説明

コムギのグルテニン・サブユニットを発現するトランスジェニックイネ

【課題】 本発明は、粘弾性の高いコムギ粉を効率良く生産することができると同時に、タンパク含量が高く、低カロリーで付加価値の高い良食味米を得る手段を提供することを目的とする。
【解決手段】 コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAが導入され、かつ安定して発現していることを特徴とするトランスジェニックイネ細胞;前記トランスジェニックイネ細胞を含むトランスジェニックイネ;前記トランスジェニックイネ由来の種子、切穂又は実;前記トランスジェニックイネ由来のコメ又はその加工品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コムギのグルテニン・サブユニットを発現するトランスジェニックイネに関し、詳しくは、農業や食品などの分野において食品加工成分として有用なコムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAが導入されたイネ細胞、および該サブユニットが発現するイネ植物体、並びにその加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
コムギ粉に水を加えてこねることにより得られる生地には、粘弾性が発現する。
このため、コムギ粉は各種食品に粘弾性を与える目的で利用されており、例えばコムギ粉を工業的に処理して製造される粗製グルテンが、パン、製麺改良剤、ソーセージ、水産練り製品などに添加されている。
【0003】
製パン性や製麺性に優れた、高い粘弾性を発現するコムギ粉を得るために、コムギ粉からうどんやパンを実際に作成して、粘弾性の高かった場合にそのコムギ粉の原料となったコムギを選抜して品種改良が行われていたが、大変に効率が悪かった。
一方、コムギは食品として重要であることから、その成分についての研究も進み、その過程で、コムギに含まれる良質タンパク質の基本構造単位の一種であるグルテニン・サブユニット群が、相互に架橋結合を生じて網目構造を形成することにより、粘弾性を生じさせることが明らかにされた。すなわち、グルテニン・サブユニットは、分子量95〜136kDの高分子グルテニン・サブユニットと分子量36〜44kDの低分子グルテニン・サブユニットから構成され、分子間ジスルフィド結合により相互に架橋結合を生じて巨大な網目構造を形成することにより、グルテンの粘弾性を発現させる(非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0004】
この高分子グルテニン・サブユニット及び低分子グルテニン・サブユニットのアミノ酸配列の解析も、既に進んでおり、高分子グルテニン・サブユニットは、その電気泳動パターンから、x型(1Ax1、1Ax2、1Bx20など)、y型(B1y9、D1y10、D1y12)等に分類され、また、低分子グルテニン・サブユニットは、グループ1〜12に分類されている。
しかし、コムギは、我が国ではあまり生産されておらず、ほとんど輸入に頼っているのが現状である。
【0005】
一方、イネは、その種子がコメとして我が国において主食として古くから利用されていることから、広く全国的に生産され、その生産量はコムギと比較にならないほど高い。
コメはデンプン含量が高く、高カロリーであることから、近年の消費者の健康志向に合わせて、高タンパク化によりデンプン含量を低下させる改良が進められている。
しかし、コメを高タンパク化すると、コメに含まれるプロラミンが増大するために、食味が低下するという問題があった。
【0006】
【非特許文献1】T.M.Ikeda,K.Nakamichi,T.Nagamine,H.Yano and A.Yanagisawa(2003)Identification of Specific Low-Molecular-Weight-Glutenin Subunits Related to Gluten Quality in Bread Wheats.JARQ 37:99-103.
【非特許文献2】P.R.Shewry,N.G.Halford and A.S.Tatham(1992)High Molecular Weight Subunits of Wheat Glutenin.J.Cereal Sci.15:105-120.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような従来の問題点に鑑み、本発明は、粘弾性の高いコムギ粉を効率良く生産することができると同時に、タンパク含量が高く、低カロリーで付加価値の高い良食味米を得る手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねる過程において、本発明者らは、上記のようなコムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAをイネにおいて遺伝的に発現させることにより、製パン性、製麺性などのコムギ固有に見られる特性をイネに付与することができると共に、タンパク含量が高く、低カロリーで付加価値の高い良食味米を得ることができるものと推測し、検討を進めた。
【0009】
しかしながら、コムギのグルテニン・サブユニットのうち、高分子グルテニン・サブユニット及び低分子グルテニン・サブユニットは、それらのアミノ酸配列に関して、イネの種子貯蔵タンパク質であるプロラミンと同じプロラミン・スーパーファミリーに属している(P.R.Shewry,J.A.Napier and A.S.Tatham(1995)Seed Storage Proteins:Structure and Biosynthesis.The Plant Cell 7:945-956)ことから、コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAをイネ細胞に導入すると、プロラミンの増大によりコメの食味が低下するという懸念があった。
しかし、本発明者らが、コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAをイネに導入し、得られるトランスジェニックイネ細胞を再生して作出したトランスジェニックイネから得たコメは、消化性の良いグルテンのタンパク質であるグルテニン・サブユニットの富化により、食味低下の原因となるプロラミンの増大が抑えられ、通常のコメと比べて遜色のない食味を呈する。
また、得られるトランスジェニックイネにおいては、コムギのグルテニン・サブユニットが発現しており、特に、イネ種子においては、蓄積したグルテニン・サブユニットがコムギ種子内と同じ限定的な分解を受けかつ、架橋構造をもつ成熟型として存在していることを見出した。即ち、本発明者らは、イネ種子においてコムギグルテン・タンパク質を発現させ、成熟した形態で蓄積させることに成功し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、請求項1記載の本発明は、コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAが導入され、かつ安定して発現していることを特徴とするトランスジェニックイネ細胞である。
請求項2記載の本発明は、コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNA及びその調節領域と核マトリックス結合領域が導入されてなることを特徴とするトランスジェニックイネ細胞である。
請求項3記載の本発明は、配列表の配列番号1記載の塩基配列からなる3−113クローン及び/又は配列表の配列番号2記載の塩基配列からなる4−228クローンが導入されてなることを特徴とする、請求項1又は2記載のトランスジェニックイネ細胞である。
請求項4記載の本発明は、請求項1〜3のいずれかに記載のトランスジェニックイネ細胞を含むトランスジェニックイネである。
請求項5記載の本発明は、少なくともその種子にコムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットが蓄積している請求項4に記載のトランスジェニックイネである。
請求項6記載の本発明は、請求項4又は5記載のトランスジェニックイネ由来の種子、切穂又は実である。
請求項7記載の本発明は、請求項4又は5記載のトランスジェニックイネ由来のコメ又はその加工品である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、イネにコムギのグルテニン・サブユニットの持つ加工適性を遺伝的に付与することができるので、イネを利用した、製パン性や製麺性に優れたコムギ粉の効率的な利用拡大を図ることができる。
また、コムギのグルテニン・サブユニットを導入することにより、他の高タンパク質米のように食味を低下させることがないので、高タンパク低カロリーで付加価値の高い良食味米を得ることも可能である。
更に、コムギグルテニン・サブユニットは、日常食べているコムギ由来のタンパク質であるため、本発明により提供されるトランスジェニックイネ細胞やトランスジェニックイネは、安全性が高い点でも有益である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のトランスジェニックイネ細胞は、請求項1に記載するように、コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAが導入され、かつ安定して発現していることを特徴とする。
グルテニン・サブユニットの由来となるコムギについての条件は特になく、Chinese Springをはじめとして広く様々な品種や週齢のものを用いることができる。
グルテニン・サブユニットは、高分子グルテニン・サブユニット、低分子グルテニン・サブユニットから構成されるタンパク質である。高分子グルテニン・サブユニット及び低分子グルテニン・サブユニットについては、上述のように、その電気泳動パターンから、前者についてはx型(1Ax1、1Ax2、1Bx20など)、y型(B1y9、D1y10、D1y12)等に分類され、また、後者については、グループ1〜12に分類されているが、これらのいずれであっても良く、特に限定されない。
本発明においては、このような高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットを対象とすることにより、上述したようにグルテンの粘弾性を発現させる網目構造を形成させることができる。
尚、コムギのグルテニン・サブユニットに他の一種類又は二種類以上のタンパク質を組み合わせて発現させてもよい。
【0013】
コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAは、コムギのゲノミックDNAを、Liuらの方法(Gene,282:245-255,2002)、Osoegawaらの方法(Genomics,52:1-8,1998)等により抽出し、常法によりゲノミックライブラリーを構築して、その中から、既知の高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットを構成するアミノ酸配列等を基に設計したプライマーを用いたPCRにより単離して得ることができる。また、既知の高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットのアミノ酸配列から推定された塩基配列を合成して得ることもできる。
【0014】
本発明のトランスジェニックイネ細胞は、上記のようなコムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAをイネ細胞に導入することにより、得ることができる。
ここで、イネ細胞としては、イネの植物体を構成する細胞であれば、イネの品種、産地、日齢、栽培方法等に関して特に限定はないが、種子貯蔵タンパク質であるグルテリンの1つを欠失したイネLGC1を用いると、外来のタンパク質であるコムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをより多く発現させることが期待できる点で、好ましい。
また、細胞の由来部位、器官、形態等に関して特に限定はないが、植物体に再生可能な点で、カルスを好ましく用いることができる。カルスとしては、例えばFukuokaらの方法(Plant cell Rep.,19:815-820,2000)に従いイネの種子の胚盤より誘導されたものを用いることができる。
【0015】
コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAを導入する際には、請求項2に記載するように、該DNAと共にその調節領域と核マトリックス結合領域(Matrix attachment region:以下、MARという。)を導入すると、導入後に遺伝子を容易に発現させることができる点で好ましい。
調節領域とは、コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAの上流に導入されるプロモーター配列や、該DNAの下流に導入されるターミネーター配列を挙げることができる。プロモーター配列としては、イネ細胞内で転写可能なものであれば特に限定されず、例えば、CaMV35Sプロモーター領域を挙げることができる。また、ターミネーター配列としては、ポリアデニル化に必要な配列を含むものを意味し、例えば、ノパリン合成酵素ターミネーター領域を挙げることができる。
特に、組織特異的な発現(例えば、イネの種子における発現)を期待する場合は、本来イネ種子の胚乳に特異的に遺伝子を発現させるグルテリン遺伝子のプロモーター領域とターミネーター領域や、他の麦類(例えば、オオムギ)のホルデイン遺伝子のプロモーターやターミネーター領域などを用いることができる。
また、MARとは、核マトリックスに結合する機能を有する領域をいう。MARは調節領域の近傍で頻繁に認められ、遺伝子の複製や発現に重要と考えられている。
【0016】
コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNA及びその調節領域とMARを含むものとして、具体的には、配列表の配列番号1記載の塩基配列からなる3−113クローン及び/又は配列表の配列番号2記載の塩基配列からなる4−228クローンを挙げることができる。
3−113クローンは、高分子グルテニン・サブユニット(y型)をコードするDNAのほかに、その調節領域として、GCN4ボックス(高分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAの開始コドンから数えて−628〜−619番目、及び−582〜−573番目の2箇所)、AACAモチーフ(同様に開始コドンから数えて−529〜−524番目)、HMWプロラミンプロモーター(同様に開始コドンから数えて−246〜−209番目)、及びTATAボックス(同様に開始コドンから数えて−91〜−85番目)の各プロモーター配列と、ターミネーターとしてのポリA化シグナル(開始コドンから数えて2267〜2273番目)とを含む(図1−1参照)。
また、3−113クローンは、MARとして、配列表の配列番号1における塩基番号11000〜11200(高分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAの開始コドンから数えて−2430〜−2230番目)、塩基番号17300〜18000(同3871〜4571番目)、及び塩基番号50400〜50900(同36971〜37471番目)を含む(図1−2参照)。
【0017】
また、4−228クローンは、低分子グルテニン・サブユニット(グループ11又は12)をコードするDNAのほかに、その調節領域として、ACGTモチーフ(低分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAの開始コドンから数えて−976〜−969番目)、GCN4ボックス(同様に開始コドンから数えて−563〜−554番目、−311〜−302番目、及び−288〜−279番目の3箇所)、プロラミンボックス(同様に開始コドンから数えて−577〜−570番目、−301〜−294番目、及び−113〜−107番目の3箇所)、及びTATAボックス(同様に開始コドンから数えて−79〜−73番目)の各プロモーター配列と、ターミネーターとしてのポリA化シグナル(開始コドンから数えて1206〜121番目、1275〜1281番目、及び1427〜1435番目)とを含む(図2−1参照)。
また、4−228クローンは、MARとして、配列表の配列番号2における塩基番号5400〜6000(低分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAの開始コドンから数えて−33536〜−32936番目)、及び塩基番号42700〜43300(同3765〜4365番目)を含む(図2−2参照)。
なお、上記した3−113クローンおよび4−228クローンにおけるMARの位置は、MAR解析用ソフトウェア「MAR−Wiz」(http://www.futuresoft.org/MAR-Wiz/)を用いて予測したものである。
【0018】
3−113クローン及び/又は4−228クローンを導入することにより得られるトランスジェニックイネ細胞は、コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAをイネの種子において特異的に発現させることができる。そして、その発現は世代に渡って安定しており、他のトランスジェニックイネにおいてしばしば見られるような、後代で発現しなくなってしまうサイレンシングは起こらない。
【0019】
イネ細胞への導入は、上記DNAを適当な組換え体用ベクターにクローニングし、これらをイネ細胞に導入すれば良く、例えば、アグロバクテリウムを利用した間接導入法(Hiei,Y.et al.,Plant J.,6,271-282,1994、Takaiwa,F.et al.,Plant Sci.111,39-49,1995参照)に従って行うことが好ましいが、当技術分野における技術者に公知の種々の方法を用いて導入することも可能である。例えば、エレクトロポレーション法(Tada,Y.et al.Theor.Appl.Genet,80,475,1990)、ポリエチレングリコール法(Datta,S.K.et al.,Plant Mol.Biol.,20,619-629,1992)、パーティクルガン法(Christou,P.et al.,Plant J.2,275-281,1992、Fromm,M.E.,Bio/Technology,8,833-839,1990)などに代表される直接導入法を用いることが可能である。
【0020】
このようにして得られた本発明のトランスジェニックイネ細胞は、コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードする遺伝子を発現可能に保持するので、例えば、Ogawaらの方法(Ogawa,T.et al.,Plant Cell Rep.,18:576-581,1999)に基いて再生させることにより、請求項4に記載するような上記のトランスジェニックイネ細胞を含むトランスジェニックイネを得ることができる。
本発明のトランスジェニックイネは、その植物体(例えば、種子、穂、実など)の一部又は全部に、コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットが蓄積しているが、中でも、請求項5に記載するように、少なくともその種子にコムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットを蓄積させることにより、食味の低下なしに高タンパク質化されたコメを得ることができる点で、好ましい。
【0021】
このような本発明のトランスジェニックイネには、導入された高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAの発現により、高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットが、分子間相互に架橋構造を有する成熟型として安定に発現し蓄積する。また、請求項6に記載するようなトランスジェニックイネ由来の種子、切穂又は実にも、同様に高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットが成熟型として安定に発現し蓄積する。
従って、請求項7に記載するように、これら由来のコメやその加工品は、高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットが保持する特性を有しており、製パン性や製麺性に優れたコムギ粉を生産することができるとともに、高タンパク質低カロリーであるにもかかわらず風味についても遜色ないことから、付加価値の高い良食味米として有用である。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0023】
実施例1(トランスジェニックイネ細胞の作製)
本実施例においては、コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAをイネ細胞へ導入した。
コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNAのクローニングには、長鎖DNA断片(40〜100kbp)をクローニングでき、しかもイネ科植物を直接形質転換することができるTAC(transformation-competent artificial chromosome)ベクターであるpYLTAC17(Liu et al.2002,Gene,282:247-255)を用いた。
まず、Liuらの方法(Gene,282:245-255,2002)に従い、コムギ(Chinese Spring)のゲノミックDNAを抽出し、制限酵素HindIIIで部分消化し約50kbpのサイズにしたものを用いてゲノミックライブラリーを構築した。
【0024】
次に、ゲノミックライブラリー中から各クローンを単離した。すなわち、まず、プールしたライブラリーのDNAに対してPCR法で1次スクリーニングを行ない、PCR産物が得られたものについて再度絞り込みを行った後、個々のコロニーを単離し、単一のコロニーを単離した。
PCRプライマーとしては、高分子及び低分子グルテニン・サブユニットをそれぞれコードするDNAを特異的に増幅するものとして、HMW5−1(配列表の配列番号3記載の塩基配列参照)及びHMW5−2(配列表の配列番号4記載の塩基配列)からなる対合プライマー、Glu−4.2(配列表の配列番号5記載の塩基配列参照)及びGlu−5.4(配列表の配列番号6記載の塩基配列参照)からなる対合プライマーを用いた。PCR法の反応は、25μlの反応液(1.5mM MgCl、0.1mMの各dNTP、5pmolの各プライマー、0.5UのAmpliTaq Gold DNAポリメラーゼ(アプライドバイオシステムズ)、x1 PCR Gold buffer(アプライドバイオシステムズ)、約50ngのトータルDNA)を用い、GeneAmp PCR System 9700(アプライドバイオシステムズ)にて行った。反応条件は、最初にDNAの変性を94℃、5分で行ない、その後、94℃30秒−55℃30秒−72℃1分の繰り返しを35回行ない、72℃、7分で反応を完了させるものとした。
得られた増幅産物について、上記PCRを再度繰り返すことにより絞込みを行った後、個々のコロニーを単離して、その中から単一のコロニーを単離した。その結果、高分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAを含むクローン(3−113:配列表の配列番号1参照)及び、低分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAを含むクローン(4−228:配列表の配列番号2参照)を得ることができた。
個々のクローンは、低分子、及び高分子グルテニン・サブユニットのそれぞれをコードするDNAを、1コピーずつ持っていた。それぞれのクローンの塩基配列から予想されるアミノ酸配列を、コムギのグルテニン・サブユニットの既知のアミノ酸配列との比較を行い、3−113クローンの結果を図3のAに、4−228クローンの結果を図3のBに示した。
図3のA及びBのそれぞれから、3−113クローン中の高分子グルテニン・サブユニットはy型であることが明らかになり、4−228クローン中の低分子グルテニン・サブユニットはグループ11または12に対応するものであることが明らかになった。
【0025】
更に、これらのグルテニン・サブユニットがコードされている遺伝子座を明らかにするため、各グルテニン・サブユニットをコードするDNAに特異的なプライマーとして、HMW8−1.1(配列表の配列番号7記載の塩基配列参照)及びHMW8−2.3(配列表の配列番号8記載の塩基配列参照)からなる対合プライマー、Glu24(配列表の配列番号9記載の塩基配列参照)及びGlu13(配列表の配列番号10記載の塩基配列参照)からなる対合プライマーを設計し、グルテニン・サブユニット遺伝子が座乗する第1同祖群の染色体である1A,1B,及び1D染色体をそれぞれを欠失する系統に対してPCRを行った。PCRの反応条件は、最初にDNAの変性を94℃、30秒で行ない、その後、94℃30秒−55℃30秒−72℃1分30秒の繰り返しを35回行ない、72℃、7分で反応を完了させた。
その結果、高分子グルテニン・サブユニットはGlu−B3遺伝子座にコードされるサブユニット8であること、また、低分子グルテニン・サブユニットはGlu−A3遺伝子座にコードされていることが明らかとなった。
【0026】
一方、イネ細胞としては、コシヒカリ及びLGC1のカルスを用いた。すなわち、Fukuokaらの方法(Plant Cell Rep.,19:815-820,2000)に従って、イネの完熟種子の胚盤より誘導しカルスを培養した。すなわち、まず、殺菌した登熟イネ種子をカルス増殖培地に1日置き、胚を切り出した。カルス誘導培地は、30g/L マルトース、1mg/L 2,4−D、5mM アラニン、10mM プロリン及び2g/L ゲルライトからなり、pH5.8である。
切り出した胚からカルスを誘導して約1ヶ月増殖させた後、導入遺伝子を持つアグロバクテリュウムをアセトシリンゴンの存在下で感染させ、暗所下で3日間共存培養した。
カルスを洗浄した後、ビアラフォスを含む選抜培地で3週間培養し、再分化培地に移して再分化してきたシュートを根誘導培地に移して生育させた。再分化培地は、30g/L マルトース、30g/L ソルビトール、2mg/L キネチン、0.02mg/L NAA、2.5mM 硫酸アンモニウム、2g/L カザミノ酸、250mg/L カルベニシリン及び4g/L ゲルライトからなり、pH5.8である。
【0027】
一方、クローン1−113又は4−228をpYLTAC17に導入してプラスミドを調製し、これをアグロバクテリウム法(Hiei,Y.et al.,Plant J.,6,271-282,1994、Takaiwa,F.et al.,Plant Sci.111,39-49,1995参照)によって上記カルスに導入した。トランスジェニックイネ細胞の選抜は、前記したカルス増殖培地および再分化培地に選抜マーカーのビアラフォス剤を10mg/l添加して行った。
このようにして、クローン1−113又は4−228が導入されたLGC1系統と、クローン1−113が導入されたコシヒカリの3種類のトランスジェニックイネ細胞を得た。
【0028】
実施例2(トランスジェニックイネの作製)
上記実施例1において得られたトランスジェニックイネ細胞を生育させて、トランスジェニックイネを得ると共に、その種子においてコムギのグルテニン・サブユニットが発現しているか否かの確認を行った。
上記実施例1においてクローン1−113又は4−228が導入されたLGC1系統と、クローン1−113が導入されたコシヒカリとを生育させた。生育後のイネがトランスジェニックイネであることは、Liuらの方法(Liu et al.2002,Gene,282:247-255)に従い、ベクターに存在するBar−Nos3’領域とSacB配列特異的なプライマーを用いてPCRにより確認した。
すなわち、Bar−Nos3´配列特異的なプライマーとして、BarNos3´/5´(配列表の配列番号11記載の塩基配列参照)及びBarNos3´/3´(配列表の配列番号12記載の塩基配列参照)からなる対合プライマーを、SacB配列特異的なプライマーとして、SacB5´(配列表の配列番号13記載の塩基配列参照)及びSacB3´(配列表の配列番号14記載の塩基配列参照)からなる対合プライマーを用いて、反応条件は、最初にDNAの変性を94℃、5分で行ない、その後、94℃30秒−55℃30秒−72℃1分の繰り返しを35回行ない、72℃、7分で反応を完了させた。
【0029】
各トランスジェニックイネの完熟種子において、高分子及び低分子グルテニン・サブユニットが発現しているかどうかを確認するために、各種子の全タンパク質を、2次元電気泳動法(IEFxSDS−PAGE)によって解析した。
尚、対照として、組換えを行わなかったLGC1についても同様の解析を行った。
結果を図4に示す。図4中、(1)は、組換えを行わなかったLGC1、(2)は、クローン1−113が導入されたLGC1、(3)はクローン4−228が導入されたLGC1、(4)はクローン1−113が導入されたコシヒカリの結果を示す。また、○を付けた部分は、新たなタンパク質が発現した箇所を示す。
【0030】
図4から明らかなように、組換えを行わなかったLGC1(図4の(1)参照)と比べて、クローン1−113が導入された組換えイネ(図4の(2)及び(4)参照)では、高分子量の新たなタンパク質が比較的少量であるが発現していた。一方、クローン4−228が導入されたLGC1(図4の(3)参照)では、比較的低分子量のタンパク質が、イネのグルテリンとほぼ同じレベルで発現していることが明らかになった。
【0031】
次に、上記解析の結果種子中で発現が確認された高分子量のタンパク質及び比較的低分子量のタンパク質を同定するため、それぞれのN末端配列の解析を行った。
すなわち、ドライストリップゲル、pH3−10,11cm(Bio−Rad)を1次元目に用いた2次元電気泳動法(IEFxSDS−PAGE)によって分離した各タンパク質を、PVDF膜にブロッティングし、アミドブラックで染色したものを切り出して、アミノ酸シークエンサー(島津PPSQ−21)でN末端配列を決定した。
その結果、高分子量のタンパク質は、高分子グルテニン・サブユニットと同じ配列を持ち、低分子のものは低分子グルテニン・サブユニットと同じ配列であった。また、どちらのタンパク質も、コムギ種子中のものと同じ部位にプロセッシングを受け成熟型となっていることが明らかとなった。
このことから、トランスジェニックイネの種子中では、コムギの高分子グルテニン・サブユニット又は低分子グルテニン・サブユニットが発現していることが証明された。
【0032】
更に、種子中で高分子グルテニン・サブユニット、もしくは、低分子グルテニン・サブユニットを発現しているトランスジェニックイネ(LGC1)の各系統から、第2(T)世代を育成し、その種子において各サブユニットが発現しているか否かを上記と同様にして調べた。
その結果、それぞれの系統について、高分子グルテニン・サブユニットまたは、低分子グルテニン・サブユニットを発現していることが判明した。
【0033】
また、第2世代の各種子について、還元状態のバッファーによるグルテニン分画を行った。
すなわち、種子を粉砕し、50% 1−プロパノールで30分間懸濁した後、6000回転で10秒間遠心分離し、上澄み(グリアジン分画)を捨てた。この操作を2回繰り返した。
続いて、ペレットを、50% 1−プロパノール、1% DTT(還元剤)及び50mM Tris−Cl(pH8.0)に1時間懸濁し、12,500回転で1分間遠心分離し、上澄みを得て、これをグルテニン分画とした。
一方、1−プロパノールに代えて2% SDSを含むバッファーを用いた他は上記グルテニン分画の場合と同様の操作を行ってグルテリンを分画した。
各分画の結果を、図5に示す。尚、図5中、(1)及び(2)は、組換えイネのグルテニン分画(50% 1−プロパノール及び1% DTTを含むバッファーによって抽出される成分)の結果を、(3)及び(4)は、組換えイネのグルテリン分画(2% SDS及び1% DTTを含むバッファーによって抽出される成分)の結果を示す。また、円で囲った部分は、組換えイネにおいて発現したグルテニン・サブユニット((1)及び(3)は高分子グルテニン・サブユニット、(2)及び(4)は低分子グルテニン・サブユニット)を示す。
【0034】
図5から明らかなように、いずれのタンパク質も、1%のDTT存在下の還元状態で50%1−プロパノールまたは2%SDSで抽出されたことから(図5の丸部分参照)、コムギ種子中と同じくグルテニン分子間で架橋構造を形成していると考えられた。
即ち、本発明者らは、高分子グルテニン・サブユニットと低分子グルテニン・サブユニットをイネゲノムに固定し、各々を発現蓄積し機能させることに成功した。
【0035】
実施例3(高分子グルテニン・サブユニット遺伝子及び低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の二種類の遺伝子を導入したトランスジェニックイネの作製)
本実施例においては、コムギの高分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAおよび低分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAの二種類のDNAを固定してもつイネを作製した。
まず、上記実施例2において得られた高分子グルテニン・サブユニット、もしくは低分子グルテニン・サブユニットを発現しているLGC1のトランスジェニックイネを人工交配し、雑種(F)種子を得た。F種子からイネを生育させ、F世代種子を得た。
【0036】
各F世代種子から幼苗を育成し、実施例1と同様にしてDNAを抽出し、上記実施例1において使用した高グルテニン・サブユニット遺伝子、あるいは、低分子グルテニン・サブユニット遺伝子を検出できる対合プライマー(HMW5−1及びHMW5−2からなる対合プライマー、Glu−4.2及びGlu−5.4からなる対合プライマー)を用いたPCRを実施例1と同様にして行い、高分子及び低分子グルテニン・サブユニットをコードするDNAがともに導入されているF世代個体を選抜した。
更に、高分子グルテニン・サブユニット、及び、低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の二種類が導入されていた各F世代個体を生育させ、F世代系統群の種子を得た。
【0037】
得られた各F系統群の種子から幼苗を育成し、上記と同様にしてDNAを抽出し、高分子グルテニン・サブユニット遺伝子と低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の検出を上記と同様の高グルテニン・サブユニット遺伝子、あるいは、低分子グルテニン・サブユニット遺伝子を検出できる対合プライマーを用いたPCRを上記と同様にして行い、高分子グルテニン・サブユニット遺伝子と低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の2種類の遺伝子をともに固定している各F系統を選抜した。
このようにして、高分子グルテニン・サブユニット、及び、低分子グルテニン・サブユニットの二種類の遺伝子が固定して導入されたLGC1のトランスジェニックイネを得た。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明により、イネにコムギのグルテニン・サブユニットの持つ加工適性を遺伝的に付与することができるので、イネを利用した、製パン性や製麺性に優れたコムギ粉の効率的な利用拡大を図ることができる。
また、コムギのグルテニン・サブユニットを導入することにより、他の高タンパク質米のように食味を低下させることがないので、高タンパク低カロリーで付加価値の高い良食味米を得ることも可能である。
更に、コムギグルテニン・サブユニットは、日常食べているコムギ由来のタンパク質であるため、本発明により提供されるトランスジェニックイネ細胞やトランスジェニックイネは、安全性が高い点でも有益である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1−1】3−113クローンに含まれる高分子グルテニン・サブユニット遺伝子の調節領域を示す図である。
【図1−2】3−113クローンに含まれるMARを示す図である。
【図2−1】4−228クローンに含まれる低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の調節領域を示す図である。
【図2−2】4−228クローンに含まれるMARを示す図である。
【図3】3−113クローン(図中のA)及び4−228クローン(図中のB)の塩基配列から予想されるアミノ酸配列と、コムギのグルテニン・サブユニットの既知のアミノ酸配列との比較図である。
【図4】各トランスジェニックイネの完熟種子の全タンパク質についての、2次元電気泳動法(IEFxSDS−PAGE)による解析図である。
【図5】第2世代の種子のグルテニン分画後における2次元電気泳動法による解析図である。
【図6】高分子グルテニン・サブユニット遺伝子、及び、低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の1種もしくは2種を導入した系統におけるPCR法による解析図である。
【図7】高分子グルテニン・サブユニット遺伝子と低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の二種類を導入した系統における2次元電気泳動法による解析図である。
【符号の説明】
【0040】
図1−2中、矢印は、高分子量グルテニン・サブユニットを含む3−113クローンの塩基配列に存在するMAR配列の部位を示す。
図2−2中、矢印は、低分子量グルテニン・サブユニットを含む4−228クローンの塩基配列に存在するMAR配列の部位を示す。
図4中、(1)は、組換えを行わなかったLGC1、(2)は、クローン1−113が導入されたLGC1、(3)はクローン4−228が導入されたLGC1、(4)はクローン1−113が導入されたコシヒカリの結果を示す。また、○を付けた部分は、新たなタンパク質が発現した箇所を示す。
また、図5中、(1)及び(2)は、組換えイネのグルテニン分画(50% 1−プロパノール、1% DTT、50mM Tris−Cl pH8.0)の結果を、(3)及び(4)は、組換えイネのグルテリン分画(2% SDS、1% DTT、50mM Tris−Cl pH8.0)の結果を示す。また、円で囲った部分は、組換えイネにおいて発現したグルテニン・サブユニット((1)及び(3)は高分子グルテニン・サブユニット、(2)及び(4)は低分子グルテニン・サブユニット)を示す。
図6中、(1)及び(2)は、高分子グルテニン・サブユニット及び低分子グルテニン・サブユニット遺伝子の2種が導入されたLGCl、(3)及び(4)は低分子グルテニン・サブユニット遺伝子が導入されたLGCl、(5)及び(6)は高分子グルテニン・サブユニット遺伝子が導入されたLGCl、(7)及び(8)は遺伝子組換えを行わなかったLGClの結果である。また、(1)、(3)、(5)及び(7)は、低分子グルテニン・サブユニット遺伝子を検出できる対合プライマーによるPCRの結果を示し、(2)、(4)、(6)及び(8)は、高分子グルテニン・サブユニット遺伝子を検出できる対合プライマーによるPCRの結果を示す。
図7中、円で囲った部分は、組換えイネにおいて発現したグルテニン・サブユニット(Hは高分子グルテニン・サブユニット、Lは低分子グルテニン・サブユニット)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットをコードするDNAが導入され、かつ安定して発現していることを特徴とするトランスジェニックイネ細胞。
【請求項2】
コムギのグルテニン・サブユニットをコードするDNA及びその調節領域と核マトリックス結合領域が導入されてなることを特徴とするトランスジェニックイネ細胞。
【請求項3】
配列表の配列番号1記載の塩基配列からなる3−113クローン及び/又は配列表の配列番号2記載の塩基配列からなる4−228クローンが導入されてなることを特徴とする、請求項1又は2記載のトランスジェニックイネ細胞。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のトランスジェニックイネ細胞を含むトランスジェニックイネ。
【請求項5】
少なくともその種子にコムギの高分子グルテニン・サブユニット及び/又は低分子グルテン・サブユニットが蓄積している請求項4に記載のトランスジェニックイネ。
【請求項6】
請求項4又は5記載のトランスジェニックイネ由来の種子、切穂又は実。
【請求項7】
請求項4又は5記載のトランスジェニックイネ由来のコメ又はその加工品。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−259751(P2007−259751A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−88564(P2006−88564)
【出願日】平成18年3月28日(2006.3.28)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(502317699)
【Fターム(参考)】