説明

スティグマステロール含量改変植物およびその利用

【課題】 スティグマステロール含量が増強された植物を提供すること。スティグマステロール含量が増強された植物を含む食品を提供すること。
【解決手段】 異種染色体を植物に導入することを含む、植物におけるスティグマステロール含量を増強させる方法。前記方法によりスティグマステロール含量を増強させた植物若しくはその子孫又はその抽出物を含む食品組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スティグマステロール含量改変植物およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
コムギは、3大穀物の一つであり世界的に広く利用されている。小麦粉は、パンやパスタ、うどんなど主食として利用されている一方、若葉が健康食品として利用されている。一方、オオムギは穀物としての利用度がコムギよりも低いが、若葉については、コムギよりも機能性成分が多いことから、コムギよりも広く利用されている。
【0003】
植物ステロールの摂取により血中コレステロールが低下することが知られている。特に、スティグマステロール(stigmasterol)は血中のコレステロール低下作用が著しい(非特許文献1)。コムギはオオムギよりもスティグマステロール含量が低く、コムギにおいてスティグマスロールを増強させることが求められていた。ところが、そのようなコムギを作出することは、従来技術では困難であった。
【0004】
【化1】

【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、スティグマステロール含量が増強された植物を提供することを目的とする。
【0006】
また、本発明は、スティグマステロール含量が増強された植物を含む食品を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意努力した結果、オオムギの第3染色体を添加した染色体添加コムギにおいて、スティグマステロール含量が増強することを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)異種染色体を植物に導入することを含む、植物におけるスティグマステロール含量を増強させる方法。
(2)異種染色体が単子葉植物に由来する(1)記載の方法。
(3)異種染色体がオオムギの3番染色体である(2)記載の方法。
(4)異種染色体がCYP710A酵素の遺伝子を含む(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)異種染色体を導入する植物が単子葉植物である(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)異種染色体を導入する植物がコムギである(5)記載の方法。
(7)異種染色体がオオムギの3番染色体であり、異種染色体を導入する植物がコムギである(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)スティグマステロール含量が植物体の地上部において増強する(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)植物体の地上部が実生である(8)記載の方法。
(10)(1)〜(9)のいずれかに記載の方法によりスティグマステロール含量を増強させた植物若しくはその子孫又はその抽出物を含む食品組成物。
(11)植物が植物体の地上部である(10)記載の食品組成物。
(12)植物体の地上部が実生である(11)記載の食品組成物。
(13)以下の(a)、 (b) 又は(c)のタンパク質。
(a)配列番号7のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号7のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(c)配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(14)(13)記載のタンパク質をコードするDNA。
(15)配列番号6のヌクレオチド配列からなる(14)記載のDNA。
(16)以下の(d)、(e)又は(f)のタンパク質。
(d)配列番号9、11又は13のアミノ酸配列からなるタンパク質
(e)配列番号9、11又は13のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(f)配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(17)(16)記載のタンパク質をコードするDNA。
(18)配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなる(17)記載のDNA。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、スティグマステロール含量が増強された植物が提供される。この植物は、食品原料、例えば、血中コレステロール低下作用を有する機能性食品原料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1−1】オオムギ、コムギ、シロイヌナズナ、トマトのCYP710A酵素のアミノ酸配列のアラインメントを示す。全ての酵素で保存されているアミノ酸を太字で、少なくともオオムギ、コムギの単子葉植物で保存されているアミノ酸を網掛けで、少なくともシロイヌナズナ、トマトの双子葉植物で保存されているアミノ酸をイタリックで表示する。HvCYP710A1はオオムギCYP710Aを、TaCYP710A1/2/3はコムギのCYP710A3種類を、AtCYP710A1/2/3/4はシロイヌナズナのCYP710A4種類を、SlCYP710A11はトマトのCYP710Aを示す。
【図1−2】オオムギ、コムギ、シロイヌナズナ、トマトのCYP710A酵素のアミノ酸配列のアラインメント(図1−1の続き)を示す。
【図1−3】オオムギ、コムギ、シロイヌナズナ、トマトのCYP710A酵素のアミノ酸配列のアラインメント(図1−2の続き)を示す。
【図2】オオムギ染色体導入パンコムギ系統(オオムギ1〜7番染色体のそれぞれ1対をパンコムギに導入した)、親系統であるパンコムギ(Chinese Spring: CS)、オオムギ(Betzes)におけるCYP710A遺伝子の発現解析結果(パネル上段:オオムギ由来遺伝子発現の同定、パネル下段:オオムギおよびコムギ由来遺伝子発現の同定)を示す。
【図3】オオムギ染色体導入パンコムギ系統(オオムギ1〜7番染色体のそれぞれ1対をパンコムギに導入した)、親系統であるパンコムギ(Chinese Spring: CS)におけるオオムギCYP710A遺伝子の発現解析結果(Real Time PCRによる遺伝子発現パターン確認)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、異種染色体を植物に導入することを含む、植物におけるスティグマステロール含量を増強させる方法を提供する。
【0013】
異種染色体は、いかなる植物に由来するものであってもよく、オオムギ、コムギ、イネ、トウモロコシ、キビ、ヒエ、アワなどの単子葉植物に由来するもの、トマト、シロイズナズナ、ナス、トウガラシ、ピーマン、キュウリ、ウリ、ダイズ、カンゾウなどの双子葉植物に由来するものなどを例示することができるが、異種染色体を導入される植物よりもスティグマステロール含量が多い植物に由来するものが好ましい。
【0014】
異種染色体がオオムギ由来のものである場合、3番染色体であることが好ましい。
【0015】
本発明者らは、オオムギ3番染色体導入コムギ系統では、スティグマステロールが増加していることを見出し、さらに、オオムギ3番染色体導入コムギ系統でオオムギCYP710Aが発現していることを確認した(後述の実施例を参照のこと)。これらのことから、スティグマステロール生合成に異種染色体上のCYP710A遺伝子が関わっていることが証明された。それ故、異種染色体は、CYP710A遺伝子を含むことが好ましい。
【0016】
例えば、異種染色体を導入する植物がコムギである場合、異種染色体はオオムギ由来のものが好ましく、オオムギの3番染色体がより好ましい。コムギは、いかなる品種又は系統であってもよく、Chinese Spring、新中長、農林61号、ホクシン、チホクコムギ、春よ恋、キタノカオリ、ミナミノカオリ、ニシノカオリ、ふくほのか、ふくさやかなどの品種、WB系統、SH系統、CA系統などの系統を例示することができるが、これらに限定されることはない。オオムギもいかなる品種又は系統であってもよく、Betzes、はるな二条、アサカゴールド、ニシノチカラ、あまぎ二条などの品種、Holdeum chilense, Holdeum spontaneumなどの野生オオムギなどを例示することができるが、これらに限定されることはない。
【0017】
異種染色体導入は、従来の交雑育種法により行うことができる。例えば、オオムギ染色体導入コムギ系統の作出については、Islam and Shepherd 1992 (Theoretical and Applied Genetics 83: 489-494); Taketa and Takeda 2001(Breeding Science 51: 199-206)に記載されている。簡単に説明すると、まずコムギを母本、オオムギを花粉親として交配し、F1を作出する。これは不稔性を示すので、コルヒチン処理または母本となったコムギを花粉親として戻し交雑を行い、次世代系統を作出する。またはさらにコムギを花粉親として戻し交雑を複数回行った系統を作出する。またはH. bulbosum法により倍加半数体系統を作出する。これらの系統から、減数分裂期の花粉母細胞の染色体をゲノミックin situハイブリダイズ法(GISH)により観察し、目的のオオムギ染色体が導入されたコムギ系統を選抜する。
【0018】
異種染色体を導入した植物を栽培し、育成した植物体からスティグマステロールを抽出し、定量し、異種染色体を導入していない植物の植物体のスティグマステロール含量と比較することにより、異種染色体導入植物におけるスティグマステロール含量の増強を確認することができる。スティグマステロールの定量は、後述の実施例3に記載の方法で行うことができる。
【0019】
異種染色体導入によるスティグマステロール含量の増強は、植物体の実生(若葉)、成熟葉、茎、小穂などの地上部、根、地下茎、ストロンなどの地下部、胚乳、ふすまなどいかなる部分で観察されてもよい。例えば、オオムギ3番染色体導入コムギ系統では、実生において、スティグマステロール含量の顕著な増強効果が観察された(後述の実施例2、3を参照のこと)。
【0020】
また、本発明は、異種染色体導入により、スティグマステロール含量を増強させた植物若しくはその子孫又はその抽出物を含む食品組成物を提供する。
【0021】
本発明の食品組成物に含まれる植物は、植物体の実生(若葉)、成熟葉、茎、小穂などの地上部、根、地下茎、ストロンなどの地下部、胚乳、ふすまなどいかなる部分であってもよいし、また、植物体の全部であってもよい。例えば、オオムギ3番染色体導入コムギ系統では、実生において、スティグマステロール含量の顕著な増強効果が観察された(後述の実施例2、3を参照のこと)ので、異種染色体がオオムギ由来のものであり、異種染色体が導入される植物がコムギである場合には、実生が食品組成物に含まれることが好ましい。食品組成物に含まれる植物は、栽培した植物体の全部又はその一部を採取した後、適宜、洗浄、乾燥、加熱、粉砕などの処理をして、粉末の形態にしてもよい。
【0022】
本発明の食品組成物に含まれる抽出物は、植物体から抽出されたもので、スティグマステロールを含有するものであればよい。抽出は、通常の植物成分の抽出に用いられる方法を用いることができ、例えば、後述の実施例2に記載の方法で行うことができる。さらに、HPLCなどにより精製してもよい。
【0023】
本発明の食品組成物は、水、果汁などを添加して、青汁などの飲料として食することができる。あるいはまた、賦形剤などを添加し、粉末、顆粒、錠剤などの形態にして、食することもできる。その他、パン、麺類、パスタ類などの食品に配合して食することもできる。
【0024】
本発明は、さらに、以下の(a)、 (b) 又は(c)のタンパク質を提供する。
【0025】
(a)配列番号7のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号7のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(c)配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(a)のタンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列からなる。配列番号7のアミノ酸配列は、オオムギCYP710A酵素のアミノ酸配列である。
【0026】
(b)のタンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有する。欠失、置換又は付加されるアミノ酸の総数及び位置は特に限定されるものではないが、シロイズナズナ及びトマト由来のCYP710Aは公知である(The Plant Cell, Vol. 18, 1008-1022, April 2006 )ので、これらのCYP710Aに相当するものは除かれる。また、後述の実施例7の表2に示すように、オオムギCYP710A酵素のアミノ酸配列(配列番号7)とコムギCYP710A酵素のアミノ酸配列(配列番号9、11及び13)との相同性は、93.5%、95.5%、95.9%である。オオムギCYP710A酵素のアミノ酸配列(配列番号7)とシロイズナズナCYP710A酵素(表2及び図1のAtCYP710A1、AtCYP710A2及びAtCYP710A3)のアミノ酸配列との相同性は、62.0%、58.6%、55.1%及び54.5%である。オオムギCYP710A酵素のアミノ酸配列(配列番号7)とトマトCYP710A酵素(表2及び図1のSICYP710A11)のアミノ酸配列との相同性は、56.8%である(GENETYX-MAC Network Version 13.0.15(株式会社ゼネティックス)を用い、本ソフトのMaximum Matching...というコマンドで計算した)。従って、(b)のタンパク質における欠失、置換又は付加されるアミノ酸の総数は、配列番号7のアミノ酸配列との相同性が95.9より大きくなる数であればよい。欠失、置換又は付加されるアミノ酸の総数の具体的な範囲は、欠失に関しては通常1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜2個であり、置換に関しては通常1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個であり、付加に関しては通常1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜2個である。
【0027】
(c)のタンパク質は、配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有する。
【0028】
「ストリンジェントな条件」としては、当業者であれば適宜選択することができる。ハイブリダイゼーションの条件は、例えば、低ストリンジェントな条件が挙げられる。低ストリンジェントな条件とは、例えば42℃、2×SSC、0.1%SDSが挙げられ、好ましくは50℃、2×SSC 、0.1%SDSである。またより好ましくは、高ストリンジェントな条件が挙げられる。高ストリンジェントな条件とは、例えば65℃、2×SSC及び0.1%SDSが挙げられる。これらの条件において、温度を下げる程に高い相同性を有するDNAのみならず、低い相同性しか有していないDNAまでも包括的に得ることができる。逆に、温度を上げる程、高い相同性を有するDNAのみを得られることが期待できる。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度以外にも塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAと少なくとも88%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
【0029】
これらハイブリダイゼーション技術により単離されるDNAがコードするポリペプチドは、通常、(a)のタンパク質とアミノ酸配列において高い相同性を有する。高い相同性とは、通常、97%以上の相同性、好ましくは98%以上の相同性、さらに好ましくは99%以上の相同性を指す。タンパク質の相同性は、公知の方法で計算することができ、例えば、GENETYX-MAC Network Version 13.0.15(株式会社ゼネティックス)を用い、本ソフトのMaximum Matching...というコマンドで計算することができる。
【0030】
上記の(a)、(b)又は(c)のタンパク質は、(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAを導入した形質転換細胞を培養し、培養物から目的のタンパク質を採取することにより製造することができる。
【0031】
(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAを導入した形質転換細胞は、(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAを含有する組換えベクターを適当な宿主細胞に導入することにより得られる。本発明は、(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAも提供する。(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAとしては、配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNA、配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAなどを挙げることができる。「ストリンジェントな条件」は前述の通りである。配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAと少なくとも88%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
【0032】
組換えベクターを作製するには、まず、目的とするタンパク質のコード領域を含む適当な長さのDNA断片を調製するとよい。目的とするタンパク質のコード領域のヌクレオチド配列において、宿主細胞における発現に最適なコドンとなるように、ヌクレオチドを置換してもよい。
【0033】
次いで、このDNA断片を適当な発現ベクターのプロモーターの下流に挿入して、組換えベクターを作製することができる(例えば、Molecular Cloning2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989を参照のこと)。DNA断片はその機能が発揮されるように発現ベクターに組み込まれるとよい。
【0034】
(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAは、オオムギCIP710AのcDNAを用いてPCRで増幅することにより調製することができる。
【0035】
発現ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13)、枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15)、λファージなどのバクテリオファージ、レトロウイルス,ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫病原ウイルスなどを用いることができる。
【0036】
発現ベクターには、プロモーター、エンハンサー、リボソーム結合サイト、種々のシグナル配列(例えば、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナルなど)、クローニングサイト、翻訳・転写ターミネーター、選択マーカー、SV40複製オリジンなどを付加してもよい。
【0037】
また、発現ベクターは、融合タンパク質発現ベクターであってもよい。種々の融合タンパク質発現ベクターが市販されており、pGEXシリーズ(アマシャムファルマシアバイオテク社)、pET Expression Syetem(Novagen社)などを例示することができる。
【0038】
宿主細胞としては、細菌細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、枯草菌など)、真菌細胞(例えば、酵母、アスペルギルスなど)、昆虫細胞(例えば、S2細胞、Sf細胞など)、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、3T3細胞、BHK細胞、HEK293細胞など)、植物細胞などを例示することができる。
【0039】
組換えベクターを宿主細胞に導入するには、Molecular Cloning2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法(例えば、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、トランスベクション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、エレクロトポレーション法、形質導入法、スクレープローディング法、ショットガン法など)または感染により行うことができる。
【0040】
(a)、(b)又は(c)のタンパク質をコードするDNAを導入した形質転換細胞を培地で培養し、培養物から(a)、(b)又は(c)のタンパク質を採取することができる。タンパク質が培地に分泌される場合には、培地を回収し、その培地からタンパク質を分離し、精製すればよい。タンパク質が形質転換された細胞内に産生される場合には、その細胞を溶解し、その溶解物からタンパク質を分離し、精製すればよい。
【0041】
タンパク質が別のタンパク質(タグとして機能する)との融合タンパク質の形態で発現される場合には、融合タンパク質を分離及び精製した後に、FactorXaや酵素(エンテロキナーゼ)処理をすることにより、別のタンパク質を切断し、目的とするタンパク質を得ることができる。
【0042】
タンパク質の分離及び精製は、公知の方法により行うことができる。公知の分離及び精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法、等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などが用いられる。
【0043】
本発明は、さらにまた、以下の(d)、(e)又は(f)のタンパク質を提供する。
【0044】
(d)配列番号9、11又は13のアミノ酸配列からなるタンパク質
(e)配列番号9、11又は13のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(f)配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(d)のタンパク質は、配列番号9、11又は13のアミノ酸配列からなる。配列番号9、11又は13のアミノ酸配列は、コムギCYP710A酵素のアミノ酸配列である。
【0045】
(e)のタンパク質は、配列番号9、11又は13のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有する。欠失、置換又は付加されるアミノ酸の総数及び位置は特に限定されるものではないが、シロイズナズナ及びトマト由来のCYP710Aは公知である(The Plant Cell, Vol. 18, 1008-1022, April 2006 )ので、これらのCYP710Aに相当するものは除かれる。また、後述の実施例7の表2に示すように、コムギCYP710A酵素(TACYP710A1、TACYP710A2及びTACYP710A3)のアミノ酸配列(配列番号9、11及び13)とオオムギCYP710A酵素のアミノ酸配列(配列番号7)との相同性は、93.5%、95.5%、95.9%である。コムギCYP710A酵素(TACYP710A1)のアミノ酸配列(配列番号9)とシロイズナズナCYP710A酵素(表2及び図1のAtCYP710A1、AtCYP710A2及びAtCYP710A3)のアミノ酸配列との相同性は、60.7%、57.3%、53.6%及び52.8%である。コムギCYP710A酵素(TACYP710A2)のアミノ酸配列(配列番号11)とシロイズナズナCYP710A酵素(表2及び図1のAtCYP710A1、AtCYP710A2及びAtCYP710A3)のアミノ酸配列との相同性は、61.6%、58.0%、54.7%及び53.9%である。コムギCYP710A酵素(TACYP710A3)のアミノ酸配列(配列番号13)とシロイズナズナCYP710A酵素(表2及び図1のAtCYP710A1、AtCYP710A2及びAtCYP710A3)のアミノ酸配列との相同性は、61.6%、58.2%、54.7%及び53.9%である。コオムギCYP710A酵素(TACYP710A1、TACYP710A2及びTACYP710A3)のアミノ酸配列(配列番号9、11及び13)とトマトCYP710A酵素(表2及び図1のSICYP710A11)のアミノ酸配列との相同性は、55.7%、56.4%及び56.4%である(GENETYX-MAC Network Version 13.0.15(株式会社ゼネティックス)を用い、本ソフトのMaximum Matching...というコマンドで計算した)。従って、(e)のタンパク質における欠失、置換又は付加されるアミノ酸の総数は、配列番号9、11又は13のアミノ酸配列との相同性が95.9より大きくなる数であればよい。欠失、置換又は付加されるアミノ酸の総数の具体的な範囲は、欠失に関しては通常1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜2個であり、置換に関しては通常1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個であり、付加に関しては通常1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜2個である。
【0046】
(f)のタンパク質は、配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有する。
【0047】
「ストリンジェントな条件」としては、当業者であれば適宜選択することができる。ハイブリダイゼーションの条件は、例えば、低ストリンジェントな条件が挙げられる。低ストリンジェントな条件とは、例えば42℃、2×SSC、0.1%SDSが挙げられ、好ましくは50℃、2×SSC 、0.1%SDSである。またより好ましくは、高ストリンジェントな条件が挙げられる。高ストリンジェントな条件とは、例えば65℃、2×SSC及び0.1%SDSが挙げられる。これらの条件において、温度を下げる程に高い相同性を有するDNAのみならず、低い相同性しか有していないDNAまでも包括的に得ることができる。逆に、温度を上げる程、高い相同性を有するDNAのみを得られることが期待できる。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度以外にも塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAと少なくとも88%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
【0048】
これらハイブリダイゼーション技術により単離されるDNAがコードするポリペプチドは、通常、(d)のタンパク質とアミノ酸配列において高い相同性を有する。高い相同性とは、通常、97%以上の相同性、好ましくは98%以上の相同性、さらに好ましくは99%以上の相同性を指す。タンパク質の相同性は、公知の方法で計算することができ、例えば、GENETYX-MAC Network Version 13.0.15(株式会社ゼネティックス)を用い、本ソフトのMaximum Matching...というコマンドで計算することができる。
【0049】
上記の(d)、(e)又は(f)のタンパク質は、(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAを導入した形質転換細胞を培養し、培養物から目的のタンパク質を採取することにより製造することができる。
【0050】
(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAを導入した形質転換細胞は、(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAを含有する組換えベクターを適当な宿主細胞に導入することにより得られる。本発明は、(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAも提供する。(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAとしては、配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNA、配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAなどを挙げることができる。「ストリンジェントな条件」とは前述の通りである。配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAと少なくとも88%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
【0051】
組換えベクターを作製するには、まず、目的とするタンパク質のコード領域を含む適当な長さのDNA断片を調製するとよい。目的とするタンパク質のコード領域のヌクレオチド配列において、宿主細胞における発現に最適なコドンとなるように、ヌクレオチドを置換してもよい。
【0052】
次いで、このDNA断片を適当な発現ベクターのプロモーターの下流に挿入して、組換えベクターを作製することができる(例えば、Molecular Cloning2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989を参照のこと)。DNA断片はその機能が発揮されるように発現ベクターに組み込まれるとよい。
【0053】
(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAは、コムギCIP710AのcDNAを用いてPCRで増幅することにより調製することができる。
【0054】
発現ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13)、枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15)、λファージなどのバクテリオファージ、レトロウイルス,ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫病原ウイルスなどを用いることができる。
【0055】
発現ベクターには、プロモーター、エンハンサー、リボソーム結合サイト、種々のシグナル配列(例えば、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナルなど)、クローニングサイト、翻訳・転写ターミネーター、選択マーカー、SV40複製オリジンなどを付加してもよい。
【0056】
また、発現ベクターは、融合タンパク質発現ベクターであってもよい。種々の融合タンパク質発現ベクターが市販されており、pGEXシリーズ(アマシャムファルマシアバイオテク社)、pET Expression Syetem(Novagen社)などを例示することができる。
【0057】
宿主細胞としては、細菌細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、枯草菌など)、真菌細胞(例えば、酵母、アスペルギルスなど)、昆虫細胞(例えば、S2細胞、Sf細胞など)、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、3T3細胞、BHK細胞、HEK293細胞など)、植物細胞などを例示することができる。
【0058】
組換えベクターを宿主細胞に導入するには、Molecular Cloning2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法(例えば、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、トランスベクション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、エレクロトポレーション法、形質導入法、スクレープローディング法、ショットガン法など)または感染により行うことができる。
【0059】
(d)、(e)又は(f)のタンパク質をコードするDNAを導入した形質転換細胞を培地で培養し、培養物から(a)、(b)又は(c)のタンパク質を採取することができる。タンパク質が培地に分泌される場合には、培地を回収し、その培地からタンパク質を分離し、精製すればよい。タンパク質が形質転換された細胞内に産生される場合には、その細胞を溶解し、その溶解物からタンパク質を分離し、精製すればよい。
【0060】
タンパク質が別のタンパク質(タグとして機能する)との融合タンパク質の形態で発現される場合には、融合タンパク質を分離及び精製した後に、FactorXaや酵素(エンテロキナーゼ)処理をすることにより、別のタンパク質を切断し、目的とするタンパク質を得ることができる。
【0061】
タンパク質の分離及び精製は、公知の方法により行うことができる。公知の分離及び精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法、等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などが用いられる。
【実施例】
【0062】
以下の実施例により、本発明を具体的に説明する。なお、これらの実施例は、説明のためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0063】
〔実施例1〕オオムギ染色体添加コムギの実生の栽培方法
培土は黒土:バーミキュライト:乾燥牛ふん:化成肥料(8:8:8)=5:1:1:0.01の混合したものを用い、オオムギBetzes、コムギChinese Spring、オオムギ染色体を1対ずつ導入したコムギ Islam and Shepherd 1992 (Theoretical and Applied Genetics 83: 489-494); Taketa and Takeda 2001(Breeding Science 51: 199-206) (独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センターより入手)を温度22℃、明所/暗所=16時間/8時間にて栽培し、播種後2週間の地上部の下部を3cm程度残し刈り取ったものを抽出サンプルとした。
【0064】
〔実施例2〕オオムギ染色体添加コムギの実生に含まれるステロール類の抽出
実施例1で育成したオオムギ、コムギ、オオムギ染色体添加コムギの実生を凍結乾燥しマルチビーズショッカー(安井器械株式会社製)で細胞を破砕した。破砕した各サンプル10mg/mlに2μgの[25,26,26,26,27,27,27-2H7]コレステロールを内部標準として加え、2mlのクロロホルム-メタノール溶液 (1:1) で3回抽出した。抽出液にセライトを加えた後に減圧下溶媒除去し、得られたセライト粉末をSep-Pak(登録商標)Vac (Silica gel, 500mg/6cc, Waters) にのせ、ヘキサン-酢酸エチル溶液 (2:1) 8mlとクロロホルム-メタノール溶液 (1:1) 8mlで順次溶出した。ヘキサン-酢酸エチル画分は溶媒除去後、メタノールを1mlと20%水酸化カリウム水溶液を1ml加えて80℃で1時間反応させ、けん化した。クロロホルム-メタノール画分は溶媒除去し残渣を得、抽出後の組織片と合わせ、メタノールを1mlと4mol/lの塩酸を1ml加えて、80℃で1時間反応させ、加水分解した。それぞれの反応混合物を2mlのヘキサンで3回抽出し、得られたヘキサン抽出物を合わせ溶媒除去し、ステロールを含む残渣を得た。
【0065】
〔実施例3〕オオムギ染色体添加コムギの実生に含まれるステロール類の定量分析
実施例2で得られた残渣に、N−メチル−N−トリメチルシリルトリフルオロアセトアミドを加え、80℃で30分間反応させ、トリメチルシリルエーテル体に誘導体化しGC−MS分析の試料とした。GC−MSの条件を、EI (70eV)、イオン源温度 250℃、カラムをDB-1 (30 m×0.25 mm, 0.25-mm; J&W Scientific)、試料導入部温度250℃、カラム昇温プログラム:80℃、1分間保持、 3分間で280℃まで上昇させて17分間保持、 境界面温度 280℃、キャリアーガスをヘリウム (1.0 mL/min)、試料導入はスプリットレスとして抽出物の分析を行った。コレステロール、カンペステロール、スティグマステロール、シトステロールは和光純薬工業株式会社より市販されており容易に入手することができ、化合物の同定はそれぞれの標品とGCの保持時間ならびにマススペクトルを比較することで行った。カンペスタノールとシトスタノールに関しては、長崎大学教育学部自然科学研究報告 第44号 57-75(1991年)及び長崎大学教育学部自然科学研究報告 第45号 27-47(1991年)を参照し、相対保持時間ならびにマススペクトルを比較することで決定した。各分子イオンのマスクロマトグラムの面積値と内部標準物質として添加した[25,26,26,26,27,27,27-2H7]コレステロールの分子イオンのマスクロマトグラムの面積値を比較することで各ステロールの定量を行った。定量の結果を表1に示す。オオムギ3番染色体添加系統に含まれるスティグマステロールはコムギや他の添加系統と比較して含有量が1.5倍程度であることがわかった。
【0066】
表1 オオムギ染色体添加系統(WB1〜7はそれぞれ1〜7番染色体添加系統)、コムギ(WB8)、オオムギ(WB9)のステロール定量値(μg/100mg乾燥重量)
値は3回測定の平均値。括弧内は標準偏差。
【0067】
【表1】

【0068】
〔実施例4〕オオムギCYP710A遺伝子の部分塩基配列の取得
シロイヌナズナのCYP710A1の遺伝子塩基配列をクエリーとして、NCBI (National Center for Biotechnology Information) の塩基配列データベースnt/nrにに対してtBLASTx検索 (Altschul, S.F. et al., Nucleic Acids Res. 25, 3389-3402, 1997) を行い、データベースに登録されているオオムギのEST(Exprpessed Sequence Tag)から、既知のシロイヌナズナのCYP710A1に高い相同性を示すESTを選抜した。選抜したEST塩基配列をシロイヌナズナのCYP710A1とアセンブルした結果、オオムギのCYP710Aの5’末端領域の塩基配列であると推定された。シロイヌナズナのCYP710A1の遺伝子配列と比較し、オオムギCYP710A遺伝子の開始コドンを同定した。
【0069】
〔実施例5〕オオムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列の取得
公立大学法人横浜市立大学木原生物学研究所において人工気象室(温度22℃、湿度60%、16時間日照、小糸工業製)で栽培したオオムギ(Betzes、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センターより入手)の2週間実生を採取した。RNA抽出試薬キットRNeasy plant mini kit(Qiagen)を用いて添付のプロトコールに従いトータルRNAを調製した。得られたトータルRNAを用い、Rever Tra Ace(東洋紡)によりcDNA合成を行った。実施例4より設計したプライマー(caccATGGCGGAGCTGCTGCCCA:配列番号1)及びSMART RACE cDNA amplification kit (クロンテック社)の3'-RACE CDS Primer Aプライマーを用い、KOD Plus DNAポリメラーゼ(東洋紡)により、アニール温度50℃で20サイクルのファーストPCRを行った。さらにファーストPCR産物を100倍希釈し、実施例4により設計したプライマー(TTCATCGTCTTCATCCGCGAC:配列番号3)及びSMART RACE cDNA amplification kit (クロンテック社)のNUPプライマーを用い、アニール温度62℃で30サイクルのセカンドPCRを行った後、Ex TaqTM DNAポリメラーゼ(宝酒造)によりPCR産物末端にアデノシンヌクレオチドを付加した。セカンドPCRにより増幅されたDNA断片をpGEM(登録商標)-Tベクター(Promega)にクローニングし、塩基配列を決定した。オオムギCYP710A遺伝子全長塩基配列のN末端とC末端にアニールするようにプライマーを設計した(caccATGGCGGAGCTGCTGCCCA:配列番号1、ATAGTCCAATTTCAAACATGGCC:配列番号4)。なお、配列番号1のプライマーには、5’末端に4塩基(cacc)が付加されているが、pENTRTM/D-TOPO(登録商標)エントリーベクター(インビトロジェン社)へのクローニングの際に必要である。アニール温度60℃で40サイクルKOD FX DNAポリメラーゼ(東洋紡)によりPCRを行った。該PCRにより増幅されたDNA断片をpENTR/D-TOPOエントリーベクターにクローニングし、塩基配列を決定した。これにより得られた塩基配列は、配列番号6であり、それから推定されるアミノ酸配列は、配列番号7である。
【0070】
〔実施例6〕コムギCYP710A遺伝子の部分塩基配列の取得
シロイヌナズナのCYP710A1の遺伝子配列をクエリーとして、NCBIの塩基配列データベースnt/nrに対してtBLASTX検索を行い、データベースに登録されているコムギのEST(Exprpessed Sequence Tag)から、既知のシロイヌナズナのCYP710A1に高い相同性を示すESTを選抜した。選抜したEST塩基配列をシロイヌナズナのCYP710A1とアセンブルした結果、コムギのCYP710Aの5’末端領域の塩基配列であると推定された。シロイヌナズナのCYP710A1の遺伝子配列と比較し、コムギCYP710A遺伝子の開始コドンを同定した。
【0071】
〔実施例7〕コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列の取得
公立大学法人横浜市立大学木原生物学研究所において人工気象室(温度22℃、湿度60%、16時間日照、小糸工業製)で栽培したコムギ(Chinese Spring、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センターより入手)の2週間実生を採取した。RNA抽出試薬キットRNesey plant mini kit(Qiagen)を用いて添付のプロトコールに従いトータルRNAを調製した。得られたトータルRNAを用い、Rever Tra Ace(東洋紡)によりcDNA合成を行った。実施例6より設計したプライマー(caccATGGCGGAGCTGCTGCGAG:配列番号2)及びSMART RACE cDNA amplification kit (クロンテック社)の3'-RACE CDS Primer Aプライマーを用い、KOD Plus DNAポリメラーゼ(東洋紡)により、アニール温度50℃で20サイクルのファーストPCRを行った。さらにファーストPCR産物を100倍希釈し、実施例7により設計したプライマー(TTCATCGTCTTCATCCGCGAC:配列番号3)及びSMART RACE cDNA amplification kit (クロンテック社)のNUPプライマーを用い、アニール温度62℃で30サイクルのセカンドPCRを行った後、Ex TaqTM DNAポリメラーゼ(宝酒造)によりPCR産物末端にアデノシンヌクレオチドを付加した。セカンドPCRにより増幅されたDNA断片をpGEM(登録商標)-Tベクター(Promega)にクローニングし塩基配列を決定した。コムギCYP710A遺伝子全長塩基配列のN末端とC末端にアニールするようにプライマーを設計した(caccATGGCGGAGCTGCTGCGAG:配列番号2、AAAATAATAAACTGATGAATGGACC:配列番号5)。なお、配列番号2のプライマーには、5’末端に4塩基(cacc)が付加されているが、pENTRTM/D-TOPO(登録商標)エントリーベクター(インビトロジェン社)へのクローニングの際に必要である。アニール温度60℃で40サイクルKOD FX DNAポリメラーゼ(東洋紡)によりPCRを行った。該PCRにより増幅されたDNA断片をpENTR/D-TOPOエントリーベクターにクローニングし、3種類の塩基配列を決定した。これにより得られた塩基配列は、配列番号8、10、12であり、それから推定されるアミノ酸配列は、配列番号9、11、13である。オオムギ、コムギ、シロイヌナズナ、トマトのCYP710A酵素のアミノ酸配列の相同性の数値を表2に示す。また、オオムギ、コムギ、シロイヌナズナ、トマトのCYP710A酵素のアミノ酸配列のアラインメントを図1に示す。
【0072】
【表2】

なお、表2において、HvCYP710A1はオオムギCYP710Aを、TaCYP710A1/2/3はコムギのCYP710A3種類を、AtCYP710A1/2/3/4はシロイヌナズナのCYP710A4種類を、SlCYP710A11はトマトのCYP710Aを示す。タンパク質の相同性は、GENETYX-MAC Network Version 13.0.15(株式会社ゼネティックス)を用い、本ソフトのMaximum Matching...というコマンドで計算した。
【0073】
〔実施例8〕オオムギCYP710A遺伝子の発現解析
公立大学法人横浜市立大学木原生物学研究所において人工気象室(温度22℃、湿度60%、16時間日照、小糸工業製)によりオオムギ染色体を1対ずつ導入したパンコムギ系統 Islam and Shepherd 1992 (Theoretical and Applied Genetics 83: 489-494); Taketa and Takeda 2001(Breeding Science 51: 199-206)および親系統オオムギ(Betzes)およびパンコムギ(Chinese Spring: CS、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センターより入手)を栽培した。播種後2週間の実生を採取し、RNA抽出試薬キットRNesey plant mini kit(Qiagen)を用いて添付のプロトコールに従いトータルRNAを調製した。得られたトータルRNA2mgを用い、Rever Tra Ace(東洋紡)によりcDNA合成を行った。実施例5および実施例7で得られたオオムギとコムギCYP710A遺伝子全長配列を比較し, オオムギCYP710A遺伝子に特異的にアニールするアンチセンスプライマー(CGAGAGAGAGACAGATGATACTCT:配列番号14)を設計した。cDNAを鋳型として、KOD plus DNAポリメラーゼ(東洋紡)を用いて、センスプライマー(GGACTACGCCCTCTTCAACC:配列番号15)およびアンチセンスプライマー(CGAGAGAGAGACAGATGATACTCT:配列番号14)によりアニール温度61℃で41サイクルのPCRを行った。得られたPCR断片をポリアクリルアミドゲル電気泳動で分析することで、オオムギCYP710A遺伝子はオオムギおよびオオムギ3番染色体導入コムギにおいて発現していることが明らかとなった(図2の各パネルにおける「オオムギ特異Primer」のゲル)。また、オオムギおよびコムギCYP710A遺伝子に共通してアニールするセンスプライマー(TTCATCGTCTTCATCCGCGAC:配列番号3)よびアンチセンスプライマー(GCCGAACATGTAGATGAGGTTGTG:配列番号16)を設計し、KOD plus DNAポリメラーゼ(東洋紡)を用いて、アニール温度60℃で40サイクルのPCRを行った。得られたPCR断片をポリアクリルアミドゲル電気泳動で分析することで、全てのオオムギ染色体導入コムギ系統および親系統パンコムギ、オオムギにおいてCYP710A遺伝子が発現していることを確認した(図2の各パネルにおける「オオムギ/コムギ共通Primer」のゲル)。さらに、SYBR(登録商標) Premix Ex TaqTM(宝酒造)を用いて、オオムギ、コムギCYP710A遺伝子共通にアニールするセンスプライマー(ACCGCGTCTTCGCCAACGTC:配列番号17)よびアンチセンスプライマー(GCCGAACATGTAGATGAGGTTGTG:配列番号16)によりアニール温度60℃でリアルタイムPCRを行い、親系統パンコムギに対してオオムギ3番染色体導入コムギ系統におけるCYP710A遺伝子の発現が高いことを確認した(図3)。
【0074】
〔実施例9〕バキュロウイルス−昆虫細胞発現系による本発明のタンパク質発現
実施例5および実施例7において作製した、配列番号6,8,10,12に示すポリヌクレオチドを有するプラスミド(エントリークローン)とデスティネーションベクターpDESTTM 8(インビトロジェン社)を混合し、塩基配列特異的な組み換え反応(GATEWAYTM attL x attR 反応)により、配列番号6,8,10,12に示すDNA断片をpDESTTM8ベクターに移すことで、昆虫細胞発現用コンストラクトを作製した。塩化カルシウム法によって、得られたコンストラクトを大腸菌株DH10Bac(インビトロジェン社)に形質転換した。得られたコロニーから、添付のプロトコールに従いBacmid DNA(初代組換えバキュロウイルス)を調製する。定法に従い、Bacmid DNAを昆虫細胞に感染・増殖させる。昆虫細胞培養液よりミクロソーム画分を調製する。
【0075】
〔実施例10〕オオムギ3番染色体添加コムギSH系統の実生に含まれるステロール類の定量分析
さらに、3番染色体添加系統のあるSH系統についても、実施例3と同様の方法で各ステロールの定量を行った。結果を表3に示す。WB系統の結果と同様に、オオムギ3番染色体添加系統において4割程度スティグマステロール含量が増加していることがわかった。
【0076】
表3 オオムギ染色体添加系統(SH11、2〜7はそれぞれ1、2〜7番染色体添加系統)、コムギ(W100)、オオムギ(SP2)のステロール定量値(μg/100mg乾燥重量)
値は3回測定の平均値。括弧内は標準偏差。
【0077】
【表3】

〔コムギ若葉粉末製造例〕
コムギを種蒔きし、3 0 〜 3 5 c m に成長したところで、下部1 0 c m 程度を残して刈り取り後、葉と葉軸を分離する。次に、水洗し土や異物を取り除き、これを9 0 〜 1 0 0 ℃ の熱風式棚式乾燥機にて乾燥する。乾燥した若葉は、ミキサーで軽く回転させ葉肉部分と葉脈部分を分離する。葉肉部分は、粉砕機( アトマイザー) で粉砕し、目開き5 0 0 μ m のスクリーン通過分が9 0 重量% で、目開き3 0 0 μ m のスクリーン未通過分が4 8 重量%の粗粉末を得る。この粗粉末を更に気流粉砕機( 水平型ジェットミルS T J ; 株式会社セイシン企業) にて微粉砕して、粒度が1 0 0 μ m 以下であり、かつ5 0 μ m 以下の割合が8 0 重量% 以上(粒度範囲: 2 〜 6 5 μ m 、5 0 累積% 1 3 . 4 5 μ m ) のコムギ若葉祖粉末を得る。この粗粉末を更に気流粉砕機にて更に微粉砕に加工し、粒度5 0 μ m 以下( 粒度範囲; 1〜 5 0 μ m 、5 0 累積% 8 . 3 1 μ m ) のコムギ若葉粉末を得る。コムギ若葉粉末を少量のキサンタンガムを使用して造粒し、これを、3 g づつに分包し、ドリンク用顆粒を製造する。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明により、スティグマステロール含量が増強された植物は、食品(例えば、機能性食品)、ペット食品などの分野に利用可能である。
【配列表フリーテキスト】
【0079】
<配列番号1>
プライマーの塩基配列(実施例5)。5’末端の4塩基(cacc)は、pENTRTM/D-TOPO(登録商標)エントリーベクターへのクローニングの際に必要であるため人工的に付加した。
<配列番号2>
プライマーの塩基配列(実施例7)。5’末端の4塩基(cacc)は、pENTRTM/D-TOPO(登録商標)エントリーベクターへのクローニングの際に必要であるため人工的に付加した。
<配列番号3>
プライマーの塩基配列(実施例5)。
<配列番号4>
プライマーの塩基配列(実施例5)。
<配列番号5>
プライマーの塩基配列(実施例7)。
<配列番号6>
オオムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列。
<配列番号7>
オオムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列から推定されるアミノ酸配列。
<配列番号8>
コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列。
<配列番号9>
コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列から推定されるアミノ酸配列。
<配列番号10>
コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列。
<配列番号11>
コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列から推定されるアミノ酸配列。
<配列番号12>
コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列。
<配列番号13>
コムギCYP710Aの遺伝子コード領域全長塩基配列から推定されるアミノ酸配列。
<配列番号14>
オオムギCYP710A遺伝子に特異的にアニールするアンチセンスプライマーの塩基配列(実施例8)。
<配列番号15>
オオムギCYP710A遺伝子に特異的にアニールするセンスプライマーの塩基配列(実施例8)。
<配列番号16>
オオムギおよびコムギCYP710A遺伝子に共通してアニールするアンチセンスプライマーの塩基配列(実施例8)。
<配列番号17>
オオムギおよびコムギCYP710A遺伝子に共通してアニールするセンスプライマーの塩基配列(実施例8)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0080】
【非特許文献1】Batta et al. 2006, Metabolism Clinical and Experimental 55: 292-299

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異種染色体を植物に導入することを含む、植物におけるスティグマステロール含量を増強させる方法。
【請求項2】
異種染色体が単子葉植物に由来する請求項1記載の方法。
【請求項3】
異種染色体がオオムギの3番染色体である請求項2記載の方法。
【請求項4】
異種染色体がCYP710A酵素の遺伝子を含む請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
異種染色体を導入する植物が単子葉植物である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
異種染色体を導入する植物がコムギである請求項5記載の方法。
【請求項7】
異種染色体がオオムギの3番染色体であり、異種染色体を導入する植物がコムギである請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
スティグマステロール含量が植物体の地上部において増強する請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
植物体の地上部が実生である請求項8記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の方法によりスティグマステロール含量を増強させた植物若しくはその子孫又はその抽出物を含む食品組成物。
【請求項11】
植物が植物体の地上部である請求項10記載の食品組成物。
【請求項12】
植物体の地上部が実生である請求項11記載の食品組成物。
【請求項13】
以下の(a)、 (b) 又は(c)のタンパク質。
(a)配列番号7のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号7のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(c)配列番号6のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
【請求項14】
請求項13記載のタンパク質をコードするDNA。
【請求項15】
配列番号6のヌクレオチド配列からなる請求項14記載のDNA。
【請求項16】
以下の(d)、(e)又は(f)のタンパク質。
(d)配列番号9、11又は13のアミノ酸配列からなるタンパク質
(e)配列番号9、11又は13のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
(f)配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなるDNAに相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質であり、かつスティグマステロール合成酵素活性を有するタンパク質
【請求項17】
請求項16記載のタンパク質をコードするDNA。
【請求項18】
配列番号8、10又は12のヌクレオチド配列からなる請求項17記載のDNA。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−233523(P2010−233523A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86352(P2009−86352)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】