説明

シルクたんぱく質からの糸の製造方法および製造装置

本発明はシルクたんぱく質からの糸製造工程とその方法を実行するために適した装置に関する。さらに、本発明は、それにより得られた糸とその使用に関する。本発明は高品質なシルク糸の大量の製造を導く拡散ユニットを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シルクたんぱく質から糸を製造する方法および前記方法を実行するのに適した装置に関する。さらに、本発明は、それにより得た糸とその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
天然シルク、例えば、スパイダーシルクは非常に優れた張力と伸展性とを併せ持つ、たぐいまれな素材である。これらの特性により、この素材の大規模な製造が長年に渡り試みられてきた。このために動物、例えば、クモを使用することはできないため、組み換えによりシルク(例えば、スパイダーシルク)たんぱく質の出発原料を得て糸に紡ぐ方法の調査に重点をおいて研究がなされた。
【0003】
原材料として、本物のシルクたんぱく質(シルク遺伝子の本物の配列を用いて得られた組み換えたんぱく質)および人工のシルクたんぱく質(その一次配列が広く自然配列に対応する人工遺伝子に基づくたんぱく質)が用いられる。人工的に製造された糸の品質は使用された原材料と紡績方法の両方により決定されると考えられる。
【0004】
天然紡績工程のように、人工紡績工程において、シルクたんぱく質は溶性から不溶性に転移し、その構造はできる限り本物の糸と一致しなければならない。そのため、Jelinskiのワーキンググループは数ミリグラムのシルクたんぱく質を数メートルのシルク糸に紡ぐことができるマイクロ紡績装置を開発した(Liivak et al.,1998)。ヘキサフルオロイソプロパノールに溶解させたクモ(Nephila clavipes)のシルクが出発原料として使用された。そのように溶解されたたんぱく質はアセトンの沈殿浴に紡績ノズルを介して注入された。しかしながら、このようにして得られた糸は扱いづらく、天然シルク糸と構造上の類似がほとんどなかった(Seidel et al.,1998; Seidel et al, 2000)。第一に、それを水で処理し、糸を補助的に引き出すと(post spin draw)、機械的および構造上のパラメータを向上させることができた。しかしながら、天然シルクの特性は達成できなかった(Seidel et al.,2000)。
【0005】
他のグループは、メタノールと水の混合液を沈殿浴として使用する紡績技術を開発した。これにより、人工シルクたんぱく質とクモ(Nephila clavipes)の組み換えMaSplを尿素含有の溶液から紡ぐことができた。しかしながら、これらもまた扱いづらかった(Arcidiacono et al.,2002)。
【0006】
同じ技術を用いて、カオトロピック試薬なしで溶解する組み換えADF−3を糸に紡ぐことができた。この場合もまた、糸の特性はpost spin draw(Lazaris et al.,2002)によって向上されたが、天然糸の張力を達成することはできなかった。Oxford Biomaterials社(オックスフォード、英国)、Spin‘Tech GmbH社(ルードヴィヒスブルク、ドイツ)、およびInstitut fuer Mikrotechnik Mainz GmbH社(マインツ、ドイツ)は、発明者の既知知識により、マイクロダイアリシス方法や類似の方法を用いてシルクたんぱく質を糸に紡ぐ方法を開発した。
【0007】
加えて、いわゆる電子紡績を用いてシルクたんぱく質から糸を得ることに成功した試みがあった(Prof. Frank Ko、Drexel大学、フィラデルフィア、ペンシルバニア州、米国)。しかしながら、そのように製造された糸の機械的特性に関しては未だ何も開示されていない。
【0008】
US2003/0201560(特許文献1)はたんぱく質溶液から糸を紡ぐ装置に関する。それによると、前記装置は、前記たんぱく質溶液または「ドープ」がそれぞれ通過するじょうご状の領域を有し、この通路は少なくとも部分的に半透性および/または浸透性の素材でできている。
【0009】
WO2005/017237(特許文献2)は、とりわけたんぱく質を生産する装置に関する。前記装置はチューブ状の通路を有し、その壁は部分的に透過性または浸透性がある。これはpH、含水量、およびイオン組成をモニタリングする上で有利である。
【0010】
WO2004/057069(特許文献3)は目的物の製造方法および装置に関し、特に、スパイダーシルクたんぱく質から糸を紡ぐ方法および装置にも関する。この方法は、本質的に、例えばカリウム、好ましくはフッ化カリウムを加えることによって達成されるたんぱく質溶液のゾルゲル遷移に関する。更に、前記方法を実行するために用いる前記装置は、半透過可能または浸透可能に形成された「遷移室」を有すると述べられている。
【0011】
WO2003/060099(特許文献4)はスパイダーシルクファイバーまたはバイオフィラメントのそれぞれの製造に関する。その既定された装置においては、スパイダーシルクたんぱく質溶液が通過する「押出ユニット」について記述されている。WO2003/060099は、特に、空気に触れた後フィラメントを凝固浴に挿入することに関する。
【0012】
このように、従来から使用され公開されているスパイダーシルクたんぱく質を紡ぐ方法は、主にたんぱく質溶液の沈殿浴への注入による。たんぱく質の紡績溶液内での溶解状態を安定させるため、沈殿浴は通常カオトロピック物質または有機溶媒を含む。これらの添加物の影響を補い、たんぱく質集合体を誘発するため、リオトロピック剤が適宜沈殿浴に追加される。
【特許文献1】US2003/0201560A1号公報
【特許文献2】国際公開WO2005/017237号パンフレット
【特許文献3】国際公開WO2004/057069号パンフレット
【特許文献4】国際公開WO2003/060099号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
一方、本発明は、沈殿浴の使用、および天然剤、カオトロピック剤、またはリオトロピック剤の添加を不要とするシルクたんぱく質の製造方法および装置を提供することを目的とする。また、本発明は、天然シルクに近似または一致する機械的特性を有する安定したシルクたんぱく質を製造する方法および装置を提供することを目的とする。本発明のさらなる目的は、大量の、すなわち、大規模生産にふさわしい量のシルク糸を製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
これらの目的は独立クレームの主題によって解決される。好ましい実施の形態は従属クレームに記載される。
【発明の効果】
【0015】
前述のように、スパイダーシルクたんぱく質を紡績する従来から使用された方法は、主にたんぱく質溶液の沈殿浴への注入に基づき、前記沈殿浴は通常、たんぱく質の紡績溶液内での溶解状態を安定させるため、カオトロピック物質、リオトロピック物質、または有機溶媒を含む。
【0016】
一方、例えばクモの中の天然シルクの集合は、他の要素によって媒介されることがわかった。重要な工程は、カリウムおよびリン酸イオンの添加により誘発される紡績溶液の水相、低たんぱく質相、および高たんぱく質相への相分離である。前記高たんぱく質相の伸長に続いて完成した糸を引き出すことで、シルクたんぱく質の集合体が得られる。
【0017】
従来技術により人工的に紡いだ糸の、天然スパイダーシルクに比べると比較的劣る機械的特性は、相分離および伸長が機械的に安定した構造形成のための重要な要素であることを示す。しかしながら、この発見はシルク糸製造には未だ用いられていない。
【0018】
前述した従来技術の紡績方法に比べると、本発明の取り組みはいくつかの違いがある。
【0019】
本発明の方法は、非天然のカオトロピック剤、またはリオトロピック剤を添加することなく、水溶液のみに基づく。どのような理論にも束縛されることを意図するものではないが、それにより、たんぱく質が自然状態に対応する立体構造で存在すると推測される。
【0020】
紡績溶液の組成の変化は拡散を介して達成される。そのため、前記溶液は、沈殿浴の場合のように直ちに固体状態をとることなく、集合可能な状態に転移することができる。
【0021】
糸集合体は、部分的に集合した高たんぱく質相を引き出すことにより完成される。化学ポリマーの構造研究から、濃縮ポリマー溶液の伸長は単一高分子鎖の配列をもたらし、故に、それらから形成される繊維の安定性が高まることが知られている。このため、ここで使用される引出による紡績方法は、圧力による方法よりも勝ると考えられている。
【0022】
本発明の紡績装置によると、技術および産業の多くの分野で使用される、人工スパイダーシルクからの高機能繊維の製造が可能になる。防弾装置の開発などの弾道応用だけでなく、人工スパイダーシルクは、パラシュート、特殊ロープおよびネット、スポーツ用品、繊維製品、ならびに軽量な建設構成要素にまでも使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明は以下の実施形態に関する。
【0024】
第一の側面として、本発明は、下記a)〜e)の工程を含む、シルクたんぱく質からの糸の製造方法に関する。
a)シルクたんぱく質の溶液を準備し、
b)カリウムおよびリン酸イオンを含有する組成物を含む拡散ユニットに前記溶液を転移し、
c)前記拡散ユニットから拡散されるカリウムおよびリン酸イオンと接触するように前記溶液を前記拡散ユニットに通し、
d)前記溶液を高シルクたんぱく質相と低シルクたんぱく質相に分離し、
e)前記高たんぱく質相からシルク糸を得る。
【0025】
シルク糸は引出によって得られるのが好ましい。
【0026】
本出願で使用される「シルクたんぱく質」という語は基本的に何ら制限されないことに留意すべきである。唯一、たんぱく質が適切な条件下で糸に製造されることのみ要求される。さらに制限された意味では、前記シルクたんぱく質は、それぞれ天然または組み換えを起源とするたんぱく質であり、例えば、クモ(蛛形網)や昆虫(昆虫網)に由来のたんぱく質などであることを特徴とする。たんぱく質の起源としては、カイコ(Bombyx mori)、ミドリクサカゲロウ(Chrysoperla carnea)、オニグモ(Araneus diadematus)、および女郎蜘蛛(Nephila clavipes)などが挙げられる。
【0027】
ここで用いられるシルクたんぱく質は、自然配列を構成する本物のたんぱく質でも、その一次配列が広く自然配列に対応する人工遺伝子に基づく人工たんぱく質でもよい。
【0028】
単一のシルクたんぱく質配列は、データベースを介して当業者がアクセス可能であり、ほんの一例として、Araneus diadematusの配列ADF−3およびADF−04は、番号U47855およびU47856でアクセス可能である。
【0029】
ここで使用される「拡散ユニット」という語は、成分をその内外に拡散可能な貯留媒体を指す。本発明の拡散ユニットは、先行技術において従来使用されていた、貯留の性質を持たずに成分を一方向に通過させることができる浸透性または半透過性の膜ではない。本発明の拡散ユニットは、一方で高たんぱく質相と低たんぱく質相の形成に必要なカリウムおよびリン酸イオンを提供し、他方で(糸製造に使用されない)低たんぱく質相が吸収される、むしろマトリックスといえる。
【0030】
一実施形態において、前記a)で提供される紡績溶液は少なくとも1〜50%、好ましくは10〜40%、より好ましくは10〜20%(w/v)のシルクたんぱく質を含む。経験から、溶液のpHは4.0〜12.0、好ましくは6.5〜8.5、より好ましくは8.0である。前記溶液は「ドープ」とも呼ばれる。「ドープ」とは、たんぱく質単量体のほかに、更に、二量体、三量体、および/または四量体などのたんぱく質集合体を有することができる液体または溶液を意味する。前述した溶媒に加えて、このたんぱく質溶液は、例えば、溶液の安定または処理性を高める薬剤だけではなく、例えば保存料などの添加物を有することができる。
【0031】
本発明の方法において、前記溶液は、水、アルコール、およびそれらの混合物から選択される極性溶液を含むことが好ましい。アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、またはグリセロールやプロピレングリコールなどの多価アルコールが挙げられる。最後に述べた溶媒は、それら溶媒の特性以外に粘度設定剤および/または保存料としても使用することができる。
【0032】
好ましい実施の形態によると、シルク糸を得る工程は高たんぱく質相とガスまたは液体を接触させる工程を有する。通常、とりわけ酸化作用が望まれる場合には、ガスは酸素含有ガスである。一方、ガスは、例えば、窒素、アルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスでもよいし、それらガスの混合ガスでもよい。
【0033】
ガス状物質との接触に加え、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、アセトン、アセトニトリルなどの液体、好ましくはメタノールと接触してもよい。
【0034】
特に好ましい実施の形態において、本発明の拡散ユニットはゲル素材から形成される。ゲル素材としては、ヒドロゲル、特にポリアクリルアミド、セルロース誘導体、ポリビニルメチルエーテル(PVME)、ポリスチレン−ポリブタジエン(PS−PB)、ステアリルアクリレート、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリル酸、ポリ(N−ビニルピロリドン)(PVP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリイソプロピレンアクリルアミド、ポリエーテルスルホン酸、および/またはシリコーンヒドロゲルを含むヒドロゲルを使用することが好ましい。
【0035】
あるいは、前記拡散ユニットはセラミックスから形成されてもよい。
【0036】
第二の側面として、本発明は、上記のように定義した方法を実行する装置であって、
シルクたんぱく質の溶液を前記拡散ユニットに転移する第1装置と、
カリウムおよびリン酸イオンを含有する組成物に囲まれ前記溶液を通す通路を有する拡散ユニットとを有し、前記拡散ユニットは、前記溶液を前記拡散ユニットから拡散されるカリウムおよびリン酸イオンと接触させて、その通路の出口において高シルクたんぱく質相と低シルクたんぱく質相に分離された溶液を提供し、かつ、
前記溶液の前記高たんぱく質相から前記シルク糸を製造する第2装置とを有する。
【0037】
本発明の装置の好ましい一実施形態において、前記第1装置は、制御可能ポンプと結合するシリンジとして形成される。例えば、マイクロコントローラなどの制御装置が制御可能ポンプを制御する。前記制御装置は、制御可能ポンプを作動するための逐次プログラムを記憶することができるメモリを有することが好ましい。
【0038】
好ましい一実施形態によると、前記第1装置は、前記溶液を連続的に前記拡散ユニットに転移する制御可能ポンプシステムとして形成される。特に、前述の制御プログラムは、前記溶液の前記拡散ユニットへの転移の連続的な過程を制御し確実にするように形成される。
【0039】
他の実施形態によると、前記拡散ユニットはその通路の前記出口において先細りまたはノズルを有し、それにより前記溶液の前記拡散ユニットからの排出を制御可能とする。前記ノズルまたは先細りはその断面積が外側に向かって小さくなるように構成されている。
【0040】
他の好ましい実施形態によると、前記第2装置は、作動装置によって作動されるロールまたはリールとして形成され、前記拡散ユニットの前記出口において前記溶液の前記高たんぱく質相から形成した液滴から前記シルク糸を引き出す。特に前記作動装置は、前記制御装置のメモリに記憶された逐次プログラムが前記作動装置も制御するように前記制御装置とも結合し、それにより、とりわけ糸を引き出す連続的な工程を確実にする。
【0041】
他の好ましい実施形態によると、たんぱく質集合体に必要な張力によって前記ロールまたはリールがスパイダーシルク糸を引き出す。
【0042】
他の好ましい実施形態によると、前記拡散ユニットは交換可能なカートリッジとして形成される。
【0043】
他の好ましい実施形態によると、前記作動装置はモータおよび/またはギアボックスを有する。
【0044】
他の好ましい実施形態によると、前記拡散ユニットの前記通路は前記溶液を通す為のほぼ一定の内径を有する。
【0045】
このように、本発明のアプローチは、その全ての実施例において、じょうごとしてチューブ状の断面を描いた、例えばUS2003/0201560などの技術の到達水準とは著しく異なる。それは、収束形状のノズルを使用できれば繊維内の分子の配向を向上することができると具体的に指摘している。好ましくは、本発明はそのアプローチに追随しない。
【0046】
他の好ましい実施形態によると、前記拡散ユニットは前記高たんぱく質相を前記拡散ユニットから除去できる第3装置を有する。
【0047】
他の好ましい実施形態によると、前記第3装置は真空ポンプとして形成される。
【0048】
第三の側面として、本発明は、請求項1〜10のいずれか1項以上に記載の方法で得られる糸に関する。この糸は防弾装置の開発などの弾道応用、パラシュート、特殊ロープおよびネット、スポーツ用品、繊維製品の製造、医療技術だけでなく、航空機における軽量な建設構成要素の技術および産業において使用されることが好ましい。
【0049】
本発明を図面と実施例を用いて説明する。図面は以下の通りである。
図1はシルクたんぱく質から糸を製造する本発明の装置の一実施例の略ブロック図である。
図2は本発明の拡散ユニットの一実施例の略ブロック図である。
図3は本発明の装置の写真である。
図4は本発明の拡散ユニットの写真である。
図5は糸集合体の分析を示す。
図6のA−CはA. Diadematusからの天然シルクであり、
Aは張力試験の前を、Bはサンプルを切断した後を、Cは断面を示し、
D−Fは人工シルク(AQ)24NR3 サンプル1であり、
Dは張力試験の前を、Eはサンプルを切断した後を、Fは断面を示す。
【0050】
全ての図面において、同一または機能的に同一の要素及び装置は、特に明記しない限り、同一符号を付している。
【0051】
図1に、本発明の装置の好ましい実施例の略ブロック図を示す。
【0052】
シルクたんぱく質からシルク糸7を製造する方法を実行する本発明の装置1は、第1装置2、拡散ユニット4、および第2装置6を有する。
【0053】
前記第1装置2はシルクたんぱく質の溶液3を前記拡散ユニット4に転移する。前記第1装置2は制御可能ポンプ21に結合するシリンジ22として形成されることが好ましい。前記ポンプ21と前記シリンジ22の間に前記溶液3の貯留部23が配置されることが好ましい。図1によると、符号Fは前記貯留部3における前記溶液3の流れの方向を示す。前記第1装置2はさらに前記溶液3を連続的に前記拡散ユニット4に移す制御可能ポンプシステムとして形成される。前記ポンプシステムは少なくとも1つのホースポンプを有することが好ましい。
【0054】
たとえば、前記第1装置2はカニューレ8を介して前記拡散ユニット4と接続される。
【0055】
前記拡散ユニット4は前記溶液3を通す通路41を有する。前記通路41はカリウムおよびリン酸イオンを含有する組成物42に囲まれる。前記溶液3が前記拡散ユニット4から拡散されるカリウムおよびリン酸イオンと接触することにより、前記拡散ユニット4はその通路41の出口43において高シルクたんぱく質相5と低シルクたんぱく質相に分離された溶液3を提供する。好ましくは、前記拡散ユニット4はその通路41の前記出口43において先細りまたはノズル44を有し、とりわけその幾何学的構造により前記溶液3の前記拡散ユニット4からの排出を制御可能とする。
【0056】
さらに、本発明の装置1は前記溶液3の高たんぱく質相5からシルク糸7を製造する第2装置6を有する。特に、前記第2装置6は作動装置によって作動されるロールまたはリールとして形成され、前記拡散ユニット4の前記出口43において前記溶液3の前記高たんぱく質相5から形成した液滴から前記シルク糸7を引き出す。前記ロール6は特に、たんぱく質集合体に必要な張力によって前記シルク糸を引き出す。前記ロール6を作動する前記作動装置は特にモータおよび/またはギアボックスを有する。
【0057】
図2は図1の拡散ユニット4のより好ましい実施の形態を示す。溶液3を通過させる通路41の内径dはほぼ一定であることが好ましい。
【0058】
前記拡散ユニット4は、好ましくは交換可能なカートリッジとして形成されることにより、前記溶液3の前記低たんぱく質相が飽和した際に前記拡散ユニット4を交換することができる。前記拡散ユニット4は、特に第3装置を有し、それにより前記拡散ユニット4の前記低たんぱく質相を除去することができる。たとえば、この第3装置は真空ポンプとして形成される。さらに、図2に示されるユニットは符号45のバッファー槽を有する。
【実施例】
【0059】
ここに記載の発明は、これらの工程を、機械的弾性のあるたんぱく質糸の自動製造を可能にする紡績方法に組み入れる。
【0060】
図1は本発明の一実施例による紡績方法の略図を示す。この方法は実質的に4つの構成要素を有する。制御可能なモータ/ギアボックスユニットは、紡績溶液をシリンジを介して拡散ユニットに連続的に供給するために設けられる。ゲルで形成されるこのユニットにおいて、カリウムおよびリン酸イオンが前記紡績溶液に拡散することにより相分離がおこる。高たんぱく質相および低たんぱく質相はさらに拡散ユニットの出口に運ばれ、そこで空気と接触する。この接触が紡績工程には非常に重要で、乾燥工程により水相の削減がなされると考えられる。
【0061】
糸は前記高たんぱく質相より形成された液滴から引き出される(図2)。制御可能モータを介して作動されたロールが前記糸を巻き取ることにより、たんぱく質集合体に必要な張力が保たれ、連続的な糸の形成が達成される。図2は本発明の一実施例による拡散ユニットの構成要素を示す。
【0062】
本技術の機能はプロトタイプの構造により示される(図3)。プロトタイプの骨格だけでなくモータおよびギアボックスユニットは金属構造キット(Compakt Technik GmbH社、シュリースハイム、ドイツ)の部品から構築された。金属針(ゲージ22、ポイントスタイル3;Hamilton社、ボナドゥッツ、スイス)を有する25μlのガラスシリンジが紡績溶液を供給するために使用された。図3は本発明の好ましい実施の形態を示す。
【0063】
前記拡散ユニットは、0.5Mのリン酸カリウムpH8.0によって平衡化された20%のポリアクリルアミドゲルによって構成される。0.7mmの径を有する通路はゲルを貫通してプラスチックチップにおいておよそ0.2mmの内径で終端した(図4)。たんぱく質糸は、4cmの直径を有し60rpmで回転するテフロン(登録商標)のロールにより巻き上げられる。図4は拡散ユニットの要点を示す。
【0064】
このプロトタイプにおいて、人工シルクたんぱく質(AQ)24NR3(Huemmerich et al.,2004参照)の25%溶液は、太さ4μmの糸に紡ぐことができた。図5は糸集合体の分析を示す。図5Bにおいて、糸はテフロン(登録商標)のロールによって巻き上げられる。図5Bは製造された糸の走査電子顕微鏡写真である。
【0065】
前述の紡績装置内で紡がれた後の人工シルク(AQ)24NR3の繊維と比較したニワオニグモ(Araneus diadematus)の天然シルクの機械的特性(図5C参照):
【0066】
【表1】

【0067】
参考文献

Arcidiacono, S., Mello, C.M., Butler, M., Welsh, E., Soares, J. W., Allen, A., Ziegler, D., Laue, T. & Chase, S. (2002) Aqueous processing and fiber spinning of recombinant spider silks. Macromolecules 35: 1262−6.

Huemmerich, D., Helsen, C. W., Quedzuweit, S., Oschmann, J., Rudolph, R. & Scheibel, T. (2004) Primary structure elements of spider dragline silks and their contribution to protein solubility. Biochemistry 43: 13604−12

Lazaris, A., Arcidiacono, S., Huang, Y., Zhou, J. F., Duguay, F., Chretien, N., Welsh, E.A., Soares, J. W. & Karatzas, C. N. (2002) Spider silk fibers spun from soluble recombinant silk produced in mammalian cells. Science 295: 472−6

Liivak, O., Blye, A., Shah, S. & Jelinski, L. W. (1998) A Microfabricated Wet−Spinning Apparatus To Spin Fibers of Silk Proteins. Structure−Property Correlations. Macromolecules 31: 2947−51

Seidel, A., Liivak, O. & Jelinski, L. W. (1998) Artificial Spinning of Spider Silk. Macromolecules 31: 6733−6

Seidel, Al., Liivak, O., Calve, S., Adaska, J., Ji, G. D., Yang, Z. T., Grubb, D., Zax, D. B. & Jelinski, L. W. (2000) Regenerated spider silk: Processing, properties, and structure. Macromolecules 33: 775−80

Vollrath, F. & Knight, D.P. (2001) Liquid crystalline spinning of spider silk. Nature 410: 541−8

【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1はシルクたんぱく質から糸を製造する本発明の装置の一実施例の略ブロック図である。
【図2】図2は本発明の拡散ユニットの一実施例の略ブロック図である。
【図3】図3は本発明の装置の写真である。
【図4】図4は本発明の拡散ユニットの写真である。
【図5】図5は糸集合体の分析を示す。
【図6】図6のA−CはA. Diadematusからの天然シルクであり、 Aは張力試験の前を、Bはサンプルを切断した後を、Cは断面を示し、 D−Fは人工シルク(AQ)24NR3 サンプル1であり、 Dは張力試験の前を、Eはサンプルを切断した後を、Fは断面を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルクたんぱく質からの糸の製造方法であって、
下記a)〜e)の工程を含む、製造方法。
a)シルクたんぱく質の溶液を準備し、
b)カリウムおよびリン酸イオンを含有する組成物を含む拡散ユニットに前記溶液を転移し、
c)前記拡散ユニットから拡散されるカリウムおよびリン酸イオンと接触するように前記溶液を前記拡散ユニットに通し、
d)前記溶液を高シルクたんぱく質相と低シルクたんぱく質相に分離し、
e)前記高たんぱく質相からシルク糸を得る。
【請求項2】
前記紡績溶液が、少なくとも1〜50%、好ましくは10〜40%、より好ましくは10〜20%(w/v)のシルクたんぱく質を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記溶液のpHが、4.0〜12.0、好ましくは6.5〜8.5、より好ましくは8.0である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記溶液が天然または人工のシルクたんぱく質を有する、前記請求項のいずれか1項以上に記載の方法。
【請求項5】
前記シルクたんぱく質がBombyx moriAraneus diadematus、および/または Nephila clavipes種に由来する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記溶液が、好ましくは水、アルコール、およびそれらの混合物から選択される極性溶液を含む、前記請求項のいずれか1項以上に記載の方法。
【請求項7】
前記シルク糸の製造が、高たんぱく質相を気体または液体と接触させる工程を有する、前記請求項のいずれか1項以上に記載の方法。
【請求項8】
前記気体がO、不活性ガス、またはそれらの混合物から選択される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記拡散ユニットがゲル素材またはセラミックスから形成される、前記請求項のいずれか1項以上に記載の方法。
【請求項10】
前記ゲル素材が、ヒドロゲル、特にポリアクリルアミド、セルロース誘導体、ポリビニルメチルエーテル(PVME)、ポリスチレン−ポリブタジエン(PS−PB)、ステアリルアクリレート、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリル酸、ポリ(N−ビニルピロリドン)(PVP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリイソプロピレンアクリルアミド、ポリエーテルスルホン酸、シリコーンヒドロゲルから選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記請求項のいずれか1項以上に記載の方法を実行する装置(1)であって、
シルクたんぱく質の溶液(3)を前記拡散ユニット(4)に転移する第1装置(2)と、
カリウムおよびリン酸イオンを含有する組成物(42)に囲まれ前記溶液(3)を通す通路(41)を有する前記拡散ユニット(4)とを有し、前記拡散ユニット(4)は、前記溶液(3)を前記拡散ユニット(4)から拡散されるカリウムおよびリン酸イオンと接触させて、その通路(41)の出口(43)において高シルクたんぱく質相と低シルクたんぱく質相(5)に分離された溶液(3)を提供し、かつ、
前記溶液(3)の前記高たんぱく質相(5)から前記シルク糸(7)を製造する第2装置(6)とを有する装置。
【請求項12】
前記第1装置(2)が制御可能ポンプ(21)と結合するシリンジ(22)として形成される請求項11に記載の装置。
【請求項13】
前記第1装置(2)が前記溶液(3)を連続的に前記拡散ユニット(4)に転移する制御可能ポンプシステムとして形成される請求項11に記載の装置。
【請求項14】
前記拡散ユニット(4)がその通路(41)の前記出口(43)において先細りまたはノズル(44)を有し、それにより前記溶液(3)の前記拡散ユニット(4)からの排出を制御可能とする、請求項11〜13のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項15】
前記第2装置(6)が作動装置によって作動されるロールまたはリールとして形成され、前記拡散ユニット(4)の前記出口(43)において前記高たんぱく質相(5)から形成された液滴から前記シルク糸(7)を引き出す、請求項11〜14のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項16】
たんぱく質の集合に必要な張力によって前記ロールまたはリール(6)がスパイダーシルク糸(7)を引き出す、請求項15に記載の装置。
【請求項17】
前記拡散ユニット(4)が交換可能なカートリッジとして形成される、請求項11〜16のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項18】
前記作動装置がモータおよび/またはギアボックスを有する、請求項11〜17のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項19】
前記拡散ユニット(4)の前記通路(41)が前記溶液(3)を通す為のほぼ一定の直径(d)を有する、請求項11〜18のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項20】
前記拡散ユニット(4)が、前記低たんぱく質相を前記拡散ユニット(4)から除去する第3装置を有する、請求項11〜19のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項21】
前記第3装置が真空ポンプとして形成される、請求項11〜21のいずれか1項以上に記載の装置。
【請求項22】
請求項1〜10のいずれか1項以上に記載の方法で得られる糸。
【請求項23】
防弾装置の開発などの弾道応用、パラシュート、特殊ロープおよびネット、スポーツ用品、繊維製品の製造、医療技術、ならびに航空機における軽量な建設構成要素の技術および産業における、請求項22に記載の糸の使用。


【図1】
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【図2】
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【図5a】
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【図5b】
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【図5c】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2009−508012(P2009−508012A)
【公表日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−529567(P2008−529567)
【出願日】平成18年9月13日(2006.9.13)
【国際出願番号】PCT/EP2006/008924
【国際公開番号】WO2007/031301
【国際公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(504135941)テッヒニシェ・ウニヴェルジテート・ミュンヘン (4)
【氏名又は名称原語表記】Technische Universitaet Muenchen
【Fターム(参考)】