説明

コリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物、並びに食品

【課題】通常コリンを乾燥菌体当たり0.2質量%程度しか含有していない酵母とは異なり、コリンを高濃度に含有し、流動食、飲食品などの経口経管栄養組成物、食品素材などとして好適であり、しかも添加した食品の風味などを損なうことがないコリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物、前記コリン高含有酵母を効率良く簡単に製造可能なコリン高含有酵母の製造方法、並びに、コリンを効率良く生体内に摂取及び吸収することができ、安全性の高い流動食、飲料などの各種の食品の提供。
【解決手段】菌体におけるコリン含有量が乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%であるコリン高含有酵母である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物、並びに該コリン高含有酵母及び該コリン高含有酵母破砕物の少なくともいずれかを含有する食品に関する。
【背景技術】
【0002】
コリンは、細胞膜を構成する脂質の中でも最も多く存在するグリセロ糖脂質を構成し、細胞膜の形成に必須の構成要素である。また、コリンは、神経伝達物質であるアセチルコリンの前駆体であり、脳の発達や学習、記憶能力に重要な役割を果たしている。更に、コリンは、ベタイン(トリメチルグリシン)の前駆体でもある。ベタインは、タンパク質やDNA等の各種生体分子のメチル化反応のメチル基供与体として細胞の増殖に必須であるS−アデニシルメチオニンを合成する代謝経路に関与する重要な因子である。
【0003】
コリンの生理的作用としては、肝炎、脂肪肝、動脈硬化などの予防(特許文献1〜2参照)、食後血中インスリンの上昇抑制作用(特許文献3参照)、ホスホリパーゼA2を阻害することによる炎症抑制作用(特許文献4参照)、アセチルコリンの産生促進作用(特許文献5参照)などが報告されている。
【0004】
このように、コリンは、生体において種々の重要な役割を果たしていることから、米国では必須栄養素とされ、1日の必要量が550mgと定められている。コリンを含有する食品としては、牛乳、チーズ、鶏卵、レバーなどが知られている。これらの中でも卵黄やレバーに特に多く含まれている。そのため、通常食を摂取している限りは、日常食において前記摂取基準値を達成することができる。しかしながら、日本国内では塩化コリンは食品添加物として認可されていない。
【0005】
また、通常食では嚥下困難な高齢者などへの栄養補給に用いられる流動食を始めとした、多くの加工食品におけるコリンの摂取源としては、レシチン(ホスファチジルコリン)が用いられている。しかしながら、レシチンは、乳化効果が非常に高いためホモジナイズ時に多量の泡を形成し、成分の不均一化を生じるため、食品素材として好ましくない。そのため、流動食へのコリンの添加に適した供給源が存在しないという問題がある。
【0006】
酵母は、古くから人類が食品素材として利用しており、例えば、ビール酵母が食物繊維、ビタミンあるいはミネラル分の供給源としても用いられてきた。特に菌体内にコリンを取り込ませた酵母又はその破砕物は、コリンを補強した食品素材として、かつコリンの吸収効率に優れた安全な食品素材として利用可能であると考えられる。
【0007】
しかしながら、従来の酵母におけるコリン含有量は、一般的に乾燥菌体当たり0.2質量%程度と低かった。そのため、流動食、飲料等の食品素材として用いるためには、より多くコリンを含有させた酵母の提供が望まれているのが現状である。
【0008】
特許文献6には、酵母のSEC14遺伝子突然変異株を用いて、コリン及びイノシトール、コリン及びイノシトール代謝物、並びにコリン及びイノシトール含有リン脂質を酵母で増加させる方法について開示している。
しかしながら、この方法は、特定の突然変異株を必要とするため製造が簡便でなく、また代謝回転を促進しているため、コリンを菌体内へ取り込んだ後の菌体外への排出も速く、コリン高含有酵母の製造には不向きである点で問題であった。
【0009】
このため、コリンを高濃度に含有し、コリンを効率良く生体内に摂取及び吸収することができ、安全性が高く、脂肪肝、動脈硬化症、記憶力の低下、認知症などの予防乃至改善に用いられる流動食、飲料などの食品素材として好適なコリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物、並びに該コリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物の少なくともいずれかを含有する流動食、飲料等の食品の提供が望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−155242号公報
【特許文献2】特許第3813439号
【特許文献3】特開2008−115132号公報
【特許文献4】特開2007−119361号公報
【特許文献5】特表2006−503823号公報
【特許文献6】特表2000−513586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、通常コリンを乾燥菌体当たり0.2質量%程度しか含有していない酵母とは異なり、コリンを高濃度に含有し、流動食、飲食品などの経口経管栄養組成物、食品素材などとして好適であり、しかも添加した食品の風味などを損なうことがないコリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物、前記コリン高含有酵母を効率良く簡単に製造可能なコリン高含有酵母の製造方法、並びに、コリンを効率良く生体内に摂取及び吸収することができ、安全性の高い流動食、飲料などの各種の食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下のような知見を得た。即ち、流加培養により培養液のpHを6〜10に維持し、培養液の総液量に対するコリンの添加量を2質量%〜5質量%とし、培養液への糖の初期添加量を1質量%〜10質量%とし、ミネラルやビタミンなどの副原料を添加することのない培養液で、通気条件下でパン酵母を培養することで、通常コリンを乾燥菌体当たり0.2質量%程度しか含有していない酵母とは異なり、乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%と高濃度のコリンを含有するコリン高含有酵母を効率良く得ることができること、また該コリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物は、安全性が高く、添加した食品の風味などを損なうことがなく、流動食、飲料などの各種の食品の食品素材として好適であることを見出した。
【0013】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 菌体におけるコリン含有量が乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%であることを特徴とするコリン高含有酵母である。
<2> 食用酵母である前記<1>に記載のコリン高含有酵母である。
<3> 食用酵母が、パン酵母、ビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母、及び味噌醤油酵母の少なくともいずれかである前記<2>に記載のコリン高含有酵母である。
<4> 食用酵母がSaccharomyces cerevisiaeである前記<2>から<3>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<5> 培養液の総液量に対するコリン化合物の添加量が2質量%〜5質量%となるようにして酵母を培養することにより得られる前記<1>から<4>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<6> 培養液のpHが6〜10となるようにして酵母を培養することにより得られる前記<1>から<5>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<7> 培養液への糖の初期添加量が1質量%〜10質量%となるようにして酵母を培養することにより得られる前記<1>から<6>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<8> 通気して酵母を培養することにより得られる前記<1>から<7>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<9> 酵母を流加培養して得られる前記<1>から<8>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<10> 食品に添加されて用いられる前記<1>から<9>のいずれかに記載のコリン高含有酵母である。
<11> 食品が流動食である前記<10>に記載のコリン高含有酵母である。
<12> 前記<1>から<11>のいずれかに記載のコリン高含有酵母の破砕物を少なくとも含むことを特徴とするコリン高含有酵母破砕物である。
<13> コリン高含有酵母が食用酵母である前記<12>に記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<14> 食用酵母が、パン酵母、ビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母、及び味噌醤油酵母の少なくともいずれかである前記<13>に記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<15> 食用酵母がSaccharomyces cerevisiaeである前記<13>から<14>のいずれかに記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<16> コリン高含有酵母の破砕物が乾燥物である前記<12>から<15>のいずれかに記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<17> コリン高含有酵母の破砕物が液状物である前記<12>から<15>のいずれかに記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<18> 食品に添加されて用いられる前記<12>から<17>のいずれかに記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<19> 食品が流動食である前記<18>に記載のコリン高含有酵母破砕物である。
<20> 培養液の総液量に対するコリン化合物の添加量が2質量%〜5質量%となるようにして酵母を培養することを特徴とするコリン高含有酵母の製造方法である。
<21> pHが6〜10となるように調整して酵母を培養する前記<20>に記載のコリン高含有酵母の製造方法である。
<22> 培養液への糖の初期添加量が1質量%〜10質量%となるようにして酵母を培養する前記<20>から<21>のいずれかに記載のコリン高含有酵母の製造方法である。
<23> 通気して酵母を培養する前記<20>から<22>のいずれかに記載のコリン高含有酵母の製造方法である。
<24> 培養が流加培養である前記<20>から<23>のいずれかに記載のコリン高含有酵母の製造方法である。
<25> 流加培養が、流加連続培養及び流加回分培養の少なくともいずれかである前記<24>に記載のコリン高含有酵母の製造方法である。
<26> 前記<1>から<11>のいずれかに記載のコリン高含有酵母を少なくとも含むことを特徴とする食品である。
<27> 前記<12>から<19>のいずれかに記載のコリン高含有酵母破砕物を少なくとも含むことを特徴とする食品である。
<28> 流動食である前記<26>から<27>のいずれかに記載の食品である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、通常コリンを乾燥菌体当たり0.2質量%程度しか含有していない酵母とは異なり、コリンを高濃度に含有し、流動食、飲食品などの経口経管栄養組成物、食品素材などとして好適であり、しかも添加した食品の風味などを損なうことがないコリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物、前記コリン高含有酵母を効率良く簡単に製造可能なコリン高含有酵母の製造方法、並びに、コリンを効率良く生体内に摂取及び吸収することができ、安全性の高い流動食、飲料などの各種の食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、試験例1のpH調整条件の検討における培養液のpHの経時変化を示す図である。
【図2】図2は、試験例1のpH調整条件の検討における乾燥菌体当たりのコリン含有量の経時変化を示す図である。
【図3】図3は、試験例5の本発明のコリン高含有酵母の培養における培養液のpHの経時変化を示す図である。
【図4】図4は、試験例5の本発明のコリン高含有酵母の培養における乾燥菌体質量の経時変化を示す図である。
【図5】図5は、試験例5の本発明のコリン高含有酵母の培養における乾燥菌体当たりのコリン含有量の経時変化を示す図である。
【図6】図6は、試験例5の本発明のコリン高含有酵母の培養における乾燥菌体当たりに取り込まれたコリン量の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(コリン高含有酵母、コリン高含有酵母破砕物)
本発明のコリン高含有酵母は、菌体におけるコリン含有量が乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%である酵母である。
前記菌体が、25℃のイオン交換水で洗浄した菌体であっても、前記菌体におけるコリン含有量は、乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%であり、洗浄後においてもコリン含有量が高く維持される。
【0017】
本発明のコリン高含有酵母は、前記コリンを菌体内部において保持しており、洗浄を行っても該コリンは除去されず菌体内部に保持されたままであるので、食品素材などとして用いた場合、添加した食品の風味などを損なうことながなく、しかも前記コリンを高濃度含有しているにもかかわらず、レシチンのような乳化作用を有さず、水と油とが分離することもないため、食品素材などとして好適である。
【0018】
前記コリン高含有酵母は、生菌乃至未乾燥の状態であってもよいし、乾燥された状態であってもよく、また、菌体が破砕された破砕物の状態であってもよい。
なお、前記コリン高含有酵母破砕物とは、顕微鏡観察下で未破砕菌体がなくなった状態をいう。
【0019】
前記コリン高含有酵母を乾燥する方法としては、特に制限はなく、公知の方法から適宜選択することができ、例えば、噴霧乾燥、流動層乾燥、凍結乾燥などが挙げられる。
【0020】
前記コリン高含有酵母を破砕する方法としては、顕微鏡観察下で未破砕菌体がなくなる方法であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、物理的破砕処理法、化学的破砕処理法などが挙げられる。
【0021】
前記物理的破砕処理法の具体例としては、0.5mm径ビーズをシリンダーに50容量%充填したダイノミルを用いる方法などが好適に挙げられる。
前記ダイノミルとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、WAB社製のDynomill Model Type KDLなどが挙げられる。
【0022】
前記シリンダーの容量としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、実験的には、0.6L程度である。前記コリン高含有酵母の懸濁液(30質量%)の前記ダイノミルにおける前記シリンダー内への流速としては、例えば、2.16L/時間程度が好ましい。
また、前記コリン高含有酵母の前記ダイノミルにおける前記シリンダー内での滞在時間としては、10分間程度が好ましい。
なお、前記破砕の前に、イオン交換水で前記ダイノミルにおける前記シリンダー内を予め洗浄しておくことが好ましい。また、前記顕微鏡観察下での未破砕菌体の有無は、適宜サンプリングをして顕微鏡観察を行うことにより確認することができる。
【0023】
前記コリン高含有酵母破砕物における乾燥菌体当たりのコリン含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、破砕菌体を食品素材などとして利用する観点からは、破砕を行う前の菌体における乾燥菌体当たりのコリン含有量に対し、70質量%以上が好ましく、80質量%以上がより好ましく、90質量%以上が特に好ましい。
【0024】
前記コリン高含有酵母破砕物の態様としては、用途などに応じて適宜選択することができ、例えば、乾燥物のみの態様(破砕物から液状物を除去し、スプレードライ等により乾燥したものなど)であってもよいし、固形物のみの態様(破砕物から液状物を除去したものなど)であってもよいし、液状物のみの態様(破砕物から固形分を除去したものなど)であってもよく、あるいはこれらを含む態様(破砕しただけのものなど)であってもよい。なお、前記コリン高含有破砕物の調製は、特に制限はなく、公知の装置などを用い、公知の方法に従って行うことができる。
【0025】
<コリン含有量>
前記コリン高含有酵母におけるコリンの含有量としては、乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%であるが、該コリン高含有酵母をコリン強化食品素材などとして用いる場合には多いほど好ましく、5質量%以上であることがより好ましい。前記コリン含有量の上限としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0026】
前記コリン高含有酵母におけるコリン含有量を測定する方法としては、特に制限はなく、公知の測定方法から適宜選択することができ、例えば、前記コリン高含有酵母よりコリンを抽出後、吸光度を測定する方法、液体クロマトグラフィーで分析する方法、質量分析する方法などが挙げられる。
前記コリンを抽出する方法としては、特に制限はなく、公知の測定方法から適宜選択することができ、例えば、ライネッケ塩沈殿法(分析法フローチャート、財団法人 日本食品分析センター参照)などが挙げられる。なお、前記ライネッケ塩沈殿法は、酵母細胞中のホスファチジルコリン等のコリン化合物を熱分解して、コリン単体(分子量104.17)として抽出し、総コリン量として定量する方法である。
【0027】
<洗浄>
前記菌体の洗浄は、前記菌体の表面に付着したコリンを除去する目的で、25℃のイオン交換水を用いて行い、一般的には、25℃のイオン交換水で2回以上洗浄すると前記菌体表面に付着しているだけで該菌体内に取り込まれていないコリンを十分に除去することができる。
【0028】
前記洗浄後の前記コリン高含有酵母の乾燥菌体当たりのコリン含有量としては、少なくとも2.5質量%であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、菌体を食品素材などとして利用する観点からは、洗浄を行う前の菌体における乾燥菌体当たりのコリン含有量に対し、70質量%以上が好ましく、80質量%以上がより好ましく、90質量%以上が特に好ましい。
【0029】
<種類>
前記コリン高含有酵母としては、食品素材などとして用いる場合には、食用酵母であることが特に好ましい。
前記食用酵母としては、特に制限はなく、公知のものの中から適宜選択することができるが、パン酵母、ビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母、及び味噌醤油酵母から選択されることが好ましく、パン酵母が特に好ましい。
【0030】
前記食用酵母の菌株としては、サッカロミセス(Saccharomyces)属、トルロプシス(Torulopsis)属、ミコトルラ(Mycotorula)属、トルラスポラ(Torulopsis)属、キャンディダ(Candida)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、ピキア(Pichia)属などが挙げられる。
【0031】
前記食用酵母の菌株の具体例としては、Saccharomyces cerevisiaeSaccharomyces carlsbergensisSaccharomyces uvarumSaccharomyces rouxiiTorulopsis utilisTorulopsis candidaMycotorula japonicaMycotorula lipolyticaTorulaspora delbrueckiiTorulopsis fermentatiCandida sakeCandida tropicalisCandida utilisHansenula anomalaHansenula suaveolensSaccharomycopsis fibligeraSaccharomyces lipolyticaRhodotorula rubraPichia farinosa、などが挙げられる。
これらの中でも、Saccharomyces cerevisiaeSaccharomyces carlsbergensisが好ましく、Saccharomyces cerevisiae が特に好ましい。
【0032】
<用途>
本発明のコリン高含有酵母の用途としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、食品に添加されて用いられる食品素材、飼料、餌料などとしての用途が好ましく、これらの中でも、前記食品素材としての用途が特に好ましい。本発明のコリン高含有酵母を用いることにより、コリン高含有食品、コリン高含有飼料、コリン高含有餌料などが得られる。
【0033】
(コリン高含有酵母の製造方法)
本発明のコリン高含有酵母は、本発明のコリン高含有酵母の製造方法により好適に製造することができる。
本発明のコリン高含有酵母の製造方法に用いる培地としては、少なくともコリン化合物を含有し、必要に応じて、更に、糖、pH調整試薬、水などのその他の成分を含有する。
【0034】
<培地>
−コリン化合物−
前記培地に添加するコリン化合物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、塩化コリン、重酒石酸コリン、クエン酸水素コリン、クエン酸二水素コリン、アセチルコリン、塩化アセチルコリン、ホスファチジルコリン、コリン酒石酸水素塩などが挙げられる。また、コリン混合物としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、大豆由来レシチン、酵素分解レシチンなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0035】
前記培地に添加するコリン化合物の量(質量%(w/v))としては、培養した菌体を含む培地(培養液)の総液量に対し、0質量%超10質量%以下の添加が必要であり、2質量%〜5質量%添加することが好ましく、5質量%添加することがより好ましい。前記コリン化合物の添加量が0%であると、コリン高含有酵母を製造することができない。前記コリン化合物の添加量が10質量%を超えると、所望の乾燥菌体当たりのコリン含有量を得ることができないことがあり、また対糖収率(1gの糖当たりに増殖する菌体の量)が低下することがある。
前記コリン化合物は、培地に初期添加させておいてもよく、流加液中に添加させておき、これを前記培養液中に流加することにより、培養液中のコリン化合物濃度を制御してもよいが、初期添加することが乾燥菌体当たりのコリン含有量を増加させることができる点で好ましい。
【0036】
前記コリン化合物を初期添加する場合は、初期の培地中の濃度を意味する。流加する場合は、培地(初期培養液)と、流加液(流加した量)との合計量に対する添加量を意味する。
なお、流加液中のコリン化合物の含有量としては、培養液の総液量に対するコリン化合物の添加量が上述の範囲内となる限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0037】
−糖−
前記培地に添加する糖としては、酵母が資化できる糖であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、グルコース、シュークロース、フラクトース、マルトースなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、前記糖としては、グルコースが特に好ましい。
【0038】
前記培地への糖の初期添加量(質量%(w/v))としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、1質量%〜10質量%が好ましく、5質量%がより好ましい。前記糖の初期添加量が1質量%未満であると、所望の乾燥菌体当たりのコリン含有量を得ることができないことがあり、10質量%を超えると、対糖収率が低下することや、原料コストが増加するなどの問題がある。
【0039】
前記糖は、培地に初期に添加するだけでもよく、流加液中に添加させておき、これを前記培養液中に流加することにより、培養液中の糖濃度を適宜制御してもよい。
これらの中でも、前記糖は、流加液中に添加させることが、乾燥菌体当たりのコリン含有量を増加させることができる点で好ましい。
【0040】
前記糖を流加する場合、その流加速度としては、特に制限はなく、糖を含む流加液の糖濃度や菌体の量などに応じて適宜選択することができる。
【0041】
−pH調整試薬−
前記培養液のpHとしては、菌体へのコリン取り込みの観点から、6〜10が好ましく、酵母の増殖の観点から6〜8がより好ましく、7が更に好ましい。前記pHが、6未満であると、酵母へのコリンの取り込み効率が悪くなり、所望の乾燥菌体当たりのコリン含有量を得ることができないことがあり、10を超えると、微生物が繁殖しやすく、また酵母の自己消化が起こることがある。
【0042】
前記pH調整試薬としては、前記所望の範囲のpHに調整することができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水酸化ナトリウム、アンモニア水などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、前記pH調整試薬としては、水酸化ナトリウムが好ましい。
【0043】
前記pH調整試薬は、培地に初期添加させておいてもよく、流加液中に添加させておき、これを前記培養液中に流加することにより、培養液のpHを制御してもよい。
これらの中でも、前記pH調整試薬は、流加液中に添加させることが、培養中の培養液のpHを一定に維持することができ、菌体の増殖が良好であり、所望の乾燥菌体当たりのコリン含有量を得ることができる点で好ましい。
前記培養液への前記pH調整試薬の添加量、及び流加液中のpH調整試薬の濃度としては、培養液のpHが上述の範囲内となる限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0044】
前記pH調整試薬を流加する場合、その流加速度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記糖の流加速度と同じ速度などが挙げられる。
なお、前記糖及びpH調整試薬を流加する場合は、それぞれ異なるシリンジで流加することが好ましい。
【0045】
<培養条件>
−培養方法−
前記コリン高含有酵母の培養方法としては、コリンを取り込むことができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、回分培養法、流加培養法(流加連続培養法、流加回分培養法)などが挙げられる。これらの中でも、前記糖及び前記pH調整試薬を流加して培養することが、乾燥菌体当たりのコリン含有量を増加させることができる点で好ましい。
なお、流加培養を行う場合は、培養0時間(培養開始時)から培養終了時までの間、連続的に流加することが好ましく、定置流加することがより好ましい。
前記培養は、ジャーファーメンターを用いて好適に行うことができる。
【0046】
−酵母−
前記培養を行う酵母としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記食用酵母が好適に挙げられ、該食用酵母の菌株の属及び具体例としては、前記食用酵母と同様のものが挙げられる。前記酵母は、1種単独で培養してもよいし、2種以上を同時に培養してもよい。
【0047】
前記酵母の培地への接種量としては、特に制限はなく適宜決定することができるが、湿潤質量で、1質量%〜30質量%が好ましく、20質量%がより好ましい。前記接種量が、5質量%未満となると、コリンの取り込みが不安定になることがあり、30質量%を超えると、コリンの取り込みが不安定になることや、培養時に激しい発泡を生じ、工業生産に支障をきたすことがある。
【0048】
−培養温度−
前記培養の温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、28℃〜33℃が好ましく、コリンを高含有させる観点から30℃がより好ましい。
【0049】
−培養時間−
前記培養時間としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、14時間〜24時間が好ましく、14時間〜15時間がより好ましい。前記培養時間が、14時間未満であると、所望の乾燥菌体当たりのコリン含有量を得ることができないことがあり、23時間を超えると、製造上効率が悪い。
【0050】
−通気−
前記培養時は、通気してもよく、通気しなくてもよいが、通気することが、コリンを高含有させることができる点で好ましい。
前記通気量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、0.5vvm〜4vvmが好ましく、1vvm〜2vvmがより好ましい。前記通気量が、0.5vvm未満であると、コリンの取り込みが不安定になることがあり、4vvmを超えると、培養時に激しい発泡を生じ、工業生産に支障をきたすことがある。
【0051】
−攪拌速度−
前記培養時の攪拌速度としては、菌体が沈まない程度であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、100rpm〜600rpmが好ましく、400rpm〜500rpmがより好ましい。
【0052】
(食品)
本発明の食品は、前記コリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物の少なくともいずれかを含み、必要に応じて、更にその他の成分を含む。
ここで、前記食品とは、人の健康に危害を加えるおそれが少なく、通常の社会生活において、経口又は消化管投与により摂取されるものをいい、行政区分上の食品、医薬品、医薬部外品などの区分に制限されるものではなく、例えば、経口的に摂取される一般食品、健康食品、保健機能食品、医薬部外品、医薬品などを幅広く含むものを意味する。
【0053】
前記食品中の前記コリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物の少なくともいずれかの配合量としては、特に制限はなく、本発明の効果を損なわない範囲内で、対象となる食品の種類に応じて適宜配合することができる。
【0054】
<種類>
前記食品の種類としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果実飲料、乳酸飲料等の飲料;アイスクリーム、アイスシャーベット、かき氷等の冷菓;そば、うどん、はるさめ、ぎょうざの皮、しゅうまいの皮、中華麺、即席麺等の麺類;飴、キャンディー、ガム、チョコレート、錠菓、スナック菓子、ビスケット、ゼリー、ジャム、クリーム、焼き菓子、パン等の菓子類;カニ、サケ、アサリ、マグロ、イワシ、エビ、カツオ、サバ、クジラ、カキ、サンマ、イカ、アカガイ、ホタテ、アワビ、ウニ、イクラ、トコブシ等の水産物;かまぼこ、ハム、ソーセージ等の水産・畜産加工食品;加工乳、発酵乳等の乳製品;サラダ油、てんぷら油、マーガリン、マヨネーズ、ショートニング、ホイップクリーム、ドレッシング等の油脂及び油脂加工食品;ソース、たれ等の調味料;カレー、シチュー、親子丼、お粥、雑炊、中華丼、かつ丼、天丼、うな丼、ハヤシライス、おでん、マーボドーフ、牛丼、ミートソース、玉子スープ、オムライス、餃子、シューマイ、ハンバーグ、ミートボール等のレトルトパウチ食品;流動食等の種々の形態の栄養補助食品、健康食品、医薬品、医薬部外品などが挙げられる。
【0055】
<その他の成分>
前記その他の成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、食品を製造するにあたって通常用いられる、補助的原料又は添加物などが挙げられる。
前記補助的原料又は添加物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、ソルビトール、ステビオサイド、ルブソサイド、コーンシロップ、乳糖、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、L−アスコルビン酸、dl−α−トコフェロール、エリソルビン酸ナトリウム、グリセリン、プロピレングリコール、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、アラビアガム、カラギーナン、カゼイン、ゼラチン、ペクチン、寒天、ビタミンB類、ニコチン酸アミド、パントテン酸カルシウム、アミノ酸類、カルシウム塩類、色素、香料、保存剤などが挙げられる。
前記その他の成分の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0056】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0057】
(試験例1:pH調整条件の検討)
以下に示す方法を用い、培養前に培地のpHを10に調整した条件(初期添加条件)、経時的に培養液のpHを10に調整した条件(分割添加条件)、及び流加添加により培養液のpHを10に調整した条件(流加添加条件)の3つの条件で、酵母菌体におけるコリン含有へのpH調整の影響について検討を行った。
【0058】
<初期添加条件>
水300mL中に、パン酵母(オリエンタル酵母工株式会社製、レギュラーイースト)60g(20質量%/総液量)の湿菌体、及び塩化コリン(和光純薬工業株式会社製)3g(1質量%/総液量)を初期添加して500mL容の三角フラスコ内に収容させ、1N水酸化ナトリウムで培地のpHを10に調整後、前記パン酵母を培養した。なお、その後は、pH調整を行わなかった。
培養条件は、温度を30℃、時間を40時間、攪拌速度を200rpm(スターラー:MAG−MIXER M−66、ヤマト科学株式会社製)とし、通気は行わなかった。培養条件について、表1にまとめて示した。
【0059】
<分割添加条件>
前記初期添加条件において、培地のpHを培養前に1N水酸化ナトリウムでpH10に調整後、更に培養16.5時間目及び培養22時間目に1N水酸化ナトリウムを添加してpH10に調整した以外は、前記初期添加条件と同様の方法で、前記パン酵母を培養した。培養条件について、表1にまとめて示した。
【0060】
<流加添加条件>
前記初期添加条件において、培地のpHを培養前に1N水酸化ナトリウムでpH10に調整後、更に前記三角フラスコ内に、1N水酸化ナトリウムを流加液として、ペリスタポンプ(PERISTA PUMP SJ−1215、アトー株式会社製)を用いて3mL/時間の速度で、培養16.5時間まで連続的に定値流加してpH調整を行いながら、前記パン酵母を流加培養にて培養した以外は、前記初期添加条件と同様の方法で、前記パン酵母を培養した。培養条件について、表1にまとめて示した。
【0061】
前記3つの条件で培養した酵母菌体を経時的に回収し、培養液のpHを測定した。
その後、培養液約110mLを3,000rpmにて5分間遠心分離し、上清を廃棄した。菌体(沈殿)に25℃のイオン交換水150mLを添加し懸濁後、3,000rpmにて5分間遠心分離し、上清を廃棄して洗浄した。この洗浄を2回行った後、菌体を噴霧乾燥して乾燥させた。
各時間における乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を、下記方法にて測定した結果を表2に示す。また、図1に培養液のpHの経時変化、図2に乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)の経時変化を示す。
【0062】
<コリン含有量の測定方法>
−ライネッケ塩沈殿法によるコリンの抽出−
前記酵母3g(乾燥質量)を分解ビンに秤量し、25質量%硝酸溶液25mLに懸濁し150℃で5時間30分間加熱することで、コリン化合物をコリン単体に分解した。分解後、試料溶液を室温に戻し、10モル/L水酸化ナトリウム水溶液10mLを添加し、試料溶液を中和した。次いで、メタノール40mLを添加し、4℃にて5時間以上静置し、タンパク質成分などを沈殿させた。この試料溶液を、ろ紙3種(アドバンテック東洋株式会社製、No.131)でろ過し、約80mLのろ液を100mL容フラスコに回収した。得られた濾液を氷水中で5℃以下に冷却し、ライネッケ塩試液(ライネッケ塩一水和物4gをメタノール100mLに定容した。)16mLを添加し、ときどきかき混ぜながら1晩以上静置してコリンライネッケ塩の結晶を生成させた。生成した結晶をガラスろ過器(3G3)で吸引ろ過し、先の三角フラスコを冷水で洗浄し、同様に吸引ろ過した。ガラスろ過器内の結晶の洗浄を、冷水5mLを用いて3回行い、更にメタノール1mLを用いた洗浄を5回行った後、洗液を吸引して結晶を乾燥させた。ガラスろ過器内の結晶にアセトン20mLを加えて溶かし、溶液を吸引して50mLのメスフラスコに入れ、更に標線までアセトンを加え、測定に供する試料溶液とした。
【0063】
−塩化コリン標準液の調製−
塩化コリン[C14ClNO](和光純薬工業株式会社製)10gを正確に量り100mL容メスフラスコに入れ、蒸留水を加えて溶かし、更に標線まで水を加えて塩化コリン標準原液を調製した。
【0064】
−HPLCによるコリン含有量の測定−
前記塩化コリン標準液を用い、下記HPLC測定条件により検量線を作成した。同様にして前記ライネッケ塩沈殿法で抽出したコリンを測定し、酵母に含まれるコリン含有量を定量し、乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を算出した。
[HPLC測定条件]
カラム:Shodex RSpak DE−613(6.0mmID×150mm)
溶媒:0.1M リン酸水溶液、300mg/L 1−デカンスルホン酸ナトリウム、65mg/L テトラメチルアンモニウムクロリド(1M 水酸化ナトリウムにてpH8に調整した)
流速:1.0mL/分間
検出器:RI(Refractive Index)
カラム温度:37℃
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
表2、並びに、図1及び図2の結果より、初期添加条件においては、乾燥菌体当たりのコリン含有量は0.5質量%までしか増加しなかった。これに対し、分割添加条件では、培養時間依存的に乾燥菌体当たりのコリン含有量が増加し、0.8質量%まで増加した。更に、流加添加条件では、培養16.5時間において乾燥菌体当たりのコリン含有量が1.1質量%に増加し、顕著な乾燥菌体当たりのコリン含有量の増加が認められた。また、流加添加条件において、培養16.5時間以後は、水酸化ナトリウムの流加を行わなかったため、乾燥菌体当たりのコリン含有量の低下が認められた。これらの結果より、コリン高含有酵母の製造には、pH調整を行うことが有効であることがわかった。
また、結果には示さないが、培養液のpHを11及び12にした場合、乾燥菌体当たりのコリン含有量の増加はほとんど認められず、異臭の発生、並びに酵母の自己消化が認められた。
したがって、コリン高含有酵母の製造において、培養液のpHは、6〜10の範囲が好ましく、7〜10がより好ましく、7超10以下が特に好ましいと考えられる。
【0068】
(試験例2:通気条件及び糖流加条件の検討)
水100mL中に、パン酵母(オリエンタル酵母工業株式会社製、レギュラーイースト)20g(20質量%/総液量)の湿菌体、及び塩化コリン(和光純薬工業株式会社製)1g(1質量%/総液量)を初期添加して200mL容のメスシリンダー内に収容させ、このメスシリンダー内に、1N水酸化ナトリウムを流加液として、pH10となるように、流加ポンプ(HARVARD APPARATUS製)を用いて0.714mL/時間の速度で連続的に流加し、前記パン酵母を流加培養にて培養した。
更に糖を添加する場合は、培養液のグルコースの添加量が5g(5質量%/培養液)となるように初期添加し、培養中は30質量%グルコース溶液を流加液として、前記流加ポンプを用いて、水酸化ナトリウムとは異なるシリンジで0.714mL/時間の速度で連続的に流加し、前記パン酵母を流加培養にて培養した。
培養条件は、温度を30℃、時間を21時間、攪拌速度を200rpm(スターラー:MAGNETIC STIRRER OCUTOPUS CB−1、アズワン株式会社製)とした。通気する場合は、4vvmの速度で通気した。培養条件について、表3にまとめて示した。
【0069】
培養終了後、培養液全量(約110mL)を使用し、試験例1と同様の方法で菌体を洗浄し、乾燥させ、乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を試験例1と同様の方法で測定した。結果を表4に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
【表4】

【0072】
表4の結果より、通気を行わなかった試験区1及び2と、通気を行った試験区3及び4とを比較すると、通気を行った試験区3及び4の方がパン酵母にコリンを高含有させることができ、更に、試験区3と4とを比較すると、糖流加を行った試験区4の方が、パン酵母によりコリンを高含有させることができることがわかった。
【0073】
(試験例3:コリン添加濃度の検討)
下記に示す「条件1」及び「条件2」を用い、培地へのコリン添加濃度の検討を行った。
【0074】
<条件1>
前記試験例2において、塩化コリンの添加量を1g、2g、5g、及び10g(総液量に対して、1質量%、2質量%、5質量%、及び10質量%)のいずれかの添加量とし、流加液の流速を1.07mL/時間とし、培養時間を14時間とした以外は、試験例2と同様の方法で前記パン酵母を培養した。培養条件について、表5にまとめて示した。
【0075】
<条件2>
前記条件1において、前記パン酵母(湿菌体)の添加量を1.2g(1.2質量%/総液量)に変え、副原料として、尿素0.37g、リン酸一ナトリウム(NaHPO・2HO)0.087g、ビタミンB1 0.065mg、ビタミンB6 0.065mg、糖(廃糖蜜)5g、及び硫酸亜鉛2.17mgを添加し、流加液としてのグルコースを糖蜜糖溶液に代えた以外は、条件1と同様の方法で前記パン酵母を培養した。培養条件について、表5にまとめて示した。
【0076】
前記「条件1」及び前記「条件2」での培養終了後、それぞれ試験例1と同様の方法で菌体を洗浄し、乾燥させた。
前記「条件1」及び前記「条件2」で培養した、培養終了後の乾燥菌体の質量を測定し、対糖収率を算出した。また、乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を試験例1と同様の方法にて測定した結果を表6に示す。
【0077】
【表5】

【0078】
【表6】

【0079】
表6の結果より、コリン高含有酵母の培養には「条件1」が好ましく、また塩化コリン添加量としては、培養液中に2質量%〜5質量%となるように添加することが好ましいことがわかった。
【0080】
(試験例4:再洗浄による影響の検討)
試験例3における「条件1」の塩化コリン5質量%の場合と同様にしてパン酵母の培養を行った。培養液を試験例1と同様の方法で洗浄(2回)を行った後、更に同様の洗浄を2回行った(再洗浄)。
【0081】
再洗浄後、試験例1と同様の方法で菌体を乾燥させ、乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を試験例1と同様の方法にて測定した結果を表7に示す。
【0082】
【表7】

【0083】
表7より、再洗浄によるコリン高含有酵母の漏洩は認められず、菌体内にコリンが取り込まれていることが確認された。
【0084】
(試験例5:最適条件の検討)
試験例3における「条件1」に基づき、コリン高含有酵母の最適な条件について検討を行った。即ち、下記に示す、糖液を初期添加した「条件3」及び糖液を流加した「条件4」により培養を行った。
【0085】
<条件3>
「条件1」において、塩化コリンの添加量を5g(5質量%/総液量)とし、グルコース5g(5質量%/培養液)は、流加液に代えて初期添加し、1N水酸化ナトリウムの流加速度を1.19mL/時間とし、培養時間を23時間とした以外は、「条件1」と同様の方法で、前記パン酵母を培養した。培養条件について、表8にまとめて示した。
【0086】
<条件4>
「条件1」において、塩化コリンの添加量を5g(5質量%/総液量)とし、30質量%グルコース及び1N水酸化ナトリウムの流加速度を1.19mL/時間とし、培養時間を23時間とした以外は、「条件1」と同様の方法で、前記パン酵母を培養した。培養条件について、表8にまとめて示した。
【0087】
前記「条件3」及び前記「条件4」で培養した酵母菌体を経時的に回収し、培養液のpHを測定した。また、試験例1と同様の方法で菌体を洗浄後、試験例1と同様の方法で乾燥させ、乾燥菌体質量を測定した。また、乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を試験例1と同様の方法にて測定した。更に、下記計算式により、各時間における、乾燥菌体当たりに取り込まれたコリン量を算出した。
乾燥菌体当たりに取り込まれたコリン量(g)=乾燥菌体質量(g)×コリン含有量(質量%)
【0088】
これらの結果をまとめて表9に示す。また、図3にpHの経時変化、図4に乾燥菌体質量の経時変化、図5に乾燥菌体当たりのコリン含有量の経時変化、及び図6に乾燥菌体当たりに取り込まれたコリン量のグラフを示す。
【0089】
【表8】

【0090】
【表9】

【0091】
表9より、条件3では、培養6時間目でpHが急上昇し、23時間目でpH9.3に達した。一方、条件4では、培養2時間目以降のpHは、中性付近に推移していた(図3)。
また、条件3では、培養23時間目のコリン含有量は4.6質量%であり、菌体質量の顕著な増加は認められなかった。一方、条件4では、培養14時間目でコリン含有量が5質量%に達し、菌体質量の増加も顕著であった(図4及び図5)。
これらの結果より、乾燥菌体に取り込まれたコリン量としては、条件4の方が多く、優れていた(図6)。培養液のpHとしては、菌体へのコリン取り込みの観点からは7超10以下程度のアルカリ側が好ましいが、酵母の増殖の観点からは中性付近が好ましく、コリン高含有酵母の製造としては、6〜8程度が好ましいと考えられる。
【0092】
(実施例1:ジャーファーメンターによる培養)
30L容のジャーファーメンターを用い、糖を初期添加した条件と、糖を流加添加した条件との2つの条件でパン酵母(オリエンタル酵母工株式会社製、レギュラーイースト)の培養を行った。
【0093】
<初期添加>
水11.5L中に、パン酵母2,300g(20質量%/総液量)の湿菌体、塩化コリン(和光純薬工業株式会社製)575g(5質量%/総液量)、グルコース575g(5質量%/培養液)を初期添加して30L容のジャーファーメンター内に収容させた。ジャーファーメンター内に、1N水酸化ナトリウムを流加液として137mL/時間の速度で連続的に定値流加して培養を行った。
培養条件は、温度を30℃、時間を14時間、攪拌速度を500rpm、通気量1vvmで行った。培養条件について、表10にまとめて示した。
【0094】
<糖を初期添加>
水11.5L中に、パン酵母2,300g(20質量%/総液量)の湿菌体、塩化コリン(和光純薬工業株式会社製)575g(5質量%/総液量)を初期添加して30L容のジャーファーメンター内に収容させた。ここへ、1N水酸化ナトリウム及び30質量%グルコース溶液を流加液として137mL/時間の速度で連続的に定値流加して培養を行った。ここで、グルコース溶液は、5質量%/培養液となるように、水酸化ナトリウムとは異なる流加用ポンプで添加した。
培養条件は、温度を30℃、時間を14時間、攪拌速度を500rpm、通気量1vvmで行った。培養条件について、表10にまとめて示した。
【0095】
【表10】

【0096】
培養終了後、前記初期添加条件及び前記流加添加条件で培養した酵母菌体を回収し、培養液のpHを測定した。また、試験例1と同様の方法で菌体を洗浄後、試験例1と同様の方法で乾燥させ、乾燥菌体当たりのコリン含有量(質量%)を試験例1と同様の方法にて測定した。対糖収率(質量%)は、試験例3と同様の方法で算出した。これらの結果をまとめて表11に示す。
【0097】
【表11】

【0098】
表11の結果より、培養スケールを大きくしても、酵母にコリンを高含有させることが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明のコリン高含有酵母及びコリン高含有酵母破砕物は、通常コリンを乾燥菌体当たり0.2質量%程度しか含有していない酵母とは異なり、コリンを高濃度に含有するためコリンを効率良く生体内に摂取及び吸収することができ、レシチンのような乳化作用を有さず、ホモジナイズ時に多量の泡を形成して成分の不均一化が生じることもなく、更に簡単に製造できるため、食品素材として好適に利用可能である。
また、本発明の前記コリン高含有酵母及び前記リン高含有酵母破砕物を含有する食品は、酵母を使用しているため安全性が高く、添加した食品の風味などを損なうことがなく、レシチンのような乳化作用を有さず、ホモジナイズ時に多量の泡を形成して成分の不均一化が生じることもないため、流動食などに好適に利用可能であり、高齢者をはじめとする摂取者のQOL(Quality Of Life)を向上させることが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
菌体におけるコリン含有量が乾燥菌体当たり少なくとも2.5質量%であることを特徴とするコリン高含有酵母。
【請求項2】
食用酵母である請求項1に記載のコリン高含有酵母。
【請求項3】
培養液の総液量に対するコリン化合物の添加量が2質量%〜5質量%となるようにして酵母を培養することにより得られる請求項1から2のいずれかに記載のコリン高含有酵母。
【請求項4】
培養液のpHが6〜10となるようにして酵母を培養することにより得られる請求項1から3のいずれかに記載のコリン高含有酵母。
【請求項5】
培養液への糖の初期添加量が1質量%〜10質量%となるようにして酵母を培養することにより得られる請求項1から4のいずれかに記載のコリン高含有酵母。
【請求項6】
酵母を流加培養して得られる請求項1から5のいずれかに記載のコリン高含有酵母。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載のコリン高含有酵母の破砕物を少なくとも含むことを特徴とするコリン高含有酵母破砕物。
【請求項8】
請求項1から6のいずれかに記載のコリン高含有酵母を少なくとも含むことを特徴とする食品。
【請求項9】
請求項7に記載のコリン高含有酵母破砕物を少なくとも含むことを特徴とする食品。
【請求項10】
流動食である請求項8から9のいずれかに記載の食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−120502(P2011−120502A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−279518(P2009−279518)
【出願日】平成21年12月9日(2009.12.9)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【Fターム(参考)】