説明

グルコース測定用バイオセンサ

【課題】グルコースに対する反応性、熱安定性、基質認識性に優れ、しかもマルトースに対する作用性が低いという優れた特性を有するFAD結合型グルコース脱水素酵素の生産、及び利用方法を提供する。
【解決手段】上記酵素をコードする新規な遺伝子、該遺伝子により組換えられた形質転換細胞を用いる該酵素の製造方法、並びに、該酵素を使用するグルコースの測定方法、グルコース測定試薬組成物、及びグルコース測定用のバイオセンサ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)結合型グルコース脱水素酵素をコードする新規な遺伝子(ポリヌクレオチド)、該遺伝子により組換えられた形質転換細胞を用いる該酵素の製造方法、組換えFAD結合型グルコース脱水素酵素、並びに、該酵素を使用することを特徴とするグルコースの測定方法、グルコース測定試薬組成物、及びグルコース測定用のバイオセンサ等に関する。
【背景技術】
【0002】
血中グルコース量は糖尿病の重要なマーカーである。糖尿病の検査は、病院検査室等での臨床検査の他、診療スタッフ等による簡易検査や患者自身による自己検査といった簡易測定(Point-of-Care Testing:POCT)が実施されている。
【0003】
この簡易測定は、グルコース診断キットやバイオセンサ等の測定装置(POCT装置)によって実施されているが、従来、これらのPOCT装置にはグルコース酸化酵素が用いられてきた。しかし、グルコース酸化酵素は溶存酸素濃度の影響を受け、計測値に誤差が生じるため、酸素の影響を受けないグルコース脱水素酵素の使用が推奨されている。
【0004】
グルコース脱水素酵素には、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)を補酵素とする補酵素非結合型グルコース脱水素酵素と、ピロロキノリンキノン(PQQ)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)等を補酵素とする補酵素結合型グルコース脱水素酵素がある。その中で補酵素結合型グルコース脱水素酵素は、補酵素非結合型グルコース脱水素酵素に比べ夾雑成分の影響を受けにくいこと、測定感度が高いこと、更に原理上、POCT装置を安価に製造することが可能であるという利点を有している。
【0005】
しかしながら、従来のPQQ結合型グルコース脱水素酵素は安定性が低く、しかもマルトースやガラクトースにも反応してしまうという欠点を有している。マルトースは輸液に用いられる糖であり、PQQ結合型グルコース脱水素酵素がマルトースと反応すると血糖POCT装置は実際より高い血糖値を表示してしまう。このため、患者が不必要なインシュリン注射を行ってしまう結果、意識障害や昏睡状態に陥る等の低血糖事故が発生し、大きな問題となっている。
【0006】
特に現在の血糖POCT装置の用途としては、単に簡易的に血糖を測る目的から、さらに患者の自己管理及び治療の一手段としての重要性が高まっており、そのために使用される自己血糖測定装置(Self-Monitoring of Blood Glucose:SMBG)の家庭への普及は拡大の一途を辿っていることから、測定精度への要求性は非常に高いと考えられる。
【0007】
現に、2005年2月には、日本において、厚生労働省よりマルトース輸液やイコデキストリンを含む透析液を投与中の患者に対して、補酵素としてPQQを利用している酵素を用いた血糖測定器の使用に関し、注意を喚起する通達が出されている(2005年2月7日;薬食安発第0207005号など)。
【0008】
一方、グルコースの脱水素反応を触媒し、FADを補酵素とする補酵素結合型グルコース脱水素酵素としては、Agrobacterium tumefaciens由来(J. Biol. Chem. (1967) 242 : 3665-3672)、Cytophaga marinoflava由来(Appl. Biochem. Biotechnol. (1996) 56 : 301-310)、Halomonas sp.α-15由来(Enzyme Microb. Technol. (1998) 22 : 269-274)、Agaricus bisporus由来(Arch. Microbiol.(1997)167:119-125、Appl. Microbiol. Biotechnol. (1999)51:58-64)及びMacrolepiota rhacodes由来(Arch. Microbiol.(2001)176:178-186)の酵素が報告されているが、これらの酵素はグルコースの2位及び/又は3位の水酸基を酸化し、いずれもマルトースに対する作用性が高く、グルコースに対する選択性が低い。また、同じくマルトースへの作用性が高い、ブルクホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来の補酵素結合型グルコース脱水素酵素も知られているが、これは本来の天然型の酵素がα、β、γの3種のサブユニットからなるヘテロオリゴマー酵素で、膜結合性酵素として知られている。したがって、酵素を得るには可溶化の処理が必要であったり、クローニングで十分な活性を発現させる為には、必要なサブユニットを同時にクローニングしなければならない等の課題があった。
【0009】
これに対して、本発明者らは、FADを補酵素とする、膜結合型ではない新規な可溶性の補酵素結合型グルコース脱水素酵素をアスペルギルス・テレウスから精製している(特許文献1)。この特許文献1の補酵素結合型グルコース脱水素酵素は、グルコースの1位の水酸基を酸化し、グルコースに対する基質認識性に優れ、溶存酸素の影響を受けず、しかもマルトースに対する作用性が低い(対グルコース活性を100%とした場合の対マルトース活性は5%以下、対ガラクトース活性も5%以下)というこれまでに無い優れた特性を有するものである。
【0010】
しかしながら、この特許文献1の補酵素結合型グルコース脱水素酵素は、野生の微生物(例えばアスペルギルス属微生物など)の液体培養物から単離、抽出されたものであり、その生産量には限りがあった。また、酵素生産量が極微量である上に、糖が多量に酵素に結合し、通常の酵素に結合しているN型やO型糖鎖とは異なる種類の糖に覆われた「糖包埋型酵素」とでも言うべき形態となっていることにより、その活性を検出しにくいこと(酵素活性が低い)、糖鎖を酵素的あるいは化学的に除去できないこと、その結果、電気泳動において、通常のタンパク質染色(Coomassie Brilliant Blue G-250等による)によりほとんど染色されず、遺伝子取得に必要な情報である酵素のアミノ末端や内部のアミノ酸配列を解読することも通常の精製酵素からでは難しく、酵素遺伝子のクローニングに成功し、本酵素活性の発現を確認した事例は公知ではない。
【0011】
一方、アスペルギルス・オリゼ由来の補酵素結合型グルコース脱水素酵素については1967年にその存在が示唆されたことがあったが(非特許文献1)、部分的に酵素学的性質が明らかにされたのみで、マルトースに作用しないという特性は示唆されていたにも関わらず、それ以降はアスペルギルス・オリゼ由来の補酵素結合型グルコース脱水素酵素に関する詳細な報告はもちろんその他微生物由来の補酵素結合型グルコース脱水素酵素についても、グルコースの1位の水酸基を酸化する酵素については続報が無く、補酵素結合型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列や遺伝子に関する報告も全く知られていなかった。
【0012】
また、グルコースデヒドロゲナーゼEC 1.1.99.10をグルコース測定に用いるアイデアは知られていたが(特許文献2参照)、FAD結合型グルコース脱水素酵素が実用的なレベルで生産されたことはなく、実際にセンサに利用され実用化されるには至っていなかった。その理由は、本酵素の菌体内での活性は微弱であり、菌体外に分泌されてもその量は極僅かで、しかも多量の糖に覆われており活性が弱く、検出するのさえ困難であったために、遺伝子をクローニングできなかったためと推察される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】国際公開第2004/058958号パンフレット
【特許文献2】特開昭59-25700号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Biochem.Biophys.Acta.,139,277-293,1967
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
PQQ結合型グルコース脱水素酵素の改変に関する遺伝子工学的方法に関しては既に多くの技術が知られており、これらの従来技術は、主に該酵素の基質特異性の低さや安定性の低さといった従来のPQQ結合型グルコース脱水素酵素の欠点を改良するための改変型PQQ結合型グルコース脱水素酵素と、それを遺伝子工学的に作成するための改変型遺伝子材料を提供している。
【0016】
しかしながら、改変型遺伝子材料を用いて作成した改変型のPQQ結合型グルコース脱水素酵素の場合には、依然としてグルコースに対する作用性を100%とした際のマルトースへの作用性が概ね10%より高かったり、あるいはマルトースへの反応性を低くさせた結果として、本来のグルコースへの反応性(比活性)までもが落ちてしまい、基質十分量の条件で電気化学的な測定法で活性を見るとグルコースセンサとしての機能は不充分で、POCT装置等への使用には至っていないのが実情である。更に、PQQ結合型グルコース脱水素酵素の活性発現に必要な補酵素PQQは、広く一般的に組換え宿主として用いられる大腸菌では作られず、PQQを生産する宿主微生物(シュードモナス等)に限定して組換え体を作らなければならないという問題もあった。
【0017】
従って、本発明は、上記課題を解決し、グルコースに対する反応性、熱安定性、基質認識性に優れ、しかもマルトースに対する作用性が低いという優れた特性を有するFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードする新規な遺伝子(ポリヌクレオチド)、該遺伝子により組換えられた形質転換細胞を用いる該酵素の製造方法、並びに、得られた該酵素を使用することを特徴とするグルコースの測定方法、グルコース測定試薬組成物、及びグルコース測定用のバイオセンサ等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)菌株において、FAD結合型グルコース脱水素酵素が有意に発現するには、その遺伝子がコードするポリペプチドに、アミノ酸配列(AGVPWV)を含んでいることが必要であることを見出し、更に、その内の少なくとも1個のアミノ酸が欠失した場合には活性が実質的に失われることを確認し、本発明を完成した。即ち、本発明は以下の各態様に係るものである。
【0019】
[態様1]アミノ酸配列:X1-X2-X3-X4-X5-X6
(X1及びX2は脂肪族アミノ酸、X3及びX6は分岐アミノ酸、並びに、X4及びX5は複素環式アミノ酸又は芳香族アミノ酸を示す)を含むポリペプチドから成るFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチド。
[態様2]以下の(a)、(b)又は(c)のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド、
(b)アミノ酸配列(a)のアミノ酸配列において、1個〜数個のアミノ酸が置換、欠失又は付加されたアミノ酸配列から成り、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチド、又は
(c)アミノ酸配列(a)と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成り、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチド。
[態様3]以下の(d)、(e)又は(f)のポリヌクレオチド:
(d)配列番号2又は配列番号3に示される塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(e)塩基配列(d)から成るポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、又は
(f)塩基配列(d)から成るポリヌクレオチドと70%以上の相同性を有する塩基配列を含み、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[態様4]アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列から成るセンスプライマー及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドの3’ 末端側の塩基配列から成るリバースプライマー、又は、アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列に対するアンチセンスプライマー及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドの5’ 末端側の塩基配列から成るフォワードプライマーの組み合わせを用いるPCRによって増幅可能なDNA断片を有する、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[態様5]アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列から成るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[態様6]D−グルコースに対する酵素活性値を100%とした場合、マルトースに対する酵素活性値が10%以下、D−ガラクトースに対する酵素活性値が5%以下であることを特徴とする、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来の、FAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチド。
[態様7]300U/mg以上の酵素活性を有することを特徴とする、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチド。
[態様8]上記のポリヌクレオチドを保有する組換えベクター。
[態様9]上記の組換えベクターを用いることによって作成された形質転換細胞。
[態様10]上記の形質転換細胞を培養し、得られた培養物から、グルコースを脱水素する作用を有するFAD結合型グルコース脱水素酵素を採取することを特徴とするFAD結合型グルコース脱水素酵素の製造方法。
[態様11]上記の記載のポリヌクレオチドにコードされる、組換えFAD結合型グルコース脱水素酵素。
[態様12]上記のFAD結合型グルコース脱水素酵素を使用することを特徴とするグルコースの測定方法。
[態様13]上記のFAD結合型グルコース脱水素酵素を含有することを特徴とするグルコース測定試薬組成物。
[態様14]上記のFAD結合型グルコース脱水素酵素を使用することを特徴とするグルコース測定用のバイオセンサ。
【発明の効果】
【0020】
本発明のポリヌクレオチドを利用することにより、グルコースに対する基質認識性に優れ、しかもマルトースに対する作用性が低いという優れた特性を有するFAD結合型グルコース脱水素酵素を、例えば、遺伝子組み換え技術により均質かつ大量に生産することが可能となる。
また、このように生産された酵素は、FAD結合型グルコース脱水素酵素で問題となっていた糖の量を目的に応じてコントロールできるため、糖含量を減らした酵素を調製することで、血糖測定などにおいて、試料中の糖(グルコースなど)に対する作用性を変えることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】酵素固定化電極によるグルコース濃度の検量線を示す。
【図2】PCRによる目的遺伝子の検出結果を示す。図中の記号は以下の通り。M :200bp DNAラダーマーカー(タカラバイオ社製)1:アスペルギルス・オリゼNBRC42682:アスペルギルス・オリゼNBRC53753:アスペルギルス・オリゼNBRC62154:アスペルギルス・オリゼNBRC41815:アスペルギルス・オリゼNBRC42206:アスペルギルス・オリゼNBRC100959
【図3】サザンハイブリダイゼーションによる目的遺伝子の検出結果を示す。図中の記号は図2と同じである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素においてはアミノ酸配列:X1-X2-X3-X4-X5-X6
(X1及びX2は同一又は互いに異なる脂肪族アミノ酸、X3及びX6は同一又は互いに異なる分岐アミノ酸、並びに、X4及びX5は同一又は互いに異なる複素環式アミノ酸又は芳香族アミノ酸を示す)、即ち、6個のアミノ酸から成るポリペプチドが含まれていることが技術的に重要な点の一つであり、その為に、該酵素が菌体内で有意に発現される。尚、発現した該酵素は必ずしも菌体外に分泌される必要はなく、菌体内に留まる場合もある。対照的に、本明細書の実施例に具体的に示されるように、アミノ酸配列全体の相同性等からFAD結合型グルコース脱水素酵素と考えられる酵素をコードする遺伝子であっても、該アミノ酸配列から成るポリペプチドをコードしていない遺伝子はFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有する蛋白質を発現しない。
【0023】
上記6個のアミノ酸配列は、好ましくは、FAD結合型グルコース脱水素酵素であるポリペプチドの202〜207番目に位置し、又は、X1〜X6の少なくとも一つが、X1がアラニン(A)、X2がグリシン(G)、X3がバリン(V)、X4がプロリン(P)、X5がトリプトファン(W)、又は、X6がバリン(V)である。例えば、その好適例として、アミノ酸配列:AGVPWV(配列番号4)を挙げることができる。
【0024】
本発明において、「FAD結合型グルコース脱水素酵素」とは、電子受容体存在下で、グルコースの1位の水酸基を脱水素(酸化)する反応を触媒し、グルコースへの作用性に対してマルトースへの作用性が10%以下である可溶性の蛋白質を意味し、該酵素は以下の性質を特徴とする。
1)フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を補酵素とする、
2)酸素を電子受容体としない、及び
3)グルコースへの作用性に対してマルトースへの作用性が10%以下である。
【0025】
本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素の中で、アミノ酸配列:AGVPWVを有するものとしては、特に、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のものが好ましい。その代表的な菌株として以下の表1に示されるような、NBRC5375株、NBRC4079株、NBRC4203株、NBRC4214株、NBRC4268株、NBRC5238株、NBRC6215株、NBRC30104株 及び、NBRC30113株等を挙げることが出来る。アミノ酸配列:AGVPWVは、該酵素のアミノ酸配列において、シグナル配列部分の開始アミノ酸Mを1番目とした時の第202〜207番目(NBRC5375株由来)付近(その他の菌株由来の酵素の場合には、その位置に相当する場所)に含まれている。
【0026】
例えば、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)NBRC5375株が発現するFAD結合型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列は配列番号1(シグナルペプチドを含む)、それをコードする染色体DNAの塩基配列は配列番号2、又、配列番号1に示されるアミノ酸に対応するcDNAは配列番号3で夫々示される。尚、配列番号2又は3において、アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列はGCTGGTGTTCCATGGGTT(配列番号5)である。
【0027】
従って、本発明のポリヌクレオチドは、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)の菌株由来の上記のものに加えて、以下の(a)、(b)又は(c)のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド:
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列から成るポリペプチド、
(b)アミノ酸配列(a)において、1個〜数個のアミノ酸が置換、欠失又は付加されたアミノ酸配列から成り、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチド、又は
(c)アミノ酸配列(a)と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成り、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチド、が含まれる。
【0028】
更に、本発明のポリヌクレオチドには、以下の(d)、(e)又は(f)のポリヌクレオチド:
(d)配列番号2又は配列番号3に示される塩基配列を含むポリヌクレオチド、
(e)塩基配列(d)から成るポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、又は
(f)塩基配列(d)から成るポリヌクレオチドと70%以上の相同性を有する塩基配列を含み、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、が含まれる。
【0029】
特に、上記の(b)又は(c)のポリペプチドが上記アミノ酸配列:X1-X2-X3-X4-X5-X6を含むもの、又は、(e)又は(f)のポリヌクレオチドが該アミノ酸配列をコードする塩基配列を含むものが好ましい。更に、このアミノ酸配列がAGVPWVであるものが好ましい。
【0030】
本明細書において、70%以上の相同性を有するアミノ酸配列又は塩基配列とは、夫々比較対象となる基準配列の全長にわたり、少なくとも70%の同一性を示し、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、さらにより好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有する各配列をいう。このような配列の同一性パーセンテージは、基準配列を照会配列として比較するアルゴリズムをもった公開又は市販されているソフトウェアを用いて計算することができる。例として、BLAST、FASTA、又はGENETYX(ソフトウエア開発株式会社製)などを用いることができ、これらはデフォルトパラメーターで使用することができる。
【0031】
本発明において、ポリヌクレオチド間のハイブリダイズに際しての「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ」の具体的な条件とは、例えば、50%ホルムアミド、5×SSC(150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸三ナトリウム、10mM リン酸ナトリウム、1mM エチレンジアミン四酢酸、pH7.2)、5×デンハート(Denhardt’s)溶液、0.1% SDS、10% デキストラン硫酸及び100μg/mLの変性サケ精子DNAで42℃インキュベーションした後、フィルターを0.2×SSC中42℃で洗浄することを例示することができる。
【0032】
更に、本発明のポリヌクレオチドは、アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列から成るセンスプライマー及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドの3’ 末端側の塩基配列から成るリバースプライマー、又は、アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列対するアンチセンスプライマー及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドの5’ 末端側の塩基配列から成るフォワードプライマーの組み合わせを用いるPCRによって増幅可能なDNA断片を有する、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む。
【0033】
或いは、本発明のポリヌクレオチドは、アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列から成るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む。
【0034】
好ましくは、アミノ酸配列:AGVPWVをコードする塩基配列は(GCTGGTGTTCCATGGGTT)である。又、上記のPCR及びストリンジェントな条件下でのハイブリダイズに関する各種の条件は本明細書中の実施例の記載に準じて当業者が適宜選択することが出来る。
【0035】
更に、本発明のポリヌクレオチドには、D−グルコースに対する酵素活性値を100%とした場合、マルトースに対する酵素活性値が10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは3%以下であり、D−ガラクトースに対する酵素活性値が5%以下、好ましくは3%以下、より好ましくは2%以下、更に好ましくは1%以下である、FAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチド、又はタンパク質当たりの比活性が300U/mg以上、好ましくは500U/mg以上、より好ましくは1,000U/mg以上の酵素活性を有するFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドが含まれる。尚、ここで、「タンパク質当たりの比活性」とは、例えば、本明細書の実施例7に記載のような、培養上清を濃縮しSDS−PAGEで単一バンドとして確認された状態で測定されたものである。
【0036】
尚、本発明において、「ポリヌクレオチド」とは、プリン又はピリミジンが糖にβ-N-グリコシド結合したヌクレオシドのリン酸エステル(ATP(アデノシン三リン酸)、GTP(グアノシン三リン酸)、CTP(シチジン三リン酸)、UTP(ウリジン三リン酸);又はdATP(デオキシアデノシン三リン酸)、dGTP(デオキシグアノシン三リン酸)、dCTP(デオキシシチジン三リン酸)、dTTP(デオキシチミジン三リン酸))が100個以上結合した分子を言い、具体的にはFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードする染色体DNA、染色体DNAから転写されたmRNA、mRNAから合成されたcDNA及び、それらを鋳型としてPCR増幅したポリヌクレオチドを含む。「オリゴヌクレオチド」とはヌクレオチドが2-99個連結した分子を言う。また「ポリペプチド」とは、アミド結合(ペプチド結合)又は非天然の残基連結によって互いに結合した30個以上のアミノ酸残基から構成された分子を意味し、さらには、これらに糖鎖が付加したものや、人工的に化学的修飾がなされたもの等も含む。
【0037】
本発明のポリヌクレオチド(遺伝子)の最も具体的な態様は、配列番号2又は配列番号3の塩基配列を含むポリヌクレオチドである。配列番号2に代表される染色体DNAであるポリヌクレオチドは、例えば、アスペルギルス・オリゼNBRC5375株から染色体DNAライブラリーを調製し、特許文献1に記載のアスペルギルス・テレウス由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素のN末端及び内部配列のアミノ酸をエドマン法等によって決定して得られるアミノ酸配列、及び、「Aspergillus oryzae のゲノム解析プロジェクト」の成果として、2006年1月にDOGAN (Database of the Genomes Analyzed at NITE) (ウェブサイトhttp://www.bio.nite.go.jp/dogan/Top)で公開されたアスペルギルス・オリゼ(NBRC100959株)のゲノム配列情報に基づいて作成した複数のオリゴヌクレオチドプローブを用いて当業者に公知の方法によって上記染色体DNAライブラリーをスクリーニングすることによって取得することができる。
【0038】
プローブの標識は、当業者に公知の任意の方法、例えば、ラジオアイソトープ(RI)法又は非RI法によって行うことができるが、非RI法を用いることが好ましい。非RI法としては、蛍光標識法、ビオチン標識法、化学発光法等が挙げられるが、蛍光標識法を用いることが好ましい。蛍光物質としては、オリゴヌクレオチドの塩基部分と結合できるものを適宜に選択して用いることができるが、シアニン色素(例えば、Cy DyeTMシリーズのCy3、Cy5等)、ローダミン6G試薬、N-アセトキシ-N2-アセチルアミノフルオレン(AAF)、AAIF(AAFのヨウ素誘導体)などを使用することができる。
【0039】
或いは、配列番号3に代表されるcDNAであるポリヌクレオチドは、例えば、本明細書の実施例に具体的に記載されているように、cDNAライブラリーを鋳型とし、上記で作成したオリゴヌクレオチドプライマー(プローブ)のセットを用いた当業者に公知の各種PCR法によって、もしくはアスペルギルス・オリゼNBRC5375株から抽出した全RNAもしくはmRNAを鋳型とするRT-PCR法によっても得ることができる。尚、プライマーを設計する場合には、プライマーのサイズ(塩基数)は鋳型DNAとの間の特異的なアニーリングを満足させることを考慮し、15-40塩基、望ましくは15-30塩基である。ただし、LA(long and accurate)PCRを行う場合には、少なくとも30塩基が効率的である。センス鎖(5’末端側)とアンチセンス鎖(3’末端側)からなる一組あるいは一対(2本)のプライマーが互いにアニールしないよう、両プライマー間の相補的配列を避けるようにする。さらに、鋳型DNAとの安定な結合を確保するためGC含量を約50%にし、プライマー内においてGC-richあるいはAT-richが偏在しないようにする。アニーリング温度はTm(melting temperature)に依存するので、特異性の高いPCR産物を得るため、Tm値が55-65℃で互いに近似したプライマーを選定する。また、PCRにおけるプライマー使用の最終濃度が約0.1から約1μMになるよう調整する等を留意することも必要である。また、プライマー設計用の市販のソフトウエア、例えばOligoTM [National Bioscience Inc.(米国)製]、GENETYX(ソフトウエア開発株式会社製)等を用いることもできる。
【0040】
尚、このようなオリゴヌクレオチドプローブやオリゴヌクレオチドプライマーセットは、例えば本発明のポリヌクレオチドであるcDNAを適当な制限酵素で切断して作成することもできる。
【0041】
又、本発明のポリヌクレオチドは、例えば、前記のアスペルギルス・オリゼNBRC5375株由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素cDNAを、公知のミューテーション導入法や変異導入PCR法等によって改変して作成することができる。更に、NBRC5375株以外のアスペルギルス・オリゼ菌株の染色体DNAやそのcDNAライブラリーから、配列番号1のヌクレオチド配列情報に基づいて作成したオリゴヌクレオチドを用いるプローブハイブリダイゼーション法によって取得することができる。ハイブリダイゼーションに際して、ストリンジェント条件を様々に変化させることによって、上記ポリヌクレオチドを取得することができる。ストリンジェント条件は、ハイブリダイゼーション及び洗浄工程における塩濃度、有機溶媒(ホルムアルデヒド等)の濃度、温度条件等によって規定され、例えば、米国特許No.6,100,037号明細書等に開示されているような、当業者らに周知の様々な条件を採用することができる。
【0042】
更に、文献(例えばCarruthers(1982)Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 47:411-418;Adams(1983)J. Am. Chem. Soc. 105:661; Belousov(1997)Nucleic Acid Res. 25:3440-3444; Frenkel(1995)Free Radic. Biol. Med. 19:373-380;Blommers(1994)Biochemistry 33:7886-7896; Narang(1979)Meth. Enzymol. 68:90;Brown(1979)Meth. Enzymol. 68:109; Beaucage(1981)Tetra. Lett. 22:1859; 米国特許第4,458,066号)に記載されているような周知の化学合成技術により、in vitroにおいて本発明のポリヌクレオチドを合成することができる。
【0043】
本発明の組換えベクターは、クローニングベクター又は発現ベクターであり、インサートとしてのポリヌクレオチドの種類や、その使用目的等に応じて適宜のものを使用する。例えば、cDNA又はそのORF領域をインサートとしてFAD結合型グルコース脱水素酵素を生産する場合には、in vitro転写用の発現ベクターや、大腸菌、枯草菌等の原核細胞、酵母、カビなどの糸状菌、昆虫細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞のそれぞれに適した発現ベクターを使用することもできる。
【0044】
本発明の形質転換細胞としては、例えば、大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、カビ、昆虫細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞等を使用することができる。これらの形質転換細胞は、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法によって組換えベクターを細胞に導入することによって調製することができる。組換えベクター及び形質転換細胞の具体例として、下記実施例に示した組換えベクターと、このベクターによる形質転換大腸菌及び形質転換カビが挙げられる。
【0045】
本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素を大腸菌などの微生物でDNAを発現させて生産させる場合には、微生物中で複製可能なオリジン、プロモーター、リボソーム結合部位、DNAクローニング部位、ターミネーター配列等を有する発現ベクターに前記のポリヌクレオチドを組換えた発現ベクターを作成し、この発現ベクターで宿主細胞を形質転換したのち、得られた形質転換体を培養すれば、FAD結合型グルコース脱水素酵素を微生物で大量生産することができる。この際、任意の翻訳領域の前後に開始コドンと停止コドンを付加して発現させれば、任意の領域を含むFAD結合型グルコース脱水素酵素断片を得ることもできる。あるいは、他の蛋白質との融合蛋白質として発現させることもできる。この融合蛋白質を適当なプロテアーゼで切断することによっても目的とするFAD結合型グルコース脱水素酵素を取得することができる。大腸菌用発現ベクターとしては、pUC系、pBluescriptII、pET発現システム、pGEX発現システム、pCold発現システムなどが例示できる。
【0046】
或いは、FAD結合型グルコース脱水素酵素を真核細胞で発現させて生産させる場合には、前記ポリヌクレオチドを、プロモーター、スプライシング領域、ポリ(A)付加部位等を有する真核細胞用発現ベクターに挿入して組換えベクターを作成し、真核細胞内に導入すれば、FAD結合型グルコース脱水素酵素を真核細胞で生産することができる。プラスミドのような状態で細胞内に維持することもできるし、染色体中に組みこませて維持することもできる。発現ベクターとしては、pKA1、pCDM8、pSVK3、pSVL、pBK-CMV、pBK-RSV、EBVベクター、pRS、pYE82などが例示できる。また、pIND/V5-His、pFLAG-CMV-2、pEGFP-N1、pEGFP-C1などを発現ベクターとして用いれば、Hisタグ、FLAGタグ、GFPなど各種タグを付加した融合蛋白質としてFAD結合型グルコース脱水素酵素ポリペプチドを発現させることもできる。真核細胞としては、サル腎臓細胞COS-7、チャイニーズハムスター卵巣細胞CHOなどの哺乳動物培養細胞、出芽酵母、分裂酵母、カビ、カイコ細胞、アフリカツメガエル卵細胞などが一般に用いられるが、FAD結合型グルコース脱水素酵素を発現できるものであれば、いかなる真核細胞でもよい。発現ベクターを真核細胞に導入するには、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法を用いることができる。
【0047】
特に、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)由来の本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドを保有する組換えベクターで、適当なアスペルギルス・オリゼ株を形質転換するセルフクローニングが好適である。
【0048】
FAD結合型グルコース脱水素酵素を原核細胞や真核細胞で発現させた後、培養物(菌体、もしくは菌体外に分泌された酵素を含む培養液、培地組成物等)から目的蛋白質を単離精製するためには、公知の分離操作を組み合わせて行うことができる。例えば、尿素などの変性剤や界面活性剤による処理、熱処理、pH処理、超音波処理、酵素消化、塩析や溶媒沈殿法、透析、遠心分離、限外濾過、ゲル濾過、SDS-PAGE、等電点電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー(タグ配列を利用した方法及びFAD補酵素結合型グルコース脱水素酵素に特異的なポリクローナル抗体、モノクローナル抗体を用いる方法も含む)、などが挙げられる。
【0049】
また、FAD結合型グルコース脱水素酵素は、本発明のポリヌクレオチド(cDNA又はその翻訳領域)を用いた組換えDNA技術によって取得できる。例えば前記ポリヌクレオチドを有するベクターからin vitro転写によってRNAを調製し、これを鋳型としてin vitro翻訳を行うことによりin vitroでFAD結合型グルコース脱水素酵素を作成することができる。またポリヌクレオチドを公知の方法により適当な発現ベクターに組換えれば、大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、カビ、昆虫細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞で、ポリヌクレオチドがコードしているFAD結合型グルコース脱水素酵素を大量に発現させる事ができる。また宿主に対応して、同一アミノ酸配列であるが、コドンユーセージを最適化したポリヌクレオチドを導入しても良い。また糖鎖の要、不要、その他のペプチド修飾の必要性に応じて、適宜宿主は選択することができる。
【0050】
FAD結合型グルコース脱水素酵素をin vitro発現させて生産させる場合には、前記のポリヌクレオチドを、RNAポリメラーゼが結合できるプロモーターを有するベクターに挿入して組換えベクターを作成し、このベクターを、プロモーターに対応するRNAポリメラーゼを含むウサギ網状赤血球溶解物や小麦胚芽抽出物などのin vitro翻訳系に添加すれば、FAD結合型グルコース脱水素酵素をin vitroで生産することができる。RNAポリメラーゼが結合できるプロモーターとしては、T3、T7、SP6などが例示できる。これらのプロモーターを含むベクターとしては、pKA1、pCDM8、pT3/T718、pT7/319、pBluescriptIIなどが例示できる。
【0051】
本発明の組換えFAD結合型グルコース脱水素酵素は以上に記載された方法で製造することができる。このようなFAD結合型グルコース脱水素酵素は、電子受容体存在下でグルコースを脱水素する反応を触媒する酵素であるから、この反応による変化が利用できる用途であれば、特に制限されない。例えば、生体物質を含む試料中のグルコースの測定及び測定用試薬、消去用試薬へ使用するなどの医療分野、臨床分野への使用が可能であり、補酵素結合型グルコース脱水素酵素を使用した物質生産においても使用可能である。
【0052】
本発明のグルコース測定試薬組成物は、全てを混合して単一の試薬としてもよく、相互に干渉する成分が存在する場合には、各成分を適宜な組み合せとなる様に分割してもよい。また、これらは、溶液状、もしくは粉末状試薬として調製してもよく、さらにこれらを濾紙もしくはフィルムなどの適当な支持体に含有させ試験紙もしくは分析用フィルムとして調製してもよい。なお、過塩素酸などの除タンパク剤やグルコース定量を含有する標準試薬を添付してもよい。本組成物中の酵素の量は、1試料当り0.1から50単位程度が好ましい。グルコースを定量するための検体は、例えば血漿、血清、髄液、唾液、尿などが挙げられる。
【0053】
本発明のバイオセンサは、酵素として本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素を含む反応層に使用し、試料液中のグルコース濃度を測定するグルコースセンサである。例えば、絶縁性基板上にスクリーン印刷などの方法を利用して作用極、その対極及び参照極からなる電極系を形成し、この電極系上に接して親水性高分子と酸化還元酵素と電子受容体とを含む酵素反応層を形成することによって作製される。このバイオセンサの酵素反応層上に基質を含む試料液を滴下すると、酵素反応層が溶解して酵素と基質が反応し、これにともなって電子受容体が還元される。酵素反応終了後、還元された電子受容体を電気化学的に酸化させ、このとき、このバイオセンサは得られる酸化電流値から試料液中の基質濃度を測定することが可能である。また、この他に、発色強度あるいはpH変化などを検知する方式のバイオセンサも構築可能である。
【0054】
バイオセンサの電子受容体としては、電子の授受能に優れた化学物質を用いることができる。電子の授受能に優れた化学物質とは、一般的に「電子伝達体」、「メディエータ」あるいは「酸化還元媒介剤」と呼ばれる化学物質であり、これらに該当する化学物質として、例えば、特表2002-526759に挙げられた電子伝達体や酸化還元媒介剤などを利用してもよい。具体的には、オスミウム化合物、キノン化合物、フェリシアン化合物等が挙げられる。
【0055】
FAD結合型グルコース脱水素酵素の活性測定においては、該酵素を、好ましくは終濃度0.1〜1.0unit/mLになるように適宜希釈して用いる。なお、該酵素の酵素活性単位(unit)は1分間に1μmolのグルコースを酸化する酵素活性である。本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素の酵素活性は、次の方法で測定できる。
【0056】
[酵素活性測定法]
0.1M リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)1.0mL、1.0M D−グルコース1.0mL、3mM 2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(以下DCIPという)0.14mL、3mM 1−メトキシ−5−メチルフェナジウムメチルサルフェイト0.2mL、水0.61mLを3mL石英セル(光路長1cm)に添加し、恒温セルホルダー付き分光光度計にセットして37℃で5分間インキュベート後、酵素溶液0.05mLを添加後、DCIPの600nmにおける吸光度変化(ΔABS/min)を測定する。DCIPのpH7.0におけるモル吸光係数を16.3×103cm-1-1とし、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性が実質的に該酵素活性1unitと等価であることから、吸光度変化より該酵素活性を次式に従って求めた。
【0057】
【数1】

【0058】
本酵素のタンパク濃度の測定においては、該酵素を、好ましくは終濃度0.2〜0.9 mg/mL になるように適宜希釈して用いる。本発明におけるタンパク濃度は、日本バイオ・ラッド(株)から購入できるタンパク濃度測定キットであるBio−Rad Protein Assayを用い、取扱説明書に従って、牛血清アルブミン(BSA,和光純薬工業(株)製,生化学用)を標準物質として作成した検量線から換算して求めることができる。
【0059】
尚、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学及び分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法又はそれらと実質的に同様な方法や改変法に基づき実施可能である。さらに、この発明における用語は基本的にはIUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclatureによるものであり、あるいは当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものである。
【0060】
以下、実施例に則して本発明を更に詳しく説明する。尚、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。又、本明細書中に引用される文献に記載された内容は、本明細書の一部として本明細書の開示内容を構成するものである。
【実施例1】
【0061】
(アスペルギルス・オリゼNBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子の大腸菌へのクローニング)
(1)菌体培養
グルコース(ナカライ社製)1%(W/V)、脱脂大豆(昭和産業社製)2%(W/V)、コーンスティープリカー(サンエイ糖化社製)0.5%(W/V)、硫酸マグネシウム七水和物(ナカライ社製)0.1%(W/V)及び水からなる液体培地をpH6.0に調整し、100mLを500mL容の坂口フラスコに入れ、121℃、20分間オートクレーブした。冷却したこの液体培地に、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)NBRC5375株を接種し、28℃で48時間振とう培養した後、遠心分離機を用いて、湿菌体15.5gを回収した。
(2)アスペルギルス・オリゼ NBRC5375株のFAD結合型グルコース脱水素酵素活性確認
(1)で得られた菌体を50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)に懸濁し、海砂B(ナカライ社製)を用いて菌体を磨砕後、遠心して上清を回収し、無細胞抽出液とした。
前述の酵素活性測定法に従い、無細胞抽出液のFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を確認したところ、無細胞抽出液当たり、0.0043U/mLのFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を確認した。
(3)全RNAの単離
(1)で得られた菌体のうち湿菌体0.31gを液体窒素により凍結した後、粉砕し、ISOGEN(ニッポンジーン社製)を用いて全RNAを抽出した。
(4)RT−PCR
TaKaRa RNA LA PCR Kit(AMV)Ver.1.1(タカラバイオ社製)を使用し、下記条件でRT−PCRを行い、約1.8kbpのFAD結合型グルコース脱水素酵素と想定される遺伝子を含むPCR産物を取得した。
テンプレート :(3)で抽出した全RNA
プライマー :
プライマー1 :5’-tgggatcctatgctcttctcactggcat-3’(配列番号6)
プライマー2 :5’-gccaagcttctaagcactcttcgcatcctccttaatcaagtc-3’ (配列番号7)
尚、プライマー1及び2は、上記のDOGAN (Database of the Genomes Analyzed at NITE) (ウェブサイトhttp://www.bio.nite.go.jp/dogan/Top)で公開されているアスペルギルス・オリゼNBRC100959株の遺伝子解析結果よりAO090005000449(「コリン脱水素酵素」と推定されている)の塩基配列を元に合成した。
その理由は、本発明者等により見出されたアスペルギルス・テレウスのFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子の塩基配列情報に基づき、上記AO090005000449がコリン脱水素酵素遺伝子ではなく、アスペルギルス・オリゼのFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子と推測された為である。
反応条件 :逆転写反応42℃、30分(1サイクル)
変性99℃、5分 (1サイクル)
冷却5℃、5分(1サイクル)
変性94℃、2分(1サイクル)
変性94℃、30秒、アニーリング45℃、30秒、伸長反応72℃、1分30秒(25サイクル)
伸長反応72℃、5分(1サイクル)
(5)FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子を含むプラスミドの調製
(4)で得られたPCR増幅断片を制限酵素BamHIとHindIIIで切断し、同制限酵素処理したpUC18ベクター(タカラバイオ社製)に、DNA Ligation Kit Ver.2.1(タカラバイオ社製)を用いてライゲーションし、FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子を含むプラスミドを調製した。
(6)形質転換体の作製
(5)で得られたプラスミドをE.coli JM109 Competent Cell(タカラバイオ社製)に導入して形質転換した。アンピシリンナトリウム(和光純薬社製)含有のLBプレートで、37℃で一晩培養した後、ダイレクトPCRにて、生育したコロニー1個に、FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子を含んだプラスミドが導入されていることを確認し、アンピシリンナトリウム含有のLBプレートで形質転換体を取得した。
【実施例2】
【0062】
(アスペルギルス・オリゼNBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子のアスペルギルス・オリゼへのクローニング)
(1)染色体DNAの抽出
実施例1の(1)で得られた湿菌体のうち0.25gを液体窒素により凍結した後、粉砕し、常法により染色体DNAを抽出した。
(2)FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子のクローニング
使用する宿主としては、アスペルギルス・オリゼ NS4株を使用した。本菌株は、公知文献1(Biosci. Biotech. Biochem.,61(8),1367-1369,1997)にあるように、1997年(平成9年)に醸造試験所で育種され、転写因子の解析、各種酵素の高生産株の育種などに利用され、分譲されているものが入手可能である。
本菌株に対し、公知文献2(Aspergillus属の異種遺伝子発現系、峰時俊貴、化学と生物、38、12、P831-838、2000)に記載してあるアスペルギルス・オリゼ由来のアミラーゼ系の改良プロモーターを使用し、その下流に(1)で得られた染色体DNAを鋳型として、DOGAN (Database of the Genomes Analyzed at NITE) (ウェブサイト
http://www.bio.nite.go.jp/dogan/Top)で公開されているAO090005000449の塩基配列を元に合成した以下のプライマー:
1. gene1F:
5'-(acgcgtcgac)tgaccaattccgcagctcgtcaaaatgctcttctcactggcattcctga-3'(配列番号8)
2. gene1R:
5'-(gtg)ctaagca ctcttcgcat cctccttaat caagtcgg-3'(配列番号9)
(Fは5’側、Rは3’側、括弧内:制限酵素切断部位、下線部:enoA 5’-UTR、その他:ORF)
を用いて増幅したFAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子を結合させることで、本遺伝子が発現可能なベクターを調製した。
形質転換は、基本的には公知文献2及び公知文献3(清酒用麹菌の遺伝子操作技術、五味勝也、醸協、P494-502,2000)に記載の方法に準じて実施することで形質転換体を取得した。
【比較例】
【0063】
(アスペルギルス・オリゼNBRC100959株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子(AO090005000449)のアスペルギルス・オリゼへのクローニング)
(1)菌体培養
グルコース1%(W/V)、脱脂大豆2%(W/V)、コーンスティープリカー0.5%(W/V)、硫酸マグネシウム七水和物0.1%(W/V)及び水からなる液体培地をpH6.0に調整し、100mLを500mL容の坂口フラスコに入れ、121℃、20分間オートクレーブした。冷却したこの液体培地に、アスペルギルス・オリゼ NBRC100959株を接種し、28℃で48時間振とう培養した後、遠心分離機を用いて、菌体10.5gを回収した。
(2)染色体DNAの抽出
(1)で得られた菌体のうち湿菌体0.31gを液体窒素により凍結した後、粉砕し、常法により染色体DNAを抽出した。
(3)FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子(AO090005000449遺伝子)のクローニング
使用する宿主としては、アスペルギルス・オリゼNS4株を使用した。本菌株は、公知文献1にあるように、1997年(平成9年)に醸造試験所で育種され、転写因子の解析、各種酵素の高生産株の育種などに利用され、分譲されているものが入手可能である。
本菌株に対し、公知文献2に記載してある、アスペルギルス・オリゼ由来のアミラーゼ系の改良プロモーターを使用し、その下部に(2)で得られた染色体DNAを鋳型として、実施例2で使用したプライマー(配列番号8及び配列番号9)を用いて増幅したFAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子(AO090005000449遺伝子)を結合させることで、本遺伝子が発現可能なベクターを調製した。
形質転換は、基本的には公知文献2及び公知文献3に記載の方法に準じて実施することで、形質転換体を取得した。
【実施例3】
【0064】
(遺伝子配列の確認)
(1)組換え大腸菌中のアスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子の配列
実施例1で得られた組換え大腸菌中のアスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子の配列決定を行った結果を配列番号3に示した。配列番号3の配列と比較例におけるFAD結合型グルコース脱水素酵素と想定される遺伝子(AO090005000449)の塩基配列からイントロンを除いたcDNA配列を比較したところ、AO090005000449の開始塩基Aを1番目とした時の604番目から606番目のATGという配列は、アスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子では配列番号5に示したGCTGGTGTTCCATGGGTTという配列であり、その他の配列は完全に一致していた。
また、翻訳したアミノ酸配列を配列番号1に示し、同様に比較したところ、AO090005000449の開始アミノ酸Mを1番目とした時の202番目のMは、アスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子がコードするアミノ酸配列では配列番号4に示したAGVPWVという配列であり、その他の配列は完全に一致していた。
(2)組換えカビ中のアスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子の配列
実施例2で得られた組換えカビ中のアスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子の配列決定を行った結果を配列番号2に示した。配列番号2の配列と比較例におけるFAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子(AO090005000449)の塩基配列を比較したところ、AO090005000449の開始塩基Aを1番目とした時の656番目から658番目のATGという配列は、アスペルギルス・オリゼ NBRC5375株FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子では配列番号5に示したGCTGGTGTTCCATGGGTTという配列だった。
また、翻訳したアミノ酸配列を配列番号1に示し、同様に比較したところ、AO090005000449(コリン脱水素酵素と推定)の開始アミノ酸Mを1番目とした時の202番目のMは、アスペルギルス・オリゼ NBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子がコードするアミノ酸配列では配列番号4に示したAGVPWVという配列であり、その他の配列は一致していた。
【0065】
(遺伝子配列の比較)
以上の結果より、実施例1,2の菌株と比較例の菌株は、FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子において、類似の遺伝子配列を有しているが、実施例1,2のアスペルギルス・オリゼ NBRC5375株に由来する遺伝子配列は、比較例の菌株に由来するAO090005000449の遺伝子配列と比較して、656番目から658番目のATGという配列が、配列番号5に示したGCTGGTGTTCCATGGGTTという配列になっており、またアミノ酸配列で比較して、202番目付近のアミノ酸Mが、配列番号4に示したAGVPWVになっていることが判明した。
【実施例4】
【0066】
(遺伝子レベルでの解析と比較)
(1)サザンブロッティングによる確認
実施例2および比較例で取得した菌株を元に培養した湿菌体から、定法によりDNAを抽出し、本FAD結合型グルコース脱水素酵素と想定される遺伝子の一部をプローブにしてサザンブロッティングによる検出をした。
その結果、いずれの菌株においても、アスペルギルス・オリゼ由来のアミラーゼ系の改良プロモーターと結合したFAD結合型グルコース脱水素酵素と想定される遺伝子を含むDNA断片が、それぞれ同程度のコピー数含まれていることが判明した。
つまり、実施例2および比較例で取得した菌株には、形質転換によりそれぞれ同程度のコピー数の遺伝子を含んでいることが判明した。
(2)ノーザンブロッティングによる確認
実施例2および比較例で取得した菌株を元に培養した湿菌体から、定法によりRNAを抽出し、本FAD結合型グルコース脱水素酵素と想定される遺伝子の一部をプローブにしてノーザンブロッティングによる検出をした。
その結果、いずれの菌株においても、形質転換した菌株においては、それぞれ同程度、アスペルギルス・オリゼ由来のアミラーゼ系の改良プロモーターと結合したFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子のものと推定されるmRNA断片が検出された。つまり、実施例2および比較例で取得した菌株は、本FAD結合型グルコース脱水素酵素と想定される遺伝子を同程度RNAに転写していると判断できた。
【実施例5】
【0067】
(形質転換された菌株におけるFAD結合型グルコース脱水素酵素の活性確認)
実施例1の菌体については、50μg/mLアンピシリンナトリウム及び0.1mMイソプロピル−β−D−1−チオガラクトピラノシド(シグマアルドリッチジャパン社製)を含むLB液体培地で、37℃で17時間振とう培養し、培養終了後、集菌、50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁し、超音波破砕装置を用いて菌体を破砕後、遠心して上清を回収し、無細胞抽出液を取得した。
無細胞抽出液をSDS−PAGEに供したところ、分子量約63kDaの酵素蛋白を確認でき、無細胞抽出液当たり、0.014U/mLのFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を確認した。なお、宿主である大腸菌には本活性は全く認められなかった。
実施例2および比較例の菌体については、ペプトン1%、ショ糖2%、リン酸水素二カリウム0.5%、硫酸マグネシウム0.05%を含む培養液で、28℃、3日間振盪培養し、培養終了後、遠心して菌体及び培養上清を回収、菌体を50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁し、チップ式超音波破砕装置を用いて菌体を破砕後、遠心して上清を回収し、無細胞抽出液とした。
培養上清及び無細胞抽出液をSDS−PAGEに供したところ、実施例2の菌体においては、培養上清に分子量約86kDaの酵素蛋白を確認できたが、比較例の菌体においては培養上清及び無細胞抽出液にも確認ができなかった。
また、前述の酵素活性測定法に従い、培養上清及び無細胞抽出液のFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を確認したところ、実施例2の菌体においては、培養上清に53U/mLのFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を確認したが、比較例の菌体においては、培養上清及び無細胞抽出液に全く活性が確認できなかった。
(まとめ)
実施例3〜5の知見をまとめると、実施例2と比較例は、形質転換されている遺伝子のコピー数およびその転写量までは同等であるが、形質転換されているFAD結合型グルコース脱水素酵素の遺伝子と想定される配列が微妙に異なっており、その遺伝子配列の違いが酵素活性の発現に大きな影響を与えていると結論付けることができる。
【実施例6】
【0068】
(アスペルギルス・オリゼの他の菌株における比較)
アスペルギルス・オリゼの他の数種類の菌株について、実施例1−(2)と同様にそれらの培養上清及び無細胞抽出液(CFE)におけるFAD結合型グルコース脱水素酵素活性を確認した。また、それらの菌株について、実施例2−(1)と同様に染色体DNAを抽出し、配列番号6及び7記載のプライマーを使用し増幅した約1.9kbpの断片の配列を決定し、配列番号2に記載の配列、並びにAO090005000449の染色体DNA配列と比較した。また、翻訳したアミノ酸配列を、配列番号1に記載の配列、並びにAO090005000449のアミノ酸配列と比較した。これらの結果を、実施例1から3及び比較例の結果と共に以下の表1に示した。配列に関しては特に実施例3−(1)記載のAGVPWVというアミノ酸配列の有無に関して表1に示した。
【0069】
【表1】

【0070】
アスペルギルス・オリゼ NBRC4079、4214、4268、5238、6215及び30113由来の染色体DNA配列は、いずれも配列番号2の配列と完全に一致していた。
アスペルギルス・オリゼ NBRC4203由来の染色体DNA配列は、配列番号2の配列と4塩基(135C→A,437G→A,532G→A,1263C→T)が異なっていた。さらに、アスペルギルス・オリゼ NBRC4203由来の染色体DNA配列を翻訳したアミノ酸配列は、配列番号1の配列と2アミノ酸(129V→I,386A→V)が異なっていた。
また、アスペルギルス・オリゼNBRC30104由来の染色体DNA配列は、配列番号2の配列と4塩基(135C→A,413C→A,437G→A,532G→A)が異なっていた。さらに、アスペルギルス・オリゼNBRC30104由来の染色体DNA配列を翻訳したアミノ酸配列は、配列番号1の配列と2アミノ酸(121R→S,129V→I)が異なっていた。これらのアミノ酸配列の違いは、FAD結合型グルコース脱水素酵素の発現には直接影響していないものと推察された。
また、アスペルギルス・オリゼ NBRC4181及び4220の染色体DNA配列は、いずれもAO090005000449の染色体DNA配列と完全に一致していた。
【0071】
実施例1〜5及び比較例の結果より、アスペルギルス・オリゼNBRC5375株由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子は、活性型のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードする遺伝子だったと結論付けられ、また、アスペルギルス・オリゼNBRC100959株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素と推定される遺伝子(AO090005000449遺伝子)は、活性型のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードする遺伝子ではなかった。AO090005000449遺伝子は、NBRC5375株由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素のアミノ酸配列と非常に類似したアミノ酸配列をコードしているので、当該技術分野における技術常識に鑑みると、同様の酵素活性を持っていると考えられる。しかしながら、予想外なことに、本発明者によって、実際には比較例に示すようにAO090005000449遺伝子、NBRC4181遺伝子及び4220遺伝子の配列では該酵素は発現されないことが初めて見出された。同様の発現系を用いて、前記の配列の違いのみでFAD結合型グルコース脱水素酵素の発現の有無が生じていることから、あくまで仮説ではあるが、アスペルギルス・オリゼ NBRC5375株等のFAD結合型グルコース脱水素酵素に含まれるアミノ酸配列:AGVPWVはFAD結合型グルコース脱水素酵素の高次構造を取るのに重要な配列と思われ、AGVPWVが欠けた場合は小胞体ストレス等を引き起こし、発現蛋白の分解及び/または発現の抑制が起こっていると推察される。開始アミノ酸Mを1番目とした時に202番目付近にアミノ酸配列:AGVPWVが存在することは機能発現に重要である。なおこの配列中のどのアミノ酸が活性発現に必須であるかは、現在研究中であるが、一部のアミノ酸を欠失、置換または付加してもある程度の活性は維持できる可能性はある。また、アミノ酸配列:AGVPWV以外の部分においては、アスペルギルス・オリゼ NBRC4203、アスペルギルス・オリゼNBRC 30104の遺伝子解析から判明した数個のアミノ酸置換は、FAD結合型グルコース脱水素酵素の発現に影響を与えなかった。
【実施例7】
【0072】
(FAD結合型グルコース脱水素酵素の性質試験)
実施例5で得られた、実施例2の菌体の培養上清を、分画分子量1万のビバセル2(ビバサイエンス社製)で濃縮後、蒸留水で置換し、タンパク質当たりの比活性が323U/mgの精製酵素を得た。尚、FAD結合型グルコース脱水素酵素活性を示した他の菌株由来の酵素についても、同様に精製可能であった。これらの精製酵素をSDS−PAGEに供したところ、約86kDaの単一バンドを確認できた。本酵素について、作用性、基質特異性及び補酵素を調べた。なお、酵素活性は、前述記載の酵素活性測定法に従って測定した。
1)作用性
精製酵素を、8.66mM DCIP存在下で500mM D−グルコースと反応させ、反応産物をD−グルコン酸/D−グルコノ−δ−ラクトン定量キットで定量した。その結果、D−グルコン酸の生成が確認され、これより本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素はD−グルコースの1位の水酸基を酸化する反応を触媒する酵素であることが明らかになった。
2)基質特異性
前述の酵素活性測定法における活性測定用反応液の基質を、D−グルコース、マルトース、及びD−ガラクトースを使用し、酵素活性測定法に則り精製酵素の酵素活性を測定した。該酵素のD−グルコースに対する活性値を100%とした場合、マルトースに対する酵素活性値が2.1%、D−ガラクトースに対する酵素活性値が0.99%の作用性だった。
3)補酵素
精製酵素にD−グルコースを添加し、吸光分析を行ったところ、385nm及び465nmに認められた吸収極大が該添加により消失したことから、補酵素がFADであることが明らかとなった。
【実施例8】
【0073】
(酵素固定化電極によるグルコースの測定)
実施例7記載の精製酵素を使用し、酵素固定化電極によるD−グルコースの測定を行った。本酵素1.5Uを固定化したグラッシーカーボン(GC)電極を用いて、グルコース濃度に対する応答電流値を測定した。電解セル中に、50mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.0)1.8ml及び1M ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(フェリシアン化カリウム)水溶液0.2mlを添加した。GC電極をポテンショスタットBAS100B/W(BAS製)に接続し、37℃で溶液を撹拌し、銀塩化銀参照電極に対して+500mVを印加した。これらの系に1M D−グルコース溶液を終濃度が5、10、20、30、40、50mMになるよう添加し、添加ごとに定常状態の電流値を測定した。この電流値を既知のグルコース濃度(5、10、20、30、40、50mM)に対してプロットしたところ、検量線が作成できた(図1)。これより本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素を使用した酵素固定化電極でグルコースの定量が可能であることが示された。
【実施例9】
【0074】
(PCRによるFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子の確認)
(1)菌体培養
グルコース(ナカライ社製)1%(W/V)、脱脂大豆(昭和産業社製)2%(W/V)、コーンスティープリカー(サンエイ糖化社製)0.5%(W/V)、硫酸マグネシウム七水和物(ナカライ社製)0.1%(W/V)及び水からなる液体培地をpH6.0に調整し、10mLを太試験管に入れ、121℃、20分間オートクレーブした。冷却したこの液体培地に、実施例4で示しているように、培養液中にグルコース脱水素酵素活性を有することが確認されているアスペルギルス・オリゼNBRC4268株、NBRC5375株、NBRC6215株と、培養液中に本酵素活性が認められないアスペルギルス・オリゼNBRC4181株、NBRC4220株、及びNBRC100959株を各試験管に接種し、30℃で43時間振盪培養した後、遠心分離機を用いて、それぞれ湿菌体を回収した。
【0075】
(2)染色体DNAの抽出
(1)で得られた湿菌体を液体窒素で凍結した後、粉砕し、常法により染色体DNAを抽出した。
【0076】
(3)FAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子全長の増幅
(2)で抽出した各DNAをテンプレートに、配列番号2の配列を元に合成したプライマー3及び4を用いて、下記条件でPCRを行い、約1.9kbpのFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子を含むPCR産物を取得した。
テンプレート :(2)で抽出したDNA
プライマー :
プライマー3 :5’-ttatgctcttctcactggcattcctgagtgccctgt-3’(配列番号10)
プライマー4 :5’-gctaagcactcttcgcatcctccttaatcaagtcgg-3’(配列番号11)
反応条件 :変性94℃、1分(1サイクル)
変性94℃、30秒、アニーリング45℃、30秒、伸長反応72℃、1分30秒(30サイクル)
伸長反応72℃、10分(1サイクル)
【0077】
(4)活性を発現するFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子の増幅
(1)で得られた各PCR産物をテンプレートに、プライマー3とアミノ酸配列:AGVPWVを元に合成したプライマー5を用いて、下記条件でPCRを行った。
テンプレート :(3)で得られたPCR産物
プライマー :
プライマー3 :5’-ttatgctcttctcactggcattcctgagtgccctgt- 3’(配列番号10)
プライマー5 :5’-aacccatggaacaccagc-3’ (配列番号12)
反応条件 :変性94℃、1分(1サイクル)
変性94℃、30秒、アニーリング65℃、30秒、伸長反応72℃、1分(30サイクル)
伸長反応72℃、5分(1サイクル)。
【0078】
PCRによる目的遺伝子の検出結果を第2図に示した。培養液中にグルコース脱水素酵素活性を有するアスペルギルス・オリゼ由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドのみが、PCRで予想されるサイズの増幅を確認できた。尚、(2)で得られたDNAを直接テンプレートに用いてPCRを行っても、同様に、培養液中にグルコース脱水素酵素活性を有するアスペルギルス・オリゼ由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドのみが、PCRで予想されるサイズの増幅を確認できた。
【実施例10】
【0079】
(サザンハイブリダイゼーションによるFAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子の確認)
実施例9の(1)で得られた各PCR産物100ngをアガロースゲル電気泳動後、ナイロンメンブレン(Hybond-N+、GEヘルスケア社製)にブロッティングし、80℃で71時間固定した。プレハイブリダイゼーションした後、5’末端をフルオレセインイソチオシアネート(FITC)で蛍光標識した、アミノ酸配列:AGVPWVを元に合成したプローブを加え、37℃で24時間インキュベートした。メンブレンを4℃、6×SSC及び50℃、塩化テトラメチルアンモニウム溶液で洗浄後、25mM TBSで塩化テトラメチルアンモニウム溶液由来のSDSを洗浄し、イメージアナライザー(Typhoon9400、GEヘルスケア社製)で、蛍光検出を行った。以下に、使用したバッファーの組成及びプローブの配列について記載する。
ハイブリダイゼーションバッファー :
6×SSC
5×デンハルト溶液
0.5% スキムミルク
20×SSC :
3M 塩化ナトリウム
0.3M クエン酸三ナトリウム
塩化テトラメチルアンモニウム溶液 :
3M 塩化テトラメチルアンモニウム
50mM Tris-HCl(pH8.0)
2mM EDTA
0.1% SDS
プローブ :5’(FITC)-gctggtgttccatgggtt-3’(配列番号5)。
【0080】
サザンハイブリダイゼーションによる目的遺伝子の検出結果を第3図に示す。培養液中にグルコース脱水素酵素を有するアスペルギルス・オリゼ由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドのみが、サザンハイブリダイゼーションで検出できることがわかる。尚、サザンハイブリダイゼーションによる確認は、実施例9の(3)で得られたPCR産物をナイロンメンブレン(Hybond-N+、GEヘルスケア社製)上に固定して行っても同様の結果を得ることができる。
【実施例11】
【0081】
(FAD結合型グルコース脱水素酵素遺伝子と確認できた遺伝子のクローニング、及びクローニングした菌株における分泌生産)
実施例9及び/又は実施例10に示す方法で、培養液中にグルコース脱水素酵素を分泌生産するアスペルギルス・オリゼ由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドと確認できた同遺伝子について、実施例2に記載の方法従ってベクターに連結、クローニングした菌株を培養した結果、培養液上清に活性型酵素を大量に分泌生産させることができた。
【実施例12】
【0082】
(アスペルギルス・オリゼ由来FAD結合型グルコース脱水素酵素の活性発現に影響を及ぼしているアミノ酸の確認)
アスペルギルス・オリゼNBRC5375株由来FAD結合型グルコース脱水素酵素の6アミノ酸(AGVPWV(202〜207番目のアミノ酸))のうち、1アミノ酸を欠失させた幾つかの変異酵素遺伝子、6個すべてのアミノ酸を欠失させた変異酵素遺伝子、及び、それら6個のアミノ酸に代えてMetをコードする塩基を有する変異酵素遺伝子を作成し、アスペルギルス・オリゼNS4株に導入して活性発現への影響を確認した。尚、変異遺伝子の作成は、STRATAGEN社製Quik Change Site Directed Muntagenesis Kitsを用い、アスペルギルス・オリゼへの遺伝子導入は実施例2に記載の方法に順じて行った。各々の変異導入組み換え体(単コピーと推定されるもの)につき培地当たりの平均活性値(3株)を求めた結果を表2に示す。これら結果から、アスペルギルス・オリゼのFAD結合型グルコース脱水素酵素の活性発現には、これらの6アミノ酸、特に、205〜207番目のアミノ酸が重要であることが強く示唆される。
【0083】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明のポリヌクレオチドにコードされるFAD結合型グルコース脱水素酵素は、血糖の測定において実質的にマルトースに作用しないことから、より高精度な自己血糖測定(SMBG)装置にも利用することができ、糖尿病患者の自己管理・治療に大きく資する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性基板上に、電極系と、酵素と電子受容体とを含む酵素反応層とを備え、前記酵素反応層上に基質を含む試料液を滴下すると、酵素反応層の酵素と基質が反応し、これにともなって電子が授受された電子受容体から基質濃度を測定する、医療分野、臨床分野で使用されるグルコース測定用バイオセンサであって、
前記酵素が、アスペルギルス・オリゼ由来のFAD結合型グルコース脱水素酵素をコードするポリヌクレオチドを保有する組み換えベクターを用いて、アスペルギルス・オリゼ株を形質転換して培養するセルフクローニングにより生産したFAD結合型グルコース脱水素酵素であり、
グルコースに対する酵素活性を100%とした場合に、マルトースとガラクトースとに対する酵素活性値がともに5%以下であることを特徴とするグルコース測定用バイオセンサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−217755(P2011−217755A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−137993(P2011−137993)
【出願日】平成23年6月22日(2011.6.22)
【分割の表示】特願2010−232518(P2010−232518)の分割
【原出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(000210067)池田食研株式会社 (35)
【Fターム(参考)】