説明

シクロヘキサノンオキシムの回収方法

【課題】 液状シクロヘキサノンオキシムを気化させた後に残渣として得られるシクロヘキサノンオキシムとシクロヘキサノンオキシム由来のタール分との混合物から、簡便に、高い回収率でシクロヘキサノンオキシムを得ることができる、シクロヘキサノンオキシムの回収方法を提供する。
【解決手段】 液状シクロヘキサノンオキシムAを加熱蒸発させてシクロヘキサノンオキシムガスA1を得た後の残渣Cを、加熱蒸発させる際の圧力よりも低い圧力の下に蒸留し、前記残渣Cに含まれるシクロヘキサノンオキシムA2を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液状シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発させた後の残渣から、該残渣に含まれるシクロヘキサノンオキシムを回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ε−カプロラクタム(以下「ラクタム」と称することもある)は、主に繊維やエンジニアリングプラクチックスの製造に使用されるナイロン−6の合成に用いられるモノマーである。ラクタムの製造には、ガス状のシクロヘキサノンオキシムを出発原料として気相ベックマン転位反応を行う方法が知られている。
【0003】
気相ベックマン転位反応においては、濡壁蒸発器を用いて液状のシクロヘキサノンオキシムを加熱、蒸発させて、ガス状のシクロヘキサノンオキシムを得る(特許文献1参照)。しかしながら、シクロヘキサノンオキシムは熱安定性が悪いため、加熱して蒸発させる工程において熱分解や熱縮合等を起こしてタールを副生し易い。かかるタールは、濡壁蒸発器の閉塞を招くため残渣として外部に排出する必要があるが、このとき、タールとともに液状シクロヘキサノンオキシムも一緒に排出されてしまい、ガス状シクロヘキサノンオキシムを高い収率で得ることができないという問題があった。
【0004】
【特許文献1】特開2002−284752号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、シクロヘキサノンオキシムの熱安定性に配慮しながら、液状シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発させた後の残渣から簡便な方法で効率よくシクロヘキサノンオキシムを回収する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意研究した結果、シクロヘキサノンオキシムと副生タールとの沸点差が大きいことに着目し、液状シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発した後の残渣からシクロヘキサノンオキシムを回収するにあたり、前記残渣を別の蒸発器にて、シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発させる際の圧力よりも低い圧力(以下「低圧力」と称することがある。)の下で蒸留することによって、その熱安定性に配慮しつつ、簡便に、高回収率で、シクロヘキサノンオキシムをタール分と分離して回収できることを見出した。
【0007】
さらに、本発明者は、回収したシクロヘキサノンオキシムを再利用する際の簡便性に鑑み、前記低圧力の下での蒸留により留去させたシクロヘキサノンオキシムガスを液状として回収することを目指し、シクロヘキサノンオキシムガスを凝縮器で凝縮させることを試みた。しかし、シクロヘキサノンオキシムは融点が90℃と高いため、90℃未満の冷却用媒体を用いた場合、凝縮器内でシクロヘキサノンオキシムの結晶が析出しやすく、凝縮器内で閉塞を招く。さらに、この結晶析出を防止するべく凝縮器の冷却用媒体として90℃以上の熱水を用いた場合には、シクロヘキサノンオキシムの蒸気圧が比較的高いため、未凝縮ガスが多くなり回収ロスが無視できなくなるうえ、排ガス配管での結晶析出は回避できず、やはり配管の閉塞を招くことになる。このように、いずれにしてもシクロヘキサノンオキシムの結晶化によって連続した安定操業が妨げられるという問題があった。なお、凝縮器の冷却用媒体として90℃以上の熱水を用いた場合の未凝縮ガスを減少させるためには、蒸留を行う前記蒸発器の操作圧力を常圧以上とすることが考えられるが、蒸発器の操作温度を高くするとタール分の副生が助長されることになる。これらの問題をも解決するべく、本発明者は検討を重ねた結果、前記低圧力の下での蒸留により留去されたシクロヘキサノンオキシムガスを、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とすることにより、前記問題を回避しつつシクロヘキサノンオキシムを液状で回収することができることを見出した。
本発明は、これらの知見に基づき完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
(1)液状シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発させてシクロヘキサノンオキシムガス(A1)を得た後の残渣を、加熱蒸発させる際の圧力よりも低い圧力の下に蒸留し、前記残渣に含まれるシクロヘキサノンオキシムを回収することを特徴とするシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
(2)前記蒸留は、1.4〜10kPa(絶対圧力)の下で行う、前記(1)記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
(3)前記残渣を蒸留することにより留去されたシクロヘキサノンオキシムガス(A2)を、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とし、回収する、前記(1)または(2)記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
(4)前記残渣を蒸留することにより留去されたシクロヘキサノンオキシムガス(A2)を、90℃以上の冷却用媒体を用いた凝縮器で凝縮してシクロヘキサノンオキシム凝縮液(A3)を得、同時に得られた未凝縮のシクロヘキサノンオキシムガス(A4)を、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とし、回収する、前記(1)または(2)記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
(5)前記シクロヘキサノンオキシムガス(A2)またはシクロヘキサノンオキシムガス(A4)を、冷却体の表面で前記溶剤と接触させる、前記(3)または(4)記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、液状シクロヘキサノンオキシムを気化させた後に残渣として得られるシクロヘキサノンオキシムとシクロヘキサノンオキシム由来のタール分との混合物から、簡便に、高い回収率でシクロヘキサノンオキシムを得ることができる、という効果が得られる。しかも、本発明によれば、前記残渣は低圧力の下で蒸留するので、比較的低温でシクロヘキサノンオキシムを留去させることができ、得られるシクロヘキサノンオキシムの熱劣化を抑制することもできる。加えて、前記低圧力の下での蒸留により留去させたシクロヘキサノンオキシムを、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とすることにより、凝縮器や凝縮器に連結する配管等におけるシクロヘキサノンオキシムの固結(結晶析出)を抑制しつつ、シクロヘキサノンオキシムを液状で回収することが可能になり、回収したシクロヘキサノンオキシムを再利用する際の簡便性を向上させることができる。
【0010】
また、本発明によって得られたシクロヘキサノンオキシムを気相ベックマン転位反応によるラクタムの製造用原料として再使用することにより、原料であるシクロヘキサノンオキシムの利用効率が高い生産性に優れたラクタムの製造工程を確立することができる、という効果も得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のシクロヘキサノンオキシムの回収方法は、例えば気相ベックマン転位反応によるε−カプロラクタムの製造において原料とするシクロヘキサノンオキシムガス(A1)を得るために、液状シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発させた後の残渣から、シクロヘキサノンオキシムを回収する方法である。詳しくは、前記残渣はシクロヘキサノンオキシムと該オキシムの加熱分解物などからなるタール分とを含む混合物であり、本発明は、この混合物からシクロヘキサノンオキシムのみを留去させて回収する方法である。
前記残渣を得る際の液状シクロヘキサノンオキシムの加熱蒸発は、通常は、減圧しない状態、すなわち常圧ないしは加圧の状態で行うものであり、具体的には、通常、130〜170℃で、101〜140kPa(絶対圧力)で行われる。
【0012】
本発明においては、前記残渣を低圧力の下にて蒸留する。低圧力の下で蒸留することにより、比較的低い温度でシクロヘキサノンオキシムを留去させることができるので、得られるシクロヘキサノンオキシムの熱劣化を抑制することができ、ひいては高い回収率を達成することができる。例えば、前記蒸留は、1.4〜10kPa(絶対圧力)の減圧下で行うことが好ましく、より好ましくは1.4〜8kPa(絶対圧力)の減圧下で行うのがよい。蒸留時の圧力が1.4kPa(絶対圧力)未満であると、シクロヘキサノンオキシムが固結する傾向があり、一方、10kPa(絶対圧力)を超えると、シクロヘキサノンオキシムの熱劣化が進みやすくなる傾向がある。
【0013】
前記蒸留の際の温度(蒸留温度)は、90〜135℃とするのが好ましく、より好ましくは90〜125℃とするのがよい。蒸留温度が90℃未満になると、シクロヘキサノンオキシムが固結する傾向があり、一方、135℃を超えると、シクロヘキサノンオキシムの熱劣化が進みやすくなる傾向がある。
【0014】
このようにして、前記残渣を低圧力の下にて蒸留することにより留去されたシクロヘキサノンオキシムガス(A2)は、(I)シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とし、回収するか、(II)90℃以上の冷却用媒体を用いた凝縮器で凝縮してシクロヘキサノンオキシム凝縮液(A3)を得、同時に得られた未凝縮のシクロヘキサノンオキシムガス(A4)を、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とし、回収することが好ましい。これにより、凝縮器や凝縮器に連結する配管等におけるシクロヘキサノンオキシムの固結(結晶析出)を抑制しつつ、回収したシクロヘキサノンオキシムを再利用する際の簡便性を向上させることができる。
【0015】
前記溶剤としては、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうるものが用いられ、具体的には、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、t−ブタノール等のアルコール類や、トルエン、シクロヘキサノンなどが好ましく用いられる。
【0016】
前記シクロヘキサノンオキシムガス(A2) またはシクロヘキサノンオキシムガス(A4)を前記溶剤に接触させる際には、(i)シクロヘキサノンオキシムガス(A2) または(A4)を蒸気のまま直接溶剤と接触させる直接接触式の凝縮器、(ii)シクロヘキサノンオキシムガス(A2) または(A4)を凝縮させて液状とし、これに溶剤を接触させる間接接触式の凝縮器、のいずれかが用いられる。具体的には、前記(i)の凝縮器は、前記低圧力の下での蒸留の操作圧力において沸点未満である温度に冷却した前記溶剤をスプレーノズル等を用いて前記シクロヘキサノンオキシムガス(A2) または(A4)の蒸気中に噴霧するものであればよく、例えば、スプレー塔、充填塔など一般的なガス吸収装置を利用することができる。他方、前記(ii)の凝縮器は、前記シクロヘキサノンオキシムガス(A2) または(A4)を冷却体(熱交換器など)の表面で前記溶剤と接触させる(つまり、シクロヘキサノンオキシムガス(A2)または(A4)の蒸気が冷却体の表面で冷却されて凝縮したところへ前記溶剤を噴霧する)ものであればよく、例えば、多管式熱交換器など一般的な形式の熱交換器を利用することができる。
【0017】
本発明によって回収されたシクロヘキサノンオキシムを気相ベックマン転位反応に再使用することにより、原料であるシクロヘキサノンオキシムの利用効率が高い生産性に優れたラクタムの製造工程を確立することができる。
【実施例】
【0018】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
図1に示すフローチャートに準じて、シクロヘキサノンオキシムの回収を行った。
まず、液状シクロヘキサノンオキシムAを、スチーム(図示せず)により加熱された蒸発器100に供給し、116kPa(絶対圧力)の下で加熱蒸発させた。これによって、シクロヘキサノンオキシムガスA1を生じさせると同時に、残渣Cとして、シクロヘキサノンオキシムとシクロヘキサノンオキシム由来のタール分との混合物を10重量部/時で得た。この残渣Cは、次いでスチーム(図示せず)により加熱された減圧蒸留器101に導入し、真空ポンプ(図示せず)により該蒸留器101内部を4.9kPa(絶対圧力)の減圧にして、120℃で蒸留を行った。そして、9重量部/時でシクロヘキサノンオキシムA2を留去させるとともに、蒸留残渣であるタール分Dを減圧蒸留器101底部から1重量部/時で排出した。
【0019】
(実施例2)
実施例1で減圧蒸留器101にて留去させて得たシクロヘキサノンオキシムA2を用いて、図2に示すフローチャートに準じて、シクロヘキサノンオキシムの回収を行った。
留去されたシクロヘキサノンオキシムA2は、90℃の熱水を用いた予備凝縮器102に導き、該予備凝縮器102で凝縮した液状シクロヘキサノンオキシムA3を回収するとともに、未凝縮のシクロヘキサノオキシムA4を95℃に保温しつつ直接接触式凝縮器103に導入した。この直接接触式の凝縮器103は、連続的に投入したメタノールEをポンプ104にて循環させ、凝縮器103の上部からスプレーノズル(図示せず)で噴霧するようになっており、導入されたシクロヘキサノンオキシムA4に対して冷却手段105で−6℃に冷却されたメタノールEを噴霧して直接接触させることでシクロヘキサノンオキシムA4を凝縮させるものである。凝縮したシクロヘキサノンオキシムを含むメタノールは、循環途中でシクロヘキサノンオキシムのメタノール溶液A5として抜き出した。なお、シクロヘキサノンオキシムA2およびA4は、真空ポンプ106により予備凝縮器102および直接接触式凝縮器103に導いた。
【0020】
(実施例3)
実施例1で減圧蒸留器101にて留去させて得たシクロヘキサノンオキシムA2を用いて、図3に示すフローチャートに準じて、シクロヘキサノンオキシムの回収を行う。
留去されたシクロヘキサノンオキシムA2は、真空ポンプ106により直接接触式凝縮器103に導く。この直接接触式の凝縮器103は、連続的に投入したメタノールEをポンプ104にて循環させ、凝縮器103の上部からスプレーノズル(図示せず)で噴霧するようになっており、導入されたシクロヘキサノンオキシムA4に対して冷却手段105で−6℃に冷却されたメタノールEを噴霧して直接接触させることでシクロヘキサノンオキシムA2を凝縮させるものである。凝縮したシクロヘキサノンオキシムを含むメタノールは、循環途中でシクロヘキサノンオキシムのメタノール溶液A5として抜き出すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のシクロヘキサノンオキシムの回収方法の一実施形態を示すフローチャートである。
【図2】本発明のシクロヘキサノンオキシムの回収方法の他の実施形態を示すフローチャートである。
【図3】本発明のシクロヘキサノンオキシムの回収方法のさらに他の実施形態を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0022】
100 蒸発器
101 減圧蒸留器
102 予備凝縮器
103 直接接触式凝縮器
104、106 ポンプ(真空ポンプ)
105 冷却手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状シクロヘキサノンオキシムを加熱蒸発させてシクロヘキサノンオキシムガス(A1)を得た後の残渣を、加熱蒸発させる際の圧力よりも低い圧力の下に蒸留し、前記残渣に含まれるシクロヘキサノンオキシムを回収する、ことを特徴とするシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
【請求項2】
前記蒸留は、1.4〜10kPa(絶対圧力)の下で行う、請求項1記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
【請求項3】
前記残渣を蒸留することにより留去されたシクロヘキサノンオキシムガス(A2)を、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とし、回収する、請求項1または2記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
【請求項4】
前記残渣を蒸留することにより留去されたシクロヘキサノンオキシムガス(A2)を、90℃以上の冷却用媒体を用いた凝縮器で凝縮してシクロヘキサノンオキシム凝縮液(A3)を得、同時に得られた未凝縮のシクロヘキサノンオキシムガス(A4)を、シクロヘキサノンオキシムを溶解しうる溶剤に接触させてシクロヘキサノンオキシム溶液とし、回収する、請求項1または2記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。
【請求項5】
前記シクロヘキサノンオキシムガス(A2)またはシクロヘキサノンオキシムガス(A4)を、冷却体の表面で前記溶剤と接触させる、請求項3または4記載のシクロヘキサノンオキシムの回収方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−266290(P2008−266290A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−327759(P2007−327759)
【出願日】平成19年12月19日(2007.12.19)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】