説明

グルコース消費量による皮膚刺激性判定法

【課題】本発明は、動物を用いた皮膚刺激性試験を代替し、かつin vivo実験(ヒトまたは動物)のデータと極めてよく合致する、新規な皮膚刺激性判定法を提供することにある。また、経時的な刺激性の変化の測定を簡便にコストをかけずにできるもので、特に化粧品等の開発における動物実験の代替を企図したものである。
【解決手段】被検物質を培養皮膚モデルに作用させた後、洗浄除去し、該培養皮膚モデルを更に大量の培養液中で培養し、その際に培養液中から消費されたグルコースを測定すること、培養皮膚モデルが角化細胞を含む表皮と線維芽細胞を含む真皮の二層構造よりなることを特徴とする皮膚刺激性判定法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養皮膚モデルを用いた毒性試験に好適な皮膚刺激性判定法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、動物愛護運動などの高まりの中で、特に化粧品等の開発における動物実験の是非が問われており、欧州では2009年までに化粧品開発における動物実験を原則廃止しようとする取り組みが盛んに行われている。
このような状況の中、動物を用いた皮膚刺激性試験を代替する方法の一つとして、細胞を組み込んだ培養皮膚モデルを用いた皮膚刺激性試験を本出願人が提案した。
(特許文献1)
この際に、刺激性を測定・評価する方法(エンドポイント)の選択が重要な要素となる。
これまでに行われてきた方法では、操作の簡便性や費用の問題点などから、細胞内への特定色素の取り込み(ニュートラルレッドなど)やその代謝によるもの(MTT法;3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide)が主であった。
かかる従来の培養皮膚モデルを用いた刺激性試験ではほとんどの場合、「細胞の生死」を指標としており、前記した代表的なMTT法では、化学物質処理・洗浄除去後の培養皮膚モデルを、MTTを溶解させた培養液中で一定時間(通常は3時間程度)培養した際、細胞質内に取り込まれたMTTは、ミトコンドリア内の脱水素酵素の働きにより水不溶性のMTTホルマザンに還元され、細胞内に蓄積される。すなわち、生きている細胞内でのみ、青紫色のMTTホルマザン色素が生成するのであり、このMTTホルマザン色素量を定量することにより、「細胞の生死」を判定するのである。
この方法は操作が比較的簡便であり、かつ費用も安価であることから最も頻繁に利用されている方法の一つであるが、化学物質によっては、強い還元力を有しているものもあり、これらを培養皮膚モデルに作用させた場合には、残存する化学物質自身によって、MTTが還元されることで、細胞の生死を誤って判定する恐れがあることが報告されている。(非特許文献1)
また、「細胞の生死」の測定の際に、培養皮膚モデル自体を使用する「破壊的」な方法であるため、経時的な刺激性の変化を測定することは困難である。
【0003】
【特許文献1】特許第3129662号公報
【非特許文献1】Morikawaら、AATEX、11(1)、68-75、2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述のような問題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、動物を用いた皮膚刺激性試験を代替し、かつin vivo実験(ヒトまたは動物)のデータと極めてよく合致する、新規な皮膚刺激性判定法を提供することにある。また、経時的な刺激性の変化の測定を簡便にコストをかけずにできるものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、
項1.被検物質を培養皮膚モデルに作用させた後、洗浄除去し、該培養皮膚モデルを更に大量の培養液中で培養し、その際に培養液中から消費されたグルコースを測定すること、
項2.培養皮膚モデルが角化細胞を含む表皮と線維芽細胞を含む真皮の二層構造よりなること、
を特徴とする皮膚刺激性判定法の提供に関する。
【0006】
本発明は、培養皮膚モデルを被検物質、例えば、有効直径8mmの皮膚モデル表面に対して、被検物質100μLを作用、即ち、被検物質を皮膚モデル表面に載せた後、かかる被検物質を皮膚モデル表面から除去し、大容量(例えば、50ml程度)の洗浄液中で皮膚モデルを振り動かした後、大量の培養液中で培養し、培養液中から消費されたグルコースを測定することを特徴とする皮膚刺激性判定法である。
従来、細胞はその増殖や代謝機能維持のために栄養素を必要とすることが知られており、ほとんど全ての種類の培養液には種々の栄養素が添加されている。
本発明は、これらの中でグルコースに着目し、化学物質処理・洗浄除去後の培養皮膚モデルを、大量の培養液中で培養することで、この培養液中から消費されるグルコース量を測定することで、皮膚刺激性を評価することを目的としている。
一般的に、刺激を受けると細胞が死に、その分栄養素であるグルコースの消費量が減少するため、その量の多少により刺激性が判定できる。
なお、本発明において、大量の培養液中で培養処理するのは、実際の皮膚では、化学物質が作用しても、血液中や周囲の組織に拡散して薄まり、また、皮膚モデルでは蓄積して刺激が強く出てしまう傾向があることを仮想したものである。
【0007】
本発明に適用できる培養皮膚モデルとは、角化細胞を含む表皮・線維芽細胞を含む真皮の二層構造よりなるものであればよく、例えば、本出願人による特許第2858087号に記載されている培養皮膚モデルが好適に用いられる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、培養皮膚モデルを化学物質で処理した後、かかる化学物質を洗浄除去し、更に該培養皮膚モデルを大量の培養液中で培養し、培養液中から消費されたグルコースを測定することで、動物実験による皮膚刺激性試験を代替することが可能となる。
また、従来の方法における特定の化学物質を作用させた際に反応が阻害されたり、逆に促進されること、或いは、経時的な刺激性の変化の測定が非効率でコスト高になる問題点が解消される。
即ち、MTT法は皮膚モデル自体を破壊しないとデータが得られないため、経時的にデータを採ろうとすると、大量のモデルが必要であるのに対し、本法は、皮膚モデルを浸漬している培養液を経時的に少量づつ採れば良いので、モデルの数を増やす必要がなく、その操作も簡単である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明につき、実施例をあげて説明する。
【実施例1】
【0010】
(1)高架橋コラーゲンスポンジの作製
0.3%濃度の1型コラーゲン水溶液(pH 3)を、4500rpmで10分間ホモジナイズしたものをステンレス製枠に流し込み、-40℃で凍結した。これを凍結乾燥した後、真空減圧下、105℃で24時間熱脱水架橋を加えた後、0.2%グルタルアルデヒド溶液に24時間浸漬することにより化学架橋を導入した。これを再び凍結乾燥して孔径90μm、厚さ2.0mmの高架橋コラーゲンスポンジを得た。
(2)低架橋コラーゲンスポンジの作製
0.3%濃度の1型コラーゲン水溶液(pH 3)に0.5%濃度になるようにエタノールを添加し、テトラフルオロエチレン製シャーレに流し込み、-135℃で凍結した。これを凍結乾燥した後、真空減圧下、105℃で24時間熱脱水架橋し、孔径15μm、厚さ0.5mmの低架橋コラーゲンスポンジを得た。
(3)ヒト線維芽細胞の播種および培養
48ウェル培養プレートに、(1)で作製した高架橋コラーゲンスポンジ(直径12mmに打ち抜いたもの)を敷き詰め、クロネティクス社から購入したヒト線維芽細胞をDME+10%血清培地に懸濁し、このスポンジ上に4.4×105cells/cm2の濃度で播種し、細胞が完全に接着するまで37℃、5%CO2下で一晩培養した。
(4)ヒト角化細胞の播種および培養
(3)で作製したヒト線維芽細胞を播種した高架橋コラーゲンスポンジを24ウェル培養プレートに移した後、この上に(2)で作製した低架橋コラーゲンスポンジ上に内径8mmのプラスティック製リングを接着させたものを重ね、クロネティクス社から購入したヒト角化細胞をK110培地に懸濁し、1.0×106cells/cm2の濃度で播種し、細胞が完全に接着するまで37℃、5%CO2下で一晩培養した。
次に、培地をDME+5%血清培地に変更し、ヒト角化細胞が空気中に出るように培地の量を調整しながら、5日間培養を続け、角化細胞を含む表皮と線維芽細胞を含む真皮の二層構造よりなる培養皮膚モデルを得た。
(5)化学物質処理
24ウェル培養プレートにDME+5%血清培地を250μL分注し、この上に(4)で得た培養皮膚モデルを置いた。表皮層のみに作用するように、表皮層上に被検物質である化学物質100μL(固体の場合は、化学物質50mg+水50μL)を滴下し、10分間作用させた。表皮層に残った化学物質をPBSで洗い落とした後、24ウェル培養プレートにDME+5%血清培地を1.5mL分注し、この中に培養皮膚モデルを沈め、18時間培養した。試験は全てn=3にて行った。
(6)MTT法による細胞生存率の測定
(5)の方法で化学物質処理を行った後の培養皮膚モデルを、0.5mg/mL濃度のMTT溶液(1.0mL)中で3時間培養した後、生細胞中に蓄積された青紫色のMTTホルマザンをイソプロパノール(1.0mL)にて抽出し、570nmの吸光度を測定した。陰性対照としてPBSを作用させた場合の吸光度に対する百分率を算出し、それを細胞生存率(%)とした。
(7)グルコース消費量の測定
(5)の方法で化学物質処理を行った際の培養液(18時間培養したもの)を回収し、市販のグルコース濃度測定用のキット(グルコースCII-テストワコー、和光純薬)を用いて、グルコース消費量を測定した。陰性対照としてPBSを作用させた場合のグルコース消費量に対する倍率を算出し、それをグルコース消費倍率とした。
(8)皮膚刺激性判定
上記の方法で得られた試験結果を表1に示す。In vivoデータ(刺激点および判定)はECETOCデータベースなどから引用したものである。
図1には、MTT法による細胞生存率とin vivoデータとの相関性を示す。両者は高い負の相関性(相関係数=-0.627)を示している。有刺激物質のほとんどが50%以下の細胞生存率を示していることと、in vivoデータでは、刺激点が約2.5以上の化学物質を有刺激と判定しているため、図1におけるin vivo刺激点=2.5と相関直線の接点である細胞生存率=50%を境界として、刺激性判定を行った(結果は表1)。図2には、グルコース消費倍率とin vivoデータとの相関性を示す。この両者も高い負の相関性(相関係数=-0.632)を示している。
同様に、図2における有刺激物質のほとんどが0.6以下のグルコース消費倍率を示しており、in vivo刺激点=2.5と相関直線の接点であるグルコース消費倍率=0.6を境界として、刺激性判定を行った。結果を表1に示す。
【0011】
【表1】

【0012】
上記の結果において、MTT法による細胞生存率とグルコース消費倍率による皮膚刺激性判定では、3物質(2,4-Xylidine、n-Butyl propionate、1,6-Dibromohexane;表1では斜字体で表記)を除いて一致していることが分かる。
また、図3には、MTT法による細胞生存率とグルコース消費倍率との相関性を示しており、両者は非常に高い正の相関性(相関係数=0.911)を示している。
【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明は、以上説明したように、培養皮膚モデルを化学物質で処理した後、かかる化学物質を洗浄除去し、更に該培養皮膚モデルを大量の培養液中で培養し、培養液中から消費されたグルコースを測定することで、動物実験による皮膚刺激性試験を代替することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】MTT法による細胞生存率とin vivoデータ(刺激点)との相関性を表した図。
【図2】グルコース消費倍率とin vivoデータ(刺激点)との相関性を表した図。
【図3】MTT法による細胞生存率とグルコース消費倍率との相関性を表した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質を培養皮膚モデルに作用させた後、洗浄除去し、該培養皮膚モデルを更に大量の培養液中で培養し、その際に培養液中から消費されたグルコースを測定することを特徴とする皮膚刺激性判定法。
【請求項2】
培養皮膚モデルが角化細胞を含む表皮と線維芽細胞を含む真皮の二層構造よりなることを特徴とする請求項1に記載の皮膚刺激性判定法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−85881(P2009−85881A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−259011(P2007−259011)
【出願日】平成19年10月2日(2007.10.2)
【出願人】(000001339)グンゼ株式会社 (919)
【Fターム(参考)】