説明

ステンレス鋼での表面酸化膜形成方法

【課題】ステンレス鋼の表面に、酸化性雰囲気内で加熱処理をする大掛りな方法でなく、オゾンガスを使用する方法によって、厚い酸化膜を形成する表面酸化膜形成方法を提供する。
【解決手段】処理チャンバー1内にステンレス鋼を収容して真空ポンプ4で真空引きした後、オゾン発生装置2から高濃度オゾンガスをオゾンガス導出路5から、また貯水装置3を通した湿潤酸素ガスを供給路8から導入することによって、オゾン濃度15vol%以上の湿潤オゾンガスとし、ヒーター9aによる加温で所定の温度としてステンレス鋼を処理し、表面に酸化膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼の表面に酸化膜を形成する方法に関し、特に、オゾンガスの酸化力を利用して処理対象物であるステンレス鋼の表面に酸化膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼の表面に酸化膜を形成するものとして、従来、電解研磨処理を施した被処理ステンレス鋼を酸化性雰囲気中で加熱処理をするもの(特許文献1)や、電解研磨を施したステンレス鋼表面にオゾン/酸素比率が50%以上の高濃度オゾンガスを作用させるようにしたもの(特許文献2)が提案されている。
【特許文献1】特開平10−140321号公報
【特許文献2】特許第3018029号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
酸化性雰囲気内で加熱処理を施すものでは、被処理材であるステンレス鋼材を400〜500℃という高温で加熱しなければならず、酸化膜形成作業が大掛かりになるという問題がある。一方、高濃度オゾンガスを使用して、酸化膜を形成するものでは、作業性は優れているが、生成された酸化膜の組成が初期の酸化膜の状態に依存する為、場合によっては生成された酸化膜の膜厚があまり厚くならないという問題があった。
【0004】
本発明はこのような点に着目してなされたもので、優れた作業性を保ちながら厚い酸化膜を形成することのできる表面酸化膜形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述の目的を達成するために請求項1に記載の発明は、ステンレス鋼の表面に酸化膜を形成するに当り、オゾン濃度15vol%以上のオゾンガスを湿潤させた状態で処理対象物に作用させることにより、ステンレス鋼製処理対象物の表面に酸化膜を形成することを特徴としている。
【0006】
又、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載した発明でのオゾンガスが500ppm〜2vol%の水分で湿潤されていることを特徴としている。
【0007】
さらに、請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載した発明において、処理対象物を処理チャンバー内で湿潤させた状態のオゾンガスと作用させるようにしたことを特徴とし、請求項4に記載の発明は、請求項3に記載した発明において、処理チャンバー内に予め湿潤させたオゾンガスを供給することを特徴とし、請求項5に記載の発明は、請求項3に記載した発明において、処理チャンバーに湿潤ガスとオゾンガスとを供給し、処理チャンバー内で湿潤オゾンガスとすることを特徴としている。
【0008】
さらに請求項6に記載の発明は、請求項5に記載した発明において、湿潤ガスが加湿酸素ガスであることを特徴とし、請求項7に記載の発明は、請求項5に記載した発明において、湿潤ガスが水蒸気であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、オゾン濃度15vol%以上のオゾンガスを湿潤させた状態でステンレス鋼の表面に作用させることによりステンレス鋼の表面に酸化膜を形成していることから、同じ処理時間でより厚い酸化膜を形成することができる。また、表面に鉄系酸化物を中心とする不動態膜が形成される。さらに、酸化膜の膜厚によって表面発色することから、酸化膜の存在が容易に判断できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1は本発明方法の実施に使用する装置の一実施形態を示し、図中符号(1)は処理チャンバー、符号(2)はオゾン発生装置、符号(3)は加湿用の水を貯蔵した貯水容器、符号(4)は処理チャンバー(1)内を減圧するための真空ポンプである。
【0011】
オゾン発生装置(2)には、図示を省略したオゾン発生器とオゾン濃縮装置とが配設してあり、オゾン発生装置(2)で生成され、濃縮されたオゾンガスはオゾンガス導出路(5)を介して処理チャンバー(1)に供給されるようになっている。
【0012】
一方、オゾン発生装置(2)に連通接続されている酸素ガス供給路(6)から分岐導出した分岐路(7)が貯水容器(3)に接続されており、この分岐路(7)の貯水容器側端部は容器内に貯留されている加湿用水の内部に開口しており、分岐路(7)を介して供給された酸素ガスが貯水容器(3)内でバブリングすることで湿潤酸素ガスとなり、この湿潤酸素ガスが貯水容器(3)と処理チャンバー(1)とを連通接続する湿潤ガス供給路(8)を介して処理チャンバー(1)に供給されるようになっている。
【0013】
そして、処理チャンバー(1)と貯水容器(3)とは、それぞれヒーター(9a)(9b)で加温できるように構成してある。
【0014】
次に上述の装置を使用しての処理手順を説明する。
まず、処理対象物となるステンレス鋼部材を処理チャンバー(1)内に収容設置して、処理チャンバー(1)を気密封止する。気密封止された状態の処理チャンバー(1)内を真空ポンプ(4)で真空引きするとともに、湿潤ガス供給路(8)を開通させて、貯水容器(3)から湿潤酸素ガスを導入し、処理チャンバー(1)内を所定の圧力(例えば7kPa・abs)にする。
【0015】
ついで、オゾンガス導出路(5)を開通させて、オゾン発生装置(2)から濃縮した高濃度オゾンガスを処理チャンバー(1)内が所定の圧力(例えば70kPa・abs)になるまで導入してオゾンガスを湿潤させ、所定圧力に達すると気密封止し、処理チャンバー(1)を所定温度(例えば60℃)まで加温する。
【0016】
処理チャンバー(1)の温度を維持した状態で所定時間(例えば48時間)経過後、処理チャンバー(1)内を再び真空引きした後に大気圧に戻して、処理チャンバー(1)から処理対象物を取り出す。
【0017】
上記の実施形態では、湿潤酸素ガスと濃縮オゾンガスとを処理チャンバー(1)内に封入して処理するいわゆるバッチ処理として説明したが、図1に仮想線で示すように湿潤酸素ガスと濃縮オゾンガスとを流通させながら処理するようにしてもよい。この場合、処理チャンバー(1)の内圧は、大気圧よりも高くても低くてもよい。
【0018】
また、上記の実施形態では、湿潤ガスを導入した後に濃縮オゾンガスを導入するようにしているが、濃縮オゾンガスを導入した後に湿潤ガスを導入するようにしてもよい。
【0019】
図2は、本発明方法の実施に使用する装置の別の実施形態を示し、これは、オゾン発生装置(2)で生成され、濃縮されたオゾンガスを貯水容器(3)内に導入し、濃縮されたオゾンガスを貯水容器(3)内でバブリングさせることにより、湿潤オゾンガスを形成し、この湿潤オゾンガスを湿潤オゾンガス導出路(8a)を介して処理チャンバー内に所定圧になるまで導入して封入し、処理チャンバー (1)を所定温度まで加温し、その温度を所定時間維持させることで処理対象物を処理するようにしたものである。
【0020】
なお、別の実施形態においても、図2中仮想線で示すように、湿潤オゾンガスを流通させながら処理するようにしてもよい。
【0021】
図3は、本発明方法の実施に使用する装置のさらに別の実施形態を示し、これは、処理チャンバー(1)と貯水容器(3)とを水蒸気導出路(8c)で連通接続させ、真空引きした処理チャンバー(1)の内圧を貯水容器(3)に作用させることで、貯水容器(3)内で水蒸気を発生させ、この発生した水蒸気を処理チャンバー(1)に所定圧になるまで導入し、ついでオゾンガス発生装置(2)から濃縮されたオゾンガスを処理チャンバー(1)に所定圧になるまで導入して、処理チャンバー(1)内で濃縮されたオゾンガスを湿潤させるようにし、この湿潤したオゾンガスを所定温度まで加温した状態で所定時間封入することで処理対象物を処理するようにしたものである。つまり、この場合には、貯水容器から発生する水蒸気が湿潤ガスとなる。なお、この場合にも、図3に仮想線で示すように湿潤オゾンガスを流通させながら処理するようにしてもよい。
【0022】
この実施形態では、湿潤ガスである水蒸気を導入した後に濃縮オゾンガスを導入するようにしているが、濃縮オゾンガスを導入した後に水蒸気を導入するようにしてもよい。
【0023】
なお、上記各実施態様において、処理チャンバー(1)をヒータ(9a)で加温して処理チャンバー(1)を所定温度まで加温しているが、処理チャンバー(1)の加温は省略するようにしてもよい。また、この処理チャンバー(1)の加温は、処理チャンバー(1)の真空引き前、あるいは、湿潤ガス、水蒸気、湿潤オゾンガス等の導入前に加温してもよい。処理チャンバー(1)内での湿潤オゾンガスによる処理対象物の酸化処理は、室温(大気温)でも酸化するが、よりで短時間に処理を完了させるためには、60℃以下の比較的低温状態に加温することが望ましい。
【0024】
また、貯水容器(3)もヒーター(9b)で加温するようにしているが、これは、湿度を変化させるために行っており、加温のみならず冷却するようにしてもよい。そして、湿潤ガスは処理チャンバー(1)内で結露することがないように、その湿潤度合いは処理チャンバー(1)での処理温度に応じて500ppmから2vol%以下の範囲とすることが望ましい。
【0025】
さらに、本発明の各実施例において使用している濃縮されたオゾンガスは、オゾンガス発生装置(2)の内部に配置されているオゾン濃縮装置で濃縮されたもので、処理チャンバー(1)内でのオゾンガス濃度が15vol%以上となるように調整してある。
【0026】
また、図2、図3に示す実施態様にあっては、オゾンガス発生装置(2)としてオゾンガスを貯蔵しているガス貯蔵容器や液体オゾンガス貯蔵容器を使用するようにしてもよい。
【0027】
さらに、図1に示す実施態様にあっては、オゾン発生装置(2)に送給する酸素ガスの一部を貯水容器(3)に導入することで湿潤ガスを形成しているが、この湿潤ガスとして水分を搬送するキャリアガスとしては、窒素ガスやヘリウムガス、アルゴンガス等の不活性ガスを利用してもよい。
【0028】
なお、上述した各実施形態では、処理対象物を処理チャンバー(1)内に収容した状態で、湿潤させたオゾンガスと接触させるようにしているが、処理対象表面が配管や容器の内表面の場合には、処理チャンバーを使用することなく、インラインで処理するようにしてもよい。
【実施例】
【0029】
処理チャンバー(1)内にSUS316Lの板材を配置し、オゾンガス濃度60vol%(残り酸素)に1.5%の水蒸気を添加した湿潤オゾンガスを導入し、40℃の温度雰囲気で暴露処理した。
図4は処理したSUS316Lの板材をX線光電子分光分析装置(XPS)で深さ方向に分析した結果を示す。この図4から、処理した板材の表面から約8nmの深さまで鉄酸化物系の中心とした不動態膜が形成されていることがわかる。
【0030】
図5は、電解研磨しただけの無処理のSUS316Lの板材をX線光電子分光分析装置(XPS)で深さ方向に分析した結果を示し、図6は高濃度オゾンガスを作用させた不動態膜形成処理を施したSUS316Lの板材をX線光電子分光分析装置(XPS)で深さ方向に分析した結果を示す。図5から無処理の場合にはその酸化膜の厚さは約1.5nm、図6から高濃度オゾンガスでの処理の場合には、その酸化膜の厚さは約4.8nm程度であることが分かる。
【0031】
図7は、電解研磨した板厚2mm、10mm角のステンレス鋼板(SUS316L)に対して、無処理の場合、湿潤オゾンガスを作用させる不動態膜形成処理を施した場合、及びオゾンガス濃度60%(残り酸素)で湿潤オゾンガスを作用させた時と同様の温度・圧力・処理時間の条件で高濃度オゾンガスを作用させる不動態膜形成処理を施した場合とで、100%の塩化水素ガス、0.35MPa・G、120℃、2日間の条件で暴露後、超純水に浸漬した際の溶出金属量を示す。
この結果から、湿潤オゾンガスを作用させて不動態膜形成処理した場合には、高濃度オゾンガスによる不動態膜形成処理と同等の耐食性を得ていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、半導体製造分野などで腐食性ガスの配管など、強固な酸化不動態膜が要求される用途におけるステンレス鋼の内表面処理に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明方法の実施に使用する装置の一実施形態を示す系統図である。
【図2】本発明方法の実施に使用する装置の別の実施形態を示す系統図である。
【図3】本発明方法の実施に使用する装置のさらに別の実施形態を示す系統図である。
【図4】本発明で処理したSUS316Lの板材をX線光電子分光分析装置(XPS)で深さ方向に分析した結果を示すグラフである。
【図5】無処理状態のSUS316Lの板材をX線光電子分光分析装置(XPS)で深さ方向に分析した結果を示すグラフである。
【図6】高濃度オゾンガスで処理したSUS316Lの板材をX線光電子分光分析装置(XPS)で深さ方向に分析した結果を示すグラフである。
【図7】不動態酸化膜を形成したサンプルを純水に浸漬した際の溶出金属量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の表面に酸化膜を形成するに当り、オゾン濃度15vol%以上のオゾンガスを湿潤させた状態で処理対象物に作用させることにより、ステンレス鋼製処理対象物の表面に酸化膜を形成することを特徴とするステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。
【請求項2】
オゾンガスが500ppm〜2vol%の水分で湿潤されている請求項1に記載したステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。
【請求項3】
湿潤した状態のオゾンガスを処理チャンバー内で処理対象物に作用させる請求項1または2に記載したステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。
【請求項4】
処理チャンバー内に予め湿潤させたオゾンガスを供給する請求項3に記載したステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。
【請求項5】
処理チャンバーに湿潤ガスとオゾンガスとを供給し、処理チャンバー内で湿潤オゾンガスとする請求項3に記載したステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。
【請求項6】
湿潤ガスが加湿酸素ガスである請求項5に記載したステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。
【請求項7】
湿潤ガスが水蒸気である請求項5に記載したステンレス鋼での表面酸化膜形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−84602(P2009−84602A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−252801(P2007−252801)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(000158312)岩谷産業株式会社 (137)
【出願人】(000158301)岩谷瓦斯株式会社 (56)