説明

ジフルオロ酢酸エステルの製造方法

【課題】
ジフルオロ酢酸フルオライドを用いてジフルオロ酢酸エステルを製造する際に、身体への危険性および健康へ影響が懸念されるフッ化水素が発生しない製造方法において、温和な反応系であって、精製処理を省略できるかまたは極めて簡便にできる製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
ジフルオロ酢酸フルオライドと一般式(1)
(R24-nSi(OR1n (1)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表し、R2は水素原子または塩素原子を表し、nは、2、3または4である。)で表されるアルコキシシランを反応させることからなる一般式(2)
CHF2COOR1 (2)
(式中、R1は一般式(1)における意義と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体、機能性材料の中間体として使用されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法に関し、より詳しくは、ジフルオロ酢酸フルオライドとアルコキシシランとの反応によるジフルオロ酢酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジフルオロ酢酸エステルは、(1)ジフルオロ酢酸をアルコールでエステル化する方法、(2)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンと硫酸とシリカを反応させる方法(非特許文献1)、(3)ジフルオロ酢酸フルオライドを含む反応粗ガスをエタノールとトリエチルアミンの混合物にバブリングさせ、次いで水洗後塩化メチレンで抽出してジフルオロ酢酸エチルを得る方法(特許文献1)、などが知られている。
【0003】
(1)の方法では触媒が必須であるだけでなくジフルオロ酢酸の入手が困難であり(2)の方法では反応に伴う廃棄物が多大であるので大規模な生産には適用しがたい。(3)の方法は、得られたジフルオロ酢酸エステルを水で洗浄する際に加水分解を受けて収率を下げるおそれがある。
【0004】
一方、カルボン酸フルオライドを用いるエステル化においては副生成物としてフッ化水素が発生するため、反応装置の保護あるいは生成物への混入を避けるために種々の方法が考案されている。前記した特許文献のようにジフルオロ酢酸フルオライドとエタノールとの反応系にトリエチルアミンを添加する方法(特許文献1)、(4)アシルフルオライド基を有する化合物とシラン化合物を反応させる方法(特許文献2、非特許文献2)、(5)パーフルオロカルボン酸フルオライド(例えば、FOCCF(CF3)O(CF25COF)をプロパノールでモノエステル化する際に反応系にフッ化ナトリウムを添加しフッ化水素を吸着させる方法(特許文献3)など、また、反応後の反応液に含まれるフッ化水素を除くために、蒸留分離または水洗による処理や(6)フッ化水素を含むジフルオロ酢酸エチル(CHF2COOC25)を飽和食塩水で洗浄する方法(特許文献4)などが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−92162
【特許文献2】特開平8−20560
【特許文献3】特開2001−131119
【特許文献4】特開2002−179623
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc., 1950 72, 1860
【非特許文献2】J. Fluorine Chemistry, 60(1993) 61-68
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ジフルオロ酢酸フルオライドを用いてジフルオロ酢酸エステルを製造する際に、身体への危険性および健康へ影響が懸念されるフッ化水素が発生しない製造方法において、温和な反応系であって、精製処理を省略できるかまたは極めて簡便にできる製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ジフルオロ酢酸フルオライドを出発原料としながらフッ化水素を生成しないエステル化反応について検討したところ、エトキシシラン類またはメトキシシラン類とジルフルオロ酢酸フルオライドを反応させることで、温和な条件で、反応系にフッ化水素を発生させずにジフルオロ酢酸エステルを製造できることを見出した。
【0009】
特許文献2にはアルコキシシランと酸フルオライドの反応例が記載されているが、反応温度は50℃から60℃以上であり、滴下時間と反応時間を含めて1時間以上要する上に、収率は60−70%程度である。また、非特許文献2には、加圧下、150℃で24時間での反応が開示されいる。これらの文献で用いられた酸フルオライドと比較して低沸点化合物であるジフルオロ酢酸フルオライド(沸点:0℃)を出発原料とする本発明は、特許文献2のような温度条件では溶解度が低下して反応速度が低下し反応時間がかかることになり、さらに、非特許文献1のような高温、高圧下の反応ではオートクレーブ等を用いて、密閉系での反応が求められるが、副生するSiF4の沸点は−86℃であるので、著しく耐圧性能の高い、高価な反応器を必要とするので現実的ではない。
【0010】
しかしながら、ジフルオロ酢酸フルオライドとエトキシシラン類またはメトキシシラン類を原料にした場合、驚くべきことに、室温以下またはジフルオロ酢酸フルオライドの沸点以下の反応条件、例えば、氷冷下でバブリングさせることで、極く短時間の接触により定量的にジフルオロ酢酸エステルが得られることを見出した。
【0011】
また、特定された量比のジフルオロ酢酸フルオライドを用いると、生成物より高沸点であるアルコキシシランは、SiF4(沸点:−86℃)などのフルオロシラン類へ実質的に完全に転化し、容易に目的生成物であるジルフルオロ酢酸メチルやジフルオロ酢酸エチルから除去され、各種反応への試薬として使用できる程度の純度のジフルオロ酢酸エステルが得られることを見出した。
【0012】
さらに、反応後の反応液を加熱還流させる処理やアロフェン等と接触させることにより、SiF4などのフルオロシラン類、Fイオン、未反応のジフルオロ酢酸フルオライドなどを除去することができ、実質的に不純物を含まないジフルオロ酢酸エステルを得ることができることを見出した。
【0013】
これらの知見に基づいて次の発明を完成させた。
[発明1]ジフルオロ酢酸フルオライドと一般式(1)
(R24-nSi(OR1n (1)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表し、R2は水素原子または塩素原子を表し、nは、2、3または4である。)で表されるアルコキシシランを反応させることからなる一般式(2)
CHF2COOR1 (2)
(式中、R1は一般式(1)における意義と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
[発明2]反応温度が−10℃以上かつ20℃未満である発明1。
[発明3]ジフルオロ酢酸フルオライドに対してアルコキシシランの1当量未満を使用する発明1または2。
[発明4]さらにジフルオロ酢酸フルオライドを除去する工程を有する発明1〜3。
[発明5]ジフルオロ酢酸フルオライドを除去する工程が、反応液を反応温度以上かつ沸点以下の温度で加熱する工程である発明4。
[発明6]ジフルオロ酢酸フルオライドを除去する工程が、固体吸着剤と接触させる工程である発明4。
[発明7]固体吸着剤が、アロフェンまたはイモゴライトである発明6。
[発明8]発明1〜8のいずれかに記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法において、アルコキシシランが一般式(3)
Si(OR14 (3)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表す。)で表されるテトラアルコキシシランであるジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法は、ジフルオロ酢酸フルオライドとエトキシシラン類またはメトキシシラン類を原料とすることで反応系にフッ化水素を発生させず、室温以下またはジフルオロ酢酸フルオライドの沸点以下の反応条件、例えば、氷冷下でバブリングさせることで、極く短時間の接触により定量的にジフルオロ酢酸エステルが得られ、また、特定された量比のジフルオロ酢酸フルオライドを用いて得られるジフルオロ酢酸エステルは、精製処理をすることなく各種反応への試薬として使用できる程度の純度のジフルオロ酢酸エステルとして得られ、また、反応後の反応液を加熱還流させる処理やアロフェン等と接触させることにより、SiF4などのフルオロシラン類、Fイオンを除去することができ実質的に不純物を含まないジフルオロ酢酸エステルを得ることができた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ジフルオロ酢酸フルオライドと一般式(1)
(R24-nSi(OR1n (1)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表し、R2は水素原子または塩素原子を表し、nは、2、3または4である。)で表されるアルコキシシランを反応させることからなる一般式(2)
CHF2COOR1 (2)
(式中、R1は一般式(1)における意義と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法である。
【0016】
本発明のジフルオロ酢酸エステルの製造方法にかかる反応は次の反応式で表される
nCHF2COF + (R24-nSi(OR1n
→ nCHF2COOR1 + フルオロシラン類
(式中、R1、R2およびnは一般式(1)における意義と同じ。)。フルオロシラン類はアルコキシシランの種類により異なるが、テトラエトキシシランまたはテトラメトキシシランの場合テトラフルオロシラン(SiF4)が生成する。
【0017】
ジフルオロ酢酸フルオライドは、公知の方法で製造されたものが使用できる。例えば、(1)ジフルオロ酢酸を五酸化リンや塩化チオニルなどと反応させてからフッ化カリウムなどの金属フッ化物でフッ素化させる方法、(2)CHF2CF2ORで表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを三酸化硫黄とフルオロ硫酸の存在下で分解させる方法(非特許文献1)、(3)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンをハロゲン化アンチモン、ハロゲン化チタンなどの触媒存在下で反応させる方法(特許文献1)、(4)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解させてジフルオロ酢酸フルオライドを製造する方法(特許文献2)が知られている。本発明で使用するジフルオロ酢酸フルオライドは、水またはジフルオロ酢酸もしくはその塩を含まないようにするのが好ましい。特に水分の混入は、ジフルオロ酢酸エステルの加水分解を促進し、その結果副生したアルコールの分離が困難となるので回避すべきである。
【0018】
本発明の方法では、ジフルオロ酢酸フルオライドは、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解させて得られたものが好ましく用いられる。この反応は、以下の式で表わされる。
【0019】
CHF2CF2OR’ → CHF2COF + R’F
この反応の出発原料である一般式CHF2CF2OR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンのR’は脱離基であるので特に限定されないがメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、t−ブチル基などが挙げられる。
【0020】
熱分解の触媒は固体触媒であり、特開平8−92162号公報に記載されたアルミニウムなどの金属酸化物、または金属フッ素化酸化物やリン酸またはアルミニウムなどのリン酸塩が使用できる。これらの触媒は活性炭、または金属酸化物もしくは金属フッ素化酸化物などの担体に担持されたものであってもよい。
【0021】
熱分解の反応温度は、触媒の種類および原料によって異なる。通常100〜400℃であり、150〜350℃程度が好ましく、180〜280℃がさらに好ましい。
【0022】
反応時間(接触時間)は通常0.1〜300秒である。反応圧力は、特に限定されず、常圧、減圧、または加圧のいずれであってもよい。0.05〜0.5MPa(0.5〜5気圧)程度が好ましく、通常は、操業が容易な大気圧近傍の圧力が好ましい。
【0023】
熱分解反応においては、目的とするジフルオロ酢酸フルオライドの他に、副生成物としてフッ化アルキル(R’F)やフッ化アルキルがさらに分解した化合物が生成する。例えば、フッ化アルキルとしてフッ化エチルが生成する場合、エチレンとフッ化水素となることがある。反応によって得られる副生成物を含む粗生成物は、精製処理をしないでフッ化アルキルを含んだまま本発明のジフルオロ酢酸エステルの原料として使用することもでき、主としてフッ化アルキルを除去して得られる粗生成物を使用することもでき、さらに精製して高純度にしたジフルオロ酢酸フルオライドを使用することもでき、あるいはこれらの各種精製程度の異なるガスを冷却または圧縮して耐圧容器に保存することもできる。ジフルオロ酢酸フルオライドの精製は蒸留により行うことができる。
【0024】
本発明に用いる一般式(1)
(R24-nSi(OR1n (1)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表し、R2は水素原子または塩素原子を表し、nは、2、3または4である。)で表されるアルコキシシランとしては、テトラメトキシシラン(Si(OMe)4)、テトラエトキシシラン(Si(OEt)4)、HSi(OEt)3、H2Si(OEt)2、HSi(OMe)3、H2Si(OMe)2、ClSi(OEt)3、Cl2Si(OEt)2、ClSi(OMe)3、Cl2Si(OMe)2)などが挙げられる。これらは混合したものであってもよい。R2としては、水素原子であるのが好ましい。これらのうち、一般式(3)
Si(OR14 (3)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表す。)で表されるテトラアルコキシシランが好ましく、他のジアルコキシシラン類、トリアルコキシシラン類を含む粗テトラメトキシシラン、粗テトラエトキシシランも使用できる。これらは、市販の工業用薬品や試薬を入手でき、また、ジアルコキシシラン類、トリアルコキシシラン類はテトラアルコシキシラン類の前駆体として入手できる。
【0025】
本発明のジフルオロ酢酸エステルの製造方法は、ジフルオロ酢酸フルオライドとアルコキシシランとを接触させればよく、どのような方法で接触させてもよい。例えば、アルコキシランを反応器に仕込み、そこへジフルオロ酢酸フルオライドをバブリングさせる方法が挙げられる。ジフルオロ酢酸フルオライドの沸点が0℃であるので冷却して液体として取り扱うことができるので、液体または気体で導入することができる。本反応は発熱反応で非常に速いのでジフルオロ酢酸フルオライドの導入は反応容器のアルコキシシランを冷却しながら行うことが好ましい。理論上、アルコシキシランとジフルオロ酢酸フルオライドの接触が十分であり、反応熱を十分に除去できる装置ならば、任意の速度でジフロロ酢酸フルオライドを導入可能であるが、副生するフルオロシラン類の処理能力等を考慮した導入速度が好ましい。
【0026】
また、ジフルオロ酢酸フルオライドに不活性な気体を伴わせることもできる、このような気体としては、窒素、アルゴン、ヘリウムなどが挙げられるが、通常は使用しないのが好ましい。本反応に用いる反応器には、ステンレス鋼、ハステロイ(登録商標)、モネル(登録商標)、フッ素樹脂、ガラス、またはこれらをライニングした材料が用いられる。反応形式としては、バッチ式、連続式、循環式の何れも適用できる。反応には攪拌を行ってもよく、攪拌は攪拌羽根、循環、振盪その他の公知の手段で行えばよい。
【0027】
本発明に係る反応は、量論的には、ジフルオロ酢酸フルオライドの1モルに対して、テトラアルコシキシランの場合は、1/4モル、トリアルコシキシランの場合は1/3モル、ジアルコシキシランの場合は1/2モルが必要である。アルコキシシラン分子中に含まれるアルコキシ基の数(以下、「アルコキシ化度」という。)は、テトラアルコシキシラン、トリアルコシキシラン、ジアルコシキシランでそれぞれ、4,3,2である。もし、これらの混合物を使用する場合は、各アルコキシドのアルコキシ化度を加重平均して得られる平均アルコキシ化度Aを用いて1/Aモルがジフルオロ酢酸フルオライドの必要量として表せる。本発明にかかる反応は定量的であるので、当量用いることも、どちらかを過剰に用いることもできるが、ジフルオロ酢酸フルオライドを当量または小過剰に用いることが好ましい。
【0028】
すなわち、ジフルオロ酢酸フルオライドに対してアルコキシシランの1当量未満を使用する。もし、アルコシキシランを過剰に用いると、反応終了後の反応系に高沸点成分の未反応のアルコシキシランまたは部分的に反応した中間体成分であるフルオロアルコシキシランが残存する。これらのアルコシシラン類はフッ化水素と反応してアルコールが生成する。参考例1に記載したように、ジフルオロ酢酸フルオライドの1モルに対し過剰量である0.5モルのテトラエトキシシランを用いた場合、反応系内にエタノールが検出された。このエタノールの分離は非常に困難である。なぜならば、エタノールとジフルオロ酢酸エチルは、共沸様組成物を形成するので、50段の蒸留塔を用いても分離ができなかった(参考例2)。また、水洗による分離を試みても、ジフルオロ酢酸エチルは容易にジフルオロ酢酸とエタノールに加水分解するので、適用しがたい。しかし、当量もしくは、ジフルオロ酢酸フルオライドを小過剰用いると、高沸点成分であるテトラアルコシキシランは揮発性のテトラフルオロシラン(SiF4、沸点:−86℃)に事実上完全に転化して、容易に分離できる。ジフルオロ酢酸フルオライドは当量から10%過剰程度の使用が好ましい。小過剰のジフルオロ酢酸フルオライドの使用は、低沸点化合物であるジフルオロ酢酸フルオライドの計量誤差、反応条件によるジフルオ酢酸フルオライドのすり抜け等を防ぐためにも有意義である。フルオロシラン類は回収して、半導体用のCVD用や光ファイバー等の原料として利用できるが、ソーダライムやHF水溶液等と接触させることによって容易に無害化することもできる。
【0029】
本発明に係る反応は、溶媒を用いないでも定量的に進行するので、溶媒の分離工程が省略できる無溶媒での反応が好ましい。原料にテトラメトキシシラン(融点-2℃)のように融点の高いアルコキシシランを用いる場合、溶媒を添加することもできる。溶媒としては、反応試剤または生成物に不活性な溶媒を用いる。アルコール類は生成したジフルオロ酢酸エステルと共沸する虞があり、水はジフルオロ酢酸フルオライドを消費するので好ましくない。したがって、このような溶媒としては、非プロトン性の溶媒が好ましく、芳香族系溶媒、鎖状エーテル、環状エーテル、エステル系溶媒、パラフィン類等が挙げられ、具体的には、ジグライム、トリグライム、テトラグライム、ポリグライム、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、o−、m−またはp−ビストリフルオロメチルベンゼン、炭素数8〜20のデカン等の鎖状炭化水素が例示される。
【0030】
沸点は反応には関係しないので任意の沸点の溶媒が使用可能であるが、蒸留により溶媒を分離するためには沸点が目的のジフルオロ酢酸エステルと近接していないものが蒸留に負荷が掛からず好ましい。また、目的のジフルオロ酢酸エステルよりも高沸点の溶媒の方が、蒸留の簡便さの点で好ましく、120℃以上のものがより好ましい。溶媒の沸点の上限は特にないが、高沸点化合物は、室温で凝固したり、粘性が高くて取り扱いが不便なことが多い。溶媒は、ゼオライト等による吸着処理や蒸留で水の含有量を可能な限り低減しておくのが好ましい。水は生成物中へのジフルオロ酢酸などの混入の原因となって精製が煩雑になり好ましくない。特別に好ましい溶媒として、目的化合物のエステルを溶媒にすると、溶媒との分離工程が省略できるので特に好ましい。
【0031】
本発明の反応温度は、原料のアルコシシランの融点を下限とし、上限は60℃とするのが好ましい。前記したように融点の高いテトラメトキシシランなどでは溶媒を使用して融点以下の温度で反応させることもできる。テトラエトキシシランを原料とした場合、−30〜60℃において行うことができ、−10℃以上かつ20℃未満であるのが好ましく、0〜15℃であるのがより好ましい。0〜20℃程度においてはジフルオロ酢酸フルオライドの導入直後に、反応は実質的に定量的に完了する。−30℃未満では反応速度が遅くなり反応時間が長くなるので好ましくなく、60℃を超えても反応は進むが加圧状態での反応となるので特にこのような状態で反応させる優位性はない。反応は、常圧付近で行えばよく、必要に応じて0.05〜1MPaで行い、0.09〜0.11MPaが好ましい。反応時間は、反応温度により異なるが、1秒〜2時間であり、10秒〜30分程度である。
【0032】
本発明の製造方法にかかる反応液は、ジフルオロ酢酸エステルを主成分とし、他に、過剰量使用した未反応のジフルオロ酢酸フルオライド、副生成物のジフルオロ酢酸、フルオロシラン類、フッ化水素、未反応もしくは中間体のアルコキシシランが含まれることがあるが、アルコキシシランはジフルオロ酢酸フルオライドを過剰量(当量を超える量)用いた場合、実質的に含まれることはない。したがって、この場合の反応液は何らの処理を加えることなくジフルオロ酢酸エステルとして各種の反応の試薬としてそのまま使用できる。
【0033】
この反応液に微量含まれることのあるジフルオロ酢酸フルオライド、フルオロシラン類は、ジフルオロ酢酸エステルよりも低沸点であるので、蒸留により除去することができる。また、反応液を加熱することでも除去することができる。その場合、水の混入を防ぎながら反応液を還流させることで簡便に目的を達することができる。
【0034】
これらの除去方法に代えてまたは単独で、反応液を固体吸着剤と接触させることによってもジフルオロ酢酸フルオライド、ジフルオロ酢酸、フルオロシラン類などを除去することができる。固体吸着剤としては、アルミノシリイト、活性炭、アルミナなどが使用できる。アルミノシリケイトとしては、例えば、アロフェン、イモゴライト、ゼオライト、ベントナイト、カオリナイト、スメクタイト、モンモリロナイト、セリサイト、イライトが挙げられる。これらのうち、アルミノシリケイトが好ましく、さらに、内部に空間または空孔を有するアロフェン、イモゴライト、カオリナイトが好ましい。また、ゼオライトとしては、モレキュラーシーブ3A、4A、5A、13X、Y等の合成ゼオライトまたは天然ゼオライトが使用できる。天然ゼオライトとしては、ホウフッ石、ホージャサイト、アシュクロフチン、リョウフッ石、グメリンフッ石、レビーナイト、トムソンフッ石、ソーダフッ石、ギスモンダイト、エジングトナイト、ゴンナルダイト、エイデスミン、ダクフッ石、モルデナイト、タバフッ石、ヒルフッ石、ラウバナイト、バベナイト、ブリュウーステナイト、エピスチルバイト、ウェルサイト、メソフッ石などが挙げられる。一般的に、アルミノシリケイトはフッ化水素と接触すると、アルミノシリケイトに含まれる珪素−酸素結合はフッ素イオンによる攻撃を受けやすく容易に結晶構造が破壊されて吸着機能が低下し、また、発生した水分が含フッ素カルボン酸エステルの分解を促進することがある。
【0035】
SiO2 + 4HF → SiF4 + 2H2
CHF2COOR1 + H2O → CHF2COOH + R1OH
上の反応式中、R1はメチル基またはエチル基を表す。
【0036】
ところで、中空球状構造であるアロフェンもしくは管状空孔構造であるイモゴライトまたはこれらと類似の構造をもつものでは、比較的フッ化水素との反応が活発ではなく、反応による構造の破壊や水の発生に対して物理的な吸着を優先させることができるので、本発明にかかる反応液への適用に適する。
【0037】
このようなアルミノシリケイトのうちでも中空球状構造であるアロフェンもしくはアロフェン様構造を持つものが特に好ましい。アロフェンとしては、天然のアロフェンだけでなく、さらに、純度の高い合成アロフェンを用いることができる。合成アロフェンは、例えば、オルトケイ酸ナトリウム水溶液と塩化アルミニウム水溶液を混合後、水酸化ナトリウム水溶液を滴下し、前駆体を形成した後、脱塩し、加熱することにより合成される。
【0038】
本発明の方法では、アロフェンの他に、アロフェンのように中空球状で、かつその壁に0.3〜0.5nm程度の孔が空いているアロフェン様構造をもつ物質、例えば、アルミニウムシリケイトのアルミニウムをNa、K、Ca、Ba、Mg等の金属で置換したもの、シリコンをゲルマニウム等の他の元素で置換したもので、アロフェンと同類の構造をもつものが適宜使用される。
【0039】
これらのアルミノシリケイトは、天然物、合成物のどちらでも良いが、アロフェン、イモゴライトは火山灰土壌中に広く存在するので、天然物が安価で好適である。天然物であることからその産地、生産者により成分組成、形状等には多くの種類があるが、アロフェンまたはイモゴライトと類似の構造として認識されるものであれば支障なく使用することができる。アルミノシリケイトの形状としては、粉状のほか、タブレット品、粒状品、顆粒品などの成形品であってもよく、吸着処理の形式、装置により適宜選択すればよい。市販のアロフェンとしては、品川化成株式会社製品のセカード(登録商標)K−3、K−1、D、OW、H−15、KW、さらに炭素などの添加成分を含むものなどがあるがこれらに限られない。
【0040】
活性炭としては、木材、木炭、椰子殻炭、パーム核炭、素灰等を原料とする植物系、泥炭、亜炭、褐炭、瀝青炭、無煙炭等を原料とする石炭系、石油残滓、オイルカーボン等を原料とする石油系または炭化ポリ塩化ビニリデン等の合成樹脂系等のいずれのものでもよい。これら市販の活性炭から選択し使用することができ、例えば、瀝青炭から製造された活性炭(東洋カルゴン製BPL粒状活性炭)、椰子殻炭(日本エンバイロケミカルズ製粒状白鷺GX、SX、CX、XRC、東洋カルゴン製PCB)等が挙げられるが、これらに限定されない。形状、大きさも通常粒状で用いられるが、球状、繊維状、粉体状、ハニカム状等反応器に適合すれば通常の知識範囲の中で使用することができる。
【0041】
アルミナとしては、吸着剤、脱水剤、触媒担体として市販されているアルミナが使用でき、γ―アルミナが好ましい。形状は限定されないが、2〜5mm程度の球形のものが取り扱いやすく好ましい。
【0042】
反応液を固体吸着剤と接触させる形式は特に限定されない。一般的な、バッチ式または流通式を採用できる。処理温度は0〜50℃程度、圧力は0.09〜0.15MPaでよい。
【0043】
前述の処理に代えてまたはその前処理または後処理として精密蒸留することによりさらに高純度のジルフロ酢酸エステルを得ることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を用いて、本発明を説明するが、本発明はこれらの実施態様には限られない。
【0045】
[実施例1]
出口にフルオロシラン類を除害するためのソーダライム管を設けたドライアイス−エタノールで冷却したコンデンサー、吹き込み管、温度計を備えた容量200ml三つ口ガラス容器を窒素置換した後、そこへテトラエトキシシラン(Si(OEt)4)(52g、0.25mol)を仕込み,攪拌しながら氷水バスで冷却した。ジフルオロ酢酸フルオライド(CHF2COF)104g(1.06mol)を吹き込み管経由で0.5g/minの速度で吹き込んだ。反応温度は導入初期は0.8℃であったが、導入終了後は反応熱によって高くなり19℃であった。吹き込み終了直後、内容物を計量すると128gであった。この内容物からサンプルを採取しガスクロマトグラフ(FID検出器。以下同じ。)分析したところ、ジフルオロ酢酸エチル(98.03面積%)、ジフルオロ酢酸フルオライド(0.711面積%)、ジフルオロ酢酸(0.36面積%)であった。
【0046】
[実施例2]
実施例1の吹き込み完了後、ドライアイス−エタノールで冷却したコンデンサーの代わりに、ソーダライム管を接続したジムロート(水道水冷却)を設置し、溶存している低沸点成分を除去するために、60℃で90分間還流し、内容物を124g回収した。再び内容物からサンプルを採取しガスクロマトグラフ分析したところ、ジフルオロ酢酸エチル(99.08面積%)、ジフルオロ酢酸(0.67面積%)が含まれ、ジフルオロ酢酸フルオライドは検出されなかった。また、内容物をイオンクロマトグラフで分析したところ、0.15wt%のフッ素イオンが検出された。
【0047】
[実施例3]
実施例2で得られた内容物100gに粒状アロフェン(10g、品川化成株式会社商品名:セカードKW)を投入し、軽く振盪し、一晩静置した。上澄み液をガスクロマトグラフ分析した結果、ジフルオロ酢酸エチル(99.74面積%)、ジフルオロ酢酸(0.002面積%)であった。イオンクロマトグラフ分析の結果、フッ素イオン濃度は検出下限界以下(0.01wt%以下)であった。
【0048】
[参考例1]
テトラエトキシシラン(Si(OEt)4)仕込み量を104g(0.50mol)にする以外、実施例1と同様に実験した。反応液をガスクロマトグラフ(FID検出器。以下同じ。)分析したところ、ジフルオロ酢酸エチル(58.61面積%)、Si(OEt)4(4.44面積%)、エタノール(20.816面積%)が含まれていた。
【0049】
[参考例2]
ジフルオロ酢酸エチル(500g, bp:101℃)とエタノール(30g、bp:77℃)の混合物をディクソンパッキン蒸留塔(理論段数50段)に仕込み、常圧蒸留を実施した。全還流を3時間実施したが、塔頂温度が85℃から92℃の間を変動して安定しなかった。やむなく、塔頂温度が85℃〜98℃のフラクションを還流比100:1で抜き出し初留とした(80g、エタノール:80面積%、ジフルオロ酢酸エチル:20面積%)。塔頂温度99℃〜101℃のフラクションを還流比100:1で抜き出し主留としたが、エタノールの完全除去は困難であった(435g、エタノール:2面積%、ジフルオロ酢酸エチル:98面積%)。
【産業上の利用可能性】
【0050】
医農薬中間体、機能性材料の中間体として有用なジフルオロ酢酸エステルの製造方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジフルオロ酢酸フルオライドと一般式(1)
(R24-nSi(OR1n (1)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表し、R2は水素原子または塩素原子を表し、nは、2、3または4である。)で表されるアルコキシシランを反応させることからなる一般式(2)
CHF2COOR1 (2)
(式中、R1は一般式(1)における意義と同じ。)で表されるジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項2】
反応温度が−10℃以上かつ20℃未満である請求項1に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項3】
ジフルオロ酢酸フルオライドに対してアルコキシシランの1当量未満を使用する請求項1または2に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項4】
さらにジフルオロ酢酸フルオライドを除去する工程を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項5】
ジフルオロ酢酸フルオライドを除去する工程が、反応液を反応温度以上かつ沸点以下の温度で加熱する工程である請求項4に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項6】
ジフルオロ酢酸フルオライドを除去する工程が、固体吸着剤と接触させる工程である請求項4に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項7】
固体吸着剤が、アロフェンまたはイモゴライトである請求項6に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法。
【請求項8】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸エステルの製造方法において、アルコキシシランが一般式(3)
Si(OR14 (3)
(式中、R1はメチル基またはエチル基を表す。)で表されるテトラアルコキシシランであるジフルオロ酢酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2011−148707(P2011−148707A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−8790(P2010−8790)
【出願日】平成22年1月19日(2010.1.19)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】