説明

ゲル状経腸栄養剤

【課題】胃食道逆流や栄養剤リークなどが発生せず、また投与時にチューブ詰まりを起さず、長期間の保存においても離水などの品質に問題ないゲル状の経腸栄養剤を提供する。
【解決手段】寒天とアルギン酸および/またはその塩類を配合するこにより、胃内での固形物(ゲル)の形状保持力に優れ、pHの変動によっても容易に崩壊・溶解せず、長期保存においても離水などの物性の変化はほとんどみられず、加熱滅菌が可能で、しかも経管チューブの通過性も良好なゲル状経腸栄養剤が調製できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療分野における経腸栄養剤や流動食において、固形物(ゲル)でありながら経管チューブなどに対するチューブ通過性が良好であるとともに、胃内でその固形物(ゲル)が容易に溶解もしくは崩壊することなく、その形状を保つことができることから、投与後の胃食道逆流防止に効果を示し、さらに、製品流通および保存中に離水増加などの物性変動が少ないので、離水による胃食道逆流を防止し、レトルト殺菌などの加熱滅菌が可能なゲル状の経腸栄養剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢化社会の到来に伴い、経口摂取困難な高齢者における栄養投与手段として、経管チューブを介して栄養剤の投与を受ける患者が増加してきた。特に、内視鏡を用いて簡便に胃瘻が作成できる経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)が開発されて以来、PEGは安全かつ有効な栄養投与手段として広く普及してきた。しかし、PEG施行患者においても栄養管理上いくつかの合併症が報告されており、胃食道逆流、経腸栄養剤リーク、下痢などが挙げられる。これらはしばしば誤嚥性肺炎や感染症、脱水などを引き起こし、生命をも脅かす重篤な合併症となる。その原因として、経腸栄養剤が非生理的な液体であることの問題が指摘され、対策として、液状栄養剤の固形化や粘度調整が有効であったとの報告があり注目されている。
【0003】
これらの知見に基づき、いくつかの発明がなされている。例えば、寒天または全卵を半固形化剤として添加し、プリンまたは茶碗蒸し程度の硬さを有する半固形物の経腸栄養剤が開示されている(例えば、特許文献1、2参照。)。また、ローメトキシルペクチン、アルギン酸およびカラギーナンから選択される増粘剤で構成されるダンピング予防食品が示されており(例えば、特許文献3参照。)、これは、この食品を栄養剤投与前後にチューブを介して胃内に注入することで、胃内で固形物を形成し、腸管への急激な流入を防いで一過性の高血糖(ダンピング症)を予防するものである。さらに、胃食道逆流やダンピング症候群を防ぐことができ、患者や看護人に不快感を与えることなく所望の粘度でかつ短時間で投与することができ、しかも安全かつ容易に調製することができる経管栄養剤が開示されている(例えば、特許文献4参照。)。その中で使用する増粘剤としては、グアーガム、カラギーナン、カルボシキメチルセルロース、キサンタンガム、キチン、キトサンなどが例示されている。なお、上述した増粘剤およびゲル化剤以外に、一般的に食品ゼリーなどに使用されているものには、ゼラチン、ローカストビーンガム、ジェランガム、グルコマンナン、カードランなどが知られている。
【0004】
しかし、これらの従来の技術においては、製品では固形物を形成していても、胃内のpHや蠕動運動で溶解もしくは崩壊を起し形状が消失するものや、耐熱性がなくレトルト滅菌により固形物(ゲル)形成力が減弱もしくは消失してしまうもの、固形物に粘性があるためにシリンジなどを用いて経管(PEG)チューブ投与する際、強い力で固形物を押し出す必要があり、時としてチューブ詰まりを起すもの、さらには製品保存中に離水などの形状変化をきたすものであった。例えば、寒天や全卵で固形化した経腸栄養剤(特許文献1、2)は、胃内では脆い物性を示し、ばらばらに崩壊して胃食道逆流を十分に防止できない。特に、寒天や全卵で固形化した経腸栄養剤(特許文献1、2)は、流通中や長期保存中に離水が発生し、離水した経腸栄養剤を患者に投与すると、胃食道逆流や栄養剤のリークなどを起こしてしまうという問題を有している。
また、特許文献3記載の食品で固形化した栄養剤は酸性の胃内では固形物の形状保持力があるものの、腸液など中性の液が胃内に流入するなどの要因で、胃内のpHが変動した場合には簡単に溶解もしくは崩壊して流動性を持ち、胃食道逆流の危険性が生じてしまう。さらには、特許文献4では、粘体状の経管栄養剤の記述のみであり、胃内における固形物の形状保持力や、加熱滅菌での耐性、また製品保存中の離水など形状変化については記述されておらず、上述の問題が解決できるような製剤は調製できない。
これらのことから、ゲル状の栄養剤に係る従来の技術においては、胃内での固形物の形状保持力が優れ、チューブ易通過性を示し、また製品保存時に離水などの形状変化が少なく、しかもレトルト滅菌が可能な耐熱性のあるものは製造できなかった。特に、流通中や長期保存中に離水が発生し、離水した経腸栄養剤を患者に投与すると、胃食道逆流や栄養剤のリークを起こしてしまうという大きな問題を有している。
特許文献1 特開2003-201230号公報
特許文献2 特開2004-26844号公報
特許文献3 特許第3140426号公報
特許文献4 特開2004-217531号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述した従来技術の問題点を鑑みて、胃内での固形物(ゲル)の形状保持力が優れ、腸液などの逆流によるpH変化にも容易に溶解もしくは崩壊せず、シリンジ等を用いて適度な力で経管(PEG)チューブから投与できる物性を持ち、また製品として長期保存においても離水などの物性面での変化も少なく、しかもレトルト滅菌が可能な耐熱性のあるゲル状の経腸栄養剤を提供することを課題とする。さらに詳しくは、PEG施行患者などチューブ投与をする経腸栄養剤において、胃食道逆流や栄養剤リークなどが発生せず、また投与時にチューブ詰まりを起さない、しかもレトルト殺菌された製品であり、長期間の保存においても離水などの品質に問題ないレベルまで変化しないゲル状の経腸栄養剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは検討を重ねた結果、以下の成分および構成をとることにより、胃内での固形物(ゲル)の形状保持力に優れ、また経管 (PEG) チューブに対して易通過性を示し、しかも製品での長期保存においても離水などの変化が少ないゲル状の経腸栄養剤を提供できることを見出した。
(1)寒天と、アルギン酸および/またはその塩類を配合したゲル状経腸栄養剤
(2)寒天と、アルギン酸および/またはその塩類、かつ窒素源として大豆たん白質を配合したゲル状経腸栄養剤
【発明の効果】
【0007】
本発明により、従来の増粘もしくは固形化された経腸栄養剤において欠点であった胃内での固形物(ゲル)の形状保持力の消失や、投与時の経管(PEG)チューブ詰まりトラブルが防止でき、胃食道逆流や栄養剤のリークなどが発生しないゲル状の経腸栄養剤を提供し得る。
特に、流通中や保存時の離水増加などの物性変化も抑制できることから、離水による胃食道逆流や栄養剤のリークなどを防止でき、長期にわたり品質を保持することが可能となる。さらに、レトルト殺菌などの加熱滅菌などによる物性変化が防止でき、微生物学的な安全性も十分に確保可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のゲル状経腸栄養剤の構成は以下のように検討した。まず、既存技術でのゲル状栄養剤の構成で問題が発生することを確認し、これらに対する構成を検討した。その中で明らかにした既存技術の主な問題は次のとおりである。
(1)寒天や全卵で固形化した経腸栄養剤(特許文献1、2)は、保存時や振動、落下の衝撃に対して顕著な離水現象が発生し、胃食道逆流の防止効果が減弱もしくは消失する。
(2)ペクチン(特許文献3)やカラギーナンなどの多糖類を用いて固形化した経腸栄養剤では加熱滅菌に対する耐性が弱く、レトルト滅菌で顕著な離水を発生する。
(3)ペクチンやカラギーナンなどイオン結合で構造を築き固形化した経腸栄養剤では、pHの変動により崩壊もしくは溶解する性質があり、胃内での固形物の形状保持性が消失する。
(4)グアーガム、ペクチンなど粘性の高い増粘剤およびゲル化剤を用いて固形化した経腸栄養剤では経管(PEG)チューブに対する通過性や付着性が著しく悪くなる。
【0009】
上述したような問題点を考慮して、増粘剤およびゲル化剤の種類や組合せ、添加量などを鋭意研究し、試験による確認を行った。すなわち、まず(1)少量のゲル化剤添加量で高いゲル化強度(かたさ)を持つゲル状経腸栄養剤が得られるものを探索し、次いで(2)胃内においても形状保持能力に優れ、(3)離水が少なく、(4)チューブ通過性が良好であること、を条件にゲル化剤の組合せを探索し、さらに(5)耐熱性と(6)長期間の保存安定性があり、(7)流通時においても品質劣化が起こり難い物性を有するゲル化剤の組合せを絞り込んでいった。その結果、あらゆるゲル化剤の組合せにおいて、寒天にアルギン酸類を配合した栄養剤が上記すべての項目を最も良く満たすことを見出すに至った。例えば、寒天は、(1)少量のゲル化剤添加量でゲル化し、(4)チューブ通過性に優れた素材であった。しかしながら、寒天は脆い性質を持ち胃内で容易に崩壊してしまうこと、離水が多いなどの欠点があり、それらの欠点を克服する素材がアルギン酸類との混合であった。
これらの研究の結果、以下の発明を達成した。即ち、寒天とアルギン酸および/またはその塩類を配合すると、胃内での固形物(ゲル)の形状保持力に優れ、pHの変動によっても容易に崩壊・溶解せず、長期保存においても離水などの物性の変化はほとんどみられず、加熱滅菌が可能で、しかも経管チューブの通過性も良好なゲル状経腸栄養剤が調製できること、また、窒素源として大豆たん白質もしくはその加水分解物を配合すると上記の製剤特徴がさらに引き出せることを見出した。特に、流通中や保存時の離水増加などの物性変化も抑制できることから、離水による胃食道逆流や栄養剤のリークなどを防止できるようになったことは本発明の大きな特徴である。
【0010】
本発明のゲル状経腸栄養剤は次の構成を有することを特徴とする。
(1)寒天と、アルギン酸および/またはその塩類が配合されている。
(2)生体に必要な栄養素が配合され、特に窒素源として大豆たん白質が配合されている。
このような構成をとることにより、本発明のゲル状経腸栄養剤は、製剤物性および長期保存において、既存技術にはみられない特徴、即ち胃内のpHの変動によっても容易に崩壊・溶解しない優れた胃内での固形物(ゲル)の形状保持力を有し、製品の長期保存においても離水などの物性の変化はほとんどみられず、加熱滅菌が可能で、しかも経管チューブの通過性も良好であるという特徴を有する。上記の本発明の構成のうち、寒天は、経腸栄養剤に含まれる栄養素の種類や配合量の影響を受けずに固形物を比較的容易に形成し、チューブ通過性の良好なゲル物性を呈するが、離水し易くしかも脆い性質を持ち、したがって長期に保存できず、商業上流通される経腸栄養剤製品としての実用化は難しい。しかも胃内などの酸性条件下では塊を保持できずにばらばらに崩壊し易いという欠点がある。本発明者らは、寒天を用いた栄養剤におけるこれらの欠点を克服し、固形物(ゲル)において胃内での形状保持力を高め、長期保存時の離水性防止が可能な構成を探索した結果、寒天と、アルギン酸および/またはその塩類との組合せにより、上記の欠点を改善することを見出した。一方、アルギン酸やその塩類単独で固形化した栄養剤は、胃内では固形物の形状保持力を有するがpH変動により容易に流動性となる。しかも粘性が強くチューブ通過性に問題が生じるという欠点があり、この両者の組合せにより相互の欠点を相補し合える特性があることを見出し本発明に至った。なお、本発明者らは寒天と、アルギン酸および/またはその塩類以外の増粘剤およびゲル化剤の組合せとして、一般的にゲル化剤として使用されているカラギーナンやジェランガム、グルコマンナン、ペクチン、ローカストビーンガムなどを用いて探索したが、本発明のごとき全ての特徴を有するゲル状経腸栄養剤は調製できなかった。
【0011】
本願発明の寒天と、アルギン酸および/またはその塩類の組合せは、流通中や保存時の離水が特に少ないという格別の効果を有するが、この最良の組合せとなった理由として次のことが挙げられる。すなわち、
(1)寒天のゲル化は、熱の変化(加熱後の冷却)により生じる寒天分子鎖内および分子鎖間の水素結合が3次元の構造を形成するが、アルギン酸類では、カルシウムなどミネラル・金属塩とのキレート(イオン結合)によるゲル化で3次元の構造を形成することから、ゲル化メカニズムが異なる素材で新たな機能を持つハイブリッドゲルを調製することができた。
(2)特に、アルギン酸は他のゲル化剤と異なり、構成する多糖類が直鎖で分岐がない。そのため、寒天の水素結合によるゲルの立体構造を阻害することなく、両者の素材が編み合ったハイブリッドの網目構造を形成し、これまでに認められなかった新たな機能を付与することができた。
(3)寒天ゲルは、多くの分子内及び分子間水素結合で構造を形成しているため、寒天分子と水分子間との水素結合部位(水酸基など)が少なく、ゲル内に保持され難く離水が起こるのに対し、アルギン酸類では、カルシウムなどミネラル・金属塩とのキレート(イオン結合)によるゲル化であることから、水分子と水素結合する部位が多く、ゲル内に保持して離水を抑える効果がある。これらのハイブリッドゲルでは、アルギン酸のもつ保水力が有効に作用している。
(4)寒天は耐熱性がないものの、アルギン酸ゲルは耐熱性に優れている。寒天―アルギン酸ハイブリッドゲルではアルギン酸ゲルの持つ耐熱性が構造上ゲルを補強および維持し、ゲル構造の崩壊を抑制している。
(5)寒天は硬く脆い物性のゲルを形成するのに対し、アルギン酸類は、比較的弾力性のある物性のゲルを形成する。また、アルギン酸類は胃酸によりゲル化強度が十分保持される性質も有する。このことは、ハイブリッドゲルは、アルギン酸のもつ性質を保持し、胃内での形状保持力を改善させ、また、弾力性が流通時の崩壊を防ぐ効果を有する。
(6)一方、アルギン酸類は、寒天の持つゲル化構造を根本的に変えることがないので、寒天独自の特性、すなわち、良好なチューブ通過性などが維持される。
【0012】
さらに、検討を重ねた結果、寒天と、アルギン酸および/またはその塩類とを配合したゲル状経腸栄養剤において、その窒素源として大豆たん白質を配合した場合、上述の特徴がさらに顕著に現れることを見出し、より好ましいゲル状経腸栄養剤を調製することができるに至った。
【0013】
本発明において用いる寒天の種類は、特に限定されるものではなく、日本薬局方収載のカンテンやカンテン末、食品素材としての寒天末、棒寒天、即溶性寒天などが使用できる。また、アルギン酸およびその塩類の種類も特に限定されるものではなく、医薬品添加物規格のものや、食品添加物規格のものが使用できる。アルギン酸塩の種類も特に限定されず、ナトリウム塩、カルシウム塩などが使用できる。
【0014】
一方、経腸栄養剤に配合する原料も特に限定されるものではなく、生体に必要な栄養素を配合する。特に窒素源としては、大豆たん白質もしくはその加水分解物を使用すると、本発明の特徴を最大限に引き出すことができる。また大豆たん白質の種類は特に限定されるものではなく、豆乳、濃縮大豆たん白質、分離大豆たん白質、大豆ペプチドなどが使用できる。また、添加量も特に規定されるものではなく、通常配合される量を添加すれば十分で、0.5〜4.4g/100mlの範囲で配合するのが本発明の特徴を引き出すため好ましい。なお、大豆たん白質およびその加水分解物の作用として、大豆たん白質は加熱により変成し自らゲル化することから、寒天やアルギン酸のゲル化に相乗効果を及ぼしているものと考えられる。また、窒素源の全てを大豆たん白質にする必要はなく、例えば、乳たん白質、乳カゼイン、カゼイネートなどの一般的なたん白質を窒素源として適宜併用することも可能である。
【0015】
一方、寒天とアルギン酸類の栄養剤への添加量は特に規定されるものではなく、栄養剤の濃度や大豆たん白質の添加量によって適宜調整する。しかし、添加量が少ないとゲル状とならず、また多量ではゲルが硬くチューブ通過性に問題が生じることから、寒天は経腸栄養剤当たり0.05〜0.5%、アルギン酸とその塩類の合計量が経腸栄養剤当たり0.02〜0.5%配合するのが、本発明の特徴を十分引き出すことができて好ましい。
【0016】
経腸栄養剤の固形濃度は、特に規定はないが、濃度が低いと1日に必要な栄養素を投与する場合に大量の栄養剤投与が必要となり、患者に負担を強いることとなる。一方、固形濃度が高いと水分が不足し、脱水症状を起す危険性がある。その際には、水分の補給が必要となるが、その水投与時においても胃食道逆流の危険性があるためにゼリーなどの固形物で投与せねばならず、煩雑となる。本発明では寒天およびアルギン酸類の添加量を適宜調整することによっていかなる固形濃度の経腸栄養剤もゲル化が可能であるが、その固形濃度は0.5〜2kcal/100gにするのが好ましく、その範囲内で最良の物性および保存性のゲル状経腸栄養剤が調製できる。
【0017】
また、本発明においては、栄養素中のカルシウムやマグネシウムが固形物(ゲル)の物性に影響を与える。これらミネラル配合量は、カルシウムで30〜100mg/100ml、マグネシウムで15〜50mg/100mlが好ましく、これより低い場合、ゲル形状保持力が減弱し、高い場合は不均質なゲルを形成するので注意を要する。
【0018】
さらに、本発明の栄養剤に配合する糖質は、デンプンのように自らゲル化に関与し、ゲル状栄養剤の粘性など物性に影響を及ぼすことがある。そのため、糖質にはデキストリンやオリゴ糖、ショ糖などの2糖類、グルコースなどの単糖類を適宜配合させて使用することが好ましい。特に、デキストリンは、栄養剤の固形濃度が低く、寒天やアルギン酸類の配合量が多い場合は、分解率の高いデキストリンや低分子の糖類を使用し、栄養剤の固形濃度が高く、寒天やアルギン酸類の配合量が少ない場合は分解率が低いデキストリンを使用すると、長期保存時の離水が抑えられて好ましい。この場合、分解率の異なるデキストリンや低分子糖類を適宜混合して使用することが好ましい。
【0019】
なお、栄養剤に配合される上記以外の栄養素成分についても、特に限定されるものではなく、あらゆる原料が使用できる。例えば、本発明に用いる油脂としては、大豆油、コーン油、パーム油、サフラワー油、魚油などの天然油脂の他、炭素数6〜12程度の中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)などを使用することができるが、特にこれらに限定されるものではない。また、本発明に用いるビタミン類やミネラル類も、従来から用いられている各種の微量栄養成分や微量金属などを使用することができる。
【0020】
本発明のゲル状経腸栄養剤の製造方法は、特に限定されず、例えば、水にたん白質などの窒素源、糖質、ビタミン類、ミネラル類、及び油脂と乳化剤を添加してホモジナイザーで乳化するなど常法により液状の経腸栄養剤を調製後、予め加熱溶解した寒天とアルギン酸類の溶液を添加混合し、アルミパウチなどのパウチやソフトバッグなどに充填し、レトルトなどで加熱滅菌して製造する。特に、寒天やアルギン酸類の溶液を添加する工程は限定するものではなく、例えば、高圧ホモジナイザーを用いて油脂を乳化する工程前に添加すると、均質にそれらが分散されて、色調や物性でむらのないゲル状経腸栄養剤を調製できることから好ましい。また、寒天やアルギン酸類の溶液を添加した後、冷却してゲル化させないで、次の均質化あるいは充填を行なう。
【0021】
上述のようにして調製されたゲル状栄養剤は、製品および投与時の胃内において形状保持力がある上に、長期の製品保存時においても離水が少なく、流通時におけるある程度の振動耐性があることから、アルミパウチなどのパウチやソフトバッグに充填しても、品質上の問題が生じない。また、出口にスパウトを付けたパウチに本発明品を充填することにより、パウチを押して容易にゲル状経腸栄養剤を出すことが可能となり、スパウトをPEGなどの経管チューブ類に装着して、パウチを手や圧縮器具で押して容易に患者に投与することが可能である。
【0022】
また、従来の技術で調製された固形化栄養剤では高粘性による経管(PEG)チューブに対する通過性の著しい低下があり、それに伴いチューブ詰まりが発生するおそれがある。この場合にはチューブの交換が必要となって患者に大きな苦痛を与えるようになる。しかし、本発明品では、従来の高粘性の性質を有する固形化経腸栄養剤において認められる経管チューブの詰まりによる問題が起こる恐れはなく、安全に使用可能となる。
【0023】
さらに、本発明品は、通常の商品形態で流通された場合や長期に保管された場合において離水などの品質劣化が少ないことから、胃食道逆流を防止できる滅菌されたゲル状経腸栄養剤を医療現場に実用的に供給することが可能である。
【0024】
なお、本発明に係る経腸栄養剤の栄養素成分の構成は、本来の目的とする栄養補給や栄養管理が達成されれば特に限定されるものではない。汎用される一般的なゲル状経腸栄養剤に調製する場合の固形分組成は、たん白質を代表とする窒素源が8〜30重量%、油脂が2〜25重量%、および糖質が40〜70重量%となるように配合量を調整する。
なお、本発明のゲル状経腸栄養剤の投与形態は特に限定されず、PEGチューブ等を介した経腸投与以外に、経口摂取などにより投与も可能である。
【0025】
以下に、実施例を示して本発明を具体的に説明するとともに、比較例を示して本発明の効果をより明確に示す。しかし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、本発明の特徴を示す物性の評価に当たっては、以下の試験を実施した。すなわち、チューブ通過性は、固形物試料約50gを50mlカテーテルチップシリンジ(テルモ社)に充填し、20Fr.のPEGチューブ(バードボンスキーN.B.R.カテーテル:メディコン社)をシリンジに装着後、圧縮試験機(SV-55C:今田製作所社)を用いて50g/15秒でシリンジから排出した際の押出し力を測定した(測定温度:20℃)。なお、この際に手などで容易に押出せる力としては40N以下とした。また、離水率は、固形物試料約50gを50メッシュのふるいにのせ、20℃で30分間放置した際のふるいから通過した液体量(離水量)を測定し試料に対する離水量の比率から求めた。この際、離水率の許容範囲としては、外観上顕著な離水が認められない5%以下を基準とした。一方、胃内における固形物(ゲル)の形状保持量は、日本薬局方(第15改正)に記載された溶出試験法におけるパドル法を用いて、溶出試験第1液(pH1.2)を人工胃液相当として、この第1液に固形物を添加して攪拌60分後の固形物残存量を50メッシュのふるいでろ過した残渣から求めて残存量を算出した。また、腸液での溶解性を評価するために、同様に溶出試験第2液(pH6.8)を人工腸液相当として、その第2液に固形物を添加して攪拌60分後の固形物残存量を50メッシュのふるいでろ過した残渣から求めて残存量を算出した。さらに、胃内での固形物(ゲル)の形状保持性を評価するためにラットを用いた試験も行った。すなわち、SD系ラット8週齢の雄を一夜絶食後、固形物試料約2.2g(ラット体重1kg当たり約10g)についてラット用胃ゾンデを用いて単回強制経口投与し、投与60分後にラット胃内容物を取り出し、残存する固形物量を測定して投与量に対する胃内固形物比率を算出した。
【0026】
さらに、製品の長期間の保存安定性試験は、製品を温度25℃、湿度60%のインキュベーターに12ヶ月間保存し、その間の性状、チューブ押出し力、離水率などの変化を調べた。また、振動および落下耐性は、アルミパウチに充填した製品200gを通常のダンボールに包装後、JIS規格適合性試験(Z0200)に従い評価した。すなわち、振動試験では、振動方向:上下スイープ、周波数:5〜50Hz、加速度:±0.75G、スイープ時間:300秒、振動時間:60分間の条件で行った。また、落下試験は、上記の試料を高さ60cmから規定に従い10回落下させて評価した。いずれも20℃の室温で行なった。外観と離水率を測定し評価項目とした。これらの試験は3回繰り返し行い平均を求めた。
【0027】
なお、上記の試験における試料の性状(外観)評価は、色調のむらや変化、風味、離水状況、形状保持、流動性などを項目に目視観察で行なった。観察者は3名で行い、その評価の平均値をとった。
【実施例1】
【0028】
表1に示す割合の栄養成分を配合して固形濃度1.0kcal/gのゲル状経腸栄養剤の調製を行なった。まず水に大豆たん白質を添加後、70℃まで加温しながらTKホモジナイザー(特殊機化工業社)を用いて分散した。その分散液に、乳化剤を含有した油脂、カゼイネート、デキストリン、ミネラル類、およびビタミン類を添加し、次いで加熱溶解した寒天溶液と、クエン酸ナトリウムを溶解補助剤として水に溶解したアルギン酸溶液を添加後、冷却しないでそのままの温度で高圧ホモジナイザーで乳化し、本発明の寒天とアルギン酸類を配合した経腸栄養剤を調製した。上述のようにして得られた経腸栄養剤は、200gをアルミパウチに充填後、121℃の温度で15分間レトルト殺菌を行い製品とした。
【0029】
[比較例1]
特許文献1、2に記載の方法に従い、表1に示す割合の栄養成分を配合して寒天のみを配合した固形濃度1.0kcal/gの経腸栄養剤を調製した。すなわち、アルギン酸溶液を添加せずに寒天溶液のみを添加する以外は実施例1と同様に調製し、製品とした。
【0030】
[比較例2]
特許文献3に記載の方法に従いローメトキシルペクチンを配合し固形濃度1.0kcal/gの経腸栄養剤を調製した。すなわち、表1に示す割合の栄養成分を配合して、寒天溶液とアルギン酸溶液を添加する代わりに、ローメトキシルペクチンを添加した以外は実施例1と同様に調製し、製品とした。
【0031】
【表1】

【0032】
[試験例1]
実施例1および比較例1、2の経腸栄養剤について、品質試験、長期保存試験、振動落下試験、人工胃腸液を用いた崩壊溶出試験、ラットを用いた胃内でのゲル形成保持試験を行い比較した。
結果は表2に示すとおりである。
【0033】
【表2】

【0034】
表2にみられるとおり、既存技術で調製した比較例1の経腸栄養剤では、製造直後の製品においても離水が10%以上と離水率は高く、しかも長期に保存した場合、離水率はさらに増加し、20%以上となった。また、振動および落下試験においても著しい離水が発生して製品として一般的な流通に問題が生じると考えられた。さらに、溶出試験においても人工胃液相当の第1液(pH1.2)中ではある程度固形物が残存したが、形状の保持が弱くばらばらの状態となった。また、比較例2の経腸栄養剤では、チューブ押出力が高く手でパウチを押して栄養剤を排出することは困難な物性を呈した。また、保存中に形状保持が弱くなりゾル状に近い物性を示すようになった。さらに、溶出試験においても人工胃液相当の第1液(pH1.2)中では良好に固形物が残存したが、人工腸液相当の第2液(pH6.8)中では速やかに溶解し、腸液逆流などによる胃内のpH変動に対して固形物の溶解性が大きく変化する危険性が認められた。一方、本発明品である実施例1により得られたゲル状経腸栄養剤は、製造直後から離水は少なく(3%以下)、チューブ押出し力も手で容易に押出せる力(40N以下)であった。製品の長期保存試験においても問題となる離水率の増加は認められなかった(5%以内)。また、振動および落下試験でも問題となる離水が発生せず、製品として流通中に問題が生じないと考えられた。さらに、溶出試験でも人工胃液相当の第1液(pH1.2)中では十分に固形物が残存し、人工腸液相当の第2液(pH6.8)中でも速やかに溶解することなく、ある程度固形物として留まり、徐々に崩壊する傾向を示した。そのため、胃内のpH変動に対して固形物の溶解性が大きく変化せず、それに伴う胃食道逆流の危険性は少ないと考えられた。
【実施例2】
【0035】
表3に示す割合の栄養成分を配合した本発明の固形濃度1.5kcal/gの経腸栄養剤の調製を行なった。ゲル状経腸栄養剤の調製は、水の配合量が異なる以外は実施例1と同様に行い、本発明の寒天とアルギン酸類を配合した経腸栄養剤を調製した。得られた経腸栄養剤は、200gをアルミパウチに充填後、121℃の温度で15分間レトルト殺菌を行い製品とした。
【0036】
[比較例3]
特許文献1、2に記載の方法に従い、表3に示す割合の栄養成分を配合した寒天のみを配合した固形濃度1.5kcal/gの栄養剤を調製した。すなわち、実施例2においてアルギン酸およびアルギン酸ナトリウム溶液を添加せずに寒天溶液のみを添加する以外は実施例2と同様に調製し、製品とした。
【0037】
[比較例4]
表3に示す割合の栄養成分を配合してアルギン酸類のみを配合した固形濃度1.5kcal/gの栄養剤を調製した。実施例2において寒天溶液を添加せず、アルギン酸およびアルギン酸ナトリウム溶液のみを添加する以外は実施例2と同様に調製し、製品とした。
【0038】
【表3】

【0039】
[試験例2]
実施例2および比較例3、4の経腸栄養剤について、品質試験、長期保存試験、振動落下試験、人工胃腸液を用いた崩壊溶出試験、ラットを用いた胃内でのゲル形成保持試験を行い比較した。
結果は表4に示すとおりである。
【0040】
【表4】

【0041】
表4にみられるとおり、既存技術で調製した比較例3の経腸栄養剤では、比較例1と同様に、製造直後の製品においても離水が5%以上と離水率は高く、チューブ押出しも大きな力(50N以上)が必要であった。しかも長期に保存した場合、離水率は増加をきたした。また、振動および落下試験においても離水の増加が認められ、製品として流通中に問題が生じると考えられた。さらに、溶出試験においても人工胃液相当の第1液(pH1.2)中ではある程度固形物が残存したが、形状の保持が弱くばらばらの状態となった。また、比較例4の経腸栄養剤では、チューブ押出力は問題なかった(40N以下)ものの、長期保存中に形状保持が弱くなり流動性を持つ物性に変化した。さらに、溶出試験においても人工胃液相当の第1液(pH1.2)中では良好に固形物が残存したが、人工腸液相当の第2液(pH6.8)中では速やかに溶解し、腸液逆流などによる胃内のpH変動に対して固形物の溶解性が大きく変化する危険性が認められた。一方、本発明品である実施例2により得られたゲル状経腸栄養剤は、製造直後からの離水は少なく(3%以下)、長期保存試験においても問題となる離水率の増加は認められなかった(5%以内)。また、振動および落下試験においても問題となる離水が発生せず、製品として流通中に問題が生じないと考えられた。さらに、溶出試験においても人工胃液相当の第1液(pH1.2)中では十分に固形物が残存し、人工腸液相当の第2液(pH6.8)中でも速やかに溶解することなく、ある程度固形物として留まる傾向を示した。そのため、胃内のpH変動に対して固形物の溶解性が大きく変化せず、それに伴う胃食道逆流の危険性は少ないと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
寒天と、アルギン酸および/またはその塩類を配合することを特徴とするゲル状経腸栄養剤。
【請求項2】
窒素源として大豆たん白質もしくはその加水分解物を配合することを特徴とする請求項1記載のゲル状経腸栄養剤。
【請求項3】
寒天が0.05〜0.5%、アルギン酸とアルギン酸塩類の合計量が0.02〜0.5%配合されていることを特徴とする請求項1〜2記載のゲル状経腸栄養剤。
【請求項4】
栄養剤の濃度が0.5〜2kcal/gであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のゲル状経腸栄養剤。
【請求項5】
栄養剤中のカルシウムが30〜100mg/100ml、マグネシウムが15〜50mg/100ml含有されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のゲル状経腸栄養剤。
【請求項6】
栄養剤がアルミパウチなどのソフトバッグまたはパウチに充填されていることを特徴とする請求1〜5のいずれかに記載のゲル状経腸栄養剤。

【公開番号】特開2008−69090(P2008−69090A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−247460(P2006−247460)
【出願日】平成18年9月13日(2006.9.13)
【特許番号】特許第4047363号(P4047363)
【特許公報発行日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(502138359)イーエヌ大塚製薬株式会社 (56)
【Fターム(参考)】