説明

シトロネラールの生産法

本発明は、Zymomonas mobilis由来の還元酵素を用いるシトラールの酵素的還元による、光学活性なシトロネラールを生産するための方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
シトラールは抗菌性テルペンであり、レモングラスやオーストラリアレモンマートルのような植物に対して特徴的なレモン香を与えるものであり、また工業的中間体として、例えばビタミンAおよびEの合成などにも容易に利用できる。シトラールの生物変換反応はいくつか報告されている、すなわち、アルデヒド基の還元または酸化(非特許文献1参照)、アシロイン形成(非特許文献2参照)およびリアーゼ活性(非特許文献1、3参照)である。
【0002】
本発明の目的は、シトラールのα,β-不飽和炭素結合を還元して、キラルな生成物であるシトロネラールを得る酵素活性をスクリーニングすることである(図1)。シトラールはトランス異性体であるゲラニアールとシス異性体であるネラールの混合物であるが、アミノ酸が異性化を触媒することができるため、どちらか一方の異性体に対する基質特異性は重要でないと推定される(非特許文献4参照)。
【0003】
生成物 (R)-(+)-シトロネラールの有用な用途は、Prins反応を介した閉環反応によりイソプレゴールとし、さらに水和により(lR,2S,5R)-(-)-メントールとするものである (非特許文献5参照)。その限定的な立体選択性(シトラールは3つの二重結合を有する)とエナンチオ選択性により、非生物学的な戦略は未だに困難である(非特許文献6および図1参照)。
【0004】
他のα,β-不飽和カルボニル化合物の炭素二重結合を還元する酵素が文献に報告されている。これらは主として「旧黄色酵素(Old Yellow Enzyme)」ファミリーのフラビンおよびNADPH依存性還元酵素に属するものであり、可能な生物工学的応用に関してはWilliamsおよびBruce(非特許文献7参照)により総説されている。
【0005】
他の例としてRhodococcus erythropolisより得られるカルボン還元酵素があり、この酵素は未同定の熱安定な補因子を利用するものであって、添加されたNADH あるいはNADPH には依存しない(非特許文献8参照)。
【0006】
シトラールからシトロネラールへの生物変換を検出するためには、対応する酵素が活性でなければならず、還元のための電子が利用可能でなければならず、非常に疎水性な基質であるシトラールが充分な濃度で当該酵素に到達しなければならず、かつシトロネラール形成があらゆる変換反応よりも速く進行しなければならない。それゆえ、シトラールの変換について様々な微生物を試験するためにスクリーニング戦略が開発された。
【非特許文献1】Wolkenおよびvan der Werf, Appl. Microbiol. Biotechnol., 2001年、57巻、731頁
【非特許文献2】StumpfおよびKieslich, Appl. Microbiol. Biotechnol., 1991年、34巻、598頁
【非特許文献3】Wolkenら、Eur. J. Biochem., 2002年、269巻、5903頁
【非特許文献4】Wolkenら、J. Agric. Food Chem., 2000年、48巻、5401頁
【非特許文献5】Trasartiら、J. Catal., 2004年、224巻、484頁
【非特許文献6】Maki-Arvelaら、J. Mol. Cat. A: Chem., 2005年、240巻、72頁
【非特許文献7】WilliamsおよびBruce, Microbiology, 2002年、148巻、1607頁
【非特許文献8】van der WerfおよびBoot, Microbiology, 2000年、146巻、1129頁
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の実施の態様は、還元反応が液体二相系中で達成される、Zymomonas, Citrobacter, Candida, Saccharomyces, Kluyveromyces, Candida, IssatchenkiaおよびRhizopus属からなる群より選択される還元酵素を用いてシトラールを酵素的に還元することにより、光学活性なシトロネラールを生産する方法である。
【0008】
本方法の好ましい実施の態様では、Zymomonas mobilis, Citrobacter freundii, Candida rugosa, Saccharomyces bayanus, Saccharomyces cerevisiae, Kluyveromyces marxianus, Candida utilis, Issatchenkia orientalisおよびRhizopus javanicusの各種より選択される還元酵素を用いる。
【0009】
上記の微生物は当業者にはよく知られているものであり、周知の方法によって単離することができるか、又はATCCおよびDSMZのような公的寄託機関から入手し得る。
【0010】
Zymomonas mobilisは、特にATCC 10998, ATCC 29192, ATCC 31821, ATCC 35001, ATCC 39985として寄託されている。Citrobacter freundiiは、特にATCC 8090D, ATCC 11811として寄託されている。Candida rugosaは、特にDSM 70761として寄託されている。Issatchenkia orientalisは、特にDSM 3433, DSM 6128, DSM 11956, DSM 70075, 70079として寄託されている。
【0011】
還元酵素は、単離された形態および精製された形態、又は微生物と共に該酵素を本発明の方法に用いることを意味する「全細胞酵素 (whole-cell-enzyme)」として用いることができる。微生物はまた、基質、生成物および補因子の細胞内外への移行を向上させるために、透過処理することも可能である。「還元酵素」という用語は、単離された酵素だけでなく、該酵素を含む抽出物、溶液又は懸濁液、該酵素が固定化されている担体、および該酵素を含む細胞全体を意味する。
【0012】
本発明の改良された実施の態様は、シトラールの同時還元によって酸化される補因子の使用である。補因子としては、本発明に係る方法の条件下で酸化され得るすべての物質が好適である。
【0013】
好ましい補因子系は、等モル濃度以上の量で用いることができるか、又は、電気化学的手段若しくはグルコース-6-リン酸脱水素酵素のような酵素的再生系のような周知の系によって再生することができるNADH又はNADPHである。もし補因子が再生されるのであれば、本発明には等モル濃度未満の量が好ましい。
【0014】
液体二相系は、多量には互いに混じりあわない二つの液相を含む系を意味する。好ましくは、第一の相が有機液体を含み、第二の相が水又は水を主体とした溶媒を含んでなる液体二相系である。より好ましくは、有機相がエチルエーテル、メチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)のようなエーテル、又はベンゼンおよびトルエンのような芳香族炭化水素からなる液体二相系である。第二の液相としては、緩衝化された水溶液が好適である。
【0015】
本発明では、テルペンであるシトラール(ゲラニアールとネラールの異性体)のα,β-不飽和炭素結合の立体およびエナンチオ選択的還元によってシトロネラールを導く生物学的戦略を研究する。46種の原核および真核微生物に関する従来の水系によるスクリーニングにより、グラム陰性細菌であるZymomonas mobilisのみがシトロネラールを形成できることが明らかとなった。該水系の欠点は、基質であるシトラールの水性媒質中における低い溶解度であった。
【0016】
Zymomonas mobilisの細胞を用いた二相生物変換系において、有機溶剤を添加しない系に比べて10倍までの高濃度のシトロネラールが形成された。最良の結果を達成したのは有機溶剤であるトルエン、メチル-tert-ブチルエーテル (MTBE)、イソアミルアルコールおよびジエチルエーテルを用いた場合である。全細胞を用いた生体触媒反応における有機媒質はいくつかの利点を提供する(Leonら、Enzyme Microb. Technol., 1998年、23巻、483頁)。第一の利点は、基質および/又は生成物の溶解度が向上することである。有機相は、水相中の毒性又は阻害性化合物を低レベルに維持しつつ、反応中基質を全体として高濃度に保つことが可能である。細胞の透過処理は有機溶剤のもう一つの利点である。「凍結融解」サイクルの他に、透過処理のためのトルエンのような有機溶剤の使用は多くの生物、例えば、酵母Kluyveromyces(Decleireら、Enzyme Microb. Technol., 1987年、9巻、300頁)およびZymomonas mobilis(ChunおよびRogers, Appl. Microbiol. Biotechnol., 1988年、29巻、19頁)について、細胞膜を越えた受動的な流動の増大を引き起こすことが報告されている。大腸菌において示されているように(Marvinら、J. Bacteriol., 1989年、171巻、5262頁)、EDTAの存在は外膜の透過性を有意に増大させることができる。
【0017】
有機溶剤として20体積% (% v/v)のトルエン又はMTBEを用いると、46株中以前は陰性であった10株が陽性と判明した。水系と比較すると、この手法はシトラールからシトロネラールへの生物変換のための有効な微生物をスクリーニングする際に非常に好結果をもたらす戦略であった。最も高い生成物濃度は原核生物細胞株であるZymomonas mobilisおよびCitrobacter freundiiによって得られ、鏡像体過剰率 (e.e.)は(S)-鏡像体に対してそれぞれ99%超および75%であった。対照的に、真核生物細胞株の場合には、Candida rugosa, Saccharomyces bayanusおよびSaccharomyces cerevisaeで(R)-鏡像体に対してそれぞれ98%超, 97%および96%のe.e.と、反対のエナンチオ選択性を示した。
【0018】
全細胞を用いた生物変換において直面する問題の一つは、細胞中に多数存在する触媒による副生成物の形成である。興味深いことに、Zymomonas mobilisを用いて試験したほとんどの有機溶剤は、アルコール副生成物であるゲラニオール、ネロールおよびシトロネロールを全体として減少させた。同様に、EDTAは原核および真核細胞株の双方においてアルコール形成を減少させ、ほとんどの場合でシトロネラール濃度を増加させた。これらの生成物および副生成物形成に対する反対の効果は、シトラールにおけるアルデヒド基の還元と炭素−炭素二重結合の還元が異なる酵素によって触媒されていることを示していると推測される。
【0019】
α,β-不飽和カルボニル化合物における二重結合の酵素的還元についてはすでに報告されている。特に、酵母、植物および細菌に共通して存在するフラビン依存性酵素である、「旧黄色酵素(Old Yellow Enzyme)」ファミリーに属する酸化還元酵素(Kitzingら、J. Biol. Chem., 2005年、280巻、27904頁)は、多くのα,β-不飽和アルデヒドおよびケトンを容認する(WilliamsおよびBruce, Microbiology, 2002年、148巻、1607頁;Vazら、Biochemistry, 1995年、34巻、4246頁;Stottら、J. Biol. Chem., 1993年、268巻、6097頁)。しかしながら、OYEによるシトラールの変換はこれまでに報告されていない。酵母のOYE 1, 2および3タンパク質配列に関するBLAST P (www.ncbi.nlm.nih.gov)検索を、最近公表されたZymomonas mobilis ZM4のゲノムの翻訳オープンリーディングフレームに対して実施した(Seoら、Nature Biotechnol., 2005年、23巻、63頁)。最も高い相同性は、機能未知の推定NADH:フラビン酸化還元酵素(ZM01885)に対して認められた。しかしながら、酵母OYEに対するアミノ酸相同性は50%未満だった。シトロネラール形成がOYEファミリーに属する酵素に関連しているかどうかはまだ知られておらず、関係する遺伝子の過剰発現が高生産性の生物的生産法の開発にとって必要となるだろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
微生物培養
20種の酵母株、9種の糸状菌株および17種の細菌株はニューサウスウェールズ大学培養細胞保存機関(世界培養細胞保存番号:World Culture Collection number 248)より得た。酵母株、糸状菌株ならびに細菌Zymomonas mobilisおよびZymobacter palmaeはYPG培地(3 g/l 酵母抽出物、5 g/l ペプトンおよび10 g/l D-グルコース、pH 6.9)中で生育させた。乳酸菌はオキソイド社(Oxoid)の MRS (de Man, Rogosa, Sharpe)ブロス(pH 6.2)中で生育させた。オキソイド社の栄養ブロス (pH 7.4)を他のすべての細菌に用いた。Planococcus citreusおよびVibrio harveyiに対しては、 栄養ブロスに3重量/体積% (% w/v)の塩化ナトリウムを添加した。生育温度は30℃又は37℃であったが、これは報告されている至適生育温度により近くすることに依存したものである。培養は、Lactobacillus casei, Leuconostoc mesenteroidesおよびPropionibacterium freundenreichiiの非撹拌培養を除き、旋回振盪機中で150 rpmで撹拌培養した。すべての培養は定常期に到達するまで生育させた。透過処理した細胞を作成するために、該生物体を2回緩衝液(50 mM MOPS/KOH, pH 7)中で洗浄し、ついで半量体積(酵母および糸状菌)又は1/4量体積(細菌培養)の該緩衝液に再懸濁した。該懸濁液を、液体窒素および25℃恒温水浴を用いて3回凍結融解を行い、その後分注して-20℃にて保存した。
【0021】
水系における培養スクリーニング
シトラール(5 mM)は、0.2 Mのイソプロパノール溶液の形態として加えた。2.5体積%(% v/v)のイソプロパノールは2つの役割を果たした、すなわち疎水性基質であるシトラールの溶解度向上と、NAD(P)Hを再生する細胞内アルコール脱水素酵素の基質として潜在的に作用することである。それぞれの培養物は3つの実験に供した。
【0022】
活性検定(シトラール還元酵素活性を決定するためのGC検定)
手順:
500 μlの試料又は水(ブランク)
100 μlの1 Mリン酸カリウム、pH 7.0
100 μlの1 Mグルコース溶液
100 μlのそれぞれ10 M のNADPH/NADH溶液
100 μlのグルコース脱水素酵素を含む大腸菌細胞懸濁液
25 μlの10% cis-/trans-シトラールを含むDMSO溶液
インキュベーション:35℃で少なくとも15時間激しく撹拌する。
【0023】
抽出:それぞれの試料に対して、250 μlのクロロホルムを加えて少なくとも5分間よく混合する。その後これを3分間遠心分離する。下層の有機相を取り出し、モレキュラーシーブ4Aにより乾燥して、マイクロインセット(micro inset)を装着したHPLCガラスバイアルに移し、GCにより測定を行う。精製酵素による鏡像体過剰率(e.e.)は98%を超える値(ピーク面積比により決定)である。
【0024】
a. 培養液中の全細胞
5 mlの新鮮培地を5 mlの定常期培養液に温度変化がないように加え、150 rpmで1時間撹拌した後、シトラールのイソプロパノール溶液を加えた。3時間後および24時間後、1 mlのブロスを、新規に調製した0.3体積%の1-オクタノール(GC分析の内部標準物質)を含むクロロホルム溶液0.2 mlにより抽出した。有機相を回収後、イソプロパノールで希釈しGC分析に供した。
【0025】
b. 透過処理した細胞+NADH
0.5 mlの解凍透過処理した細胞を含み、それぞれ最終濃度として50 mM MOPS緩衝液(pH 7)、10 mM NADH、5 mMシトラールおよび2.5体積%イソプロパノールを含む全量1 mlの溶液を注入した2 ml容スクリューキャップガラスバイアルを、旋回振盪機により30℃、150 rpmで振盪撹拌した。3時間後、該試料全てを上記方法にしたがい、クロロホルム/オクタノール溶液にて抽出した。
【0026】
c. 透過処理した細胞+NADPH再生系 (NADPH regenerating system)
手順は、最終濃度でそれぞれNADHを1.5 mM NADP+, 10 mM グルコース-6-リン酸、 3.3 mM 塩化マグネシウムおよび0.4 U/ml グルコース-6-リン酸脱水素酵素を含むNADPH再生系と置き換える点を除いて、前記bと同様であった。
【0027】
二相系における培養スクリーニング
生物変換に先立ち、0.5 mlの透過処理した細胞を、2 ml容スクリューキャップガラスバイアル中で0.15 mlのトルエンと共にボルテックス撹拌して、室温下10分間静置した。次いでそのほかの成分を加え、シトラールとイソプロパノールを除いて前記水/NADPH系と同一の組成となる1 mlの水相を得た。反応は、0.05 mlの0.4 Mシトラールを含むトルエン溶液を加えることで開始し、バイアルは、30℃で回転培養器により垂直方向に転回させた。3時間後、該試料全てを、新規に調製した0.15体積%の1-オクタノール(GC分析の内部標準物質)を含むクロロホルム溶液0.4 mlにより抽出した。遠心分離後、0.4 mlの下層の有機相(トルエン/クロロホルム混合液)を、GC分析に用いるために回収した。シトロネラールを形成した細胞株は、トルエンおよびメチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)の二相系について、以下に詳細を記す方法により比較した。
【0028】
生物変換
図2〜4に示す生物変換は、二相系における培養スクリーニング手順に従うが、4 ml容スクリューキャップガラスバイアル中にて、0.8 mlの水相および0.2 mlの有機溶剤を、水相中の有機溶剤がエマルジョンを維持するように磁気撹拌子で撹拌しながら実施した。組成および条件の詳細は、対応する図の説明に示す。反応開始に先立ち、規定の生物体濃度に調製した洗浄済み細胞0.5 mlを、氷浴上にて30分間、0.15 mlの対応する有機溶剤とともに撹拌した。反応は、0.05 mlの0.4 M シトラールを含む同一有機溶剤を加えることで開始した。
【0029】
分析方法
テルペン類の濃度は、キャピラリーカラム(Chrompack CP-SIL 5B、Varian, 50 m x 0.25 mm, 相厚0.12 μm) を接続したガスクロマトグラフィー(GC)により、キャリアーガス(窒素:0.98 ml/min)および水素炎イオン化検出器(250℃、水素:20 ml/min、空気:300 ml/min)の条件によって決定した。試料注入体積は1 μlとし、スプリット比は29:1とした。インジェクター部の温度は250℃とし、カラム温度は100℃で9分間一定とし、その後240℃まで50℃/minで昇温した。1-オクタノールを内部標準物質として用い、テルペン濃度は試料と同一の抽出手順に従った標品を基に算出した。シトロネラールとイソプレゴールの分離のためには、初期カラム温度を12分間75℃とした。ネロールとシトロネロールは前記のいかなる条件においても分離しなかった。これらの分離はキラル分析と同様に、Supelco Beta Dex 225 カラム (30 m x 0.25 mm, 相厚0.25 μm)を用いることで達成した。スプリット比は1:35, カラム流量は2.77 ml/min, カラム温度は95℃で35分間一定とし、その後160℃まで5℃/minで昇温した。シトロネラールは、いずれのGCカラムにおいても標品のシトロネラールとの共溶出にて同定した。
【実施例1】
【0030】
水系における培養スクリーニング
20種の酵母株、9種の糸状菌株および17種の細菌株について、3種類の水系、すなわち、培養液中の全細胞を用いた場合、又は洗浄および透過処理した細胞にNADHを加えて用いた場合、又は前記細胞にNADPHを加えて用いた場合におけるシトラールの変換試験を実施した。透過処理したZymomonas mobilisにNADPHを加えた場合のみがシトロネラールを形成した。NADPH再生系又はNADPHの直接添加のどちらもシトロネラールの形成を支持した。透過処理した細胞に対するNADH又はNADPH添加と同様に、全細胞培養物で試験した多くの株において、ゲラニオールが主生成物であった。また、ネロールおよび/又はシトロネロールも形成した。このように、アルデヒド基の還元に対する酵素活性は、二重結合の還元に対して必要となる活性と競合した。
【実施例2】
【0031】
Zymomonas mobilisによるシトラール変換における溶剤の効果
Zymomonas mobilisを用いて、シトラールからシトロネラールへの変換に対する有機/水二相系の実施可能性を試験した。図2aは、様々な水可溶(アスタリスク)および水不溶性溶剤の非存在下および存在下におけるシトロネラール形成を、官能基順に2種の直鎖アルカン、9種の脂肪族アルコール、3種のケトン、2種のエステル、2種のエーテルおよび3種の芳香族溶剤の順に配列して図示する。4種の溶剤、すなわちイソアミルアルコール、MTBE、ジエチルエーテルおよびトルエンは有機溶剤を含まない対照と比較して、約10倍高い生成物量を支持した。さらなる利点として、ほとんどの溶剤において、副生成物であるゲラニオール、ネロールおよび/又はシトロネロールの量を減少させることとなった(図2b)。対照試験である、ゲラニオール、ネロールおよびシトロネロール標品の抽出で、内部標準物質に対するこれらの抽出量は、例えばイソプロパノール、トルエン又はMTBEが試料中に存在することによって影響を受けないことが確認された。したがって、副生成物量の減少は、アルデヒド基の酵素的還元の低下によるものであったと思われる。トルエンおよびMTBEをさらなる試験のために選択した。
【実施例3】
【0032】
二相系における培養スクリーニング
水/トルエンスクリーニング系において、いくつかの株でシトロネラールがシトラールより形成されたが、これらは以前に水スクリーニング系では同定されなかった。比較のために、これらの培養物を同程度の生物体濃度となるように調整し、トルエンおよびMTBE二相系におけるシトロネラール生産を図3に図示する。トルエン系においては、2種の細菌株が9種の真核細胞株に比べて、少なくとも5倍高いシトロネラール濃度を達成した。MTBE系においては、Citrobacter freundiiはトルエン存在下に比べて少量のシトロネラールを形成した。トルエン系ではシトロネラールを形成しなかったIssatchenkia orientalisでは、陽性の結果が得られた。5 mM EDTAの添加はほとんどの株でより高濃度のシトロネラールを得る結果となったが、Citrobacter freundiiおよび糸状菌であるRhizopus javanicusにおいては反対の効果を奏した(図3b)。Zymomonas mobilisによるシトロネラール形成は、EDTAによって影響を受けなかった。
【0033】
MTBE/EDTA系における副生成物の形成に関して、酵母株および細菌であるCitrobacter freundiiは、主としてゲラニオールを生産し、いくらかのネロールおよび少量のシトロネロールを生産した。特に、Saccharomyces株は13 mMに達するゲラニオールを形成した。EDTAを除くと、Saccharomyces株で約10%、Zymomonas mobilisでは9倍もアルコール副生成物の形成が増加した。イソプレゴールはいずれの実験においても検出されなかった。
【0034】
生成物であるシトロネラールの鏡像体過剰率(e.e.)値を表1に示す。細菌の酵素は、Zymomonas mobilisでは99% e.e.超、およびCitrobacter freundii では75% e.e.で(S)-鏡像体を形成する優先性を有した。対照的に、該酵母株は、例えばCandida rugosaでは98% e.e.超の鏡像体過剰率で(R)-シトロネラールを優先して生産した。
【表1】

【0035】
シトラールの生物変換特性
図4に水/トルエン系および水/MTBE二相系におけるZymomonas mobilisによるシトラールの生物変換の特性を図示する。前者については、シトロネラール濃度の増加は3時間にわたってやや直線的に続いた。NADPH再生系の濃度を二倍としたとき、同じシトロネラール最終濃度が達成された。これは、反応がNADPH再生系によって制限されなかったことを示す。ゲラニアールおよびネラールのどちらのシトラール異性体の濃度についても、時間経過とともに減少した。アルコールであるネロール、ゲラニオールおよびシトロネロールは検出されなかった。水/MTBE二相系においては、シトラール異性体であるゲラニアールおよびネラールは時間経過とともに直線的に消費されるものの、シトロネラール形成が時間経過とともに遅くなることが観察された。アルコール副生成物のうち、0.34 mMのゲラニオールおよび0.1 mM未満のシトロネロールが形成された。3時間経過後のモル濃度均衡は、トルエン系では初発基質のうち16%の減少、MTBE系では10%の減少を示した。これに対して、生物体を含まない対照では3時間にわたってシトラール又はシトロネラールの消失を示さなかった。しかしながら、沸騰処理した生物体を含む対照では、該生物変換で観察されたのと同程度のシトラールおよびシトロネラールが消失した。
【実施例4】
【0036】
Zymomonas mobilisからの還元酵素の単離およびその性質の調査
Zymomonas mobilisの培養:
細胞は以下の組成である培地中、
Bactoペプトン 10 g/l
酵母抽出物 10 g/l
グルコース一水和物 20 g/l
リン酸二水素カリウム 1 g/l
硫酸アンモニウム 1 g/l
硫酸マグネシウム七水和物 0.5 g/l
pH 7.0; 滅菌処理: 20分、121℃
で生育させる。
【0037】
本目的のために、それぞれの場合につき800 mlの培地を1 L三角フラスコ(バッフル無し)に入れ、30℃、100 rpmの条件で少なくとも48時間(通常は約65〜72時間)培養する。 わずかな濁りは遠心分離により除去する。生物体収量は少量である(生物体湿重量で約2.0-2.5 g/l)。
【0038】
タンパク質精製:
均質化
106 gの湿生物体を、500 mlの破砕緩衝液(20 mM Tris/HCl, 2 mM EDTA, 10錠/l コンプリートプロテアーゼインヒビター, pH 8.0)中に再懸濁し、pHは水酸化ナトリウムを用いてpH 6.6から7.5に調整する。懸濁液の100 ml画分を100 mlのガラスビーズ(直径0.1-0.2 mm)と混合し、5000 rpm、12分の条件でボールミル中にて破砕処理する。該ガラスビーズはG1ガラス吸引フィルターを介した吸引処理により除去し洗浄する。濾液(710 ml)は12000 rpm、4℃の条件で30分間遠心分離(Sorvall)する。上清(610 ml, 18.6 mgタンパク質/ml, pH 7.4, 電気伝導率2.6 mS/cm)は200 mlの画分3つに分注し-20℃で保存する。
【0039】
イオン交換クロマトグラフィー(Q-Sepharose FF)
均質液を、Q-Sepharose FFクロマトグラフィーカラム(直径5 cm, カラム体積400 ml)に注入(15 ml/min)し、20 mM Tris/HCl, pH 8.0, 2 mM EDTA, 2錠/l コンプリートプロテアーゼインヒビター(緩衝液A)にて前洗浄した。本目的のために、解凍粗均質液は緩衝液Aで500mlに希釈した(電気伝導率1.6 mS/cm, pH 8.0)。試料導入後、該カラムを1000mlの緩衝液A(15 ml/min)にて洗浄した。この後100%の緩衝液B(0.5 M塩化ナトリウムを含む緩衝液A、pH 8.0)(1500 ml)への直線濃度勾配により展開した。さらに750 mlの100%緩衝液Bを洗浄のために使用した。それぞれの場合について、12 mlの画分を10画分合わせて検定した。
【0040】
疎水クロマトグラフィー(TSK-Phenyl)
Q-Sepharoseカラムからの所定の画分を、試料導入に用いた(142 ml, pH 7.0, 32.2 gの硫酸アンモニウムにより40%飽和に調整した; タンパク質量500 mg)。
【0041】
Phenyl-Sepharoseカラム(Pharmacia)は直径2.6 cm、カラム体積170 mlであり、操作流速は10 ml/minとした。該カラムは、緩衝液A (40%飽和硫酸アンモニウム、2 mM EDTA、2錠/l コンプリートプロテアーゼインヒビター、 20 mM リン酸二水素ナトリウム、pH 7.0)で平衡化した。試料導入後、該カラムは吸収がベースラインに達するまで緩衝液Aにて洗浄した。この後100%の緩衝液B(硫酸アンモニウムを含まない緩衝液A、カラム体積の3倍量)への直線濃度勾配により展開した。前記操作終了後、該カラムはカラム体積の2.5倍量の緩衝液C(20%イソプロパノールを含む緩衝液B)にて溶出した。それぞれの場合について、10画分を合わせて活性検定に供した。画分61-70(92 ml)を回収した。
【0042】
分子ふるいクロマトグラフィー(Superdex)
Phenyl-Sepharoseカラムからの所定の画分(90 ml)を、46.4 gの硫酸アンモニウム(80%飽和)を用いて沈殿し、遠心分離により回収した。ペレットを分離緩衝液(20 mM リン酸ナトリウム、pH 6.8, 1錠/l Complete, 1 mM EDTA) (9 ml)にて再懸濁し、Superdexカラムに注入(4 ml/min, 2 min 画分)した。該活性画分27および28を回収した。
【0043】
この全ての手順を用いることで、3つ全ての均質液を処理した。総タンパク質量として18.8mgを含む所定の画分67 mlを得た。
【0044】
アフィニティークロマトグラフィー(Blue Sepharose FF)
Blue Sepharose FFカラム (直径2.6 cm, カラム体積50 ml, Pharmacia)を緩衝液(20 mM リン酸二水素ナトリウム、pH 6.8、1錠/l Complete, 1 mM EDTA)にて平衡化した。この分子ふるいクロマトグラフィーからの所定の画分を合わせて、3 ml流量で注入した。その後、該カラムを150 mlの同緩衝液にて洗浄し、次いで0.5 M塩化ナトリウムを含む同緩衝液(130 ml)にて洗浄した。溶出は、それぞれの場合について1 mM NADHおよびNADPHを加えた第二洗浄緩衝液を使用することで実施した。該緩衝液による溶出に先立ち、該カラムは前記緩衝液を満たして16時間インキュベートした。その後、活性画分を回収した。選択された該条件においては、該タンパク質はBlue Sepharoseカラムに結合しない。しかしながら、それ以外のタンパク質はこの方法により除去され、結果として精製が成功した。
【0045】
アフィニティークロマトグラフィー(4-ヒドロキシ安息香酸アフィニティーカラム)
アフィニティーカラムの調製:50 mlのアミノヘキサン酸 Sepharoseを5 Lの水で洗浄する。フィルターケーキを40 mlの水にて再懸濁する。4.2 gの4-アセトキシ安息香酸(保護基を導入したヒドロキシ安息香酸)を50 mlのDMFに溶解し、pH 4.7に調整(10 M水酸化ナトリウム)する。3.9 gのEDCを10 mlの水に溶解し、15分以内に結合混合液に加える。pHは塩酸により4.7に保持する。その後、さらに50 mlのDMFを加え、該混合物は室温で16時間撹拌する。該カラム材料はG2ガラス吸引フィルターを介した吸引処理により回収し、1 Lの50%水/DMF溶液により洗浄する。その後1Lの水で洗浄する。該カラム材料はその後200 mlの冷炭酸水素ナトリウム溶液に再懸濁し、2 mlの無水酢酸を加える。脱保護は氷上で90分間実施するが、これにより二酸化炭素が激しく発生する。反応溶液を吸引処理により除き、カラム材料を水によって洗浄する。次いで、該カラム材料は1 Mイミダゾール溶液中、pH 7.9で1時間撹拌し、その後再び吸引処理により除き、水で洗浄し、この状態で保存する。タンパク質はこのカラムには吸着しない。
【0046】
Mono-Qクロマトグラフィー
Mono-Qクロマトグラフィーカラム(1 ml、ファルマシア社)を緩衝液(20 mM リン酸ナトリウム、 pH 7.5, 1錠/l Complete, 1 mM EDTA)にて平衡化する。130 mlのBlue Sepharose FFカラムからの非吸着画分(pH 7.5, 2.7 mS/cm)をカラムに注入(1 ml/min)する。該カラムはその後、同緩衝液にて洗浄する。ここでもまた、該タンパク質は試料導入中にすでに溶出しているが、夾雑物は該カラムに結合する。
【0047】
疎水クロマトグラフィー(Resource-Phenylsepharose, FPLC)
1 mlのResourceカラム(Amersham)を緩衝液(20 mMリン酸ナトリウム、 pH 7.0, 2錠/l Complete, 2 mM EDTA, 40%飽和硫酸アンモニウム)にて平衡化する。140 mlのMono-Q-Sepharoseカラムからの非吸着画分(pH 7.5, 2.7 mS/cm)を31.6 gの硫酸アンモニウムにより40%飽和に調整し、カラムに注入(160 ml, 1 ml/min)する。該カラムはその後同緩衝液により洗浄する。該カラムはその後硫酸アンモニウムを含まない同緩衝液への直線濃度勾配により展開する。活性画分を回収し、SDSゲル電気泳動によって分離する(図1)。40 kDaのバンドをブロットし、N末端配列解析を行う。
【0048】
該精製について表2にまとめる。
【表2】

【0049】
該N末端の配列解析
下記に示したN末端配列、
PSLFDPIRFGAFTAKNRIWMAPLTRGR
が得られた。
【0050】
公表されているZymomonas mobilisのゲノム (Seoら、Nat. Biotechnol., 2005年、23巻、63頁、EMBL AE008692)に対する、同定されたN末端ペプチド配列のコンピューター検索により、該タンパク質を、358アミノ酸残基を含み39489 Daltonの分子量である、NADHフラビン酸化還元酵素(EMBL AE008692, AAV90509.1, 一次受入番号(primary accession number)Q5NLA1)と同定した。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】シトラール(ゲラニアールとネラール)からシトロネラールへの生物変換。
【図2】NADPH再生系および様々な溶剤存在下におけるZymomonas mobilis細胞によるシトラールの生物変換:a) シトロネラール生成物 b) 副生成物であるゲラニオール、ネロールおよびシトロネロールの総和。初期条件:20体積%の有機溶剤、 20 mM シトラール、 5 mM ジチオスレイトール、3.3 mM 塩化マグネシウム、 1.5 mM NADP+, 10 mM グルコース-6-リン酸、 0.4 U/ml グルコース-6-リン酸脱水素酵素、 約14 g/l DCM Z. mobilis, 50 mM MOPS/KOH, pH 7.0、30℃、3時間。アスタリスクを付した溶剤は水に溶解し、それ以外の全ての溶剤はエマルジョンを形成した。MTBE=メチル-tert-ブチルエーテル、nd=未検出。AU=任意単位:化合物のGC面積を内部標準物質のGC面積にて除した値。3反復試験の平均値を示し、誤差線は試験の最大および最小値を示す。トルエンに関しては、該ピーク比は1.4 mMシトロネラールの濃度に対応した。
【図3】a) 水/トルエン二相系およびb) 水/メチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)二相系における、細菌、酵母および糸状菌によるシトロネラール形成の比較(30℃、3時間反応とし、生物体濃度を約12 g DCM/lとする他は図2で示した組成にしたがう)。2反復試験の平均値を示し、誤差線は試験の最大および最小値を示す。nd=未検出。
【図4】a) 水/トルエン二相系およびb) 水/メチル-tert-ブチルエーテル(MTBE)二相系における、NADPH再生系を用いたZymomonas mobilisによるシトロネラール生物変換(30℃とし、生物体濃度を約14 g DCM/lとする他は図2で示した組成にしたがう)。3反復試験の平均値を示し、誤差線は試験の最大および最小値を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元が液体二相系によって達成される、Zymomonas mobilis, Citrobacter freundii, Candida rugosa, Saccharomyces bayanus, Saccharomyces cerevisiae, Kluyveromyces marxianus, Candida utilis, Issatchenkia orientalisおよびRhizopus javanicusの種および属からなる群より選択される還元酵素を用いるシトラールの酵素的還元によって、光学活性なシトロネラールを生産するための方法。
【請求項2】
(S)-シトロネラールがZymomonas mobilisおよびCitrobacter freundiiより選択される酵素によって生産される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(R)-シトロネラールがCandida rugosa, Saccharomyces bayanus, Saccharomyces cerevisiae, Kluyveromyces marxianus, Candida utilis, Issatchenkia orientalisおよびRhizopus javanicusより選択される酵素によって生産される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
該酵素が図5に示される酵素の群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
該液体二相系がMTBEおよび水によって形成される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
緩衝化された水溶液が該液体二相系の一の相として使用される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
該還元酵素がNADPH再生系と共役する、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2009−515541(P2009−515541A)
【公表日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−540587(P2008−540587)
【出願日】平成18年11月10日(2006.11.10)
【国際出願番号】PCT/EP2006/068338
【国際公開番号】WO2007/057354
【国際公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】