説明

サワー種の製造方法及びそれを用いたパン類

【課題】サワー種を、熟練した職人の技能に頼らず、また環境の影響を受けずに安定的に、そして短期間で調製するための技術を提供する。
【解決手段】下記の工程からなる、パン類用発酵種の製造方法:(1) 小麦粉以外の穀粉、及び小麦粉からなる混合粉100重量部であって、穀粉又は穀粒:小麦粉の重量比が20:80〜80:20(好ましくは30:70〜70:30、より好ましくは35:65〜45:55); パン用酵母0.01〜5重量部(好ましくは0.1〜1、より好ましくは0.2〜0.6);及び混合適量の水の混合物を自然発酵させ、(2)得られた自然発酵物に対し、小麦粉、及び混合適量の水をさらに加えて混合し、発酵させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン類の製造に用いるサワー種に関する。本発明は、サワー種を用いた工業的なパン類の製造のために有用である。
【背景技術】
【0002】
サワー種(サワードウ (sourdough)ともいう。) は、ライ麦などの粉と水とを混合したものを、環境及び原料に由来する微生物により発酵させた伝統的なパン種である。発酵過程で生産される有機酸等に起因して、サワー種を用いたパンは、パン用酵母(イースト)のみを用いて発酵し、製造したパンとは異なり、特有の酸味や風味を有する。サワー種は、ホワイトサワーとライサワーに大別され、通常、ライサワーはライ麦粉を主原料として、灰色の色味を呈しており、一般的にはライ麦パンの製造に用いられる。ホワイトサワーは、ライサワーからさらに、小麦粉と水による数度の種継ぎ工程を経て、色味(外観)が白い小麦粉主体の発酵種とし、小麦粉を主原料とするパンに用いられる。
【0003】
代表的なサワー種には乳酸菌類と酵母類が含まれるが、菌叢が環境によって変化するので、同じ手順で調製されたサワー種を使っても、できあがるパンの風味が異なることがある。そのため、地域ごと、製パン所ごとに個性的な風味をもつパンが生まれることとなる一方で、安定的に同じ風味のパンを製造することが困難にもなっている。
【0004】
サワー種の調製方法に関しては、いくつか検討されている。例えば、特許文献1は、植え継ぎによっても容易に活性が変化しない安定したサワー種の調整方法として、小麦粉等の穀粉培地に酢酸および酢酸ナトリウムのいずれか1種またはこれらの両者を穀粉培地に対して酢酸含有量として0.15〜0.40重量%になるように添加し、サワー種用乳酸菌を接種してサワー種を調製し、このサワー種の一部を用いて植え継ぎし培養を繰り返して継代する際に、植え継ぎ毎に、酢酸および酢酸ナトリウムのいずれか1種またはこれらの両者を穀粉培地に対して初発の酢酸含有量として0.15〜0.40重量%になるように添加してなるサワー種の調製方法が記載されている。
【0005】
他方、パンの製造方法として代表的なものには、全材料を一度にミキシングして生地を作るストレート法、粉や水その他の材料の一部をミキシングして予備発酵したものを中種とし、これに残りの材料を加えてミキシングする中種法、イースト、砂糖及び水を混ぜ合わせた発酵液(液種)に小麦粉を加え、ミキシングする液種法(ブリュー法、又はファーメント法ということもある。)がある。特許文献2は、液種法に関し、種量及びイースト量を特定することにより、タンパク質含量の低い小麦粉を主原料とした場合であっても、ボリュームが大きく、外観が良好で、老化が遅く、かつ風味及び食感の良好なパンを得る方法として、蛋白質含量が6.5〜10質量%の小麦粉を使用し、且つ液種として、製パンに使用する全小麦粉100質量部中の40〜50質量部の小麦粉、0.01〜0.07質量部のイースト、0〜0.6質量部の食塩及び40〜60質量部の水を用いて製造された液種を使用することを特徴とするパンの製造方法を提案する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−252937号公報(特許第3118761号)
【特許文献2】特開2006−109781号公報(特許第4395482号)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ライ麦などの粉と水とからサワー種を調製する(サワー種を「起こす」と表現することもある。)際、製パンに有用な菌を優勢的に育成するためには、実際には、製造スケールや、水、空気を含む環境にも配慮する必要がある。
【0008】
また、サワー種を起こす際には、24時間発酵させるごとに、元種に粉と水とを追加混合する、種継ぎと呼ばれる作業が必要である。これを3〜4回以上繰り返し、工程全体では4〜5日以上の時間をかけて、パン製造に適したサワー種が完成する。
【0009】
そして、一般的には、一度起こしたサワー種の一部をパン製造に用い、一部を元種として24時間発酵と種継ぎとを繰り返すことにより、次回のパン製造につなげてゆく。伝統的な製パン所では、一度起こしたサワー種を、パンを製造しない時期であっても絶やさず種継ぎを繰り返すなど、味や風味の継承に手間をかけているが、繰り返す種継ぎにおいて、サワー種の同一性を保つことは非常に難しく、一定期間経過後には新しく種起こしを行う必要があることも多い。
【0010】
サワー種を、熟練した職人の技能に頼らず、また環境の影響を受けずに安定的に、そして短期間で調製するための技術があれば、工業生産上望ましい。
一方、サワー種は、イーストのみで発酵し、製造したパンでは得られない風味や味を付与するものであるが、食感の改良、保存性の向上(老化抑制)のためにも用いうる。特に、焼成後に冷凍された状態で流通され、ホテルやレストランなどで解凍後に提供されるパン(焼成冷凍パン)には、サワー種による効果が期待される。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、サワー種の工業的な調製と利用について、鋭意検討してきた。その結果、環境影響を受けやすい種起こしの段階で、一定割合の小麦粉と微量のパン用酵母を添加することで、従来の方法に比べ、作成にかかる所要期間が大幅に短く、種継ぎ回数も少なく、かつ安定的にホワイトサワー種を調製できることを見出した。そしてこのような方法で調製されたサワー種が、伝統的な手法で調製されたものと同様に用いることができ、かつ所望の効果も高いことを解析し、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、以下を提供する:
[1]下記の工程からなる、パン類用発酵種の製造方法:
(1) 小麦粉以外の穀粉、及び小麦粉からなる混合粉100重量部であって、穀粉又は穀粒:小麦粉の重量比が20:80〜80:20(好ましくは30:70〜70:30、より好ましくは35:65〜45:55);
パン用酵母0.01〜5重量部(好ましくは0.1〜1、より好ましくは0.2〜0.6);及び
混合適量の水
の混合物を自然発酵させ、
(2)得られた自然発酵物に対し、小麦粉、及び混合適量の水をさらに加えて混合し、発酵させる。
[2]穀粉又は穀粒が、ライ麦粉及び/又はライ麦粒、小麦全粒粉、小麦ふすま及び米ぬかから選択されるいずれかである、[1]に記載の製造方法。
[3](1)の工程の発酵が、20〜40℃、8〜32時間であり、
(2)の工程の発酵が、20〜40℃、12〜48時間である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4][1]に定義された(1)及び(2)の工程、続いて下記の工程を含む、パン類の製造方法:
(3)粉100重量部、得られた発酵物5〜20重量部を含む原料から調製したパン生地を、成形し、焼成してパンを製造する。
[5]穀粉又は穀粒が、ライ麦粉又はライ麦粒、小麦全粒粉、ふすま及びぬかから選択されるいずれかである、[4]に記載の製造方法。
[6](1)の工程の発酵が、20〜40℃、8〜32時間であり、
(2)の工程の発酵が、20〜40℃、12〜48時間である、[4]又は[5]に記載の製造方法。
[7]さらに下記の工程を含み、焼成冷凍パンの製造方法である、[3]〜[5]のいずれか一に記載の製造方法:
(4)焼成後のパンを冷凍する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、熟練した職人の技能に頼らず、また環境の影響を受けずに安定的に、サワー種を調製することができる。
本発明により、2ステップの簡易化された工程で、サワー種を調製することができる。また、本発明により、約2日間で、サワー種を調製することができる。〜数百Lの規模での調製もできる。
【0014】
本発明により製造されたサワー種は、従来法により調製されたサワー種と同様、それを用いて製造されるパン類にサワー種特有の味及び風味を与えることができる。
本発明により製造されたサワー種は、製造されるパン類の食感及び冷凍耐性にも寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、従来法と本発明の方法とを、比較した図である。
【図2】図2は、種に含まれる有機酸を分析した結果である。
【図3】図3は、種に含まれる有機酸を分析した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[サワー種の調製]
本発明は、実質的に、以下で説明するステップ1及びステップ2のみからなる、パン類用発酵種の製造方法を提供する:
【0017】
ステップ1:
ステップ1では、小麦粉、小麦粉以外の穀粉又は穀粒、パン用酵母、並びに水を混合し、自然発酵させる。
【0018】
本発明で「自然発酵」というときは、特に記載した場合を除き、原料や空気中に由来する微生物(例えば酵母、乳酸菌、酢酸菌)が主体となって進む発酵をいう。
本発明においては、起こし種の段階(自然発酵の初段階)において、一定量の小麦粉が使用される。本発明で「小麦粉」というときは、特に記載した場合を除き、穀物としての小麦から、外皮及び胚芽を実質的に除いた胚乳部分を挽いて作られた粉をいう。小麦粉の例として、強力粉(タンパク質の割合が12%以上のもの)、中力粉(タンパク質の割合が、強力粉と薄力粉の中間のもの)、薄力粉(タンパク質の割合が8.5%以下のもの)、浮き粉(小麦粉の生地からグルテンを分離した残りの澱粉分)、セモリナ粉が挙げられる。本発明のこのステップで使用される小麦粉には、特に制限はない。後に製造されるパンにおいてふくらみを良くするとの観点からは、強力粉、準強力粉などの、タンパク質(グルテン)含量の比較的高い小麦粉を用いることが好ましい。
【0019】
穀物の表面には通常たくさんの有用な微生物が付着しているが、精白・加工したものでは十分でないこともあるため、本発明においては、小麦粉のみならず、ライ麦や全粒粉を用いる。本発明で「小麦粉以外の穀粉又は穀粒」というときは、特に記載した場合を除き、小麦全粒粉(小麦の表皮、胚芽、胚乳をすべて粉にしたもの)、グラハム粉(小麦を胚乳と、表皮及び胚芽とに分けてから、胚乳は普通の小麦粉と同じ細かさに挽き、表皮と胚芽は粗挽きにして両方を混ぜ合わせたもの)を含む。穀粉又は穀粒が由来する穀物の小麦以外の例としては、イネ科穀物(例えば、ライ麦、大麦、米、トウモロコシ、ひえ、テフ)、豆類(例えば、大豆、ひよこ豆、えんどう豆)、雑穀(例えば、そば、アマランサス)、芋・根類(例えば、片栗、くず、タピオカ、馬鈴薯)が挙げられる。本発明には特に、ライ麦(ライ麦粉又はライ麦粒)、小麦全粒粉、小麦ふすま、小麦胚芽、米ぬか、ダイズ粉からなる群から選択されるいずれか(一種又は複数種の混合物)を用いることが好ましい。また、ミネラルを多く含む全粒粉は、発酵を促進する点でも好ましい。
【0020】
小麦粉の割合は、小麦粉以外の穀粉又は穀粒からなる粉100重量部において、穀粉又は穀粒:小麦粉の重量比が20:80〜80:20、好ましくは30:70〜70:30、より好ましくは35:65〜45:55となるようにする。なお、本明細書においては、特に記載した場合を除き、パン類の原料に関して当技術分野で慣用されているように、粉100重量部に対する重量割合で配合量を表している。また、粉100重量部において、穀粉又は穀粒:小麦粉がx1:y1〜x2:y2と表すときは、x1とy1との和、及びx2とy2との和は100である。
【0021】
本発明においては、起こし種の段階(自然発酵の初段階)において、一定量のパン用酵母が使用される。本発明でパン用酵母というときは、特に記載した場合を除き、通所のパンの製造において用いることができる酵母をいう。典型的なパン用酵母は、サッカロミセス属に属する種々であり、より特定するとサッカロミセス・セレビジエである。本発明には、形態に関わらず、種々のパン用酵母を用いることができる。すなわち、生でも、乾燥状態であってもよい。特に好ましく用いることができるのは、無糖又は低糖〜中糖生地向けのパン用酵母である。
【0022】
パン用酵母は、本発明において、自然発酵する際の菌叢(微生物の種類と比率)を適切に維持するのに寄与していると考えられる。したがって、この段階でのパン用酵母の使用量は、通常のパン生地に発酵のために用いられる場合に比較して、非常に少ない量である。パン用酵母の添加量は、粉100重量部に対して、0.01〜5重量部、好ましくは0.1〜1重量部、より好ましくは0.2〜0.6重量部である。なお、本発明でパン用酵母の重量に関し、述べるときは、活性(発酵力)を考慮して、生イーストに換算した場合の量で表わしている。パン用酵母の形態としてよく知られているものには、生イースト、ドライイースト及びインスタントドライイーストがあるが、各々の活性の目安は、生イーストの活性を100とすると、ドライイーストは200、インスタントドライイーストは300である。したがって、ドライイーストを用いる場合は、本発明において示した数値の1/2量が相当し、インスタントドライイーストを用いる場合は1/3量が相当する。当業者であれば、生イースト以外の形態のパン用酵母を用いる場合には、その活性を考慮し、適宜、生イーストとしての量に換算することができる。
【0023】
本発明者らは、実施例で使用した生イーストYFC(富士食品工業製)のほか、フェルミパン(赤)(ドライイースト、サフ社)、サフ(インスタントドライイ-スト、サフ社)、カネカ社製生イーストでも同様の結果を得ており、生イーストのほか、ドライイースト、インスタントドライイーストのいずれであっても、本発明に好適に使用できることを確認している。
【0024】
本発明のこのステップ1においては、混合適量の水が使用される。本発明で「水」というときは、特に記載した場合を除き、発酵食品産業において、発酵に際して使用可能な水、食品製造において原料として使用可能な水、調理において原料として使用可能な水、及び飲用に適した水のいずれかである。このような水であれば、特に制限はなく本発明に使用することができる。例えば、水道水も使用することができる。本発明の特徴の一つは、水質には実質的に影響されずにサワー種を製造することができることである。
【0025】
本発明で使用される水の量にについて「混合適量」というときは、特に記載した場合を除き、材料全体にいきわたる程度の量であって、均一に混合しやすく、かつ分離しにくい程度の量をいう。具体的には、粉100重量部に対して、100〜140重量部、好ましくは105〜135重量部、より好ましくは110〜130重量部である。水量が少ない場合は、混合物が固形状の塊となり、均一混合するのにかなりの労力が必要となる一方で、水量が多い場合は混合物が液状となり、均一混合しやすいが、静置すると、粉が沈殿して水相と沈殿とに分離してしまい、いずれの場合も取り扱いが容易ではない。他方、混合適量の水であれば、発酵には実質的な影響がなく、同じように発酵が進行する。
【0026】
ステップ1においては、典型的には、ライ麦粉:小麦粉:水:イースト=100:150:300:1の割合の原材料が均一になるように、攪拌混合される。混合物を、20〜40℃の環境に置くことにより、自然発酵が進む。発酵時には、混合物の入った槽は、静置してもよいが、比較的大きな規模で、例えば30L以上の規模で調製する場合は、槽内が均一になるように、本工程を通じ、10〜100rpmで、攪拌し続けてもよい。
【0027】
本工程は、アルコール発酵臭が強くなり、甘味のある風味が感じられ、混合物の性状が、粘りがあり、ややとろみがある状態になるまで行う。本工程終了時のpHの目安は、5.0〜5.6である。これは、発酵開始から、通常8〜32時間後、より特定すると12〜20時間後である。
【0028】
ステップ2:
ステップ2では、ステップ1で得られた自然発酵物に、小麦粉及び混合適量の水を加えて混合し、さらに発酵させる。
【0029】
本発明のこのステップで使用される小麦粉には、特に制限はなく、強力粉であっても、薄力粉であっても用いることができる。種としての物性を良くするとの観点からは、薄力粉及び強力粉を含むことが好ましい。
【0030】
小麦粉の添加割合は、自然発酵物10重量部に対し、5〜100重量部、好ましくは10〜50、より好ましくは15〜25重量部である。
本工程は、アルコール発酵臭が強くなり、甘味のある風味が感じられ、混合物の性状が、粘りがあり、ややとろみがある状態になるまで行う。一方、多くに離水部が見え、かき混ぜた際に分離しているのが明確に分かる状態であったり、異臭/エステル臭を明確に感じる場合は好ましくない。
【0031】
本工程終了時のpHの目安は、3.8〜4.3である。これは、発酵開始から、通常12〜48時間後、より特定すると20〜28時間後である。
なお、得られたサワー種は、5℃以下で、18〜72時間、保存することができる。
【0032】
本発明により得られたサワー種は、リン酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、酢酸、ピログルタミン酸からなる群から選択される複数の有機酸を含有し、その組成及び比は、従来法で得られたサワー種と類似している。また、本発明により得られたサワー種は、従来法で得られたサワー種と実質的に同一(同様にパンの製造に使用でき、同様に風味のパンが製造できる)である。
【0033】
対象とするサワー種が、従来法で得られたものと同等か否かは、具体的には、双方について、上述の有機酸量を比較する、双方の風味(アルコール臭と乳酸臭とのバランス等)を比較する、及び物性を比較する(ガス保持の程度、粘性)、場合により製パン性(パンを製造した際の、旨味)により、判断することができる。本発明者らの検討によると、製造されたサワー種において、旨味に関係するといわれる乳酸量が従来法のサワー種と同等であっても乳酸臭が強く感じられ、サワー種としては適切な風味とはいえない場合があった。したがって、サワー種全体から総じて感得される風味についての比較は、特に重要であるといえる。サワー種の評価は、当業者であれば、適宜行いうる。具体的な方法は、本発明の実施例の記載を参照することができる。
【0034】
[パン類の製造]
本発明により得られたサワー種は、各種のパン類の製造において用いることができる。パン類の製造方法にも特に限定はなく、ストレート法、中種法、イースト、液種法のいずれにおいても良好に用いることができる。パン類の製造方法は、通常、ミキシング(捏ね)、分割、成型、ホイロ(最終発酵)、熱調理工程を含む。
【0035】
本発明のパン類の製造において用いる穀粉は、パン類食品の原材料として通常用いられているものであれば、いずれであっても良好に使用することができる。このような穀粉としては、例えば、パン用小麦粉、全粒小麦粉、ライ麦粉、オーツ麦粉、トウモロコシ粉、米粉、そば粉、デンプン類、食物繊維及びそれらの混合粉がある。
【0036】
本発明においては、本発明のサワー種、及び穀粉のほか、パン類の製造に際し、製パン上許容される各種の添加剤、例えば塩類、糖類、乾燥卵、粉末油脂、粉乳、香料、パン用酵母、ベーキングパウダー、乳化剤、保湿剤、酸化剤、還元剤、粉末植蛋、グルテンの全種類あるいは、数種類の組み合わせを含むことができる。
【0037】
本発明のサワー種の添加量は、サワー種を主として味・風味の改良のために用い、パン生地の膨張のためには別途パン用酵母を添加する場合は、粉100重量部に対して、3〜20重量部、より好ましくは5〜15重量部、さらに好ましくは7〜10重量部である。
【0038】
パン用酵母を用いる場合、汎用酵母、冷凍耐性酵母、ドライイースト、インスタントイーストなどのいずれもが使用できる。酵母の配合量は特に制限されず、パン類の種類や製パン法などに応じて必要量を配合すればよいが、一般に、パンの製造に用いる穀類粉100gに対して、パン用酵母の量を2〜8gにすると良好な結果が得られる。
【0039】
本発明でいう「パン類」とは、特に記載した場合を除き、デンプン及びグルテン類を含む穀類粉に水分を加え、混捏した生地を膨張させ、熱調理(焼成、油揚、蒸し加熱等)したものをいう。酵母を用いて発酵により膨張させた発酵パン、酵母以外の化学剤(例えば、ベーキングパウダー)等の作用により膨張させた無発酵パンを含む。パン類には、ワンローフ食パン、角形食パン、山形食パン、ホテルブレッド(バターや生クリームなどを比較的多く使った高級パン、特に山形の食パン)、ナッツ、レーズン、食物繊維、胚芽などを配合したバラエティー食パン、フランスパン、ソフトフランスパン、バターロール、ロールインバターロール、ミルクハース、クレッセントロール、カイザーロール、グラハムロール、ライ麦パン、ヴィエノワ、クロワッサン、スイートロール、デニッシュペストリー、ブリオッシュ、グリッシーニ、プレッツエル、パネトーネ、デニッシュ、コーヒーケーキ、シナモンロール、シュトーレン、ホットクロスバンズ、スイートバンズなどのバンズ類、イングリッシュマフィンなどのマフィン類、アンパン、ジャムパン、クリームパン、コロネ、メロンパンなどの菓子パン類、カレードーナッツ、アンドーナッツ、リングドーナッツ、ツイストドーナッツ、ビスマルクなどのイーストドーナッツ類、アンマン、肉マン、カレーマン、ピザマンなどの蒸しパン類に適用することができる。食事パン(食パン、バターロールクロワッサン、フランスパン)、菓子パン(あんぱん、メロンパン)に適する。
【0040】
また、目的とするパン類食品の種類等に応じて、混捏前、生地の調製時などに、例えば、食塩;砂糖やその他の糖類;ショートニング、バター、マーガリンなどの油脂類;モルト粉末やモルトシロップ;イーストフード;バイタルグルテン;脱脂粉乳、全脂粉乳、チーズ粉末、ヨーグルト粉末、ホエー粉末などの乳製品;卵や卵製品;豆類の粉;ビタミン類;ミネラル類;塩化アンモニウム、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、リン酸二水素カルシウム、硫酸アンモニウム等の他の添加剤の1種又は2種以上を必要に応じて用いてもよい。
【0041】
[焼成冷凍、その他]
本発明により得られたサワー種を使用して製造されたパン類は、焼成後、冷凍することができる。
【0042】
冷凍は、既存の設備により、適宜行うことができるが、例えば、フリーザーにより、-35℃〜-30℃の環境下で、5m/s の風を吹き付けることにより、約30〜40分かけて冷凍することができる。冷凍後は、-18℃以下の冷凍倉庫で保存するとよい。
【0043】
焼成後冷凍パン類は、冷凍前又は後に、個別に又は複数個ずつ、包装することができる。冷凍保存期間(輸送/販売を含む)の乾燥等を防ぐために、水蒸気バリア性(水蒸気透過を防止する能力)のある袋を使用することができる。袋包装されたパン類は、輸送・保存のため、さらにダンボール梱包することができる。
【0044】
このような焼成後冷凍パン類は、自然解凍するか、又は必要に応じオーブン、電子レンジなどを利用して、温めて、喫食に供することができる。
焼成後冷凍パンは、通常、1〜2週間冷凍保存していると、酸味や発酵臭が発生し、呈味が劣化する。しかしながら、本発明者らの検討によると、本発明により得られた焼成後冷凍パン類は、2〜3週間冷凍保存後においても、風味が良好であった。したがって、本発明のサワー種は、焼成後冷凍パン類の製造に特に適しているということができる。
【実施例】
【0045】
[実施例1:サワー種の調製(3kg)]
以下の方法で、サワー種を調製した。
ステップ1:
1.ライ麦、小麦粉を容器(ステンレス寸胴)に入れる。
2.イーストを 100倍程度の水(35℃)に溶解・分散させ、容器に入れる。
3.残りの水を容器に入れ、手動で攪拌・混合する。(3分程度)
4.温度、pHを測り、確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、静置し、16時間発酵させる。
【0046】
【表1−1】

【0047】
ステップ2:
1.元種の温度、PH、色、香りをチェックする(アルコール臭やライ麦の香気が強く、酸臭も加わり、粘りがある状態/PH3.8〜4.3であるか否か。)。
【0048】
元種は、アルコール発酵臭が非常に強く、甘味のある風味であり、粘りがあり、ややとろみがある状態であった。
2.原料(小麦粉、水)を計量し、容器に入れる。
3.水が全体に行渡るまで、手動で攪拌・混合する。(5分程度)
4.温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、静置し、24時間発酵させる。
【0049】
なお、この状態で、冷蔵状態(5度以下)で保存することができ、5日間は品質が変わらず、使用可能であった。
【0050】
【表1−2】

【0051】
[実施例2:サワー種の調製(43.8kg)]
ステップ1:
1.ライ麦、小麦粉をミキサーボウルに入れる。
2.イーストを 100倍程度の水(35℃)に溶解・分散させ、ミキサーホ゛ウル(縦型)に入れる。
3.残りの水をミキサーボウルに入れ、ミキサーで攪拌・混合する。(3分程度)
4.タンクに移し変え、温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、静置し、16時間発酵させる。
【0052】
【表2−1】

【0053】
ステップ2:
1.元種の温度、PH、色、香りをチェックする(アルコール臭やライ麦の香気が強く、酸臭も加わり、粘りがある状態/pH4.1〜4.3であるか否か。)。
【0054】
元種は、アルコール発酵臭が非常に強く、甘味のある風味であり、粘りがあり、ややとろみがある状態であった。
2.原料(元種、小麦粉、水)を計量し、ミキサーボウル(スパイラル)に入れる。
3.水が全体に行渡るまで、攪拌・混合する。(5分程度)
4.温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、24時間発酵させる。
【0055】
なお、冷蔵状態(5度以下)で保存することができ、5日間は品質が安定していた。
【0056】
【表2−2】

【0057】
[実施例3:サワー種の調製(32.4kg、50リットル撹拌翼付きタンク使用)]
ステップ1:
1.ライ麦、小麦粉を容器(50リットルタンク)に入れる。
2.イーストを 100倍程度の水(35℃)に溶解・分散させ、容器に入れる。
3.残りの水を容器に入れ、攪拌・混合する。(40rpmで連続攪拌)
4.温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、16時間発酵させる。
【0058】
【表3−1】

【0059】
ステップ2:
1.元種の温度、PH、色、香りをチェックする(アルコール臭やライ麦の香気が強く、酸臭も加わり、粘りがある状態/PH4.1〜4.3であるか否か。)。
【0060】
元種は、アルコール発酵臭が非常に強く、甘味のある風味であり、粘りがあり、ややとろみがある状態であった。
2.原料(小麦粉、水)を計量し、容器(50リットルタンク)に添加する。
3.攪拌・混合する。(50rpmで連続攪拌)
4.温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、24時間発酵させる。
【0061】
なお、冷蔵状態(5度以下)で保存でき、5日間は品質が変わらなかった。
【0062】
【表3−2】

【0063】
[実施例4;サワー種の調製(118.8kg、300リットル撹拌翼付きタンク使用)]
ステップ1:
1.ライ麦、小麦粉をミキサーボウルに入れる。
2.イーストを 100倍程度の水(35℃)に溶解・分散させ、ミキサーボウル(縦型)に入れる。
3.残りの水を容器に入れ、攪拌・混合する。(30rpmで連続攪拌)
4.タンクに移し変え、温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、16時間発酵させる
【0064】
【表4−1】

【0065】
ステップ2:
1.元種の温度、PH、色、香りをチェックする(アルコール臭やライ麦の香気が強く、酸臭も加わり、粘りがある状態/PH4.1〜4.3であるか否か)。
【0066】
元種は、アルコール発酵臭が非常に強く、甘味のある風味があり、粘りがあり、ややとろみがある状態であった。
2.原料(元種、小麦粉、水)を計量し、ミキサーボウル(スパイラル)に入れる。
3.攪拌・混合する。(50rpmで連続攪拌)
4.温度、pHを測り確認する。
5.発酵室(28℃設定)に入れ、24時間発酵させる。
【0067】
なお、冷蔵状態(5度以下)で保存でき、5日間は品質が変わらなかった。
【0068】
【表4−2】

【0069】
[実施例5:サワー種を用いたパン類の製造]
1.胚芽ロール
実施例2で調製したサワー種を用い、中種法により、胚芽ロールを製造した。なお、ミキシングに関し、Lは低速、Mは中速、Hは高速を指し、添え数字は時間(分)を表す(他のパンの製造においても同じ)。
【0070】
材料Aにより中種を作成し、発酵させた(ミキシング:L4、M1、捏上温度:24℃、発酵時間:4時間、)。中種に材料Bを加え、本捏ミキシング(ミキシング:L4、M9、捏上温度:26℃)、分割(30g)、成形(丸め)、ホイロ(38℃、85%、50分)、焼成(200℃、10分)を経て、胚芽ロールを得た。
【0071】
【表5−1】

【0072】
サワー種を添加しない場合と比べ、発酵の風味が増し、ふすま由来の雑穀臭がマスキングされて、食べやすい味・風味になった。また、パン生地として伸展性のある生地物性になり、生地膜が薄くなり、食感としてもよりソフトになった。
【0073】
2.クロワッサン
実施例2で調製したサワー種を用い、中種法により、クロワッサンを製造した。
材料Aにより中種を作成し、発酵させた(ミキシング:L4、M1、捏上温度:24℃、発酵時間:4時間、)。中種に材料Bを加え、本捏ミキシング(ミキシング:L4、M8、捏上温度:26℃)、リタード(冷却)、折込(27層)、リタード(冷却)、カット成型(30g)、ホイロ(30℃、85%、60分)、焼成(200℃、13分)を経て、クロワッサンを得た。
【0074】
【表5−2】

【0075】
サワー種を添加しない場合と比べ、旨みが増し、バター味がより引き立った(エンハンス効果)。食感としては重みのある食感であった(食べ応えがあり、ボディー感が感じられた。)。
【0076】
3.ホテルブレッド
実施例3で調製したサワー種を用い、中種法により、ホテルブレッドを製造した。
材料Aにより中種を作成し、発酵させた(ミキシング:L4、M1、捏上温度:24℃、発酵時間:4時間、)。中種に材料Bを加え、本捏ミキシング(ミキシング:L4、M9、捏上温度:26℃)、分割(48g)、成型(棒状)、型詰め、ホイロ(33℃、85%、60分)、焼成(200℃、14分)を経て、ホテルブレッドを得た。
【0077】
【表5−3】

【0078】
サワー種を添加しない場合と比べ、発酵の風味が増し、油脂や卵の味・風味が引き立った。また、パン生地として伸展性のある生地物性になり、生地膜が薄くなり、食感もよりソフトで口解けが良くなった。パサツキを感じにくかった。
【0079】
4.ハードロール(フランスパン)
ポーリッシュ法により、実施例3で調製したサワー種を本捏に添加して用い、ハードロールを製造した。
【0080】
材料Aにより種を作成し、発酵させた(ミキシング:L4、M1、捏上温度:24℃、発酵時間:4時間、)。種に材料Bを加え、本捏ミキシング(ミキシング:L4、M8、捏上温度:24℃)、分割(45g)、成型(丸め)、ホイロ(30℃、80%、90分)、焼成(220℃、14分)を経て、ハードロールを得た。
【0081】
【表5−4】

【0082】
サワー種を添加しない場合と比べ、小麦粉の甘さ/旨さが増し発酵の酸味と合間って、食べ応えもあり、食べやすくなった。なお、中種にサワー種を入れると酸味が強くなることが分かった。
【0083】
[実施例6:小麦粉の配合量の検討]
種起こしの際の配合割合を、粉 : 水 : パン用酵母(本実施例においては、生イースト(YFC)を使用した。) = 250 : 300 : 1として、粉中に占める小麦粉の割合を変えて検討した。製パン性の評価は、実施例5に記載の胚芽ロールを製造して評価した。有機酸の組成の分析は、対象サンプル(2日目工程終了後の種)を水で20倍(W/W)希釈し、遠心分離(5000rpm)により上澄み液を採取し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析することにより行った。従来法により調整したサワー種を対照1、ぶどう種を対照2とした。
【0084】
結果を下表及び図2に示した。
【0085】
【表6】

【0086】
(2)〜(5)に乳酸が多く、また得られたパンにおける風味のバランスがよかった。特に、(3)及び(4)が優れていた。
種起こしの際に、適量の小麦粉をブレンドすることで乳酸等の有機酸が増し、風味と旨みのバランスが取れる液種を簡易的に製造できた。一方、小麦粉単体では、アルコール臭が弱く酸臭が際立ち、風味が弱かった。
【0087】
[実施例7:パン用酵母添加量の検討]
パン用酵母(本実施例においては、生イースト(YFC)を使用した。)添加量を種々として、サワー種を調製し、実施例6と同様に、分析した。
【0088】
結果を下表及び図3に示した。
【0089】
【表7】

【0090】
パン用酵母を添加しない(7)は、製パンには適さない菌が多いように思われた。(8)〜(12)が、得られたパンにおける風味が良好であった。特に、(9)及び(10)が優れていた。
種起こしの際にパン用酵母を添加することでアルコールが適量発生し、風味が増し、粘性が増し扱いやすくなった。パン用酵母添加量に比例して、有機酸やアルコールが増すわけでなく、好ましい添加量(微量)があることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程からなる、パン類用発酵種の製造方法:
(1) 小麦粉以外の穀粉、及び小麦粉からなる混合粉100重量部であって、穀粉又は穀粒:小麦粉の重量比が20:80〜80:20(好ましくは30:70〜70:30、より好ましくは35:65〜45:55);
パン用酵母0.01〜5重量部(好ましくは0.1〜1、より好ましくは0.2〜0.6);及び
混合適量の水
の混合物を自然発酵させ、
(2)得られた自然発酵物に対し、小麦粉、及び混合適量の水をさらに加えて混合し、発酵させる。
【請求項2】
穀粉又は穀粒が、ライ麦粉及び/又はライ麦粒、小麦全粒粉、小麦ふすま及び米ぬかから選択されるいずれかである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
(1)の工程の発酵が、20〜40℃、8〜32時間であり、
(2)の工程の発酵が、20〜40℃、12〜48時間である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1に定義された(1)及び(2)の工程、続いて下記の工程を含む、パン類の製造方法:
(3)粉100重量部、得られた発酵物5〜20重量部を含む原料から調製したパン生地を、成形し、焼成してパンを製造する。
【請求項5】
穀粉又は穀粒が、ライ麦粉又はライ麦粒、小麦全粒粉、ふすま及びぬかから選択されるいずれかである、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
(1)の工程の発酵が、20〜40℃、8〜32時間であり、
(2)の工程の発酵が、20〜40℃、12〜48時間である、請求項4又は5に記載の製造方法。
【請求項7】
さらに下記の工程を含み、焼成冷凍パンの製造方法である、請求項3〜5のいずれか1項に記載の製造方法:
(4)焼成後のパンを冷凍する。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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