説明

シューズ用スパイク

【課題】軽量かつ安価であり、冷間加工性および耐摩耗性に優れるシューズ用スパイクの提供
【解決手段】板形状のα+β型チタン合金で構成されるシューズ用スパイクであって、25℃におけるビッカース硬さがHv230〜330であることを特徴とするシューズ用スパイク。このシューズ用スパイクは、例えば、質量%で、Al:1〜6%を含むものである。更に、V:0.1〜15%、Mo:0.1〜11%、Nb:0.1〜37%、Ta:0.1〜45%、Fe:0.1〜4%、Cr:0.1〜7%、Ni:0.1〜9%、Cu:0.1〜13%、Sn:0.1〜10%およびZr:0.1〜10%のうちの1種以上を含有してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、野球その他のスポーツシューズに用いられるスパイクに関する。
【背景技術】
【0002】
野球その他の屋外スポーツではシューズの裏面にL字状断面、コの字状断面のスパイクが取り付けられた、いわゆるスパイクシューズが使用される。スパイクは、地面に食い込むことでスリップを防止するため、できる限り高い強度を有するのが望ましい。一方で、スパイクの形状は、冷間圧延、曲げ加工等の冷間加工により形成されるため、スパイクの素材には冷間加工性も要求される。このような観点から、従来、スパイクの素材としては鉄ベースの合金が使用されるのが一般的であった。
【0003】
スパイクシューズの重さは、使用時の疲労度に直接影響を及ぼすため、使用者がシューズを選ぶ上で重要な要素である。特に、スパイクの重さは、通常、スパークシューズ全体の重さの30〜40%程度を占めるため、その低減が強く求められている。このため、スパイクの爪部以外の部分に貫通孔を設ける等の軽量化が試みられているが、鉄ベースの合金では軽量化に限界がある。
【0004】
このような鉄ベースの合金に替わるスパイク用材料として、例えば、特許文献1にはβ型チタン合金で構成されるスパイクが開示されている。β型チタン合金とは、高温のβ単相域から室温まで急冷して、室温での組織がβ単相状態であるチタン合金を意味する。β型チタン合金には、室温でβ相を安定的に得るべく、V、Mo、Cr、Fe等のβ相安定化元素が多く添加される。特許文献1には、β型チタンとしてTi−15Mo−5Zr−3Al、Ti−13V−11Cr−3Al、Ti−8Mo−8V−2Fe−3Al、Ti−3Al−8V−6Cr−4Mo−4Zr、Ti−11.5Mo−6Zr−4.5Sn、Ti−10V−2Fe−3AlおよびTi−15V−3Cr−3Al−3Snが例示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平8−187106号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、β型チタン合金は、比重の大きいβ相安定化元素を多量に含有させる必要があるため、スパイクの軽量化が不十分となる。また、β相安定化元素は高価であるため、その含有量は極力低減するのが望ましい。さらに、β型チタン合金は、溶体化処理後や圧延のままでは強度が低いため、製造の最終工程において時効処理を施すことが必要であり、製造コストの上昇を招く。
【0007】
本発明者は、シューズ用スパイクに用いる材料としてα+β型チタン合金に着目した。α+β型チタン合金とは、一般に、α相安定化元素のAlと、少量のβ相安定化元素(V、Mo、Cr、Fe等)を含むチタン合金であり、高温から徐冷された熱力学的に安定な状態で最密六方構造を有するα相と体心立方構造を有するβ相との二層から構成されるチタン合金である。
このようにα+β型チタン合金に着目したのは、α+β型チタン合金であれば、比重が大きく、かつ高価なβ相安定化元素の含有量を低減でき、しかも、時効処理を実施しなくても十分な機械的特性を有するからである。そして、α+β型チタン合金の強度と冷間加工性のバランスの観点から研究を重ねた結果、α+β型チタン合金の25℃におけるビッカース硬さが一定の範囲内にある場合に、シューズ用スパイクに用いるのに最適であることを知見した。
本発明は、β型チタン合金と比較して軽量で、かつ安価であり、しかも強度と冷間加工性のバランスに優れるα+β型チタン合金で構成されるシューズ用スパイクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、「板形状のα+β型チタン合金で構成されるシューズ用スパイクであって、25℃におけるビッカース硬さがHv230〜330であることを特徴とするシューズ用スパイク」を要旨とする。
なお、上記のシューズ用スパイクは、質量%で、Al:1〜6%を含むのが好ましい。最も好ましいのは、Al:1〜6%に加えて、更に、V:0.1〜15%、Mo:0.1〜11%、Nb:0.1〜37%、Ta:0.1〜45%、Fe:0.1〜4%、Cr:0.1〜7%、Ni:0.1〜9%、Cu:0.1〜13%、Sn:0.1〜10%およびZr:0.1〜10%の中から選択された1種以上を含有するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のシューズ用スパイクは、β型チタン合金製のスパイクと比較して軽量かつ安価であり、冷間加工性に優れ、時効処理が不要であるので、製造コストも低減できる。しかも、本発明のシューズ用スパイクは、十分な耐摩耗性を有している。このため、野球その他のスポーツに使用されるシューズ用スパイクとして最適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.本発明のシューズ用スパイクについて
本発明のシューズ用スパイクは、板形状のα+β型チタン合金で構成されるものであり、その25℃におけるビッカース硬さはHv230〜330である。
【0011】
上述のように、シューズ用スパイクには冷間加工性と共に強度も要求される。製造者が重視する冷間加工性とシューズの使用者が重視する強度とはトレードオフの関係にある性能であるため、これらの性能のバランスを調整することは、シューズ用スパイクの設計において非常に重要となる。これは、スパイクの製造工程においては必ず冷間圧延および冷間での曲げ加工が実施されるため、冷間加工性が要求され、スパイクの使用中においては曲げ部の強度が要求されるからである。
【0012】
これらの性能の指標として本発明者が着目したのが、合金の硬さ(ビッカース硬さ)である。即ち、シューズ用スパイクの25℃におけるビッカース硬さがHv230未満の場合にはシューズ使用時の強度が十分ではなく、使用者のスパイク交換の間隔が短くなる。一方、Hv330を超える場合には、冷間圧延および冷間での曲げ加工のときに割れなどの不具合が生じる。従って、本発明のシューズ用スパイクの25℃におけるビッカース硬さは、強度と冷間加工性のバランスの観点から、Hv230〜330とした。ビッカース硬さは、Hv240〜290とするのが望ましい。
【0013】
本発明のシューズ用スパイクは、Alを1〜6質量%含むα+β型チタン合金で構成されるのが望ましい。以下、含有量についての「%」は「質量%」を意味する。
【0014】
Alは、α相安定化元素であり、チタン合金の強度を上昇させるのに有効な元素である。しかし、その効果は1%未満では不十分であり、6%を超えると冷間加工性が劣化する。従って、Alを含有させる場合の含有量は1〜6%が望ましい。
本発明のシューズ用スパイクの1つは、Alを1〜6%含み、残部はTiおよび不純物であるα+β型チタン合金で構成されたものである。特に、不純物中のO(酸素)は、合金の脆化をもたらし、高強度化を阻害するので、0.2%以下に制限するのが望ましい。
本発明のシューズ用スパイクのもう1つは、Alを1〜6%含み、更に、V:0.1〜15%、Mo:0.1〜11%、Nb:0.1〜37%、Ta:0.1〜45%、Fe:0.1〜4%、Cr:0.1〜7%、Ni:0.1〜9%、Cu:0.1〜13%、Sn:0.1〜10%およびZr:0.1〜10%の中から選択された1種以上を含有するα+β型チタン合金で構成されたものである。
【0015】
これらの元素は、いずれのβ相安定化元素であり、チタン合金の組織をα+β型とするためには、高温のβ単相域から急冷して常温でβ単相とならない範囲でこれらの元素を含有させる必要がある。そして、これらの元素の含有量が少なすぎる場合、β相の生成量が少なくなり、過剰な場合にはα相の量が少なくなって、いずれの場合もα+β型合金とならないおそれがある。従って、Alに加えて、更に、これらの元素の1種以上を含有させる場合には、Vは0.1〜15%、Moは0.1〜11%、Nbは0.1〜37%、Taは0.1〜45%、Feは0.1〜4%、Crは0.1〜7%、Niは0.1〜9%、Cuは0.1〜13%、Snは0.1〜10%、Zrは0.1〜10%の範囲で含有させるのが望ましい。
【0016】
2.本発明のシューズ用スパイクの製造方法について
本発明のシューズ用スパイクの製造方法については、特に制限はないが、例えば、下記のような方法で、本発明のシューズ用スパイクを製造することができる。
【0017】
溶解は、真空アーク炉、小規模の溶解の場合にはAr雰囲気アーク溶解炉等の一般的な溶解炉を用いて行えばよい。溶解後には、一旦、β単相域である1000℃以上で加熱して鍛造を行い、室温まで冷却すればよい。このような温度で鍛造するのは、高温のβ単相域では合金元素の拡散が早く、合金成分が均質な状態となりやすいからである。
【0018】
上記の冷却後には、α+β相域である700〜880℃に加熱して、熱間圧延を実施するのが望ましい。これは、等軸α相とβ相の混合組織とすることにより、強度と延性のバランスに優れた組織を形成しやすいからである。
【0019】
上記の熱間圧延の後には、表面切削加工により、表面に形成された酸化スケールを除去するのが望ましい。脱スケールは、ショットピーニングおよび酸洗の実施やグラインディング等の機械加工により行ってもよい。
【0020】
上記の脱スケールの後には、前述の条件で冷間加工を実施し、さらに、700〜800℃で1時間程度保持する焼鈍処理を実施するのが望ましい。上記の焼鈍処理の後には、スパイク形状とすべく曲げ加工が実施される。
【実施例】
【0021】
Arアークボタン熔解により表1に示す化学組成を有する純チタンまたはチタン合金の約500gの小型鋳塊(厚さ:15mm、長さ:100mm、幅:75mm)を溶製した。その後、全ての鋳塊を1100℃に加熱し、1時間保持した後に25℃まで冷却し、さらに800℃に加熱して熱間圧延を行い、厚さ6mmの熱間圧延板を得た。この熱間圧延板を機械加工による厚さ5mmの板材とし、冷間圧延により厚さ1.5mmの冷間圧延板を得た。この冷間圧延板に700℃で30分真空中に保持し、冷却する焼鈍処理を実施して供試材とした。比較例19の合金については、800℃で30分保持し、水冷する溶体化処理を行った。比較例18、20および21の合金については、比較例19の合金と同じの溶体化処理を行った後、450℃で24時間保持し、空冷する時効処理を行った。これらの供試材の比重、硬さおよび曲げ特性を調査した。これらの結果も表1に併記する。
【0022】
なお、比重は、水中懸架法で測定した。硬さは、JIS Z 2244に規定される方法に従い、ビッカース硬さを求めた。曲げ特性は、20mm×100mmの板状試験片を用い、90°Vブロック上で3Rのポンチを押し付け90°曲げを行ったときの表面状態を肉眼で観察し、クラックの生成が認められなかった場合を「○」、認められた場合を「×」として評価した。
【0023】
【表1】

【0024】
表1に示すように、本発明例1〜15はいずれも硬さ条件を満たし、曲げ試験においても割れ等の不具合が発生することはなかった。一方、比較例16は純チタンの例であるが、曲げ加工性は良いものの、硬さが低すぎてスパイクの耐久性に劣る。比較例17はα+β型チタン合金であり、比重が小さく、高硬度で耐久性に優れるが、曲げ加工性が悪く、冷間加工が困難となる。比較例18〜21はβ型チタン合金であり、いずれも比重が高すぎる。また、溶体化処理後、時効処理を実施しなかった比較例19では曲げ加工性は良好であるが、時効処理を実施した比較例18、20および21では、強度が上昇しすぎて曲げ加工性が劣化した。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明のシューズ用スパイクは、β型チタン合金製のスパイクと比較して軽量かつ安価であり、冷間加工性に優れ、時効処理が不要であるので、製造コストも低減できる。しかも、本発明のシューズ用スパイクは、十分な耐摩耗性を有している。このため、野球その他のスポーツに使用されるシューズ用スパイクとして最適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板形状のα+β型チタン合金で構成されるシューズ用スパイクであって、25℃におけるビッカース硬さがHv230〜330であることを特徴とするシューズ用スパイク。
【請求項2】
質量%で、Al:1〜6%を含むことを特徴とする請求項1に記載のシューズ用スパイク。
【請求項3】
質量%で、Al:1〜6%を含み、更に、V:0.1〜15%、Mo:0.1〜11%、Nb:0.1〜37%、Ta:0.1〜45%、Fe:0.1〜4%、Cr:0.1〜7%、Ni:0.1〜9%、Cu:0.1〜13%、Sn:0.1〜10%およびZr:0.1〜10%の中から選択された1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のシューズ用スパイク。