説明

サイドローブキャンセラー装置

【課題】パルス妨害波と連続妨害波とが存在する環境下であっても、後段に配置されるSLB装置を正常に機能させることができるサイドローブキャンセラー装置を提供する。
【解決手段】主アンテナからの信号と補助アンテナからの信号とに基づきビーム合成を行って連続妨害波の到来方向のアンテナ利得を小さくすることにより該連続妨害波を抑圧するサイドローブキャンセラー装置において、補助アンテナからの信号に与える係数であるSLCウェイトをサンプル毎に算出する演算セル11と、演算セルで算出されたSLCウェイトの値が前回のサンプルで算出されたSLCウェイトから所定値以上変化した場合に演算セルで算出されたSLCウェイトの変化量が小さく又は零となるように補正する制御手段12〜15とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーダ装置に適用されるサイドローブキャンセラー装置に関し、特にパルス妨害波および連続妨害波の存在する環境下で、連続妨害波を選択的に抑圧する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、パルス妨害波と連続妨害波とが存在する環境下において、サイドローブキャンセラー装置で連続妨害波を抑圧した後、後段のSLB(サイドローブバランサー)装置でパルス妨害波をブランク(消去)するレーダ装置が知られている。このレーダ装置に適用されているサイドローブキャンセラー装置では、連続妨害波を抑圧する方法として、例えば、最急降下法(非特許文献1参照)等に代表される、SLC(サイドローブキャンセラー)ウェイトを逐次更新する方式が採用されている。
【0003】
サイドローブキャンセラー装置は、連続妨害波の到来方向に対するアンテナ利得を小さくすることにより該連続妨害波を抑圧する。そのために、特定方向のアンテナ利得を小さくするように、主アンテナと補助アンテナとの間のビーム合成が行われる。このビーム合成の際に、補助アンテナに与えられる係数をSLCウェイトと呼ぶ。SLCウェイトを決める方法には、受信信号のサンプル毎に値を更新していくことにより最適値に収束する第1の方法と、数十サンプルから数百サンプルのデータを使って直接最適値を計算する第2の方法が知られているが、ここでは、前者の第1の方法について説明する。
【0004】
SLCウェイトを計算するために、演算セルと呼ばれるモジュールが使用される。図3は、MSN(Maximum Signal to Noise ratio:最大SNR法)と呼ばれるSLCの演算セルの構成を示す回路図である。この演算セルは、乗算器21、減算器22、乗算器23、遅延器24、アンプ25、加算器26およびアンプ27から構成されている。
【0005】
乗算器21は、図示しない補助アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Xinとアンプ27から出力されるSLCウェイトWとを乗算する。この乗算器21による乗算結果は減算器22に送られる。減算器22は、図示しない主アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Yinから、乗算器21から送られてくる乗算結果を減算する。この減算器22による減算結果は乗算器23に送られるとともに、出力Youtとして外部に出力される。この出力Youtは、主アンテナと補助アンテナとの間のビーム合成で得られる受信信号に相当する。
【0006】
乗算器23は、補助アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Xinと減算器22から送られてくる減算結果とを乗算する。この乗算器23による乗算結果は加算器26に送られる。遅延器24は、アンプ27の出力を1サンプル分だけ遅延させ、遅延信号としてアンプ25に送る。アンプ25は、遅延器24からの遅延信号を、利得aで増幅する。このアンプ25で増幅された信号は、加算器26に送られる。
【0007】
加算器26は、乗算器23から送られてくる乗算結果とアンプ25から送られてくる信号とを加算する。この加算器26による加算結果は、アンプ27に送られる。アンプ27は、加算器26から送られてくる加算結果を、利得gで増幅する。このアンプ27で増幅された信号は、SLCウェイトWとして使用される。
【0008】
上記のように構成される演算セルにより実行される処理は、下式(1)および(2)によって表すことができる。
【数1】

【0009】
ここで、サフィックスのnは、順次入力されるサンプルに付された番号に対応する。
【0010】
上述した演算セルを用いる場合、連続妨害波のみの環境下と、パルス妨害波および連続妨害波が存在する環境下ではSLCウェイトが収束するまでの様子が異なる。SLCウェイトの初期値をゼロとすれば、その絶対値は、図4に示すように、連続妨害波のみの環境下では単調増加するが、パルス妨害波および連続妨害波が存在する環境下ではパルス妨害波が存在する部分において値が大きく変わることがある(SLCウェイトの更新前後における変化量が大きい)。
【0011】
ところで、上述したような、SLCウェイトを逐次更新する方式を用いてサイドローブキャンセラー装置を実現する場合、このサイドローブキャンセラー装置によって連続妨害波のみならずパルス妨害波も抑圧されることがある。例えば、図5(a)に示すようなパルス妨害波を含む受信信号に対してSLC処理を実施したとき、一般的に、図5(b)に示すような波形が得られる。
【0012】
図6は、図5をパルス妨害波に着目してモデル化したものである。図6(a)に示すようなパルス妨害波は、SLC処理による抑圧によって、図6(b)に示すように、全体的に電力レベルが下がることに加え、パルスの後ろにいくほど抑圧の効果が高く、パルスの後半はスロープ状になる。このような抑圧の効果は、サイドローブキャンセラー装置の処理性能やパルス妨害波の形質により変化する。従って、パルス妨害波の性質が予め分かっているときを除けば、抑圧の程度を予測するのは困難である。
【0013】
一方、SLB装置は、図6(a)に示すような歪みの無いパルス妨害波をブランクすることを前提としているのが一般的である。従って、図6(b)に示すような歪みを有するパルス妨害波に対しては誤動作する可能性がある。仮に、歪みを有する信号を入力信号として想定しようとしても、上述したようにSLC処理による抑圧の度合いを予測できないので正しく処理することは極めて難しい。このため、SLC処理後のSLB装置によるSLB処理は正常に機能しない可能性がある。
【0014】
なお、サイドローブキャンセラー装置によりパルス妨害波まで完全に抑圧してSLB処理を不要とすることが可能な場合もあるが、必ずしもパルス妨害波を抑圧できるとは言えないことやサイドローブキャンセラー装置の回路規模が大きくなるといった問題がある。
【非特許文献1】菊間信良、“アレーアンテナによる適応信号処理”、科学技術出版(1999) pp.35−37
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、SLCウェイトを逐次更新する従来のサイドローブキャンセラー装置を用いたレーダ装置では、パルス妨害波と連続妨害波とが存在する環境下において、パルス妨害波の電力レベルが連続妨害波と比べて無視できないとき、サイドローブキャンセラー装置がパルス妨害波の一部を抑圧してしまうのでパルス妨害波が歪んでしまい、その結果、SLB装置が正常に機能しないという問題がある。
【0016】
本発明は、上述した問題を解消するためになされたものであり、その課題は、パルス妨害波と連続妨害波とが存在する環境下であっても、後段に配置されるSLB装置を正常に機能させることができるサイドローブキャンセラー装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係るサイドローブキャンセラー装置は、上記課題を達成するために、主アンテナからの信号と補助アンテナからの信号とに基づきビーム合成を行って連続妨害波の到来方向のアンテナ利得を小さくすることにより該連続妨害波を抑圧するサイドローブキャンセラー装置において、補助アンテナからの信号に与える係数であるSLCウェイトをサンプル毎に算出する演算セルと、演算セルで算出されたSLCウェイトの値が前回のサンプルで算出されたSLCウェイトから所定値以上変化した場合に演算セルで算出されたSLCウェイトの変化量が小さく又は零となるように補正する制御手段とを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るサイドローブキャンセラー装置によれば、演算セルで算出されたSLCウェイトの値が前回のサンプルで算出されたSLCウェイトから所定値以上変化した場合に、演算セルで算出されたSLCウェイトの変化量が小さく又は零となるような補正を行うように構成したので、パルス妨害波および連続妨害波が存在する環境下において、連続妨害波は抑圧されるが、パルス妨害波は抑圧されない。その結果、パルス妨害波の電力レベルが連続妨害波と比べて無視できないときであっても、後段に配置されるSLB装置を正常に機能させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施例に係るサイドローブキャンセラー装置を、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下では、背景技術の欄で説明した従来のサイドローブキャンセラー装置の構成と同じ部分には、背景技術の欄で使用した符号と同一の符号を付して説明する。
【実施例1】
【0020】
図1は、本発明の実施例1に係るサイドローブキャンセラー装置の構成を示すブロック図である。このサイドローブキャンセラー装置は、演算セル11、比較器12、複素演算器13、選択器14および遅延器15から構成されている。
【0021】
演算セル11は、図示しない主アンテナから送られてくる受信信号Yinと、図示しない補助アンテナから送られてくる受信信号Xinとを、選択器14から送られてくる選択されたSLCウェイトWinに応じて合成することによりSLC後信号(Yout)を出力するとともに、SLCウェイトWn(Wout)を出力する。SLC後信号(Yout)は、主アンテナと補助アンテナとの間のビーム合成で得られる受信信号に相当する。
【0022】
図2は、演算セル11の詳細な構成を示す回路図である。この演算セル11は、乗算器21、減算器22、乗算器23、遅延器24、アンプ25、加算器26およびアンプ27から構成されている。
【0023】
乗算器21は、図示しない補助アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Xinと選択器14から送られてくる選択されたSLCウェイトWinとを乗算する。この乗算器21による乗算結果は減算器22に送られる。減算器22は、主アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Yinから、乗算器21から送られてくる乗算結果を減算する。この減算器22による減算結果は乗算器23に送られるとともに、SLC後信号(Yout)として外部に出力される。
【0024】
乗算器23は、補助アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Xinと減算器22から送られてくる減算結果とを乗算する。この乗算器23による乗算結果は加算器26に送られる。遅延器24は、入力されたSLCウェイトWinを1サンプル分だけ遅延させ、遅延信号としてアンプ25に送る。アンプ25は、遅延器24から送られてくる遅延信号を、利得aで増幅する。このアンプ25で増幅された信号は、加算器26に送られる。
【0025】
加算器26は、乗算器23から送られてくる乗算結果とアンプ25から送られてくる信号とを加算する。この加算器26による加算結果は、アンプ27に送られる。アンプ27は、加算器26から送られてくる加算結果を、利得gで増幅する。このアンプ27で増幅された信号は、SLCウェイトWn(Wout)として外部に出力される。
【0026】
上記のように構成される演算セル11により実行される処理は、下式(3)および(4)によって表すことができる。
【数2】

【0027】
ここで、サフィックスのnは、順次入力されるサンプルに付された番号に対応する。
【0028】
比較器12は、演算セル11から送られてくる現在のサンプルに対するSLCウェイトWn(Wout)の絶対値と、選択器14から送られてくる選択されたSLCウェイトWinを遅延器15において1サンプル分だけ遅延させたサンプル(1つ前のサンプル)に適用されたSLCウェイトWWn−1の絶対値とを比較する。この比較器12による比較結果は、制御信号として選択器14に送られる。
【0029】
複素演算器13は、演算セル11から送られてくるSLCウェイトWn(Wout)と、遅延器15から送られてくるSLCウェイトWWn−1とを用いてSLCウェイトWWnを下式(5)に従って再計算し、結果を選択器14に送る。
【数3】

【0030】
ここで、WWnは複素演算器13で計算されたn番目のサンプルに対するSLCウェイト、WWn−1は複素計算器13で計算された(n−1)番目のサンプルに対するSLCウェイト、Wnは演算セル11で計算したn番目のサンプルに対するSLCウェイト、αは0≦α≦1の範囲の演算係数である。
【0031】
この複素演算器13によれば、演算係数αを適宜決定することにより、パルス妨害波の存在によって生じるSLCウェイトの変化を軽減(演算係数α<1のとき)または無効(α=1のとき)にするようなSLCウェイトWWnを生成することができる。
【0032】
選択器14は、複素演算器13から送られてくるSLCウェイトWWnおよび演算セル11から送られてくるSLCウェイトWn(Wout)の何れかを、比較器12からの制御信号に従って選択し、選択されたSLCウェイトWinとして演算セル11に送る。
【0033】
次に、上記のように構成される本発明の実施例1に係るサイドローブキャンセラー装置の動作を説明する。まず、レーダ装置のサイドローブキャンセラー装置に主アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Yinおよび補助アンテナから連続したサンプルとして送られてくる受信信号Xinが演算セル11に入力されると、該演算セル11は、上述した式(3)に従って、SLCウェイトWnの計算を実行する。この演算セル11で計算されたSLCウェイトWnは比較器12に送られる。
【0034】
次に、比較器12は、演算セル11から送られてくるSLCウェイトWnと、遅延器15から送られてくる1つ前のサンプルに適用されたSLCウェイトWWn−1とを比較する。同時に、複素演算器13は、これらSLCウェイトWnとSLCウェイトWWn−1とに基づき現在のサンプルに対するSLCウェイトWWnの再計算を実行する。
【0035】
そして、選択器14は、比較器12からの制御信号に応じて、複素演算器13からのSLCウェイトWWnまたは演算セル11からのSLCウェイトWnの何れかを選択し、選択されたSLCウェイトWinとして演算セル11にフィードバックする。
【0036】
より具体的には、選択器14は、比較器12からの制御信号がSLCウェイトの変化量が大きいこと(所定値以上)を示している場合には、複素演算器13からのSLCウェイトWWnを選択し、そうでなければ、演算セル11からのSLCウェイトWnを選択し、選択されたSLCウェイトWinを演算セル11にフィードバックする。これにより、演算セル11では、フィードバックされたSLCウェイトWinを用いた演算が実施される。
【0037】
以上説明したように、この発明の実施例1に係るサイドローブキャンセラー装置によれば、演算セル11で現在のサンプルについて計算したSLCウェイトの絶対値が1つ前のサンプルで算出されたSLCウェイトから所定値以上変化した場合に、演算セルで算出されたSLCウェイトの変化量が小さく又は零となるような補正を行うように構成したので、パルス妨害波の抑圧効果を軽減または無効にすることができる。その結果、パルス妨害波および連続妨害波が存在する環境下において、連続妨害波は抑圧されるがパルス妨害波は抑圧されず、パルス妨害波の電力レベルが連続妨害波と比べて無視できないときであっても、後段に配置されるSLB装置を正常に機能させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、レーダ信号を処理するレーダ装置に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施例1に係るサイドローブキャンセラー装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施例1に係るサイドローブキャンセラー装置の演算セルの構成を示す図である。
【図3】従来のサイドローブキャンセラー装置で使用される演算セルの構成を示す回路図である。
【図4】従来のサイドローブキャンセラー装置において、パルス妨害波によってSLCウェイトが受ける影響を説明するための図である。
【図5】従来のサイドローブキャンセラー装置においてパルス妨害波の影響を受けた一例を示す波形図である。
【図6】図5に示す波形をモデル化した波形図である。
【符号の説明】
【0040】
11 演算セル
12 比較器
13 複素演算器
14 選択器
15 遅延器
21、23 乗算器
22 減算器
24 遅延器
25、27 アンプ
26 加算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主アンテナからの信号と補助アンテナからの信号とに基づきビーム合成を行って連続妨害波の到来方向のアンテナ利得を小さくすることにより該連続妨害波を抑圧するサイドローブキャンセラー装置において、
前記補助アンテナからの信号に与える係数であるSLCウェイトをサンプル毎に算出する演算セルと、
前記演算セルで算出されたSLCウェイトの値が前回のサンプルで算出されたSLCウェイトから所定値以上変化した場合に前記演算セルで算出されたSLCウェイトの変化量が小さく又は零となるように補正する制御手段と、
を備えたことを特徴とするサイドローブキャンセラー装置。
【請求項2】
前記制御手段は、
前記演算セルから出力される現在のサンプルに対するSLCウェイトと前回のサンプルに対するSLCウェイトとを比較する比較器と、
前回のサンプルに対するSLCウェイトに対し、現在のサンプルに対するSLCウェイトの変化量が小さく又は零となるようなSLCウェイトを算出する複素演算器と、
前記比較器により現在のサンプルに対するSLCウェイトが前回のサンプルに対するSLCウェイトから所定値以上変化したことが判断された場合に、前記複素演算器から出力されるSLCウェイトを選択して前記演算セルにフィードバックする選択器と、
を備えたことを特徴とする請求項1記載のサイドローブキャンセラー装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−162397(P2006−162397A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−353194(P2004−353194)
【出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】