説明

コーティング層を有する縫合糸

【課題】適度な抗張力、伸びがあり、結節が緩まない、等の縫合糸として一般に要求される機能を有しつつ、外科手術等において切開した組織や皮膚を縫合した場合に、縫合当初の急性期の炎症など種々のトラブルの発生をより効果的に抑制可能な縫合糸を提供すること。
【解決手段】フッ素系樹脂からなる繊維素材の表面にコーティング層を形成させてなる縫合糸であって、前記繊維素材の表面におけるX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率がその内部より低く、前記コーティング層が薬剤および生分解性高分子を含有することを特徴とする縫合糸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、縫合糸に関し、更に詳しくは、外科手術等に使用するコーティング層を有する縫合糸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の手術手技の進歩に伴い、そこで用いられる縫合糸等の縫合材料も著しく発展、多様化してきている。また一般に、このような縫合糸には、適度な抗張力、伸びがあり、結節が緩まない、組織に対する炎症性がなく、感染巣を作らない、等の多くの性能が求められる。そのため、各種手術手技に適した材質、形状が選択された縫合糸が提供されている。例えば、縫合糸を構成する材質としては、絹糸、木綿糸等の天然素材、ポリグリコール酸、ポリプロピレン、ポリアミド等の合成樹脂、ステンレス等の金属が広く用いられており、また、縫合糸の形状としては、単糸(モノフィラメント)、撚り糸(ツイスト)、編み糸(ブレード)等が広く採用されているが、これらの材質、形状の特性を考慮して、縫合部位に適した性能を有する縫合糸が製造され、市販されている。
【0003】
しかし近年、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)向上の観点から、特に、組織に対する炎症性、感染巣を作らない、といった特性への要請がより高まってきている。このような要請に対しては、例えば、使用する材質を工夫したり、縫合糸等の表面にコーティング層を設けたりすることが提案されている(特許文献1、2)。
【0004】
特許文献1では、ポリ弗化ビニリデン(PVDF)を用いたモノフィラメントからなる縫合糸が提案されている。この縫合糸は、適度な抗張力、伸びがあり、結節が緩まないといった特性に加えて、極めて良好な組織相容性を有し炎症を生じないものであるとされている。これは、使用材質が優れた物理的特性を有し、かつ生体内で不活性とされる弗素化合物の一種であるPVDFであり、形状が、繊維間が細菌の棲みかになる撚り糸等と異なり、モノフィラメントであることに起因するものと考えられる。
【0005】
特許文献2では、抗増殖薬を付着させたシート材料あるいは外科用縫合糸が提案されている。これにより、瘢痕組織形成となる術後癒着の形成を防止する、或いは生体内の縫合糸近辺での細胞増殖を低減することができるとされている。また非特許文献1では、消化管吻合部治癒においては、炎症細胞の増殖を防止することにより、結果的に治癒が促進されることが示唆されている。
【0006】
しかしながら、一般に縫合糸は生体に対して異物であることには変わりなく、特許文献1に記載の生体内で不活性とされるPVDFといえども、実際には縫合当初の急性期などに炎症を生じる場合がある。特に、虚血性心疾患の患者に対して行われる冠状動脈バイパス手術(CABGという、冠状動脈に細い血管をつなぎ、狭窄部を迂回するバイパスを作成する手術)にPVDFなどの縫合糸を用いる際には、再狭窄の原因となる縫合部位の炎症を出来る限り抑えなければならない。
【0007】
また、縫合糸等に薬剤等を付着させるには縫合糸と薬剤とが親和性を有することが必要である。特許文献2では、縫合糸等の材質として生分解性材料が用いられており、薬剤と親和性の低い材質への適用は記載されていない。特に表面活性の低いフッ素系樹脂に薬剤等を含むコーティング層を設けることは一般に困難とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭59−50333号公報
【特許文献2】特開2004−529667号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】木山輝郎、他7名、「創傷治癒に炎症反応は必要か:マトリックス・メタロプロテアーゼ阻害剤および免疫抑制剤による消化管吻合部治癒促進効果」、日本外科系連合学会誌、2001年5月15日、第26巻、第3号、p.524
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記問題点に鑑みて、本発明の目的とするところは、適度な抗張力、伸びがあり、結節が緩まない、等の縫合糸として一般に要求される機能を有しつつ、外科手術等において切開した組織や皮膚を縫合した場合に、縫合当初の急性期の炎症など種々のトラブルの発生をより効果的に抑制可能な縫合糸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前述の課題解決のために、鋭意検討を重ねた結果、フッ素系樹脂からなる繊維素材の表面のフッ素原子の原子分率を制御することにより、上記課題を解決することができることを見出し、本発明に至った。
【0012】
即ち、本発明の第1は、フッ素系樹脂からなる繊維素材の表面にコーティング層を形成させてなる縫合糸であって、前記繊維素材の表面におけるX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率がその内部より低く、前記コーティング層が薬剤および生分解性高分子を含有することを特徴とする縫合糸に関する。
【0013】
本発明では、前記繊維素材の表面のX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が20atom%以下とすることができる。
【0014】
本発明では、前記フッ素系樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)及び/又はポリビニリデンフルオライド(PVDF)から成る群より選ばれる1種又は2種以上であっても良い。
【0015】
本発明では、前記薬剤が免疫抑制剤であってよく、該免疫抑制剤としては、タクロリムス(FK506)、シクロスポリン、シロリムス、アザチオプリンおよびマイコフェノレートモフェチルから成る群より選ばれる1種又は2種以上が好ましい。
【0016】
本発明では、前記生分解性高分子が、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート及びジオキサノンからなる群より選択される1種または2種以上からなる重合体とすることができる。
【0017】
また、本発明の第2は、フッ素系樹脂からなる繊維素材をアルカリ金属−芳香族化合物錯体含有液に接触させる工程a、工程aを経た繊維素材を水溶性有機溶媒により洗浄し、乾燥することにより、X線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が内部より低い表面を有する繊維素材を得る工程b、工程bを経た繊維素材の表面に薬剤および生分解性高分子を含有するコーティング層を形成する工程c、を含むことを特徴とする縫合糸の製造方法に関する。
【0018】
本発明では、工程bを経た繊維素材の表面のX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が20atom%以下とするのが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
以上にしてなる本願発明に係る縫合糸は、適度な抗張力、伸びがあり、結節が緩まない、等の縫合糸として一般に要求される機能を有しつつ、外科手術等において切開した組織や皮膚を縫合した場合に、縫合当初の急性期の炎症など種々のトラブルの発生をより効果的に抑制可能な縫合糸を提供することができる。また、本発明の製造方法によれば、前記のような縫合糸を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】表面にコーティング層を有さない縫合糸を用いて単純結紮縫合したブタの大腿動脈の縫合部の断面の代表的な組織標本の顕微鏡画像を示す図である。
【図2】本発明に係る縫合糸の実施例を用いて単純結紮縫合したブタの大腿動脈の縫合部の断面の代表的な組織標本の顕微鏡画像を示す図である。
【図3】本発明に係る縫合糸の他の実施例を用いて単純結紮縫合したブタの大腿動脈の縫合部の断面の代表的な組織標本の顕微鏡画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の縫合糸は、フッ素系樹脂からなる繊維素材の表面にコーティング層を形成させてなる縫合糸であって、前記繊維素材の表面におけるX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率がその内部より低く、コーティング層が薬剤および生分解性高分子を含有することを特徴とするものである。
【0022】
従って、本発明では、先ず、前記繊維素材の表面におけるX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率(以下、単にフッ素原子の原子分率という場合がある。)がその内部より低くなるように繊維素材を調製する。このように、繊維素材の表面のフッ素原子の原子分率がその内部より低くされていることにより、表面が活性化されるため、フッ素系樹脂からなる繊維素材の表面に特定のコーティング層を形成することが可能となる。
繊維素材の表面のフッ素原子の原子分率がその内部より低くされている程度は、所望のコーティング層が形成できれば特に限定はないが、前記繊維素材の表面におけるX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が20atom%以下であるのが好ましく、10atom%以下であるのがより好ましい。
【0023】
このような活性化された表面を有する繊維素材は、例えば、グロー放電、コロナ放電、電子線による物理的処理法や、アルカリ金属−芳香族化合物錯体含有液に接触させる化学的処理法などで繊維素材の表面を処理することにより得ることができる。中でも、処理効率等の観点から、前記化学的処理法が好ましい。特に、アルカリ金属−芳香族化合物錯体は高い反応性を有するアルカリ金属が繊維素材の表面に存在するフッ素原子と反応することにより、フッ素系樹脂からフッ素原子を引き抜き、水酸基等の反応性の高い官能基が導入されるといわれている。このように繊維素材の表面が活性化される結果、その表面に特定のコーティング層を形成することが可能となる。
【0024】
アルカリ金属−芳香族化合物錯体としては、例えば、金属ナトリウム−ナフタレン、金属カリウム−ナフタレン、金属カリウム−アントラセン等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができるが、特に、金属ナトリウム−ナフタレン錯体が好ましい。該錯体は、非常に高い反応性を有し、フッ素系樹脂からフッ素原子を引き抜く能力に特に優れるため、より確実にコーティング層を形成することができる。
また、前記錯体は、テトラヒドロフラン等の溶媒を用いて濃度が調整される。
【0025】
ここで、本発明におけるフッ素原子の原子分率とは、測定範囲における樹脂を構成する全ての原子に対するフッ素原子の割合を意味する。また、原子分率は、X線光電子分光法(XPS)により測定することができ、繊維材料を構成するフッ素系樹脂の表面から数nmから数十nm程度の分析深さについての測定結果に基づくものである。具体的には、後述する装置等を用いて測定することができる。
【0026】
本発明において用いるフッ素系樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−エキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、クロロトリフルオロエチレン−エチレン共重合体(ECTFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリビニルフルオライド(PPVFまたはPVF)等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。この中でも、組織相容性及び縫合糸に必要な特性(適度な抗張力、伸びがあり、結節が緩まない等)の観点から、PTFE、PVDFが好ましく、PVDFがより好ましい。これらの樹脂を用いた縫合糸は、公知の方法にて製造することが可能であり、市販のものを用いても良い。
【0027】
繊維素材の形状としては、特に限定はなく、前述の単糸、撚り糸、編み糸を使用目的に応じて適宜選択すれば良い。また、上記特定の表面は、繊維素材全体に設けられていても良いし、その一部に設けられていても良い。
【0028】
本発明では、上記のように特定の表面を有する繊維材料の表面に薬剤および生分解性高分子を含有するコーティング層を形成する。このようなコーティング層を有することにより、薬剤が徐々に放出され、当該薬剤の有する作用効果により、例えば縫合当初の急性期の炎症など種々のトラブルの発生をより効果的に抑制することが可能となる。前記コーティング層の構造としては、含有する薬剤の作用を効果的に発揮させることができるものであれば特に限定はない。例えば、(i)薬剤と生分解性高分子を含む層を単層設けた単層構造のもの、(ii)薬剤と生分解性高分子を含む層を複数設けて多層構造としたもの、(iii)薬剤を主成分とする第1の層と生分解性高分子と薬剤を主成分とする第2の層を設けた多層構造のもの、などが挙げられる。
尚、薬剤の効果を長期間維持させるためには、後述するように例えば生分解性高分子の構成を調整すること等で対応することは可能であるが、薬剤の効果をより長期間維持させる場合は、(ii)や(iii)の構造を採用すると、薬剤の徐放性がより促進されるため、効果的である場合がある。また、(ii)の場合は、層構造の外側になるに従い、薬剤の含有率を低くすると、薬剤の徐放性がさらに促進され得る。
【0029】
本発明のコーティング層において使用する薬剤としては、外科手術等において切開した組織や皮膚を縫合した場合に、炎症など種々のトラブルの発生をより効果的に抑制可能な薬剤を用いるとよい。具体的には、抗がん剤、免疫抑制剤、抗炎症剤、抗増殖剤などが挙げられ、炎症反応を抑制する観点からは、免疫抑制剤が好ましく、具体的には、タクロリムス(FK506)、シクロスポリン、シロリムス、アザチオプリン、マイコフェノレートモフェチル、またはこれらのアナログが挙げられ、これらのうちの一種または二種以上組合せて用いることができる。
【0030】
また、コーティング層全体の薬剤の含有は、本発明の効果が得られる範囲で、薬剤の種類等を考慮して適宜決定すればよいが、コーティング層を設けた部分の縫合糸の長さ当たり、概ね、0.5〜5μg/40cmとすればよく、また、コーティング層全体の薬剤と生分解性高分子の重量比は、1/5〜4/5とすれば良い。
【0031】
生分解性高分子としては、生分解性高分子自体の生体適合性、分解産物の安全性を考慮すると、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート及びジオキサノンからなる群より選択される1種または2種以上からなる重合体であるのが好ましく、単重合体、共重合体、およびそれらの混合物の何れであっても良い。
【0032】
コーティングの割れや剥がれを防止する観点からは、前記単重合体としては、ポリ乳酸であることがより好ましい。ポリ乳酸には、D−体の乳酸のみから構成されるポリ−D−乳酸、L−体の乳酸のみから構成されるポリ−L−乳酸、D−体の乳酸とL−体の乳酸から構成されるポリ−D,L−乳酸の3種類があるが、本発明の目的を達成するにはいずれのポリ乳酸でも構わない。前記ポリ乳酸の重量平均分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定する場合、標準ポリスチレン換算値として40,000以上、100,000以下であることが好ましい。40,000未満の場合は、コーティングの割れや剥がれを効果的に防止することが困難であり、好ましくない。また、100,000を超える場合は、薬剤の溶出が完了するまでの期間と比較して生分解が完了するまでの期間がきわめて長くなるため、薬剤の効果が発揮されにくくなり好ましくない。
【0033】
また同様の観点から、共重合体としては、乳酸−グリコール酸共重合体であることが好ましい。前記乳酸−グリコール酸共重合体に含まれる乳酸は、D−体の乳酸のみの場合、L−体の乳酸のみの場合、D−体の乳酸とL−体の乳酸の両方を含む場合があるが、本発明の目的を達成するにはいずれの乳酸を含む共重合体であってもよい。前記乳酸−グリコール酸共重合体の重量平均分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定する場合、標準ポリスチレン換算値として80,000以上、100,000以下であることが好ましく、且つ、前記乳酸−グリコール酸共重合体に乳酸が70mol%以上、90mol%以下含まれ、グリコール酸が10mol%以上、30mol%以下含まれることが好ましい。このような乳酸−グリコール酸共重合体を使用することで、目的とする重量変化特性を好適に達成できる。
【0034】
尚、コーティング層には、本発明の効果を妨げない範囲で、薬剤および生分解性高分子以外の他成分が含まれていても良い。他成分の代表例として、賦形剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、入荷剤、緩衝剤、粘稠剤、保存剤等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明の縫合糸は、例えば、以下の製造方法により調製することができる。
前記のフッ素系樹脂を用いて、押出成形機により単糸の繊維素材を成形する。成形条件は、公知の条件に従えば良い。また、撚り糸、編み糸を用いる場合は、公知の方法に従い所望の形状に成形する。尚、市販のものを用いる場合は、本成形は不要である。
【0036】
次に、成形された又は市販のフッ素系樹脂からなる繊維素材の全体または一部を、例えば、金属ナトリウム−ナフタレン錯体含有液に接触させる(工程a)。接触させる方法は、特に限定はなく、浸漬、噴霧、等公知の方法を採用することができる。接触時間としては、X線光電子分光法によるフッ素の原子分率が20atom%以下、好ましくは10atom%以下である表面が得られるようにすれば、特に制限はない。
【0037】
このようにして繊維素材を所定の液に接触させた後、水溶性有機溶媒により洗浄し、乾燥する(工程b)。水溶性有機溶媒としては、テトラヒドロフラン、メタノール、エタノール、などが挙げられる。また、乾燥は、公知の乾燥機等により、概ね室温(20℃程度)〜100℃で、1時間程度行えばよい。
【0038】
次に、乾燥させた繊維素材に、前記コーティング層を形成する(工程c)。コーティング層を形成させる方法としては、例えば、薬剤及び/又は生分解性高分子を含むコーティング体を繊維素材に接触させ、前記のような種々の層構造を有するコーティング層を形成させる。接触方法としては、浸漬(ディッピング)、噴霧(スプレーコーティング)等公知の方法を用いればよい。尚、薬剤及び/又は生分解性高分子を含むコーティング液は、薬剤、生分解性高分子を溶解可能な溶媒を用いて、所望の混合比になるように調製すればよい。前記溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン、クロロホルム、塩化メチレンなどが挙げられる。
【0039】
さらに、所定のコーティング液を接触させた後、溶媒を除去するとよい。除去方法としては、特に制限はなく、常温乾燥、あるいは減圧、加熱等による乾燥が挙げられる。多層構造にする場合は、所定のコーティング液を接触させる毎に溶媒を除去するとよい。
【0040】
このようにして、コーティング層が形成された本発明の縫合糸が得られる。また、当該縫合糸は、必要により、例えば、少なくともその一端に公知の針を設けて、滅菌用の包装材にて包装した後、エチレンオキサイドガス滅菌等の公知の方法にて滅菌し、外科手術等において切開した組織や皮膚を縫合する際(例えば、消化管や血管などの吻合)に好適に用いることができる。
【実施例】
【0041】
以下に、実施例および比較例により本発明をさらに説明する。
<XPSによる原子分率の測定>
後述の実施例、比較例における縫合糸の表面中央部に対し、下記装置条件にてフッ素原子の原子分率を測定した。
分析装置:Quantum2000(アルバック・ファイ社製)
X線強度:AIKα/15kV・5〜12.5W
X線ビーム径:20μmφ(ナロー)、50μmφ(ワイド)
パスエネルギー:93.90eV(ナロー)、187.85eV(ワイド)
【0042】
(実施例1)
フッ素系樹脂からなる繊維素材(PVDFからなるモノフィラメント、「モノフレン(登録商標)」、7−0号、アルフレッサファーマ社製)40cmを、金属ナトリウム−ナフタレン錯体含有液(テトラエッチ、潤工社製)50mLに30分間浸漬した(工程a)。次に、エタノールにより洗浄し、室温で乾燥させた(工程b)。乾燥後、上記方法にて、表面のフッ素原子の原子分率を測定した。原子分率は、4.1〜8.5atom%であった。尚、ここで得られた繊維素材は、後述の実施例2においても使用した。
次に、薬剤(タクロリムス、アステラス製薬社製)0.13g、生分解性高分子(乳酸−グリコール酸共重合体(乳酸/グリコール酸モル比=85/15、DLPLG、DURECT社製)0.50gを溶媒(クロロホルム、ナカライテスク社製)に溶解して総重量が100gになるように調製したコーティング液に、工程bを経た繊維素材を浸漬した後、常温で乾燥させてコーティング層を形成させた縫合糸1を得た(工程c)。縫合糸1本当たりの薬剤コーティング量は1.1μg、生分解性高分子コーティング量は4.2μgであった。
【0043】
(実施例2)
薬剤の使用量を0.40gとしてコーティング液を調製した以外は実施例1と同様にして、コーティング層を形成させた縫合糸2を得た。縫合糸1本当たりの薬剤コーティング量は3.3μg、生分解性高分子コーティング量は4.1μgであった。尚、本実施例での、実施例1の工程b終了後の繊維素材を用いた。
【0044】
(評価)
前記実施例1及び実施例2で得られた縫合糸1及び縫合糸2、並びに対照として薬剤コーティング工程を経ていないフッ素樹脂からなる縫合糸(PVDFからなるモノフィラメント、「モノフレン(登録商標)」、7−0号、アルフレッサファーマ社製)のそれぞれにステンレス製の針を取り付けた後、医療用滅菌包材で包装し、エチレンオキサイドガス滅菌を行った。
ブタ(LDW種、去勢雄、体重40kg)の左右の大腿動脈(右5ヶ所、左3ヶ所)の計8ヶ所にて、血管を半周切開した後、上記の縫合糸を用いて単純結紮縫合した。すなわち、右の大腿動脈は縫合糸1(3ヶ所:a〜c)及び縫合糸2(2ヶ所:a、b)で単純結紮縫合し、左の大腿動脈は対照の縫合糸を用いて3ヶ所(a〜c)を単純結紮縫合した。
一ヶ月の飼育後、ブタから縫合部を含む血管を摘出し、病理組織学的に評価した。具体的には、それぞれの切開箇所における血管外膜の肉芽形成及び炎症性細胞湿潤について、病理組織学的所見のグレードを、0:異常なし、1:軽微、2:軽度、3:中等度、4:高度と設定し、評価した。図1〜3は、対照の縫合糸、縫合糸1、縫合糸2のそれぞれの縫合糸を用いた結果を示す代表的な組織標本を示すものであり、各縫合部を含む血管を半径方向に切断して定法により調製したものを、光学顕微鏡(40倍、システム生物顕微鏡BX−51TF、オリンパス社製)にて観察した時の画像を示したものである。
また、表1は、それぞれの縫合箇所における病理組織学的評価の結果を示したものである。
【0045】
【表1】

【0046】
表1および図1〜3に示すように、対照の縫合糸で縫合した部位では、外膜周囲を中心とした高度な肉芽組織及び高度な炎症性細胞浸潤が認められたが、縫合糸1及び縫合糸2で縫合した部位では、肉芽組織及び炎症反応の抑制が認められたことが分かる。
以上の成績から、ブタ大腿動脈吻合による肉芽形成および炎症性細胞浸潤は、薬剤をコーティングした縫合糸で縫合することにより軽減したと判断される。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系樹脂からなる繊維素材の表面にコーティング層を形成させてなる縫合糸であって、前記繊維素材の表面におけるX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率がその内部より低く、前記コーティング層が薬剤および生分解性高分子を含有することを特徴とする縫合糸。
【請求項2】
前記繊維素材の表面のX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が20atom%以下である請求項1に記載の縫合糸。
【請求項3】
前記フッ素系樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)及び/又はポリビニリデンフルオライド(PVDF)である請求項1または2に記載の縫合糸。
【請求項4】
前記薬剤が免疫抑制剤である請求項1〜3のいずれかに記載の縫合糸。
【請求項5】
前記免疫抑制剤がタクロリムス(FK506)、シクロスポリン、シロリムス、アザチオプリンおよびマイコフェノレートモフェチルから成る群より選ばれる1種又は2種以上である請求項4記載の縫合糸。
【請求項6】
前記生分解性高分子が、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート及びジオキサノンからなる群より選択される1種または2種以上からなる重合体である請求項1〜5の何れかに記載の縫合糸。
【請求項7】
フッ素系樹脂からなる繊維素材をアルカリ金属−芳香族化合物錯体含有液に接触させる工程a、
工程aを経た繊維素材を水溶性有機溶媒により洗浄し、乾燥することにより、X線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が内部より低い表面を有する繊維素材を得る工程b、
工程bを経た繊維素材の表面に薬剤および生分解性高分子を含有するコーティング層を形成する工程c、
を含むことを特徴とする縫合糸の製造方法。
【請求項8】
工程bを経た繊維素材の表面のX線光電子分光法によるフッ素原子の原子分率が20atom%以下である請求項7に記載の縫合糸の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−156027(P2011−156027A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−18249(P2010−18249)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000231394)アルフレッサファーマ株式会社 (27)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】