説明

ストレス性非炎症性大腸透過性亢進改善剤の評価又は選択方法

【課題】ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤を評価又は選択する方法の提供。
【解決手段】マスト細胞の安定化作用を指標とするストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価又は選択方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤を評価又は選択する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸は、消化器系の下流に位置し、発酵・吸収機能、運動機能、知覚機能、防御機能を有している。なかでも、防御機能は、有害な腸内細菌代謝産物を生体内から排出する重要な機能であるが、近年、ストレスや食生活の乱れが原因と考えられる機能異常、すなわち大腸透過性の亢進が認められている。
大腸の管腔内には、2次胆汁酸、インドール、スカトール、クレゾール、ヒスタミン等の様々な有害物質が存在している。大腸透過性が亢進すると、これらの有害物質が、粘膜上皮及び全身組織に接近可能となる。
【0003】
ストレス性の大腸透過性亢進と具体的な疾患との関係は明かではないが、例えば、クローン病患者では、消化管の透過性が亢進していることが報告されている(非特許文献1)。
また、腸内有害物質の2次胆汁酸、インドールは、腫瘍形成に関与しているとの報告がある(非特許文献2、3)。また、ラットにおいて、2次胆汁酸の一つであるデオキシコール酸は、結腸の炎症を促進させることが報告されている(非特許文献4)。
従って、ストレスにより発生する大腸透過性亢進に対する予防・治療剤として、有効性が高くかつ、安全性の高い薬剤の開発が求められている。
【0004】
一方、マスト細胞(肥満細胞)は粘膜下組織や皮膚などの結合組織、粘膜内に存在する造血幹細胞由来の細胞で、細胞内にヒスタミンやセロトニン等の炎症性ケミカルメディエーターを含む顆粒を持つ。これらの顆粒が免疫グロブリンE(IgE)とそれに対する抗原刺激やsubstance P刺激等で放出されると、血管透過性の亢進、局所への免疫細胞の集積と活性化、発熱などの一連の生体防御反応が惹起され、体内に侵入した異物が排除される。一方、その無秩序な活性化は、喘息、アレルギーをはじめとする様々な疾患の一因と考えられている。このようにマスト細胞は、炎症や免疫反応などの生体防御機構に重要な役割を持つ細胞である。
【0005】
マスト細胞を安定化させるdoxantrazole投与により、急性の強いストレス負荷後3日後に起こる大腸透過性亢進が改善されることが報告されている。しかし、この報告では、ストレス負荷後3日後に起こる大腸透過性亢進は炎症を伴うものであると考えており、炎症性の大腸透過性亢進が改善されたと見ることができる(非特許文献5)。
このように、マスト細胞と、ストレス負荷後数時間後に起こる炎症を伴わない大腸透過性亢進との関連性についてはこれまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Lancet.1993;341:1437−1439
【非特許文献2】Cancer Res.1981;41:3759−3760
【非特許文献3】Int J Oncol.2005;27:1391−1399
【非特許文献4】Inflamm Bowel Dis.2006;12:278−293
【非特許文献5】Gut.2006;55:655−661
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤を評価又は選択する方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ストレスが大腸機能に与える影響について検討したところ、大腸内のマスト細胞がストレス負荷後数時間後に起こる炎症を伴わない大腸透過性亢進に関与していることを見出した。そしてさらに検討した結果、マスト細胞の安定化作用を指標として、ストレス負荷後数時間後に起こる非炎症性の大腸透過性亢進を予防・改善できる物質の評価又は選択が可能になることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、マスト細胞の安定化作用を指標とするストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価又は選択方法を提供するものである。
また、本発明は、以下の工程(A)〜(D):
(A)マスト細胞又は腸管組織に被験物質及び脱顆粒促進剤を接触させる工程、
(B)当該マスト細胞又は腸管組織におけるマスト細胞の脱顆粒の程度を測定する工程、
(C)上記(B)における脱顆粒の程度と、被験物質を接触させない対照群におけるマスト細胞の脱顆粒の程度とを比較する工程、
(D)上記(C)の結果に基づいて、マスト細胞の脱顆粒の程度を減少させる被験物質をストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤として評価又は選択する工程、
を含む、ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価又は選択方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、各種物質の、ストレス負荷による非炎症性大腸透過性亢進に対する効果をより正確に評価することができ、優れたストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の選択が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
ストレス性非炎症性大腸透過性亢進は、身体的あるいは精神的に与えられたストレスによってストレス負荷後数時間後に惹起される非炎症性の大腸透過性亢進であり、ストレス付加後数日後に惹起される炎症を伴う透過性亢進とは区別される概念である。
ここで、潰瘍性大腸炎等粘膜の炎症を伴う腸炎では、タイトジャンクションの障害、上皮の損傷が起こり、透過性が亢進することが知られている(Inflamm Bowel Dis 2009;15:100−113.)。一方で、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)、機能性下痢等、消化管に炎症等の器質的な異常が認められないにもかかわらず、腹痛あるいは腹部不快感と便秘・下痢等の便通異常が関連しながら一定期間持続する下部消化管の機能的疾患がある。該疾患は、ストレスの関与が大きいと考えられており、ストレスが増悪させることも報告されている(Minerva Med.2004;95:443−450.、Gut 2004;53:1102−1108.、Curr Psychiatry Rep.2004;6:210−215.)。また、このIBS患者においても、消化管の透過性が亢進していることが報告されている(Aliment Pharmacol Ther 2004;20:1317−1322.)。従って、これらのことから、ストレス性の非炎症性大腸透過性亢進は、炎症性の透過性亢進と異なったメカニズムによるものであると考えられる。
【0012】
これに対し、本発明者は、マスト細胞が欠損したモデルラットであるWsRC−Ws/Wsラットではストレス負荷による大腸機能異常が認められず、大腸透過性が亢進されないこと、さらに、マスト細胞安定化剤であるdoxantrazoleの投与によりストレス負荷後数時間後に生じる非炎症性の大腸透過性亢進が改善されたことから、ストレス性の非炎症性大腸透過性亢進にマスト細胞が関与している可能性を見出した。すなわち、マスト細胞の安定化とストレス性の非炎症性大腸透過性亢進の改善には正の相関関係があることが判明した。
従って、各種物質のストレス性の非炎症性大腸透過性亢進の予防・改善効果をマスト細胞の安定化作用を指標として評価でき、ストレス性の非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤を選択できると考えられる。
【0013】
本発明方法は、in vitroで行うことも、in vivoで行うこともできる。
本発明において、マスト細胞の安定化作用は、例えばマスト細胞の脱顆粒の程度を測定することで評価できる。脱顆粒の程度の測定は、特に制限はなく、常法に従って、例えば、β−ヘキソサミニダーゼ活性又はプロテアーゼ活性を測定するか、マスト細胞から放出されるケミカルメディエーター量を測定することにより行うことができる。ここで、ケミカルメディエーターとしては、ヒスタミン、セロトニン、プロスタグランジンD2、ロイコトリエンB4等が挙げられ、特に、簡便に測定できるという点から、β−ヘキソサミニダーゼ活性の測定又は、ヒスタミン若しくはセロトニン量の測定が好ましい。
【0014】
本発明方法をin vitroで行う場合は、具体的には以下の工程A)〜(D):
(A)マスト細胞又は腸管組織に被験物質及び脱顆粒促進剤を接触させる工程、
(B)当該マスト細胞又は腸管組織におけるマスト細胞の脱顆粒の程度を測定する工程、
(C)上記(B)における脱顆粒の程度と、被験物質を接触させない対照群におけるマスト細胞の脱顆粒の程度とを比較する工程、
(D)上記(C)の結果に基づいて、マスト細胞の脱顆粒の程度を減少させる被験物質をストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤として評価又は選択する工程、
からなる。
【0015】
本発明において、マスト細胞としては、例えば、培養細胞株であるラット好塩基球性白血病細胞(RBL−2H3)、血液や組織から直接分離したもの等が挙げられる。マスト細胞は、培養細胞株、正常細胞の他、造血幹細胞等から分化誘導したものであってもよい。
また、腸管組織としては、哺乳動物由来の十二指腸、空腸、回腸、結腸、直腸等が挙げられる。哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ等が挙げられる。
【0016】
本発明において、マスト細胞又は腸管組織と被験物質及び脱顆粒促進剤との接触は、例えば、細胞又は組織が載置された培養液に、被験物質及び脱顆粒促進剤を所定の濃度になるように添加することにより行うことができる。脱顆粒促進剤は、先に被験物質をマスト細胞又は腸管組織に接触させて適宜インキュベートした後、接触させるのが、被験物質の効果をより得やすいという点から好ましい。被験物質をマスト細胞又は腸管組織に接触させた後、例えば室温(25℃)〜37℃で通常5分〜120分程度、好ましくは10分〜60分程度培養したのちに脱顆粒促進剤と接触させるのが好ましい。
被験物質及び脱顆粒促進剤の接触後、例えば室温(25℃)〜37℃で通常5分〜120分程度、好ましくは10分〜60分程度培養したのちに、培養上清を回収しマスト細胞の脱顆粒の程度を測定するのが好ましい。
【0017】
マスト細胞の播種時の濃度は、評価可能な濃度であれば特に限定されない。マスト細胞の播種時の濃度は、24wellプレートを使用した場合、0.5×103〜3.0×106cells/wellとするのが好ましく、特に0.5×104〜1.0×105cells/wellとするのが好ましい。また、腸管組織の量は、評価可能な量であれば特に限定されない。
【0018】
被験物質としては、特に限定されず、例えば動植物抽出物、化合物、化学物質等を用いることができる。被験物質の添加濃度は、0.00001〜10質量%(固形残分)とするのが好ましく、特に0.0001〜3質量%(固形残分)とするのが好ましい。
【0019】
また、脱顆粒促進剤としては、顆粒放出を促すものであれば特に制限されないが、例えば、抗原(ジニトロフェノール等)、compound 48/80、substance P等が挙げられる。脱顆粒促進剤の添加濃度は抗原(ジニトロフェノール等):0.01〜5000ng/mL、compound 48/80 :0.01〜1000μg/mL、Substance P:0.01〜10000μMとするのが好ましく、特に抗原(ジニトロフェノール等):0.1〜500ng/mL、compound 48/80:0.1〜100μg/mL、Substance P:0.1〜1000μMとするのが好ましい。
【0020】
マスト細胞を培養する培地は、常用の培地を用いることができ、例えば、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)培地、MEM(Minimum Essential Medium)培地、RPMI1640培地、T培地、F12培地などを用いることができる。細胞継代、増殖時にはこれらの培地に、増殖因子、インスリン、ハイドロコーチゾンなどの増殖添加剤を添加することが好ましい。また、培養時にはこれらの培地に抗菌剤などの培養添加剤を添加してもよい。
腸管組織を培養する培地は、常用の培地を用いることができ、例えば、DMEM培地、MEM培地、RPMI1640培地、T培地、F12培地などを用いることができる。これらの培地に、増殖因子、インスリン、ハイドロコーチゾンなどの増殖添加剤を添加することが好ましい。また、培養時にはこれらの培地に抗菌剤などの培養添加剤を添加してもよい。
【0021】
本発明において、マスト細胞の脱顆粒の程度は、培養後上清を回収し、常法に従って、β−ヘキソサミニダーゼ活性やケミカルメディエーター量等を測定することによって測定できる。例えば、β−ヘキソサミニダーゼ活性の測定は、酵素反応により発色する基質を用いた酵素反応を行うことにより行うことができる。また、ヒスタミン、セロトニンなどのケミカルメディエーターの測定は、o−phthalaldehyde spectroflurometric法(J Pharmacol Exp Ther 1959;127:182−186)、或いはELISA法による抗原抗体反応により行うことができる。
【0022】
本発明方法をin vivoで行う場合、
具体的には以下の工程A)〜(D):
(A)非ヒト哺乳動物に被験物質及び脱顆粒促進剤を投与する工程、
(B)当該非ヒト哺乳動物におけるマスト細胞の脱顆粒の程度を測定する工程、
(C)上記(B)における脱顆粒の程度と、被験物質を接触させない対照群におけるマスト細胞の脱顆粒の程度とを比較する工程、
(D)上記(C)の結果に基づいて、マスト細胞の脱顆粒の程度を減少させる被験物質をストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤として評価又は選択する工程、
からなる。
【0023】
本発明方法に用いられる非ヒト哺乳動物としては、性別、月齢を問わず、いかなる種類の動物でもよい。例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ又はサルを挙げることができるが、入手が容易であり、取り扱い易いラットやマウスなどのげっ歯類が好ましい。
【0024】
当該非ヒト哺乳動物への被験物質及び脱顆粒促進剤の投与方法としては、例えば、経口投与、消化管内投与、腹腔内投与、血管内投与、皮内投与、皮下投与等が挙げられるが、簡便さや侵襲性が低いなどの点から、経口投与する方法が好ましい。
【0025】
被験物質の投与量は、0.01〜5000mg/kg体重、好ましくは0.1〜500mg/kg体重である。また、脱顆粒促進剤の投与量は、0.01〜500mg/kg体重、好ましくは0.1〜50mg/kg体重である。投与回数は通常1回であるが、間隔をあけて数回に分けて投与してもよい。脱顆粒促進剤は、非ヒト哺乳動物へ被験物質を投与後、適宜飼育した後投与するのが、被験物質の効果をより得やすいという点から好ましい。脱顆粒促進剤の投与は、被験物質を投与後10〜240分とするのが好ましく、特に30〜120分とするのが好ましい。
【0026】
次いで、被験物質及び脱顆粒促進剤の投与10〜240分後、好ましくは30〜120分後に、非ヒト哺乳動物から腹腔細胞或いは腸管組織を採取し、培養液或いは緩衝液中に10〜240分後、好ましくは30〜120分、インキュベートした後、回収した上清中に含まれるβ−ヘキソサミニダーゼ活性やケミカルメディエーター量を測定することで、マスト細胞における脱顆粒の程度を測定できる。脱顆粒の程度の測定方法としては、上記と同様の方法が挙げられる。また、非ヒト哺乳動物から採取した血液中のβ−ヘキソサミニダーゼ活性やケミカルメディエーター量を測定することで、マスト細胞における脱顆粒の程度を測定することもできる(J Ethnopharmacol.1999;64:45−52)。
【0027】
ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価は、被験物質と接触させたマスト細胞における脱顆粒の程度を、被験物質に接触させない対照群(対照細胞又は組織)におけるマスト細胞の脱顆粒の程度と比較し、その程度が減少した場合、すなわち被験物質により脱顆粒が抑制された場合、被験物質にはストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防・改善効果があると評価でき、斯かる物質を選択することができる。
【0028】
また、被験物質を投与した非ヒト哺乳動物から採取した腹腔細胞又は腸管組織におけるマスト細胞の脱顆粒の程度を、被験物質を投与しない対照群(対照動物)におけるマスト細胞の脱顆粒の程度と比較し、その程度が減少した場合、すなわち被験物質により脱顆粒が抑制された場合、被験物質にはストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防・改善効果があると評価でき、斯かる物質を選択することができる。
評価に際しては、必ずしも統計学的な手法を用いる必要はないが、統計学的に有意差の有無を検定して評価することが好ましい。
【0029】
このようにして評価又は選択された物質は、ストレスによる非炎症性大腸透過性亢進を予防及び/又は改善するための医薬、食品等に有効成分として配合して使用するための素材となり得る。
【実施例】
【0030】
実施例1
<ストレスが血中成分に与える影響解析>
1.方法
雄性Wistarラット(9−10週齢: 日本クレア)を集合ケージ中、CE−2飼料(げっ歯類飼育繁殖用、日本クレア)自由摂食下で7日間飼育した後、各群間に体重差がないように4群に群分け(N=10匹/群)した。2群は自由摂食下で、2群は絶食下で20時間飼育した。
自由摂食群、絶食群各1群は、イソフルラン吸入麻酔下、肩、前肢、胸部をテープで軽く固定し、前肢の動きの一部を制限した(部分拘束ストレス、ストレス群)。覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置した後、動物の固定を解除した。対照群は、自由摂食群、絶食群各1群をイソフルラン吸入麻酔処理した後、覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置した。
ストレス負荷終了直後、麻酔下で腹部大動脈より全採血し、血中ヒスタミン、セロトニン、(ELISA法:Histamine EIA Kit;Oxford Biomedical Research、Serotonin ELISA;DRG)、CRF量(ELISA法:Mouse/Rat CRF−HS_ELISA Kit、矢内原研究所)、血中サイトカイン量(IL−1β,IL−2,IL−4,IL−6,IL−10,IL−13,TNF−α)(マイクロビーズアレイ: Millipore)をそれぞれ定量した。
【0031】
雄性Wistarラット(9週齢: 日本クレア)を集合ケージ中、CE−2飼料(日本クレア)自由摂食下で7日間飼育した後、各群間に体重差がないように2群に群分け(N=3匹/群)した。
ストレス群は、イソフルラン吸入麻酔下、肩、前肢、胸部をテープで軽く固定し、前肢の動きの一部を制限した。覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置した後、動物の固定を解除した。ストレス負荷終了直後、麻酔下にて腹部大動脈からの全採血により安楽死させた後、結腸7区画(盲結腸移行部より1cm下流から1cm長に7分割)を摘出後、各区画を0.5 mL substance P/Ringer solution(60μM)中で60分間インキュベートした。上清を回収し、ELISA法(Histamine EIA Kit;Oxford Biomedical Research)により結腸組織からのヒスタミン放出量を定量した。
【0032】
2.結果
部分拘束ストレスを負荷した場合、対照群(ストレス負荷なし)に比べて、血中IL−4,IL−6,IL−13量が絶食時、非絶食時共に高い傾向であった(表1)。絶食時の血中IL−1,IL−2量は、ストレス負荷群で低い傾向であった。その他のサイトカイン及びCRF量は、両群で差がなかった。
部分拘束ストレスを負荷した場合、対照群(ストレス負荷なし)に比べて、血中ヒスタミン量(表2)は有意に高く、血中セロトニン量は増加傾向であったが有意差はなかった(表2)。また、Substance P刺激による摘出結腸からのヒスタミン放出量が有意に高かった(表3)。
なお、各ポイントは平均±標準誤差で示し、群間の統計学的有意差については、対照群に対するStudent‘s t−testを行なった(*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001)。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
実施例2
<ストレスが大腸透過性に与える影響解析>
1.方法
20時間絶食させた雄性Wistarラット(8−10週齢: 日本クレア)を集合ケージ中、CE−2飼料(日本クレア)自由摂食下で7日間飼育した後、各群間に体重差がないように2群に群分け(N=12匹/群)した。ストレス群は、イソフルラン吸入麻酔下、肩、前肢、胸部をテープで軽く固定し、前肢の動きの一部を制限した。覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置後、直ちに大腸透過性を既報の方法(Scand J Gastroenterol.1994;29:38−46.)を参考に評価した。すなわち、イソフルラン吸入麻酔下、両端を結紮した結腸管腔内にエバンスブルー(EB)/PBS(1mL)を注入した。1時間後、血液、近位結腸、遠位結腸を採取した。結腸2cm長を6mM NAC/PBSで洗浄後(3回)、4mLホルムアミドに24時間浸漬し、結腸粘膜内のEB量を測定した(O.D.595nm)。対照群は、イソフルラン吸入麻酔処理した後、覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置した後、同様の処置を行い、大腸の透過性を評価した。
【0037】
一方、20時間絶食させた雄性WsRC−+/+(野生型)ラット、WsRC−Ws/Ws(マスト細胞欠損)ラット(10−12週齢: 日本SLC)を集合ケージ中、CE−2飼料(日本SLC)自由摂食下で7日間飼育した後、各群間に体重差がないように群分け(N=7−8匹/群、平均体重240g)した。
ストレス群は、イソフルラン吸入麻酔下、肩、前肢、胸部をテープで軽く固定し、前肢の動きの一部を制限した。覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置した後、上記と同様の処置を行い、それぞれ大腸の透過性を評価した。
【0038】
2.結果
Wistarラットに、部分拘束ストレスを負荷した場合、対照群(ストレス負荷なし)に比べて、結腸管腔内に投与したEBの遠位結腸組織への移行量が有意に多かった(表4)。
野生型(+/+)ラットでは、部分拘束ストレス負荷により、対照群(ストレス負荷なし)に比べて、結腸管腔内に投与したEBの遠位結腸組織への移行量が有意に多かった(表5)。このストレス負荷による遠位結腸の透過性の亢進は、マスト細胞欠損(Ws/Ws)ラットでは認められなかった(表5)。
なお、各ポイントは平均±標準誤差で示し、群間の統計学的有意差については、対照群に対するStudent‘s t−testまたはFisher‘s PLSDを行なった(*p<0.05、***p<0.001)。
【0039】
【表4】

【0040】
【表5】

【0041】
実施例3
<ストレス性非炎症性大腸透過性亢進に対するマスト細胞安定化剤の影響>
1.方法
20時間絶食させた雄性Wistarラット(8−9週齢: 日本クレア)を集合ケージ中、CE−2飼料(日本クレア)自由摂食下で7日間飼育した後、各群間に体重差がないように群分け(N=11−12匹/群)した。
マスト細胞安定化剤投与群は、イソフルラン吸入麻酔下、マスト細胞安定化剤(doxantrazole,メチルセルロース溶液に懸濁)を胃内投与(5mg/kg体重)と同時に、肩、前肢、胸部をテープで軽く固定し、前肢の動きの一部を制限した。対照群には、メチルセルロース0.5 w/v%水溶液を胃内投与(4mL/kg体重)と同時に、肩、前肢、胸部をテープで軽く固定し、前肢の動きの一部を制限した。覚醒下にて2時間個別ケージ内に静置した後、動物の固定を解除し、実施例2と同様の方法で大腸透過性を評価した。
【0042】
2.結果
Doxantrazole投与ラットでは、対照群(メチルセルロース投与)に比べて、結腸管腔内に投与したEBの遠位結腸組織への移行量が有意に少なかった(表6)。
以上より、ストレスによって引き起こされる非炎症性大腸透過性亢進がマスト細胞の安定化によって改善されることが確認された。
なお、各ポイントは平均±標準誤差で示し、群間の統計学的有意差については、Fisher‘s PLSDを行なった(*p<0.05)。
【0043】
【表6】

【0044】
以上の結果より、マスト細胞の安定化がストレス性の非炎症性大腸透過性亢進の改善に奇与しているものと考えられた。
【0045】
実施例4
<マスト細胞安定化剤のスクリーニング>
1.方法
ラット好塩基球性白血病細胞RBL−2H3細胞(ATCC)を10% fetal bovine serum(FBS)、ペニシリン(100 unit/mL)、ストレプトマイシン(100 μg/mL)を含むMEM培地中で増殖させた後、24−well plateにRBL−2H3細胞を7×104 cell/well(N=4)となるように播き、10% fetal bovine serum(FBS)、ペニシリン(100 unit/mL)、ストレプトマイシン(100 μg/mL)を含むRPMI1640培地で2日間培養した。PBS(−)で2回洗浄した後、compound 48/80(0〜50μg/mL フェノールレッド、血清、抗生物質を含まないRPMI培地)で15分間インキュベートした。
また、同様に、RPMI1640培地で2日間培養したRBL−2H3細胞を、doxantrazole(0−400μM)を含むRPMI培地で室温で30分間インキュベートした後、doxantrazole(0−400μM)+50μg/mL compound 48/80を含むRPMI培地(フェノールレッド、血清、抗生物質不含)で室温で15分間インキュベートした。
各wellより培養上清を30μLずつ、次に各wellに500μLの0.1% Triton X−100を加えて細胞を溶解させ30μLずつを採取した。これにβ−ヘキソサミニダーゼの基質である2mM p−nitrophenyl N−acetyl−β−D−glucosaminideを含む0.2M クエン酸緩衝液(pH4.5)30μLを加えて37℃で2時間反応させた。反応終了後、150μL 1M トリス緩衝液(pH9.0)で停止後、マイクロプレートリーダーにて405nmの吸光度を測定し、細胞内外のβ−ヘキソサミニダーゼ活性を測定し、β−ヘキソサミニダーゼ分泌(脱顆粒)(O.D.上清/(O.D.上清+O.D.細胞溶解液)×100(%))を算出した。
【0046】
2.結果
compound 48/80は濃度依存的に脱顆粒を促進した(表7)。doxantrazoleは濃度依存的に脱顆粒を抑制した(表8)。
なお、各ポイントは平均±標準誤差で示し、群間の統計学的有意差については、Fisher‘s PLSDを行なった(**p<0.01、***p<0.001)。
【0047】
【表7】

【0048】
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
マスト細胞の安定化作用を指標とするストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価又は選択方法。
【請求項2】
以下の工程(A)〜(D):
(A)マスト細胞又は腸管組織に被験物質及び脱顆粒促進剤を接触させる工程、
(B)当該マスト細胞又は腸管組織におけるマスト細胞の脱顆粒の程度を測定する工程、
(C)上記(B)における脱顆粒の程度と、被験物質を接触させない対照群におけるマスト細胞の脱顆粒の程度とを比較する工程、
(D)上記(C)の結果に基づいて、マスト細胞の脱顆粒の程度を減少させる被験物質をストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤として評価又は選択する工程、
を含む、ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価又は選択方法。
【請求項3】
以下の工程(A)〜(D):
(A)非ヒト哺乳動物に被験物質及び脱顆粒促進剤を投与する工程、
(B)当該非ヒト哺乳動物におけるマスト細胞の脱顆粒の程度を測定する工程、
(C)上記(B)における脱顆粒の程度と、被験物質を接触させない対照群におけるマスト細胞の脱顆粒の程度とを比較する工程、
(D)上記(C)の結果に基づいて、マスト細胞の脱顆粒の程度を減少させる被験物質をストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤として評価又は選択する工程、
を含む、ストレス性非炎症性大腸透過性亢進の予防及び/又は改善剤の評価又は選択方法。

【公開番号】特開2012−85553(P2012−85553A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233465(P2010−233465)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】