共有結合を解消可能な緩衝液等を用いることで、測定終了後に電極から作用物質を除去できる。さらに、例えば、測定液293に代わり、アビジンやビオチンなどを結合させた作用物質を含有する溶液を用いて、該溶液を評価用セル21に供給することで、非共有結合を介して作用物質を電極に固定できる。
このようにして、作用物質の除去および固定を自動で行うことができるので、例えば、共有結合を介して電極へ作用物質を固定したセンサ部と、非共有結合を介して電極へ作用物質を固定したセンサ部とを併用した評価用セルを用いる場合、あるいは、非共有結合が互いに異なる条件下で形成および解消可能な複数種のセンサ部を併用した評価用セルを用いる場合には、非共有結合を介して固定する作用物質の種類を順次変えることで、評価用セル21内のセンサ部の組み合わせを連続的に切り替えることも可能である。この場合、評価をより一層効率的に行うことができる。
【0068】
評価装置20を用いて光学異性体分離能の評価を行う際は、移動相である測定用緩衝液291と共に測定液293を評価用セル21に供給し、周波数測定装置23により水晶振動子の周波数変動をセンサ部ごとに測定すれば良い。このような測定を、測定液293として、検出対象の光学異性体を含有する溶液および他の光学異性体を含有する溶液を順次用いて行い、光学異性体間で最も周波数低下幅の相違が大きいセンサ部を特定すれば、該センサ部の作用物質は、検出対象の光学異性体と最も強く相互作用していることから、キラル固定相用として用いた場合に、最も前記光学異性体分離能が高いと判定できる。測定終了後は、洗浄液292で評価用セル21を洗浄できる。
【0069】
この時、例えば、ポンプ25、切替バルブ26および開閉バルブ27の操作を自動的に制御して、測定用緩衝液291、測定液293および洗浄液292の供給を自動で行うようにすれば、測定および測定データに関する情報処理をすべて自動で行うことができる。したがって評価を行う際は、作業者は測定用緩衝液291、洗浄液292および測定液293の調製、並びに容器への充填、測定条件の初期設定を行うだけで良い。評価装置20は測定操作が簡便で、迅速に評価できるだけでなく、必要に応じて測定用緩衝液291、洗浄液292および測定液293の供給および回収経路を気密性のある、外部から隔離した系とすることができる。したがって、例えば、測定液293に人体に対して極めて有害な成分が含有されている場合等は、測定液293に対する作業者の暴露時間を大幅に低減でき、作業者の安全性確保にも有用である。
【実施例】
【0070】
以下、具体的な実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
[実施例1]
(光学異性体として(S)−ナプロキセンおよび(R)−ナプロキセンを、作用物質として下記化学式(1)で表される化合物(シクロマルトヘプトシル−(6→1)−O−α−D−グルコピラノシル−(4→1)−O−α−D−グルコピラノシドウロン酸)を用いた評価)
図1に示す評価用セルを用いて、以下の手順に従って作用物質を電極に固定し、センサ部を作製した。水晶振動子としては、直径8.7mmおよび厚さ60μmの水晶板、直径2.5mmおよび厚さ260nmの金電極を備えるものを用いた。
5.0mMのアミノエタンチオール水溶液をセンサ部の金電極部分に40μL滴下し、室温・湿潤下で30分間静置し、SAM形成を行った。その間を利用して、3.0mg/mLの下記式(1)で表される作用物質のジメチルスルホキシド溶液400μLに、100mg/mLのN−ヒドロキシスクシンイミド40μLと100mg/mLの1−エチル−3−(ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド40μLを加え、室温・湿潤下で30分間静置した。これにより活性化させた作用物質をセンサ部の金電極部分に40μL滴下し、室温・湿潤下で1時間静置した。
そして、容量11mLの容器型溶液槽に充填された8.0mL精製水中にセンサ部を浸漬し、25℃で15〜20分間安定化させた。次いで、27MHzで金電極を振動させ、測定対象の(S)−ナプロキセンを5mg/mLの濃度で含有するエタノール溶液8.0μLを注入し、周波数の変化を測定した。また同様に、(R)−ナプロキセンについても測定を行った。結果を図4に示す。
図4から明らかなように、測定開始4分後における周波数変化の平均値は、(S)−ナプロキセンが−50.5Hzであり、(R)−ナプロキセンが−70.1Hzであって、(S)−ナプロキセンおよび(R)−ナプロキセンとの間に有意な差が確認された。
実際に、ナプロキセンと作用物質との相互作用の強さは、(R)−体の方が(S)−体よりも大きく、同様の作用物質をキラル固定相に用いた市販のHPLC用キラルカラムを用いて分離を行った際に、(R)−体の方が(S)−体よりも遅く溶出したことと良く整合した。
【0071】
【化1】

【0072】
[実施例2]
(光学異性体としてD−アセチルフェニルアラニンおよびL−アセチルフェニルアラニンを、作用物質として下記化学式(2)で表される化合物(N−[(R)−1−(α−ナフチル)エチルアミノカルボニル]−L−tert−ロイシン)を用いた評価)
光学異性体および作用物質として上記化合物を用いたこと以外は、実施例1と同様に評価を行った。結果を図5に示す。
図5から明らかなように、測定開始4分後における周波数変化の平均値は、D−アセチルフェニルアラニンが−59.5Hzであり、L−アセチルフェニルアラニンが−73.4Hzであって、D−アセチルフェニルアラニンおよびL−アセチルフェニルアラニンとの間に有意な差が確認された。
実際に、フェニルアラニンと作用物質との相互作用の強さは、L−体の方がD−体よりも大きく、同様の作用物質をキラル固定相に用いた市販のHPLC用キラルカラムを用いて分離を行った際に、L−体の方がD−体よりも遅く溶出したことと良く整合した。
【0073】
【化2】

【0074】
[実施例3]
(光学異性体として(R)−1,1’−ビ−2−ナフトールおよび(S)−1,1’−ビ−2−ナフトールを、作用物質として下記化学式(3)で表される化合物(N−(3,5−ジニトロフェニルアミノカルボニル)−D−フェニルグリシン)を用いた評価)
光学異性体および作用物質として上記化合物を用いたこと以外は、実施例1と同様に評価を行った。結果を図6に示す。
図6から明らかなように、測定開始2分後における周波数変化の平均値は、(R)−1,1’−ビ−2−ナフトールが−27.9Hzであり、(S)−1,1’−ビ−2−ナフトールが−59.5Hzであって、(R)−1,1’−ビ−2−ナフトールおよび(S)−1,1’−ビ−2−ナフトールとの間に有意な差が確認された。
実際に、1,1’−ビ−2−ナフトールと作用物質との相互作用の強さは、(S)−体の方が(R)−体よりも大きく、同様の作用物質をキラル固定相に用いた市販のHPLC用キラルカラムを用いて分離を行った際に、(S)−体の方が(R)−体よりも遅く溶出したことと良く整合した。
【0075】
【化3】

【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、光学異性体のキラル分離に利用可能であり、特に医薬品の開発等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明で用いる評価用セルを例示する図であり、(a)はセンサ部が溶液槽中の溶液に浸漬された状態の斜視図、(b)は正面図であり、(c)は、A−A線における断面図である。
【図2】本発明の評価装置を例示する概略構成図である。
【図3】本発明で用いる評価用セルの他の実施形態を例示する斜視図である。
【図4】実施例1における水晶振動子の周波数変化を示すグラフである。
【図5】実施例2における水晶振動子の周波数変化を示すグラフである。
【図6】実施例3における水晶振動子の周波数変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0078】
1・・・水晶振動子、2・・・水晶板、3・・・電極、3a・・・第一電極、3b・・・第二電極、5・・・センサ部、6・・・溶液槽、7・・・評価用セル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象の光学異性体を分離して検出するためのキラル固定相の、光学異性体分離能の評価方法であって、
圧電素子の一方または双方の電極に、検出対象の光学異性体と相互作用する、キラル固定相用の作用物質が固定され、前記電極が、該電極間に電圧を印加するための回路および周波数測定装置に電気的に接続可能とされたセンサ部と、該センサ部を液体中に浸漬する溶液槽とを備える評価用セルを用い、
前記溶液槽内の、検出対象の光学異性体を含有する溶液中で、前記センサ部の電極間に電圧を印加して圧電素子を振動させながら、検出対象の光学異性体および作用物質の相互作用に起因する圧電素子の周波数変動を測定し、さらに前記溶液に代わり、検出対象外の光学異性体を含有する溶液を用いて周波数変動を測定して、得られた測定結果を比較することを特徴とする光学異性体分離能の評価方法。
【請求項2】
前記圧電素子が水晶振動子であることを特徴とする請求項1に記載の光学異性体分離能の評価方法。
【請求項3】
前記電極が金電極であり、該金電極表面には、連結物質として直鎖状のアミノアルカンチオール、アミノアルケンチオールまたはアミノアルキンチオール、あるいは直鎖状のカルボキシアルカンチオール、カルボキシアルケンチオールまたはカルボキシアルキンチオールの硫黄原子が結合され、さらに該連結物質がアミド結合を介して前記作用物質と結合されていることを特徴とする請求項1または2に記載の光学異性体分離能の評価方法。
【請求項4】
前記アミノアルカンチオールの炭素数が1〜4であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の光学異性体分離能の評価方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の光学異性体分離能の評価方法に用いる評価装置であって、
圧電素子の一方または双方の電極に、検出対象の光学異性体と相互作用する、キラル固定相用の作用物質が固定されたセンサ部と、該センサ部を液体中に浸漬する溶液槽とを備える評価用セルを具備し、該評価用セルは作用物質が互いに異なる複数種類の前記センサ部を備え、前記電極は該電極間に電圧を印加するための回路および周波数測定装置に電気的に接続されており、さらに、前記評価用セルに溶液を供給する溶液供給手段を備えることを特徴とする光学異性体分離能の評価装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−31049(P2009−31049A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−193462(P2007−193462)
【出願日】平成19年7月25日(2007.7.25)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)