説明

ステンレス鋼部材の防食方法

【課題】各種海水を取り扱う施設において、装置を分解することなく、ステンレス鋼部材に不動態被膜を修復又は維持できるようにする。
【解決手段】海水を冷却水とする機器、海水を移送するための配管、あるいは、海水を溜める貯留タンクなど、各種海水を取り扱う施設において、その取り扱う海水に、過酸化水素、過酢酸、酢酸の混合溶液を添加したことにより、その施設を使用しながら、その海水に触れる部分のステンレス鋼部材に不動態被膜を修復又は維持できるようにした。すなわち、海水が触れる部分のステンレス鋼部材を分解等することなく、不動態被膜を修復又は維持することができる。なお、海水に添加する上記混合溶液は、取り扱う海水の量に対して極微量であってよく、また、それを定期的に添加すれば、不動態被膜が良好に形成できることが確認できた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ステンレス鋼部材の防食方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海水を冷却水とする機器、海水を移送するための配管、あるいは、海水を溜める貯留タンクなど、各種海水を取り扱う施設において、ステンレス鋼部材が使用される場合が多い。
【0003】
このステンレス鋼部材の素材としては、通常の中性淡水環境であれば、一般的に、SUS304やSUS316といったステンレス鋼が使用される。しかし、海水環境では、これらのステンレス鋼では、孔食や隙間腐食などの局部腐食が生じやすい。
このため、海水を取り扱う施設で用いられるステンレス鋼部材としては、耐食性がより高いステンレス鋼、例えば、SUS329J4Lなどを使用する場合もある。しかしながら、この種のステンレス鋼は高価であるため、経済的な観点からその使用範囲は限定されている。
【0004】
ステンレス鋼の耐食性は、その表面に存在する不動態被膜により保証されている。そのため、ステンレス鋼を使用する前に、そのステンレス鋼の表面に不動態皮膜を形成して耐食性を向上させておくことが必要である。
【0005】
しかし、クロム含有量が高い高級ステンレス鋼(例えば、SUS329J4L)を除き、一般ステンレス鋼(例えば、SUS304、SUS316等)は、塩化物イオン濃度が高い海水中において、その表面の不動態被膜が破壊されやすく、そのため、孔食や隙間腐食が生じやすい。
このため、破壊された不動態被膜を再形成することにより修復するか、あるいは部材そのものを定期的に取替える必要がある。なお、孔食とは、部材表面の一部分から内部に向かって腐食がピット状に(深くなる方向に)進んでいく状態をいい、隙間腐食とは、部材同士の接触面間に腐食が進んでいく状態をいう。
【0006】
一般に、ステンレス鋼に対する不動態被膜の形成方法としては、例えば、硝酸等の強力な酸化剤を含む溶液中にステンレス鋼部材を浸漬する方法等がある。
【0007】
また、特許文献1には、ステンレス鋼部材に対し、中性塩電解質濃度が0.1%以上5%以下で、過酸化水素濃度が0.1%以上1%以下含有する溶液を液膜状態に塗布し水洗する不動態被膜の形成方法が開示されている。
【0008】
さらに、特許文献2には、硝酸を用いないステンレス鋼に対する不動態被膜の形成方法として、硫酸20〜100g/L、弗酸0.5〜20g/Lの水溶液に、亜塩素酸塩、塩素酸塩、過マンガン酸塩、沃素酸塩、過硫酸塩、過酸化水素から選ばれる1を0.5〜5%または2以上を合計で0.055〜5.0%含有した処理液中に、ステンレス鋼部材を浸漬する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−280163号公報
【特許文献2】特開2001−81573号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記ステンレス鋼に対する不動態被膜の形成方法によると、破壊されたステンレス鋼の不動態被膜を修復することができるが、それには、修復の対象となるステンレス鋼部材を専用の処理液に浸漬したり、あるいは、そのステンレス鋼部材の表面に対して専用の溶液を塗布したりする必要がある。
【0011】
このため、既に稼働している前記各種海水を取り扱う施設において、海水が触れるステンレス鋼部材の表面に対して不動態被膜を修復する場合には、その海水が触れる部分のステンレス鋼部材を分解等により施設から取り外した後、不動態化処理をしなければならない。また、頻繁にその分解作業が必要となる。
【0012】
そこで、この発明は、海水を冷却水とする機器、海水を移送するための配管、あるいは、海水を溜める貯留タンクなど、各種海水を取り扱う施設において、海水が触れる部分のステンレス鋼部材を分解すること等がなく、不動態被膜を修復又は維持できるようにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、この発明は、海水を冷却水とする機器、海水を移送するための配管、あるいは、海水を溜める貯留タンクなど、各種海水を取り扱う施設において、その取り扱う海水に過酸化水素を含む溶液を添加したのである。
【0014】
施設で取り扱う海水に過酸化水素を含む溶液を添加すれば、その過酸化水素が介在することで発揮される酸化機能により、その施設を使用しながら、その海水に触れる部分のステンレス鋼部材に不動態被膜を修復又は維持することができる。すなわち、海水が触れる部分のステンレス鋼部材を分解等することなく、不動態被膜を修復又は維持することができる。
【0015】
この過酸化水素を含む溶液は、過酸化水素と水、あるいは、過酸化水素と各種溶剤(エタノール等)との混合溶液とすることも可能ではあるが、例えば、過酸化水素と過酢酸と酢酸との混合溶液の状態で添加することができる。その混合溶液における、過酸化水素、過酢酸、酢酸の重量混合比は、特に、1:8:8程度のものが入手容易である。
【0016】
なお、海水に添加する過酸化水素を含む溶液は、取り扱う海水の量に対して極微量であってよく、また、それを必ずしも常時継続して添加する必要はなく、適宜設定した期間をおいて断続的に添加しても不動態被膜が良好に維持できることが確認できた。すなわち、過酸化水素を含む溶液は、その取り扱う海水に適宜設定した期間をおいてその都度適量を添加すればよい。
この適宜設定した期間とは、1回の添加で不動態被膜を維持し得る期間以内で自由に設定でき、例えば、1日毎、2日毎、3日毎、4日毎などとすることができる。なお、その添加の頻度は、常に一定でなくてもよい。また、不動態被膜が継続して維持され得るように、ステンレス鋼の素材や使用条件、環境条件、過酸化水素の濃度等の各種条件に基づいて、その添加時期の間隔及びその添加量を適宜設定することができる。
【発明の効果】
【0017】
この発明は、海水に、過酸化水素を含む溶液を添加したことにより、海水が触れる部分のステンレス鋼部材を分解等することなく、不動態被膜を修復又は維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】過酸化水素混合溶液を添加した海水中に、試験片を一定期間浸漬した場合における、その期間経過後の試験片の写真図
【図2】オゾンを添加した海水中に、試験片を一定期間浸漬した場合における、その期間経過後の試験片の写真図
【図3】自然海水中に、試験片を一定期間浸漬した場合における、その期間経過後の試験片の写真図
【図4】過酸化水素を含む溶液の添加によるステンレス鋼部材の自然電位の上昇を示すグラフ図
【発明を実施するための形態】
【0019】
この発明の実施形態を説明する。この実施形態では、海水を冷却水とする機器、海水を移送するための配管、あるいは、海水を溜める貯留タンクなど、各種海水を取り扱う施設において、その施設を使用しながら、その海水に触れる部分のステンレス鋼部材に不動態被膜を修復又は維持する防食方法である。
【0020】
各種海水を取り扱う施設において、その取り扱う海水に、過酸化水素、過酢酸、酢酸の混合溶液を添加することを想定し、SUS316やSUS304等を素材とする試験片を、上記混合溶液を添加した海水中に浸漬したのである。
なお、対照実験として、オゾンを添加した海水中に同じ試験片を浸漬したもの、自然海水中に同じ試験片を浸漬したものとを比較する。
【0021】
なお、海水に添加する上記混合溶液は、取り扱う海水の量に対して極微量であり、その濃度は、約60〜70ppmとした。その混合溶液中に占める過酸化水素と過酢酸と酢酸の重量混合比が4〜6:36〜42:38〜45である市販品を使用した。0.36立法メートルの海水中に、3〜4日毎に(1週間に2回の頻度で)上記混合溶液を23.6mlずつ添加した。
【0022】
実験結果を、下記表1に示す。
【表1】

【0023】
海水に、過酸化水素、過酢酸、酢酸の混合溶液を添加した試験液を使用した場合の試験片を、図1(a)(b)に示す。試験期間は、34日間である。
図1(a)(b)に示すように、SUS316の試験片において、隙間腐食及び孔食は、いずれも見られなかった。また、SUS304の試験片においても、孔食は見られなかった。表1は、その結果を、試験片数又は箇所数で示している(以下、各実験で同じ)。
【0024】
過酸化水素を含む混合溶液の添加により、ステンレス鋼の表面に不動態被膜が維持されているものと考えられる。
なお、図4に示すように、過酸化水素を含む混合溶液の添加により、その添加の都度、ステンレス鋼部材の自然電位が上昇しているのが確認できている。この自然電位の上昇は、強酸化剤としての過酸化水素の作用によって生じているものであり、ステンレス鋼部材表面における不動態被膜が維持、修復されていることを意味している。
【0025】
つぎに、海水に、オゾンを添加した試験液を使用した場合の試験片を、図2(a)〜(d)に示す。試験期間は、同じく34日間である。
図2(a)〜(d)に示すように、SUS316の試験片において、隙間腐食が見られた。SUS316の試験片において孔食は見られなかったが、SUS304の試験片においては孔食が見られた。
【0026】
オゾンの添加により、ステンレス鋼の表面にある程度の不動態被膜が修復、維持されているが、その修復、維持が充分ではないと考えられる。そのため、SUS304においては孔食を、また、SUS316においては隙間腐食を防止することができなかった。
【0027】
自然海水に浸漬した試験片を、図3(a)〜(d)に示す。試験期間は、同じく34日間である。
図3(a)〜(d)に示すように、SUS316及びSUS304の全ての試験片において、不動態被膜が破壊されたため、隙間腐食及び孔食が見られた。
【0028】
なお、試験片の写真図はないが、表1に示すように、NaClO(次亜塩素酸ソーダ)を添加した海水中においても同様の実験を行ったが、自然海水の場合と同様、SUS316及びSUS304の試験片において、隙間腐食及び孔食が見られた。
【0029】
以上のように、海水に、過酸化水素、過酢酸、酢酸の混合溶液を添加したことにより、その施設を使用しながら、その海水に触れる部分のステンレス鋼部材に不動態被膜を維持することができる。すなわち、海水が触れる部分のステンレス鋼部材を分解等することなく、不動態被膜を修復、維持することができる。
【0030】
なお、海水に添加する上記混合溶液は、取り扱う海水の量に対して極微量であるから、環境への影響は軽微である。また、混合溶液を常時添加するのではなく、適宜設定した期間をおいて、例えば、1〜4日毎に一定量を定期的に添加するなどの手法を採用することで、不動態被膜が良好に形成できることが確認できている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海水を冷却水とする機器、海水を移送するための配管、あるいは、海水を溜める貯留タンクなど各種海水を取り扱う施設において、その取り扱う海水に過酸化水素を含む溶液を添加することにより、その海水に触れるステンレス鋼部材表面に不動態被膜を修復又は維持することを特徴とするステンレス鋼部材の防食方法。
【請求項2】
上記過酸化水素を含む溶液の添加は、適宜設定した期間をおいて行われることを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼部材の防食方法。
【請求項3】
上記過酸化水素を含む溶液は、過酸化水素と過酢酸と酢酸との混合溶液であることを特徴とする請求項1又は2に記載のステンレス鋼部材の防食方法。
【請求項4】
上記混合溶液中に占める過酸化水素と過酢酸と酢酸の重量混合比を、4〜6:36〜42:38〜45としたことを特徴とする請求項3に記載のステンレス鋼部材の防食方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−280947(P2010−280947A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134894(P2009−134894)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(000142595)株式会社栗本鐵工所 (566)
【出願人】(501204525)独立行政法人海上技術安全研究所 (185)
【Fターム(参考)】