ゴム質印象材
【課題】ゴム質印象材固有の特質を生かす一方、物理的手段を用いて、術者の熟練依存性が高い、粘度などの調整作業を軽減し、堅さをほとんど変えることなく粘性を高めた、精密印象の採得が容易なゴム質印象材を提供する。
【解決手段】従来から使用されているゴム質印象材に柔軟な繊維を混練すると、粘性と流動性との間の負の相関比を小さくすることや相関関係を無くすることができるという知見を得ることができた。そこで、柔らかくても、流動性を抑えた、粘性の高いゴム質印象材とするため、従来から使用しているゴム質印象材に柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維を混練したものである。
【解決手段】従来から使用されているゴム質印象材に柔軟な繊維を混練すると、粘性と流動性との間の負の相関比を小さくすることや相関関係を無くすることができるという知見を得ることができた。そこで、柔らかくても、流動性を抑えた、粘性の高いゴム質印象材とするため、従来から使用しているゴム質印象材に柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維を混練したものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯牙を含む口腔内組織などに被着し、被着したその口腔内組織などの印象を採得するゴム質印象材、特に精密印象を採得するゴム質印象材に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科分野においては、歯冠修復物や義歯を作成する際に、口腔内組織の形態を正確に再現する必要があり、印象材で口腔内組織の精密印象を採得する作業や、石膏などで模型を調整する作業が不可欠である。口腔内組織の精密印象を採得する作業に用いる印象材は、次のような条件を満たす必要がある。
(1)硬化前後の体積変化が極少であること。(2)被着物から剥がれ落ちたり、流れ落ちたりせず、硬化まで初期の形態を保持できること。(3)適度な作業時間経過後に速やかに硬化すること。(4)硬化したとき、口腔内組織から容易に取り外せること。
さらに、アンダーカット部位を有する場合には、印象を取り外す際に歪みが加わることが多いうえ、歯牙と歯茎の隙間(ポケット)が狭いことから、次のような条件も満たす必要がある。
(5)印象を取り外した後に歪みが容易に回復すること。(6)歯牙と歯茎の隙間から採得された印象の再現性や機械的強度が十分なこと。
これらの条件を総合的に満たす印象材としては、シリコンゴム系を含むゴム質印象材が広く知られている。
しかしながら、シリコンゴムは基本的に疎水性であることから、唾液や血液などで表面が濡れた口腔内組織とはなじみが悪く、そのような部位における精密印象の採得を難しくしている。特に、歯牙と歯茎との隙間(ポケット)の印象を採得するときは、印象材が水分で押し戻されないように、シリンジで印象材を圧入する技法を用いるが、シリンジに充填する流動性の高いゴム質印象材は、一般的に粘性が低く、ポケットの奥に押し込む力も弱いので、正確な印象を採得するには術者の熟練が必要である。
そこで、熟練者でなくても失敗の少ない印象が採得できるように、親水性の高いゴム質印象材が開発されている。例えば、ポリエーテルを親水基として持つ非イオン系の界面活性剤や脂肪酸エステルを成分として含有させることにより、濡れ性を改善するとともに、保存による組成物の分離を抑えたシリコンゴムが開示されている(特許文献1参照)。
また、ポリエーテルを含有させることにより親水性を改善することも可能であるが、そのようにして組成したポリエーテルゴム質印象材は、シリコンゴム系の印象材に較べると歪みの回復性が劣り、寸法精度に難点があるほか、臭気があり、患者に不快感を与えるという欠点がある。そこで、それらの欠点を改善するため、ポリエーテルの含有割合を特定する一方、オルガノハイドロジェンポリシロキサンを架橋剤として加えてオルガノポリシロキサンとの相溶性を改善し、印象材としての反応性を高めると共に、液分離を防止する界面活性剤などを配合して保存安定性も改善したポリエーテルゴム印象材が提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特許第2625313号
【特許文献2】特開2003−81732号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、親水性の高いゴム質印象材をシリンジに充填して、切削後の歯牙と歯茎の隙間(ポケット)に印象材を圧入すると、印象材は、一応ポケットの奥に入るものの、その隙間から採得した印象は、厚みが薄くなり勝ちである。そこで、厚みのある印象を採得し、再現性のよい模型を作成するためには、依然として術者の経験と勘に頼らざるを得ない。術者は、患部の症状、形態、作業時間などを考慮して印象技法や使用器具を選択し、粘度の異なる数種類の印象材や硬化剤などを用いて粘度、流動性、堅さを調整する。例えば、シリンジに充填してポケットの精密印象を採得する場合には、柔軟で流れやすく、シリンジで射出するのにあまり力が要らないが、一旦目標物に被着したら、剥がれたり、流れたりすることなく、そのまま硬化し、かつポケットの奥まで印象材が入り込むように粘度などを調整する必要がある。また、トレイを使用して歯列を含む口腔内組織全体の精密印象を採得する場合も、硬化後に応力などが残留しないよう、作業時間を考慮しつつ粘度などを調整する必要がある。
しかし、ゴム質印象材は、一般に、粘性と堅さが正の相関関係にあり、粘性と流動性が負の相関関係にあるので、粘性を高くすると、流動性が低下し、堅くなってしまう。
本発明は、上記事情に鑑み、ゴム質印象材固有の特質を生かす一方、物理的手段を用いて、術者の熟練依存性が高い、粘度などの調整作業を軽減し、堅さをほとんど変えることなく粘性を高めた、精密印象の採得が容易なゴム質印象材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明のゴム質印象材は、歯牙を含む口腔内組織に被着し、被着した該口腔内組織の精密印象を採得するゴム質印象材において、柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維を混練したことを特徴とする。
本発明者は、従来から使用されているゴム質印象材、例えば付加型シリコンゴム印象材、縮合型シリコンゴム印象材、ポリサルファイドゴム印象材、ポリエーテルゴム印象材に柔軟な繊維を混練すると、粘性と流動性との間の負の相関比を小さくすることや相関関係を無くすることができるという知見を得ることができた。そこで、柔らかくても、流動性を抑えた、粘性の高いゴム質印象材とするため、従来から使用しているゴム質印象材に柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維、例えば、セルロース繊維や蛋白繊維などの天然繊維、再生繊維や半合成繊維、合成繊維などの化学繊維を混練したものである。
ここで、上記繊維は、目視自在な大きさの微細片であることが好ましく、獣毛繊維や絹繊維などの蛋白繊維の場合には、長さが2mm乃至3mmの微細片としてもよく、その蛋白繊維を混練する重量は、全重量の0.9%以上であっても、あるいは全重量の16%未満であってもよい。
このような大きさ、あるいは重量の範囲内で蛋白繊維などを混練すれば、失敗の少ない精密印象を採得することができる。
また、界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有する、いわゆる親水性を増したゴム質印象材であり、上記蛋白繊維を混練する重量が、全重量の3.0%未満であって、シリンジなどを用いて歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を採得することも好ましい。
このように、主材に、例えば親水性を増した付加型シリコンゴムを用いれば、蛋白繊維の混練量を少なくしても歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を採得するができる。
さらに、上記ゴム質印象材が、界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有する、いわゆる親水性を増したゴム質印象材であり、繊維として綿繊維を混練する場合においては、その綿繊維を混練する重量が全重量の2.5重量%未満であることも好ましい態様である。
このように、主材に、例えば親水性を増した付加型シリコンゴムを用いると共に、それに綿繊維を混練する場合には、繊維を混練する重量をさらに少なくすることができる。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、従来から用いているゴム質印象材に、柔軟な繊維の微細片を混練することにより、堅さがほぼ同じで、流動性をおさえた、粘性の高いゴム質印象材を得ることができるので、術者の熟練性に依存することなく、切削後の歯牙周辺の精密印象やそれらを含む歯列の精密印象を失敗なく採得することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
[第1の実施形態]
第1の実施形態のゴム質印象材は、反応副生成物が生じないため寸法変化が小さい、付加型シリコンゴム印象材を主材とし、それに羊毛繊維の微細片を、混合比が0.9重量%以上16%未満となるように練り合わせたものである。
ここで、主材としては、付加型シリコンゴム印象材に限定する必要はなく、縮合型シリコンゴム印象材、ポリサルファイドゴム印象材、ポリエーテルゴム印象材など、ゴム質印象材であればよい。ただし、ゴム質印象材の物性等の詳細は、用いる主材によって若干異なる。例えば、硬化時間は、ポリサルファイドゴム印象材が他の印象材に較べて長く、寸法安定性は、付加型シリコンゴム印象材が他の印象材に較べて最も小さい。また、永久歪みや弾性歪みは、ポリサルファイドゴム印象材が他の印象材に較べて最も大きく、付加型シリコンゴム印象材が最も小さい。機械的強度は、何れもアルジネート印象材より大きく、良好である。さらに、水との接触角は、付加型シリコンゴム印象材及び縮合型シリコンゴム印象材が最も大きく、ポリサルファイドゴム印象材が次に大きく、ポリエーテルゴム印象材が最も小さい。なお、界面活性剤を配合し、親水性が増した付加型シリコンゴム印象材は、ポリエーテルゴム印象材よりも大きい。
また、主材に混合する繊維は、羊毛に限定する必要はなく、天然繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維を使用してもよいし、化学繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維を使用してもよいし、天然繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維と化学繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維を組み合わせて使用してもよい。ただし、主材の堅さに影響を与えない程度に柔軟性を有する繊維が好ましく、例えば、綿・麻などのセルロース繊維、カシミヤ・モヘア・アルパカ・ラクダ・絹などの蛋白繊維、レーヨンなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維、ポリアミド・ポリエステル・アクリル・ポリウレタンなどの合成繊維等が挙げられる。これらの繊維を目視自在な大きさの微細片に切断して使用する。シリンジに充填して使用する場合には、微細片が長すぎると、射出する際の抵抗が大きくなり、短か過ぎると印象材の流動性、粘性に影響を及ぼす程度が低くなるので、2mm乃至3mmとすることが好ましい。ただし、トレイに盛って、歯列に圧接する際に使用する場合には、これより長くても、短くてもよい。
羊毛繊維の混合割合は、必ずしも全重量の2.5%に限定する必要はなく、0.9%以上、16%未満の範囲であればよい。ただし、混合比が大きくなると、流動性の低下の程度が大きくなるが、低下の程度は、繊維の種類や大きさによっても異なる。
図1は、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を市販のゴム質印象材との比較において示す図である。
図1において、矩形のステンレス板1と、長尺の物差し2とがあり、長尺の物差し2は、縦に、ステンレス板1の中央部に設置されている。本実施形態のゴム質印象材10は、市販のゴム質印象材20であるシラスコンRTV501(ダウコーニング社製シリコンゴムの登録商標)2.0グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した、0.14グラムの羊毛繊維を混ぜ、市販のゴム質印象材20とほぼ同じ堅さで、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aである。
ステンレス板1の物差し2を挟んで左側上部には、2グラムの市販のゴム質印象材20を直径4cmに展延させて張り付ける。さらに、物差し2を挟んで右側上部に、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aを同様に展延させて張り付ける。そして、矩形のステンレス板1を垂直に立て、時間の経過に従って両者の垂れ下がり状態を観察し、繊維を混練した混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aと繊維を混練していない市販のゴム質印象材20の流動性、粘性を比較する。
図1の左から右に、0分、1分、2分、5分が経過したとき、ゴム質印象材が垂れ下がった長さを示している。両者の長さは、時間の経過に従って概ね線形に変化するが、各経過時間において、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aは、繊維を混練していない市販のゴム質印象材20の長さの概ね二分の一になっている。したがって、羊毛繊維の混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aは、繊維を混合していない市販のゴム質印象材20よりも流動性が低下し、粘性が高くなっていることがわかる。
図2は、第1の実施形態のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図であり、図3は、市販のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の比較例を示す部分図である。また、図4は、印象を採得する歯牙周辺の一例を示す図である。
図4に一例を示すように、虫歯などによって崩壊した歯冠33は、破線で示した状態から切削され、実線で示した状態になっている。このとき、歯牙30と歯茎31との間にわずかな隙間(ポケット)32が形成される。
図2に一例を示すように、羊毛繊維の混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aをシリンジに充填して図4に示した歯牙30周辺の印象を採得すると、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aがポケット33の奥の狭い隙間まで入り込み、ポケットから採得された印象100は、その先端部まで羊毛繊維11が及んでいる。その結果、再現性のよい良好な印象が得られた。
図3に比較例として示すように、市販のゴム質印象材20をシリンジに充填して図4に示した歯牙周辺の印象を採得すると、市販のゴム質印象材20がポケットの入り口付近のみに留まったため、ポケットから採得された印象100は、ポケットの奥の隙間部分を欠いた、欠陥のある印象となった。
本実施形態のゴム質印象材10aを用いて採得された印象を観察すると、ポケット部位においては、混練された羊毛繊維11がポケット入り口の広い領域から奥の狭い領域に向かって並んでおり、羊毛繊維11が隙間を押し広げるように作用する一方、粘性の高い、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aが羊毛繊維11の長さ方向にポケット33の奥まで注入された結果、狭い隙間部分においても厚い、良好な印象が採得された。
【0007】
図5及び図6は、繊維の混合比を変えた場合における、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を示す図である。
図5及び図6において、矩形のステンレス板1と、長尺の物差し2とがあり、長尺の物差し2は、縦に、ステンレス板1の中央部に設置されている。
図5に示すゴム質印象材は、市販のゴム質印象材であるシラスコンRTV501(ダウコーニング社製シリコンゴムの登録商標)1.0グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した0.1グラムの羊毛繊維を混ぜた混合比が9重量%のゴム質印象材10bと、0.2グラムの羊毛繊維を混ぜた混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cである。
図5の左側は、ステンレス板1の、物差し2を挟んだ左側上部に、混合比が9重量%のゴム質印象材10bを直径2cmに展延させて張り付け、物差し2を挟んだ右側上部に、混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cを直径2cmに展延させて張り付けた状態を示している。
図5の右側は、矩形のステンレス板1を垂直に立て、5分経過したときの両者の状態を示している。
図5からわかるように、混合比が9重量%のゴム質印象材10bは、時間の経過に従って流動するが、混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cは、直径や外形の変化がなく、そのままずれ落ちている。したがって、混合比が16%を超えると流動性がほとんどなくなってしまっている。
一方、混合比が9重量%のゴム質印象材10bと、混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cをそれぞれシリンジに充填し、射出可能性を試したところ、何れも射出可能であった。ただし、混合比が16.7重量%の印象材10bは、歯牙と歯茎との隙間から採得した印象の印象面から羊毛繊維が露出した状態となる。
したがって、シリンジに充填して使用する場合のみならず、トレイに盛って使用する場合も、混合比16重量%程度が上限と考えられる。
図6に示すゴム質印象材は、市販のゴム質印象材であるシラスコンRTV501(ダウコーニング社製シリコンゴムの登録商標)1.92グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した0.08グラムの羊毛繊維を混練した、混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dと、シラスコン(RTV501)1.82グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した0.2グラムの羊毛繊維を混練した、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eである。
図6の左側は、ステンレス板1の、物差し2を挟んだ左側上部に、混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dを張り付け、物差しを挟んで右側上部に、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eを張り付けた状態を示している。
図6の右側は、矩形のステンレス板1を垂直に立て、5分経過したときの両者の状態を示している。
図6からわかるように、両者とも、時間の経過に従ってほぼ同じ程度に流動したことがわかる。一方、混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dと、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eをそれぞれシリンジに充填し、射出可能性を試したところ、何れも射出可能であった。
図7は、羊毛繊維の混合比が0.9重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図であり、図8は、羊毛繊維の混合比が0.4重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図である。
図7に一例を示すように、羊毛繊維の混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eをシリンジに充填して図4に示した歯牙周辺の印象を採得すると、ポケットから採得された印象100は、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eが奥の狭い隙間まで入り込み、羊毛繊維11も先端まで及んでいる。その結果、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aとほぼ同様の良好な印象を採得することができた。
一方、図8に一例を示すように、羊毛繊維の混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dをシリンジに充填して図4に示した歯牙周辺の印象を採得すると、ポケットから採得された印象100の先端部位には、羊毛繊維11が及んでおらず、羊毛繊維11を混練した効果があまり見られなかった。
以上の結果から、シリンジに充填して使用する場合のみならず、トレイに盛って使用する場合も、羊毛繊維の混合比は、0.9重量%程度が下限と考えられる。
【0008】
[第2の実施形態]
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
第2の実施形態のゴム質印象材は、付加型シリコンゴム印象材を主材とし、それに界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを配合して親水性を増したものに、羊毛繊維の微細片を、混合比が1.5重量%以上3重量%未満となるように練り合わせたものである。
このように、親水性を増した付加型シリコンゴム印象材を用いれば、羊毛繊維を混練する量を少なくしても、シリンジでポケットの奥まで印象材を注入し、歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を正確に採得することができる。
ここで、親水性を有するゴム質印象材に対する羊毛繊維の最適混練範囲を求めるため、市販のエクザファイン・インジェクションタイプ(株式会社GC社製印象材の登録商標)に、長さ2mm乃至3mmに切断した羊毛繊維を、混合比がそれぞれ1.5%、2.0%、2.5%となるように混練し、それらをそれぞれシリンジに充填し、図4に示した歯牙周辺の印象を採得し、観察した。
なお、本実施形態の羊毛繊維を混練したゴム質印象材の効果を確認するため、市販の親水性を有するゴム質印象材(ここでは、エクザファイン・インジェクションタイプ「株式会社GC社製印象材の登録商標」を使用)をそのままシリンジに充填し、図4に示した歯牙周辺の印象を採得した比較例の部分図を図9及び図10に示し、そのようにして採得した印象に石膏を注いで作成した欠陥模型の一例の部分図を図11に示す。
図9の比較例に示すように、市販の親水性を有するゴム質印象材は、ポケットの中に0.7mm程度入り込み、図3で示した非親水性のゴム質印象材を使用したものよりはポケット部位の再現性はよいが、厚みが極めて薄く、ヒラヒラしている状態である。このため、石膏を注ぐ際には、図10の比較例に示すようにヒラヒラしている部分が石膏を注ぐ際に内側に巻き込まれてしまうことが多い。その結果、石膏で作成した模型は、図11に示すように、歯牙の一部が欠けた欠陥模型になってしまう。
一方、羊毛繊維の混合比が1.5重量%となるように混練したゴム質印象材は、ポケットの中に1.0mm程度入り込みポケット部位が良好に再現され、さらに、その部位の厚みは、図9に示した比較例よりも厚く、ヒラヒラしている状態ではない。ただし、先端付近での羊毛繊維の存在にムラがあり、羊毛繊維が存在しない領域が40%程度あった。
また、羊毛繊維の混合比が2.0重量%となるように混練したゴム質印象材は、ポケットの中に2.0mm程度入り込み、ポケット部位が良好に再現され、さらに、その部位の厚みは、混合比が1.5重量%のものよりも厚くなっていた。ただし、先端付近で羊毛繊維が存在しない領域が10%程度あった。
さらに、羊毛繊維の混合比が2.5重量%となるように混練したゴム質印象材は、羊毛繊維が全ての領域に存在すると共に、厚みも、混合比が2.0重量%のものよりも増していた。
したがって、本実施形態のゴム質印象材を使用して歯牙周辺の印象をシリンジで採得する場合には、羊毛繊維の混合比が1.5重量%以上であればよく、2.5重量%乃至3.0重量%程度であれば、採得した印象を用いて、極めて再現性のよい模型を作成することができる。
本実施形態のゴム質印象材は、親水性が比較的良好で、主としてシリンジに充填して使用する場合に用いるが、必ずしもシリンジに充填して使用する場合に限定する必要はない。また、その場合の羊毛繊維の混合比は、ここで示す範囲に限定する必要はない。
【0009】
[第3の実施形態]
次に、第3の実施形態について説明する。
第3の実施形態のゴム質印象材は、付加型シリコンゴム印象材を主材とし、それに界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを配合して親水性を増したものに、綿繊維を、混合比が2.5重量%未満となるように練り合わせたものである。
このように、シリコンゴムとの親和力の強い綿繊維を混練すれば、羊毛繊維を混練する場合よりも粘性を更に高めることができるので、混練する綿繊維の量をさらに少なくして、堅さが主材とほとんど同じで、粘性の高いゴム質印象材を得ることができる。
本実施形態の親水性を有するゴム質印象材に対する綿繊維の最適混練範囲を求めるため、市販のエクザファイン・インジェクションタイプ(株式会社GC社製印象材の登録商標)に、綿繊維を混練し、混合比が1.3%、2.5%のものをそれぞれシリンジに充填し、図4に示した歯牙周辺の印象を採得し、観察した。
混合比が1.3%のものは、第2の実施形態で説明した、混合比が2.0%のものと同様の印象を採得することができた。
一方、混合比が2.5%のものは、シリンジに充填したときに、射出は可能であるが、歯牙と歯茎との隙間に圧入して採得した印象の表面に綿繊維が露出する状態であった。
したがって、主材に、例えば親水性を増した付加型シリコンゴムを用いると共に、それに綿繊維を混練する場合には、シリンジに充填して使用する場合のみならず、トレイに盛って使用する場合も、綿繊維を混練する重量は、全重量の2.5重量%程度が上限と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を市販のゴム質印象材との比較において示す図。
【図2】第1の実施形態のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図。
【図3】市販のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の比較例を示す部分図。
【図4】印象を採得する歯牙周辺の一例を示す図。
【図5】繊維の混合比を変えた場合における、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を示す図である。
【図6】繊維の混合比を変えた場合における、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を示す図である。
【図7】羊毛繊維の混合比が0.9重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図。
【図8】羊毛繊維の混合比が0.4重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図。
【図9】市販の親水性を有するゴム質印象材をシリンジに充填し、歯牙周辺の印象を採得した比較例を示す部分図。
【図10】市販の親水性を有するゴム質印象材をシリンジに充填し、歯牙周辺の印象を採得した比較例を示す部分図。
【図11】欠陥模型の一例を示す部分図。
【符号の説明】
【0011】
1 ステンレス板
2 物差し
10a 混合比が6.5重量%のゴム質印象材
10b 混合比が9重量%のゴム質印象材
10c 混合比が16.7重量%のゴム質印象材
10d 混合比が0.4重量%のゴム質印象材
10e 混合比が0.9重量%のゴム質印象材
11 羊毛繊維
20 市販のゴム質印象材
30 歯牙
31 歯茎
32 歯冠
33 ポケット
100 ポケットから採得した印象
101 ヒラヒラした状態
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯牙を含む口腔内組織などに被着し、被着したその口腔内組織などの印象を採得するゴム質印象材、特に精密印象を採得するゴム質印象材に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科分野においては、歯冠修復物や義歯を作成する際に、口腔内組織の形態を正確に再現する必要があり、印象材で口腔内組織の精密印象を採得する作業や、石膏などで模型を調整する作業が不可欠である。口腔内組織の精密印象を採得する作業に用いる印象材は、次のような条件を満たす必要がある。
(1)硬化前後の体積変化が極少であること。(2)被着物から剥がれ落ちたり、流れ落ちたりせず、硬化まで初期の形態を保持できること。(3)適度な作業時間経過後に速やかに硬化すること。(4)硬化したとき、口腔内組織から容易に取り外せること。
さらに、アンダーカット部位を有する場合には、印象を取り外す際に歪みが加わることが多いうえ、歯牙と歯茎の隙間(ポケット)が狭いことから、次のような条件も満たす必要がある。
(5)印象を取り外した後に歪みが容易に回復すること。(6)歯牙と歯茎の隙間から採得された印象の再現性や機械的強度が十分なこと。
これらの条件を総合的に満たす印象材としては、シリコンゴム系を含むゴム質印象材が広く知られている。
しかしながら、シリコンゴムは基本的に疎水性であることから、唾液や血液などで表面が濡れた口腔内組織とはなじみが悪く、そのような部位における精密印象の採得を難しくしている。特に、歯牙と歯茎との隙間(ポケット)の印象を採得するときは、印象材が水分で押し戻されないように、シリンジで印象材を圧入する技法を用いるが、シリンジに充填する流動性の高いゴム質印象材は、一般的に粘性が低く、ポケットの奥に押し込む力も弱いので、正確な印象を採得するには術者の熟練が必要である。
そこで、熟練者でなくても失敗の少ない印象が採得できるように、親水性の高いゴム質印象材が開発されている。例えば、ポリエーテルを親水基として持つ非イオン系の界面活性剤や脂肪酸エステルを成分として含有させることにより、濡れ性を改善するとともに、保存による組成物の分離を抑えたシリコンゴムが開示されている(特許文献1参照)。
また、ポリエーテルを含有させることにより親水性を改善することも可能であるが、そのようにして組成したポリエーテルゴム質印象材は、シリコンゴム系の印象材に較べると歪みの回復性が劣り、寸法精度に難点があるほか、臭気があり、患者に不快感を与えるという欠点がある。そこで、それらの欠点を改善するため、ポリエーテルの含有割合を特定する一方、オルガノハイドロジェンポリシロキサンを架橋剤として加えてオルガノポリシロキサンとの相溶性を改善し、印象材としての反応性を高めると共に、液分離を防止する界面活性剤などを配合して保存安定性も改善したポリエーテルゴム印象材が提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特許第2625313号
【特許文献2】特開2003−81732号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、親水性の高いゴム質印象材をシリンジに充填して、切削後の歯牙と歯茎の隙間(ポケット)に印象材を圧入すると、印象材は、一応ポケットの奥に入るものの、その隙間から採得した印象は、厚みが薄くなり勝ちである。そこで、厚みのある印象を採得し、再現性のよい模型を作成するためには、依然として術者の経験と勘に頼らざるを得ない。術者は、患部の症状、形態、作業時間などを考慮して印象技法や使用器具を選択し、粘度の異なる数種類の印象材や硬化剤などを用いて粘度、流動性、堅さを調整する。例えば、シリンジに充填してポケットの精密印象を採得する場合には、柔軟で流れやすく、シリンジで射出するのにあまり力が要らないが、一旦目標物に被着したら、剥がれたり、流れたりすることなく、そのまま硬化し、かつポケットの奥まで印象材が入り込むように粘度などを調整する必要がある。また、トレイを使用して歯列を含む口腔内組織全体の精密印象を採得する場合も、硬化後に応力などが残留しないよう、作業時間を考慮しつつ粘度などを調整する必要がある。
しかし、ゴム質印象材は、一般に、粘性と堅さが正の相関関係にあり、粘性と流動性が負の相関関係にあるので、粘性を高くすると、流動性が低下し、堅くなってしまう。
本発明は、上記事情に鑑み、ゴム質印象材固有の特質を生かす一方、物理的手段を用いて、術者の熟練依存性が高い、粘度などの調整作業を軽減し、堅さをほとんど変えることなく粘性を高めた、精密印象の採得が容易なゴム質印象材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明のゴム質印象材は、歯牙を含む口腔内組織に被着し、被着した該口腔内組織の精密印象を採得するゴム質印象材において、柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維を混練したことを特徴とする。
本発明者は、従来から使用されているゴム質印象材、例えば付加型シリコンゴム印象材、縮合型シリコンゴム印象材、ポリサルファイドゴム印象材、ポリエーテルゴム印象材に柔軟な繊維を混練すると、粘性と流動性との間の負の相関比を小さくすることや相関関係を無くすることができるという知見を得ることができた。そこで、柔らかくても、流動性を抑えた、粘性の高いゴム質印象材とするため、従来から使用しているゴム質印象材に柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維、例えば、セルロース繊維や蛋白繊維などの天然繊維、再生繊維や半合成繊維、合成繊維などの化学繊維を混練したものである。
ここで、上記繊維は、目視自在な大きさの微細片であることが好ましく、獣毛繊維や絹繊維などの蛋白繊維の場合には、長さが2mm乃至3mmの微細片としてもよく、その蛋白繊維を混練する重量は、全重量の0.9%以上であっても、あるいは全重量の16%未満であってもよい。
このような大きさ、あるいは重量の範囲内で蛋白繊維などを混練すれば、失敗の少ない精密印象を採得することができる。
また、界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有する、いわゆる親水性を増したゴム質印象材であり、上記蛋白繊維を混練する重量が、全重量の3.0%未満であって、シリンジなどを用いて歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を採得することも好ましい。
このように、主材に、例えば親水性を増した付加型シリコンゴムを用いれば、蛋白繊維の混練量を少なくしても歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を採得するができる。
さらに、上記ゴム質印象材が、界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有する、いわゆる親水性を増したゴム質印象材であり、繊維として綿繊維を混練する場合においては、その綿繊維を混練する重量が全重量の2.5重量%未満であることも好ましい態様である。
このように、主材に、例えば親水性を増した付加型シリコンゴムを用いると共に、それに綿繊維を混練する場合には、繊維を混練する重量をさらに少なくすることができる。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、従来から用いているゴム質印象材に、柔軟な繊維の微細片を混練することにより、堅さがほぼ同じで、流動性をおさえた、粘性の高いゴム質印象材を得ることができるので、術者の熟練性に依存することなく、切削後の歯牙周辺の精密印象やそれらを含む歯列の精密印象を失敗なく採得することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
[第1の実施形態]
第1の実施形態のゴム質印象材は、反応副生成物が生じないため寸法変化が小さい、付加型シリコンゴム印象材を主材とし、それに羊毛繊維の微細片を、混合比が0.9重量%以上16%未満となるように練り合わせたものである。
ここで、主材としては、付加型シリコンゴム印象材に限定する必要はなく、縮合型シリコンゴム印象材、ポリサルファイドゴム印象材、ポリエーテルゴム印象材など、ゴム質印象材であればよい。ただし、ゴム質印象材の物性等の詳細は、用いる主材によって若干異なる。例えば、硬化時間は、ポリサルファイドゴム印象材が他の印象材に較べて長く、寸法安定性は、付加型シリコンゴム印象材が他の印象材に較べて最も小さい。また、永久歪みや弾性歪みは、ポリサルファイドゴム印象材が他の印象材に較べて最も大きく、付加型シリコンゴム印象材が最も小さい。機械的強度は、何れもアルジネート印象材より大きく、良好である。さらに、水との接触角は、付加型シリコンゴム印象材及び縮合型シリコンゴム印象材が最も大きく、ポリサルファイドゴム印象材が次に大きく、ポリエーテルゴム印象材が最も小さい。なお、界面活性剤を配合し、親水性が増した付加型シリコンゴム印象材は、ポリエーテルゴム印象材よりも大きい。
また、主材に混合する繊維は、羊毛に限定する必要はなく、天然繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維を使用してもよいし、化学繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維を使用してもよいし、天然繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維と化学繊維のうちの一種類の繊維あるいは二種類以上の繊維を組み合わせて使用してもよい。ただし、主材の堅さに影響を与えない程度に柔軟性を有する繊維が好ましく、例えば、綿・麻などのセルロース繊維、カシミヤ・モヘア・アルパカ・ラクダ・絹などの蛋白繊維、レーヨンなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維、ポリアミド・ポリエステル・アクリル・ポリウレタンなどの合成繊維等が挙げられる。これらの繊維を目視自在な大きさの微細片に切断して使用する。シリンジに充填して使用する場合には、微細片が長すぎると、射出する際の抵抗が大きくなり、短か過ぎると印象材の流動性、粘性に影響を及ぼす程度が低くなるので、2mm乃至3mmとすることが好ましい。ただし、トレイに盛って、歯列に圧接する際に使用する場合には、これより長くても、短くてもよい。
羊毛繊維の混合割合は、必ずしも全重量の2.5%に限定する必要はなく、0.9%以上、16%未満の範囲であればよい。ただし、混合比が大きくなると、流動性の低下の程度が大きくなるが、低下の程度は、繊維の種類や大きさによっても異なる。
図1は、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を市販のゴム質印象材との比較において示す図である。
図1において、矩形のステンレス板1と、長尺の物差し2とがあり、長尺の物差し2は、縦に、ステンレス板1の中央部に設置されている。本実施形態のゴム質印象材10は、市販のゴム質印象材20であるシラスコンRTV501(ダウコーニング社製シリコンゴムの登録商標)2.0グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した、0.14グラムの羊毛繊維を混ぜ、市販のゴム質印象材20とほぼ同じ堅さで、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aである。
ステンレス板1の物差し2を挟んで左側上部には、2グラムの市販のゴム質印象材20を直径4cmに展延させて張り付ける。さらに、物差し2を挟んで右側上部に、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aを同様に展延させて張り付ける。そして、矩形のステンレス板1を垂直に立て、時間の経過に従って両者の垂れ下がり状態を観察し、繊維を混練した混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aと繊維を混練していない市販のゴム質印象材20の流動性、粘性を比較する。
図1の左から右に、0分、1分、2分、5分が経過したとき、ゴム質印象材が垂れ下がった長さを示している。両者の長さは、時間の経過に従って概ね線形に変化するが、各経過時間において、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aは、繊維を混練していない市販のゴム質印象材20の長さの概ね二分の一になっている。したがって、羊毛繊維の混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aは、繊維を混合していない市販のゴム質印象材20よりも流動性が低下し、粘性が高くなっていることがわかる。
図2は、第1の実施形態のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図であり、図3は、市販のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の比較例を示す部分図である。また、図4は、印象を採得する歯牙周辺の一例を示す図である。
図4に一例を示すように、虫歯などによって崩壊した歯冠33は、破線で示した状態から切削され、実線で示した状態になっている。このとき、歯牙30と歯茎31との間にわずかな隙間(ポケット)32が形成される。
図2に一例を示すように、羊毛繊維の混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aをシリンジに充填して図4に示した歯牙30周辺の印象を採得すると、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aがポケット33の奥の狭い隙間まで入り込み、ポケットから採得された印象100は、その先端部まで羊毛繊維11が及んでいる。その結果、再現性のよい良好な印象が得られた。
図3に比較例として示すように、市販のゴム質印象材20をシリンジに充填して図4に示した歯牙周辺の印象を採得すると、市販のゴム質印象材20がポケットの入り口付近のみに留まったため、ポケットから採得された印象100は、ポケットの奥の隙間部分を欠いた、欠陥のある印象となった。
本実施形態のゴム質印象材10aを用いて採得された印象を観察すると、ポケット部位においては、混練された羊毛繊維11がポケット入り口の広い領域から奥の狭い領域に向かって並んでおり、羊毛繊維11が隙間を押し広げるように作用する一方、粘性の高い、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aが羊毛繊維11の長さ方向にポケット33の奥まで注入された結果、狭い隙間部分においても厚い、良好な印象が採得された。
【0007】
図5及び図6は、繊維の混合比を変えた場合における、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を示す図である。
図5及び図6において、矩形のステンレス板1と、長尺の物差し2とがあり、長尺の物差し2は、縦に、ステンレス板1の中央部に設置されている。
図5に示すゴム質印象材は、市販のゴム質印象材であるシラスコンRTV501(ダウコーニング社製シリコンゴムの登録商標)1.0グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した0.1グラムの羊毛繊維を混ぜた混合比が9重量%のゴム質印象材10bと、0.2グラムの羊毛繊維を混ぜた混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cである。
図5の左側は、ステンレス板1の、物差し2を挟んだ左側上部に、混合比が9重量%のゴム質印象材10bを直径2cmに展延させて張り付け、物差し2を挟んだ右側上部に、混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cを直径2cmに展延させて張り付けた状態を示している。
図5の右側は、矩形のステンレス板1を垂直に立て、5分経過したときの両者の状態を示している。
図5からわかるように、混合比が9重量%のゴム質印象材10bは、時間の経過に従って流動するが、混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cは、直径や外形の変化がなく、そのままずれ落ちている。したがって、混合比が16%を超えると流動性がほとんどなくなってしまっている。
一方、混合比が9重量%のゴム質印象材10bと、混合比が16.7重量%のゴム質印象材10cをそれぞれシリンジに充填し、射出可能性を試したところ、何れも射出可能であった。ただし、混合比が16.7重量%の印象材10bは、歯牙と歯茎との隙間から採得した印象の印象面から羊毛繊維が露出した状態となる。
したがって、シリンジに充填して使用する場合のみならず、トレイに盛って使用する場合も、混合比16重量%程度が上限と考えられる。
図6に示すゴム質印象材は、市販のゴム質印象材であるシラスコンRTV501(ダウコーニング社製シリコンゴムの登録商標)1.92グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した0.08グラムの羊毛繊維を混練した、混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dと、シラスコン(RTV501)1.82グラムに、長さ2mm乃至3mmに切断した0.2グラムの羊毛繊維を混練した、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eである。
図6の左側は、ステンレス板1の、物差し2を挟んだ左側上部に、混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dを張り付け、物差しを挟んで右側上部に、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eを張り付けた状態を示している。
図6の右側は、矩形のステンレス板1を垂直に立て、5分経過したときの両者の状態を示している。
図6からわかるように、両者とも、時間の経過に従ってほぼ同じ程度に流動したことがわかる。一方、混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dと、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eをそれぞれシリンジに充填し、射出可能性を試したところ、何れも射出可能であった。
図7は、羊毛繊維の混合比が0.9重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図であり、図8は、羊毛繊維の混合比が0.4重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図である。
図7に一例を示すように、羊毛繊維の混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eをシリンジに充填して図4に示した歯牙周辺の印象を採得すると、ポケットから採得された印象100は、混合比が0.9重量%のゴム質印象材10eが奥の狭い隙間まで入り込み、羊毛繊維11も先端まで及んでいる。その結果、混合比が6.5重量%のゴム質印象材10aとほぼ同様の良好な印象を採得することができた。
一方、図8に一例を示すように、羊毛繊維の混合比が0.4重量%のゴム質印象材10dをシリンジに充填して図4に示した歯牙周辺の印象を採得すると、ポケットから採得された印象100の先端部位には、羊毛繊維11が及んでおらず、羊毛繊維11を混練した効果があまり見られなかった。
以上の結果から、シリンジに充填して使用する場合のみならず、トレイに盛って使用する場合も、羊毛繊維の混合比は、0.9重量%程度が下限と考えられる。
【0008】
[第2の実施形態]
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
第2の実施形態のゴム質印象材は、付加型シリコンゴム印象材を主材とし、それに界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを配合して親水性を増したものに、羊毛繊維の微細片を、混合比が1.5重量%以上3重量%未満となるように練り合わせたものである。
このように、親水性を増した付加型シリコンゴム印象材を用いれば、羊毛繊維を混練する量を少なくしても、シリンジでポケットの奥まで印象材を注入し、歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を正確に採得することができる。
ここで、親水性を有するゴム質印象材に対する羊毛繊維の最適混練範囲を求めるため、市販のエクザファイン・インジェクションタイプ(株式会社GC社製印象材の登録商標)に、長さ2mm乃至3mmに切断した羊毛繊維を、混合比がそれぞれ1.5%、2.0%、2.5%となるように混練し、それらをそれぞれシリンジに充填し、図4に示した歯牙周辺の印象を採得し、観察した。
なお、本実施形態の羊毛繊維を混練したゴム質印象材の効果を確認するため、市販の親水性を有するゴム質印象材(ここでは、エクザファイン・インジェクションタイプ「株式会社GC社製印象材の登録商標」を使用)をそのままシリンジに充填し、図4に示した歯牙周辺の印象を採得した比較例の部分図を図9及び図10に示し、そのようにして採得した印象に石膏を注いで作成した欠陥模型の一例の部分図を図11に示す。
図9の比較例に示すように、市販の親水性を有するゴム質印象材は、ポケットの中に0.7mm程度入り込み、図3で示した非親水性のゴム質印象材を使用したものよりはポケット部位の再現性はよいが、厚みが極めて薄く、ヒラヒラしている状態である。このため、石膏を注ぐ際には、図10の比較例に示すようにヒラヒラしている部分が石膏を注ぐ際に内側に巻き込まれてしまうことが多い。その結果、石膏で作成した模型は、図11に示すように、歯牙の一部が欠けた欠陥模型になってしまう。
一方、羊毛繊維の混合比が1.5重量%となるように混練したゴム質印象材は、ポケットの中に1.0mm程度入り込みポケット部位が良好に再現され、さらに、その部位の厚みは、図9に示した比較例よりも厚く、ヒラヒラしている状態ではない。ただし、先端付近での羊毛繊維の存在にムラがあり、羊毛繊維が存在しない領域が40%程度あった。
また、羊毛繊維の混合比が2.0重量%となるように混練したゴム質印象材は、ポケットの中に2.0mm程度入り込み、ポケット部位が良好に再現され、さらに、その部位の厚みは、混合比が1.5重量%のものよりも厚くなっていた。ただし、先端付近で羊毛繊維が存在しない領域が10%程度あった。
さらに、羊毛繊維の混合比が2.5重量%となるように混練したゴム質印象材は、羊毛繊維が全ての領域に存在すると共に、厚みも、混合比が2.0重量%のものよりも増していた。
したがって、本実施形態のゴム質印象材を使用して歯牙周辺の印象をシリンジで採得する場合には、羊毛繊維の混合比が1.5重量%以上であればよく、2.5重量%乃至3.0重量%程度であれば、採得した印象を用いて、極めて再現性のよい模型を作成することができる。
本実施形態のゴム質印象材は、親水性が比較的良好で、主としてシリンジに充填して使用する場合に用いるが、必ずしもシリンジに充填して使用する場合に限定する必要はない。また、その場合の羊毛繊維の混合比は、ここで示す範囲に限定する必要はない。
【0009】
[第3の実施形態]
次に、第3の実施形態について説明する。
第3の実施形態のゴム質印象材は、付加型シリコンゴム印象材を主材とし、それに界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを配合して親水性を増したものに、綿繊維を、混合比が2.5重量%未満となるように練り合わせたものである。
このように、シリコンゴムとの親和力の強い綿繊維を混練すれば、羊毛繊維を混練する場合よりも粘性を更に高めることができるので、混練する綿繊維の量をさらに少なくして、堅さが主材とほとんど同じで、粘性の高いゴム質印象材を得ることができる。
本実施形態の親水性を有するゴム質印象材に対する綿繊維の最適混練範囲を求めるため、市販のエクザファイン・インジェクションタイプ(株式会社GC社製印象材の登録商標)に、綿繊維を混練し、混合比が1.3%、2.5%のものをそれぞれシリンジに充填し、図4に示した歯牙周辺の印象を採得し、観察した。
混合比が1.3%のものは、第2の実施形態で説明した、混合比が2.0%のものと同様の印象を採得することができた。
一方、混合比が2.5%のものは、シリンジに充填したときに、射出は可能であるが、歯牙と歯茎との隙間に圧入して採得した印象の表面に綿繊維が露出する状態であった。
したがって、主材に、例えば親水性を増した付加型シリコンゴムを用いると共に、それに綿繊維を混練する場合には、シリンジに充填して使用する場合のみならず、トレイに盛って使用する場合も、綿繊維を混練する重量は、全重量の2.5重量%程度が上限と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を市販のゴム質印象材との比較において示す図。
【図2】第1の実施形態のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図。
【図3】市販のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の比較例を示す部分図。
【図4】印象を採得する歯牙周辺の一例を示す図。
【図5】繊維の混合比を変えた場合における、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を示す図である。
【図6】繊維の混合比を変えた場合における、第1の実施形態のゴム質印象材の流動性を示す図である。
【図7】羊毛繊維の混合比が0.9重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図。
【図8】羊毛繊維の混合比が0.4重量%のゴム質印象材を用いて歯牙周辺の印象を採得した場合の一例を示す部分図。
【図9】市販の親水性を有するゴム質印象材をシリンジに充填し、歯牙周辺の印象を採得した比較例を示す部分図。
【図10】市販の親水性を有するゴム質印象材をシリンジに充填し、歯牙周辺の印象を採得した比較例を示す部分図。
【図11】欠陥模型の一例を示す部分図。
【符号の説明】
【0011】
1 ステンレス板
2 物差し
10a 混合比が6.5重量%のゴム質印象材
10b 混合比が9重量%のゴム質印象材
10c 混合比が16.7重量%のゴム質印象材
10d 混合比が0.4重量%のゴム質印象材
10e 混合比が0.9重量%のゴム質印象材
11 羊毛繊維
20 市販のゴム質印象材
30 歯牙
31 歯茎
32 歯冠
33 ポケット
100 ポケットから採得した印象
101 ヒラヒラした状態
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯牙を含む口腔内組織に被着し、被着した該口腔内組織の精密印象を採得するゴム質印象材において、柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維を混練したことを特徴とするゴム質印象材。
【請求項2】
前記繊維は、目視自在な大きさの微細片であることを特徴とする請求項1記載のゴム質印象材。
【請求項3】
前記繊維は、蛋白繊維であって、長さが2mm乃至3mmの微細片であることを特徴とする請求項2記載の弾性印象材。
【請求項4】
前記蛋白繊維を混練する重量は、全重量の0.9%以上であることを特徴とする請求項3記載のゴム質印象材。
【請求項5】
前記蛋白繊維を混練する重量は、全重量の16%未満であることを特徴とする請求項4記載のゴム質印象材。
【請求項6】
界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有し、前記蛋白繊維を混練する重量が、全重量の3.0%未満であって、歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を採得することを特徴とする請求項3記載のゴム質印象材。
【請求項7】
界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有し、前記繊維が綿繊維であって、該綿繊維を混練する重量が、全重量の2.5重量%未満であることを特徴とする請求項1載のゴム質印象材。
【請求項1】
歯牙を含む口腔内組織に被着し、被着した該口腔内組織の精密印象を採得するゴム質印象材において、柔軟性を有する少なくとも一種類の繊維を混練したことを特徴とするゴム質印象材。
【請求項2】
前記繊維は、目視自在な大きさの微細片であることを特徴とする請求項1記載のゴム質印象材。
【請求項3】
前記繊維は、蛋白繊維であって、長さが2mm乃至3mmの微細片であることを特徴とする請求項2記載の弾性印象材。
【請求項4】
前記蛋白繊維を混練する重量は、全重量の0.9%以上であることを特徴とする請求項3記載のゴム質印象材。
【請求項5】
前記蛋白繊維を混練する重量は、全重量の16%未満であることを特徴とする請求項4記載のゴム質印象材。
【請求項6】
界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有し、前記蛋白繊維を混練する重量が、全重量の3.0%未満であって、歯牙と歯茎との隙間を含む口腔内組織の精密印象を採得することを特徴とする請求項3記載のゴム質印象材。
【請求項7】
界面活性剤及び/又はポリエーテル変性シリコンオイルを含有し、前記繊維が綿繊維であって、該綿繊維を混練する重量が、全重量の2.5重量%未満であることを特徴とする請求項1載のゴム質印象材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−23944(P2009−23944A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−188543(P2007−188543)
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(507243452)有限会社ディックユニオン (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(507243452)有限会社ディックユニオン (1)
【Fターム(参考)】
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