説明

スピーカーの振動板、及びそれを有するスピーカーユニット、スピーカーシステム

【課題】 分割振動モードを抑制することにより、材料の優れた特性を十分に活かすことができるマグネシウム合金製中低音再生用スピーカーの振動板を備えたスピーカーシステムを提供する。
【解決手段】 本発明のスピーカーシステム(1)は、マグネシウム合金製のコーン型形状を有し、同心円状に環状の剛性均質化部(12a、12b)が形成されている中低音再生用スピーカーの振動板(12)と、この振動板に取り付けられたボイスコイル(14)と、このボイスコイルを磁力線が横切るように磁界を発生させる磁気回路(16)と、この磁気回路を支持するフレーム(18)と、を備えた中低音再生用スピーカーユニット(2)と、高音再生用スピーカーユニット(4)と、これら中低音再生用スピーカーユニット及び高音再生用スピーカーユニットを支持する筐体(6)と、を有することを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピーカーの振動板に係わり、特に、スピーカーのマグネシウム合金製の振動板、及びそれを有するスピーカーユニット、スピーカーシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
音楽、音声再生用のコーン型スピーカーの振動板の素材として紙等の繊維質材料、プラスチック等の高分子材料等、様々な材料が使用されてきた。しかしながら、これらの材料は剛性が低いため、ボイスコイルから加えられる加振力によって変形し、所謂分割振動を生じやすいという問題がある。このように、振動板が変形せずに並進運動するモード(ピストニックモーション)ではなく、振動板が変形する分割振動モードが発生すると、スピーカーによる再生音が劣化するという問題がある。即ち、振動板が分割振動すると、入力音響信号以外の音響を生じたり、ある特定の周波数帯の音響が再生できなかったり、逆に特定の周波数帯が強調される等、再生音が歪んだり、再生周波数特性に大きなピークやディップが生じる等の問題が発生する。
【0003】
特開平7−95686号公報には、紙製の振動板にリブを形成して剛性を高め、分割振動の発生を抑制したスピーカーユニットが記載されている。しかしながら、振動板の素材が紙等の繊維質材料やプラスチック等の高分子材料では、リブを取り付けること等により振動板全体の剛性を高めても、分割振動の発生を十分に抑制することは困難であった。
【0004】
そこで、より剛性の高い振動板を得るために、アルミニウムやチタンなどの金属が利用されるようになり、特に、比較的口径の小さい高音再生用のスピーカーの振動板として広く普及するに至っている。
【0005】
【特許文献1】特開平7−95686号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、中低音再生用スピーカーにおいては、剛性の高い金属を振動板の材料として使用しても、その口径が比較的大きいため、依然として振動板の剛性は不十分であり、分割振動が発生してしまうという問題がある。また、アルミニウムやチタン等の金属材料は、比重に対する強度の割合である比強度が高いため、軽量で剛性の高い振動板を形成するには有利であるが、その反面、内部損失が小さいという欠点がある。内部損失が小さい材料で形成された振動板において分割振動が発生すると、発生した分割振動が減衰し難いため、再生周波数特性に大きなピークを生じるという問題がある。
【0007】
また、再生音域を帯域分割回路により複数に分割し、2種類以上のスピーカーで再生させるマルチ・ウェイ・システムの中低音再生用スピーカーにおいて分割振動が発生した場合には、その受け持ち帯域よりも高い周波数にピークが生じることになる。この分割振動により発生した高周波数帯域での異常音が、高音再生用スピーカーの音に重畳し、高音域の音が正確に再現されないという問題がある。一方、分割振動により発生する異常音の周波数帯域を、帯域分割回路によって電気的に強く減衰させようとすると、中低音再生用スピーカーの前に複雑な帯域分割回路を挿入する必要があり、それにより中低音再生用スピーカーの再生音が劣化するという問題がある。
【0008】
そこで、比強度が高く、内部損失も大きい金属材料であるマグネシウム合金を使用した、中低音再生用スピーカーが強く望まれている。しかしながら、圧延されたマグネシウム合金板には、アルミニウムやチタン等他の金属に比べてヤング率が低く、かつ圧延方向とそれに直角な方向とのヤング率などの機械的性質の異方性が大きいという問題がある。即ち、コーン型形状の振動板が、異方性が大きい材料で形成されると、例えば、外縁部からコーン中心に向かって外力が加えられた場合に、外力が加えられる方向によって剛性が異なり、異方性の小さい材料で形成された場合よりも変形を生じやすくなるという問題がある。
【0009】
このため、マグネシウム合金製の振動板は、その異方性のために、特に円周方向の分割振動モードが発生しやすく、内部損失が大きいという材料としての優位性を活かすことが困難であった。従って、マグネシウム合金を振動板の材料に使用した場合にも、高音域の周波数帯で異常な振動が発生することになる。このため、マグネシウム合金製の振動板をマルチ・ウェイ・システムの中低音再生用スピーカーに適用した場合においても、高音再生用のスピーカーの音と重畳しあい耳障りな異常音が発生するという同様の問題が発生していた。
【0010】
従って、本発明は、材料の異方性のために発生しやすくなる分割振動モードを抑制することにより、材料の優れた特性を十分に活かすことができるマグネシウム合金製中低音再生用スピーカーの振動板、及びそれを有するスピーカーユニット、スピーカーシステムを提供することを目的としている。
【0011】
また、本発明は、マルチ・ウェイ・スピーカーシステムに使用した場合において、分割振動による耳障りな金属音が、高音再生用スピーカーの再生音と重畳するのを防止し、高音再生用スピーカーとの帯域分割を容易にすることができる中低音再生用スピーカーのマグネシウム合金製振動板、及びそれを有するスピーカーユニット、スピーカーシステムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するために、本発明の中低音再生用スピーカーの振動板は、マグネシウム合金製のコーン型形状を有し、同心円状に環状の剛性均質化部が形成されていることを特徴としている。
【0013】
このように構成された本発明においては、コーン型形状の振動板に、同心円状に環状の剛性均質化部が形成されている。この剛性均質化部により、一般に異方性が強いマグネシウム合金板から形成された振動板の各方向の剛性が均質化される。
【0014】
このように構成された本発明によれば、異方性が強いマグネシウム合金板から製造された振動板の各方向の剛性が、剛性均質化部により均質化されるので、振動板に発生する分割振動を効果的に抑制することができる。これにより、分割振動による耳障りな金属音が、高音再生用スピーカーの再生音と重畳するのを防止し、高音再生用スピーカーとの帯域分割を容易にすることができる。
【0015】
本発明において、好ましくは、環状の剛性均質化部の本数nが1本以上10本以下であり、nが2以上の場合には、これらn本の環状の剛性均質化部によって区分された振動板上の区画の各投影面積の比S1:S2:・・:Sn+1における各S1、S2、・・、Sn+1は1及び43以下の素数の中から選択され、且つ互いに隣り合う区画は異なる投影面積を有し、nが1の場合には、大きい方の区画の投影面積が小さい方の区画の投影面積の非整数倍である。
【0016】
このように構成された本発明によれば、上述した所定の位置に剛性均質化部が配置されているので、振動板の半径方向に伝わる波の共振により、剛性均質化部を境にして内側の区画および外側の区画の双方に円周方向の分割振動が発生しやすくなるのを防止することができる。
【0017】
本発明において、好ましくは、環状の剛性均質化部の高さは、振動板の環状の剛性均質化部以外の部分の厚さの2倍以上30倍以下である。
このように構成された本発明によれば、剛性均質化部による十分な剛性均質化効果が得られると同時に、剛性均質化部の形成が比較的容易であり、また、剛性均質化部によって振動板本来の機能が損なわれることもない。
【0018】
また、本発明の中低音再生用スピーカーユニットは、本発明の中低音再生用スピーカーの振動板と、この振動板に取り付けられたボイスコイルと、このボイスコイルを磁力線が横切るように磁界を発生させる磁気回路と、この磁気回路を支持するフレームと、を有することを特徴としている。
【0019】
さらに、本発明のスピーカーシステムは、本発明の中低音再生用スピーカーユニットと、高音再生用スピーカーユニットと、これら中低音再生用スピーカーユニット及び高音再生用スピーカーユニットを支持する筐体と、を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
本発明の中低音再生用スピーカーのマグネシウム合金製振動板、及びそれを有するスピーカーユニット、スピーカーシステムによれば、振動板材料の異方性のために発生しやすくなる分割振動モードを抑制することにより、材料の優れた特性を十分に活かすことができる。
【0021】
また、本発明のマグネシウム合金製中低音再生用スピーカーの振動板、及びそれを有するスピーカーユニット、スピーカーシステムによれば、分割振動による耳障りな金属音が、高音再生用スピーカーの再生音と重畳するのを防止し、高音再生用スピーカーとの帯域分割を容易にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
次に、添付図面を参照して、本発明の実施形態によるスピーカーシステムを説明する。
図1は、本発明の実施形態によるスピーカーシステムの断面図である。図2は、本実施形態によるスピーカーシステムに使用されている中低音再生用スピーカーユニットの側面断面図である。図3は本実施形態における中低音再生用スピーカーユニットの振動板の正面図であり、図4は側面図である。また、図5は、本実施形態における中低音再生用スピーカーユニットの振動板の一部を拡大して示す断面図である。
【0023】
図1に示すように、本発明の実施形態によるスピーカーシステム1は、中低音再生用スピーカーユニット2と、高音再生用スピーカーユニット4と、これらのスピーカーユニットを取り付けた筐体であるエンクロージャー6とを有する。さらに、エンクロージャー6の背面には、スピーカーシステム1とアンプ(図示せず)を接続するためのスピーカー端子8が取り付けられている。また、スピーカー端子8に入力された電気信号は、帯域分割回路であるネットワーク10を介して高音再生用スピーカーユニット4に入力される。一方、後述する理由により、本実施形態においては、スピーカー端子8に入力された電気信号は、ネットワークを介さず、直接中低音再生用スピーカーユニット2に入力される。
【0024】
ネットワーク10は、高音再生用スピーカーユニット4に直列に接続されたコンデンサー10aと、並列に接続されたコイル10bから構成されている。このネットワーク10を介することにより、高音再生用スピーカーユニット4に入力される電気信号は、周波数が1オクターブ低下する毎に、12dB減衰される。なお、本明細書において、中低音再生用スピーカーとは、使用されているスピーカーシステムにおいて最高音域以外を主に分担するスピーカーを意味し、低音域を分担するウーファー、中音域を分担するスコーカー等がこれに含まれるものとする。従って、ネットワークを介さず、全体域の電気信号が入力されるスピーカーユニットも、最高音域以外を主に分担するものであれば中低音再生用スピーカーに含まれるものとする。
【0025】
次に、図2を参照して、本発明の実施形態によるスピーカーシステム1に使用されている中低音再生用スピーカーユニット2を説明する。
図2に示すように、中低音再生用スピーカーユニット2は、コーン型形状の振動板12と、このコーン型形状の細くなった後端に取り付けられたボイスコイル14と、このボイスコイル14を磁力線が横切るように磁界を発生させる磁気回路16と、を有する。さらに、中低音再生用スピーカーユニット2は、磁気回路16を支持するフレーム18と、振動板12を弾性支持するダンパー20と、振動板12の外周をフレーム18と連結する環状のエッジ22と、を有する。この構成により、スピーカー端子8から入力された電気信号がボイスコイル14に流れると、ボイスコイル14を前後方向に移動させる電磁力が発生し、この力によって振動板12が振動され、電気信号が音波に変換される。
【0026】
ボイスコイル14は、円筒状のボビンの後端部に導線を巻き付けることによって形成されている。ボイスコイル14の前端部には、コーン型形状の振動板12内周の径が細くなった後端が接合されている。
【0027】
磁気回路16は、環状のフェライトマグネット16aと、その後側に取り付けられたポールピース16bと、フェライトマグネット16aの前側に取り付けられたドーナツ板状のプレート16cと、を有する。この構成により、ポールピース16bの先端とプレート16cの隙間である環状のギャップに強い磁界が生成され、この磁界による磁力線を横切るように、筒状のボイスコイル14がギャップ内に配置される。
【0028】
フレーム18は、全体としてすり鉢状の形状を有し、振動板12を取り囲むように配置されている。
ダンパー20は、同心円状のコルゲーションが形成されたドーナツ型の部材で構成されている。このダンパー20の外周部は、フレーム18の後端の内周部に取り付けられ、ダンパー20の内周部はボイスコイル14の先端部に取り付けられている。ダンパー20により、ボイスコイル14は、ギャップ内の所定の位置で、前後方向(ボイスコイル14の軸方向)に移動可能に弾性支持され、また、ボイスコイル14の前端部に取り付けられた振動板12も弾性支持される。
エッジ22は、環状の柔軟な部材であり、振動板12の前端の外周部と、フレーム18の前端の内周部を連結している。
【0029】
次に、図3乃至図5を参照して、振動板12の構成を説明する。
図3乃至図5に示すように、振動板12は、全体としてコーン型の形状を有し、圧延されたマグネシウム合金板により形成されている。さらに、本実施形態においては、マグネシウム合金としてAZ31が使用されている。なお、AZ31の他、AZ61、AZ91等、工業製品に通常用いられているマグネシウム合金を使用することができる。また、本明細書において、コーン型とは、後端の細い内周から前端の外周に向けて広がる形状全般を意味しており、円錐形のみを意味するものではない。従って、円錐形の母線が湾曲した、所謂カーブドコーン等の形状も本明細書におけるコーン型に含まれる。
【0030】
また、本実施形態においては、振動板12の表面には、陽極酸化処理が施されている。一般的に、マグネシウム合金は耐食性が劣るので、表面処理を施して使用するのが良い。表面処理としては、陽極酸化や薄い樹脂の塗布等、任意の方法を採用することができるが、塗膜の厚さが厚くなるとマグネシウム合金本来の特性が発揮できなくなるため、塗装の場合には、振動板12の板厚tの半分を超えないようにするのが良い。
【0031】
また、図3及び図4に示すように、振動板12には、2本の環状の剛性均質化部12a、12bが、同心円状に形成されている。振動板12は、2本の剛性均質化部12a、12bによって、3つの区画12c、12d、12eに区分されている。本実施形態においては、これら区画12c、12d、12eを、振動板12の振動方向に直交する平面に夫々投影した面積比S1、S2、S3の比であるS1:S2:S3が、1:2:3となるように、剛性均質化部12a、12bの間の間隔L及び位置が決定されている。
【0032】
さらに、図5に示すように、剛性均質化部12a、12bは、振動板12の断面を、プレス加工により前方に向かって山型に湾曲させることによって形成されている。本実施形態においては、振動板12の外径は160mm、板厚tは0.2mmであり、剛性均質化部12a、12bの高さhは約1mmである。好ましくは、剛性均質化部の高さhは、剛性均質化部が形成されていない平坦な部分の板厚tの2倍以上とする。これは、2倍未満では剛性を上げて分割振動を抑制する効果がないためである。また、分割振動を抑制する効果は、高さhが大きくなるほど向上するが、板厚tの30倍を超えると振動板本来の性能が発揮できなくなると共に、加工が困難になり工業的な生産性が低下するため、高さhは板厚tの30倍以下とするのが良い。
【0033】
好ましくは、剛性均質化部の本数nは、1以上10以下とする。剛性均質化部は、これを1本形成するだけでも振動板の剛性を均質にする効果が認められ、10本を超えると、その効果が飽和して、振動板の剛性を均質にする効果が殆ど変化しなくなるためである。
【0034】
剛性均質化部の本数nが1の場合には、2つの区画のうちの大きい方の区画の投影面積が、小さい方の区画の投影面積の非整数倍となるように剛性均質化部を配置するのが良い。
【0035】
また、剛性均質化部の本数nが2本以上の場合には、各区画の投影面積の比S1:S2:・・・・:Sn+1におけるS1、S2、・・・・Sn+1が1及び43以下の素数の中から選択され、なおかつ、互いに隣り合う区画の面積が異なるように、剛性均質化部を配置するのが良い。
【0036】
これは、隣り合う剛性均質化部間の投影面積が等しい場合、振動板の半径方向に伝わる波の共振により、剛性均質化部を境にして内側の区画および外側の区画の双方に円周方向の分割振動が発生しやすくなるためである。この現象を避けるために隣り合う区画の投影面積が異なるように剛性均質化部を配置する。さらに、剛性均質化部間の区画の投影面積の比S1:S2:・・・:Sn+1を1および43以下の素数から選択された整数の比とすることによって、各区画の半径方向の波が共振することによる円周方向の分割振動をより効果的に抑制することができる。
【0037】
また、面積の比を43以下の素数から選択するのは、43を越える素数になると、隣り合う素数同士の比が1に近づき、実質的に隣り合う区画の投影面積が異なるように構成する意味がなくなるためである。さらに、隣り合う区画の投影面積は異なることが好ましいが、隣り合っていない区画であれば、同一面積の区画が存在しても良い。
【0038】
ここで、図6乃至図8を参照して、振動板の分割振動の態様を説明する。
図6及び図7は、剛性均質化部を有しない振動板の分割振動の一例を示す図である。剛性均質化部が設けられていない振動板では、半径方向の荷重に対する剛性が小さく、図6や図7のようなモードの分割振動が、所定のモード周波数で発生する。図6は、実線に示す円形の振動板の外形が、破線及び一点鎖線で示す楕円形に交互に変形する態様の分割振動モードを示している。また、図7は、振動板の各部が山と谷を交互に形成するように変形する態様の分割振動モードを示している。図中の実線は山の部分の等高線を示し、破線は谷の部分の等高線を示している。この分割振動モードでは、これらの山と谷が交互に逆転するように振動する。
【0039】
図6及び図7に一例を示したような態様の分割振動は、振動板に剛性均質化部を設けることによって抑制される。しかしながら、図8に一例を示すように、振動板に剛性均質化部を設けた場合であっても、剛性均質化部の配置が、上述した条件を満たしていない場合には、分割振動を抑制する効果が小さくなる。なお、図8は剛性均質化部によって区分される2つの区画のうちの、一方の区画の投影面積を他方の区画の投影面積の整数倍とした場合の振動モードを示す概略図である。図8の例では、振動板の半径方向に伝わる波の共振により、剛性均質化部を境にして内側の区画および外側の区画の双方に円周方向の分割振動が発生している。
【0040】
次に、図9を参照して、剛性均質化部を形成することによる剛性均質化効果を説明する。図9は、本実施形態における振動板(後述する表1における実施例2に相当)の各方向の剛性と、剛性均質化部を有しない同様の振動板(後述する表1における比較例1に相当)の各方向の剛性を比較したグラフである。このグラフは、各振動板の直径方向に加えた荷重を縦軸に、そのときの変形量を横軸に示したものである。図中の実線A、Bは本実施形態における振動板を示しており、破線C、Dは剛性均質化部を有しない振動板を示している。また、各線A、Cは、振動板を形成したマグネシウム板の圧延方向に荷重を加えた場合を示し、各線B、Dは圧延方向に直角な方向に荷重を加えた場合を示している。
【0041】
図9に示すように、剛性均質化部を設けた振動板の方が、何れの方向に荷重を加えた場合においても同一の荷重に対する変形量が小さく、剛性が高くなっていることがわかる。さらに注目すべき点は、剛性均質化部を設けていない振動板では、圧延方向とそれに直角な方向の剛性が大きく異なるのに対して、剛性均質化部を設けた振動板では、各方向の剛性にあまり差がないことである。即ち、剛性均質化部を設けることにより、圧延されたマグネシウム板が異方性を有するにもかかわらず、振動板の各方向の剛性が均質化されていることがわかる。
【0042】
一般に、コーン型形状の振動板のように、軸対称形状を形成することによって剛性を高めている部材においては、異方性による強度の軸対称性の崩れが、著しい強度の低下を招く。即ち、本実施形態における剛性均質化部は、それ自体で振動板の変形を防止することにより分割振動を抑制する効果よりも、寧ろ、剛性を均質化することにより振動板の強度の軸対称性の崩れを抑制し、それにより軸対称形状のもつ本来の強度を発揮させることによって、振動板の分割振動を抑制するものである。
【0043】
なお、剛性均質化部を配置する位置は、各区画が夫々所定の投影面積となる位置から、剛性均質化部の間の距離Lの±3%程度ずれた場合でも本発明の効果が発揮される。従って、この程度の誤差をもって剛性均質化部が配置されているものも、本発明の範囲内であるものとする。
【0044】
このように剛性均質化部を配置することにより、中低音再生用スピーカーの高音域での音圧レベルが、周波数が高くなるにしたがって徐々に低下し、マルチ・ウェイ・システムにおける高音再生用スピーカーとの音域の分担が容易になる。
【0045】
次に、表1及び表2、図10及び図11を参照して、本発明の実施形態による振動板を種々の諸元で作成し、その特性を評価した実施例を説明する。ここで、表1における実施例1乃至8は、本発明に基づいて諸元を決定し、作成された振動板であり、比較例1乃至3は、本発明の範囲外の諸元により作成された振動板である。
【0046】
【表1】

【0047】
表1に示すように、これらの実施例及び比較例においては、板厚0.08mm、0.1mm、0.2mm及び0.3mmのAZ31又はAZ61マグネシウム合金板を用いて、外径120mm又は160mmの振動板を製作している。また、各実施例の振動板においては、1乃至7本の、高さ1乃至3mmの剛性均質化部が表1に示す位置に形成されている。また、比較例においては、剛性均質化部を設けないものと、高さ1mmの1本の剛性均質化部によって形成される2つの区画の投影面積が等しい振動板を作成した。なお、各振動板には、陽極酸化による方法又はポリイミド樹脂を塗布する方法による表面処理が施されている。
【0048】
このように作成された各振動板にボイスコイル等を組み合わせて中低音再生用スピーカーユニットを作製した。図10及び図11は、このように作製された中低音再生用スピーカーユニットの再生周波数特性を示すグラフである。図10及び図11のグラフは、スピーカーユニットに入力された信号の周波数を横軸に、再生音の音圧レベルを縦軸に表したものである。図10は、表1の実施例1の振動板を使用したスピーカーユニットの特性を実線に、比較例1によるスピーカーユニットの特性を破線に示している。また、図11は、実施例2を実線に、比較例2を破線に示している。
【0049】
図10及び図11に示すように、剛性均質化部が設けられていない各比較例の振動板を用いると5kHz付近で音圧レベルが低くなり、10kHz付近で音圧レベルが異常に高くなっていることがわかる。これに対して、各実施例の剛性均質化部を有する振動板を用いた場合には、図10及び図11の実線に示すように、異常に低い音圧レベルを示す周波数特性のディップや、異常に高い音圧レベルを示す周波数特性のピークの発生が抑えられていることがわかる。これは、剛性均質化部を設けることにより、全体の剛性が上がるとともに、剛性の異方性が極めて小さくなったためと考えられる。
【0050】
また、各実施例の振動板を用いた中低音再生用スピーカーユニットでは、周波数が高くなるに従って、高音域での音圧レベルが漸減している。これにより、高音再生用スピーカーユニットを付加するマルチ・ウェイ・システムにおいて、高音再生用スピーカーと帯域を分割する帯域分割回路を容易に設計することができる。さらに、図1に示した実施形態によるマルチ・ウェイ・システムでは、中低音再生用スピーカーユニットのこの特性を利用して、中低音再生用スピーカーの帯域分割回路が省略されている。
【0051】
次に、各実施例及び比較例の振動板を使用した中低音再生用スピーカーユニットと、直径36mmのドーム型マグネシウム振動板を有する高音再生用スピーカーユニットとを組み合わせて2ウェイスピーカーシステムを構築した。表2に、この2ウェイスピーカーシステムの官能試験の評価結果を示す。官能試験は、日常音楽に親しんでいる被験者5名により実施した。
【0052】
【表2】

【0053】
表2からわかるように、中低音再生用スピーカーユニット単体での周波数特性の測定において高音域に大きなピークが発生した各比較例の振動板を使用した2ウェイスピーカーシステムでは、何れも被験者による官能評価において高音域での耳障りな異常音があると評価された。一方、各実施例の振動板を使用したスピーカーシステムでは、何れも被験者による官能評価において高音域での耳障りな異常音は認められなかった。
【0054】
このように、本発明の実施形態によるスピーカーシステムでは、マグネシウム合金製振動板を用いるときに見られていた分割振動を起こすという欠点が解消された。また、本実施形態の中低音再生用スピーカーユニットによれば、容易に高音再生用スピーカーユニットと組み合わせることができ、音の再現性に優れたスピーカーシステムを構築することができる。
【0055】
また、本発明の実施形態による中低音再生用スピーカーユニットでは、マルチ・ウェイ・スピーカーシステムを構築する場合に、高音再生用スピーカーユニットとの音域の分担を容易にするために望まれていた、2kHz以上の高音域の音圧レベルが周波数が上がるにつれて徐々に低くなる特性を、金属製振動板により初めて実現可能にした。
【0056】
また、本発明の実施形態によれば、音響の再現性の極めて良いスピーカーシステムを提供することができ、過去に収録された音楽、あるいは今後収録される音楽を忠実に再現できる手段となりうるため、音楽遺産の保護など広く社会に貢献することができる。
【0057】
以上、本発明の好ましい実施形態を説明したが、上述した実施形態に種々の変更を加えることができる。特に、上述した実施形態では、振動板の形状は円形であるが、振動板を楕円形あるいは長円形とすることもできる。この場合、剛性均質化部の形状も、円環状ではなく、楕円又は長円形の環状にすることもできる。
【0058】
また、上述した実施形態では、剛性均質化部は、振動板の断面を前方に向かって凸状に湾曲させることによって形成されていたが、変形例として、図12(a)に示すように、振動板の厚さを厚くすることによって剛性均質化部を形成することもできる。或いは、図12(b)に示すように、振動板の断面を、後方に向かって凸状に、即ち前方から見て凹状に湾曲させることによって剛性均質化部を形成しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の実施形態によるスピーカーシステムの断面図である。
【図2】本発明の実施形態によるスピーカーシステムに使用されている中低音再生用スピーカーユニットの側面断面図である。
【図3】本発明の実施形態における中低音再生用スピーカーユニットの振動板の正面図である。
【図4】本発明の実施形態における中低音再生用スピーカーユニットの振動板の側面図である。
【図5】本発明の実施形態における中低音再生用スピーカーユニットの振動板の一部を拡大して示す断面図である。
【図6】従来の剛性均質化部を有しない振動板の分割振動の一例を示す図である。
【図7】従来の剛性均質化部を有しない振動板の分割振動の一例を示す図である。
【図8】剛性均質化部によって区分される2つの区画のうちの、一方の区画の投影面積を他方の区画の投影面積の整数倍とした場合の振動モードを示す概略図である。
【図9】本発明の実施形態における振動板の各方向の剛性と、剛性均質化部を有しない従来の振動板の各方向の剛性を比較したグラフである。
【図10】スピーカーユニットに入力された信号の周波数を横軸に、再生音の音圧レベルを縦軸に表したグラフである。
【図11】スピーカーユニットに入力された信号の周波数を横軸に、再生音の音圧レベルを縦軸に表したグラフである。
【図12】剛性均質化部の変形例を示す振動板の断面図である。
【符号の説明】
【0060】
1 本発明の実施形態によるスピーカーシステム
2 中低音再生用スピーカーユニット
4 高音再生用スピーカーユニット
6 エンクロージャー
8 スピーカー端子
10 ネットワーク
10a コンデンサー
10b コイル
12 振動板
12a、12b 剛性均質化部
12c、12d、12e 区画
14 ボイスコイル
16 磁気回路
18 フレーム
20 ダンパー
22 エッジ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム合金製のコーン型形状を有し、同心円状に環状の剛性均質化部が形成されていることを特徴とする中低音再生用スピーカーの振動板。
【請求項2】
上記環状の剛性均質化部の本数nが1本以上10本以下であり、nが2以上の場合には、これらn本の環状の剛性均質化部によって区分された振動板上の区画の各投影面積の比S1:S2:・・:Sn+1における各S1、S2、・・、Sn+1は1及び43以下の素数の中から選択され、且つ互いに隣り合う区画は異なる投影面積を有し、nが1の場合には、大きい方の区画の投影面積が小さい方の区画の投影面積の非整数倍である請求項1記載の中低音再生用スピーカーの振動板。
【請求項3】
上記環状の剛性均質化部の高さは、上記振動板の環状の剛性均質化部以外の部分の厚さの2倍以上30倍以下である請求項1又は2記載の中低音再生用スピーカーの振動板。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の中低音再生用スピーカーの振動板と、
この振動板に取り付けられたボイスコイルと、
このボイスコイルを磁力線が横切るように磁界を発生させる磁気回路と、
この磁気回路を支持するフレームと、
を有することを特徴とする中低音再生用スピーカーユニット。
【請求項5】
請求項4記載の中低音再生用スピーカーユニットと、
高音再生用スピーカーユニットと、
これら中低音再生用スピーカーユニット及び高音再生用スピーカーユニットを支持する筐体と、
を有することを特徴とするスピーカーシステム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2007−81839(P2007−81839A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−267040(P2005−267040)
【出願日】平成17年9月14日(2005.9.14)
【出願人】(000230869)日本金属株式会社 (29)
【Fターム(参考)】