説明

シンクロトロン

【課題】渦電流磁場による水平チューンの変化を低減し、加速中のビーム損失を抑制することができるシンクロトロンを提供することを課題とする。
【解決手段】荷電粒子ビームを偏向する複数の偏向電磁石と、荷電粒子ビームを通過させる真空ダクトを備えたシンクロトロンであって、偏向電磁石のうち少なくとも一台について偏向電磁石中を通過する真空ダクトの水平方向の中心位置がシンクロトロンの中心軌道よりも外側にあり、偏向電磁石のうち少なくとも一台について偏向電磁石を通過する真空ダクトの水平方向の中心位置がシンクロトロンの中心軌道よりも内側にある構成とすることによって、上記課題を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子ビームを偏向する複数の偏向電磁石と荷電粒子ビームを通過させるための真空ダクトを備えたシンクロトロンに関わり、特に、偏向電磁石中を通過する真空ダクトに発生する渦電流の影響による、シンクロトロン中を周回する荷電粒子ビームの損失を抑制することが可能なシンクロトロンに関する。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子ビーム(以下、イオンビームという)を周回させながら所定のエネルギーまで加速し、取り出すための装置として、特許文献1に記載のある、周回ビームのベータトロン振動振幅を増大させる手段、イオンビームを周回軌道からリングの外側に向けて偏向する第一のデフレクタ及び第一のデフレクタで偏向されたイオンビームをシンクロトロンの外へ取り出す第二のデフレクタを備えたシンクロトロンが知られている。
【0003】
シンクロトロンは、ライナックなどの入射器から入射されたイオンビームを複数の偏向電磁石により偏向して環状の軌道(以下、周回ビーム軌道という)上を周回させる。シンクロトロンの設計上の周回ビーム軌道のことを中心軌道と呼ぶ。ここで、周回ビームの進行方向(以下、ビーム進行方向という)に沿って、偏向電磁石の動径方向を水平方向,偏向電磁石のギャップ方向を垂直方向と呼ぶことにする。また、水平方向について周回ビーム軌道が囲む領域から離れる方向を外側,外側と反対の方向を内側と呼ぶことにする。シンクロトロン中を周回するイオンビーム(以下、周回ビームという)を構成する個々の粒子(以下、周回ビーム粒子という)は、周回ビーム軌道のまわりを水平及び垂直方向に振動しながらシンクロトロン中を周回しており、この周回ビーム粒子の振動をベータトロン振動と呼ぶ。また、周回ビーム粒子がシンクロトロン中を一周する間に周回ビーム軌道のまわりを振動する回数、即ちベータトロン振動の振動数をチューンと呼び、水平,垂直それぞれの方向のベータトロン振動についてその振動数を水平チューン,垂直チューンと呼ぶ。シンクロトロンの運転中に水平チューン及び垂直チューンが特定の値(例えば0.25の整数倍)になるとベータトロン振動に共鳴が発生して周回ビームが不安定となり、周回ビーム粒子が真空ダクト等に衝突して失われるビーム損失を生じる恐れがある。そこで、シンクロトロン中に四極電磁石を設置して周回ビームに四極磁場を印加し、周回ビームに加わる収束力を変化させることにより水平・垂直チューンを周回ビームが安定となる値に調節することが行われる。シンクロトロンの中心軌道が四極電磁石の水平あるいは垂直方向の中心から変位していると、周回ビームが四極電磁石を通過する際に偏向を受けるため、周回ビーム軌道と中心軌道との間に閉軌道誤差と呼ばれるずれが生じる。閉軌道誤差の発生は周回ビーム粒子が真空ダクトに衝突して失われるビーム損失の要因となるため、シンクロトロンの中心軌道はシンクロトロンの直線部において四極電磁石の中心を通過する様に設計される。従って、シンクロトロンの中心軌道は、直線部中では四極電磁石の水平方向及び垂直方向の中心を通過しビーム進行方向に平行な直線となり、偏向電磁石中では偏向電磁石の前後の直線部の端部を繋ぐ円弧状となる。偏向電磁石中以外の部分におけるシンクロトロンの中心軌道は直線であるため、偏向電磁石中の中心軌道の接線は偏向電磁石の入口位置および出口位置において直線部中の中心軌道と一致する。
【0004】
シンクロトロンは、周回ビームに高周波加速空胴からの高周波電圧を印加し、ビーム進行方向の位置と周回ビーム粒子のエネルギーにより定まる位相空間上の安定領域に周回ビームを集群する。ビーム進行方向の位相空間における上記安定領域を高周波バケットと呼び、高周波バケット内に周回ビームを集群することを高周波捕獲と呼ぶ。周回ビームの高周波捕獲後は、高周波加速空胴に印加する高周波電圧の周波数(以下、加速周波数という)を徐々に上昇させるとともに偏向電磁石及び四極電磁石の励磁量を徐々に増大させ、周回ビームを一定の周回ビーム軌道上に保ったまま所定のエネルギーまで加速する。所定のエネルギーまで加速された周回ビームは、第一のデフレクタによりリングの外側へ向けて偏向された後、周回ビーム軌道を形成する偏向電磁石一台を経由し、第二のデフレクタによりシンクロトロンの外へ取り出される。
【0005】
シンクロトロンから取り出されたイオンビームは、物理実験や、癌などの患者の患部にイオンビームを照射する治療方法(以下、粒子線治療という)に供される。周回ビームの取り出しを完了した後のシンクロトロンは、加速周波数及びシンクロトロンの偏向電磁石の励磁量をイオンビーム入射時の値まで減少させ、入射器からの次のイオンビームの入射に備える。シンクロトロンから取り出されずに残った周回ビームは、この過程で入射時のエネルギーまで減速されるため、上記過程は減速過程と呼ばれる。シンクロトロンは、予定されたイオンビームの照射が完了するまで、上記イオンビームの入射,捕獲,加速,出射,減速までの過程を周期的に繰り返す。イオンビームを入射してから減速が完了するまでの過程を、シンクロトロンの一周期と呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3246364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
周回ビームのベータトロン振動振幅を増大させる手段、イオンビームを周回軌道からリングの外側に向けて偏向する第一のデフレクタ及び第一のデフレクタで偏向されたイオンビームをシンクロトロンの外へ取り出す第二のデフレクタを備えた特許文献1に記載のシンクロトロンには以下の課題がある。
【0008】
第一のデフレクタと第二のデフレクタの間に設置される偏向電磁石については、偏向電磁石中を通過する真空ダクト(以下、偏向電磁石の真空ダクトと呼ぶ)のアパーチャを水平方向外側について広く取る必要がある。ここで言うアパーチャとは、進行方向に垂直な平面においてビーム粒子が真空ダクトに衝突せずに通過することが可能な領域のことを指す。偏向電磁石真空ダクトのアパーチャを水平方向外側についてのみ広く取ると、偏向電磁石中では真空ダクトの水平方向の中心(ダクト水平中心)がシンクロトロンの中心軌道よりも外側に位置することになる。周回ビームを加速するために、偏向電磁石が発生する偏向磁場(以下、偏向電磁石の励磁量と呼ぶ)を増加させると、偏向電磁石の真空ダクト上には誘導起電力により励磁量の変化速度に比例した強度の渦電流(以下、ダクト渦電流と呼ぶ)が流れ、偏向磁場を打ち消すような磁場(渦電流磁場)がダクト渦電流によりビーム通過領域上に発生する。渦電流磁場の強度は、ダクト水平中心において最大となり、ダクト水平中心以外の場所では、ダクト水平中心からの距離の二乗に比例した量だけ最大値から減少するため、加速中の周回ビームは、ダクト水平中心を中心とした六極磁場を受けることになる。
【0009】
ダクト水平中心とシンクロトロンの中心軌道が一致している場合、ダクト渦電流により発生する六極磁場の中心と周回ビームの水平方向中心位置が一致するため、渦電流磁場が発生しても周回ビームの水平チューンは変化しない。一方、ダクト水平中心がシンクロトロンの中心軌道よりも外側にある場合、ダクト渦電流により発生する六極磁場は、中心軌道上において周回ビームを水平方向に発散する四極磁場として作用するため、ダクト渦電流が発生すると周回ビームの水平チューンが低下する。渦電流磁場による水平チューンの変化は、加速中の偏向電磁石励磁量の増加速度を一定とした場合、周回ビームの運動量が小さい加速初期においてより顕著である。ダクト水平中心が中心軌道よりも外側に位置する従来のシンクロトロンでは、渦電流磁場の発生により加速初期の水平チューンが変化し、ベータトロン振動の共鳴によるビーム損失を発生する恐れがあった。従来のシンクロトロンにおいて渦電流磁場による水平チューンの変化を抑えるためには、第二のデフレクタ直前に位置する偏向電磁石の真空ダクトの水平方向アパーチャを内側・外側の両方について広く取る必要があり、真空ダクトの製作コストの増大を招いていた。
【0010】
本発明の目的は、偏向電磁石の真空ダクトの製作にかかるコストを抑えながら、ダクト渦電流に起因するチューンの変化を低減し、加速初期のビーム損失を抑制することが可能なシンクロトロンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するための本発明の特徴は、シンクロトロンを構成する偏向電磁石のうち少なくとも一台について偏向電磁石中を通過する真空ダクトの水平方向中心位置がシンクロトロンの中心軌道よりも外側にあり、少なくとも一台については偏向電磁石中を通過する真空ダクトの水平方向中心位置がシンクロトロンの中心軌道よりも内側にあることである。さらに言えば、本発明の特徴は、偏向電磁石真空ダクトの水平方向中心のシンクロトロン中心軌道からのずれ量が、シンクロトロン一周の積分値で0となるように偏向電磁石の真空ダクトを設置したことにある。
【0012】
本発明のシンクロトロンでは、渦電流磁場により周回ビームが受ける収束力が中心軌道からの水平方向のずれ量が逆符号となる偏向電磁石の真空ダクトについて打ち消し合うため、偏向電磁石の励磁量を増加させる際の渦電流磁場による水平チューンの変化を低減し、加速中のビーム損失を抑制することが可能である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のシンクロトロンでは、渦電流磁場による水平チューンの変化が低減されるため、加速中のビーム損失を抑制することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1の実施形態であるシンクロトロンの構成を表す概念図である。
【図2】本発明の第1の実施形態であるシンクロトロンを構成する偏向電磁石及び水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道よりも外側に位置する真空ダクトの構成を表す概念図である。
【図3】本発明の第1の実施形態であるシンクロトロンを構成する偏向電磁石及び水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道よりも内側に位置する真空ダクトの構成を表す概念図である。
【図4】本発明の第1の実施形態において、水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道よりも外側に位置する真空ダクトに流れる渦電流により発生する磁場の強度を表す概念図である。
【図5】本発明の第1の実施形態において、水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道よりも内側に位置する真空ダクトに流れる渦電流により発生する磁場の強度を表す概念図である。
【図6】本発明の第2の実施形態であるシンクロトロンの構成を表す概念図である。
【図7】本発明の第2の実施形態であるシンクロトロンを構成する偏向電磁石及び水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道よりも内側に位置する真空ダクトの構成を表す概念図である。
【図8】本発明の第2の実施形態において、水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道よりも内側に位置する真空ダクトに流れる渦電流により発生する磁場の強度を表す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて説明する。
【0016】
(実施形態1)
本実施形態のシンクロトロンは、図1に示す様に、入射器1より低エネルギービーム輸送系2を経由して入射されるイオンビーム(以下、入射ビームという)を所定のエネルギーまで加速し、シンクロトロンとイオンビームを照射する対象(以下、照射対象という)とを繋ぐ高エネルギービーム輸送系3へ取り出すものである。
【0017】
シンクロトロンは、イオンビームの軌道を偏向して環状の周回軌道を形成させる偏向電磁石10a〜10d,シンクロトロン中を周回するイオンビーム(以下、周回ビームという)を収束あるいは発散する四極電磁石11,六極電磁石12,高周波加速空胴13,水平高周波キッカ14,入射用インフレクタ15,第一の取り出し用デフレクタ16,第二の取り出し用デフレクタ17を備える。本実施形態では、説明を簡略化するため偏向電磁石の員数を4とし、それぞれの偏向電磁石に個別の番号を振っているが、本実施形態のシンクロトロンは2台以上の任意の数の偏向電磁石により構成することができる。シンクロトロン中の電磁石は、電磁石の種類ごとに異なる電磁石電源(図示せず)に接続され、電磁石電源が発生する励磁電流は、シンクロトロン制御装置18により制御される。
【0018】
入射器1からのイオンビームは、入射用インフレクタ15により偏向されてシンクロトロンの直線部の真空ダクト22の一つに入射される。直線部の真空ダクト22と偏向電磁石の真空ダクト20a〜20dは、フランジ21を介して接続されており、周回ビーム軌道はこれらの真空ダクトの内部に形成される。点線30は、シンクロトロンの設計上の周回ビーム軌道(以下、中心軌道という)を表す。中心軌道30は、直線部中では四極電磁石11の中心を通過しビーム進行方向に平行な直線となり、偏向電磁石10a〜10d中では偏向電磁石10a〜10dを挟む二つの直線部における中心軌道の端同士を繋ぐ円弧となる。中心軌道30の偏向電磁石10a〜10d中での接線は、直線部との境目において直線部中の中心軌道30と一致する。本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心は中心軌道よりも外側に、偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向の中心は中心軌道よりも内側に位置している。ここで、真空ダクトの水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道30よりも外側に位置することを、真空ダクトが外側にずれていると表現することにする。同様に、真空ダクトの水平方向の中心がシンクロトロンの中心軌道30よりも内側に位置することを、真空ダクトが内側にずれていると表現する。また、真空ダクト水平方向中心の中心軌道からの移動量を真空ダクトのずれ量と呼び、ずれ量が正である場合真空ダクトは外側にずれており、ずれ量が負の場合真空ダクトは内側にずれているものとする。偏向電磁石の真空ダクト20b及び20dの水平方向の中心は、中心軌道30に一致している。
【0019】
四極電磁石11は周回ビームに四極磁場を印加し、周回ビームの水平・垂直チューンをビームが安定に周回できる値に保持する。高周波加速空胴13は、周回ビームにビーム進行方向の高周波電圧を印加して周回ビームをビーム進行方向の安定領域(以下、高周波バケットという)に捕獲するとともに、周回ビームを所定のエネルギー(陽子の場合、例えば70〜220MeV)まで加速する。シンクロトロンが周回ビームを加速する間、シンクロトロン制御装置18は、偏向電磁石10及び四極電磁石11の励磁量を周回ビームの運動量に比例して増加させる。周回ビームの加速が完了した後、シンクロトロン制御装置18は四極電磁石11の励磁量を変化させ、周回ビームの水平チューンを1/3の整数倍に近い値に変更する。六極電磁石12は、周回ビームに六極磁場を印加し、水平方向の位相空間上にベータトロン振動の安定限界(以下、セパラトリクスという)を形成する。水平高周波キッカ14は、セパラトリクスの形成後に、周回ビームに水平方向の高周波電圧(以下、出射RFという)を印加し、周回ビーム粒子の水平方向のベータトロン振動(以下、水平ベータトロン振動という)の振幅を徐々に増大させる。水平ベータトロン振動の振幅が増大し、セパラトリクスの外に出た周回ビーム粒子は、水平ベータトロン振動の振幅が急激に増大し、第一の取り出し用デフレクタ16に入射する。第一の取り出し用デフレクタ16に入射したビーム粒子は、シンクロトロンの外側方向に偏向され、偏向電磁石10cを経由して第二の取り出し用デフレクタ17に入射する。第二の取り出し用デフレクタ17は、第二の取り出し用デフレクタ17に入射したビーム粒子を偏向し、高エネルギービーム輸送系3へ取り出す。シンクロトロンから取り出されるビーム粒子(以下、出射ビーム粒子という)の軌道は、取り出される直前に、偏向電磁石10c中で外側に膨らむため、偏向電磁石10cの偏向電磁石の真空ダクト20cは水平方向のアパーチャを外側についてのみ広く取っている。これにより、偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向のアパーチャを内側・外側の両方について広く取った場合に比べて水平方向アパーチャの全幅が減少し、偏向電磁石の真空ダクト20cの製作コストが低減される。
【0020】
周回ビームの取り出しが完了した後、シンクロトロンはシンクロトロンから取り出されずに残った周回ビーム粒子をビーム入射時のエネルギーまで減速し、入射器1からの次のビーム入射に備える。
【0021】
本実施形態のシンクロトロンを構成する外側にずれた真空ダクトの構成について、図2を用いて説明する。図2は本実施形態のシンクロトロンの偏向電磁石10c付近の構成を表す模式図であり、一点鎖線24cは偏向電磁石10cの偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心を表す。偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心24cは、偏向電磁石10c中での中心軌道30と同様に円弧状となる。偏向電磁石の真空ダクト20cは、直線部の真空ダクト22とフランジ21及びベローズ23を介して接続されており、偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心24cは、中心軌道30よりも外側に位置している。40は、偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心24cの、中心軌道30からの水平方向のずれ量を表す。
【0022】
周回ビームを加速するために偏向電磁石10cの励磁量を増加させると、偏向電磁石の真空ダクト20c上に偏向電磁石10cの励磁量の変化速度に比例した強度の渦電流(以下、ダクト渦電流という)が流れ、ダクト渦電流が発生する磁場(以下、渦電流磁場という)が周回ビームに印加される。偏向電磁石10c中で周回ビームに印加される渦電流磁場の強度について、図4を用いて説明する。図4は、横軸に水平方向の位置、縦軸に周回ビームに印加される渦電流磁場の強度を取ったグラフであり、曲線50が周回ビームに印加される渦電流磁場の強度,黒丸51が偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心位置,黒丸52がシンクロトロンの中心軌道30の水平方向における位置を表す。図4の縦軸は、偏向電磁石10cが発生する磁場と同じ方向、即ち周回ビームを内側に向けて偏向する方向を正としている。渦電流磁場の強度は、真空ダクトの水平方向中心位置51を中心とした放物線により表される。渦電流磁場は、偏向電磁石10cの励磁量の変化を打ち消すような方向に発生するため、周回ビームの加速中に発生する渦電流磁場は、図4中で下側に凸の放物線となる。偏向電磁石の真空ダクト20cの水平方向の中心24cは中心軌道30よりも外側にずれているため、中心位置が中心軌道30に一致する周回ビームは、渦電流磁場により、図4中の点線53に示すような勾配の四極磁場を受けることになる。点線53で示す四極磁場の勾配は周回ビームを水平方向に発散する方向であるため、周回ビームは偏向電磁石10cを通過する間、渦電流磁場により水平方向の発散力を受けることになる。また、点線53の傾き、即ち渦電流磁場による水平方向の発散力の強さは、渦電流磁場の強度及び真空ダクトの水平方向中心位置24c(51)の中心軌道30(52)からのずれ量40に比例する。周回ビームが水平方向の発散力を受けると水平チューンが低下するため、外側にずれた偏向電磁石の真空ダクト20cは渦電流磁場の発生により加速中の水平チューンを低下させる働きを持つ。
【0023】
偏向電磁石の真空ダクト20cに発生する渦電流磁場の強度と水平チューンの変化量の関係を、以下の数式(1)に示した。Δνxは水平チューンの変化量、β(s)は進行方向の位置sにおけるシンクロトロンの水平方向のベータトロン関数、k(s)はダクト渦電流により周回ビームに印加される四極磁場の強度である。ここで、k(s)は、ダクト渦電流により発生する六極磁場の強度及び真空ダクト水平方向中心の中心軌道からのずれ量を用いて数式(2)のように表される。Bρは周回ビーム粒子の磁気剛性率、


は渦電流磁場の水平方向の位置による二階微分、Δx(s)は真空ダクト水平方向中心の中心軌道からのずれ量を表す。
【0024】
【数1】

【0025】
【数2】

【0026】
数式(1)及び数式(2)が示す様に、渦電流磁場による水平チューンの変化量は、ダクト渦電流の強度,真空ダクト水平方向中心の中心軌道からの距離,渦電流磁場が発生する領域の進行方向の長さ、即ち偏向電磁石の磁極長に比例する。
【0027】
本実施形態のシンクロトロンを構成する内側にずれた真空ダクトの構成について、図3を用いて説明する。図3は、偏向電磁石10a付近の構成を表す模式図であり、一点鎖線24aは偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向の中心を表す。偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向の中心24aは、中心軌道30よりも内側に位置しており、矢印41は、偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向の中心24aの、中心軌道30からの水平方向のずれ量を表す。本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト20aのずれ量41の絶対値が、偏向電磁石の真空ダクト20cのずれ量40の絶対値と等しい。
【0028】
偏向電磁石10a中で周回ビームに印加される渦電流磁場の強度について図5を用いて説明する。図5は、図4と同様横軸に水平方向の位置、縦軸に渦電流磁場の強度を取ったグラフであり、曲線60が周回ビームに印加される渦電流磁場の強度,黒丸61が偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向の中心位置,黒丸62がシンクロトロンの中心軌道30の水平方向における位置を表す。偏向電磁石10a中で周回ビームに印加される渦電流磁場は、偏向電磁石10c中と同様、真空ダクトの水平方向中心位置61を中心とした六極磁場となる。点線63の勾配は、中心軌道上の周回ビームが渦電流磁場により受ける四極磁場の勾配を表す。偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向の中心24a(61)は中心軌道30(62)よりも内側にあるため、周回ビームは渦電流磁場により水平方向の収束力を受けることになる。渦電流磁場による水平方向の収束力の強さは、偏向電磁石の真空ダクト20cの場合と同様、渦電流磁場の強度及び真空ダクトの水平方向中心位置24a(61)の中心軌道30(62)からのずれ量40に比例する。周回ビームが水平方向の収束力を受けると水平チューンが上昇するため、内側にずれた偏向電磁石の真空ダクト20aは渦電流磁場の発生により加速中の水平チューンを上昇させる働きを持つ。
【0029】
偏向電磁石の真空ダクト20cのずれ量40と偏向電磁石の真空ダクト20aのずれ量41は絶対値が等しいため、それぞれの真空ダクトに発生する渦電流により周回ビームが受ける四極磁場の勾配は、符号が逆で絶対値が等しい。偏向電磁石10cと偏向電磁石10aは磁極長及び水平方向のベータトロン関数が等しいため、数式(1)によれば、偏向電磁石の真空ダクト20cに発生する渦電流による水平チューンの低下量と偏向電磁石の真空ダクト20aに発生する渦電流による水平チューンの上昇量は絶対値が等しい。従って、渦電流磁場による水平チューンの変化量をシンクロトロン一周で合計すると0となり、水平チューンは渦電流が発生していない状態から変化しないことになる。このように、本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト20cに発生する渦電流による水平チューンの低下と、偏向電磁石の真空ダクト20aに発生する渦電流による水平チューンの上昇が打ち消し合うため、周回ビームの加速中に渦電流磁場により水平チューンが変化しない。これにより、水平チューンが加速中にベータトロン振動の共鳴を発生する様な値になることを防止できるため、加速中、特にダクト渦電流の影響が顕著となる加速初期において、ベータトロン振動の共鳴によるビーム損失が抑制される。
【0030】
本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト20aのずれ量41の絶対値が偏向電磁石の真空ダクト20cのずれ量40の絶対値と等しくなる構成としたが、ずれ量の絶対値が等しくない場合であっても偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向中心が中心軌道30よりも内側に位置する様な構成であれば渦電流磁場による水平チューンの変動を低減する効果が得られる。例えば、偏向電磁石の真空ダクト20aのずれ量41の絶対値が偏向電磁石の真空ダクト20cのずれ量40の絶対値の半分である場合、偏向電磁石の真空ダクト20cに発生する渦電流による水平チューンの低下量は半分に減少する。偏向電磁石の真空ダクト20aのずれ量41の絶対値を偏向電磁石の真空ダクト20cのずれ量40の絶対値よりも小さくする場合、渦電流磁場による水平チューンの変化を低減しながら偏向電磁石の真空ダクト20aの水平方向アパーチャの全幅をずれ量の絶対値が等しい場合よりも小さくし、偏向電磁石の真空ダクト20aの製作コストを低減することが可能である。また、本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト20aを内側にずらして設置するとしたが、偏向電磁石の真空ダクト20aの替りに偏向電磁石の真空ダクト20bあるいは20dを内側にずらして設置した場合にも、偏向電磁石の真空ダクト20aを内側にずらして設置した場合と同様、渦電流磁場による水平チューンの変動を低減し、加速中のビーム損失を抑制する効果が得られる。
【0031】
本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクトのうち一台が中心軌道よりも外側にあり、偏向電磁石の真空ダクトのうち一台が中心軌道よりも内側にあるため、真空ダクトの製作にかかるコストを抑えながら渦電流磁場による水平チューンの変動を低減し、加速中のビーム損失を抑制することが可能である。
【0032】
(実施形態2)
本実施形態のシンクロトロンは、第一の実施形態と同様、入射器よりのイオンビームを所定のエネルギーまで加速し、高エネルギービーム輸送系へ取り出すシンクロトロンである。本実施形態のシンクロトロンの構成を図6に示した。本実施形態のシンクロトロンは、図1に示した実施形態1のシンクロトロンと同様の構成を有し、第一の取り出し用デフレクタ16と第二の取り出し用デフレクタ17の間に位置する偏向電磁石の真空ダクト70cは、外側にずらして設置されている。また、本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクトのうち一台を内側にずらして設置する代わりに、偏向電磁石の真空ダクト70c以外の偏向電磁石の真空ダクト(真空ダクト70a,70b,70d)を全て内側にずらして設置している。
【0033】
本実施形態のシンクロトロンを構成する外側にずれた偏向電磁石の真空ダクト70cの構成は、図2に示す第一の実施形態における外側にずれた偏向電磁石の真空ダクト20cの構成と同様である。本実施形態のシンクロトロンを構成する内側にずれた真空ダクトの構成について、図7を用いて説明する。図7は、実施形態1の図3と同様、偏向電磁石10a付近の構成を表す模式図であり、一点鎖線71aが偏向電磁石の真空ダクト70aの水平方向の中心を表す。また、本実施形態のシンクロトロンは、偏向電磁石10b及び偏向電磁石10dの付近についても図7と同様の構成を有している。偏向電磁石の真空ダクト70aの水平方向の中心71aは、中心軌道30よりも内側に位置しており、矢印42が偏向電磁石の真空ダクト70aの水平方向の中心71aの、中心軌道30からの水平方向のずれ量を表す。本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト70aのずれ量72の絶対値が、偏向電磁石の真空ダクト70cのずれ量(図示せず)の絶対値の三分の一の大きさとなる。言い換えれば、偏向電磁石の真空ダクト70aのずれ量72の絶対値は、偏向電磁石の真空ダクト70cのずれ量の絶対値を内側にずれた真空ダクトの員数である3で割った値であり、内側にずれた真空ダクトのずれ量の絶対値の合計が、偏向電磁石の真空ダクト70cのずれ量の絶対値と等しくなる。
【0034】
偏向電磁石の真空ダクト70a中で周回ビームに印加される渦電流磁場の強度について図8を用いて説明する。図8は、図5と同様横軸に水平方向の位置、縦軸に渦電流磁場の強度を取ったグラフであり、曲線80が周回ビームに印加される渦電流磁場の強度,黒丸81が偏向電磁石の真空ダクト70aの水平方向の中心位置,黒丸82がシンクロトロンの中心軌道30の水平方向における位置を表す。偏向電磁石の真空ダクト70a中で周回ビームに印加される渦電流磁場は、真空ダクトの水平方向中心位置81を中心とした六極磁場となり、周回ビームは渦電流磁場により水平方向の収束力を受ける。従って、内側にずれた偏向電磁石の真空ダクト70aは、実施形態1の場合と同様、渦電流磁場の発生により加速中の水平チューンを上昇させる働きを持つ。点線83の傾きは、周回ビームに印加される四極磁場の勾配を表す。
【0035】
ここで、偏向電磁石の真空ダクト70aの水平方向中心のシンクロトロン中心軌道からのずれ量72の絶対値は、偏向電磁石の真空ダクト70cのずれ量の絶対値の三分の一であるため、偏向電磁石10a中で周回ビームが渦電流磁場により受ける四極磁場の強度の絶対値は、偏向電磁石10c中で周回ビームが渦電流磁場により受ける四極磁場の強度の三分の一である。従って、偏向電磁石の真空ダクト70aに発生する渦電流磁場による水平チューンの上昇量は、偏向電磁石の真空ダクト70cに発生する渦電流磁場による水平チューンの低下量の三分の一となる。同様に、偏向電磁石の真空ダクト70b及び偏向電磁石の真空ダクト70dに発生する渦電流磁場による水平チューンの上昇量も、偏向電磁石の真空ダクト70cに発生する渦電流磁場による水平チューンの低下量の三分の一となる。このとき、渦電流磁場による水平チューンの変化量はシンクロトロン一周で合計すると0となるため、水平チューンは渦電流が発生していない状態から変化しないことになる。
【0036】
本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト70cに発生する渦電流による水平チューンの低下と、偏向電磁石の真空ダクト70a,偏向電磁石の真空ダクト70b,偏向電磁石の真空ダクト70dに発生する渦電流による水平チューンの上昇の合計が打ち消し合うため、周回ビームの加速中に渦電流磁場により水平チューンが変化しない。これにより、実施形態1と同様、加速中においてベータトロン振動の共鳴によるビーム損失が抑制される。さらに本実施形態のシンクロトロンでは、偏向電磁石の真空ダクト70aのずれ量が偏向電磁石の真空ダクト70aのみ内側にずらす場合の三分の一となるため、偏向電磁石の真空ダクト70aの水平方向のアパーチャを偏向電磁石の真空ダクト70aのみ内側にずらす場合よりも小さく取り、偏向電磁石の真空ダクト70aの製作コストを低減することが可能である。
【0037】
本実施形態のシンクロトロンでは、実施形態1と同様、偏向電磁石の真空ダクト70aのずれ量の絶対値が偏向電磁石の真空ダクト70cのずれ量の絶対値の三分の一に等しい場合でなくても、渦電流磁場による水平チューンの変動を低減する効果を得られる。また、偏向電磁石の真空ダクト70a,偏向電磁石の真空ダクト70b,偏向電磁石の真空ダクト70dのずれ量が互いに異なっている場合でも、これらの真空ダクトの水平方向中心が中心軌道30よりも内側に位置していれば水平チューンの変動を低減する効果が得られる。本実施形態のシンクロトロンでは、外側にずれた偏向電磁石の真空ダクト70c以外の全ての偏向電磁石の真空ダクトを内側にずらして設置する構成としたが、シンクロトロンを構成する偏向電磁石のうち二台以上を内側にずらして設置する構成であれば、内側にずらして設置する真空ダクトのずれ量を低減し、真空ダクトの製作コストを低減することが可能である。
【符号の説明】
【0038】
1 入射器
2 低エネルギービーム輸送系
3 高エネルギービーム輸送系
10a,10b,10c,10d 偏向電磁石
11 四極電磁石
12 六極電磁石
13 高周波加速空胴
14 水平高周波キッカ
15 入射用インフレクタ
16 第一の取り出し用デフレクタ
17 第二の取り出し用デフレクタ
18 シンクロトロン制御装置
20a,20b,20c,20d,70a,70b,70c,70d 偏向電磁石の真空ダクト
21 フランジ
22 直線部の真空ダクト
23 ベローズ
24a,24c,71a 真空ダクトの水平方向中心
40,41,72 真空ダクトの水平方向中心のシンクロトロン中心軌道からのずれ
50,60,80 ダクト渦電流により発生する磁場の強度
51,61,81 真空ダクトの水平方向中心位置
52,62,82 シンクロトロンの中心軌道
53,63,83 周回ビームが受ける四極磁場

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームを偏向する複数の偏向電磁石と、
前記荷電粒子ビームを通過させる真空ダクトを備えたシンクロトロンであって、
前記偏向電磁石のうち少なくとも一台について前記偏向電磁石中を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置が前記シンクロトロンの中心軌道よりも外側にあり、前記偏向電磁石のうち少なくとも一台について前記偏向電磁石を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置が前記シンクロトロンの中心軌道よりも内側にあることを特徴とするシンクロトロン。
【請求項2】
請求項1に記載のシンクロトロンであって、
前記偏向電磁石のうち一台について前記偏向電磁石中を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置が前記シンクロトロンの中心軌道よりも外側にあり、前記偏向電磁石のうち一台について前記偏向電磁石を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置が前記シンクロトロンの中心軌道よりも内側にあり、水平方向の中心位置が外側にある前記真空ダクトの水平方向の中心位置と前記シンクロトロンの中心軌道との間の距離が、水平方向の中心位置が内側にある前記真空ダクトの水平方向の中心位置と前記シンクロトロンの中心軌道との間の距離と等しいことを特徴とするシンクロトロン。
【請求項3】
請求項1に記載のシンクロトロンであって、
前記偏向電磁石のうち一台について前記偏向電磁石中を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置が前記シンクロトロンの中心軌道よりも外側にあり、前記偏向電磁石のうち少なくとも二台について前記偏向電磁石を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置が前記シンクロトロンの中心軌道よりも内側にあり、水平方向の中心位置が外側にある前記真空ダクトの水平方向の中心位置と前記シンクロトロンの中心軌道との間の距離が、水平方向の中心位置が内側にある前記真空ダクトの水平方向の中心位置と前記シンクロトロンの中心軌道との間の距離の合計と等しいことを特徴とするシンクロトロン。
【請求項4】
請求項1に記載のシンクロトロンであって、前記偏向電磁石を通過する前記真空ダクトの水平方向の中心位置の前記中心軌道からのずれ量の前記シンクロトロン一周での積分値が0であることを特徴とするシンクロトロン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−178288(P2012−178288A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41120(P2011−41120)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】