説明

グラファイトシート及びその製造方法

【課題】例えば発熱体からの熱拡散の用途において、より好適に使用可能なグラファイトシート及びその製造方法を提供する。
【解決手段】グラファイトシートにおいて、X線回折法による、(100)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比(P100/002)と、(110)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比(P110/002)とが10以上に設定されている。グラファイトシートは、分子鎖中に炭素を有する高分子を含むとともに光学異方性を発現する高分子液を調製する工程と、前記高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程と、前記高分子の分子鎖の配向を維持した状態で、前記高分子液から成形体を得る工程と、前記成形体を炭化した後に黒鉛化する工程とを経て製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物性の異方性を有するグラファイトシート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラファイトシートとして、黒鉛粉末とバインダー樹脂との混合物、又は膨脹黒鉛をシート状に延伸することにより形成されたものが知られている。また、特許文献1には、高分子フィルムであるポリイミドフィルムの熱処理及び圧延処理による、柔軟性を有するグラファイトシートの製造方法が開示されている。これらのグラファイトシートは、該シートの表面に沿った方向、即ち面内方向における優れた電気伝導性及び熱伝導性を有している。更に、ポリイミドフィルムから焼成されるグラファイトシートは柔軟性に富んでおり、折れ曲がり難いという特性を有している。
【0003】
小型化及び薄型化の傾向が加速している半導体パッケージ材料、並びに高機能化及び高性能化が進む電子デバイスにおいて、実装される素子、電子部品等の発熱体の発熱量が増加しているとともに、発熱体が高密度に実装されている。そのため、発熱体からの熱を効果的に拡散させるための技術が求められている。しかしながら、従来のグラファイトシートは、このような要求を十分に満たすものではなかった。
【特許文献1】特公平1−49642号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、このような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的とするところは、例えば発熱体からの熱拡散の用途において、より好適に使用可能なグラファイトシート及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、X線回折法による、(100)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比(P100/002)と、(110)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比(P110/002)とが10以上に設定されているグラファイトシートを提供する。
【0006】
請求項2に記載の発明は、前記グラファイトシートが積層された複数の黒鉛層を備え、各黒鉛層間の面間隔(d002)が0.3420nm未満である請求項1に記載のグラファイトシートを提供する。
【0007】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は請求項2に記載のグラファイトシートの製造方法であって、分子鎖中に炭素を有する高分子を含むとともに光学異方性を発現する高分子液を調製する工程と、前記高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程と、前記高分子の分子鎖の配向を維持した状態で、前記高分子液から成形体を得る工程と、前記成形体を炭化した後に黒鉛化する工程とを備える方法を提供する。
【0008】
請求項4に記載の発明は、前記成形体を得る工程において、X線回折測定から下記式(1)により求められる、成形体における高分子の分子鎖の前記一定方向に沿った配向度Aが0.6以上1.0未満に設定されている請求項3に記載の方法を提供する。
【0009】
配向度A=(180−Δβ)/180 …(1)
(前記式中において、Δβは成形体のX線回折測定によるピーク散乱角を固定して方位角方向の0〜360度までのX線回折強度分布を測定したときの半値幅を表す)
請求項5に記載の発明は、前記高分子が、下記一般式(1)〜(4)で示される繰り返し単位のうちの少なくとも一種を含むポリベンズアゾールである請求項3又は請求項4に記載の方法を提供する。
【0010】
【化1】

(上記各式中、Xはイオウ原子、酸素原子又はイミノ基を表し、Ar及びArは芳香族炭化水素基を表し、nは10〜500の整数を表す)
請求項6に記載の発明は、前記高分子の分子鎖を配向させる工程が、磁場又は電場の印加によって高分子の分子鎖を配向させる工程を備える請求項3から請求項5のいずれか一項に記載の方法を提供する。
【0011】
請求項7に記載の発明は、前記成形体を炭化した後に黒鉛化する工程が、1000〜1400℃の温度範囲で前記成形体を予備焼成する工程と、2000℃を超えるとともに3000℃以下の温度範囲で、前記予備焼成された成形体を本焼成する工程とを備える請求項3から請求項6のいずれか一項に記載の方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、例えば発熱体からの熱拡散の用途において、より好適に使用可能なグラファイトシート及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明をグラファイトシートに具体化した実施形態を図面に基づいて説明する。図1に示すように、本実施形態に係るグラファイトシート11はフィルム状に形成されており、様々な用途に使用される。グラファイトシート11の用途として、例えば配線基板材料、封止剤、ディスプレイ用配向膜、偏光フィルム用フィルム基材、磁気記録フィルム基材、コンデンサ用フィルム、太陽電池、面状発熱体、電磁波対策用フィルム、センサー、アクチュエータ、電池用材料、実装材料、ガスバリアー材、積層フィルム、フィルター、分離膜、イオン交換膜、及び熱拡散シートが挙げられる。グラファイトシート11は、物性の優れた異方性を発現することから、好適には該シート11の物性の異方性が求められる用途に使用される。
【0014】
本実施形態に係るグラファイトシート11では、複数の黒鉛層が互いに積層されている。これらの黒鉛層は、一定方向、例えばグラファイトシート11の厚さ方向に平行な方向(図1のZ軸方向)に沿って配向されていたり、該シート11の表面に平行な一方向(図1の例えばX軸方向又はY軸方向)に沿って配向されていたりしている。そのため、グラファイトシート11は、黒鉛層の配向方向に沿って物性の異方性を発現することができる。グラファイトシート11の物性として、例えば熱伝導性等の熱的性質、磁気的性質、力学的性質、及び電気的性質が挙げられる。グラファイトシート11の黒鉛層の配向方向に沿って延びる方向における熱伝導率は例えば1W/m・K以上にまで高められており、グラファイトシート11は、黒鉛層の配向方向に沿って熱伝導性の優れた異方性を発現することができる。
【0015】
黒鉛層の配向は、X線回析法による(100)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比と、(110)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比との値によって表される。本願において、(100)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比をピーク強度比(P100/002)と称し、(110)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比をピーク強度比(P110/002)と称する。本実施形態に係るグラファイトシート11では、前記各ピーク強度比はそれぞれ10以上に設定されており、好ましくは11.0〜50.0である。前記各ピーク強度比が10未満の場合、黒鉛層の配向は不十分であり、グラファイトシート11の熱拡散性が低下する。前記各ピーク強度比が50.0を超えるのは実用上困難である。
【0016】
X線回折法とは、X線源にCuKαを使用し、標準物質に高純度シリコンを使用して回折パターンを測定するものである。前記各ピーク強度比は以下の様にして求められる。即ち、グラファイトシート11の表面にX線が照射される広角X線回折測定(反射)が行われ、例えば図2に示す回折パターンが得られる。このとき、X線は、例えばグラファイトシート11の製造における磁力線の印加方向を法線とする面に照射される。次いで、この回折パターンにベースラインを引き、該ベースラインからの(002)回折ピーク、(100)回折ピーク、及び(110)回折ピークの高さを求める。そして、(100)回折ピークの高さを(002)回折ピークの高さで除することによりピーク強度比(P100/002)が求められ、(110)回折ピークの高さを(002)回折ピークの高さで除することによりピーク強度比(P110/002)が求められる。例えば、図2に示す回折パターンにおいては、ピーク強度比(P100/002)は11.9であり、ピーク強度比(P110/002)は11.5である。
【0017】
各黒鉛層間の面間隔(d002)は、好ましくは0.3420nm未満であり、より好ましくは0.3354nm以上0.3420nm未満である。各黒鉛層間の面間隔(d002)は、得られた(002)回折ピークの位置とその半値幅とから学振法により算出される。各黒鉛層間の面間隔(d002)は、グラファイトシート11の黒鉛化の進行に伴って黒鉛結晶の理論値である0.3354nmに近づく。各黒鉛層間の面間隔(d002)が0.3420nm以上の場合には、グラファイトシート11が黒鉛層の乱積層構造を有することから、グラファイトシート11の熱伝導性が低下する可能性がある。更に、各黒鉛層間の距離が過剰に広く、グラファイトシート11の物性の異方性が十分に発揮されない。面間隔(d002)の下限値は、上述したように黒鉛結晶の理論値である0.3354nmである。
【0018】
フィルム状のグラファイトシート11の厚さは、好ましくは1μm〜2mmである。グラファイトシート11の厚さが1μm未満の場合には、該シート11に破断等の欠陥が生じ易い。グラファイトシート11の厚さが2mmを超えると、該シート11の成形が困難になって該シート11の製造コストが嵩む傾向にある。
【0019】
グラファイトシート11は、高分子を含む高分子液を調製する工程と、高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程と、高分子の分子鎖の配向を維持した状態で高分子液から成形体を得る工程と、成形体を炭化した後に黒鉛化する工程とを経て製造される。
【0020】
本実施形態に係る高分子液を調製する工程では、分子鎖中に炭素を有する高分子が溶媒に溶解されることにより、高分子液としての高分子溶液が調製される。このとき、前記高分子は、好ましくは、高分子溶液が光学異方性を発現する濃度で溶媒に溶解されている。この場合、調製された高分子溶液は光学異方性を発現しており、光学異方性を発現する高分子溶液中では、該溶液中の高分子の分子鎖は一定の規則性を有している。分子鎖中に炭素を有する高分子として、例えばポリパラフェニレンテレフタルアミド、ポリベンズイミド、ポリパラフェニレン、及びポリベンズアゾールが挙げられる。これらの中でも、優れた熱伝導性、耐熱性、及び機械特性を有するとともに剛直であることから、好ましくはポリベンズアゾールである。前記ポリパラフェニレンテレフタルアミド、ポリベンズイミド、ポリパラフェニレン、及びポリベンズアゾールは、高分子溶液中の限られた濃度範囲においてリオトロピック液晶性を示す。
【0021】
ポリベンズアゾールは、ポリベンゾオキサゾール(PBO)、ポリベンゾチアゾール(PBT)、及びポリベンズイミダゾール(PBI)から選ばれる少なくとも一種を含む。このようなポリベンズアゾールとして、例えばPBO、PBT、及びPBIのいずれか一種のみからなるホモポリマーと、PBO、PBT、及びPBIから選ばれる二種以上からなる混合物、ブロックコポリマー、又はランダムコポリマーと、PBO、PBT、及びPBIのうち少なくとも一種を含むコポリマーとが挙げられる。
【0022】
PBOとは、芳香族基に結合した少なくとも1つのオキサゾール環を有する繰り返し単位からなる高分子のことであり、PBOとして例えばポリ(フェニレンベンゾビスオキサゾール)が挙げられる。PBTとは、芳香族基に結合した少なくとも1つのチアゾール環を有する繰り返し単位からなる高分子のことであり、PBTとして例えばポリ(フェニレンベンゾビスチアゾール)が挙げられる。PBIとは、芳香族基に結合した少なくとも1つのイミダゾール環を有する繰り返し単位からなる高分子のことであり、PBIとして例えばポリ(フェニレンベンズビスイミダゾール)が挙げられる。
【0023】
具体的には、本実施形態に係るポリベンズアゾールは、下記一般式(1)〜(4)で示される繰り返し単位のうちの少なくとも一種を含む。
【0024】
【化2】

前記一般式(1)〜(4)において、Xはイオウ原子、酸素原子又はイミノ基を表し、Ar及びArは芳香族炭化水素基を表し、nは10〜500の整数を表す。
【0025】
Arで表される芳香族炭化水素基として、下記一般式(I)〜(IV)で表されるものが挙げられ、Arで表される芳香族炭化水素基として、下記一般式(V)〜(VIII)で表されるものが挙げられる。
【0026】
【化3】

前記一般式(I)〜(VIII)において、Zは酸素原子、イオウ原子、SO、CO、CH、C(CH、CF又はC(CFを表すか、または隣り合うベンゼン環中の炭素同士の直接的な結合を表す。上記一般式(I)〜(VIII)に記載のベンゼン環において、各炭素原子と結合している水素原子は、例えば低級アルキル基、低級アルコキシル基、ハロゲン原子、トリフルオロメチル等のハロゲン化アルキル基、ニトロ基、スルホン酸基、又はホスホン酸基によって置換されていてもよい。この置換は、ポリベンズアゾールの合成の際の重縮合反応前に行われてもよいし、ポリベンズアゾールの合成後に行われてもよい。
【0027】
ポリベンズアゾールは、好ましくは前記一般式(1)で示される繰り返し単位と、前記一般式(2)で示される繰り返し単位との少なくとも一方を含む。このとき、Xは酸素原子を表し、Ar及びArでは、前記一般式(I)〜(VIII)においてZが酸素原子を表すか、または隣り合うベンゼン環中の炭素同士の直接的な結合を表す。これらの構造では、ポリベンズアゾールの分子鎖は直線的となり、後工程において該分子鎖を高度に配向させることができる。
【0028】
本実施形態に係るポリベンズアゾールは、前記一般式(1)〜(4)で示される繰り返し単位に加えて、下記一般式(IX)及び(X)で示される、未反応の開環部分を有する繰り返し単位を含んでもよい。
【0029】
【化4】

前記一般式(IX)及び(X)において、X、Ar、Ar、及びnの定義は前述と同様である。
【0030】
ポリベンズアゾールの極限粘度は、25℃の雰囲気下、及び溶媒としてメタンスルホン酸を用いたオストワルド粘度計による測定(米国材料試験協会規格 ASTM D2857−95準拠)で、好ましくは0.5〜30dl/gであり、より好ましくは0.5〜20dl/gであり、特に好ましくは0.5〜15dl/gである。ポリベンズアゾールの極限粘度が0.5dl/g未満の場合には通常、ポリベンズアゾールは低い分子量を有することから、グラファイトシート11の成形が困難になる。ポリベンズアゾールの極限粘度が30dl/gを超えると、高分子溶液の粘度が過剰に高くなり、後工程においてポリベンズアゾールの分子鎖が配向され難い。
【0031】
前記溶媒として、例えば非プロトン極性溶媒、ポリリン酸、メタンスルホン酸、クレゾール、及び高濃度の硫酸(例えば36Nの硫酸)が挙げられる。非プロトン極性溶媒として、例えばN、N−ジメチルアセトアミド、N、N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドン、及びヘキサメチルホスホルトリアミドが挙げられる。これらは単独で用いられもよいし、二種以上が組み合わされて用いられてもよい。これらの中でも、前記高分子の溶解性が高いことから、好ましくはポリリン酸、メタンスルホン酸、及びそれらの混合物であり、より好ましくはポリリン酸である。高分子の溶解性を高めるために、ルイス酸が溶媒に添加されてもよい。ルイス酸として、例えば臭化リチウム、塩化リチウム、及び塩化アルミニウムが挙げられる。
【0032】
高分子溶液中における高分子の濃度は主に、高分子の溶媒に対する溶解性、及び高分子溶液の物理的要因、例えば粘度の影響を受ける。また、後工程において高分子の分子鎖を高度に配向させることができることから、好ましくは、高分子溶液は少なくとも部分的に液晶性を発現する。そのため、高分子溶液中における高分子の濃度は、該高分子が液晶性を十分に発現する範囲に設定されることが好ましい。高分子としてポリベンズアゾールが用いられる場合には、高分子溶液中におけるポリベンズアゾールの濃度は、好ましくは2〜30質量%であり、より好ましくは5〜25質量%であり、特に好ましくは5〜20質量%である。
【0033】
ポリベンズアゾールの濃度が2質量%未満の場合には、ポリベンズアゾールの濃度が過剰に低いことから、高分子溶液が液晶性を十分に発現することができない。ポリベンズアゾールの濃度が30質量%を超えると、高分子溶液の粘度が過剰に高くなり、後工程においてポリベンズアゾールの分子鎖が配向され難い。
【0034】
高分子溶液は、前記高分子以外の成分を少量含有してもよい。前記高分子以外の成分として、例えばガラス繊維等の補強材、各種充填剤、顔料、染料、蛍光増白剤、分散剤、安定剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、酸化防止剤、熱安定剤、滑剤、及び可塑剤が挙げられる。高分子の溶媒への溶解は周知の方法に従って行われる。このとき、高分子の溶媒への溶解前に、高分子の再沈殿等の周知の方法によって該高分子が精製されてもよい。
【0035】
高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程では、例えばダイ(スリットダイ)から基材上に高分子溶液が流延されたり、例えばキャスト法により基材上に高分子溶液が塗布されたりする。図3に示すように、高分子溶液21が基材22上に流延または塗布された後に、別の基材23が高分子溶液21上に配置されて該高分子溶液21が各基材22、23で挟持されてもよい。この場合、高分子溶液21において空気に接触する箇所が減少することから、空気との接触に起因する高分子溶液21の劣化を抑制することができる。
【0036】
基材22、23の種類はグラファイトシート11の形状に応じて適宜選択され、例えば長尺なフィルム状を有するグラファイトシート11を得るために、具体例として、例えば閉ループ状のエンドレスベルト、エンドレスドラム、及びエンドレスフィルムが挙げられる。また、基材22、23として、ガラス板、樹脂フィルム等の板状物が用いられてもよい。基材22、23の材質として、例えばガラス、樹脂、及び金属が挙げられる。金属として、好ましくはステンレス鋼、ハステロイ系合金、及びタンタルが挙げられる。
【0037】
高分子溶液がリオトロピック液晶性を発現する場合、該液晶性の発現は、高分子溶液中の高分子の濃度および高分子溶液の温度に依存している。そのため、高分子の分子鎖の配向前、および配向中において、高分子溶液が液晶性を発現するために該高分子溶液が加熱されてもよい。具体的には、基材22上に流延または塗布された高分子溶液が、該溶液が液晶性を発現する温度範囲まで加熱される。または、基材22上に流延または塗布された高分子溶液が、該溶液が液晶性を示す温度範囲以上の温度にまで加熱される。このとき、高分子溶液は均一な非液晶状態に転移される。そして、高分子溶液は、該溶液が液晶性を発現する温度範囲まで徐々に冷却される。
【0038】
前述した高分子溶液の加熱による転移および冷却では、前述した高分子溶液の加熱のみの場合に比べて、より大きく成長した液晶相を得ることができる。高分子溶液の加熱および冷却では、該加熱と冷却とが繰り返し行われてもよい。高分子溶液としてポリベンズアゾール溶液が使用される場合、ポリベンズアゾール溶液がリオトロピック液晶性を発現するための該溶液の加熱温度は通常、40〜250℃であり、好ましくは40〜200℃であり、特に好ましくは60〜160℃である。高分子溶液の加熱手段は特に限定されず、具体例として、例えば高温の加湿空気によって高分子溶液が加熱される方法、紫外線ランプからの紫外線の照射によって高分子溶液が加熱される方法、及び誘電加熱による方法が挙げられる。
【0039】
高分子の分子鎖を配向させる方法としては、例えば流動場、せん断場、磁場、及び電場から選ばれる少なくとも一種の外場によって高分子溶液中の高分子の分子鎖を配向させる方法が挙げられる。前記各外場の中でも、高分子の分子鎖の配向度を容易に制御することができることから、好ましくは磁場及び電場であり、特に好ましくは磁場である。即ち、好ましくは、高分子の分子鎖は磁場の印加によって配向される。このとき、高分子の分子鎖は、磁場の磁力線と平行に延びるように配向される。高分子溶液に印加される磁場の発生手段として、例えば永久磁石、電磁石、超電導磁石、及びコイルが挙げられる。
【0040】
高分子溶液としてポリベンズアゾール溶液が用いられる場合、ポリベンズアゾール溶液に印加される磁場の磁束密度は、好ましくは1〜30テスラ(T)であり、より好ましくは2〜25Tであり、特に好ましくは3〜20Tである。磁束密度が1T未満の場合、ポリベンズアゾールの分子鎖を十分に配向させることができない。磁束密度が30Tを超える場合は、そのような磁束密度を有する磁場を得るためのコストが嵩むことから実用的ではない。
【0041】
高分子液から成形体を得る工程では、高分子溶液中の溶媒の蒸発により、又は凝固液を用いた方法により高分子溶液が凝固して高分子基体が得られた後、該高分子基体が硬化して成形体が得られる。凝固液は高分子溶液中の溶媒と相溶性を有しており、且つ前記高分子は凝固液に溶解しない。凝固液が高分子溶液に接触することにより、高分子溶液中の溶媒のみが凝固液に溶解する。その結果、高分子溶液中の高分子が析出して高分子溶液が凝固する。溶媒の蒸発では、例えば該溶媒を蒸発させるための加熱装置、及び蒸発した溶媒を回収する装置が必要である。これに対して、凝固液を用いた方法では、前述した装置は不必要である。そのため、凝固液を用いた方法は溶媒の蒸発に比べて高分子溶液を容易に凝固させることができる。更に、溶媒として強酸、例えばポリリン酸が用いられる場合には、凝固液によって強酸を薄めることができる。
【0042】
凝固液として、例えば水、リン酸水溶液、硫酸水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、メタノール、エタノール、アセトン、及びエチレングリコールが挙げられる。これらは単独で用いられてもよいし、二種以上が組み合わされて用いられてもよい。高分子溶液中の溶媒と凝固液との交換が穏やかであり、得られる成形体の表面の荒れを抑制することができることから、凝固液として、好ましくは10〜70質量%のリン酸水溶液及び低級アルコールである。
【0043】
凝固液の温度は、好ましくは−60〜60℃であり、より好ましくは−30〜30℃であり、最も好ましくは−20〜20℃である。凝固液の温度が−60℃未満の場合には、高分子溶液の凝固速度が遅くて生産性が低下したり、得られるグラファイトシート11の物性が低下したりするおそれがある。凝固液の温度が60℃を超えると、得られる成形体の表面が荒れたり、成形体中における高分子の密度が不均一になったりするおそれがある。
【0044】
成形体を得る工程では、前記高分子の分子鎖の配向を維持した状態で高分子溶液が凝固及び硬化して成形体が得られる。そのため、成形体中における高分子の分子鎖は一定方向に沿って配向されている。高分子の分子鎖の配向を維持するために、高分子溶液の凝固の際に該溶液に例えば磁場が印加されていてもよい。
【0045】
高分子溶液の凝固によって得られる高分子基体は、好ましくは硬化前に洗浄される。高分子基体の洗浄は、例えば該高分子基体を支持する基材22が洗浄液中に浸漬されて該洗浄液中を走行したり、高分子基体に洗浄液が噴霧されたりすることにより行われる。洗浄液としては通常、水が用いられる。この水は、加熱されることなく用いられてもよいし、適度な温度に加熱された後に用いられてもよい。また、高分子基体がアルカリ水溶液、例えば水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化リチウム水溶液で中和洗浄された後に、例えば水で洗浄されてもよい。洗浄後の高分子基体中の酸性分、アミノ塩基性成分及び無機塩の濃度はそれぞれ、好ましくは500ppm以下である。洗浄後の前記各成分の濃度が500ppmを超えると、該成分に起因して高分子基体が劣化(分解)するおそれがあり、得られるグラファイトシート11の物性が低下するおそれがある。
【0046】
高分子基体の硬化方法は特に限定されず、具体例として、例えば高分子基体の加熱による乾燥が挙げられる。高分子基体の加熱方法として、例えば空気、窒素、アルゴン等の加熱気体を用いる方法、電気ヒータ、赤外線ランプ等の輻射熱を利用する方法、及び誘電加熱法が挙げられる。高分子基体を硬化させるための加熱温度は、好ましくは100〜500℃であり、より好ましくは100〜400℃であり、最も好ましくは100〜200℃である。加熱温度が100℃未満の場合には、高分子基体が硬化し難い。加熱温度が500℃を超えると、アゾール系高分子の分解温度を超えることから、高分子基体の材質によっては該高分子基体が分解するおそれがある。高分子基体中の高分子が光架橋性を有する場合には、高分子基体の硬化方法として、光照射による高分子の架橋反応が挙げられる。高分子基体の硬化の際には、該高分子基体の外縁部が拘束されてその収縮が抑制されてもよい。
【0047】
封止剤、ディスプレイ用配向膜等のようにグラファイトシート11が基材22とともに使用される場合には、基材22上に高分子基体が形成された後、該高分子基体が基材22上で硬化する。配線基板材料、磁気記録フィルム基材等のようにグラファイトシート11が例えばベースフィルムとして使用される場合には、基材22上で高分子基体が硬化して成形体が得られた後に該成形体が基材22から剥離されたり、高分子基体が基材22から剥離された後に硬化して成形体が得られたりする。
【0048】
前述したように、成形体中における高分子の分子鎖は一定方向に沿って配向されている。成形体が所定の光線透過性を有する場合には、成形体中の高分子の分子鎖の配向は、2枚の偏光子及び偏光顕微鏡を用いた光学的異方性(位相差、複屈折)の測定により確認することができる。また、偏光赤外線吸収スペクトルを用いた方法、偏光ラマンスペクトル法、X線回折分析、電子線回折分析、及び電子顕微鏡による観察によっても高分子の分子鎖の配向を確認することができる。
【0049】
得られた成形体において、X線回折測定から下記式(1)により求められる高分子の分子鎖の前記一定方向に沿った配向度Aは、好ましくは0.6以上1.0未満であり、より好ましくは0.65以上1.0未満であり、最も好ましくは07以上1.0未満である。
【0050】
配向度A=(180−Δβ)/180 …(1)
式(1)において、Δβは、X線回折測定によるピーク散乱角を固定して、方位角方向の0〜360度までのX線回折強度分布を測定したときの半値幅を表す。配向度Aが0.6未満では、成形体から得られるグラファイトシート中の黒鉛層の配向が不十分であり、熱伝導率等の物性の異方性が低下するおそれがある。配向度Aは、半値幅Δβが常に正の値を示すことから、上記式(1)から1.0以上の値はとり得ない。配向度Aが0.6以上1.0未満に設定されることにより、グラファイトシート中の黒鉛層が十分に配向され、グラファイトシートは黒鉛層の配向方向に沿って物性の優れた異方性、例えば熱伝導性の優れた異方性を発揮することができる。
【0051】
成形体における高分子の分子鎖の配向度Aの求め方について具体的に説明する。高分子の分子鎖の配向度Aを求めるためには、成形体について広角X線回折測定(透過)を行う。X線回折装置において、試料にX線が照射されると、該試料中に含まれる粒子(高分子の分子鎖)の格子間隔に応じた同心弧状の回折パターン(デバイ環)が得られる。高分子の分子鎖が配向している場合には、図4に示すように、高分子の配向した結晶の同心弧状の回折パターン上に回折像が現れる。
【0052】
次いで、得られた回折像の赤道上において回折ピークが得られた角度(ピーク散乱角)を固定し、方位角方向(デバイ環の周方向)に0〜360度までのX線回折強度分布を測定することにより、図5に示すような方位角方向のX線回折強度分布が得られる。この強度分布におけるピークが急峻である程、成形体を構成する高分子の分子鎖が一定方向に沿って高度に配向されている。従って、前記方位角方向のX線回折強度分布において、ピーク高さの半分の位置における幅(半値幅Δβ)を求め、この半値幅Δβを前記式(1)に代入することにより配向度Aが求められる。例えば図5に示す方位角方向のX線回折強度分布の場合、配向度Aは0.8である。
【0053】
成形体を炭化した後に黒鉛化する工程は、好ましくは、1000〜1400℃の温度範囲で前記成形体を予備焼成する工程と、2000℃を超えるとともに3000℃以下の温度範囲で、前記予備焼成された成形体を本焼成する工程とを備えている。この場合、成形体は予備焼成により炭化し、本焼成により黒鉛化する。グラファイトシート11の製造では、前記各工程が連続して行われてもよいし、各工程の全部、又は一部が断続的に、即ち回分式に行われてもよい。
【0054】
次に、各黒鉛層がグラファイトシート11の厚さ方向(図1のZ軸方向)に沿って延びているグラファイトシート11の製造方法について具体的に説明する。このグラファイトシート11は、該シート11の厚さ方向に沿って例えば熱伝導性の優れた異方性を有している。
【0055】
グラファイトシート11の製造では、まず高分子溶液21が調製される。このとき、高分子溶液21中の高分子の濃度は、好ましくは該高分子溶液21が液晶性を発現する範囲に設定される。そして、図3に示すように、スリットダイ(図示せず)から高分子溶液21が基材22上に流延された後、別の基材23が高分子溶液21上に配置されて該溶液が各基材22、23で挟持される。次に、磁場発生手段としての一対の永久磁石24が各基材22、23の上下に配置され、高分子溶液21に磁場が印加される。このとき、一対の永久磁石24によって発生する磁場の磁力線Mは、図3の上下方向、即ち図1のZ軸方向に沿って直線状に延びている。即ち、一対の永久磁石24は、それらのS極とN極とが対向するように配置されている。
【0056】
高分子溶液21は光学異方性を発現していることから、即ち該溶液中の高分子の分子鎖が一定の規則性を有していることから、磁場の印加により、該分子鎖が磁場の磁力線に沿って配向される。具体的には、高分子溶液21中の高分子は、図3の上下方向(図1のZ軸方向)に沿って配向される。高分子溶液21が液晶性を発現する場合には、基材22、23の両側には加熱装置(図示せず)が設けられており、この加熱装置によって、高分子溶液21は、該溶液21が液晶性を発現する温度範囲に加熱される。
【0057】
そして、高分子の分子鎖の配向を維持した状態で、高分子溶液21が凝固して高分子基体が得られる。続いて、高分子基体が硬化して成形体が得られた後、該成形体の炭素化及び黒鉛化によってグラファイトシート11が製造される。得られたグラファイトシート11の電子顕微鏡写真を図6に示す。図6は、グラファイトシート11の厚さ方向に沿って延びる面に沿って切断された該シート11の切断面の電子顕微鏡写真を示す。
【0058】
続いて、各黒鉛層がグラファイトシート11の表面に平行な一方向(図1の例えばX軸方向又はY軸方向)に沿って延びているグラファイトシート11の製造方法について具体的に説明する。このグラファイトシート11は該シートの表面に平行な一方向に沿って例えば熱伝導性の優れた異方性を有している。
【0059】
グラファイトシート11の製造では、まず高分子溶液21が調製される。このとき、高分子溶液21中の高分子の濃度は、好ましくは該溶液21が液晶性を発現する範囲に設定される。そして、図7に示すように、スリットダイ(図示せず)から高分子溶液21が基材22上に流延された後、別の基材23が高分子溶液21上に配置されて該溶液を各基材22、23で挟持される。次に、磁場発生手段としての一対の永久磁石24が各基材22、23の両側に配置され、高分子溶液21に磁場が印加される。このとき、一対の永久磁石24によって発生する磁場の磁力線Mは、図7の左右方向、即ち図1の例えばX軸方向又はY軸方向に沿って直線状に延びている。即ち、一対の永久磁石24は、それらのS極とN極とが対向するように配置されている。
【0060】
高分子溶液21は光学異方性を発現していることから、即ち該溶液中の高分子の分子鎖が一定の規則性を有していることから、磁場の印加により、該分子鎖が磁場の磁力線に沿って配向される。具体的には、高分子溶液21中の高分子は、図7の左右方向(図1の例えばX軸方向又はY軸方向)に沿って配向される。そして、各黒鉛層がグラファイトシート11の厚さ方向に沿って延びているグラファイトシート11の場合と同様の工程により該シート11が製造される。
【0061】
製造されたグラファイトシート11が熱拡散シートとして使用される場合には、該グラファイトシート11が電子部品等の発熱体上に設けられる。このとき、発熱体から生じた熱はグラファイトシート11に伝導された後、主に各黒鉛層の配向方向に沿って拡散される。
【0062】
前記実施形態によって発揮される効果について、以下に記載する。
・ 本実施形態に係るグラファイトシート11では、前記ピーク強度比(P100/002)とピーク強度比(P110/002)とがそれぞれ10以上に設定されている。即ち、グラファイトシート11では、各黒鉛層が一定方向に高度に配向されている。そのため、黒鉛層の配向方向に沿って物性の優れた異方性を発現することができ、物性の異方性が求められる用途、例えば発熱体からの熱拡散の用途においてグラファイトシート11を好適に使用することができる。更に、グラファイトシート11は可撓性を有しており、屈曲に対する十分な耐久性を有している。そのため、例えば電子機器の様々な屈曲した発熱体、及び熱が蓄積し易い狭い空間内に発熱体としての複数の配線基板が高密度で配置されている場合に、熱拡散シートとしてのグラファイトシート11を屈曲した状態で使用することができる。
【0063】
・ 各黒鉛層間の面間隔(d002)を0.3420nm未満に設定することにより、グラファイトシート11の黒鉛結晶化度を十分に向上させることができ、該シート11が物性の異方性を十分に発揮することができる。
【0064】
・ 本実施形態に係るグラファイトシート11は、高分子溶液を調製する工程と、該高分子溶液中の高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程と、高分子溶液から成形体を得る工程と、該成形体を炭化した後の黒鉛化する工程とを経て製造される。これらの工程により、各黒鉛層が一定方向に高度に配向されたグラファイトシート11を容易に得ることができる。
【0065】
・ 成形体を炭化した後に黒鉛化する工程は、好ましくは、1000〜1400℃の温度範囲で前記成形体を予備焼成する工程と、2000℃を超えるとともに3000℃以下の温度範囲で、前記予備焼成された成形体を本焼成する工程とを備えている。この場合、成形体は予備焼成により炭化し、本焼成により黒鉛化する。前記温度範囲での加熱によって成形体の炭化だけでなく黒鉛化まで進むことにより、得られるグラファイトシートの各黒鉛層間の面間隔(d002)を前記範囲にまで容易に狭めることができる。更に、成形体の炭化と黒鉛化とをそれぞれ分けて行うことにより、該成形体の炭化及び黒鉛化を確実に行うことができる。
【0066】
・ グラファイトシート11において、各黒鉛層がグラファイトシート11の厚さ方向に沿って延びることにより、該シート11の厚さ方向に沿って物性の優れた異方性を発現することができる。さらに、各黒鉛層がグラファイトシート11の表面に平行な一方向に沿って延びることにより、該シート11の表面に平行な一方向に沿って物性の優れた異方性を発現することができる。
【0067】
前記実施形態は、以下のように変更して具体化されてもよい。
・ 高分子液として、前記高分子の溶媒への溶解によって調製される高分子溶液の代わりに、高分子の融解によって得られる溶融液が用いられてもよい。この場合、高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程において、前記溶融液は、高分子の融解状態が維持可能な温度に加熱されている。高分子としてポリベンズアゾールが用いられる場合、該ポリベンズアゾールの溶融液の加熱温度は、好ましくは100〜450℃であり、より好ましくは200〜400℃である。また、成形体を得る工程では、溶融液の冷却により成形体が得られる。
【0068】
・ 図3及び図7に示す一対の永久磁石24において、一方の永久磁石24が省略されてもよい。即ち、一つの永久磁石24が基材22、23の片側のみに配置されてもよい。また、磁力線Mが例えば曲線状に延びるように永久磁石24が配置されてもよい。
【0069】
・ 前記永久磁石24の代わりに、電極、摺動型単巻変圧器等を備えた電場発生装置が用いられてもよい。即ち、磁場の代わりに電場が高分子液に印加されてもよい。この場合、高分子液中の高分子は、電場の方向に沿って配向される。この構成においても、磁場の印加の場合と同様に、黒鉛層の配向方向に沿って物性の優れた異方性を発現することができる。
【0070】
・ 前記成形体が積層体として構成されてもよい。積層の方法は特に限定されず、周知の方法が積層に用いられる。積層の具体例として、例えばダイの口金内における積層、及び各層が個別に形成された後に各層が積層される方法が挙げられる。
【0071】
・ グラファイトシート11上に例えば電気絶縁層が形成されてもよい。この場合、電気絶縁層は、好ましくは前記成形体から構成され、より好ましくはポリベンズアゾールから形成される成形体により構成されている。この場合には、グラファイトシート11に電気絶縁性を付与することができるとともに、グラファイトシート11を保護して該シートの破損を防止することができる。
【実施例】
【0072】
次に、実施例及び比較例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明する。
(実施例1)
攪拌装置、窒素導入管、及び乾燥器を備えた反応容器に、ポリリン酸(115%P)300g、4,6−ジアミノレゾルシノール2塩酸塩5g(23.4mmol)、及びテレフタル酸ジクロライド4.76g(23.4mmol)を充填し、反応容器中の溶液を70℃雰囲気下で16時間攪拌した。前記溶液を攪拌した状態で、90℃で5時間、130℃で3時間、150℃で16時間、170℃で3時間、185℃で3時間、及び200℃で48時間の順に段階的に溶液を昇温するとともに該溶液の温度を一定時間維持することによって溶液を反応させ、粗製ポリベンゾオキサゾール溶液を得た。偏光顕微鏡を用いて粗製ポリベンゾオキサゾール溶液を観察し、該粗製ポリベンゾオキサゾール溶液が液晶性を示すことを確認した。次に、前記粗製ポリベンゾオキサゾール溶液をメタノール、アセトン、及び水で再沈殿して屑状のポリベンゾオキサゾールを得た。得られたポリベンゾオキサゾールにポリリン酸を加え、高分子溶液21としての12質量%ポリベンゾオキサゾール溶液を調製した。偏光顕微鏡を用いて、ポリベンゾオキサゾール溶液が光学異方性を発現することを確認した。
【0073】
図3に示すように、高分子溶液21としてのポリベンゾオキサゾール溶液を基材22、23で挟持した後、磁力線Mが図3の上下方向に沿って延びるように、即ちグラファイトシート11の厚さ方向(図1のZ軸方向)に沿って延びるように、基材22、23の上下に一対の永久磁石24を配置した。これらの永久磁石24によりポリベンゾオキサゾール溶液に10Tの磁力線を有する磁場を印加するとともに該溶液を100℃で20分間加熱した後、前記溶液を室温(25℃)まで自然冷却させるとともに静置した。
【0074】
次いで、各基材22、23に挟持されたポリベンゾオキサゾール溶液をメタノール及び水の混合溶液中に浸漬させた後、該混合溶液中において基材23を取り外してポリベンゾオキサゾール溶液を凝固させた。凝固したポリベンゾオキサゾール溶液を前記混合溶液中に1時間浸漬した後、さらに水中で1時間浸漬した。続いて、凝固したポリベンゾオキサゾール溶液を110℃で2時間乾燥させて硬化させて成形体を得た。
【0075】
そして、得られた成形体を焼成用容器に入れ、アルゴンガス雰囲気下において、1100℃で2時間の予備焼成を行うことにより成形体を炭化させた後、3000℃で2時間の本焼成を行うことにより成形体を黒鉛化してグラファイトシート11を得た。得られたグラファイトシート11の厚さは150μmであった。
【0076】
(実施例2)
実施例2においては、磁場の印加方向を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にしてグラファイトシート11を得た。
【0077】
(実施例3〜5)
実施例3〜5においては、本焼成における焼成温度を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にしてグラファイトシート11を得た。
【0078】
(比較例1)
比較例1においては、磁場の印加を省略した以外は実施例1と同様にしてグラファイトシートを得た。
【0079】
(比較例2及び3)
比較例2及び3においては、本焼成における焼成温度を表2に示すようにそれぞれ変更した以外は、実施例1と同様にしてグラファイトシートを得た。
【0080】
そして、各例のグラファイトシートについて、下記の各項目に関し測定を行った。その結果を表1に及び表2に示す。下記の各表中の“磁場の印加方向”欄において、“Z軸方向”は図1のZ軸方向に沿って磁場を印加したことを示し、“X軸方向”は図1のX軸方向に沿って磁場を印加したことを示し、“なし”は磁場の印加が省略されたことを示す。“配向度A(T)”欄は、成形体におけるポリベンゾオキサゾールの分子鎖の配向度Aを示し、同欄中の“−”は配向度Aを測定することができなかったことを示す。“焼成温度(℃)”欄は、本焼成における焼成温度を示す。“面間隔(d002)(nm)”欄は、グラファイトシートにおける各黒鉛層間の面間隔(d002)を示す。“ピーク強度比(P100/P002)”欄はグラファイトシートにおけるピーク強度比(P100/002)を示し、“ピーク強度比(P110/P002)”欄はグラファイトシートにおけるピーク強度比(P110/002)を示す。“熱伝導率(X軸方向)(W/m・K)”欄はグラファイトシートの図1のX軸方向おける熱伝導率を示し、“熱伝導率(Y軸方向)(W/m・K)”欄はグラファイトシートの図1のY軸方向おける熱伝導率を示し、“熱伝導率(Z軸方向)(W/m・K)”欄はグラファイトシートの図1のZ軸方向おける熱伝導率を示す。
【0081】
<配向度>
各例の高分子成形体の配向度Aを、X線回折装置(理学電機株式会社製「RINT−RAPID」)を使用して、各成形体のX線回折測定(透過)により得られたX線回折強度分布におけるピークの半値幅Δβから前記式(1)によって算出した。一例として、実施例4のグラファイトシート11を得る工程における高分子成形体について、X線回折測定による回折パターンを図4に示し、回折ピークが得られた角度2θ=約26°における方位角方向のX線回折強度分布を図5に示す。
【0082】
<ピーク強度比>
各例のグラファイトシートにおいて、ピーク強度比(P100/P002)とピーク強度比(P110/P002)とを、X線回折装置(M18XHF22−SRA、MAC Science社製)を使用したシート表面の反射測定により求めた。このとき、成形体におけるポリベンゾオキサゾールへの磁場の印加方向を法線とする面にX線を照射した。この場合、実施例2においては、複数のグラファイトシート11を積層した後、磁場の印加方向を法線とする面に沿って各グラファイトシート11を切断し、切断面にX線を照射した。比較例1及び4においては、図1のZ軸方向を法線とする面にX線を照射した。
【0083】
<熱伝導率>
各例のグラファイトシートにおいて、図1の各軸に沿った熱伝導率をレーザーフラッシュ法により測定した。
【0084】
【表1】

【0085】
【表2】

表1に示すように、各実施例に係る成形体では、配向度Aが0.6以上という高い値を示していることから、成形体中のポリベンゾオキサゾールの分子鎖が高度に配向されていることが分かった。更に、各実施例に係るグラファイトシート11では、各ピーク強度比が10以上を示しており、各黒鉛層が磁力線の延びる方向に沿って高度の配向されていることが分かった。また、各軸における熱伝導率の測定結果より、各実施例に係るグラファイトシート11は、黒鉛層の配向方向に沿って熱伝導性の優れた異方性を有することが分かった。更に、各実施例に係るグラファイトシート11は可撓性を有しており、屈曲に対する十分な耐久性を有していた。以上の結果より、各実施例に係るグラファイトシート11は、物性の異方性が求められる用途、例えば発熱体からの熱拡散の用途において好適に使用可能であることが分かった。
【0086】
一方、表2に示すように、比較例1に係るグラファイトシートにおいては、各実施例に係るグラファイトシート11に比べて各ピーク強度比の値が非常に低く、各黒鉛層が一定方向に配向されていないことが分かった。これは、比較例1においては磁場の印加が省略されたためである。また、比較例2及び3に係るグラファイトシートにおいては、各実施例に係るグラファイトシート11に比べて各ピーク強度比の値が低くて10未満であった。これは、比較例2及び3においては、本焼成における焼成温度が低いことから成形体の炭化のみが行われて黒鉛化が行われておらず、黒鉛層が十分に形成されていないためと推測される。
【0087】
さらに、比較例1においては、X軸方向における熱伝導率およびY軸方向における熱伝導率が互いに同程度であった。このことから、比較例1に係るグラファイトシートでは、該グラファイトシートの表面に平行な複数の方向に沿って、厚さ方向に比べて高い熱伝導性を有していることが分かった。即ち、比較例1に係るグラファイトシートでは、各実施例に係るグラファイトシート11に比べて熱伝導性の異方性が低いことが分かった。また、比較例2及び比較例3に係るグラファイトシートでは、Z軸方向における熱伝導率がX軸方向およびY軸方向における熱伝導率より高いものの、例えば実施例1に比べてZ軸方向における熱伝導率とX軸方向およびY軸方向における熱伝導率との差が小さかった。このことから、比較例2及び比較例3に係るグラファイトシートでは、各実施例に係るグラファイトシート11に比べて熱伝導性の異方性が低いことが分かった。
【0088】
各比較例の結果から以下のことが分かった。即ち、一方向に沿って延びる磁力線を有する磁場の印加により、物性のある程度の異方性がグラファイトシートに付与される。しかしながら、各ピーク強度比が10未満の場合には、付与される物性の異方性の程度が低く、このような物性の低い異方性を有するグラファイトシートは、物性の異方性が求められる用途、例えば発熱体からの熱拡散の用途には不適である。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】実施形態に係るグラファイトシートを示す斜視図。
【図2】X線回折測定における回折パターンを示す図。
【図3】グラファイトシートの製造工程を示す概念図。
【図4】デバイ環を示す図。
【図5】方位角方向のX線回折強度分布を示すグラフ。
【図6】電子顕微鏡写真を示す図。
【図7】グラファイトシートの製造工程を示す概念図。
【符号の説明】
【0090】
11…グラファイトシート、21…高分子液としての高分子溶液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線回折法による、(100)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比(P100/002)と、(110)回折ピーク及び(002)回折ピークのピーク強度比(P110/002)とが10以上に設定されていることを特徴とするグラファイトシート。
【請求項2】
前記グラファイトシートが積層された複数の黒鉛層を備え、各黒鉛層間の面間隔(d002)が0.3420nm未満である請求項1に記載のグラファイトシート。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のグラファイトシートの製造方法であって、
分子鎖中に炭素を有する高分子を含むとともに光学異方性を発現する高分子液を調製する工程と、
前記高分子の分子鎖を一定方向に沿って配向させる工程と、
前記高分子の分子鎖の配向を維持した状態で、前記高分子液から成形体を得る工程と、
前記成形体を炭化した後に黒鉛化する工程とを備えることを特徴とする方法。
【請求項4】
前記成形体を得る工程において、X線回折測定から下記式(1)により求められる、成形体における高分子の分子鎖の前記一定方向に沿った配向度Aが0.6以上1.0未満に設定されている請求項3に記載の方法。
配向度A=(180−Δβ)/180 …(1)
(前記式中において、Δβは成形体のX線回折測定によるピーク散乱角を固定して方位角方向の0〜360度までのX線回折強度分布を測定したときの半値幅を表す)
【請求項5】
前記高分子が、下記一般式(1)〜(4)で示される繰り返し単位のうちの少なくとも一種を含むポリベンズアゾールである請求項3又は請求項4に記載の方法。
【化1】

(上記各式中、Xはイオウ原子、酸素原子又はイミノ基を表し、Ar及びArは芳香族炭化水素基を表し、nは10〜500の整数を表す)
【請求項6】
前記高分子の分子鎖を配向させる工程が、磁場又は電場の印加によって高分子の分子鎖を配向させる工程を備える請求項3から請求項5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記成形体を炭化した後に黒鉛化する工程が、
1000〜1400℃の温度範囲で前記成形体を予備焼成する工程と、
2000℃を超えるとともに3000℃以下の温度範囲で、前記予備焼成された成形体を本焼成する工程とを備える請求項3から請求項6のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−203127(P2009−203127A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48269(P2008−48269)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(000237020)ポリマテック株式会社 (234)
【Fターム(参考)】