ショートアーク型放電ランプ
【課題】発光管内に陽極と陰極が対向配置されてなるショートアーク型放電ランプにおいて、特に、定格電力での通常点灯と、これよりも小さな電力で点灯する待機点灯を繰り返すフル・スタンバイ点灯時においても、陽極先端中央部がその周辺環状部よりも突出することがなく、電極材料の蒸発によるランプの黒化が生じないようにした電極構造を提供することである。
【解決手段】陽極の先端面の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、前記緩衝材の先端が、陽極の先端面より後退していることを特徴とする。
更に、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されていることを特徴とする。
【解決手段】陽極の先端面の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、前記緩衝材の先端が、陽極の先端面より後退していることを特徴とする。
更に、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されていることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショートアーク型放電ランプに関するものであり、特に、半導体や液晶の製造分野などの露光用光源や映写機のバックライト用光源に適用されるショートアーク型放電ランプに係る。
【背景技術】
【0002】
ショートアーク型放電ランプは、発光管内に対向配置された一対の電極の先端距離が短く点光源に近いことから、光学系と組み合わせることによって露光装置用若しくは映写機のバックライト用の光源として利用されている。
【0003】
特開平10−188890号公報は、従来のショートアーク型放電ランプを開示する。
図8に該従来のショートアーク型放電ランプが示されており、ショートアーク型放電ランプ1の発光管10は、中央に位置する略球状に形成された発光部11と、その両端の封止部12を備える。発光部11内には、タングステン等からなる陰極21と陽極31とが互いに向き合うように対向配置されるとともに、その発光空間Sには水銀、キセノン等の発光物質が封入されている。
上記陰極21及び陽極31に連設された電極軸22、32が図示しない金属箔を介して封止部12で封止されている。
【0004】
しかして近年においては、半導体や液晶パネルの製造工程で用いられる上記ショートアーク型放電ランプにおいては、特開2000−181075号公報に見られるように、省電力化のために、常に一定の電力で点灯するのではなく、露光時にのみ定格電力で点灯(通常点灯)させ、基板移動などの待機時には前記定格電力よりも小さな最小限の電力で点灯(待機点灯)させるという点灯方式(以下、フル・スタンバイ点灯という)が採用されている。
例えば、露光時は定格電力で0.1〜10秒点灯させ、待機時は定格電力よりも小さい待機電力で0.1〜100秒点灯させるということが繰り返される。
【0005】
ところで、ランプの点灯・消灯時や、上記のフル・スタンバイ点灯時における入力電力の変更時などには、アークから陽極へ流入する熱流束が変化するため、陽極温度が変化し、陽極に内部応力が発生する。
このとき、図9に示すように、アークに対面する陽極先端面の中央部50は、最も温度変化の大きい部分であり、従って熱膨張も大きくなる。これに対して、該中央部50の周辺にある環状部51は、前記中央部50よりも温度変化が少なく、その熱膨張も小さい。
そのため、中央部50はかかる熱膨張により、その周辺環状部51から圧縮応力を受けることになり、その結果、先端面から突出するように変形する。
【0006】
このような突出は、定格点灯時に陽極先端の温度が安定した後も完全には元の形状に戻ることなく残存する。加えて、特にフル・スタンバイ点灯時には、このような変形が繰り返し生じ、突出が蓄積されることにより肥大化していく。
すると、肥大化した突出部に放電が集中することとなって、該突出部が異常過熱され、電極物質が蒸発し発光管内壁に付着して、該発光管内壁が黒化してしまい、急速な照度低下を引き起こすという問題があった。
【0007】
上記従来技術の問題点を解消すべく、本発明者等は、先に特願2009−165272号において、陽極の先端中央に形成した開口内に陽極とは別体の挿入体を、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入する構造を提案している。
図10(A)、(B)にその概要が示されていて、タングステンからなる陽極31の先端面33の中央部分には、該先端面33に開口する開口35が形成されている。そして、該陽極31とは別体で、陽極と同一素材からなる挿入体36が前記開口35と整合した形状に成形されていて、この挿入体36が、緩衝材37を間に挟むようにして、前記開口35内に打ち込み等の手段によって圧入・嵌挿されている。
前記緩衝材37は、該陽極31および挿入体36よりも、同じ温度における降伏応力が小さな金属材料からなり、具体的には、タンタル、モリブデン、ニオブ、またはレニウムなどからなる金属箔である。
【0008】
このような構造とすることによって、陽極31の先端中央部を構成する挿入体36が熱膨張するときには、該挿入体36と開口35の間の緩衝材37が高温クリープ変形を起こし、挿入体36の熱膨張分を吸収・緩和するかたちとなり、前記開口35の周辺の環状部分33aによる圧縮応力を受けることがない。
その結果、先端中央部を構成する挿入体36が変形することもなく、局所的な突出部が形成されることもないという効果が期待できるものである。
【0009】
ところが、点灯電力の更なる大電力化や、フル・スタンバイ点灯条件の過酷化などによって、上記構造においても条件によっては新たな問題が生じる場合があることが判明した。
図11で示すように、温度上昇に伴い緩衝材37が熱膨張し塑性変形していく。この時に、緩衝材37は挿入体36と陽極31先端の周辺環状部33aとの間で圧縮力を受けて、軸方向に逃げることになり、陽極31の先端面33から突出するという現象が生じることがある。
このように、緩衝材37が陽極先端から突出してしまうと、その突出端37aが過剰に加熱され蒸発してしまい、これが発光管の黒化を招き照度低下を起こすことになるというものである。
【0010】
加えて、図12に示すように、陽極31に挿入した挿入体36の周辺に突部38が形成されるという新たな問題が生じる場合があることが判明した。
陽極31は、ランプ点灯時、アーク放電を受けており、そのアーク放電は、その中心が最も高温で、中心から周辺に向かうに従って温度が下がっていく。このため、陽極中心に位置する挿入体36が高温になり、該挿入体36は陽極31よりも熱膨張量が大きくなる。一方、陽極31側では、緩衝材37に接する側が最も高温になるので最も膨張量が大きく、周辺に向かうに従って膨張量が少なくなっていく。そうなると、挿入体36の膨張を緩衝材37によって吸収するものの、陽極31の緩衝材側の膨張は膨張量の少ない周辺側に逃がすことができず、また緩衝材側に逃げようとしても、緩衝材37は既に挿入体36からの膨張を吸収しており、陽極31のこの膨張量を十分に吸収しきれない。そのため、その膨張量が先端に向かってしまい突部38が形成されたものと推測される。
このように、陽極先端面の挿入体36の周囲に突部38が形成されてしまうと、この突部38と陰極との電極間距離が短くなってしまい、該突部38にアークが集中することになり、当該突部38が過度に加熱されて蒸発し、これが発光管の黒化を招き照度低下を起こすことになるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−188890号公報
【特許文献2】特開2000−181075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
この発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点に鑑みて、特に、フル・スタンバイ点灯方式を採用するショートアーク型放電ランプにおいて、陽極先端で生じる熱応力を緩和して、陽極先端の中央部分が変形することを防ぎ、黒化を防ぐことができる陽極構造を有するショートアーク型放電ランプを提供せんとするものである。
また同時に、先の出願による提案に関する新たな問題点、即ち、陽極先端に緩衝材を介在させて挿入体が圧入された陽極構造を有するショートアーク型放電ランプにおいて、フル・スタンバイ点灯条件の過酷化などによって、緩衝材が陽極先端から突出してしまうことがあり、更には挿入体の周囲に突起が形成されてしまうという新たな問題をも併せて解決した構造を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、この発明に係るショートアーク型放電ランプは、前記陽極の先端面の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、該緩衝材の先端が、陽極の先端面より後退していることを特徴とする。
【0014】
また、前記陽極の先端面には、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
この発明のショートアーク型放電ランプによれば、陽極と、その先端中央に圧入した挿入体との間に介在させた緩衝材の先端を、前記陽極の先端面より後退させたので、特に、フル・スタンバイ点灯時などに、陽極先端部の温度が変化して挿入体が熱膨張しても、該挿入体の膨張は緩衝材に吸収されて挿入体の先端が変形突出することがなく、しかも、該緩衝材の先端が陽極の先端面よりも突出することもなく、その部分に放電アークが集中して蒸発するようなことがない。
しかも、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されているので、緩衝材を挟んで隣接する挿入体の熱膨張や陽極側の熱膨張をこの凹溝に逃がすことができ、これらが局所的に変形突出するようなことがない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るショートアーク型放電ランプの第1実施例の陽極の先 端部の要部断面図。
【図2】図1の第1実施例の作動説明図。
【図3】第2実施例の要部断面図。
【図4】図3の第2実施例の作動説明図。
【図5】第3実施例の断面図。
【図6】第4実施例の断面図。
【図7】本発明の効果を表すグラフ。
【図8】従来技術の全体図。
【図9】図8の要部説明図。
【図10】先願に係る陽極断面図。
【図11】図10の陽極の不具合説明図。
【図12】図10の陽極の別の不具合説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、第1実施例の断面図であり、(A)は組み込み断面図、(B)はその要部拡大断面図である。
図1において、陽極31の先端面33は平坦面33aとテーパ面33bとより構成され、その中央部分、より具体的には、平坦面33aの中央部分には、該平端面33aに開口する開口35が形成されている。そして、該陽極31とは別体で、陽極と同一素材からなる挿入体36が前記開口35と整合した形状に成形されていて、この挿入体36が、緩衝材37を間に挟むようにして、前記開口35内に打ち込み等の手段によって圧入・嵌挿されている。
【0018】
具体的には、タングステンからなる陽極31の先端面の開口35に、同じタングステンからなる挿入体36が挿入されるものであり、該開口35および挿入体36は該挿入体36を圧入し易くするために、若干の先細のテーパ状とされるのがよい。
緩衝材37は、該陽極31および挿入体36よりも、同じ温度における降伏応力が小さな金属材料からなり、具体的には、タンタル、モリブデン、ニオブ、またはレニウムなどからなり、この実施例では金属箔であって、前記挿入体36の外周に巻きつけられて、挿入体36と共に開口35内に嵌挿される。
【0019】
このとき、図1(B)に示すように、緩衝材37は、その先端37aが陽極31の先端面33よりも十分後退した位置にあるようにされている。こうすることにより、図2に示すように、点灯時に該緩衝材37が熱膨張しても、その膨張量Xは陽極31と挿入体36との間の空間内に納まり、その先端37aが陽極31の先端面33から突出することがない。
【0020】
上記構成とすることにより、陽極31の先端中央部を構成する挿入体36が熱膨張するときには、該挿入体36と、その周辺の環状部の間に挟まった緩衝材37が高温クリープ変形を起こし、挿入体36の熱膨張分を吸収・緩和するかたちとなり、周辺環状部による圧縮応力を受けることがない。その結果、先端中央部を構成する挿入体36が変形することもなく、局所的な突出部が形成されることもない。
しかも、緩衝材37の先端37aが陽極31の先端面33よりも後退しているので、熱膨張してもその先端が陽極先端面よりも突出するようなことがない。
【0021】
図3は、第2実施例の断面図であり、(A)は組み込み断面図、(B)はその要部拡大断面図である。
この実施例では、図3に示すように、陽極31の先端面33には、前記緩衝材37の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体36の一部に亘って凹溝39が形成されている。この凹溝39は挿入体36を陽極31に組み込んだ後に、切削加工して形成する。従って、緩衝材37の先端37aも同時に切削されることになり、その先端37aはこの凹溝39に臨むように位置し、陽極31の先端面33より後退した位置にある。
勿論、この場合にも、緩衝材37の先端37aが、凹溝39の底面よりも更に後退した位置にあってもよく、緩衝材37の本来の緩衝機能が損なわれない程度にその位置を決定すればよい。
【0022】
こうすることで、図4に示すように、緩衝材37が熱膨張しても、その先端37aは凹溝39内に収まり、先端面33より突出することがない。そのため、アークがこの緩衝材37の先端37aに集中することがなく、緩衝材37の蒸発による照度低下を防止できる。
また、緩衝材37を挟んで隣接する陽極31の一部と挿入体36とは、熱膨張しても、その熱膨張分は凹溝39内に逃げることになり、当該部位が先端面33より突出するように変形して突部を形成することもない。
なお、凹溝39の形状は断面半円形のものを示したが、他の形状であってもよく、また、その加工方法も切削以外にレーザ加工によるものであってもよい。
【0023】
なお、上記実施例においては、挿入体36は、陽極31の先端面33の平坦面33a内に位置しているものを示したが、図5に示すように、挿入体36が先端平坦面33aと同じ大きさであって、挿入体36と陽極31との境界が、平坦面33aとテーパ面33bの境界となる場合もあり、また、図6に示すように、挿入体36が平坦面33aより大きく、陽極31との境界がテーパ面33bに位置する場合もある。
これらの場合、陽極31の先端平坦面33aは、挿入体36の先端平坦面によって構成される。
そして、これらの場合であっても図5や図6に示すように、挿入体36と陽極31との境界に凹溝39を設けることにより、図3に示す第2実施例と同様の効果を得ることができる。
【0024】
本発明の効果を確認する実験を行った。
<陽極構造>
本発明の陽極として、図3に示すものを準備し、比較例として、図10に示す構造のものを準備した。そして、従来例として図9に示す、挿入体や緩衝材を設けていないものを準備した。
<陽極材料>
陽極本体はタングステン、挿入体はタングステン、そして緩衝材はタンタルで形成した。
<仕様>
各ランプは、封入水銀量が25mg/cc、電気特性が25kW(160V,156A)のランプを準備した。
各陽極は、先端径がφ9mm、胴部径がφ35mm、電極軸方向の長さが60mmで形成した。
比較例の挿入体は、先端径がφ9mm、長さは15mmで形成した。本発明は、比較例と同一の挿入体を設けた上で、先端径φ9mmの位置に深さ0.5mmのR1の溝を、旋盤による切削加工によって設けた。
比較例と本発明の緩衝材は厚み50μmのものを用い、比較例に対してはランプ不点灯時において陽極先端面の位置に緩衝材の端部が位置するように設けた。
<点灯方法と測定方法>
入力電力25kWで2sec,12.5kWで7secの点灯サイクルを繰り返し、ランプの発光管外部に配置した照度計によって、点灯時間経過に伴うI線(波長365nm)照度を測定した。なお、実験では、従来が相対照度(照度維持率)80%を下回った時点で測定を終了し、比較例と本発明とは、相対照度(照度維持率)90%を下回った時点で測定を終了した。
【0025】
図7に実験結果を示しており、その実験結果は、点灯開始時の照度を100%とし、点灯時間経過後の照度は、点灯開始時の照度に対する相対照度として示している。
従来例(■)では点灯時間が500時間経過した時点で、照度維持率90%を下回っており、さらに点灯時間を継続しても、照度維持率の改善が見られず、低下し続けた。
比較例(▲)は、点灯時間が750時間経過した時点で、照度維持率90%を下回った。
本発明(○)は、点灯時間が1250〜1300時間までは照度維持率90%を上回り、1350時間経過した時点で90%を下回った。
【0026】
<考察>
従来例では、陽極先端に突出部が形成され、その突出部が蒸発して飛散することで、発光管内面を黒化させ、照度維持率90%が500時間となり、比較例や本発明よりも照度維持率が低かったものと推測される。
これに対し、比較例では、挿入体と緩衝材を設けることで、挿入体の膨張を緩衝材によって吸収されることで、挿入体先端面からの突出部の形成が抑制され、従来よりも照度維持率が伸び、照度維持率90%は750時間になったものと推測される。
しかし、緩衝材が陽極先端面から突出したり、挿入体の周辺の陽極部分に突部が形成されたりして、緩衝材の突出した部分や陽極の突部が蒸発して、発光管内面を黒化させることで、本発明よりも照度維持率が低かったものと推測される。なお、点灯時間750時間後に、比較例の陽極先端面を観察すると、挿入体の先端面を取り囲むように環状の突部が形成されていた。
本発明では、照度維持率90%が1350時間と、従来例の500時間はもとより、比較例の750時間に比べても著しく伸びた。これは、凹溝を設けて、緩衝材と挿入体の一部と陽極先端面の一部を削除したことにより、緩衝材が挿入体の先端面よりも突出することが抑制される共に、陽極先端面の挿入体側に突部が形成されることも抑制されたものと推測される。これにより、本発明は、緩衝材の突出部による蒸発や、陽極先端面の突部の蒸発を抑制できたために、照度維持率を著しく伸ばすことができたものと推測される。
【符号の説明】
【0027】
21 陰極
31 陽極
33 陽極先端面
33a 平坦面
33b テーパ面
34 周辺環状部
35 開口
36 挿入体
37 緩衝材
37a 緩衝材先端
39 凹溝
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショートアーク型放電ランプに関するものであり、特に、半導体や液晶の製造分野などの露光用光源や映写機のバックライト用光源に適用されるショートアーク型放電ランプに係る。
【背景技術】
【0002】
ショートアーク型放電ランプは、発光管内に対向配置された一対の電極の先端距離が短く点光源に近いことから、光学系と組み合わせることによって露光装置用若しくは映写機のバックライト用の光源として利用されている。
【0003】
特開平10−188890号公報は、従来のショートアーク型放電ランプを開示する。
図8に該従来のショートアーク型放電ランプが示されており、ショートアーク型放電ランプ1の発光管10は、中央に位置する略球状に形成された発光部11と、その両端の封止部12を備える。発光部11内には、タングステン等からなる陰極21と陽極31とが互いに向き合うように対向配置されるとともに、その発光空間Sには水銀、キセノン等の発光物質が封入されている。
上記陰極21及び陽極31に連設された電極軸22、32が図示しない金属箔を介して封止部12で封止されている。
【0004】
しかして近年においては、半導体や液晶パネルの製造工程で用いられる上記ショートアーク型放電ランプにおいては、特開2000−181075号公報に見られるように、省電力化のために、常に一定の電力で点灯するのではなく、露光時にのみ定格電力で点灯(通常点灯)させ、基板移動などの待機時には前記定格電力よりも小さな最小限の電力で点灯(待機点灯)させるという点灯方式(以下、フル・スタンバイ点灯という)が採用されている。
例えば、露光時は定格電力で0.1〜10秒点灯させ、待機時は定格電力よりも小さい待機電力で0.1〜100秒点灯させるということが繰り返される。
【0005】
ところで、ランプの点灯・消灯時や、上記のフル・スタンバイ点灯時における入力電力の変更時などには、アークから陽極へ流入する熱流束が変化するため、陽極温度が変化し、陽極に内部応力が発生する。
このとき、図9に示すように、アークに対面する陽極先端面の中央部50は、最も温度変化の大きい部分であり、従って熱膨張も大きくなる。これに対して、該中央部50の周辺にある環状部51は、前記中央部50よりも温度変化が少なく、その熱膨張も小さい。
そのため、中央部50はかかる熱膨張により、その周辺環状部51から圧縮応力を受けることになり、その結果、先端面から突出するように変形する。
【0006】
このような突出は、定格点灯時に陽極先端の温度が安定した後も完全には元の形状に戻ることなく残存する。加えて、特にフル・スタンバイ点灯時には、このような変形が繰り返し生じ、突出が蓄積されることにより肥大化していく。
すると、肥大化した突出部に放電が集中することとなって、該突出部が異常過熱され、電極物質が蒸発し発光管内壁に付着して、該発光管内壁が黒化してしまい、急速な照度低下を引き起こすという問題があった。
【0007】
上記従来技術の問題点を解消すべく、本発明者等は、先に特願2009−165272号において、陽極の先端中央に形成した開口内に陽極とは別体の挿入体を、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入する構造を提案している。
図10(A)、(B)にその概要が示されていて、タングステンからなる陽極31の先端面33の中央部分には、該先端面33に開口する開口35が形成されている。そして、該陽極31とは別体で、陽極と同一素材からなる挿入体36が前記開口35と整合した形状に成形されていて、この挿入体36が、緩衝材37を間に挟むようにして、前記開口35内に打ち込み等の手段によって圧入・嵌挿されている。
前記緩衝材37は、該陽極31および挿入体36よりも、同じ温度における降伏応力が小さな金属材料からなり、具体的には、タンタル、モリブデン、ニオブ、またはレニウムなどからなる金属箔である。
【0008】
このような構造とすることによって、陽極31の先端中央部を構成する挿入体36が熱膨張するときには、該挿入体36と開口35の間の緩衝材37が高温クリープ変形を起こし、挿入体36の熱膨張分を吸収・緩和するかたちとなり、前記開口35の周辺の環状部分33aによる圧縮応力を受けることがない。
その結果、先端中央部を構成する挿入体36が変形することもなく、局所的な突出部が形成されることもないという効果が期待できるものである。
【0009】
ところが、点灯電力の更なる大電力化や、フル・スタンバイ点灯条件の過酷化などによって、上記構造においても条件によっては新たな問題が生じる場合があることが判明した。
図11で示すように、温度上昇に伴い緩衝材37が熱膨張し塑性変形していく。この時に、緩衝材37は挿入体36と陽極31先端の周辺環状部33aとの間で圧縮力を受けて、軸方向に逃げることになり、陽極31の先端面33から突出するという現象が生じることがある。
このように、緩衝材37が陽極先端から突出してしまうと、その突出端37aが過剰に加熱され蒸発してしまい、これが発光管の黒化を招き照度低下を起こすことになるというものである。
【0010】
加えて、図12に示すように、陽極31に挿入した挿入体36の周辺に突部38が形成されるという新たな問題が生じる場合があることが判明した。
陽極31は、ランプ点灯時、アーク放電を受けており、そのアーク放電は、その中心が最も高温で、中心から周辺に向かうに従って温度が下がっていく。このため、陽極中心に位置する挿入体36が高温になり、該挿入体36は陽極31よりも熱膨張量が大きくなる。一方、陽極31側では、緩衝材37に接する側が最も高温になるので最も膨張量が大きく、周辺に向かうに従って膨張量が少なくなっていく。そうなると、挿入体36の膨張を緩衝材37によって吸収するものの、陽極31の緩衝材側の膨張は膨張量の少ない周辺側に逃がすことができず、また緩衝材側に逃げようとしても、緩衝材37は既に挿入体36からの膨張を吸収しており、陽極31のこの膨張量を十分に吸収しきれない。そのため、その膨張量が先端に向かってしまい突部38が形成されたものと推測される。
このように、陽極先端面の挿入体36の周囲に突部38が形成されてしまうと、この突部38と陰極との電極間距離が短くなってしまい、該突部38にアークが集中することになり、当該突部38が過度に加熱されて蒸発し、これが発光管の黒化を招き照度低下を起こすことになるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平10−188890号公報
【特許文献2】特開2000−181075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
この発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点に鑑みて、特に、フル・スタンバイ点灯方式を採用するショートアーク型放電ランプにおいて、陽極先端で生じる熱応力を緩和して、陽極先端の中央部分が変形することを防ぎ、黒化を防ぐことができる陽極構造を有するショートアーク型放電ランプを提供せんとするものである。
また同時に、先の出願による提案に関する新たな問題点、即ち、陽極先端に緩衝材を介在させて挿入体が圧入された陽極構造を有するショートアーク型放電ランプにおいて、フル・スタンバイ点灯条件の過酷化などによって、緩衝材が陽極先端から突出してしまうことがあり、更には挿入体の周囲に突起が形成されてしまうという新たな問題をも併せて解決した構造を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、この発明に係るショートアーク型放電ランプは、前記陽極の先端面の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、該緩衝材の先端が、陽極の先端面より後退していることを特徴とする。
【0014】
また、前記陽極の先端面には、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
この発明のショートアーク型放電ランプによれば、陽極と、その先端中央に圧入した挿入体との間に介在させた緩衝材の先端を、前記陽極の先端面より後退させたので、特に、フル・スタンバイ点灯時などに、陽極先端部の温度が変化して挿入体が熱膨張しても、該挿入体の膨張は緩衝材に吸収されて挿入体の先端が変形突出することがなく、しかも、該緩衝材の先端が陽極の先端面よりも突出することもなく、その部分に放電アークが集中して蒸発するようなことがない。
しかも、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されているので、緩衝材を挟んで隣接する挿入体の熱膨張や陽極側の熱膨張をこの凹溝に逃がすことができ、これらが局所的に変形突出するようなことがない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るショートアーク型放電ランプの第1実施例の陽極の先 端部の要部断面図。
【図2】図1の第1実施例の作動説明図。
【図3】第2実施例の要部断面図。
【図4】図3の第2実施例の作動説明図。
【図5】第3実施例の断面図。
【図6】第4実施例の断面図。
【図7】本発明の効果を表すグラフ。
【図8】従来技術の全体図。
【図9】図8の要部説明図。
【図10】先願に係る陽極断面図。
【図11】図10の陽極の不具合説明図。
【図12】図10の陽極の別の不具合説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、第1実施例の断面図であり、(A)は組み込み断面図、(B)はその要部拡大断面図である。
図1において、陽極31の先端面33は平坦面33aとテーパ面33bとより構成され、その中央部分、より具体的には、平坦面33aの中央部分には、該平端面33aに開口する開口35が形成されている。そして、該陽極31とは別体で、陽極と同一素材からなる挿入体36が前記開口35と整合した形状に成形されていて、この挿入体36が、緩衝材37を間に挟むようにして、前記開口35内に打ち込み等の手段によって圧入・嵌挿されている。
【0018】
具体的には、タングステンからなる陽極31の先端面の開口35に、同じタングステンからなる挿入体36が挿入されるものであり、該開口35および挿入体36は該挿入体36を圧入し易くするために、若干の先細のテーパ状とされるのがよい。
緩衝材37は、該陽極31および挿入体36よりも、同じ温度における降伏応力が小さな金属材料からなり、具体的には、タンタル、モリブデン、ニオブ、またはレニウムなどからなり、この実施例では金属箔であって、前記挿入体36の外周に巻きつけられて、挿入体36と共に開口35内に嵌挿される。
【0019】
このとき、図1(B)に示すように、緩衝材37は、その先端37aが陽極31の先端面33よりも十分後退した位置にあるようにされている。こうすることにより、図2に示すように、点灯時に該緩衝材37が熱膨張しても、その膨張量Xは陽極31と挿入体36との間の空間内に納まり、その先端37aが陽極31の先端面33から突出することがない。
【0020】
上記構成とすることにより、陽極31の先端中央部を構成する挿入体36が熱膨張するときには、該挿入体36と、その周辺の環状部の間に挟まった緩衝材37が高温クリープ変形を起こし、挿入体36の熱膨張分を吸収・緩和するかたちとなり、周辺環状部による圧縮応力を受けることがない。その結果、先端中央部を構成する挿入体36が変形することもなく、局所的な突出部が形成されることもない。
しかも、緩衝材37の先端37aが陽極31の先端面33よりも後退しているので、熱膨張してもその先端が陽極先端面よりも突出するようなことがない。
【0021】
図3は、第2実施例の断面図であり、(A)は組み込み断面図、(B)はその要部拡大断面図である。
この実施例では、図3に示すように、陽極31の先端面33には、前記緩衝材37の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体36の一部に亘って凹溝39が形成されている。この凹溝39は挿入体36を陽極31に組み込んだ後に、切削加工して形成する。従って、緩衝材37の先端37aも同時に切削されることになり、その先端37aはこの凹溝39に臨むように位置し、陽極31の先端面33より後退した位置にある。
勿論、この場合にも、緩衝材37の先端37aが、凹溝39の底面よりも更に後退した位置にあってもよく、緩衝材37の本来の緩衝機能が損なわれない程度にその位置を決定すればよい。
【0022】
こうすることで、図4に示すように、緩衝材37が熱膨張しても、その先端37aは凹溝39内に収まり、先端面33より突出することがない。そのため、アークがこの緩衝材37の先端37aに集中することがなく、緩衝材37の蒸発による照度低下を防止できる。
また、緩衝材37を挟んで隣接する陽極31の一部と挿入体36とは、熱膨張しても、その熱膨張分は凹溝39内に逃げることになり、当該部位が先端面33より突出するように変形して突部を形成することもない。
なお、凹溝39の形状は断面半円形のものを示したが、他の形状であってもよく、また、その加工方法も切削以外にレーザ加工によるものであってもよい。
【0023】
なお、上記実施例においては、挿入体36は、陽極31の先端面33の平坦面33a内に位置しているものを示したが、図5に示すように、挿入体36が先端平坦面33aと同じ大きさであって、挿入体36と陽極31との境界が、平坦面33aとテーパ面33bの境界となる場合もあり、また、図6に示すように、挿入体36が平坦面33aより大きく、陽極31との境界がテーパ面33bに位置する場合もある。
これらの場合、陽極31の先端平坦面33aは、挿入体36の先端平坦面によって構成される。
そして、これらの場合であっても図5や図6に示すように、挿入体36と陽極31との境界に凹溝39を設けることにより、図3に示す第2実施例と同様の効果を得ることができる。
【0024】
本発明の効果を確認する実験を行った。
<陽極構造>
本発明の陽極として、図3に示すものを準備し、比較例として、図10に示す構造のものを準備した。そして、従来例として図9に示す、挿入体や緩衝材を設けていないものを準備した。
<陽極材料>
陽極本体はタングステン、挿入体はタングステン、そして緩衝材はタンタルで形成した。
<仕様>
各ランプは、封入水銀量が25mg/cc、電気特性が25kW(160V,156A)のランプを準備した。
各陽極は、先端径がφ9mm、胴部径がφ35mm、電極軸方向の長さが60mmで形成した。
比較例の挿入体は、先端径がφ9mm、長さは15mmで形成した。本発明は、比較例と同一の挿入体を設けた上で、先端径φ9mmの位置に深さ0.5mmのR1の溝を、旋盤による切削加工によって設けた。
比較例と本発明の緩衝材は厚み50μmのものを用い、比較例に対してはランプ不点灯時において陽極先端面の位置に緩衝材の端部が位置するように設けた。
<点灯方法と測定方法>
入力電力25kWで2sec,12.5kWで7secの点灯サイクルを繰り返し、ランプの発光管外部に配置した照度計によって、点灯時間経過に伴うI線(波長365nm)照度を測定した。なお、実験では、従来が相対照度(照度維持率)80%を下回った時点で測定を終了し、比較例と本発明とは、相対照度(照度維持率)90%を下回った時点で測定を終了した。
【0025】
図7に実験結果を示しており、その実験結果は、点灯開始時の照度を100%とし、点灯時間経過後の照度は、点灯開始時の照度に対する相対照度として示している。
従来例(■)では点灯時間が500時間経過した時点で、照度維持率90%を下回っており、さらに点灯時間を継続しても、照度維持率の改善が見られず、低下し続けた。
比較例(▲)は、点灯時間が750時間経過した時点で、照度維持率90%を下回った。
本発明(○)は、点灯時間が1250〜1300時間までは照度維持率90%を上回り、1350時間経過した時点で90%を下回った。
【0026】
<考察>
従来例では、陽極先端に突出部が形成され、その突出部が蒸発して飛散することで、発光管内面を黒化させ、照度維持率90%が500時間となり、比較例や本発明よりも照度維持率が低かったものと推測される。
これに対し、比較例では、挿入体と緩衝材を設けることで、挿入体の膨張を緩衝材によって吸収されることで、挿入体先端面からの突出部の形成が抑制され、従来よりも照度維持率が伸び、照度維持率90%は750時間になったものと推測される。
しかし、緩衝材が陽極先端面から突出したり、挿入体の周辺の陽極部分に突部が形成されたりして、緩衝材の突出した部分や陽極の突部が蒸発して、発光管内面を黒化させることで、本発明よりも照度維持率が低かったものと推測される。なお、点灯時間750時間後に、比較例の陽極先端面を観察すると、挿入体の先端面を取り囲むように環状の突部が形成されていた。
本発明では、照度維持率90%が1350時間と、従来例の500時間はもとより、比較例の750時間に比べても著しく伸びた。これは、凹溝を設けて、緩衝材と挿入体の一部と陽極先端面の一部を削除したことにより、緩衝材が挿入体の先端面よりも突出することが抑制される共に、陽極先端面の挿入体側に突部が形成されることも抑制されたものと推測される。これにより、本発明は、緩衝材の突出部による蒸発や、陽極先端面の突部の蒸発を抑制できたために、照度維持率を著しく伸ばすことができたものと推測される。
【符号の説明】
【0027】
21 陰極
31 陽極
33 陽極先端面
33a 平坦面
33b テーパ面
34 周辺環状部
35 開口
36 挿入体
37 緩衝材
37a 緩衝材先端
39 凹溝
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光管内に陽極と陰極が対向配置されてなるショートアーク型放電ランプにおいて、
前記陽極の先端面の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、
前記緩衝材の先端が、陽極の先端面より後退していることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。
【請求項2】
前記陽極の先端面には、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されていることを特徴とする請求項1に記載のショートアーク型放電ランプ。
【請求項1】
発光管内に陽極と陰極が対向配置されてなるショートアーク型放電ランプにおいて、
前記陽極の先端面の先端中央部に開口が形成され、該開口内に陽極とは別体の挿入体が、該陽極材料よりも降伏応力の小さな金属よりなる緩衝材を介在して挿入されてなり、
前記緩衝材の先端が、陽極の先端面より後退していることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。
【請求項2】
前記陽極の先端面には、前記緩衝材の先端に隣接する陽極の一部と、前記挿入体の一部に亘って凹溝が形成されていることを特徴とする請求項1に記載のショートアーク型放電ランプ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−146511(P2012−146511A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3933(P2011−3933)
【出願日】平成23年1月12日(2011.1.12)
【出願人】(000102212)ウシオ電機株式会社 (1,414)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月12日(2011.1.12)
【出願人】(000102212)ウシオ電機株式会社 (1,414)
【Fターム(参考)】
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