説明

コバルトジルコニウム化合物及び活物質、それらの製造方法、並びにアルカリ蓄電池

【課題】正極活物質に導電助剤として添加したときに、高い耐還元性を有して導電助剤としての機能を十分に発揮できる化合物を提供する。
【解決手段】
本発明のコバルトジルコニウム化合物は、オキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相とを含むことを特徴とする。酸化ジルコニウム相を有することによって、オキシ水酸化コバルトの還元が抑制される。また、コバルトの化合物としてオキシ水酸化コバルトを使用しているので、電池を使用する状態に至っても、製造当初のままにオキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相が混在している。すなわち、コバルトの化合物として水酸化コバルト等を使用した場合には、水酸化コバルトが電解液に溶解し、初回充電時に酸化されてオキシ水酸化コバルトとして再析出する過程を経るのに対して、本発明のオキシ水酸化コバルトは、溶解・再析出の過程を経ないからである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ蓄電池用の非焼結式ニッケル極に使用するコバルトジルコニウム化合物、活物質、及びそれらを使用したアルカリ蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ蓄電池の正極として、ニッケル発泡基材に活物質を含むペーストを充填する非焼結式電極が用いられている。その際、放電状態の活物質である水酸化ニッケルは導電性が低いので、活物質の利用率を上げるために、導電性の高いオキシ水酸化コバルト(CoOOH)を導電助剤として利用することが多い。例えば、酸化コバルト(CoO)、水酸化コバルト(Co(OH))、オキシ水酸化コバルト等の粉末を活物質を含むペーストに添加することが行われている。酸化コバルトや水酸化コバルトは、初回充電時に酸化されてオキシ水酸化コバルトとなって、導電助剤として作用する。
【0003】
オキシ水酸化コバルトは通常の正極条件では安定で、アルカリ性電解液にも不溶である。しかし、電池が過放電となって正極電位と負極電位が近づいた場合、あるいは逆充電の状態になった場合は、オキシ水酸化コバルトは還元されてコバルト(Co)の酸化数が小さくなり、導電性が低下する。さらに還元されて水酸化コバルトに変化すると、電解液中に溶け出し、導電助剤としての機能を果たさなくなる。
【0004】
このような状況から、オキシ水酸化コバルトの還元を抑制するための試みも為されている。例えば、特許文献1には、コバルトの酸化化合物にマグネシウム、アルミニウム等を添加する構成が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−50308号公報
【特許文献2】特開2000−77066号公報
【特許文献3】特開平9−190817号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、かかる実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、正極活物質に導電助剤として添加したときに、高い耐還元性を有して導電助剤としての機能を十分に発揮できる化合物を提供する点にある。また、その目的は、正極活物質となる水酸化ニッケル粒子の表面を導電補助層として被覆したときに、高い耐還元性を有して導電補助機能を十分に発揮できる化合物を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第一の発明に係るコバルトジルコニウム化合物は、オキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相とを含むことを特徴とする。このコバルトジルコニウム化合物は、酸化ジルコニウム相を有することによって、オキシ水酸化コバルトの還元が抑制される。また、コバルトの化合物としてオキシ水酸化コバルトを使用しているので、電池を使用する状態に至っても、オキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相が製造当初のままに混在した状態を維持することができる。すなわち、コバルトの化合物として水酸化コバルト等を使用した場合には、水酸化コバルトが電解液に溶解し、初回充電時に酸化されてオキシ水酸化コバルトとして再析出する過程を経るので、オキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相の分離が進むのに対して、本発明のオキシ水酸化コバルトは、溶解・再析出の過程を経ないからである。
【0008】
第一の発明の好ましい実施形態は、前記酸化ジルコニウム相の存在割合が、前記オキシ水酸化コバルト相と前記酸化ジルコニウム相との合計に対して、6.9質量%以上、57質量%以下であることを特徴とする。酸化ジルコニウム相の存在割合をこの範囲とすることによって、オキシ水酸化コバルトの耐還元性を向上しつつ、導電助剤の比抵抗を実用的な範囲にすることができる。
【0009】
第一の発明の好ましい実施形態は、前記酸化ジルコニウム相が立方晶構造を有することを特徴とし、また、前記酸化ジルコニウム相がナトリウムを含むことを特徴とする。
【0010】
第二の発明に係る活物質は、水酸化ニッケルを含有する粒子を第一の発明に係るコバルトジルコニウム化合物を含む導電補助層で被覆したことを特徴とする。ここで、「導電補助層」とは、活物質の導電性を補助する電流パスとなりうる低抵抗の被覆層を指し、具体的には酸化数が2以上のコバルト化合物(特に、水酸化コバルトなど)を指す。本発明の活物質はその表面を導電補助層で被覆されているので、電極の内部で導電補助層による導電ネットワークがより確実に形成され、オキシ水酸化コバルトと酸化ジルコニウムの使用量が少なくても、内部抵抗の十分に低いアルカリ蓄電池用電極を得ることができる。
【0011】
第二の発明の好ましい実施形態は、前記酸化ジルコニウム相の存在割合が、前記オキシ水酸化コバルト相と前記酸化ジルコニウム相との合計に対して、6.9質量%以上、57質量%以下であることを特徴とする。酸化ジルコニウム相の存在割合をこの範囲とすることによって、オキシ水酸化コバルトの耐還元性を向上しつつ、導電補助層の比抵抗を実用的な範囲にすることができる。
【0012】
第二の発明の好ましい実施形態は、前記酸化ジルコニウム相が立方晶構造を有することを特徴とし、また、前記酸化ジルコニウム相がナトリウムを含むことを特徴とする。
【0013】
第三の発明は、第一の発明に係るコバルトジルコニウム化合物または第二の発明に係る活物質を有するアルカリ蓄電池である。前記コバルトジルコニウム化合物または前記活物質表面の導電補助層は、過放電状態においても耐還元性が高いので、本発明に係るアルカリ蓄電池はより長期の保存が可能となる。
【0014】
第四の発明は、第一の発明に係るコバルトジルコニウム化合物の製造方法で、コバルトイオンとジルコニウムイオンとを含む水溶液のpHを変化させることによってコバルトとジルコニウムとを含む水酸化物を析出させる工程と、前記析出工程の後に、前記水酸化物を酸化処理する工程とを含むことを特徴とする。
第五の発明は、第二の発明に係る活物質の製造方法で、コバルトイオンとジルコニウムイオンとを含む水溶液のpHを変化させることによって、水酸化ニッケルを含有する粒子の表面にコバルトとジルコニウムとを含む水酸化物を析出させる工程と、前記析出工程の後に、前記水酸化物を酸化処理する工程とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
上記第一の発明によれば、オキシ水酸化コバルト相と、酸化ジルコニウム相を含むコバルトジルコニウム化合物は、導電助剤として有用な低い比抵抗値を有し、過放電状態等においてもオキシ水酸化コバルトの還元が抑制されるので、アルカリ蓄電池の正極活物質に導電助剤として添加したときには、高い耐還元性を有して導電助剤としての機能を十分に発揮できる。
【0016】
上記第二の発明によれば、水酸化ニッケルを含有する粒子をオキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相とを含む導電補助層で被覆することによって、オキシ水酸化コバルトと酸化ジルコニウムの使用量が少なくても、内部抵抗の十分に低いアルカリ蓄電池用電極を得ることができる。また、導電補助層がオキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相を含むことによって、オキシ水酸化コバルトの還元が抑制され、高い耐還元性を有する。
【0017】
上記第三の発明によれば、耐還元性が高く比抵抗値が小さいコバルトジルコニウム化合物を正極に用い、または耐還元性が高く比抵抗が小さい導電補助層を有する活物質を正極に用いることによって、アルカリ蓄電池の長期保存性能等を向上することができる。
【0018】
上記第四の発明によれば、耐還元性が高く比抵抗値が小さいコバルトジルコニウム化合物を製造することができ、上記第五の発明によれば、耐還元性が高く比抵抗が小さい導電補助層を有する活物質を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るコバルトジルコニウム化合物の電気化学特性と酸化ジルコニウム相の存在割合との関係を示す図
【図2】本発明に係るコバルトジルコニウム化合物の電気化学特性と原料水溶液中のジルコニウムイオンの含有割合との関係を示す図
【図3】本発明に係るコバルトジルコニウム化合物の作製フローチャート
【図4】本発明に係るコバルトジルコニウム化合物を含む導電補助層を被覆した水酸化ニッケル活物質の作製フローチャート
【図5】原料水溶液中のZrイオンの含有割合とコバルトジルコニウム化合物中の酸化ジルコニウム相の存在割合の関係を示す図
【図6】還元電流測定装置
【図7】オキシ水酸化コバルト相の結晶構造モデル
【図8】酸化ジルコニウム相の結晶構造モデル
【発明を実施するための形態】
【0020】
本実施形態のコバルトジルコニウム化合物は、オキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相を含む。これをアルカリ蓄電池の非焼結式正極に使用するには、コバルトジルコニウム化合物粒子を単独で作製した後に導電助剤として正極活物質粒子と物理的に混合する手法と、コバルトジルコニウム化合物の製造過程で水酸化ニッケルと一体化する手法、具体的には水酸化ニッケル粒子の表面に導電補助層としてコバルトジルコニウム化合物を析出させる手法とがある。後者は、コバルトジルコニウム化合物の使用量を削減できる点で好ましい。
【0021】
まず、コバルトジルコニウム化合物を単独で作製する手法について説明する。
コバルトジルコニウム化合物は、コバルトの化合物とジルコニウムの化合物とを水に溶解して、CoイオンとZrイオンを含む水溶液のpHを変化させて、CoとZrを含む水酸化物を析出させ、その水酸化物を酸素存在下で加熱処理することで酸化して作製する(図3)。
【0022】
出発原料となるコバルト化合物及びジルコニウム化合物としては、各種の水溶性の化合物を用いることができる。例えば、所定量の硫酸コバルトと硝酸ジルコニウムやオキシ硝酸ジルコニウムを水に溶解することによって、CoイオンとZrイオンを含む水溶液を得ることができる。硫酸ジルコニウムは硫酸で溶解する必要があるが、硝酸ジルコニウムは水に溶解するので生産効率がよい。
【0023】
pHを変化させる方法としては、CoイオンとZrイオンを含む水溶液を、目的のpHに調整済みの水溶液(この段落中で「析出浴水溶液」という。)に滴下する方法を用いることができる。pHの値は8以上、好ましくは9以上12以下、さらに好ましくは9以上、10.5以下を採用することができる。析出浴水溶液としては、水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,水酸化リチウムなどのアルカリを含む水溶液を用いることができる。具体的には、析出浴水溶液を、温度一定に保ち、強く撹拌しながら、その中にCoイオンとZrイオンを含む水溶液を滴下する。このとき、析出浴水溶液のpHが変化しないように、水酸化ナトリウム等の水酸化アルカリ水溶液を徐々に加えることによって、滴下中のpH制御を行うことができる。析出物を、ろ過によって回収、水洗、乾燥して、コバルトとジルコニウムを含む水酸化物の粒子を得る。
【0024】
得られたコバルトとジルコニウムを含む水酸化物を、酸素存在下で加熱処理することで酸化して、コバルトジルコニウム化合物を得る。例えば、大気中で加熱する方法を用いることができる。このとき、コバルトとジルコニウムを含む水酸化物は、水酸化ナトリウム水溶液と混合した状態で加熱することが好ましい。なぜなら、ナトリウムは水酸化物中のコバルトの酸化を促進する作用があるからである。水酸化ナトリウム水溶液の混合量は、Naと(Co+Zr)との原子比(Na/(Co+Zr))が0.5以上となるように混合することが好ましい。加熱温度は、60℃以上で水酸化ナトリウム水溶液の沸点以下、好ましくは100℃以上で水酸化ナトリウム水溶液の沸点以下とすることができる。次いで、固形分をろ過・回収、水洗、乾燥して,粉末状のコバルトジルコニウム化合物粒子が得られる。
【0025】
最終的に得られるコバルトジルコニウム化合物中に含まれるCoとZrの割合は、CoイオンとZrイオンを含む水溶液中に含まれる両イオンの割合を変化させることによって、制御することができる。詳細は実施例に後述する。
このように作製したコバルトジルコニウム化合物は、活物質である水酸化ニッケルの粉末と物理的に混合される形で導電助剤として使用することができる。
【0026】
次に、アルカリ蓄電池用電極の活物質として用いる水酸化ニッケル粒子の表面に直接析出させる手法について説明する。この手法で析出させることにより、電極の内部にコバルトジルコニウム化合物のネットワークが形成されるので内部抵抗の低いアルカリ蓄電池用電極を得ることができ、コバルトジルコニウム化合物の使用量も大幅に削減することができる。コバルトジルコニウム化合物の使用量(水酸化ニッケル粒子表面への析出量)は、コバルトジルコニウム化合物と水酸化ニッケルとの合計に対して0.1質量%以上、10質量%以下とすることができる。この範囲の使用量で、内部抵抗の十分に低いアルカリ蓄電池用電極を得ることができる。
コバルトジルコニウム化合物を水酸化ニッケル粒子の表面に直接析出させる方法としては、pH調整済みの水溶液に水酸化ニッケル粒子を分散し、これにCoイオンとZrイオンを含む水溶液を滴下する操作をしたのちに、酸化処理を行う方法を用いることができる(図4)。
【0027】
コバルトジルコニウム化合物を析出させる対象である水酸化ニッケル粒子の具体的な作製例としては、ニッケル化合物を溶解した水溶液を、強く撹拌しながら、pH(例えば12)と温度(例えば45℃)を一定に制御した1モル/リットルの濃度の硫酸アンモニウム水溶液中に滴下する。硫酸アンモニウム水溶液のpHの調整は、NaOH等の水酸化アルカリ水溶液を用いて行うことができる。次いで、析出物を、ろ過・回収、水洗、乾燥して、球状の水酸化ニッケル粒子が得られる。
【0028】
所定のpH(例えば9)に調整して、上記の水酸化ニッケル粒子を分散した水溶液(この段落中で「析出浴水溶液」という。)に、CoイオンとZrイオンを含む水溶液を滴下することによって、コバルトとジルコニウムとを含む水酸化物が表面に析出した状態の水酸化ニッケル粒子が得られる。析出浴水溶液のpHの値は8以上、好ましくは9以上12以下、さらに好ましくは9以上10.5以下を採用することができる。析出浴水溶液としては、水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,水酸化リチウムなどの水酸化アルカリの水溶液を用いることができる。具体的には、析出浴水溶液を、温度一定に保ち、強く撹拌しながら、その中にCoイオンとZrイオンを含む水溶液を滴下する。このとき、析出浴水溶液のpHが変化しないように、水酸化アルカリ水溶液を徐々に加えることによって、滴下中のpH制御を行うことができる。析出物を、ろ過によって回収、水洗、乾燥して、コバルトとジルコニウムを含む水酸化物を得る。
水酸化ニッケル粒子表面に析出するコバルトとジルコニウムを含む水酸化物に含まれるCoとZrの割合は、CoイオンとZrイオンを含む水溶液中に含まれる両イオンの割合を変化させることによって、制御することができる。
次いで、固形分をろ過・回収、水洗、乾燥して、コバルトとジルコニウムを含む水酸化物がコートされた水酸化ニッケルの粒子が得られる。
【0029】
このコバルトとジルコニウムとを含む水酸化物が表面に析出した状態の水酸化ニッケル粒子に酸化処理を行う。例えば、大気中で120℃で1時間加熱することで、酸化処理を行うことができる。このときの酸化処理は、水酸化ナトリウム水溶液と混合した状態で加熱することが好ましい。使用する水酸化ナトリウム水溶液の混合量は、Na/(Co+Zr)比が0.5以上となるように混合することが好ましい。加熱温度は、60℃以上で水酸化ナトリウム水溶液の沸点以下、好ましくは100℃以上で水酸化ナトリウム水溶液の沸点以下とすることができる。
次いで、固形分をろ過・分離、水洗、乾燥して,目的の活物質粒子、すなわちコバルトジルコニウム化合物を表面に備えた水酸化ニッケル粒子が得られる。
【0030】
なお、特許文献3には、水酸化ニッケル粒子中にコバルト及びジルコニウムを含有する活物質が開示されているが、その構成は、水酸化ニッケル粒子全体にコバルトとジルコニウムを含むもので、本実施形態の活物質のように水酸化ニッケル粒子表面をコバルトジルコニウム化合物で被覆したものであるのと異なる。また、コバルト及びジルコニウム添加の効果も、特許文献3では水酸化ニッケルのγ型への変化を抑制することにあり、本発明ではオキシ水酸化コバルトの還元を抑制することにあるのと異なる。
【0031】
コバルトジルコニウム化合物は、X線回折(XRD)の測定結果をリートベルト法によって解析することで、試料粉末中の結晶構造を特定すると共に、特定した結晶構造を有する相の存在割合を特定することができる。リートベルト法による解析には、解析ソフトとしてRIETAN2000(F.Izumi,T.Ikeda,Mater.Sci.Forum,321−324(2000),p.198)を用いることができる。
【0032】
後述する実施例で作製したコバルトジルコニウム化合物について、その結晶構造を解析した結果、コバルトジルコニウム化合物は、菱面体構造を有するオキシ水酸化コバルト相(以下において、単に「オキシ水酸化コバルト相」と称する)と、立方晶構造を有する酸化ジルコニウム相(以下において、単に「酸化ジルコニウム相」と称する)とを含むことが分かった。すなわち、酸化処理によって水酸化コバルトはオキシ水酸化コバルトに酸化され、水酸化ジルコニウム等種々の形態で析出したと考えられるジルコニウムの化合物も酸化ジルコニウムに酸化されていることが分かった。
【0033】
オキシ水酸化コバルト相は、図7に結晶構造モデルを示すように、菱面体構造で空間群R3mに属する結晶構造を有しており、少なくともCo原子、O原子及びH原子を構成元素として含んでいる。そして、本発明のコバルトジルコニウム化合物においては、オキシ水酸化コバルト相はZr原子を含むことができる。これらの原子は、図7で示す所定のサイトに配置されている。具体的には、3a1,3a2サイトにCoまたはZr、3a3,9bサイトにO原子(水分子、水酸イオンを構成するO原子を含む)が配置されている。このようにZrが含まれる場合には3a1,3a2サイトに配置される。なお、3a4サイトには、原子が配置されていなくても良いが、同図のようにNaが配置されることが好ましい。3a4サイトへのNaの配置は、コバルトとジルコニウムを含む水酸化物を加熱処理する際に水酸化ナトリウムを共存させることによっておこなうことができる。このようにNaを含むことで、製造工程における酸化処理において、酸化を容易に進行させることができる。
【0034】
酸化ジルコニウム相は立方晶構造を有している。リートベルト解析によると、図8に結晶構造モデルを示すように、スピネル構造を有するCo3O4に類似した、空間群Fd3mに属する結晶構造を有しており、少なくともZr原子及びO原子を構成元素として含んでいる。さらに本発明のコバルトジルコニウム化合物においては、酸化ジルコニウム相はCo原子及びNa原子を含むことができる。これらの原子は、図8で示す所定のサイトに配置されている。具体的には、8a,16dサイトにZrまたはCoもしくはNa、32eサイトにO原子が配置されている。このように、リートベルト解析の結果から、上記酸化ジルコニウム相にCo、Naが含まれる場合には、CoまたはNaはZrの一部を置換している。なお、スピネル構造におけるカチオンサイトとアニオンサイトの数の比は3:4であることから、電荷の中立性の要求からも同じ結論が導かれる。
【0035】
本発明に係るコバルトジルコニウム化合物の耐還元性は、蓄電池の過放電状態を模した条件で還元電流を測定することによって定量的に評価することができる。
以下に、本発明の発明者が用いた実験装置と方法について説明する。
図6に実験装置の構成を示す。発泡ニッケルに試料となるコバルトジルコニウム化合物を充填した作用極101と、参照極(Hg/HgO)102と、通常のニッケル水素電池の負極と同様の水素吸蔵合金極である対極103とを電解液(6.8モル/リットルのKOH水溶液)中に配置し、制御装置104によって参照極102を基準に作用極101の電位を設定した状態で、流れる電流を測定する。作用極101の電位はコバルトジルコニウム化合物が還元反応を起こしやすい1V(対極103とほぼ同電位)に設定しておくことで、流れた電流は還元反応によって発生していることになり、その還元反応により流れる電流の積算値で還元反応の起こりやすさを定量的に評価する。
試料となるコバルトジルコニウム化合物を充填した作用極101は,次の方法で作製した。合成したコバルトジルコニウム化合物と1質量%のカルボキシメチルセルロース(CMC)水溶液を添加混練し、そこへ40質量%ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)水分散液を混合した。このときの混合比率は、コバルトジルコニウム化合物:PTFE(固形分)=97:3とした。該正極ペーストを、厚さ1.4mm、面密度450g/m2の発泡ニッケル基板に充填し、乾燥後ロール掛けして原板とした。該原板を2cm×2cmの寸法に裁断し、集電用タブを取り付け作用極101とした。該極板の充填量から算定されるコバルトジルコニウム化合物の量は0.2gであった。
【0036】
コバルトジルコニウム化合物の比抵抗は、粉体抵抗測定により求めることができる。本発明の発明者は、半径4mmの円筒形の型に試料粉末50mgを入れて10MPaで加圧して、測定を行った。
【0037】
アルカリ蓄電池の正極を作製する方法は、従来より知られている方法を用いることができる。ニッケル水素電池の場合には、例えば、次の通りである。コバルトジルコニウム化合物粉末を単独で作製した場合には、これを水酸化ニッケル粉末との混合物にカルボキシメチルセルロース(CMC)水溶液、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等を加えてペースト状とする。水酸化ニッケル粉末の表面にコバルトジルコニウム化合物を析出させた場合には、これにCMC水溶液、PTFE分散液等を加えてペースト状とする。このペーストを多孔質のニッケル基材(ニッケル発泡基材)などの電子伝導性のある基材に充填する。その後乾燥処理し、所定の厚みにプレスしてアルカリ蓄電池用正極とする。
【0038】
アルカリ蓄電池を製造する方法は、従来より知られている方法を用いることができる。ニッケル水素電池の場合には、例えば、次の通りである。なお、各部の溶接等の詳細な説明については記載を省略する。鉄にニッケルメッキを施したパンチング鋼板からなる負極基板に水素吸蔵合金粉末を主成分とするペーストを塗布し、乾燥した後に所定の厚みにプレスして負極を作製する。この負極とポリプロピレンの不織布製セパレータと上述の正極とを積層し、その積層体をロール状に捲回する。これに正極集電板及び負極集電板を取り付けた後、有底筒状の缶体に挿入し、電解液を注液する。この後、周囲にリング状のガスケットが取り付けられると共にキャップ状の端子等を備えた円板状の蓋体を、正極集電板と電気的に接触する状態で取り付け、前記缶体の開放端をかしめることで固定する。
【0039】
電池としての性能は、過放電後の放電回復容量を測定することによって評価できる。アルカリ蓄電池を過放電の状態にしてオキシ水酸化コバルトが還元され易い状態としたときに、電池としての能力をどの程度維持できているかを調べるものである。例えば、次の通りに行うことができる。
電池試料を、20℃の温度環境下、充電電流1.0Cで15時間充電し、1時間休止した後、放電電流1.0Cで終止電圧を0.0Vとして放電する。この工程を繰返し、10サイクル目の放電容量(定抵抗接続前の放電容量)を調べる。その後,20℃の温度環境下、充電電流0.1Cで15時間充電し、1時間休止した後、放電電流0.2Cで終止電圧を0.0Vとして放電し、放電末期の状態に設定する。その状態で、これらのセルに対し、60℃の環境下で定抵抗を正負極間に3日間接続した。この操作により、いわゆる過放電状態が再現されることとなり、コバルトジルコニウム化合物が備えられた正極の電位は負極とほぼ同電位に設定されることとなる。その後、再度20℃の温度環境下において、これらのセルを充電電流0.1Cで15時間充電し、1時間休止した後、放電電流0.2Cで終止電圧を0.0Vとして放電し、定抵抗接続後の放電回復容量(過放電後の放電回復容量)を調べる。
【0040】
以上の実施の形態では、本発明を適用するアルカリ蓄電池として、ニッケル水素電池を例示したが、本発明はニッケルカドミウム電池等の各種のアルカリ蓄電池に適用することができる。
【実施例】
【0041】
硫酸コバルトとオキシ硝酸ジルコニウム二水和物を、所定の比率で、Co原子とZr原子の合計が1.6モル/リットルとなるように、水に溶解した。硫酸コバルトとオキシ硝酸ジルコニウムの比は、Co原子とZr原子の比(Co:Zr)が95:5〜50:50の範囲で変化させた。また、比較のために、硫酸コバルトのみを使用した水溶液も作製した。
pHが9であるNaOH水溶液(析出浴水溶液)を45℃に保持し、強く撹拌しながら、硫酸コバルト及びオキシ硝酸ジルコニウムを溶解した水溶液を滴下して、CoとZrを含む水酸化物を析出させた。滴下中、析出浴水溶液は、18質量%のNaOH水溶液を適宜加えることによって、pHを9に維持した。析出物をろ過・回収、水洗、乾燥して、コバルトジルコニウム水酸化物を得た。
得られたコバルトジルコニウム水酸化物50gに、48質量%のNaOH水溶液40gを加え、120℃で1時間、大気中で加熱し、ろ過、水洗、乾燥して、コバルトジルコニウム化合物粉末を作製した。
【0042】
得られたコバルトジルコニウム化合物のX線回折測定結果をリートベルト法によって解析し、コバルトジルコニウム化合物がオキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相を含むことを確認し、両相の含有割合を求めた。また、還元電流と比抵抗の測定を行った。結果を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
表1において、「原料液中Zr/(Co+Zr)」とは、コバルトジルコニウム化合物の製造過程におけるCoイオンとZrイオンを含む水溶液中の、CoイオンとZrイオンとの合計に対するZrイオンの含有割合を原子%で表したものである。「結晶相の存在割合」は、リートベルト解析によって求めた値で、コバルトジルコニウム化合物中のオキシ水酸化コバルト相及び酸化ジルコニウム相の存在割合を質量%で表したものである。
表1から、酸化ジルコニウム相の存在割合は、原料水溶液中のCo及びZrがすべてCoOOH及びZrO2になると仮定して計算した値(図5中に破線で示した)よりも大きかったが、原料水溶液中のZr/(Co+Zr)と強い相関があった(図5)。したがって、本発明に係るコバルトジルコニウム化合物中のオキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相の存在割合は、出発原料となるコバルト化合物とジルコニウム化合物の比率によって制御可能であることが分かった。
【0045】
表1には、作製したコバルトジルコニウム化合物粒子の比抵抗値と還元電流量も合わせて示した。ここで比抵抗値は、前述した粉体抵抗測定法によって測定した値である。還元電流量は、図6に示した装置を使用して前述の方法によって測定したもので、1時間の積算電流量である。
図1には、比抵抗値、還元電流量と酸化ジルコニウム相存在割合との関係を示す。酸化ジルコニウム相存在割合が0%の場合(左端のプロット)が、ジルコニウムを含まない比較例である。図1から、本発明に係るコバルトジルコニウム化合物では、酸化ジルコニウム相存在割合が6.9〜70.8質量%のすべての実施例で、ジルコニウムを含まない比較例よりも還元電流値が大きく減少している。また、本発明に係るコバルトジルコニウム化合物では、酸化ジルコニウム相存在割合が6.9〜56.9質量%の実施例で、ジルコニウムを含まない比較例よりも比抵抗値が下がっている。酸化ジルコニウム相存在割合が70.8質量%まで増えると、比抵抗値は比較例よりも大きくなったが、依然として実用的には十分小さい値である。
【0046】
図2には、同様に、比抵抗値、還元電流量と原料液中のZrイオンの含有割合(Zr/(Co+Zr))との関係を示す。Zr/(Co+Zr)が0%の場合(左端のプロット)が、ジルコニウムを含まない比較例である。図1から、本発明に係るコバルトジルコニウム化合物では、Zr/(Co+Zr)が5〜50原子%のすべての実施例で、ジルコニウムを含まない比較例よりも還元電流値が大きく減少している。また、本発明に係るコバルトジルコニウム化合物では、ジルコニウムを含まない比較例よりも比抵抗値が下がっている。Zr/(Co+Zr)が50原子%まで増えると、比抵抗値は比較例よりも大きくなったが、依然として実用的には十分小さい値である。
【0047】
なお、特許文献2には、水酸化コバルトとジルコニウムを含む導電助剤が開示されているが、本発明は酸化処理によってオキシ水酸化コバルトを含む点で、その構成において異なる。また特許文献2におけるジルコニウム添加の効果は、水酸化コバルトが電解液に溶解・オキシ水酸化コバルトとして再析出することを前提に、水酸化コバルトの溶解を促進することであるのに対し、本発明ではジルコニウム添加によってオキシ水酸化コバルトの還元・溶解を抑制することにある点で異なる。
【0048】
さらに比較のために、ジルコニウム以外の物質を添加した化合物についての実験結果を表2に示す。コバルト化合物に添加する物質として、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)、マグネシウム(Mg)、イットリウム(Y)、及び鉄(Fe)を用いた。これらの各物質について、前記ジルコニウムの場合と同様の処理を行ってコバルトとの化合物を作製し、同様に比抵抗及び還元電流の測定を行った。
【0049】
【表2】

【0050】
表2において、「原料液中X/(Co+X)」とは、化合物の製造過程におけるCoイオンと各元素のイオンを含む水溶液中の、Coイオンと各元素のイオンとの合計に対する各元素のイオンの含有割合を原子%で表したものである。「比抵抗値」及び「還元電流量」は表1と同様である。表2に示すように、アルミニウムについてはX/(Co+X)を3段階に変化させており、他の元素については30原子%で代表させておおよその特性を把握した。
Co単体の場合と比較して、還元電流量が減少するのはAl、Mg、Feを添加した場合であるが、Al、Feではその効果は大きくない。また、Al、Mgの場合には比抵抗値が増大している。
表2に示した結果では、Co単体の場合と比較して比抵抗値が減少するものはない。Zrを添加した場合には、還元電流値とともに比抵抗値も下がる点で、特異な現象を示していることが分かる。
【符号の説明】
【0051】
101 作用極
102 参照極
103 対極
104 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ蓄電池用の非焼結式正極に使用されるコバルトジルコニウム化合物であって、
オキシ水酸化コバルト相と酸化ジルコニウム相とを含む
ことを特徴とするコバルトジルコニウム化合物。
【請求項2】
前記酸化ジルコニウム相の存在割合が、前記オキシ水酸化コバルト相と前記酸化ジルコニウム相との合計に対して、6.9質量%以上、57質量%以下である
ことを特徴とする請求項1に記載のコバルトジルコニウム化合物。
【請求項3】
前記酸化ジルコニウム相が、立方晶構造を有する
ことを特徴とする請求項1または2に記載のコバルトジルコニウム化合物。
【請求項4】
前記酸化ジルコニウム相が、ナトリウムを含む
ことを特徴とする請求項3に記載のコバルトジルコニウム化合物。
【請求項5】
アルカリ蓄電池用の非焼結式正極に使用される活物質であって、
水酸化ニッケルを含有する粒子を請求項1〜4のいずれか一項に記載のコバルトジルコニウム化合物を含む導電補助層で被覆したことを特徴とする活物質。
【請求項6】
前記酸化ジルコニウム相の存在割合が、前記オキシ水酸化コバルト相と前記酸化ジルコニウム相との合計に対して、6.9質量%以上、57質量%以下である
ことを特徴とする請求項5に記載の活物質。
【請求項7】
前記酸化ジルコニウム相が、立方晶構造を有する
ことを特徴とする請求項5または6に記載の活物質。
【請求項8】
前記酸化ジルコニウム相が、ナトリウムを含む
ことを特徴とする請求項7に記載の活物質。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のコバルトジルコニウム化合物、または請求項5〜8のいずれか一項に記載の活物質を有するアルカリ蓄電池。
【請求項10】
コバルトイオンとジルコニウムイオンとを含む水溶液のpHを変化させることによってコバルトとジルコニウムとを含む水酸化物を析出させる工程と、
前記析出工程の後に、前記水酸化物を酸化処理する工程とを含む
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のコバルトジルコニウム化合物の製造方法。
【請求項11】
コバルトイオンとジルコニウムイオンとを含む水溶液のpHを変化させることによって、水酸化ニッケルを含有する粒子の表面にコバルトとジルコニウムとを含む水酸化物を析出させる工程と、
前記析出工程の後に、前記水酸化物を酸化処理する工程とを含む
ことを特徴とする請求項5〜8のいずれか1項に記載の活物質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−59574(P2012−59574A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202354(P2010−202354)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】