説明

ゴム材料のシミュレーション方法

【課題】計算を安定させつつ計算時間の短縮化を図るゴム材料のシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】ゴムと、該ゴムよりも十分に硬質な中実のフィラーとを含むフィラー充填ゴムの変形をシミュレーションするゴム材料のシミュレーション方法であって、前記フィラー充填ゴムを数値解析が可能な要素で分割した材料モデル2を設定するステップを含み、かつ前記材料モデル2は、弾性体として定義された要素e2を用いて中空構造にモデル化されたフィラーモデル4を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、計算を安定させつつ計算時間の短縮化を図り得るゴム材料のシミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、図1に略示されるように、ゴム部a中にカーボンやシリカ等の硬質なフィラーbが配合されたフィラー充填ゴムcが各種のゴム材料に多用されている。このようなフィラー充填ゴムcは、フィラーbの大きさ及び/又は配合量などを変えることにより、その性能を比較的広範囲に調節することができる。ゴム材料の開発効率を高めるために、近年では、上記フィラー充填ゴムcの各種性能を、コンピュータを用いて計算するシミュレーションが行われている(例えば、下記特許文献1ないし2参照。)。
【0003】
フィラー充填ゴムcのシミュレーションでは、フィラー充填ゴムcを数値解析が可能な要素で分割した材料モデルを設定し、この材料モデルに条件を設定して変形計算が行われる。図7(a)ないし(b)に示されるように、前記解析モデルCは、前記フィラーbを有限個の要素eで分割したフィラーモデルBと、ゴム部aを有限個の要素eで分割したゴムモデルAとから作られる。
【0004】
【特許文献1】特開2006−193560号公報
【特許文献2】特開2005−351770号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
コンピュータシミュレーションの計算精度を高めるためには、材料モデルCを構成する各要素eをできるだけ小さくすることが望ましい。他方、要素eを小さくすると、材料モデルCを構成する要素数が増加し、ひいてはシミュレーションに要する計算時間が増加するという問題がある。つまり、計算精度と計算時間(計算負荷)とは、一般に二律背反の関係にある。
【0006】
このような問題を解決するために、フィラーモデルBを、外力が働いても変形しない剛体の要素eを用いて作成する方法が考えられる。この方法は、フィラーbがゴム部aに比べると十分に硬く、ひいてはフィラー充填ゴムcに外力を加えてもフィラーbの変形量はゴム部aに比べて十分に小さいという知見に基づいている。そして、この方法では、フィラーモデルBの変形計算を省略できるので、その分、計算時間の短縮が期待できる。
【0007】
しかしながら、フィラーモデルBを剛体の要素で定義すると、ゴムモデルAとフィラーモデルBとの剛性差が著しく大きくなる。このため、FEMの特性上、例えばゴムモデルAとフィラーモデルBとの界面での計算結果が収束しなかったり、収束計算に長時間を要するなど計算安定性の悪化を招く場合がある。例えば、多くのシミュレーションでは、[k]・{u}={f}の連立方程式を解くことにより未知数が計算される。なお、[k]は剛性マトリックス、{u}は変位ベクトル、{f}は荷重ベクトルである。また、[kij]・{xj}=k11+k22+…の演算処理において、要素の剛性差が大きいというのは、例えばk1とk2との差が大きいことになる。連立方程式は収束計算により未知数び真値を探索するが、例えばk1がk2に比して著しく大きいと、x2の寄与が小さくなるために、真値を探索する際、広いレンジでx2の値が振れてしまい、なかなか真の値に到達できないという傾向がある。従って、計算を安定化させつつ計算時間を短縮することができる解析モデルの出現が望まれていた。
【0008】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、前記材料モデルに、弾性体の要素を用いて中空構造にモデル化されたフィラーモデルを含ませることを基本として、計算を安定させつつ計算時間を大幅に短縮することができるゴム材料のシミュレーション方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のうち請求項1記載の発明は、ゴムと、該ゴムよりも硬質な中実のフィラーとを含むフィラー充填ゴムの変形をシミュレーションするゴム材料のシミュレーション方法であって、前記フィラー充填ゴムを数値解析が可能な要素で分割した材料モデルを設定するステップを含み、かつ前記材料モデルは、弾性体として定義された要素を用いて中空構造にモデル化されたフィラーモデルを含むことを特徴とする。
【0010】
また請求項2記載の発明は、前記中空構造のフィラーモデルは、厚さ方向に要素が重ならない要素1層構造で定義される請求項1又は2記載のゴム材料のシミュレーション方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のシミュレーション方法で用いられるフィラー充填ゴムの材料モデルは、弾性体の要素を用いて中空構造にモデル化されたフィラーモデルを含む。このような中空構造のフィラーモデルは、中実構造のものに比べて要素数を少なくできる。従って、本発明のシミュレーション方法では、計算時間の短縮化が可能である。また、中空構造のフィラーモデルは、剛体ではなく弾性体の要素を用いて作られるため、収束計算などを安定して行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の一形態を図面に基づき説明する。
本実施形態のシミュレーション方法では、解析対象物として、図1に示したように、ゴム部aと、その中に配合された中実のフィラーbとを含むフィラー充填ゴムcの変形を有限要素法を用いてコンピュータシミュレーションする方法が提案される。なお、図1は、フィラー充填ゴムcの拡大断面図であり、フィラーbが球状で模式的に示されている。
【0013】
前記フィラーbは、例えばカーボンやシリカなどが好適である。カーボンやシリカは、概ね次のようなものが好適に用いられる。いずれも、ゴムに比べると十分に弾性率が大きいので、効果的にゴムを補強することができる。
・カーボン
弾性率:約100〜20000MPa
一次粒子径:約0.01〜0.5μm
配合量:約15〜40vol%
・シリカ
弾性率:約100〜20000MPa
一次粒子径:約0.01〜0.5μm
配合量:約15〜40vol%
【0014】
ゴム部a中のフィラーbの形状、粒子径及び/又は配合量などは任意に定めることができる。また、図1において、フィラーは、一つの球状のカーボン粒子(一次粒子)が示されているが、このような態様に限定されるものではない。例えば、フィラーbは、一次粒子が不規則に3次元結合したものでも良い。
【0015】
また、前記「中実」とは、実質的な中実であれば足りる。即ち、中実のフィラーbとは、内部に大きな空孔(例えば見かけ上の全体積の50%程度の空孔)がなく全体が均質な材料で構成されているものとする。従って、全体が均質な多孔体からなるフィラーも、中実のフィラーの概念に含まれる。
【0016】
本実施形態のシミュレーション方法では、図2に示されるようなコンピュータ装置1を用いて行われる。該コンピュータ装置1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含む。前記本体1aには、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリー、磁気ディスクなどの記憶装置及びディスクドライブ装置1a1、1a2などが設けられる。
【0017】
図3には、本実施形態のシミュレーション方法のフローチャートが示される。
本実施形態では、先ず、前記フィラー充填ゴムcを要素分割して材料モデルが設定され(ステップS1)、この材料モデルに各種の条件を設定して変形計算が行われ(ステップS2及びS3)、さらに前記計算結果から必要な物理量が取得ないし表示される(ステップS4)。これにより、フィラー充填ゴムcを実際に試作することなく、例えばフィラーbの配合量や大きさなどを異ならせた場合の変形挙動や物理特性などを推測できる。従って、ゴム材料の開発効率を能率化することができる。なお、変形計算は、慣例に従って、種々の汎用ソフトウエアを用いて行うことができる。
【0018】
図4Aには前記ステップS1で設定される材料モデル2の断面図、図4Bには図4Aと同一断面での端面図、図5には図4Aの斜視図がそれぞれ視覚化されて示される。
【0019】
前記材料モデル2は、コンピュータ装置1で利用される数値解析モデルであり、前記フィラー充填ゴムcを有限個の要素を用いて分割(離散化)することにより設定される。即ち、材料モデル2は、フィラー充填ゴムcのゴム部分aを有限個の要素e1で分割したゴムモデル3と、フィラー充填ゴムcに充填されたフィラーbを有限個の要素e2を用いて分割したフィラーモデル4(薄く着色されている)とを含んで構成される。
【0020】
各要素e1、e2は、フィラー充填ゴムcを小領域に分割するときの構成単位である。この個々の要素の変形を足し合わせることにより、系全体の変形状態などを計算することができる。従って、前記各要素e1、e2には、数値計算を行うために必要な各種の情報が定義される。具体的には、各要素2a、2b、2c…について、節点の座標値、要素の形状、材料特性などが数値データで定義される。
【0021】
前記各要素e1、e2には、例えば2次元平面要素として三ないし四辺形要素、3次元要素としては、例えば四ないし六面体のソリッド要素が用いられる。本実施形態では、三次元の材料モデル2が示されており、各要素には、全てソリッド要素が用いられるが、このような態様に限定されるものではない。
【0022】
前記ゴムモデル3は、フィラーモデル4の回りを取り囲むように隙間無く要素e1が定義される。ゴムモデル3は、ゴム部aに基づいて弾性率が定義された弾性体の要素e1で構成される。
【0023】
また、前記フィラーモデル4も、フィラーbに基づいて弾性率が定義された弾性体の要素e2を用いてモデル化される。このように、フィラーモデル4を、弾性体の要素e2を用いてモデル化することにより、材料モデル2に外力を加えたときのゴムモデル3とフィラーモデル4との界面での変形計算を、収束させ安定して行うことができる。
【0024】
さらに、本発明では、フィラーモデル4が中空構造でモデル化される。このような中空構造のフィラーモデル4は、その内部がくり抜かれた中空部iを有する。該中空部iが占める空間には、要素が存在しない。従って、本実施形態のフィラーモデル4は、要素数を減らすとともに、この中空部での変形計算が不要になる。従って、本実施形態のように、弾性体の要素を用いて作られた中空構造のフィラーモデル4を用いることにより、計算を安定させつつ計算時間を短縮することが可能になる。
【0025】
なお、フィラーモデル4の各要素e2には、中実のフィラーbの弾性率がそのまま定義される。このため、中空構造のフィラーモデル4は、実際の解析対象物のフィラーbに比べれば剛性が小さくなる。しかし、フィラーモデル4の要素e2に定義される弾性率Efは、ゴムモデル3の要素e1に定義される弾性率Erに比べて十分に大きい。従って、このような場合でも、材料モデル2の変形の大部分はゴムモデル3で生じ、フィラーモデル4の中空構造は殆ど計算結果に影響を与えることはない。
【0026】
ただし、フィラーモデル4の要素e2に定義されている弾性率Efと、ゴムモデル3の要素e1に定義されている要素の弾性率Erとの比(Ef/Er)が小さくなると、計算結果への影響が無視できない場合がある。このため、前記弾性率の比(Ef/Er)は、好ましくは100以上、より好ましくは1000以上であるのが望ましい。
【0027】
また、本実施形態の中空構造のフィラーモデル4は、その厚さ方向(半径方向)に要素が重ならない要素1層構造で定義される。つまり、フィラーモデル4の各要素e2は、外面がゴムモデル3と接触し、かつ、内面が中空部iに面している。このようなフィラーモデル4は、より一層、要素数を減じるのに役立つ。
【0028】
以上、本発明の解析モデルの作成方法について詳述したが、本発明は上記の実施形態に限定されることなく種々の態様に変形して実施しうるのは言うまでもない。
【実施例】
【0029】
表1の仕様に基づいて、フィラー充填ゴムの材料モデルを作成し、同一の条件でy方向に引っ張る変形のシミュレーションが行われた。材料モデルは、フィラーモデルの構造のみが異なっている。即ち、比較例1は図7のように中実のフィラーモデルからなるのに対し、実施例では図4のように中空のフィラーモデルが採用された。いずれも外面形状は同一とした。また、比較例2は剛体でフィラーモデルを作った。そして、シミュレーションに要した計算時間(実計算時間及び比較例1の計算時間を100とする指数)及び計算結果(ひずみ0.20のときのひずみ分布図)について評価が行われた。シミュレーションの条件は、次の通りである。
【0030】
・フィラーモデルの粒子径:0.1μm
・フィラーモデルの最小厚さt:0.0011μm
・フィラーモデルの弾性率:1500MPa
・ゴムモデルの弾性率:約1MPa
・最大引張ひずみ:0.20
・ひずみ速度:0.05899(1/s)
【0031】
テストの結果は、表1及び図6に示される。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から明らかなように、フィラーモデルを中実構造とした比較例1の解析モデルは、要素数が多く計算時間が長い。これに対して、フィラーモデルを中空構造とした実施例の解析モデルでは、計算時間を大幅に短縮していることが確認できた。
【0034】
また、図6(a)、(b)には、比較例1及び実施例のひずみの分布図を示す。これらを比較してもひずみの分布は実質的に同一であり差異は無かった。従って、実施例の材料モデルでは、計算精度を維持しつつ計算時間を大幅に短縮しうることが確認できた。
【0035】
なお、フィラーモデルを剛体の要素でモデル化した比較例2では、計算途中で収束計算ができず、最後まで計算を続けることができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】フィラー充填ゴムの断面図である。
【図2】本実施形態の処理を行うコンピュータ装置の斜視図である。
【図3】本実施形態の処理手順を説明するフローチャートである。
【図4A】フィラー充填ゴムの材料モデルの断面図である。
【図4B】その端面図である。
【図5】その斜視図である。
【図6】(a)、(b)はシミュレーション結果として、材料モデルの歪分布図を示す。
【図7】(a)は従来の材料モデルの断面図、(b)はその斜視図である。
【符号の説明】
【0037】
1 コンピュータ装置
2 材料モデル
3 ゴムモデル
4 フィラーモデル
e1、e2 要素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴムと、該ゴムよりも硬質な中実のフィラーとを含むフィラー充填ゴムの変形をシミュレーションするゴム材料のシミュレーション方法であって、
前記フィラー充填ゴムを数値解析が可能な要素で分割した材料モデルを設定するステップを含み、かつ
前記材料モデルは、弾性体として定義された要素を用いて中空構造にモデル化されたフィラーモデルを含むことを特徴とするゴム材料のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記中空構造のフィラーモデルは、厚さ方向に要素が重ならない要素1層構造で定義される請求項1又は2記載のゴム材料のシミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−49414(P2010−49414A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−212042(P2008−212042)
【出願日】平成20年8月20日(2008.8.20)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)
【Fターム(参考)】