説明

クロロフィル生合成に関与する新規ビニル基還元酵素およびその利用

【課題】 クロロフィル生合成に関与する新規なポリペプチドおよびそれをコードする折後ヌクレオチドを提供し、さらにこれらを利用したジビニル型クロロフィル蓄積植物の作製方法を提供する。
【解決手段】
変異誘導したシロイヌナズナのスクリーニングを行い、低照度下において光合成成長する個体を分離し、この変異の原因となる単一の遺伝子をシロイヌナズナゲノムから単離・同定した。当該遺伝子に変異を導入することにより、ジビニル型クロロフィルを蓄積する植物を作製することができる

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロロフィル生合成に関与する新規ビニル基還元酵素およびその利用に関し、具体的には、高等植物体内での3−ビニルクロロフィルの合成に関与する新規の3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素(DVR)、およびDVR変異植物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、クロロフィル分子は、光合成生物に存在しており、集光装置を用いて光エネルギーを収集する工程における主要部分を担うとともに、反応中心における電子転移を起こすことが知られている(非特許文献1)。光合成生物(即ち、酸素放出型生物)が有しているクロロフィルは、そのビニル側鎖の数によって、3,8−ジビニルクロロフィル(以下、これをジビニル型クロロフィルと称することがある)と、3−ビニルクロロフィル(以下、これをモノビニル型クロロフィルと称することがある)とに分類することができる。光合成生物のほとんどが、モノビニル型クロロフィルを含んでいるが(非特許文献2)、原核緑藻綱プロクロロン目(Prochlorococcus)や海洋性picophytoplanctonsのように、ジビニル型クロロフィルを光合成色素として含んでいるものもある(非特許文献3)。
【0003】
クロロフィル生合成過程において、ジビニル型クロロフィルからモノビニル型クロロフィルが合成されることは周知であり、この合成を触媒する酵素として3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素(DVR)が関与していることも知られている。DVRとは、還元剤にNADPHを用い、テトラピロールの8−ビニル基を、エチル基に還元する酵素である(非特許文献4)。
【0004】
クロロフィル代謝(生合成)過程に関する研究は、生化学的(非特許文献5)、および遺伝学的(非特許文献6〜8)手法を用いて、様々な生物種で行われている。クロロフィルの生合成過程の初期に相当するグルタミルt−RNAからプロトポルフィリンIX合成までの過程は、ヘム生合成過程と共有しているため、関連酵素の同定に関する主要データは、大腸菌のような非光合成生物種を用いた研究によって得られている(非特許文献9)。後期に相当する過程は、バクテリオクロロフィルaの生合成と同じ過程であり(非特許文献2)、バクテリオクロロフィル生合成に関与する遺伝子群は、光合成微生物Rhodobacter capsulatusを用いた直接的変異分析法によって同定されている(非特許文献6)。高等植物においては、このRhodobacter capsulatusにおける遺伝子群と相同性のある遺伝子群が同定されている(非特許文献10)。
【0005】
上記DVRと同一の活性を有するタンパク質(酵素)としては、光合成細菌において8−ビニル還元酵素をコードする遺伝子(bchJ)が同定されているが、高等植物では、bchJと相同性の高い遺伝子は同定されていない。
【0006】
高等植物では、テトラピロールの8−ビニル基をエチル基に還元するという活性自体は、キュウリから単離された色素体膜(非特許文献4)や、可溶性の粗抽出物(非特許文献11)を用いて検出されている。しかしながら、その活性を有するタンパク質またはこれをコードする遺伝子は同定されていない。
【0007】
即ち、高等植物体においては、クロロフィル生合成に関与する様々な遺伝子のうち、テトラピロールの8−ビニル基をエチル基に還元する機能を有するポリペプチド、具体的には、3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素(DVR)のみが未だ解明されていない。
【非特許文献1】Fromme, P., Melkozernov, A., Jordan, P. and Krauss, N. (2003). Structure and function of photosystem I: interaction with its soluble electron carriers and external antenna systems. FEBS Lett. 555, 40-44.
【非特許文献2】Porra R.J. (1997). Recent progress in porphyrin and chlorophyll biosynthesis. Photochem. Photobiol. 63, 492-516.
【非特許文献3】Chisholm, S.W., Frankel, S.L., Goericke, R., Olson, R.J., Palenik, B., Waterbury, J.B., West-Johnsrud, L. and Zettler, E.R. (1992). Prochlorococcus marinus nov. gen. nov. sp.: a marine prokaryote containing divinylchlorophyll a and b. Arch30
【非特許文献4】Parham, R. and Rebeiz, C.A. (1995). Chloroplast biogenesis 72: a [4-vinyl] chlorophyllide a reductase assay using divinyl chlorophyllide a as an exogenous substrate. Anal Biochem. 231, 164-169.
【非特許文献5】Pontoppidan, B. and Kannangara, G. (1994). Purification and partial characterization 33 of barley glutamyl-tRNA(Glu) reductase, the enzyme that directs glutamate to chlorophyll biosynthesis. Eur J Biochem. 225, 529-537.
【非特許文献6】Bollivar, D.W., Suzuki, J.Y., Beatty, J.T., Dobrowolski, J.M. and Bauer, C.E. (1994). Directed mutational analysis of bacteriochlorophyll a biosynthesis in Rhodobacter capsulatus. J Mol Biol. 237, 622-640.
【非特許文献7】Nakayashiki, T., Nishimura, K. and Inokuchi, H. (1995). Cloning and sequencing of a previously unidentified gene that is involved in the biosynthesis of heme in 32 Escherichia coli. Gene. 153, 67-70.
【非特許文献8】Tanaka, A., Ito, H., Tanaka, R., Tanaka, N.K., Yoshida, K. and Okada, K. (1998). Chlorophyll a oxygenase (CAO) is involved in chlorophyll b formation from chlorophyll a. Proc Natl Acad Sci U S A. 95, 12719-12723.
【非特許文献9】Narita S, Tanaka R, Ito T, Okada K, Taketani S, Inokuch H. (1996). Molecular cloning and characterization of a cDNA that encodes protoporphyrinogen oxidase of Arabidopsis thaliana. Gene 182, 169-175.
【非特許文献10】Jensen, P.E., Gibson, L.C., Henningsen, K.W. and Hunter, C.N. (1996). Expression of the ChlI, ChlD, and ChlH genes from the cyanobacterium SynechocystisPCC6803 in Escherichia coli and demonstration that the three cognate proteins are required for magnesium-protoporphyrin chelatase activity. J Biol Chem. 271, 16662-16667.
【非特許文献11】Kolossov, V.L. and Rebeiz, C.A. (2001). Chloroplast biogenesis 84: solubilization and partial purification of membrane-bound [4-vinyl] chlorophyllide a reductase from etiolated barley leaves. Anal Biochem. 295, 214-219.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、高等植物では、モノビニル型クロロフィルの合成を触媒する、即ち、モノビニル型クロロフィルの8−ビニル基を還元する酵素(DVR)に関する遺伝子やタンパク質は未だ同定されていない。
【0009】
この8−ビニル基の還元は、クロロフィル生合成過程におけるプロトクロロフィリド酸化還元酵素によるDピロール環還元の前後何れの段階であっても起こすことができると提言されており、モノビニル型クロロフィルおよびジビニル型クロロフィルの生合成反応は、一般的な単一の一貫工程というよりは、並行的に行われると推測されている(非特許文献4)。
【0010】
しかしながら、現時点では、その詳細についても解明されておらず、クロロフィル生合成反応における多種の中間体分子の8−ビニル基が、複数からなる酵素群によって還元されるのか、または単一の酵素によって還元されるのかについても明らかにされていない。
【0011】
ところで、ジビニル型クロロフィルを有するProchlorococcusは、そのソーレー帯の最大吸収帯が、モノビニル型クロロフィルと比較して、約10nm長波長側にずれていることから、深層水中において豊富である青色光を効率的に吸収することが可能であるという利点を有している(Kirk, J.T.O. (1994). Light and Photosynthesis in Aquatic Ecosystems, pp. 509, Cambridge University Press)。
【0012】
そこで、高等植物におけるDVR遺伝子を機能解析することによって、クロロフィルの型(モノビニル型クロロフィルまたはジビニル型クロロフィル)の分岐に関する機構の解明し、さらに、ジビニル型クロロフィルを有する変異植物を作製することによって、従来の高等植物には見られない特異な効果を備えた植物を提供することができる。
【0013】
従って、本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、高等植物におけるクロロフィルの合成に関与する新規のビニル基還元酵素(3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素(DVR))、それをコードする遺伝子、およびそれらの利用方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために、変異誘導したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のスクリーニングを行い、ジビニル型クロロフィルを蓄積している個体を分離し、この変異の原因となる単一の遺伝子をシロイヌナズナゲノムから単離・同定した。さらに、この遺伝子がコードするタンパク質を大腸菌に発現させ、当該組換えタンパク質が3,8−ジビニルクロロフィルの8−ビニル基を還元させる機能(3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素活性)を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
即ち、本発明は、クロロフィル生合成に関与する新規ビニル基還元酵素およびその利用に関し、以下の発明を包含する。
(1) クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドであって、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列、または
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列、
からなるポリペプチド。
(2) (1)に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
(3) クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであって、
(c)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、または
(d)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
(4) (2)または(3)に記載のポリヌクレオチドのフラグメント。
(5) (2)または(3)に記載のポリヌクレオチド、または(4)に記載のフラグメントを含むベクター。
(6) (4)に記載のベクターが導入されている形質転換体。
(7) (1)に記載のポリペプチドに結合する抗体。
(8) (2)または(3)に記載のポリヌクレオチドに変異を導入する工程を含むことを特徴とする、3,8−ジビニルクロロフィルを有する光合成生物の作製方法。
(9) (2)または(3)のいずれかに記載のポリヌクレオチド、または(4)に記載のフラグメントを細胞に導入する工程を含むことを特徴とする、3,8−ジビニルクロロフィルを有する光合成生物の作製方法。
(10) (8)または(9)に記載の方法によって作製された光合成生物。
(11) (1)に記載のポリペプチドの機能を阻害する阻害物質を同定するためのスクリーニング方法であって、試験化合物または試料と、(1)に記載のポリペプチドとを接触させる工程と、上記試験化合物または試料が当該ポリペプチドに与える影響を検出する工程とを含むことを特徴とするスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の遺伝子およびタンパク質は、クロロフィル生合成に関与する遺伝子およびタンパク質であって、3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素として、高等植物において初めて単離されたものである。それゆえ、高等植物におけるクロロフィルの型(モノビニル型クロロフィルまたはジビニル型クロロフィルの分岐)に関する機構の解明や、光合成の機構の解明に貢献できるという効果を奏する。
【0017】
また、本発明の遺伝子を変異させることにより、または、本発明の遺伝子の発現を阻害することにより、通常はモノビニル型クロロフィルを有する植物を、ジビニル型クロロフィルを有する植物に改変することができ、ジビニル型クロロフィルの特性を備えた植物を提供することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0019】
(1)ポリペプチド
本発明に係るポリペプチドは、クロロフィルの生合成過程においてビニル基の還元を行うポリペプチドであり、特に、図1に示すクロロフィル生合成の最終過程における、モノビニル型クロロフィリドaおよびモノビニル型プロトクロロフィリドaの合成に関与するポリペプチド(3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素)である。高等植物では、この活性自体は検出されているものの、その活性を有するタンパク質およびこれをコードする遺伝子は同定されていない。
【0020】
そこで、本発明者らは、変異誘導したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のスクリーニングを行い、ジビニル型クロロフィルを蓄積している個体を分離し、この個体(突然変異体)と野生株との交配によって得られるF2世代を用いてポジショナルクローニングを行い、この変異の原因遺伝子を同定した。また、この原因遺伝子(AT5G18660)を、上記の突然変異体に導入したところ、野生型と同様の、モノビニル型クロロフィルが蓄積することが示された。さらに、この原因遺伝子を大腸菌に導入して、大腸菌内で発現させ、ジビニル型クロロフィリドaと反応させたところ、モノビニル型クロロフィリドが生成された。
【0021】
これにより、本発明者らは、この原因遺伝子が、DVR活性を有するポリペプチド(3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素)をコードする遺伝子(DVR遺伝子)であると同定した。
【0022】
本明細書中において、用語「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。本発明に係るポリペプチドはまた、天然供給源より単離されても、化学合成されてもよい。
【0023】
用語「単離された」ポリペプチドまたはタンパク質は、その天然の環境から取り出されたポリペプチドまたはタンパク質が意図される。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生されたポリペプチドおよびタンパク質は、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドおよびタンパク質と同様に、単離されていると考えられる。
【0024】
本発明に係るポリペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物を含む。組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、本発明に係るポリペプチドは、グリコシル化され得るか、または非グリコシル化され得る。さらに、本発明に係るポリペプチドはまた、いくつかの場合、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。
【0025】
本発明は、クロロフィル合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチド、特に、3,8−ジビニルクロロフィルの8−ビニル基を還元する機能(DVR活性)を有するポリペプチドを提供する。一実施形態において、本発明に係るポリペプチドは、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、または配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの変異体であり、かつ上述した機能を有するポリペプチドである。
【0026】
変異体としては、欠失、挿入、逆転、反復、およびタイプ置換(例えば、親水性の残基の別の残基への置換、しかし通常は強く親水性の残基を強く疎水性の残基には置換しない)を含む変異体が挙げられる。特に、ポリペプチドにおける「中性」アミノ酸置換は、一般的にそのポリペプチドの活性にほとんど影響しない。
【0027】
ポリペプチドのアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このポリペプチドの構造または機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけでなく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0028】
当業者は、周知技術を使用してポリペプチドのアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。例えば、公知の点変異導入法に従えば、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの任意の塩基を変異させることができる。また、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの任意の部位に対応するプライマーを設計して欠失変異体または付加変異体を作製することができる。さらに、作製した変異体がモノビニル型クロロフィルを合成する機能を有するか否かは、例えばKolossovとRebeizの方法(非特許文献11)に従って、当該変異体とジビニル型クロロフィリドaとをNADPH存在下で反応させ、モノビニル型クロロフィリドaが生成されるか否かを確認することにより、容易に決定し得る。
【0029】
なお、好ましい変異体は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または添加を有する。好ましくは、サイレント置換、添加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。これらは、本発明に係るポリペプチド活性を変化させない。
【0030】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、およびIleの中での1つのアミノ酸の別のアミノ酸への置換、ヒドロキシル残基SerおよびThrの交換、酸性残基AspおよびGluの交換、アミド残基AsnおよびGlnの間の置換、塩基性残基LysおよびArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。
【0031】
上記に詳細に示されるように、どのアミノ酸の変化が表現型的にサイレントでありそうか(即ち、機能に対して有意に有害な効果を有しそうにないか)に関するさらなるガイダンスは、Bowie, J.U.ら「Deciphering the Message in Protein Sequences:Tolerance to Amino Acid Substitutions」,Science 247:1306−1310 (1990)(本明細書中に参考として援用される)に見出され得る。
【0032】
本実施形態に係るポリペプチドは、クロロフィル合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドであって、(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;または(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列、からなるポリペプチドであることが好ましい。
【0033】
上記「1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、最も好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されていることを意味する。このような変異ポリペプチドは、上述したように、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在するポリペプチドを単離精製したものであってもよい。
【0034】
なお、本発明に係るポリペプチドは、アミノ酸がペプチド結合しているポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含む複合ポリペプチドであってもよい。本明細書中で使用される場合、「ポリペプチド以外の構造」としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0035】
また、本発明に係るポリペプチドは、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。付加的なポリペプチドとしては、例えば、HisやMyc、Flag等のエピトープ標識ポリペプチドが挙げられる。
【0036】
また、本発明に係るポリペプチドは、後述する本発明に係るポリヌクレオチド(本発明に係るポリペプチドをコードする遺伝子)を宿主細胞に導入して、そのポリペプチドを細胞内発現させた状態であってもよいし、細胞、組織などから単離精製された場合であってもよい。また、本発明に係るポリペプチドは、化学合成されたものであってもよい。
【0037】
他の実施形態において、本発明に係るポリペプチドは、融合タンパク質のような改変された形態で組換え発現され得る。例えば、本発明に係るポリペプチドの付加的なアミノ酸、特に荷電性アミノ酸の領域が、宿主細胞内での、精製の間または引き続く操作および保存の間の安定性および持続性を改善するために、ポリペプチドのN末端に付加され得る。
【0038】
本実施形態に係るポリペプチドは、例えば、融合されたポリペプチドの精製を容易にするペプチドをコードする配列であるタグ標識(タグ配列またはマーカー配列)をN末端またはC末端へ付加され得る。このような配列は、ポリペプチドの最終調製の前に除去され得る。本発明のこの局面の特定の好ましい実施態様において、タグアミノ酸配列は、ヘキサ−ヒスチジンペプチド(例えば、pQEベクター(Qiagen, Inc.)において提供されるタグ)であり、他の中では、それらの多くは公的および/または商業的に入手可能である。例えば、Gentzら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86:821−824(1989)(本明細書中に参考として援用される)において記載されるように、ヘキサヒスチジンは、融合タンパク質の簡便な精製を提供する。「HA」タグは、インフルエンザ赤血球凝集素(HA)タンパク質由来のエピトープに対応する精製のために有用な別のペプチドであり、それは、Wilsonら、Cell 37:767(1984)(本明細書中に参考として援用される)によって記載されている。他のそのような融合タンパク質は、NまたはC末端にてFcに融合される本実施形態に係るポリペプチドまたはそのフラグメントを含む。
【0039】
別の実施形態において、本発明に係るポリペプチドは、下記で詳述されるように組換え生成されても、化学合成されてもよい。
【0040】
組換え生成は、当該分野において周知の方法を使用して行うことができ、例えば、以下に詳述されるようなベクターおよび細胞を用いて行うことができる。
【0041】
合成ペプチドは、化学合成の公知の方法を使用して合成され得る。例えば、Houghtenは、4週間未満で調製されそして特徴付けられたHA1ポリペプチドセグメントの単一アミノ酸改変体を示す10〜20mgの248の異なる13残基ペプチドのような多数のペプチドの合成のための簡単な方法を記載している(Houghten, R. a., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82:5131−5135(1985))。この「Simultaneous Multiple Peptide Synthesis(SMPS)」プロセスは、さらにHoughtenら(1986)の米国特許第4,631,211号に記載される。この手順において、種々のペプチドの固相合成のための個々の樹脂は、別々の溶媒透過性パケットに含まれ、固相法に関連する多くの同一の反復工程の最適な使用を可能にする。完全なマニュアル手順は、500〜1000以上の合成が同時に行われるのを可能にする(Houghtenら、前出、5134)。これらの文献は、本明細書中に参考として援用される。
【0042】
このように、本発明に係るポリペプチドは、少なくとも、配列番号2に示されるアミノ酸配列を含んでいればよいといえる。即ち、配列番号2に示されるアミノ酸配列と特定の機能(例えば、タグ)を有する任意のアミノ酸配列とからなるポリペプチドも本発明に含まれることに留意すべきである。また、配列番号2に示されるアミノ酸配列および当該任意のアミノ酸配列は、それぞれの機能を阻害しないように適切なリンカーペプチドで連結されていてもよい。
【0043】
(2)ポリヌクレオチド
本発明は、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有する本発明に係るポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供する。本明細書中において、用語「ポリヌクレオチド」は「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中において、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0044】
本発明に係るポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖または一本鎖であり得る。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)であり得るか、またはそれは、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であり得る。
【0045】
本発明に係るポリヌクレオチドのフラグメントの長さは特に限定されないが、少なくとも12、15、20、30、40、50、100、150、200、300、400、500、1000nt(ヌクレオチド)であることが好ましい。少なくとも20ntの長さのフラグメントによって、例えば、配列番号1に示される塩基配列からの20以上の連続した塩基を含むフラグメントが意図される。本明細書を参照すれば配列番号1に示される塩基配列が提供されるので、当業者は、配列番号1に基づくDNAフラグメントを容易に作製することができる。例えば、制限エンドヌクレアーゼ切断または超音波による剪断は、種々のサイズのフラグメントを作製するために容易に使用され得る。または、このようなフラグメントを、合成的に作製することも可能である。適切なフラグメント(オリゴヌクレオチド)が、Applied Biosystems Incorporated(ABI,850 Lincoln Center Dr.,Foster City,CA 94404)392型シンセサイザーなどによって合成される。
【0046】
また本発明に係るポリヌクレオチドは、その5’側または3’側で上述のタグ標識(タグ配列またはマーカー配列)をコードするポリヌクレオチドに融合され得る。
【0047】
本発明はさらに、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの変異体に関する。変異体は、天然の対立遺伝子変異体のように、天然に生じ得る。「対立遺伝子変異体」によって、生物の染色体上の所定の遺伝子座を占める遺伝子のいくつかの交換可能な形態の1つが意図される。天然に存在しない変異体は、例えば当該分野で周知の変異誘発技術を用いて生成され得る。
【0048】
このような変異体としては、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの塩基配列において1個または数個の塩基が欠失、置換、または付加した変異体が挙げられる。変異体は、コードもしくは非コード領域、またはその両方において変異され得る。コード領域における変異は、保存的もしくは非保存的なアミノ酸欠失、置換、または付加を生成し得る。
【0049】
本発明はさらに、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下で、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドにハイブリダイズするポリヌクレオチドを含む、単離したポリヌクレオチドを提供する。
【0050】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号1に示される塩基配列のコード領域を含むポリヌクレオチドであることが好ましい。また、配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであることが好ましい。
【0051】
なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味し、例えば、50℃で2×SSC洗浄条件下で結合することを意味する。上記ハイブリダイゼーションは、Sambrookら、Molecular Cloning,a Laboratory Manual,3rd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(2001)に記載されている方法のような周知の方法で行うことができる。なお、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなり、より相同性の高いポリヌクレオチドを単離できる。
【0052】
別の実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、上記ポリヌクレオチドのフラグメントであることが好ましい。
【0053】
本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。DNAには例えばクローニングや化学合成技術またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。さらに、本発明に係るポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0054】
本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントは、アンチセンスRNA、RNA干渉に用いるsiRNA(small interfering RNA)、リボザイムによる遺伝子発現操作のためのツールとして使用することができる。これらを用いた結果として、遺伝子産物の発現が抑制または阻害される。本発明に係るポリヌクレオチドのフラグメントを導入することによって、DVR遺伝子産物(本発明に係るポリペプチド)の発現を阻害することにより、モノビニル型クロロフィルの代わりにジビニル型クロロフィルを植物体内に蓄積させることができる。
【0055】
本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、公知の技術により、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を単離し、クローニングする方法が挙げられる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドの塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、本発明に係るポリヌクレオチドの塩基配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列および/または長さのものを用いてもよい。
【0056】
または、本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドのcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
【0057】
本発明に係るポリヌクレオチドは、適当な光合成生物の組織や細胞を供給源として取得することができる。光合成生物としては特に限定されず、例えば、シロイヌナズナ、イネ、タバコ、トウモロコシ,クラミドモナス,海洋性シネココッカス、ヒメツリガネゴケ、光合成細菌ロドバクタースフェロイデスなどが挙げられる。
【0058】
(3)ベクター
本発明は、上述した本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを含むベクターを提供する。
【0059】
一実施形態において、本発明に係るベクターはクロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドを生成するために使用されるベクターである。このようなベクターは、インビトロ翻訳(無細胞タンパク質合成)に用いるベクターであっても組換え発現に用いるベクターであってもよい。
【0060】
別の実施形態において、本発明に係るベクターは相同組換えに用いるターゲティングベクターである。さらに他の実施形態において、本発明に係るベクターは、アンチセンスRNAまたはsiRNAを発現させるために用いられるベクターである。
【0061】
本発明に係るベクターは、上述した本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを含むものであれば、特に限定されない。組換え発現ベクターの場合、例えば、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのcDNAが挿入された組換え発現ベクターなどが挙げられる。組換え発現ベクターの作製方法としては、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いる方法が挙げられるが特に限定されない。
【0062】
ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。即ち、宿主細胞の種類に応じて、確実に本発明に係るポリヌクレオチドを発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明に係るポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
【0063】
発現ベクターは、好ましくは少なくとも1つの選択マーカーを含む。このようなマーカーとしては、真核生物細胞培養についてはジヒドロ葉酸レダクターゼまたはネオマイシン耐性、およびE.coliおよび他の細菌における培養についてはテトラサイクリン耐性遺伝子またはアンピシリン耐性遺伝子が挙げられる。
【0064】
上記選択マーカーを用いれば、本発明に係るポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認することができる。または、本発明に係るポリペプチドを融合ポリペプチドとして発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein : GFP)をマーカーとして用い、本発明に係るポリペプチドをGFP融合ポリペプチドとして発現させてもよい。
【0065】
上記の宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫(Caenorhabditis elegans)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。上記の宿主細胞のための適切な培養培地および条件は当分野で周知である。
【0066】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、即ち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、本発明に係るポリペプチドを昆虫で転移発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を用いればよい。
【0067】
本発明のベクターを用いて本発明に係るポリペプチドを生産することができる。本発明に係るポリペプチドを生産する方法としては、無細胞タンパク質合成系を用いる方法、組換え発現系を用いる方法を挙げることができる。
【0068】
無細胞タンパク質合成系を用いる場合、本発明のベクターを無細胞タンパク質合成系に適用すればよい。無細胞タンパク質合成には、種々の市販のキットを用いることができる。組換え発現系を用いる場合、本発明に係るポリヌクレオチドを組換え発現ベクターに組み込んだ後、公知の方法により発現可能に宿主に導入し、宿主内で翻訳されて得られる上記ポリペプチドを精製するという方法などを採用することができる。
【0069】
ポリペプチドを精製する方法としては、周知の方法(例えば、細胞または組織を破壊した後に遠心分離して可溶性画分を回収する方法)で細胞や組織から細胞抽出液を調製した後、または培地や無細胞タンパク質合成液から周知の方法(例えば、硫安沈殿またはエタノール沈殿、酸抽出、陰イオンまたは陽イオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、およびレクチンクロマトグラフィー)によって精製することができる。
【0070】
相同組換えに用いるターゲティングベクターの場合は、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのゲノムDNAと相同組換えが可能なフラグメントを含み、その一部を薬剤耐性遺伝子などのマーカーと結合させたものを挙げることができる。このようなターゲティングベクターにより、標的の遺伝子を破壊することができる。マーカーとして用いる遺伝子は特に限定されないが、例えばカナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子などが挙げられる。上記フラグメントは、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのゲノムDNAと相同組換えを起こすことができる程度の相同性を有していればよい。このような相同性としては、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相同性が挙げられる。また、フラグメントは少なくとも50nt以上の長さを有することが好ましく、より好ましくは100nt以上である。
【0071】
アンチセンスRNAを発現させるために用いられるベクターの場合は、例えば、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのcDNAまたはその一部をプロモーターの下流にアンチセンス方向に連結させたものを挙げることができる。このようなベクターを植物に導入することにより、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドの発現を抑制または阻害することができる。クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドの発現を抑制または阻害することができる限り、当該ポリペプチドをコードする遺伝子の転写産物に完全に相補的なアンチセンスRNAをコードするものでなくてもよい。
【0072】
siRNAを発現させるために用いられるベクターの場合は、例えば、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのcDNAの一部がプロモーターの下流にセンス方向に連結された部位と、プロモーターの下流に上記cDNAの一部がアンチセンス方向に連結された部位とを有するものを挙げることができる。または、プロモーターの下流にセンス配列とアンチセンス配列とがループ配列を介してして連結される構造を有するベクターでもよい。このようなベクターを植物に導入することにより、細胞内で二本鎖のsiRNAが生成し、RNA干渉によりクロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有する本発明に係るポリペプチドの発現を抑制または阻害することができる。
【0073】
上記ベクターの植物細胞への導入方法等についての詳細は後述する。
【0074】
(4)形質転換体
本発明は、上述したクロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを含むベクターが導入されている形質転換体を提供する。ここで「形質転換体」には、細胞、組織、器官、生物個体が含まれる。
【0075】
形質転換体の作製方法(生産方法)は特に限定されるものではないが、例えば、上述した組換えベクターを宿主に導入して形質転換する方法を挙げることができる。また、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、上記宿主細胞で例示した各種微生物、植物または動物を挙げることができる。
【0076】
本発明に係る形質転換体は、光合成生物の形質転換体であることが好ましく、なかでも植物の形質転換体(形質転換植物)であることが特に好ましい。形質転換植物は、上述の本発明に係るベクターを、当該ベクターに挿入された遺伝子またはその一部が発現し得るように植物中に導入することにより得ることができる。
【0077】
組換え発現ベクターを用いる場合、植物体の形質転換に用いられる組換え発現ベクターは、当該植物内で本発明に係るポリヌクレオチドを発現させることが可能なベクターであれば特に限定されない。このようなベクターとしては、例えば、植物細胞内でポリヌクレオチドを構成的に発現させるプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクター、または外的な刺激によって誘導性に活性化されるプロモーターを有するベクターが挙げられる。
【0078】
本発明において形質転換の対象となる植物は、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子など)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織など)または植物培養細胞、または種々の形態の植物細胞(例えば、懸濁培養細胞)、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどのいずれをも意味する。形質転換に用いられる植物としては、特に限定されず、単子葉植物綱または双子葉植物綱に属する植物のいずれでもよい。
【0079】
植物への遺伝子の導入には、当業者に公知の形質転換方法(例えば、アグロバクテリウム法、遺伝子銃、PEG法、エレクトロポレーション法など)が用いられる。例えば、アグロバクテリウムを介する方法と直接植物細胞に導入する方法が周知である。アグロバクテリウム法を用いる場合は、構築した植物用発現ベクターを適当なアグロバクテリウム(例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens))に導入し、この株をリーフディスク法(内宮博文著,植物遺伝子操作マニュアル,1990,27−31pp,講談社サイエンティフィック,東京)などに従って無菌培養葉片に感染させ、形質転換植物を得ることができる。また、Nagelらの方法(Micribiol.Lett.、67、325(1990))が用いられ得る。この方法は、まず、例えば発現ベクターをアグロバクテリウムに導入し、次いで、形質転換されたアグロバクテリウムをPlantMolecular Biology Manual(S.b.Gelvinら、Academic Press Publishers)に記載の方法で植物細胞または植物組織に導入する方法である。ここで、「植物組織」とは、植物細胞の培養によって得られるカルスを含む。アグロバクテリウム法を用いて形質転換を行う場合には、バイナリーベクター(pBI121またはpPZP202など)を使用することができる。
【0080】
また、遺伝子を直接植物細胞または植物組織に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、遺伝子銃法が知られている。遺伝子銃を用いる場合は、植物体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい。このように調製した試料を遺伝子導入装置(例えばPDS−1000(BIO−RAD社)など)を用いて処理することができる。処理条件は植物または試料によって異なるが、通常は450〜2000psi程度の圧力、4〜12cm程度の距離で行う。
【0081】
遺伝子が導入された細胞または植物組織は、まずハイグロマイシン耐性などの薬剤耐性マーカーで選択され、次いで定法によって植物体に再生される。形質転換細胞から植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。
【0082】
植物培養細胞を宿主として用いる場合は、形質転換は、組換えベクターを遺伝子銃、エレクトロポレーション法などで培養細胞に導入する。形質転換の結果得られるカルスやシュート、毛状根などは、そのまま細胞培養、組織培養または器官培養に用いることが可能であり、また従来知られている植物組織培養法を用い、適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライドなど)の投与などによって植物体に再生させることができる。
【0083】
遺伝子が植物に導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法などによって行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRは、前記プラスミドを調製するために使用した条件と同様の条件で行うことができる。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動またはキャピラリー電気泳動などを行い、臭化エチジウム、SYBR Green液などによって染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することによって、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素などによって標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレートなどの固相に増幅産物を結合させ、蛍光または酵素反応などによって増幅産物を確認する方法も採用することができる。
【0084】
本発明に係るポリヌクレオチドがゲノム内に組み込まれた形質転換植物体がいったん得られれば、当該植物体の有性生殖または無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体またはその子孫、またはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。したがって、本発明には、本発明に係るポリヌクレオチドが発現可能に導入された植物体、もしくは、当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、またはこれら由来の組織も含まれる。
【0085】
(5)抗体
本発明は、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドと特異的に結合する抗体を提供する。本明細書中で使用される場合、用語「抗体」は、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgG、IgMおよびこれらのFabフラグメント、F(ab’)フラグメント、Fcフラグメント)を意味し、例としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、単鎖抗体、抗イディオタイプ抗体およびヒト化抗体が挙げられるがこれらに限定されない。本発明に係る抗体は、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドを発現する生物材料の選択に有用であり得る。
【0086】
「抗体」は、種々の公知の方法(例えば、HarLowら、「Antibodies:a laboratory manual, Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1988)」、岩崎ら、「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA、講談社(1991)」)に従えば作製することができる。
【0087】
ペプチド抗体は、当該分野に周知の方法によって作製される。例えば、Chow, M.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82:910−914;及びBittle, F. J.ら、J.Gen.Virol.66: 2347-2354(1985)(本明細書中に参考として援用される)を参照のこと。一般には、動物は遊離ペプチドで免疫化され得る。しかし、抗ペプチド抗体力価はペプチドを高分子キャリア(例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)または破傷風トキソイド)にカップリングすることにより追加免疫され得る。例えば、システインを含有するペプチドは、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)のようなリンカーを使用してキャリアにカップリングされ得、一方、他のペプチドは、グルタルアルデヒドのようなより一般的な連結剤を使用してキャリアにカップリングされ得る。ウサギ、ラット、およびマウスのような動物は、遊離またはキャリア−カップリングペプチドのいずれかで、例えば、約100μgのペプチドまたはキャリアタンパク質およびFreundのアジュバントを含むエマルジョンの腹腔内および/または皮内注射により免疫化される。いくつかの追加免疫注射が、例えば、固体表面に吸着された遊離ペプチドを使用してELISAアッセイにより検出され得る有用な力価の抗ペプチド抗体を提供するために、例えば、約2週間の間隔で必要とされ得る。免疫化動物からの血清における抗ペプチド抗体の力価は、抗ペプチド抗体の選択により、例えば、当該分野で周知の方法による固体支持体上のペプチドへの吸着および選択された抗体の溶出により増加され得る。
【0088】
本明細書中において、用語「クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドと特異的に結合する抗体」は、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチド抗原に特異的に結合し得る完全な抗体分子および抗体フラグメント(例えば、FabおよびF(ab’)フラグメント)を含むことを意味する。FabおよびF(ab’)フラグメントは完全な抗体のFc部分を欠いており、循環によってさらに迅速に除去され、そして完全な抗体の非特異的組織結合をほとんど有し得ない(Wahlら、J. Nucl. Med. 24:316−325(1983)(本明細書中に参考として援用される))。従って、これらのフラグメントが好ましい。
【0089】
FabおよびF(ab’)ならびに本発明に係る抗体の他のフラグメントは、本明細書中で開示される方法に従って使用され得ることが、明らかである。このようなフラグメントは、代表的には、パパイン(Fabフラグメントを生じる)またはペプシン(F(ab’)フラグメントを生じる)のような酵素を使用するタンパク質分解による切断によって産生される。または、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチド結合フラグメントは、組換えDNA技術の適用または合成化学によって産生され得る。
【0090】
このように、本発明に係る抗体は、少なくとも、本発明に係るクロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドを認識する抗体フラグメント(例えば、FabおよびF(ab’)フラグメント)を備えていればよいといえる。即ち、本発明に係るクロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドを認識する抗体フラグメントと、異なる抗体分子のFcフラグメントとからなる免疫グロブリンも本発明に含まれることに留意すべきである。
【0091】
(6)ジビニル型クロロフィルを有する光合成生物の作製方法
本発明は、ジビニル型クロロフィルを有する光合成生物の作製方法を提供する。上記光合成生物は特に限定されるものではないが、植物であることが好ましい。
【0092】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドに変異を導入する工程を含むことを特徴とする。
【0093】
本発明者らは、変異処理を施したシロイヌナズナのスクリーニングにより見出したジビニル型クロロフィルを蓄積するdvr突然変異体は、野生型DVR遺伝子のオープンリーディングフレームの第998番目のシトシン(配列番号1に示される塩基配列の1101位)がチミンに置換されており、その結果、配列番号2に示されるアミノ酸配列の333位のプロリンがロイシンに変異していることを確認した(実施例1)。すなわち、本発明に係るポリヌクレオチドに変異を導入することにより、ジビニル型クロロフィルを蓄積する光合成生物を作製することが可能であることを見出した。
【0094】
変異を導入する工程において利用できる手法としては、例えばT−DNA挿入法、トランスポゾン挿入法、ジーンターゲティング法などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0095】
T−DNA挿入法による変異導入は、T−DNAをゲノム中にランダムに挿入させ、PCRを用いて標的遺伝子破壊株を見出す方法である。T−DNAの挿入はアグロバクテリウムを介した減圧湿潤法(島本功、岡田清孝監修「新版モデル植物の実験プロトコール」(細胞工学別冊、植物細胞工学シリーズ15)秀潤社、2001年4月2日発行、「4−7減圧浸潤法による形質転換」109−113pp)などの公知の方法により行うことができる。即ち、アグロバクテリウムの懸濁液に植物体の全体を浸漬し、減圧下でアグロバクテリウムを浸潤させることによりT−DNAを植物体に導入する。T−DNAを導入した植物から得られた種子を、選択マーカーとして用いた薬剤(例えばカナマイシン等)を含む培地で生育させ、形質転換された個体を選抜し、PCR等によりT−DNAが標的遺伝子(DVR遺伝子)内部に挿入されているか否かを確認することにより、ジビニル型クロロフィルを有する植物を作製することができる。
【0096】
トランスポゾン挿入法は、トランスポゾンをゲノム中にランダムに挿入させ、PCRを用いて標的遺伝子破壊株を見出す方法である。使用するトランスポゾンについては、特に限定されず、例えばAc/DS等のDNA型トランスポゾンやレトロトランスポゾンを使用することができる。トランスポゾンの挿入はエレクトロポレーション法などの公知の方法(佐々木卓治、田畑哲之、島本功監修「植物のゲノム研究プロトコール」(細胞工学別冊、植物細胞工学シリーズ14)秀潤社、2001年2月5日発行、「2−4遺伝子破壊法」)により行うことができる。
【0097】
ジーンターゲティング法による変異導入は、相同組換えにより本発明に係るポリヌクレオチドの内部に薬剤耐性遺伝子等の他のポリヌクレオチドを挿入することにより行うことができる。その結果、標的遺伝子は破壊(ノックアウト)され、標的遺伝子が変異した植物細胞を得ることができる。または、相同組換えにより、例えば、野生型DVR遺伝子のオープンリーディングフレームの第998番目のシトシンに相当する塩基をチミンに置換してもよい。例えば、本発明に係るポリヌクレオチドのゲノムDNAのエクソン内に薬剤耐性遺伝子などを挿入したターゲティングベクターを構築し、これを植物細胞内に導入することによって、相同組換えを起こさせることができる。相同組換えが起こったか否かについては、PCRやサザンハイブリダイゼーションにより確認することができる。なお、本方法に用いるターゲティングベクターは、上述の本発明に係るベクターに含まれる。
【0098】
一旦、本発明に係るポリヌクレオチドであるゲノムDNAに変異が導入され植物が得られれば、当該植物から有性生殖または無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体またはその子孫、またはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。したがって、本発明には、上述の本発明に係るジビニル型クロロフィルを有する植物の作製方法により作製された植物体、もしくは、当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、またはこれら由来の組織も含まれる。
【0099】
他の実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを細胞に導入する工程を含むことを特徴としている。本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントとしては、アンチセンスRNAまたはsiRNAとして機能するポリヌクレオチドまたはそのフラグメントが好ましい。これらを細胞に導入することにより、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドの発現を阻害し、ジビニル型クロロフィルを有する植物を作製することができる。
【0100】
アンチセンスRNAは、正常な転写産物(mRNA)に相補的なRNAを用いて遺伝子発現を特異的に阻害する方法である。例えば、プラスミドベクターのプロモーターに逆向きにcDNAを挿入して宿主細胞に導入し、細胞内でアンチセンスRNAを発現させれば遺伝子の発現(タンパク質の翻訳)を阻害できる。
【0101】
RNA干渉は、2本鎖のRNAを細胞の中に入れると、その配列に相同なmRNAが分解され、遺伝子発現を阻害する現象である。RNA干渉を起こすことができる短い2本鎖RNAはsiRNA(small interfering RNA)と称される。siRNAが、遺伝子特異的にその発現を抑制することは、既に多くの研究で確立されており、当業者において技術常識である。siRNAの設計の指針については既に多数の文献や成書において公表されており、これらの指針にしたがって遺伝子特異的siRNAを設計することができる。細胞内でsiRNAが発現するように構築したベクター(siRNA発現ベクター)を宿主細胞に導入し、細胞内でsiRNAを発現させればポリペプチドの発現を阻害できる。
【0102】
なお、アンチセンスRNA法(アンチセンス法)およびRNA干渉(RNAi)は当業者に周知であり、例えば「RNAi」グレゴリー・ハノン編、中村義一訳 ISBN4895923827に記載の方法を用いて行うことができる。
【0103】
恒常的にアンチセンスRNAまたはsiRNAを過剰発現できるベクターを構築し、植物細胞に導入して染色体に組み込まれた形質転換細胞を得れば、当該植物細胞を再生すれば本発明に係るポリペプチドの発現が恒常的に阻害される植物を作製することができる。
【0104】
一旦このような本発明に係るポリペプチドの発現が恒常的に阻害される植物を得ることができれば、当該植物から有性生殖または無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体またはその子孫、またはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。したがって、本発明には、上述の本発明に係るジビニル型クロロフィルを有する植物の作製方法により作製された植物体、もしくは、当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、またはこれら由来の組織も含まれる。
【0105】
以上のように、本発明に係るポリヌクレオチドを破壊することによって、クロロフィル生合成過程で最終的に合成されるクロロフィルは、通常のモノビニル型クロロフィルではなく、ジビニル型クロロフィルとなる。上述したように、ジビニル型クロロフィルは、モノビニル型クロロフィルに比べて短波長域の吸収が10nm長波長側にずれている。そのため、このような植物は、モノビニル型クロロフィルでは効率的に吸収できない光を捕捉し、光合成に利用することができる。
【0106】
従って、通常の植物では捕捉が不可能な光を光合成に利用できることによって、光源に近い位置に通常の植物を置き、その位置よりも光源から離れた位置に、このような植物を配置すれば、単位面積あたりの光合成生産の増加が期待される。
【0107】
また、深海(100〜200mm)に届く光は、ジビニル型クロロフィルによって効率的に捕捉され光合成に利用されることが知られている。したがって、上記のような植物を、栄養塩に富むこの領域での農業生産に利用できる可能性がある。
【0108】
さらに、本発明に係るポリヌクレオチドの完成を部分的に抑制させることによって、モノビニル型クロロフィルとジビニル型クロロフィル両方を備えた植物を作成することができる。これにより、通常の植物より、より広い範囲の光を利用できる植物が作成され、農業生産の効率が期待される。ポリヌクレオチドの完成を部分的に抑制させる方法としては、例えば上述したアンチセンスRNAを用いることによって達成できることが知られている。(例えば、Tanaka, R., Hirashima, M., Satoh, S., Tanaka, A (2003) The Arabidopsis-accelerated cell death gene ACD1is involved in oxygenation of pheophorbide a: Inhibition of the pheophorbide aoxygenase activity does not lead to the "stay-green" phenotype in Arabidopsis. Plant Cell Physiol. 44: 1266-1274.を参照のこと)
(7)スクリーニング方法
本発明者らは、dvr変異体、即ちジビニル型クロロフィルを蓄積する植物が高照度下において短時間(約1日)で枯死してしまうことを見出した。このことは、DVRタンパク質が植物を枯死させる除草剤の標的酵素として大変有効であることを示している。
【0109】
それゆえ、本発明に係るポリペプチドは、クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するを阻害する阻害物質を同定するためのアッセイ方法における使用に適している。従って、本発明は、本発明に係るポリペプチドの機能を阻害する阻害物質のスクリーニング方法を提供する。本明細書において、「ポリペプチドの機能の阻害」または「モノビニル型クロロフィルの合成を触媒する活性の阻害」には、ポリペプチドの正常な活性発現に直接的又は間接的に影響を与えることが含まれる。本明細書において、用語「阻害物質」は、正常な活性発現に直接的又は間接的に影響を与える化合物、アンタゴニスト、リガンド、基質、および酵素を意味する。
【0110】
本発明に係るポリペプチドは、阻害物質を同定するためのアッセイ方法で使用するための天然および組換え材料の両方から得ることができる。一般に、阻害物質を同定するためのアッセイ方法は、本発明のポリペプチド(または、このポリペプチドを担持する細胞又は膜)と、阻害物質を含有することが予想される試験化合物または試料とを接触させる工程と、上記の試験化合物または試料が当該ポリペプチドに与える影響を検出する工程とを含むことができる。試験化合物または試料を、例えば、精製ポリペプチド、ポリペプチド製造細胞の細胞画分、および/またはポリペプチド発現細胞の全体について、直接、試験することができる。試験化合物または試料を、公知の標識又は非標識ポリペプチドリガンドの存在又は不在下で、ポリペプチドに添加することができる。更に、これらのスクリーニング方法は、試験化合物又は試料の阻害活性は、例えば、試験化合物または試料と、請求項1に記載のポリペプチドとを接触させた後に、ビニル基還元酵素活性(即ち、ジビニル型クロロフィリドaをモノビニル型クロロフィリドa変換する活性:DVR活性)を維持しているか否かを分析することによって決定することができる。
【0111】
以上のようなスクリーニング方法は、例えば、阻害物質を同定するためのスクリーニングキットの使用によって実施可能である。このキットは、(a)本発明のポリペプチド;(b)本発明のポリペプチドを発現する組換え細胞;又は(c)本発明のポリペプチドを発現する細胞膜を含む。また、このキットに用いることのできる任意の公知材料または成分を、キットに加えることができる。
【0112】
以上のようなスクリーニング方法によってスクリーニングされた阻害物質を用いれば、モノビニル型クロロフィルを合成する通常(野生型)の植物は、ジビニル型クロロフィルを蓄積する植物に転換される。転換された植物は、高照度下において短時間(約1日)で枯死してしまう。したがって、スクリーニングによって得られた阻害物質は、植物を高照度下にさらして枯死させる特性を有する除草剤として有用である。
【0113】
また、このようなDVRタンパク質を標的とした除草剤に対する耐性遺伝子(例えば、当該除草剤の標的とならず、かつクロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子)を導入した形質転換植物と組み合わせれば、今までにない有効な除草剤開発の可能性がある。
【0114】
なお本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0115】
以下、本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0116】
〔実施例1:ジビニル型クロロフィルを蓄積する突然変異株の単離および突然変異株の解析〕
ジビニル型クロロフィルを蓄積する突然変異株を取得するために、野生型シロイヌナズナ(エコタイプColumbia)の種子をエチルメタンスルホン酸(ethylmethanesulphonate:EMS)で変異処理した後、発芽させ、幼苗の葉から色素を抽出し、その組成を解析した。
【0117】
具体的には、EMS処理は、ethyl methanesulfonate 0.1%エチルメタンスルホン酸水溶液に、シロイヌナズナ種子を混ぜ、すぐに、遠心分離し、上記のEMS水溶液を除き、その後、滅菌水で何度も洗浄する(新版 モデル植物の実験プロトコール 監修 島本功 岡田清孝 秀潤社 ISBN 4-87962-234-6を参照のこと)。この種(M1種子)をポットに播いて、植物(M1植物)を育て、自家受粉した種(M2種子)を回収する。この種子をさらに、ポットに播き、植物(M2植物)を育て、スクリーニングに使用した。なお本実施例においては、上記のM2種子を、Lehle seeds(http://www.arabidopsis.com/)から購入した。M2種子は、バーミキュライトに播種し、3週間70-90μモル/msの低照度下で育てた後、上から数えて4番目の葉を一つの植物体から1枚刈り取り、液体窒素下で凍結させた。この葉から100%アセトンを用いて抽出した色素を、Zapataらの論文(Zapata, M., Rodriguez, F. and Garrido, J.L. (2000). Separation of chlorophylls and carotenoids from marine phytoplankton: a new HPLC method using a reversed phase C8 column and pyridine containing mobile phases. Mar Ecol Prog Ser 195, 29-45.)に記載の方法に従い、Symmetry C8カラム(長さ150 mm、直径4.6 mm、Waters Co.)を用いたHPLCにより解析した。
【0118】
EMS変異処理した種子から生育した3000株の幼苗をスクリーニングした結果、上記HPLC解析においてモノビニル型クロロフィルの保持時間と異なる保持時間にピークを有する変異株1個体を見出した(以下、dvr変異株と呼ぶ)。
【0119】
図2(a)に、野生型シロイヌナズナ(野生株)およびdvr変異株からそれぞれ抽出した色素中のクロロフィル組成の解析結果(HPLCクロマトグラム)を示した。図中のWTは野生型シロイヌナズナを表し、dvrはdvr変異株を表している。図2(a)から明らかなように、dvr変異株では野生型よりHPLCの保持時間が短くなっていることがわかる。なお、dvr変異株の保持時間は、上記Zapataらの文献に記載されているジビニルクロロフィルaおよびbの保持時間と一致していた。
【0120】
次に、dvr変異株からアセトンにより抽出した色素をLC カラム Shim-Pack PRE-ODS(長さ250 mm、直径20mm、SIMAZU Co.)を用いて100%メタノールによって溶出した。スクリーニングに用いたHPLCの系においてモノビニル型クロロフィルaの保持時間より12秒短い保持時間で溶出される分画と、モノビニル型クロロフィルbの保持時間とほぼ同じ保持時間で溶出される分画とを上記の系において分取し、ヘキサンを用いて色素を濃縮し、乾燥した。得られた色素を80%アセトンに再懸濁し、その吸収スペクトルを解析した。なお、対照として野生株から抽出したクロロフィルaおよびクロロフィルbの吸収スペクトルも同時に解析した。
【0121】
結果を図2(b)に示した。上段には、上記モノビニル型クロロフィルaの保持時間より12秒短い保持時間で溶出される分画の吸収スペクトルを示した。この分画の色素は波長664nmおよび438nmにおいて吸収極大を示した。また、ソーレー帯ピークは、モノビニル型クロロフィルaと比較して長波長(赤色)側に10nmずれていた。
【0122】
下段には、上記モノビニル型クロロフィルbの保持時間とほぼ同じ保持時間で溶出される分画の吸収スペクトルを示した。この分画の色素は、ソーレー帯が僅かに長波長側にずれている以外は、モノビニル型クロロフィルbの吸収スペクトルと一致していた。
【0123】
上記dvr変異株から抽出した2種類の色素の吸収スペクトルは、それぞれShedbalkarとRebeizの論文(Shedbalkar, V.P. and Rebeiz C.A. (1992). Chloroplast biogenesis: determination of the molar extinction coefficients of divinyl chlorophyll a and b and their pheophytins. Anal. Biochem. 207, 261-266.)において報告されたジビニル型クロロフィルaおよびジビニル型クロロフィルbの吸収スペクトルとほぼ一致していた。
【0124】
以上の結果から、本発明者らはこのdvr変異株はモノビニル型クロロフィルではなくジビニル型クロロフィルを蓄積する株であると判断し、以下、当該dvr変異株の特徴を解析した。
【0125】
図2(c)に、播種後7週の野生株(図中、WT)およびdvr変異株(図中、dvr)の表現型を示した。植物体の生育は明期を16時間、明るさを70-90μモル/ms、温度を23℃の条件で行った。dvr変異株は野生株と比較して体色が薄く、黄緑色で、成長も1週間程度の遅れが見られた。
【0126】
また、野生株およびdvr変異株のクロロフィルa/b比を測定した。測定はそれぞれの植物体の葉から100%アセトンで色素を抽出し、80%アセトンに希釈した後、その抽出液の吸光度を測定することで行った。算出方法は、Porraらの論文(Porra, R.J., Thompson, W.A. and Kriedemann, P.E. (1989). Determination of accurate extinction coefficients and simultaneous equations for assaying chlorophylls a and b extracted with four different solvents:verification of the concentration of chlorophyll standards by atomic absorption spectroscopy. Biochim. Biophys. Acta 975, 384-94.)に従った。dvr変異株のクロロフィルa/bは、成長段階および生育条件により異なるが、6〜10の範囲であった。一方、野生株のクロロフィルa/b比は3〜3.8の範囲であった。
【0127】
さらに、利用する光合成色素が異なることによって、強光下での適応能力に違いが見られるかを、低照度条件下(70〜90μモル/ms)で26日間生育させた野生株および33日間生育させたdvr変異株を、高照度条件下(1000μモル/ms)に1日間置いた前後の状態を比較観察することによって確かめた。dvr変異株の生育速度が野生株と比較して1週間遅いことから、それぞれの植物体の生育をそろえるために、生育期間が異なるものを使用した。
【0128】
結果を図2(d)に示した。図2(d)から明らかなように、dvr変異株(図中、dvr)は、低照度条件下において光合成を行い、成長することができるが、高照度条件下に置くと急速に枯死することがわかった。一方、野生株は低照度条件下から高照度条件下に照度条件を変化させても、変化は認められなかった。
【0129】
〔実施例2:ポジショナルクローニング〕
エチルメタンスルホン酸(EMS)処理によって得られたホモ接合性dvr変異株と野生株(エコタイプ:Lansberg erecta)とを交配し、F2世代から、ジビニル型クロロフィルを蓄積する植物体を960株選抜した。
【0130】
ラフマッピングには、TAIR(The Arabidopsis Information Resource、www.arabidopsis.org)より入手した、5本の染色体に一様に配置されているSSLP (simple sequence length polymorphism)およびCAPS(cleaved amplified polymorphism sequence)マーカーを用いた。選抜した各個体からゲノムDNA抽出して、これを鋳型としたPCRにより、各染色体の組み換え価を算出した。その結果、dvr変異株の原因遺伝子が5番染色体のnga106とCIW8との間にマップされることが明らかとなった。
【0131】
nga106とCIW8との間に組換えを起こした38株を同定し、これらを用いてファインマッピングを行った。また、ファインマッピングには、Monsantoウェブサイト(https://www.ncgr.org/cgi-bin/cereon/cereon_login.pl)から得られる挿入/欠失情報に基づいて、全長26Mbの5番染色体の5.5Mbから6.5Mbの間のBACクローンK10A8、F20L16、F17K4、T24G5上に存在する一塩基多型(SNP)を一つずつ用いた。
【0132】
得られた組み換え価から、dvr変異株の原因遺伝子はBACクローンのF20L16とF17K4の近くに存在していると予想した。これらのBACクローンF20L16とF17K4と、これらに近接するBACクローンのなかから、葉緑体移行配列を持ち、未だ機能が決定されておらず、しかも還元酵素と類似配列を持つ遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)を原因遺伝子の候補として4つ選択した。変異株において、これらの遺伝子の塩基配列を決定し、野生型の配列と比較した結果、図3(a)に示すBACクローン領域上にあるAT5G18660に変異を有していることを見出した。
【0133】
すなわち、dvr変異株は、AT5G18660のORFの第998番目ヌクレオチド(配列番号1に示される塩基配列の1101位)がシトシンからチミンに変異しており、その結果、第333番目のアミノ酸がプロリンからロイシンに変異していた。
【0134】
AT5G18660(以下「DVR遺伝子」と呼ぶ)は、1251塩基対のORFからなり、417アミノ酸残基のタンパク質をコードしている。ターゲットP(http://www.cbs.dtu.dk/services/TargetP/)を用いたコンピューター分析では、DVRタンパク質は、49アミノ酸残基の葉緑体移行配列(chloroplast transit sequence)を有することが予想された。これは、クロロフィル生合成に関わる全ての酵素が、その配列中に移行ペプチドを有し、かつ葉緑体内で機能するという事実と一致するものであった。この移行ペプチドが除かれた成熟タンパク質のサイズは、368アミノ酸残基であると推定された。BLASTによって全長のDVRのアミノ酸配列を分析した結果、C−C二重結合の還元を触媒するイソフラボン還元酵素と高いホモロジーがあることが示された。SOSUIプログラム(http://sosui.proteome.bio.tuat.ac.jp/sosuiframe0.html)では、DVRタンパク質は、1つの推定膜貫通αヘリックスを有していると推定された。これは、膜上にDVRタンパク質(酵素)が位置していることを示すものであった。ここから、膜分画にDVR活性があるという従来の報告に矛盾がなかったことがわかる。
【0135】
図3(a)にファインマッピングの概略を示した。図3(a)の上段は5番染色体を表し、上部の数値はゲノムの長さを示している。中段はBACクローンを示し、クローン名の下の線は当該クローンに挿入されているゲノム領域を示している。矢印はこの領域内のSSPLマーカーまたはCAPSマーカーの位置を示し、矢印の下の数値は当該マーカーにおける組換え数を示している。
【0136】
図3(b)にDVR遺伝子がコードするアミノ酸配列を示した。矢尻より前の49アミノ酸が推定の葉緑体移行配列である。下線はSOSUIプログラム(http://sosui.proteome.bio.tuat.ac.jp/sosuiframe0.html)において予想された推定膜貫通領域を示している。また、星印はdvr変異株の一塩基変異に対応するアミノ酸の位置を示している。
【0137】
なお、本発明者らが単離したdvr変異株は、色素のHPLC解析により、僅かながらモノビニル型クロロフィルが含まれていることが示され、当該dvr変異株におけるプロリンからロイシンへの1アミノ酸置換はこのタンパク質の機能を完全に失活させるものではなかった。
【0138】
〔実施例3:相補性試験〕
野生型(Columbia)由来のゲノムDNAを用いてAT5G18660遺伝子を含む1.2kbの断片をPCRで増幅した。DNA断片の増幅にはTAIRの情報を元に、プライマー18660SalI-f(5’-caagtcgacagaatgtcactttgctcttcc-3’:配列番号3)、1866NotI-r(5’- agcggccgcctagaagaactgttcaccgag-3’:配列番号4)を作成し、遺伝子増幅に使用した。増幅したDNA断片はpGreenII-0029プラスミド(Hellens, R.P., Edwards, E.A., Leylamd, N.R., Bean, S. and Mullineaux, P.M. (2000). pGreen: a versatile and flexible binary Ti vector for Agrobacterium-mediated plant transformation. Plant Mol. Biol. 42, 819-832.)を制限酵素SalI、NotIで処理したものにサブクローニングした。また、導入遺伝子を効率的に過剰発現させるために、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターとタバコモザイクウイルスオメガ配列とをこのベクター(pGreenII-0029プラスミド)に導入した。上記発現ベクターを導入したアグロバクテリウム・ツメファシエンス株C58(GV2260)で、ホモ接合性dvr変異株を形質転換した。M1形質転換体は、1/2Murashige-Skoog(1/2MS培地)培地と、0.7%アガロースと、50μg/mLカナマイシンとを含むプレート上で選抜し、土に植え替えて、23℃、16時間照明条件下で生育させた。
【0139】
結果を図4に示した。図中、WTは野生株を、dvrはdvr変異株を、dvr/DVRは形質転換株を示す。図4(a)は、播種後4週間目の各個体の写真である。すべての形質転換体で、dvr変異株の体色が薄い(黄緑色の)表現型が回復した。また、形質転換体の成長速度は、野生型植物体の成長速度とほぼ同じであった。さらに、形質転換体から上記と同様の方法によって抽出した色素のHPLC分析および吸収スペクトルの測定を行った。図4(b)に吸収スペクトルの結果を示した。図4(b)から明らかなように、形質転換体(図中、dvr/DVR)は、野生型と同じ吸収スペクトルを示し、モノビニル型クロロフィルを蓄積していた。
【0140】
〔実施例4:酵素活性分析〕
シロイヌナズナ(A. thaliana)のDVRタンパク質を大腸菌(E. coli)内にて発現させ、その組換えタンパク質がDVR活性を有するか否かについて調査した。
【0141】
DVR活性を測定する基質として、ジビニル型クロロフィリドaを用いた。dvr変異株から精製したジビニル型クロロフィルaと、大腸菌で発現させたクロロフィラーゼ粗抽出液をリン酸バッファー中(pH 7, 常温)で1時間反応させてジビニルクロロフィルaをジビニルクロロフィリドaに転換した。ここで用いたクロロフィラーゼによるクロロフィリドの合成法は、Tsuchiyaらの論文(Tsuchiya, T., Suzuki, T., Yamada, T., Shimada, H., Masuda, T., Ohta, H. and Tkamiya, K. (2003). Chlorophyllase as a serine hydrolase: identification of a putative catalytic triad. Plant Cell Physiol. 44, 96-101.)に記載の方法に基づいて行った。合成されたジビニルクロロフィリドaはジエチルエーテルで抽出し、乾燥させた。乾燥したジビニルクロロフィリドaは更に80%アセトンで溶かしDVR組換えタンパク質との反応に利用したDVR組換えタンパク質の生産のため、pET30プラスミド(Novagen Inc. WI)のBamHIサイトとNotIサイトの間に、AT5G18660遺伝子をサブクローニングした。TAIRから得られた情報によると、AT5G18660遺伝子は内部にイントロンを含んでいないと予想されたため、サブクローニングに用いたPCR断片は、TAIRのゲノム情報を元に作成したプライマーAT5G18660BamHI-f(5’-agaggatccatgtcactttgctcttcc-3’:配列番号5)、AT5G18669NotI-r(5’-agcggccgcctagaagaactgttcaccgag-3’:配列番号6)を用いて、野生株のゲノムを鋳型にして増幅した。定法に従い、AT5G18660遺伝子が挿入されたpET30プラスミドまたはAT5G18660遺伝子が挿入されていないpET30プラスミドのみ(ネガティブコントロール)を大腸菌(E. coli)BL21 DE株に導入した。これらの形質転換菌を、50 μg/mlカナマイシンを含む2mLのLB培地で一夜培養し、これを、50 μg/mlカナマイシンを含む50 ml LB培地に植菌した。タンパク質生産を最大にするために、30℃での培養開始後30分の時点で、終濃度0.5mMとなるようにイソプロピル1−チオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を添加した。7時間培養した後、集菌し、6.7μg/mLのリゾチーム、3.3μg/mLのDNaseIを含む50mM Tris-HCl(pH 8.0)溶液(2.4mL)に再懸濁し、溶解させた。菌溶解物(細胞抽出液)は、使用されるまで−20℃に保存した。
【0142】
非特許文献11に記載の方法に従って、上記の細胞抽出液と、ジビニル型クロロフィリドaとをNADPH存在下で反応させた。反応開始10分後、反応溶液中のクロロフィル分子の組成を上記Zapataらの論文に記載のHPLC解析方法に従い、Symmetry C8カラム(長さ150 mm、直径4.6 mm、Waters Co.)を用いて解析した。
【0143】
結果を図5に示した。上段はジビニル型クロロフィリドa(基質)のクロマトグラムを示し、中段(pET30)はDVR遺伝子が挿入されていないpET30が導入された大腸菌の細胞溶解液を用いて上記反応を行った反応液のクロマトグラムを示し、下段(pET30-DVR)はDVR遺伝子が挿入されたpET30が導入された大腸菌の細胞溶解液を用いて上記反応を行った反応液のクロマトグラムを示している。図5中のpET30-DVRに示すように、反応溶液中のほとんど全てのジビニル型クロロフィリドaが、モノビニル型クロロフィリドaに転換されていた。
【0144】
これらの結果から、DVR遺伝子(AT5G18660)が3,8−ジビニルプロトクロロフィリドa8−ビニル還元酵素をコードしていることを明確に示すことができた。
【0145】
本発明者らは、ここにDVRの同定を成功させ、高等植物におけるクロロフィル生合成に関わる全ての遺伝子の同定を完了させるに至った。表1にクロロフィル生合成に関わる全ての遺伝子およびその酵素名(タンパク質名)を列挙する。シロイヌナズナ(A. thaliana)では、グルタミル−tRNAgluからクロロフィルbに至るまでのクロロフィル生合成に必要な酵素が15種類、遺伝子が27遺伝子存在する。これらの中で、ヒドロキシメチルシラン、Mg−プロトポルフィリンIX、モノメチルエステルシクラーゼ、ゲラニルゲラニル還元酵素、クロロフィリドa酸素添加酵素が、多様な反応形態を起こす。Mgキレーターゼのみが3つのタンパク質からなるオリゴマー酵素であり、残りは全てモノマー酵素である。9つのタンパク質が単一コピー遺伝子群によってコードされ、残りは2〜3つの遺伝子からなる遺伝子ファミリーによってコードされている。
【0146】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0147】
以上のように、本発明に係るポリペプチドおよびポリヌクレオチドは、3−ビニルクロロフィルの合成を触媒する機能を有している。それゆえ、本発明に係るポリペプチドおよびポリヌクレオチドを利用して、単位面積あたりの光合成生産を増加させた植物を作製することが可能になる。また、栄養塩に富むこの領域での農業生産に利用できる可能性もある。したがって、本発明は、農業分野において非常に利用価値が高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0148】
【図1】クロロフィル生合成過程における最終工程を示した図である。
【図2】(a)は、dvr変異株のHPLC解析結果を示すグラフであり、(b)は、dvr変異株から抽出したに色素の2種類の分画および野生株から抽出したクロロフィルaおよびクロロフィルbの吸収スペクトルを解析した結果を示したグラフであり、(c)は、播種7週後のシロイヌナズナ(A. thalianaの野生株(図中、WT)およびdvr変異株(図中、dvr)の表現型を示した写真であり、(d)は低照度条件下において栽培した野生株(図中、WT)およびdvr変異株(図中、dvr)の植物体の状態(0日目)と、高照度条件下に1日置いた後の植物体の状態(1日目)を示した写真である。
【図3】(a)は、シロイヌナズナ5番染色体におけるDVR遺伝子を含む領域のファインマッピングを示した模式図であり、(b)は、DVR遺伝子の推定アミノ酸配列を示した図である。
【図4】相補実験の結果を示した図であり、(a)は、播種4週後の野生株(WT)、ホモ接合性dvr変異株(dvr)および形質転換体(dvr/WT)の写真であり、(b)は、それぞれから抽出したクロロフィルaの吸収スペクトルを示したグラフである。
【図5】反応液から抽出した色素の組成をHPLCによって分析した結果を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドであって、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列、または
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列、
からなるポリペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項3】
クロロフィルの合成に関与しビニル基還元酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであって、
(c)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、または
(d)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項2または3に記載のポリヌクレオチドのフラグメント。
【請求項5】
請求項2または3に記載のポリヌクレオチド、または請求項4に記載のフラグメントを含むベクター。
【請求項6】
請求項5に記載のベクターが導入されている形質転換体。
【請求項7】
請求項1に記載のポリペプチドに結合する抗体。
【請求項8】
請求項2または3に記載のポリヌクレオチドに変異を導入する工程を含むことを特徴とする、3,8−ジビニルクロロフィルを有する光合成生物の作製方法。
【請求項9】
請求項2または3に記載のポリヌクレオチド、または請求項4に記載のフラグメントを細胞に導入する工程を含むことを特徴とする、3,8−ジビニルクロロフィルを有する光合成生物の作製方法。
【請求項10】
請求項8または9に記載の方法によって作製された光合成生物。
【請求項11】
請求項1に記載のポリペプチドの機能を阻害する阻害物質を同定するためのスクリーニング方法であって、
試験化合物または試料と、請求項1に記載のポリペプチドとを接触させる工程と、
上記の試験化合物または試料が当該ポリペプチドに与える影響を検出する工程とを含むことを特徴とするスクリーニング方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−187203(P2006−187203A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−381466(P2004−381466)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】