説明

シクラメン塊根の多量生産方法、及びこのシクラメン塊根を用いたシクラメンの増殖方法

【課題】 シクラメン塊根を用いてクローンシクラメンを量産するためには、外植体として用いるシクラメンの無菌実生幼植物体に塊根を形成するための根を早い時期に多量に発根させることが産業上極めて重要である。
【解決手段】 シクラメンの無菌播種培地に高濃度のオーキシンを添加することによって塊根形成に用いる幼植物体に多数の根を短期間に誘導させ、多数の根を持つ無菌実生幼植物体を育成する。この多発根の幼植物体の根切除部に多量のシクラメン塊根を効率よく生産する。よって、多量のシクラメン塊根からクローンシクラメンを量産する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シクラメンの根切除部に塊根を生成させるシクラメン塊根の生産方法、及びこの塊根を用いて遺伝的に安定したシクラメンのクローン個体を増殖する方法に関し、特にこのシクラメン塊根を安定的かつ効率的に多量に生産できるようにしたものである。
【背景技術】
【0002】
シクラメンは、他家受精植物であるが、人為的に自殖も可能である。しかし、シクラメンは自殖を繰り返すことにより自殖弱勢が現れるため、通常は、個体間の交配により種子を生産することが行われている。そのため、遺伝的に固定した純系個体を得ることができない。特に商品価値が高い四倍体品種では、遺伝的に固定することは極めて困難である。また、人気が高いにも拘わらず黄色いシクラメンと香りがある八重咲きシクラメンの大量安定生産が難しい。また、シクラメンの塊茎は自然に分球することや子球を生ずることはなく、自然状態のままでは増殖することが極めて難しい。このような問題を解決するため、シクラメンの植物体組織片を培養する栄養繁殖方法が開発されてきた。それらの多くは、シクラメンの植物体組織片を培養してカルスを誘導し、カルスから不定芽・不定根を分化させた後に幼苗を形成させる増殖法である。しかし、カルスを経由するこれらの方法は遺伝的変異が起こりやすいことから、再現性・安定性に問題があり、しかも、増殖して株が得られた場合でも株を得るまでに約6ヶ月程度の長期の日数を要する問題があった。
【0003】
そこで、かかる問題を解決するシクラメンの増殖方法として、シクラメン塊根の生産法およびそれを用いるシクラメンの増殖法に関する発明が提案され国際公開(WO 03/073838 A1)された。国際公開されたこの発明の概略は、シクラメンの根の一部または全部を切除し、該シクラメンを塊根形成用培地で生育させ、該切除部に塊根(Root Tubers)を形成させることを要旨としたシクラメン塊根の生産法と、この塊根を母体から切り離し、新たな培地中で培養することにより、発芽・発根させて遺伝的にも安定したシクラメンのクローン個体を得るシクラメンの増殖法に関するものである。この発明は、カルスを経由せずに根の切除部に形成された塊根を用いてシクラメンのクローン個体を増殖する方法で、遺伝的にも安定したシクラメンのクローン個体を増殖できる画期的な方法である。
【0004】
しかし、公開されたこのシクラメン塊根の生産法では、塊根が形成される、外植体として用いたシクラメンの無菌実生幼植物体(シクラメンの種子を無菌的に播種し、発芽・発根させた幼植物体)には発根数が個体あたり約5本程度(前記国際公開公報の第1図および第2図を参照)の状態であったため、これらの根の切除部に形成される塊根数(同第2図を参照)も外植体として用いた幼植物体の個体あたりの発根数を超えることができない比較的少量なものであった。その結果、シクラメン塊根の量産が難しく、生産効率が劣り、結局、商業ベースに乗りにくいものであった。
【特許文献1】WO 03/073838 A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、クローンシクラメンを効率的に生産するためには、外植体として用いるシクラメンの無菌実生幼植物体に塊根(Root Tubers)を形成するための根を早い時期に多量に発根させることが産業利用上極めて重要であるとの観点から、無菌実生幼植物体に塊根を形成するための根を早い時期に多量に発根させ、この多量に発根された根の切除部から短期間に多量のシクラメン塊根を効率的に生産し得る方法、及びその塊根を用いてシクラメンのクローン植物を効率的に増殖・生育する方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本来、シクラメンは、無菌播種培地としては植物ホルモンフリーの培地を使用して発芽や発根をさせてきた。しかし、この方法ではその根切除部に塊根を形成するための根を多数持つ幼植物体を短期間に得ることが極めて難しい。そこで、本発明は、これまで知られていないシクラメンの無菌播種培地に高濃度のオーキシンを添加することによって塊根形成に用いる幼植物体に多数の根を短期間に誘導し、よって多量のシクラメン塊根を効率的に生産しようとする前述の課題を達成し、その結果、シクラメンのクローン植物を効率的に増殖できるようにしたものである。
【0007】
すなわち、本発明は、外植体として用いる外植体シクラメンから発根された複数の根の先端側を切除し、この根切除部を持つ母体側の幼植物体を塊根誘導用培地で生育させて、前記根切除部にそれぞれ塊根を形成させるシクラメン塊根の生産法であり、前記外植体シクラメンは、無菌的に播種されたシクラメンの種子を高濃度のオーキシンを植物ホルモンとして含むMS培地などの組織培養用培地から成る多発根誘導用培地で培養させて発芽・発根させた無菌実生幼植物体とし、この無菌実生幼植物体から発根された多数の根の根切除部にそれぞれシクラメン塊根を形成させるようにしたシクラメン塊根の多量生産方法によって、上記課題を解決した。
【0008】
前記多発根誘導用培地は、前記MS培地に、植物ホルモンとして0.1〜0.5mg/l濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有した固形又は液体培地とした。
【0009】
そして、このシクラメン塊根の多量生産方法によって多量に生産されたシクラメン塊根を発芽・発根用培地で培養し、このシクラメン塊根から発芽・発根させることにより、結果として、多量のクローン植物を安定的且つ効率的に増殖できるようにした。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、シクラメンの種子を無菌的に播種して発芽・発根させたシクラメンの根の一部を切除し、切除された根を植物ホルモンを含む固形又は液体の塊根誘導用培地で培養することによって、その根の切除部に塊根を形成させるものである。そして、特に本発明によれば、シクラメンの根切除部に塊根を形成する前段階として、シクラメンの種子を無菌播種する際、適正な多発根誘導用培地を利用することによって生育された幼植物体に1個体あたり多数の発根が誘導でき、また塊根形成に至るまでの期間を一ヶ月程度短くできる。その結果、目的とするシクラメン塊根を多量に効率よく生産することができる。そして、この塊根を母体から切り離し、新たな培地中又は土壌中で培養することにより、発芽・発根させて遺伝的にも安定したシクラメンのクローン植物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のシクラメン塊根の多量生産方法について、第一段階の多数の根を持つ無菌実生幼植物体の育成、第二段階の塊根形成について説明する。
【0012】
先ず、第一段階の多数の根を持つ無菌実生幼植物体の育成について説明する。これは、無菌的に播種されるシクラメンの種子を高濃度のオーキシンを植物ホルモンとして含むMS培地などの組織培養用培地から成る多発根誘導に好適な多発根誘導用培地で培養させて多数の根を持つ無菌実生幼植物体を得るようにしたことを要旨とする。
【0013】
前記多発根誘導用培地としては、例えば、Murashige & Skoog培地(MS培地)、White培地、Lismaier & Skoog培地、GamborgのB5培地等の組織培養用培地に植物ホルモンを添加したものが用いられる。なかでも、前記MS培地に特定の植物ホルモンを添加して使用するのが好ましい。本発明の方法で培地に添加する植物ホルモンとしては、例えば、α−ナフタレン酢酸(NAA)、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、インドール酢酸等のオーキシン類を挙げることができる。
【0014】
好適な前記多発根誘導用培地の例としては、前記MS培地であって、植物ホルモンとしてかかる培地は、必要に応じて0.05〜0.5mg/l濃度、好ましくは0.1〜0.5mg/l濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有し、さらに約30g/lのショ糖および約6g/lの寒天を加え、pHは7.0として、オートクレーブで減菌処理したこの固形培地10mlを50ml容の培養試験管に入れた培地である。
【0015】
培養は、15〜20℃の大気中で、暗黒下で静置培養するのが好ましいが、弱光下で行っても良く、また培養液を流通させた状態で行っても良い。
【0016】
以下、多数の根を持つ無菌実生幼植物体の育成に関する実施例を示す。なお、この実施例ではビクトリア品種の種子を使用したが、例えばDRESSY SCARLET品種など、他のシクラメンの品種及び野生種にも応用できる。
【0017】
シクラメン(ビクトリア品種)の種子を、エチルアルコール濃度70(重量)%の水溶液に10秒、次に有効塩素濃度1(重量)%の次亜塩素酸ナトリウム溶液に15分間浸漬し、表面殺菌を行った。次いで、この種子を減菌水で3回洗浄することにより、種子表面の次亜塩素酸ナトリウム溶液を取り除いた。この種子を、前記MS培地に、30g/lのショ糖、6g/lの寒天、0.5mg/l濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有した固形の前記多発根誘導用培地に無菌播種し、培養温度20℃の暗黒条件で継代せず70日間培養し、発芽・発根させた。その結果を図1に示す。図1のとおり極めて多数の根を持つ無菌実生幼植物体を得ることができた。
【0018】
また、表1にNAA濃度の異なる培地における発根数(培養70日目)の結果を示した。表1において、NAAを無添加あるいは添加される基本培地は、MS培地に30g/lのショ糖を加え、pHは7.0とした液体培地で、平均発根数は球茎1個当たりの発根数である。表1から判るように、α−ナフタレン酢酸(NAA)を含有しなし培地に比べて、0.1〜0.5mg/l濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有した培地での発根数が多い結果が得られ、特に0.5mg/l濃度の比較的高濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有した培地は、NAAを含有しない培地に比べて約10倍の発根結果が得られた。
【0019】
【表1】

【0020】
次に、第二段階の塊根形成について説明する。前記無菌実生幼植物体の育成で得られた多数の根を持つシクラメンの無菌実生幼植物体から、シュートは完全に切り離し、発根されている多数の根の先端側を切除し、この根切除部を持つ母体側を塊根誘導用培地で培養させて、多数の前記根切除部にそれぞれ塊根を形成させ、結果として多数の塊根を形成させることを要旨とする。
【0021】
前記培養は、15〜20℃の大気中で、暗黒下で静置培養するのが好ましいが、弱光下で行っても良く、また培養液を流通させた状態で行っても良い。
【0022】
前記塊根誘導用培地としては、例えば、Murashige & Skoog培地(MS培地)、White培地、Lismaier & Skoog培地、GamborgのB5培地等の組織培養用培地に植物ホルモンを添加したものが用いられる。なかでも、MS培地の多量要素の量を1/3とした修正MS培地に特定の植物ホルモンを添加して使用するのが好ましい。本発明の方法で培地に添加する植物ホルモンとしては、例えば、α−ナフタレン酢酸(NAA)、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、インドール酢酸等のオーキシン類を挙げることができる。
【0023】
好適な前記塊根誘導用培地の例としては、MS培地の多量要素の量を1/3とした修正MS培地であって、植物ホルモンとしてかかる培地は、必要に応じて0.01〜0.05mg/l、好ましくは0.05mg/l濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有し、ベンジルアミノプリン(BA)は必要に応じて0.01〜10mg/l、好ましくは0.01〜1.0mg/l、さらに30〜90g/lのショ糖および6〜7g/lの寒天を加え、pHは7.0として、オートクレーブで減菌処理したこの固形培地、または前記寒天を無添加とした液体培地10mlを50ml容の培養試験管に入れた培地である。
【0024】
本研究に中心的に利用したシクラメンは、DRESSY SCARLET品種であったが、塊根形成はこの品種だけではなく他の品種及び野生種にも応用できる。
【0025】
前記した無菌実生幼植物体の育成で育成された多数の根を持つ幼植物体の根の先端をそれぞれ切除し、少なくとも切除した部分は培地と接するように培地中(寒天培地・液体培地)に入れた培養を行う。適当な培養期間を継続することにより、切除した根の先に小さい塊根を生成してくる。切除する根の本数や切除部位には特に制限はないが、生産性・作業性等の観点から多数の根の先端部を切除するのが好ましい。このように塊茎を接した根の先端を切り離した状態で適当な培地中で培養すると、その根の先に塊根が形成される。
【0026】
培養条件は上記に述べた通りに植えて20℃インキュベータに12時間2000〜3000ルクス照明を与えて約30日経過すると直径2〜4mmの塊根が形成される。
【0027】
塊根が形成されたら約30日経過後、根の先端から切り離した状態で再び新鮮な同様の培地に植えて同じ条件下で培養すると二度目の塊根を得ることが出来る。
【0028】
無菌操作の際、根の先端をきれいに切断するのもポイントである。
【0029】
塊根から発芽・発根させるのは前記塊根誘導用培地とほぼ同じ培地にて培養するが、照明はなしで暗黒下のほうが好ましい。
【0030】
液体培地に培養の場合、外植片の支持体として、塊茎部に高圧減菌したシリコン栓を巻き付ける方法を利用したのも本発明者が最初である。
【0031】
以上のシクラメン塊根の多量生産方法で形成されたシクラメン塊根をシクラメンの根から切り離し、切り離された塊根を、例えば前記塊根誘導用培地とほぼ同じ培地で培養し、発芽・発根させて、安定的且つ効率的にシクラメンのクローン植物を増殖・生育させる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
日本における、シクラメンの生産量と生産額は、平成8年度の統計によると、1900万鉢で150億円を上回った。このようにシクラメンの人気度は冬の鉢花としてナンバーワンである。また、生産量だけではなく多様な新しい品種(香りのある品種、黄色い花、耐寒性が強いミニ・シクラメン、八重咲き、など)が次々登場してくる。このようなことから、多量のシクラメン塊根を効率的に量産でき、量産されたシクラメン塊根からシクラメンのクローン植物を多量に計画生産できる本発明は、産業上極めて有用である。何よりも塊根を種芋として取り扱えばシクラメンの愛好家は大変喜ぶものと思われる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】シクラメンの種子を0.5mg/l濃度のNAAを含むMS培地に無菌播種して70日間培養して得られた多発根の無菌実生幼植物体を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外植体として用いる外植体シクラメンから発根された複数の根の先端側を切除し、この根切除部を持つ母体側の幼植物体を塊根誘導用培地で生育させて、前記根切除部にそれぞれ塊根を形成させるシクラメン塊根の生産法であり、前記外植体シクラメンは、無菌的に播種されたシクラメンの種子を高濃度のオーキシンを植物ホルモンとして含むMS培地などの組織培養用培地から成る多発根誘導用培地で培養させて発芽・発根させた無菌実生幼植物体とし、この無菌実生幼植物体から発根された多数の根の根切除部にそれぞれシクラメン塊根を形成させるようにしたシクラメン塊根の多量生産方法。
【請求項2】
前記多発根誘導用培地は、前記MS培地に、植物ホルモンとして0.1〜0.5mg/l濃度のα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有した固形又は液体培地とした請求項1記載のシクラメン塊根の多量生産方法。
【請求項3】
請求項1記載の方法で形成されたシクラメン塊根を発芽・発根用培地で培養し、このシクラメン塊根から発芽・発根させることにより、クローン植物を得ることを特徴とするシクラメン塊根を用いたシクラメンの増殖方法。

【図1】
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