説明

グラフェン基板の製造方法およびグラフェン基板

【課題】 端構造を原子スケールで形成・制御可能なグラフェンの加工方法を提供する。
【解決手段】本発明のグラフェンの製造方法では、グラフェン層に酸素原子を吸着させ、グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させ、エーテル結合を開裂させて、端部を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン基板の製造方法および当該製造法によって製造されたグラフェン基板に関し、特に、例外的な電子物性や光学特性、優れた機械的特性や化学的特性に由来する、次世代のエレクトロニクス、オプトエレクトロニクス、スピントロニクスに応用できるグラフェン基板の製造方法およびグラフェン基板に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の情報化社会を支えるのはシリコンをベースとしたCMOS(相補型金属酸化物半導体)に代表される半導体素子である。これまで、シリコン半導体産業は、リソグラフィー技術、エッチング技術、成膜技術などの微細加工技術の適用範囲をマイクロメートルから数十ナノメートルまで継続的に引き下げることで微細化を果たし、高集積化と高性能化を同時に実現してきた。近年、半導体チャネルとして働くシリコン層の薄さは原子層レベルに達しようとしており、その材料的・物理的限界が指摘されている。
【0003】
究極の薄さである2次元原子層薄膜でありながら、化学的にも熱力学的にも安定なグラフェンはこの要請に応える大きな潜在性を秘める新規半導体材料であり、それらの優れた物性を活用することで、既存素子の性能を凌駕する新素子が実現できる可能性がある。
【0004】
グラフェンはsp混成の炭素のみで構成される層状物質であるグラファイトを1層だけ取り出したものであり、前述の通り、化学反応に対して非常に堅牢であり、また、熱力学的にも安定な単原子層平面物質である。
【0005】
グラフェンの構造は、炭素原子を頂点とする正6角形の六炭素環を隙間なく敷き詰めた蜂の巣(ハニカム、honeycomb)状の擬2次元シートで、炭素−炭素間距離は約1.42オングストローム、層の厚さは、下地がグラファイトならば、3.3〜3.4オングストローム、その他の基板上では10オングストローム程度である。
【0006】
グラフェン平面の大きさは、一片の長さがナノメートルオーダーの分子サイズから理論上は無限大まで、様々なサイズを想定することが出来る。通常、グラフェンはグラファイト1層を指すが、層数が2層以上のものを含む場合も多い。その場合、1層、2層、3層のものは、それぞれ、単層(モノレイヤー、monolayer)グラフェン、2層(バイレイヤー、bilayer)グラフェン、3層(トリレイヤー、trilayer)グラフェンと呼ばれ、10層程度までのものをまとめて数層(フューレイヤー、few−layer)グラフェンと呼ぶ。また、単層グラフェン以外は多層グラフェンと言い表す。
【0007】
グラフェンの電子状態は低エネルギー領域においてディラック方程式で記述できる(非特許文献1)。この点、グラフェン以外の物質の電子状態がシュレディンガー方程式で良く記述されるのと好対照である。
【0008】
グラフェンの電子エネルギーはK点近傍で波数に対して線形の分散関係を持ち、より詳しくは、伝導帯と荷電子帯に対応する正と負の傾きを持つ2つの直線で表現できる。それらが交差する点はディラックポイントと呼ばれ、そこでグラフェンの電子は有効質量ゼロのフェルミオンとして振舞うという特異な電子物性を持つ。これに由来して、グラフェンの移動度は10cmV−1−1以上という既存物質中で最高の値を示し、しかも温度依存性が小さいという特長を持つ。
【0009】
単層グラフェンは基本的にバンドギャップがゼロの金属もしくは半金属である。しかしながら、大きさがナノメートルオーダーになるとバンドギャップが開き、グラフェンの幅と端構造に依存して、有限のバンドギャップを持つ半導体となる。また、2層グラフェンは摂動なしではバンドギャップがゼロであるが、2枚のグラフェン間の鏡面対称性を崩すような摂動、例えば、電界を加えると、電界の大きさに応じて有限のギャップを持つようになる。
【0010】
例えば、3Vnm−1の電界でギャップは0.25eV程度開く。3層グラフェンの場合は伝導帯と荷電子帯が30meV程度の幅で重ね合わさる半金属的な電子物性を呈する。伝導帯と荷電子帯が重なるという点はバルクのグラファイトに近い。4層以上のグラフェンも半金属的物性を呈し、層数が増えるに従って、バルクのグラファイトの電子物性に漸近して行く。
【0011】
また、グラフェンは機械的特性にも優れ、グラフェン1層のヤング率は2TPa(テラパスカル)と跳びぬけて大きい。引っ張り強度は既存物質中最高レベルである。
【0012】
その他、グラフェンは独特の光学特性を持つ。例えば、紫外光領域(波長:〜200nm)からテラヘルツ光近傍領域(波長:〜300μm)までの幅広い電磁波領域において、グラフェンの透過率は、1−nα(n:グラフェンの層数、n=1〜10程度、α:微細構造定数、α=e/2hcε=0.0229253012、e:電気素量、h:プランク定数、ε:真空の誘電率)と、グラフェンの物質定数ではなく、基本物理定数のみで表される。これは他の物質材料では見られない、グラフェン特有の特徴である。
【0013】
さらに、グラフェンの透過率と反射率はテラヘルツ光領域でキャリア密度依存性を示す。これは電界効果に基づいてグラフェンの光学特性を制御できることを意味する。他の2次元原子層薄膜も次元性に基づく特異な物性を持つことが知られている。
【0014】
上述の如く、グラフェンの例外的な電子物性や光学特性、優れた機械的特性や化学的特性を持つことから、化学からエレクトロニクスまで幅広い産業分野での利用が期待される。特に、次世代エレクトロニクス、スピントロニクス、オプトエレクトロニクス、マイクロ・ナノメカニクス、バイオエレクトロニクス分野の半導体装置や微小機械装置への展開が世界各国で進められている。他の2次元原子層薄膜に関してもグラフェン同様、産業利用を目的とした研究開発が活発に行われている。
【0015】
ここで、グラフェン平面の大きさは、ナノメートルオーダーの分子サイズから理論上は無限大まで、様々な形状のものを想定することができるが、ナノメートルオーダーの分子サイズになると、マクロなバルク状態とは全く異なった電子物性を発現する。
【0016】
これはいわゆる量子サイズ効果を呼ばれるもので、グラフェンは、マクロの大きさでは通常のグラファイト類似の金属としての性質を有するが、ナノメートルサイズになると、端構造に依存して、金属としての性質、もしくはバンドギャップのある半導体としての性質を呈する。
【0017】
具体的にはグラフェンの端部の形状は「ジグザグ端」と「アームチェア端」という二つの形状があるが、例えば幅が20nm以下の量子サイズの場合、端部が「ジグザグ端」の場合は金属として振る舞い、「アームチェア端」の場合は半導体として振舞う。
【0018】
そのため、グラフェンを用いたデバイスを作製するに当たっては、グラフェンに要求される電子物性に応じた端部の処理が必要である。
【0019】
従来技術のグラフェンの形状を加工する方法としては、プラズマエッチングを用いたものがある(非特許文献2)。
【0020】
また、カーボンナノチューブをO雰囲気中加熱下でチューブ軸に沿った方向に直線的に酸化することで筒状のカーボンナノチューブを展開し、短冊状のグラフェンを形成することにより、原子レベルで平坦な「ジグザグ端」と「アームチェア端」を得る方法がある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開2009−184873号広報
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】T.Ando, ”The electronic properties of graphene and carbon nanotubus”, NPG asia materials 1(1), 2009, p17-21
【非特許文献2】M.Y. Han, B. Ozyilmaz, Y. Zhang, and P. Kim, "Energy Band-Gap Engineering of Graphene Nanoribbons" Physical Review Letters, 2007, 98, p206805
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
しかしながら、従来技術の従来技術のグラフェンの端部の処理方法には以下のような問題があった。
【0024】
まず、非特許文献2等に記述されているプラズマエッチングによる方法では、構造を決定するためのマスクの精度は0.1μm程度であり、ナノデバイス応用に必要な原子スケールでの加工精度を得ることは非常に困難であった。
【0025】
また、特許文献1のO雰囲気中加熱下にカーボンナノチューブを配置し、劈開することによって特定の端構造を持つグラフェンを形成する方法では、カイラリティと呼ばれる原子スケールでの巻き構造が分かっているカーボンナノチューブを予め配置しなければならないという問題があった。また、当該手法では同一幅のグラフェンのリボン状構造を構築することはできるが、幅を変えたり、他の構造に接続するなどの複雑な構造を形成することは非常に困難だった。
【0026】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は端構造を原子スケールで形成・制御可能なグラフェンの加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
前記課題を解決するため、本発明の第1の態様は、(a)グラフェン層に酸素原子を吸着させ、(b)グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、前記酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させ、(c)前記エーテル結合を開裂させて、端部を形成することを特徴とするグラフェン基板の製造方法である。
【0028】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のグラフェン基板の製造方法を用いて製造されたグラフェン基板である。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、端構造を原子スケールで形成・制御可能なグラフェンの加工方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本実施形態に係るグラフェン基板の製造方法のうち、最も特徴的な部分である端構造の形成方法の概略を示すフローチャートである。
【図2】本実施形態に係るグラフェン基板の製造方法を示す詳細図である。
【図3】グラフェン基板上のジグザグ方向と酸素原子の吸着構造を安定化するために印加する伸張力の方向を示す模式図である。
【図4】グラフェン基板上に吸着した酸素原子(黒丸)に隣接した酸素原子の吸着位置に依存したポテンシャルエネルギーと拡散のためのエネルギー障壁の密度汎関数法に基づく第一原理計算の結果を示す図であり、エネルギーの値が小さい程安定していることを示している。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、図面に基づいて本発明に好適な実施形態を詳細に説明する。
【0032】
まず、第1の実施形態に係るグラフェン基板の製造方法のうち、本発明の最も特徴的な部分である端構造の形成の概略について図1を参照して説明する。
【0033】
まず、グラフェン層に酸素原子を吸着させる(図1のS1)。
次に、グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、前記酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させる(図1のS2)。
最後に、エーテル結合を開裂させて、端部を形成する(図1のS3)。
【0034】
このように、グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して酸素原子を配列させてエーテル結合を形成した後に、これを開裂することにより、1nm以下の加工精度でグラフェンの端部を形成することができる。
【0035】
次に、図2および図3を参照して本実施形態に係るグラフェン基板の製造方法について、より具体的に説明する。
【0036】
まず、グラフェンを基板上に形成する(図2のS11)。
基板としては例えばSiOが挙げられるが、グラファイトやSiC等を用いても良い。
また、グラフェンの形成方法としては例えば転写法が挙げられるが、Cu基板上に化学気相成長によって形成してもよいし、SiCを熱酸化することによって形成する方法など、他の方法を用いても良い。
【0037】
次に、グラフェンの結晶方位を調べる(図2のS12)。具体的にはX線回折等を用いてグラフェンの結晶方位を決定する。
【0038】
次に、このグラフェン基板にレジストを塗布し電子線描画法によってパターニングを行う(図2のS13)。
【0039】
パターニングの際は、先に決定されたグラフェンの結晶方位に基づき、必要に応じてパターンの端部がアームチェア方向およびジグザグ方向に平行になるようにパターニングを行う。
【0040】
なお、汚染物質による影響を除くため、パターニング後に、この基板を真空チャンバ内に装填し、真空度10−6Pa程度で真空引きしてもよい。
【0041】
次に、基板温度を120℃程度に昇温した後、同チャンバ内にごく微量の酸素ガスを導入し1時間程度放置することで、基板上に酸素原子を吸着させる(図2のS14)。
【0042】
なお、基板温度をさらに上げることで酸素ガスの吸着を促進することができるが、レジストによる解像度が低くなってしまうため、50℃から150℃の範囲が望ましい。ただし、熱耐性および解像度が共に高いレジストであれば基板温度はこの限りではなく、加熱温度はレジストの種類に応じて100〜900℃の範囲で任意に設定可能である。
【0043】
放置時間は基板温度が高い場合はより短時間でも構わない。逆に基板温度を低く設定した場合には、より長時間の暴露が必要となる。充分に吸着および拡散が行われたかどうかは必要に応じて走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)などを用いてレジストによるマスクの近傍を走査することによって確認することができる。
【0044】
上記暴露時間中に基板上に吸着した酸素原子は、グラフェン上の拡散のおよび配列の異方性のためにアームチェア方向に沿って列状に配列するように自発的に拡散する。
【0045】
これにより、列状に吸着した酸素原子はさらに吸着サイト直下の炭素間結合を切断し、最終的に炭素結合間に挿入されエーテル結合を形成する(図2のS15)。
【0046】
レジストによるマスクの解像度は前述のように原子スケールよりも遙かに粗いが、酸素原子の拡散と吸着の異方性によって、酸素原子はレジストの端に沿って原子スケールで直線的に吸着する。
【0047】
また酸素原子はレジストが塗布されていない領域に広範に拡散・吸着するが、レジストエッジ近傍は特にポテンシャルが低くなっているために吸着しやすく、レジストエッジ近傍の1次元的な配列構造は密になっており欠陥が少ない。
なお、上記の方法はアームチェア端を形成する場合の方法である。
【0048】
ジグザグ端を形成したい場合は、図3に示すように、アームチェア方向に引っ張り圧力を印加することによってジグザグ方向に酸素原子を配列させる。
【0049】
次に、充分な拡散時間を経てから、塩化水素のようなハロゲン化水素、またはルイス酸による更なる酸化処理で、形成されたエーテル結合を切断し、端部を形成する(図2のS16)。
【0050】
以上の手順により、所望の原子スケールのエッジ構造を持ったグラフェン基板が製造される。
【0051】
このように、第1の実施形態によれば、グラフェン層に酸素原子を吸着させ、グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させ、エーテル結合を開裂させて、端部を形成している。
そのため、1nm以下の加工精度でグラフェンの端部を形成することができる。
【0052】
次に、第2の実施形態について説明する。
第2の実施形態は、第1の実施形態において、基板を加熱するのではなく、走査型電子顕微鏡の探針に電圧を印加して前記グラフェン層の表面のポテンシャルを変化させることにより、最も安定なアームチェア方向に沿って酸素原子を列状に配列させるものである。
【0053】
以下、第2の実施形態に係るグラフェン基板の製造方法について説明する。
まず、第2の実施形態に係るグラフェン基板の製造方法のうち、本発明の最も特徴的な部分である端構造の形成の概略について図1を参照して説明する。
【0054】
まず、グラフェン層に酸素原子を吸着させる(図1のS1)。
次に、グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、前記酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させる(図1のS2)。ここでは、走査型電子顕微鏡の探針をグラフェンに接触させ、電位を印加することにより、印加した位置のポテンシャルを変化させる(周囲よりも低くする)。これにより電位を印加した位置に酸素原子が吸着され、エーテル結合を形成する。
最後に、エーテル結合を開裂させて、端部を形成する(図1のS3)。
【0055】
次に、図2を参照して第2の実施形態に係るグラフェン基板の製造方法について、より具体的に説明する。
【0056】
まず、第1の実施形態と同様の手順でグラフェンを基板上に形成する(図2のS11)。
次に、第1の実施形態と同様の手順でグラフェンの結晶方位を調べる(図2のS12)。
次に、この基板を真空チャンバ内に封入し、第1の実施形態と同様の手順で形成したいデバイス構造に対応したパターンをレジストを用いてパターニングする(図2のS13)。
【0057】
この際、先に決定されたグラフェンの結晶方位に基づき、パターンの端部が必要に応じてアームチェア方向もしくはジグザグ方向に平行になるようにパターニングを行う。
【0058】
次に同チャンバー内に酸素ガスを導入し、基板上に酸素原子を吸着させる(図2のS14)。
【0059】
この際、走査型電子顕微鏡の探針をグラフェンに接触させ、+1V/nm〜+20V/nm、好ましくは+1V/nm〜+10V/nmの電界強度となるような電位を印加することにより、印加した位置のポテンシャルを変化させる(周囲よりも低くする)。これにより電位を印加した位置に酸素原子が吸着され、エーテル結合を形成する(図2のS15)。
【0060】
また、この状態で探針を走査させることにより、走査の軌跡に沿って酸素原子を列状に配列させ、吸着させることができる。
【0061】
第2の実施形態の場合は探針の走査の軌跡に沿って酸素原子が配列するため、アームチェア方向およびジグザグ方向のそれぞれの方向の配列のし易さに大きく依存せずに構造を形成することができる。そのため、ジグザグ端を形成する際の引っ張り応力による局所的な歪みの印加は必須ではない。
【0062】
次に、第1の実施形態と同様に、塩化水素のようなハロゲン化水素、またはルイス酸による更なる酸化処理で、形成されたエーテル結合を切断し、端部を形成する(図2のS16)。
以上の手順によりグラフェン基板が製造される。
【0063】
このように、第2の実施形態によれば、グラフェン層に酸素原子を吸着させ、グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させ、エーテル結合を開裂させて、端部を形成している。
そのため、第1の実施形態と同様の効果を奏する。
【0064】
また、第2の実施形態によれば、走査型電子顕微鏡の探針に電圧を印加することによって表面のポテンシャルを変化させることで酸素原子を配列させている。
そのため、第1の実施形態と比較して、レジストの解像度に大きく依存せずに原子スケールのパターニングが可能になるという効果がある。
【実施例】
【0065】
以下、実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。
【0066】
(実施例1)
独自に開発した密度汎関数法を用いた第一原理電子状態計算プログラムによって吸着酸素原子の安定構造および拡散のための拡散障壁を求めた。炭素および酸素の原子核によるポテンシャルはTroullier-Martinsによる擬ポテンシャルを用いた。また波動関数は平面波による展開を行い、エネルギーのカットオフは60Ry(60×13.6eV)とした。6×6の六方晶のスーパーセルには72個の炭素原子および必要に応じて1つないし2つの酸素原子が含まれることになり、周期的境界条件を課している。具体的な手順は以下の通りである。
【0067】
グラフェン上における酸素原子の安定吸着位置は炭素間結合の直上であり、エポキシ構造と呼ばれている。
この最安定構造間の拡散障壁は0.9eVであった。
【0068】
さらに図4に示すように、一つ目の酸素原子が吸着した後に二つ目の酸素原子を様々な準安定吸着位置に吸着させ全エネルギーの計算を行ったところ、もっとも安定な吸着位置はアームチェア方向の吸着位置であることが分かった。
【0069】
つまり、酸素原子はグラフェン上でアームチェア方向に並んだ方がより安定であることになる。
【0070】
さらに、酸素原子が拡散するための活性化障壁を求めたところ、同様にアームチェア方向に並ぶように拡散する為に障壁がジグザグ方向に並ぶよりも低いことが分かった。
【0071】
ここで、グラフェン基板上に於いてアームチェア方向は3回の対称性を持つが、酸素の安定吸着位置が隣接する炭素原子間にあるためにさらに2つの方向に限定される。
【0072】
また、酸素原子が吸着した際に炭素原子間の結合距離が広がることによる結晶構造の歪みを緩和するために酸素原子はさらに一次元的な配列を形成する。
【0073】
なお、レジストによるマスクやSTM探針による外場によるポテンシャルを印加することで酸素原子の吸着する一次元列の方向をさらに限定することができる。
【0074】
さらに、吸着酸素原子が拡散するための活性化エネルギーは1eV程度であるため、基板温度を700℃程度に昇温することによって吸着酸素原子がアームチェア方向に並ぶことを飛躍的に促進することができる。
【0075】
一方でレジスト材料の耐熱性が低い場合には基板温度を100℃程度に設定し、整列するための時間を1時間以上と長く設定する必要がある。
【0076】
(実施例2)
第1の実施形態に記載のグラフェン基板の製造方法を用いてグラフェン基板の製造を試みた。具体的な手順は以下の通りである。
【0077】
まず、熱酸化によって表面酸化膜が形成されたシリコン基板(寸法100mn×100mm、酸化膜の厚さ4nm)上に転写法によって高配向性熱分解グラファイトからグラフェンシートを転写、形成した。
次に、この基板をX線回折装置を用いて予め結晶方位を決定した。
次に、この基板上にアームチェア方向およびジグザグ方向に平行な配線構造(グラフェン基板を横断する直線上のパターン、長さ約100nm)をフォトレジストを塗布した後電子線リソグラフィによりパターニングを行った。
次に、この基板を真空チャンバ内に封入した。
【0078】
基板が封入されると真空チャンバ内に酸素ガスを導入してチャンバ内を圧力10−5Paとし、グラフェン基板上に酸素を吸着させた後、基板温度を100℃まで昇温速度10℃/分で昇温し、180分間一定に保った。
【0079】
このときジグザグ方向に平行な配線構造部分については基板に応力を加えて湾曲させることによってパターンに垂直方向に伸張力を加えた。室温まで冷却し、塩酸処理によって基板を洗浄し、透過型電子顕微鏡での観察を行った。
【0080】
形成された端構造はほぼ原子スケールで平坦な構造を有しており、詳細な観察からアームチェア方向およびジグザグ方向の端構造が形成されていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
以上、本発明の実施形態および実施例について具体的に説明したが、本発明は上述の実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)グラフェン層に酸素原子を吸着させ、
(b)グラフェンの吸着・拡散異方性を利用して、前記酸素原子を炭素結合間に列状に配列させ、拡散させることによりエーテル結合を形成させ、
(c)前記エーテル結合を開裂させて、端部を形成することを特徴とするグラフェン基板の製造方法。
【請求項2】
前記(b)は、
前記グラフェン層を加熱することにより、最も安定なアームチェア方向に沿って酸素原子を列状に配列させることを特徴とする請求項1記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項3】
前記(b)は、前記グラフェン層を加熱しながらアームチェア方向に引っ張り応力を加えることにより、前記酸素原子を前記グラフェン層のジグザグ方向に配列させることを特徴とする請求項1記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項4】
前記(b)は、
前記加熱温度が100℃〜900℃であることを特徴とする請求項2または3のいずれか一項に記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項5】
前記(b)は、
走査型電子顕微鏡の探針に電位を印加して電界により前記グラフェン層の表面のポテンシャルを変化させることにより、最も安定なアームチェア方向に沿って酸素原子を列状に配列させることを特徴とする請求項1記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項6】
前記電界の強度は、1〜20V/nmであることを特徴とする請求項5記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項7】
前記(c)は、
ハロゲン化水素またはルイス酸を用いて前記エーテル結合を開裂させることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項8】
前記(a)の前に、
(d)基板上にグラフェン層を形成し、
(e)前記グラフェン層の結晶方位を決定し、
(f)前記グラフェン層を、アームチェア方向および/またはジグザク方向に平行な形状になるようにパターニングすることを特徴とするグラフェン基板の製造方法。
【請求項9】
前記(e)は、X線回折により前記グラフェン層の結晶方位を決定することを特徴とする請求項8記載のグラフェン基板の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載のグラフェン基板の製造方法により製造されたことを特徴とするグラフェン基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−96968(P2012−96968A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−247039(P2010−247039)
【出願日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】