説明

ジョセフソンスターエミッタ

【課題】THz帯において、数mW程度の連続高出力発振が可能で、種々の計測や分析に使用することができるジョセフソン素子、すなわち、ジョセフソンスターエミッタを提供する。
【解決手段】ジョセフソン素子において、メサ1を、半導体、絶縁体、または、完全導体からなる基板2上に構築して構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジョセフソン素子の出力を増大させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ジョセフソン素子を動作させるためには、BiSrCaCu8+d(BSCCO)の単結晶に固有に内在する600層乃至1000層の積層したジョセフソン接合に直流電流(直流電圧)を与えなければならない。
【0003】
図4は、(a)がJとMs表面電流源を持つメサの模式図であり、(b)が直流電流I,電圧Vとその中を流れるIac。を持つメサの模式図である。曲線cは、アンペアの法則を満たす境界条件についての積分路である。
【0004】
現状において、ジョセフソン素子の発振源は、図4に示すように、単結晶を劈開して作られたメサ101であり、基板102を成している単結晶の一部に作られている。
【0005】
このようなメサ101から放射されるコヒーレントなテラヘルツ波(0.3THz乃至10THz)の実験結果によれば、その出力は、基板101の面に垂直な方向から測定された角度θが30°乃至40°で最大となり、90°方向(基板101に平行な方向)で消失するように見える。
【0006】
図4中の(a)に示すように、主な放射源が、メサ101に垂直な交流ジョセフソン電流(電流密度M)から作られる交流電場から発生する有効表面磁場であると仮定すると、出力は、メサ101の真上の0°で最大となる。これは、横磁場空洞モードのために基板102の種類にはよらず、基板102の表面上で、H//,ac(t)=0が自動的に満たされ、θ=90°で出力は消失することになる。
【0007】
図5は、円板状メサの場合、計算で求められた磁気および電気的源からのk1a=π/2を持つ基本波に関する輻射ゾーン強度I(θ)(強度は任意)〔(A)と(B)にそれぞれ対応〕の角度θ依存性の極表示である。電気的源と磁気的源を相対的に強度パラメータa(0)=0.2で重畳した出力で絶縁体基盤の場合を(C)、超伝導体基盤の場合を(D)に示す。k1a(aは円板の半径を意味する)は内部で発生する電磁波の波数ベクトル、θは基板の真上を0°とし、基板面を90°とする。
【0008】
図6は、矩形状メサの場合、計算で求められた基本波(k1w=π)に関する輻射ゾーン強度I(θ, 0)(強度は任意)〔(A)と(B)にそれぞれ対応〕の角度θ依存性の極表示である。基板が絶縁体の場合、磁気的源(M)だけの場合を(A)に、電気的源と磁気的源を重畳したものを(B)に示す。超伝導基板で電気的源および磁気的源を重畳した場合を(C)に示す。電気的源と磁気的源を相対的に強度パラメーターはa(0)=0.2とする。
【0009】
θ=90°で出力が消失する様子は、絶縁体からなる基板102上にある円板と矩形のメサ101の場合について、それぞれ図5と図6の曲線(A)に描かれている。基板102の主要な効果は、基板102の上部の半分に出力を制約することにある。したがって、基板102の物理的な性質によらず、Mが放射源でありさえすれば、最大出力の方向は、θ=0°となる。
【0010】
ここで、交流ジョセフソン電流Iacから発生する有効電場による表面電流密度Jを第2の放射源として仮定する。図4(a)には、2つの表面電流密度がある場合の図が描かれている。これら表面電流密度Jを放射源とした場合、メサ101が円板である場合には、図5(B)に示されているように、出力は0°で消失するが、放射源であるMと組み合わせることによって、図5(C)の曲線で示されるように、また、矩形メサの場合は図6の曲線(B)に示すように、実験的に観測される角度θmax≒30°乃至40°において最大値をとる。
【0011】
しかしながら、メサ101が絶縁体からなる基板102上にある場合、円板では、図5の曲線(B)や曲線(C)に示すように、また、矩形では、図6の曲線(B)に示すように、θ=90°で表面電流密度Jからかなりの強度の出力が得られることになり、実験結果と一致しない。しかし、実際のメサ101は、超伝導基板の上にあるので、超伝導基板によって放射出力がどのようになるか、境界条件を理解することが重要となる。
【0012】
図4中の(b)に、重要な境界条件を明確にするため、本質的な点だけを示す。超伝導基板102上にはメサ101があり、その基板102は、高温超伝導体BSCCOである。超伝導基板102の上端部から、直流電流Iを加えると、それに伴ってメサ101の両端に電圧Vが発生する。メサ101の内部では、交流ジョセフソン電流Iacが生じ、この電流は一様でコヒーレントであると仮定する。このような状態は、コヒーレントな放射が起こる前の非平衡過程が続く間に振幅が増大し、励起が起こったことになる。
【0013】
電流Iと電圧Vは直流であるから、Iacはメサ101の内部に閉じこめられている。したがって、基板102上には、交流表面電流は無く、Ks,ac=0である。超伝導基板102の内部の深いところ(表皮効果の深さ以上に深い領域)(BSCCOでは約0.15μm)では、交流マイスナー効果によって、B//,ac=0が保障されている。これ以上には交流磁場の源は無いので、アンペールの法則を、図4中の(b)の積分曲線cに沿って適用すると、超伝導基板の直上の表面では、H//,ac=0が保障されることになる。これは、厳密に完全磁気導体(PMC)の条件である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
【0015】
前述のようなジョセフソン素子について、JとMに関して超伝導基板の効果を、鏡映法を用いて計算してみる。
【0016】
図7は、PMC基板の場合の電気的源と磁気的源の方向の実像と鏡像の関係の模式図である。
【0017】
鏡映法を使うと、交流ジョセフソン電流Jは、図7に示すように、メサ101の内部では一様と仮定し、メサ101に対して垂直方向であり、超伝導体基板102の内部で符号が逆の鏡像電流−Jを作る。この鏡像ジョセフソン電流は、メサ101の高さと等しいhだけ、基板102の内部に広がっている。この状況は、図7の最も左側の図に示されている。この鏡像電流によって、θ=90°では、Jによる出力が完全に打ち消し合い、全体で出力が角度θで(πhcosθ/w)の因子分、弱くなってしまう。ここで、wは、メサ101の幅である。
【0018】
図7の最も右側に示されているように、基板102の表面に平行な磁気的な源Msの場合も、PMC基板102による鏡像は、実際の源の方向と反対向きである。したがって、両者の源からの出力を重ね合わせると、超伝導基板では、(πhcosθ/w)の因子だけ減少してしまう。実験で調べられているメサ101は、h≒1μmであり、w≒60μmであるので、減少する因子は最大出力の方向θmaxで1.6x10−3に達する。この因子のために、θ=0°から離れていて極大となるはずの出力がθ=90°で消失してしまう。
【0019】
前述のようなジョセフソン素子においては、出力は数μW程度であり、より高出力のジョセフソン素子が求められている。
【0020】
そこで、本発明は、前述の実情に鑑みて提案されるものであって、THz帯において、数mW程度の連続高出力発振が可能で、種々の計測や分析に使用することができるジョセフソン素子、すなわち、ジョセフソンスターエミッタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上述の課題を解決するため、本発明に係るジョセフソンスターエミッタ(STAR emitter:Stimulated Terahertz Amplified Radiation emitter)は、以下の構成の少なくとも一を備えるものである。
【0022】
〔構成1〕
ジョセフソン素子であって、メサは、半導体、または、絶縁体からなる基板上に構築されて構成されていることを特徴とするものである。
【0023】
〔構成2〕
ジョセフソン素子であって、メサは、完全導体基板上に構築されて構成されていることを特徴とするものである。
【0024】
〔構成3〕
ジョセフソン素子であって、メサは、基板上に、結晶のab面が基板表面に垂直になり、かつ、メサの短い辺が基板表面に対して垂直とされて配置されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0025】
構成1を有するジョセフソンスターエミッタにおいては、メサが、半導体、または、絶縁体からなる基板上に構築されているので、基板による出力の消失が阻害され、出力が増大する。
【0026】
構成2を有するジョセフソンスターエミッタにおいては、メサが、完全導体基板上に構築されているので、基板による出力の消失が阻害され、出力が増大する。
【0027】
構成3を有するジョセフソンスターエミッタにおいては、メサは、結晶のab面を基板表面に垂直とし、かつ、メサの短い辺を基板表面に対して垂直として配置されているので、基板による出力の消失が阻害され、出力が増大する。
【0028】
すなわち、本発明は、THz帯において、数mW程度の連続高出力発振が可能で、種々の計測や分析に使用することができるジョセフソン素子、すなわち、ジョセフソンスターエミッタを提供することができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら説明する。
【0030】
本発明に係るジョセフソンスターエミッタ(STAR emitter:Stimulated Terahertz Amplified Radiation emitter)は、出力を増大させるため、放射するジョセフソン接合の積層状態に対して適当な基板を選択している。その一つの方法は、真空か、Siのような半導体か、サファイヤのような絶縁体のいずれかを選ぶことである。一般的にいえば、これら真空、半導体、または、絶縁体をどのように組み合わせたものでもよく、出力は、前述した小さな値の逆数である600倍に増大されると期待される。
【0031】
図1は、半導体または絶縁体上に構築されたBSCCOメサの模式図である。
【0032】
すなわち、本発明に係るジョセフソンスターエミッタは、図1に示すように、BSCCOメサ1が、半導体または絶縁体からなる基板2上に構築されて構成されている。
【0033】
図2は、金(Au)のような完全導体基板(PEC)上に構築されたBSCCOメサの模式図である。
【0034】
しかしながら、より良い方法は、図2に示すように、基板2としてメサ1のあらゆる周囲方向に広がった通常と同じ完全な電気導体(PEC)を用いることである。金(Au)のようなPECでも鏡映法を使うことができるが、図7の上半分に示されるような実際の源の方向は、完全磁気導体(PMC)基板の場合の図7の下半分で示されるものと厳密に逆向きになる。特に、図4に示す2つの構成の場合、PEC基板の鏡映は実際の源と全く同等である。このように、PEC基板の場合、全体の出力はさらに4倍得られることになるので、最終的には出力は2400倍に増大することになる。
【0035】
このPEC基板2は、BSCCO基板上に蒸着された2次的な基板でも、厚さが動作温度でTHz周波数帯の表皮の深さより厚ければそれでよい。PEC基板を最適放射出力の温度でTHz周波数領域の表皮の深さより厚く皮膜すれば、PEC基板としてはどのようなものでもよく、例えば、BSCCOでもよい。
【0036】
また、例えば、PEC基板2を銅(Cu)とした場合には、BSCCO基板がその下層にあるという境界条件を克服するためには、0.2mm以上の膜厚が必要である。この構成は、実際の製造上においては経済的な構成である。
【0037】
図3は、超伝導体や他のPMC基板、たとえばBSCCOのような基板上に構築されたメサの模式図である。
【0038】
また、このジョセフソンスターエミッタにおける最適な配置は、図3に示すように、BSCCOメサ1を基板2に結晶のab面が垂直になるように、かつ、短い辺を基板2に垂直に立てる配置である。
【0039】
図7から、メサ1が基板2から切り離されており、基板1とメサ2とが垂直になるように配置されている場合には、BSCCOのような超伝導基板(PMC)を使うことも可能である。矩形のメサの場合、電流源Jsは、図7の左側の図と同等であるが、磁気電流源Mの鏡映像は、それよりもっと複雑である。基板に垂直になっているメサの角には、図7の右側の図に示すように、それに垂直なMもある。これら両者の鏡像は、互いに反対向きである。したがって、幅よりもずっと長い矩形のメサの場合には、短い方の縁において基板上に立て、全体を超伝導体に垂直になるように配置することによって、出力が大きく増大する。この場合、絶縁体基板の場合のほぼ4倍の出力が得られ、超伝導基板上にある既存のメサのそれに対し、2000倍近く増大する。
【0040】
また、このジョセフソンスターエミッタにおいては、BSCCOメサをBSCCOのような超伝導基板(PMC)上に従来と同様に水平に構築した後に、超伝導基板(PMC)を、メサの少なくとも一方の側縁部に沿って切断して構成してもよい。この場合にも、基板が切断された側の出力は、基板による影響か抑えられ、高出力となる。
【0041】
従来のジョセフソン素子のメサは、いずれも超伝導基板上にあり、出力として約5μWが得られている。入力電力が約15mWであるから、効率としては、約3×10−4程度である。本発明においては、約2400倍の因子によって、理想的な効率の30%乃至60%として、出力は、5mW乃至12mW程度とすることができる。この値は、多くの応用分野において十分な値である。
【0042】
さらに、このような高出力のBSCCOメサのアンテナアレイを構成することによって、複数のメサをコヒーレントに放射させることができれば、さらに出力を大きくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】半導体または絶縁体上に構築されたBSCCOメサの模式図である。
【図2】金(Au)のような完全導体基板(PEC)上に構築されたBSCCOメサの模式図である。
【図3】超伝導体や他のPMC基板、たとえばBSCCOのような基板上に構築されたメサの模式図である。
【図4】(a)は、JとMs表面電流源を持つメサの模式図であり、(b)は、直流電流I,電圧Vとその中を流れるIac。を持つメサの模式図である。
【図5】円板状メサの場合、計算で求められた磁気および電気的源からのk1a=π/2を持つ基本波に関する輻射ゾーン強度I(θ)の角度θ依存性の極表示である。
【図6】矩形状メサの場合、計算で求められた基本波(k1w=π)に関する輻射ゾーン強度I(θ,0)の角度θ依存性の極表示である。
【図7】PMC基板の場合の電気的源と磁気的源の方向の実像と鏡像の関係の模式図である。
【符号の説明】
【0044】
1 メサ
2 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジョセフソン素子であって、
メサは、半導体、または、絶縁体からなる基板上に構築されて構成されている
ことを特徴とするジョセフソンスターエミッタ。
【請求項2】
ジョセフソン素子であって、
メサは、完全導体基板上に構築されて構成されている
ことを特徴とするジョセフソンスターエミッタ。
【請求項3】
ジョセフソン素子であって、
メサは、基板上に、結晶のab面が基板表面に垂直になり、かつ、メサの短い辺が基板表面に対して垂直とされて配置されている
ことを特徴とするジョセフソンスターエミッタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−27812(P2010−27812A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−186590(P2008−186590)
【出願日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【出願人】(395023060)株式会社東京インスツルメンツ (7)
【Fターム(参考)】