説明

シアリダーゼ阻害剤

【発明の詳細な説明】
[産業上の利用分野]
本発明は、シアリダーゼ阻害作用を有し、インフルエンザ等のウイルス疾患の治療に有用な抗ウイルス剤に関するものである。
[従来の技術および課題]
インフルエンザ疾患は、インフルエンザウイルスによって起こる呼吸器感染症であり、集約される特徴は、A型に代表されるウイルスの激しい抗原変異と世界を一つの流行圏とする大流行である。
現在においても、臨床応用レベルで満足のいく抗インフルエンザウイルス剤は皆無といってもよいのが現状であり、インフルエンザウイルスは、人類にとって以前として大きな脅威として存在している状況は改善されていない。
最近、インフルエンザウイルスをはじめとするある種のウイルスが細胞に感染する過程において、シアル酸が重要な役割を演じていることが知られてきている。特に、インフルエンザウイルスのエンベロープ上にあるシアル酸加水分解酵素(シアリダーゼ)が、ウイルスの宿主細胞への侵入あるいは宿主細胞からのウイルスの遊離過程に密接に関与していることが示唆されてきている。
そこで、シアリダーゼ阻害剤は次世代の抗インフルエンザウイルス薬としての有望なターゲットであると考えられており、その開発が求められていた。
[課題を解決するための手段]
本発明者は、抗ウイルス剤、特に抗インフルエンザウイルス薬の開発をすべく鋭意検討を行っており、シアリダーゼ阻害活性を有する物質の探索を行ってきた。そして、今回下記式Iで表されるある種のフラボンにシアリダーゼ阻害作用があることを見いだし、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下に示すごとくである。
下記式I

(式中、Rは水素原子、水酸基またはメトキシル基を示す。)
で表される化合物(以下、式の化合物という。)を有効成分とするシアリダーゼ阻害剤。
次の化合物は例えば以下のようにして得ることができる。
すなわち、式の化合物含有生薬である

(Scutellariae Radix)、その原植物であるScutellaria baicalensisまたは半枝蓮(Scutellariae Herba)、その原植物であるScutellaria rivularis、またはその他同属植物をメタノール、エタノール等の低級アルコール、クロロホルム等の有機溶媒または水で抽出し、溶媒を留去した後、残渣につきシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行うことにより式の化合物を得ることができる。
また場合によっては、含水有機溶媒で抽出を行った後、ベンゼン等の炭化水素類を用いて脱脂し、エーテルまたは酢酸エチル等の溶媒を用いて振盪抽出し、酢酸鉛を加えて、沈澱物を除去し、濾液をエーテル、酢酸エチル、または水とエーテル、水と酢酸エチルの混合溶媒で分配し、有機溶媒可溶部の溶媒を留去し、残渣につきシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行ってもよい(Rがメトキシル基または水素原子である化合物)。また、上記の酢酸鉛を加えたときに生じた沈澱を脱鉛した後、エーテル酢酸エチル、または、水とエーテル、水と酢酸エチルの混合溶媒で分配し、有機溶媒可溶部の溶媒を留去し、残渣につきシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行ってもよい(Rが水酸基である化合物)。
さらに必要に応じてメタノール等を用いて、再結晶することにより精製してもよい。
また、式の化合物の中には市販(フナコシ薬品株式会社)さているものもあり、これを購入しても差し支えない。
また、式の化合物は既知物質ではあるが、シアリダーゼ阻害作用を有することは、従来全く知られていなかったことである。
次に式の化合物の製造の具体例を示す。
具体例1 式の化合物のうち、Rは水酸基である化合物はイソスクテラレイン(isoscutellarein)と呼ばれ、例えば、以下のようにして得ることができる。
コガネバナ(Scutellaria baicalensis)の葉100gを少量の水に一夜浸漬した後、クロロホルムで抽出した。この抽出液より溶媒を留去し、残渣を熱50%メタノールまたは50%エタノール200m■で抽出した。この抽出液に酢酸鉛の50%メタノールまたは50%エタノール飽和溶液を沈澱が生じなくなるまで加え、遠心分離した。沈澱を10%塩酸水溶液100m■に懸濁し、酢酸エチル30m■で3回振盪抽出した。酢酸エチル層を水洗し、溶媒を留去し、残渣を0.4gが得られた。これを薄層クロマトグラフィーでモニター(展開溶媒;クロロホルム:メタノール:水:酢酸=100:20:2:1,発色試薬;10%硫酸)しながら、クロロホルムを展開溶媒として、シリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し、メタノールから再結晶することによりイソスクテラレイン0.2gを得た。
具体例2 式の化合物のうち、Rがメトキシル基である化合物は、8−O−メチルイソスクテラレインと呼ばれ、例えば以下のようにして得ることができる。
コガネバナ(Scutellaria baicalensis)の根100gを50%メタノール300m■で3回温浸し、抽出液を約半量に濃縮した後、これをベンゼン200m■で2回振盪抽出し、可溶部を除いた。水層をエーテル300m■で3回抽出し、溶媒を留去しエキスを得た。このエキスをメタノール100m■に溶解し、酢酸鉛のメタノール飽和溶液をもはや沈澱が生じなくなるまで加え、遠心分離した。濾液に水100m■を加え、約半量に濃縮した後、エーテル50m■で3回振盪抽出した。抽出液より溶媒を留去し、残渣を薄層クロマトグラフィーでモニター(展開溶媒;クロロホルム:メタノール:水:酢酸=100:10:1:0.5,発色試薬;10%硫酸)しながら、クロロホルムを展開溶媒として、シリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し、メタノールから再結晶することにより8−O−メチルイソスクテラレイン0.4gを得た。
具体例3 式の化合物のうち、Rが水素原子で表される化合物はアピゲニンと呼ばれ、これはフナコシ薬品株式会社より購入した。
次に式の化合物がシアリダーゼ阻害作用を有し、抗インフルエンザウイルス剤として有用であることについて、実験例を挙げて説明する。
実験例1(シアリダーゼ阻害活性)
酵素としてインフルエンザHAワクチン(北里研究所製)10μ■、基質としてp−ニトロフェニル−N−アセチル−α−D−ノイラミン酸(p−nitrophenyl−N−acetyl−α−D−neuraminic acid、PNP−NeuAc)25nmolおよび式の化合物を加えたクエン酸−リン酸緩衝液(pH5.0)110μ■をマイクロプレート中に加え、37℃で15分間反応後、0.2Mホウ酸緩衝液(pH9.8)を190μ■加えて反応を停止し、遊離したPNPの吸光度を405nmで測定することにより求めた。
その結果を第1表に示す。


上記の結果より、式の化合物のシアリダーゼ阻害活性が確認された。
実験例2 カルチャープレート中でMDCK細胞またはMDBK細胞にインフルエンザA型ウイルスを34℃で30分間吸着させた後、式の化合物をメタノールに溶解した液を含むペーパーディスクを溶媒を除去した後、置くかまたはジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解した液を加え、5%二酸化炭素下、34℃で3日間培養した。培養上清につき、赤血球凝集反応によりウイルスの定量を行い、さらにプレートを洗浄後、ギムザ染色を行い、生存細胞の割合を観察した。
その結果を第2表に示す。


(ただし第2表中、Aは100〜90%、Bは80〜40%、Cは30〜10%の細胞生存率を表している。赤血球凝集価は、凝集反応を起こす最高希釈倍数を1unitとして表した。また、式の化合物未添加時の凝集価は64であった。n.d.は未測定。)
上記の結果より、式の化合物がin vitroにおいて、抗インフルエンザウイルス活性を有することが確認された。
実験例3 インフルエンザウイルスA/PR/8/34と式の化合物100μg/eggをジメチルスルホキシドに溶解した液を混合後、孵化鶏卵(10日卵)のしょう尿膜腔内に接種し、34℃で2日間インキュベートした。しょう尿液を採取し、赤血球凝集反応およびシアリダーゼ活性によりインフルエンザウイルスの定量を行った。
その結果を第3表に示す。


(ただし、シアリダーゼ活性の1unitは、PNP−NeuAcを1分間に1μmol加水分解する酵素量である。)
上記の結果より、式の化合物が孵化鶏卵を用いた系(in vivo)において、抗インフルエンザウイルス活性を有することが確認された。
以上の結果より、式の化合物はシアリダーゼ阻害作用を有し、in vitroおよびin vivoにおいても抗インフルエンザウイルス活性が確認された。
式の化合物は、実験を行っている過程において、細胞毒性等の副作用は認められず、その安全性も確認された。
従って式の化合物は、シアリダーゼ阻害作用を有し、その安全性が高いことから、抗インフルエンザウイルス剤等のシアリダーゼ阻害剤として有望である。
また、式の化合物はインフルエンザウイルスのシアリダーゼ活性を阻害するが、マウスの肝臓に存在するシアリダーゼに対しては、阻害活性を殆ど示さない。このようにインフルエンザウイルスのみに特異的に作用する物質の探索は、特異的な抗インフルエンザウイルス剤を開発していく上で非常に重要なことである。それを簡単に行うにあたって、本発明に開示したようにシアリダーゼ阻害活性を指標にするということは、現在まで知られておらず、本発明者らによって初めて行われたものである。
次に式の化合物の投与量および製剤化について説明する。
式の化合物はそのまま、あるいは慣用の製剤担体と共に動物および人に投与することができる。投与形態としては、特に限定がなく、必要に応じ適宜選択して使用され、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤等の非経口剤が挙げられる。
経口剤として初期の効果を発揮するためには、患者の年令、体重、疾患の程度により異なるが、通常成人で式の化合物の重量として50mg〜5gを、1日数回に分けての服用が適当と思われる。
経口剤は、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を用い常法に従って製造される。
この種の製剤には、適宜前記賦形剤の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を使用することができる。それぞれの具体例は以下に示すごとくである。
[結合剤]
デンプン、デキストリン、アラビアゴム末、ゼラチン、ヒドロキシプロピルスターチ、メルチセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、結晶セルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール。
[崩壊剤]
デンプン、ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルセルロース、低置換ヒドロキシプロピルセルロース。
[界面活性剤]
ラウリル硫酸ナトリウム、大豆レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ポリソルベート80。
[滑沢剤]
タルク、ロウ類、水素添加植物油、ショ糖脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウム、ポリエチレングリコール。
[流動性促進剤]
軽質無水ケイ酸、乾燥水酸化アルミニウムゲル、合成ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウム。
また、式の化合物は、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エリキシル剤としても投与することができ、これらの各種剤形には、矯味矯臭剤、着色剤を含有してもよい。
非経口剤として所期の効果を発揮するためには、患者の年令、体重、疾患の程度により異なるが、通常成人で式の化合物の重量として1日0.1mg〜1gまでの静注、点滴静注、皮下注射、筋肉注射が適当と思われる。
この非経口剤は常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、ダイズ油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等を用いることができる。さらに必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。また、この非経口剤は安定性の点から、バイアル等に充填後冷凍し、通常の凍結乾燥技術により水分を除去し、使用直前に凍結乾燥物から液剤を再調製することもできる。さらに、必要に応じて適宜、等張化剤、安定剤、防腐剤、無痛化剤等を加えても良い。
その他の非経口剤としては、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、常法に従って製造される。
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって何等制限されるものではない。
実施例1 ■コーンスターチ 44g ■結晶セルロース 40g ■カルボキシメチル セルロースカルシウム 5g ■軽質無水ケイ酸 0.5g ■ステアリン酸マグネシウム 0.5g ■具体例1で得られた化合物 10g 計 100g 上記の処方に従って■〜■を均一に混合し、打錠機にて圧縮成型して一錠200mgの錠剤を得た。
この錠剤一錠には、具体例1で得た化合物20mgが含有されており、成人1日10〜25錠を数回にわけて服用する。
実施例2 ■結晶セルロース 84.5g ■ステアリン酸マグネシウム 0.5g ■カルボキシメチル セルロースカルシウム 5g ■具体例2で得た化合物 10g 計 100g 上記の処方に従って■、■および■の一部を均一に混合し、圧縮成型した後、粉砕し、■および■の残量を加えて混合し、打錠機にて圧縮成型して一錠200mgの錠剤を得た。
この錠剤一錠には、具体例2で得た化合物20mgが含有されており、成人1日10〜25錠を数回にわけて服用する。
実施例3 ■結晶セルロース 49.5g ■10%ヒドロキシプロピル セルロースエタノール溶液 35g ■カルボキシメチル セルロースカルシウム 5g ■ステアリン酸マグネシウム 0.5g ■具体例3で得た化合物 10g 計 100g 上記の処方に従って■、■および■を均一に混合し、常法によりねつ和し、押し出し造粒機により造粒し、乾燥・解砕した後、■および■を混合し、打錠機にて圧縮成型して一錠200mgの錠剤を得た。
この錠剤一錠には、具体例3で得た化合物20mgが含有されており、成人1日10〜25錠を数回にわけて服用する。
実施例4 ■コーンスターチ 34.5g ■ステアリン酸マグネシウム 50g ■カルボキシメチル セルロースカルシウム 5g ■軽質無水ケイ酸 0.5g ■具体例1で得た化合物 10g 計 100g 上記の処方に従って■〜■を均一に混合し、圧縮成型機にて圧縮成型後、破砕機により粉砕し、篩別して顆粒剤を得た。
この顆粒剤1gには、具体例1で得た化合物100mgが含有されており、成人1日2〜5gを数回にわけて服用する。
実施例5 ■結晶セルロース 55g ■10%ヒドロキシプロピル セルロースエタノール溶液 35g ■具体例2で得た化合物 10g 計 100g 上記の処方に従って■〜■を均一に混合し、ねつ和した。押し出し造粒機により造粒後、乾燥し、篩別して顆粒剤を得た。
この顆粒剤1gには、具体例2で得た化合物100mgが含有されており、成人1日2〜5gを数回にわけて服用する。
実施例6 ■コーンスターチ 89.5g ■軽質無水ケイ酸 0.5g ■具体例3で得た化合物 10g 計 100g 上記の処方に従って■〜■を均一に混合し、200mgを2号カプセルに充填した。
このカプセル剤1カプセルには、具体例3で得た化合物20mgが含有されており、成人1日10〜25カプセルを数回にわけて服用する。
実施例7 ■大豆油 5g ■注射用蒸留水 89.5g ■大豆リン脂質 2.5g ■グリセリン 2g ■具体例1で得た化合物 1g 全量 100g 上記の処方に従って■を■および■に溶解し、これに■と■の溶液を加えて乳化し、注射剤を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】下記式I

(式中、Rは水素原子、水酸基またはメトキシル基を示す。)
で表される化合物を有効成分とするシアリダーゼ阻害剤。

【特許番号】第2974370号
【登録日】平成11年(1999)9月3日
【発行日】平成11年(1999)11月10日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平2−119742
【出願日】平成2年(1990)5月11日
【公開番号】特開平4−18019
【公開日】平成4年(1992)1月22日
【審査請求日】平成9年(1997)4月30日
【出願人】(999999999)社団法人北里研究所
【参考文献】
【文献】特開 平3−101623(JP,A)
【文献】Chem Pharm,Bull,Vol.38,No.5,p.1329−1932(1990)