説明

セミインタクト細胞調製装置

【課題】セミインタクト細胞を再現性よく調製すること。
【解決手段】セミインタクト細胞を調製するための装置であって、培養容器をインキュベーターに出し入れするための搬送手段を有し、搬送手段の動作を予め入力したプログラムにより制御する、装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セミインタクト細胞を調製するためのセミインタクト細胞調製装置に関する。本発明は、また、調製したセミインタクト細胞を用いて、引き続いてアッセイを行うこともできるセミインタクト細胞調製装置に関する。
【背景技術】
【0002】
セミインタクト細胞とは、形質膜を剥離するなどして、部分的に透過性にし、そこから細胞質を外部に流出させたり、外部から別の細胞質や他の物質(化合物等)を細胞の中に導入できるようにした細胞をいう。
【0003】
これまで、タンパク質、脂質、遺伝子等の機能発現に関する研究は、細胞から取り出して試験管内で培養したタンパク質等に対して行われてきた。しかし、より詳細な研究のために、タンパク質等が本来機能する場所、すなわち細胞内、で研究することが必要となってきている。セミインタクト細胞は、このような必要性に対応したアッセイシステムであり、セミインタクト細胞を利用すると、細胞内で時々刻々と変化する生理現象を観察することができる(非特許文献1)。
【0004】
セミインタクト細胞を調製する方法は様々であり、細胞に対する毒素等の穿孔物質、例えば、ジキトニン、aトキシン、ストレプトリシン等を細胞に作用させて形質膜に穴をあける方法、細胞の上にニトロセルロースメンブレンを置きに密着したメンブレンを持ち上げて形質膜の一部を細胞から物理的にはがしてしまう方法、細胞を急速凍結・解凍して部分的に破壊する方法等が知られている。いすれのセミインタクト細胞の調製方法においても、重要なことは、細胞内の構造のうち、形質膜だけに選択的に穿孔し、その他の部分には影響を及ぼさないことである。
【0005】
【非特許文献1】BIOINDUSTRY、2004年6月号、p.28−35
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、セミインタクト細胞は、いわば細胞を一個の試験管として利用する細胞型試験管であり、タンパク質・脂質・遺伝子等の機能解析において有用で汎用性が高いものである。にもかかわらず、これまではあまり利用されてこなかった。
その理由は、これまで行われてきたセミインタクト細胞の調製は再現性が悪いため、セミインタクト細胞を用いたアッセイではハイスループット化が難しく、創薬支援システムとしてのタンパク質の機能解析やスクリーニングには使用できないためと考えられる。
そこで、本発明においては、均質なセミインタクト細胞を再現性よく調製することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、このようなセミインタクト細胞の調製方法について鋭意検討したところ、細胞に対する穿孔物質を細胞に作用させて形質膜に穴をあけることによるセミインタクト細胞の調製方法においては、重要な調製条件のうちの一つに、細胞をインキュベーターに入れるタイミングがあり、これについて最適条件を決定し精度よく再現できれば、セミインタクト細胞の調製の再現性が向上することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
セミインタクト細胞を調製するための装置であって、培養容器をインキュベーターに出し入れするための搬送手段を有し、搬送手段の動作を予め入力したプログラムにより制御する、装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明の装置を用いれば、セミインタクト細胞を再現性よく調製できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明について具体的に説明する。
まず、本発明の装置を用いて実施するセミインタクト細胞調製方法について説明する。
本発明の装置を用いて実施するセミインタクト細胞を調製方法は、細胞に対する穿孔物質を細胞に作用させて形質膜に穴をあける方法である。
【0011】
本発明において、穿孔物質としては、例えば、細胞毒素であるジキトニン、aトキシン、ストレプトリシン等を用いることができる。この中でも、連鎖球菌の酵素感受性毒素であるストレプトリシンO(streptolysin O:SLO)が、細胞内膜系や骨格系に与えるダメージが小さく好ましい。SLOは、連鎖球菌の毒素でコレステロールに選択的に結合し、6量体の環状複合体を形成する。
SLOを用いると、形質膜に直径が約12nm前後の穴をあけることができ、例えば、少なくともIgG抗体(>150kD)はこの穴を通過する。
【0012】
これらの細胞毒素は、低温(通常、4℃以下)では、細胞に結合するが穿孔活性は持たず、高温(約25〜37℃程度)においてはじめて穿孔活性を持つようになる。このような温度感受性を利用して、低温で穿孔物質を細胞の形質膜上に結合させ、その後、余分な穿孔物質を洗い流し、続いて高温(約25〜37℃程度)に昇温することにより、形質膜の脂質に穿孔物質が結合した特定部分だけを選択的に穿孔することができる。
【0013】
具体的には、目的の細胞を入れた培養容器に所定濃度の穿孔物質溶液を添加し、低温で細胞と穿孔物質とを所定時間接触させて細胞に穿孔物質を結合させた後、培養容器から穿孔物質溶液を排出すると共に、低温の洗浄液で数回洗浄して細胞から不要な穿孔物質を洗い流す。次いで、必要に応じて、低温で結合を安定化させてから、高温(約25〜37℃程度)に昇温して細胞に穿孔した後、再び、低温にして穿孔活性を失活させ、その後、必要に応じて適宜低温の洗浄液等で数回洗浄を行う。
【0014】
以上のセミインタクト細胞の調製において、均質なセミインタクト細胞を再現性よく調製するためには、各調製条件の設定及び管理が重要である。特に、調製する細胞の数、すなわち、細胞を培養する時間(培養時間)、低温で細胞と穿孔物質を接触させる時間(結合時間)、及び、高温(約25〜37℃程度)で細胞の形質膜に穿孔する時間(穿孔時間)、の設定の管理が重要であることが本発明者らの研究により判明した。
【0015】
ところで、以上のセミインタクト細胞の調製において、細胞の培養、穿孔物質の結合、形質膜の穿孔は、具体的には、培養容器に入れた細胞を、温度、湿度、雰囲気等を所望の条件にしたインキュベーター内で保持(インキュベーション)することにより行う。したがって、培養時間、結合時間、穿孔時間を厳密に管理するためには、細胞を所望の条件のインキュベーターに運び入れるタイミングや、インキュベーターから取り出すタイミングを厳密に管理することが必要である。
【0016】
そこで、本発明においては、セミインタクト細胞調製装置に、培養容器をインキュベーターに出し入れするための搬送手段を設け、その動作を、細胞株や試薬等の種類応じて予め決定しておいた最適条件に基づいて入力したプログラムにより制御することにより、培養時間、結合時間、穿孔時間の管理を厳密にし、セミインタクト細胞の調製の再現性を向上させた。
【0017】
次に、本発明の装置と共に用いるインキュベーター及び培養容器について説明する。
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、少なくとも1つのインキュベーターと組み合せて使用される。
本発明の好ましい実施態様では、セミインタクト細胞に変換するための細胞を培養する際に用いる高濃度二酸化炭素雰囲気のCOインキュベーターと、穿孔物質を細胞に結合させたり、結合を安定化したり、穿孔活性を失活させる際に用いる低温インキュベーターと、細胞に穿孔する際に用いる高温(約25〜37℃程度)インキュベーターの3つと組み合せて使用する。
また、別の好ましい実施態様では、さらに、上記3つのインキュベーターに加え、さらにアッセイ用のインキュベーターを有する。
【0018】
本発明のセミインタクト細胞調製装置と共に用いるインキュベーターは、その内部にセミインタクト細胞を調製・培養するための培養容器(及び必要に応じて後述する搬送ステージ)を設置する場所を有し、その外壁に培養容器を出し入れするための開口を有し、内部の温度、湿度、雰囲気等を所望の条件に保つことができるものであればよく、一般に細胞を培養する際に用いられているものと同様のものを採用することができる。培養容器を出し入れするための開口に扉を設ける場合、その開閉を搬送手段の動作に応じて自動制御できるようにすることが好ましい。
【0019】
インキュベーターの形状や材質は、使用目的、内部に設置する培養容器の大きさ・形状、調製するセミインタクト細胞の種類等に応じて適宜決定すればよい。
インキュベーターの形状は、例えば、箱型形状とすることができ、その外壁の一部に、内部の培養容器内の細胞を観察するための観察窓を有していてもよい。
【0020】
インキュベーター内部の室温は、その用途によって異なり、例えば、細胞培養用のCOインキュベータであれば37℃付近、穿孔物質結合用の低温インキュベーターであれば約4℃以下、穿孔用の高温インキュベーターであれば約25〜37℃の範囲内で予め設定した最適温度、とすることが好ましい。
インキュベーター内部の室温は、例えば、インキュベーターの内部又は外部に加熱及び/又は冷却装置等の室温調整手段を設置し、これにより所望の範囲に調整することができる。また、インキュベーター内部の室温を厳密に制御するために、インキュベーター内部に設置した温度センサー等に基づいて、室温調整手段の動作を自動制御することが好ましい。
【0021】
インキュベーター内部の湿度は、その用途により異なり、例えば、細胞培養用のCOインキュベータであれば95%前後、それ以外のインキュベーターであれば約40〜60%の範囲内で予め設定した最適湿度、とすることが好ましい。
インキュベーター内部の湿度は、例えば、インキュベーター内部に湿度調整手段を設置し、これにより所望の範囲に調整することができる。また、インキュベーター内部の湿度を厳密に制御するために、インキュベーター内部に設置した湿度センサー等に基づいて、湿度調整手段の動作を自動制御することが好ましい。
【0022】
インキュベーター内部の雰囲気は、その用途により異なり、例えば、細胞培養用のCOインキュベータであれば二酸化炭素濃度の高い(例えば、5%程度)混合ガス、それ以外のインキュベーターであれば空気条件とすることが好ましい。
インキュベーター内部の雰囲気は、例えば、インキュベーターに所望の気体を所望の分圧比で混合した混合ガスを供給できるガス供給手段等の雰囲気調整手段を設置し、これにより調整することができる。また、インキュベーター内部の雰囲気を厳密に制御するために、インキュベーター内部に設置したCO濃度センサー等に基づいて、雰囲気調整手段の動作を自動制御することが好ましい。
【0023】
インキュベーター内部の室温、湿度及び雰囲気の自動制御は、細胞株や試薬等の種類応じて予め決定しておいた最適条件に基づいて入力したプログラムにより行うことが好ましい。このようにすることにより、セミインタクト細胞調製の再現性がより向上する。
【0024】
本発明のセミインタクト細胞調製装置と共に用いる培養容器は、細胞をその中に保持して、細胞培養、セミインタクト細胞への変換やその後のアッセイを可能にすることができるものであればよく、材質、形状等に特に限定はない。
本発明においては、培養容器として、1つのプレートに複数(例えば、12個、48個等)のウェルを有するウェル型アレイスライドを用いるのが、セミインタクト細胞の調製やアッセイの効率等の観点から好ましい。その場合、全ウェルで同じ種類のセミインタクト細胞を調製したり、同様のアッセイを実施してもよいし、ウェル毎(例えば、列毎)に異なる種類のセミインタクト細胞を調製したり、異なるアッセイを実施してもよい。
また、培養容器の内容積(ウェル型アレイスライドの場合は各ウェルの内容積)は、特に限定はなく、例えば、1〜50μl程度であることが好ましい。
【0025】
以下、本発明のセミインタクト細胞調製装置の構成について詳しく説明する。
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、培養容器をインキュベーターに出し入れするための搬送手段を有する。
この搬送手段は、予め決定しておいた最適条件に基づいて入力したプログラムに従って、培養容器を所望のインキュベーターに出し入れする。プログラムで自動制御することにより、培養時間、結合時間、穿孔時間の管理を厳密にし、セミインタクト細胞の調製の再現性を向上させると共に、細胞培養、セミインタクト細胞の調製、さらには、セミインタクト細胞調製後のアッセイを無人で管理することが可能となる。
【0026】
搬送手段は、予め決定しておいた最適条件に基づいて入力したプログラムに従って、培養容器を所望のインキュベーターに出し入れできるものであればよいが、本発明においては、インキュベーター外部の培養容器待機場所とインキュベーター内部の培養容器設置場所との間を接続するように設けられた搬送レーンと、搬送レーンに沿って移動可能な搬送ステージとからなるものであることが好ましい。
【0027】
本発明のセミインタクト細胞調製装置においては、分注手段を有することが好ましい。分注手段は、細胞、細胞培養のための培養液、セミインタクト細胞調製のための穿孔物質溶液や緩衝液、さらには、セミインタクト細胞調製後のアッセイに用いるライブラリー溶液等を、培養容器の中に分注するために用いられる。
分注手段は、予め用意した細胞や注入液を、培養容器の中に所定の条件に従って分注できるものであれば特に限定はない。特に、液分注時に、培養容器内の細胞を剥離しないことが重要である。
【0028】
本発明において、分注手段としては、例えば、ノズルタイプのものを使用することができる。具体的には、液体の吸引及び吐出を行うノズルを備えた分注ヘッドと、ノズルの先端部に着脱自在に装着された分注チップとからなるノズルタイプ分注手段を利用することが好ましい。
【0029】
ノズルタイプ分注手段を用いて分注を行う場合、液吐出時に細胞を剥離することがないよう、液体を培養容器側壁に向かって吐出し、液体を培養容器の側壁を伝って細胞に撒くことが好ましい。また、液吐出時の細胞を剥離を防ぐために、液吐出時に分注チップの先端が細胞の上端面より約1.5〜2mm程度上方に位置するように、分注手段の位置を調整することが好ましい。
【0030】
培養容器として、複数のウェルを有するウェル型アレイスライドを使用する場合、分注手段をウェルの全個数分用意し、全ウェルに同時に注入液を分注するようにしてもよいし、例えば、分注手段をウェル型アレイスライド一列分又は数列分用意し、列毎に注入液を分注するようにしてもよい。もっとも、注入条件の画一的な管理や、調製されるセミインタクト細胞のウェル毎のばらつきの低減という観点からは、全ウェルに同時に分注するようにすることが好ましい。
【0031】
セミインタクト細胞の調製において、細胞や穿孔物質溶液、緩衝液等の注入条件(例えば、分注手段の位置(分注チップの先端と細胞の上端面との間の距離)、注入量、注入のタイミング(注入開始時間)、注入速度(μl/秒)等)が、調製品の品質に及ぼす影響も大きく、均質なセミインタクト細胞を再現性よく調製するためには、注入条件もまた高い精度で管理した方がよい。
そのため、調製するセミインタクト細胞の種類、使用する穿孔物質の種類、穿孔物質溶液・緩衝液の濃度等に応じて最適な注入条件を予め決定しておき、決定した条件に基づいて入力したプログラムにより、分注手段の動作を自動制御することが好ましい。プログラムで自動制御することにより、細胞培養、セミインタクト細胞の調製、さらには、セミインタクト細胞調製後のアッセイを無人で管理することが可能となる。
【0032】
本発明のセミインタクト細胞調製装置には液排出手段を設けることが好ましい。液排出手段は、細胞培養、セミインタクト細胞調製、さらにはその後のアッセイにおいて、不要となった培養容器の中の培養液、穿孔物質溶液、緩衝液及び試薬等を外部に排出するために用いられる。
液排出手段は、培養容器の中から、排出すべき液体を所定の条件に従って排出できるものであれば特に限定はない。特に、液排出時に、容器内の細胞を剥離したり、さらには細胞を排出したりしないことが重要である。
【0033】
本発明においては、液排出手段として、例えば、前述のノズルタイプ分注手段を用いることができる。ノズルタイプ分注手段を用いて液排出を行う場合、液排出時(液吸引時)に細胞を剥離したり吸い出したりすることがないように、液体を培養容器側壁付近で吸引することが好ましい。また、液吸引時に分注チップの先端が細胞の上端面とほぼ同じ高さに位置するように、分注チップの位置を調整することも好ましい。
【0034】
穿孔物質溶液等の排出条件、例えば、液排出手段の位置(分注チップの先端と細胞の上端面との間の距離)、排出のタイミング(排出開始時間)、排出(吸引)速度(μl/秒)等もまた、調製するセミインタクト細胞の品質に大きな影響を及ぼす。そのため、調製するセミインタクト細胞の種類・用途や穿孔物質の種類、穿孔物質溶液の濃度等に応じて予め決定した排出条件に正確に従って排出できるよう、液排出手段の動作は、決定した条件に基づいて入力したプログラムにより自動制御することが好ましい。
【0035】
液排出手段は、1個を複数種類の排出液に兼用してもよいし、排出液の種類に応じて複数個用意してもよい。
また、培養容器として、複数のウェルを有するウェル型アレイスライドを使用する場合、液排出手段をウェルの全個数分用意し、全ウェルから同時に排出するようにしてもよいし、例えば、液排出手段をウェル型アレイスライド一列分又は数列分用意し、列毎に排出するようにしてもよい。もっとも、排出条件の画一的な管理や、調製されるセミインタクト細胞のウェル毎のばらつきの低減という観点からは、全ウェルから同時に排出するようにすることが好ましい。
【0036】
分注手段と液排出手段は、別々のものを用意してもよいが、使い捨ての分注チップを備えたノズルタイプ分注手段を液排出手段に兼用してもよい。
【0037】
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、また、培養容器の液面を測定する液面測定手段を、培養用のインキュベーター内部又は外部に有していることが好ましい。
インキュベーター内で細胞を長時間培養すると、培養液が蒸発し、最適な培養条件が維持できないという問題が生じる。そこで、最適な培養条件を維持するために、定期的に培養容器の液面を測定する液面測定手段を設置し、その測定結果のフィードバックを受けて、培養容器の液面が予め設定しておいた液面から一定以上下がった場合に分注手段を作動させて、培養液を分注するように、分注手段を自動制御することが好ましい。
【0038】
このような液面測定手段としては、細胞の培養に影響のない非接触方式のもの、例えば、レーザー式変位センサー、が好ましい。なお、レーザー式変位センサーとは、半導体レーザー等の発光素子と光位置検出素子とから構成される、対象物の位置の変位を測定するセンサーであり、発光素子から測定対象物に光を照射し、対象物からの拡散反射光の位置を光位置検出素子で検出することにより、対象物の変位量を測定する。
【0039】
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、また、培養容器自体を直接加熱するための加熱手段を有していることが好ましい。
従来、細胞培養において、細胞の温度の調整(加熱)は、細胞の入った培養容器を所望の室温に設定されたインキュベーター入れ、インキュベーター内の雰囲気により(エアジャケット方式により)加熱した培養容器の熱を細胞に伝えることにより行われている。しかし、このような方法では、細胞の加熱に時間がかかる上、細胞の加熱条件の厳密な管理が困難で、さらに、培養容器として複数のウェルを有するウェル型アレイスライド等を使用する場合には、ウェルの位置により温度ムラが生じ、例えば、外縁のウェル内の細胞は温度が高く培養が進むが、内側のウェル内の細胞は温度が低く培養が遅くなるといった不均一がアレイスライド内で発生する。このような温度ムラは、とりわけ、均質なセミインタクト細胞の調製に致命的な影響を及ぼす。
そこで、温度ムラを防いで、細胞を再現性よく、高い効率で加熱するために、本発明においては、培養容器自体を加熱することを目的とした加熱手段を設け、これにより培養容器を加熱し、その熱を細胞に伝えて、細胞を加熱することが好ましい。
【0040】
温度ムラの防止の観点から、このような加熱手段としては、面状加熱装置が好ましく、これにより、培養容器の底面全体を加熱することが好ましい。特に、一般にPTC面状発熱体として知られる、自己温度制御機能を有する面状発熱体を用いることが好ましい。
また、自己温度制御機能のない加熱手段を用いる場合には、加熱手段の動作を、温度センサー等に基づいて自動制御することも好ましい。
【0041】
加熱手段は、インキュベータ内部の培養容器を設置する場所、例えば、床面、に設けてもよいし、培養容器を搬送するための搬送手段、例えば、搬送ステージ、に設けてもよい。
培養容器を搬送するための搬送手段に加熱手段を設けておくと、培養容器をインキュベーターに運び入れるまでに細胞の温度を所望の値まで昇温しておくことや、液面測定手段からのフィードバックを受けて培養液を追加注入するために培養容器をいったんインキュベーターの外に出さなくてはならないような場合でも、細胞の温度をインキュベータ内の温度と同じ温度に維持することが可能となる。
【0042】
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、また、分注手段、特に分注チップの静電気を除去するための静電気除去手段を有していることが好ましい。
細胞の培養、セミインタクト細胞の調製、及び、これを用いたアッセイにおいて、培養容器に分注する液の量は約0.5〜50μl程度と微量である。このような微量の液体を培養容器に分注する際、分注手段が静電気に帯電していると、分注手段から注入液を吐出することができなかったり、注入液が容器の壁面等付着してしまい、容器内に正しく分注できないという問題が生じる。
そこで、注入液を容器内に精度よく分注するために、本発明においては、分注手段の静電気を除去する静電気除去手段を設けることが好ましい。
【0043】
このような静電気除去手段として、特に、コロナ放電式イオナイザーを用いると、コロナ放電時に発生するオゾンにより、静電気除去と装置内の滅菌も行えるため好ましい。
オゾンによる滅菌を行うことにより、セミインタクト細胞の調製やその後のアッセイの再現性は通常予想される以上に高まる。
【0044】
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、また、調製したセミインタクト細胞の形態や、その後のアッセイを観察するための観察手段や観察測定手段を有していてもよい。観察手段は、セミインタクト細胞の形態を観察できるものであれば、特に限定はなく、各ウェル毎の観察ができるものであることが好ましい。
このような観察手段としては、例えば、蛍光顕微鏡等の光学顕微鏡が挙げられる。
【0045】
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、クリーン室の中に、インキュベーター、搬送手段、必要に応じて、分注手段、液排出手段、液面測定装置、加熱手段、静電気除去手段及び観察手段等を備えるようにしたものであってもよい。
その場合、クリーン室の内部の空気の雑菌をヘパフィルター等により除去し、セミインタクト細胞調製装置の中で、セミインタクト細胞の調製から、これを用いたアッセイまでを連続して行うことができるようにすることが好ましい。
【0046】
本発明のセミインタクト細胞調製装置について、図面を参照して説明する。
図1は、本発明のセミインタクト細胞調製装置の一例を上方からみた概略図である。
本発明の一例であるセミインタクト細胞調製装置100は、空気中の清浄度が予め決定しておいた所望の値となるように管理されたクリーン室1の中に設置され、搬送手段2と分注手段3を備えている。そして、クリーン室1の内部には、12ウェルのウェル型プレートである培養容器4、インキュベーター5−1〜5−3、及び、試薬槽6−1〜6−9が設置される。 搬送手段2は、搬送レーン2−1と搬送ステージ2−2からなり、所定のタイミングで、搬送ステージ2−2に載置した培養容器4をインキュベータ5−1〜5−3のいずれかに搬入、又は、いずれかから搬出するよう、プログラムにより自動制御されている。また、搬送ステージ2−2の温度は、プログラムにより自動調整され、これにより細胞の温度を厳密に管理している。 また、分注手段3は、分注ヘッド3−1とこれに着脱自在の使い捨て分注チップ3−2からなる。分注ヘッド3−1は、クリーン室1内を上下縦横に自在に移動させることができ、所定のタイミングで、チップ装着ステージ3−3に移動して分注チップ3−2を装着し、培養容器4の各ウェルに、試薬槽6−1〜6−9から試薬等を所定量、所定速度で分注したり、又は、各ウェルから、試薬等を排出するよう、プログラムにより自動制御されている。
さらに、試薬槽6−1〜6−9は、セミインタクト細胞調製やその後のアッセイに使用する細胞懸濁液、培養液、ライブラリー化合物溶液等を保持しており、温度調整手段(図示しない)により、各々所望の温度に調整されている。
【0047】
なお、試薬槽のうち、細胞懸濁液を保持する試薬槽6−1は、細胞が沈降せず、培養液中に均一に分散するように、攪拌手段(図示せず)で分注時以外は常時攪拌されていることが好ましい。本発明者らの研究によれば、調製する細胞の数の管理もまた、均質なセミインタクト細胞を再現性よく調製するために必要な条件の一つであることが判明しているが、調製する細胞の数を厳密に管理するためには、細胞懸濁液の濃度が常に均一に保たれている必要がある。
攪拌手段は、培養液中に細胞を均一に分散させながらも、細胞を破壊しないものである必要があり、このような観点から、図3に示すような櫛形状のものが好ましい。
【0048】
次に、本発明のセミインタクト細胞調製装置100を用いたセミインタクト細胞の調製方法について説明する。
【0049】
(細胞培養)
培養容器4の各ウェルに、分注手段3を用いて、試薬槽6−1、6−2から、それぞれ、細胞懸濁液、培養液を所定量分注し、次いで、培養容器4を搬送手段2により、室温を37℃に保ったCOインキュベーター5−1に運び入れ、細胞培養を開始する。細胞培養中は、必要に応じて、搬送手段2により、培養容器4をCOインキュベーター5−1から運び出し、各ウェルから分注手段3を用いて、培養液を交換(排出・分注)する。
所定時間(約24〜72時間)経過後、搬送手段2により、培養容器4をCOインキュベーター5−1から運び出し、各ウェルから分注手段3を用いて、培養液を交換(排出・分注)して細胞培養を終了させる。
その後、培養容器4の各ウェルから培養液を排出し、分注手段3試薬槽6−5からリン酸塩緩衝液(PBS溶液)(4℃)を各ウェルに分注・排出して、細胞を洗浄する。
【0050】
(SLOの結合)
続いて、試薬槽6−6から所定の濃度に調整しておいたSLO溶液を所定量、所定速度で分注し、次いで、培養容器4を搬送手段2により、室温を4℃に保った低温インキュベーター5−2に運び入れ、細胞の形質膜へのSLOの結合を開始させる。
所定時間経過後、搬送手段2により、培養容器4を低温インキュベーター5−2から運び出し、各ウェルからSLO溶液を排出して、SLOの結合を終了させる。
その後、分注手段3を用いて試薬槽6−5からPBS溶液(4℃)を各ウェルに分注・排出するという洗浄作業を数繰り返し、SLOが形質膜の一部分に結合した細胞を得る。
【0051】
(結合安定化)
続いて、各ウェルにPBS溶液(4℃)を分注し、次いで、培養容器4を搬送手段2により、室温を4℃に保った低温インキュベーター5−2に運び入れ、結合を安定化させる。
所定時間経過後、搬送手段2により、培養容器4を低温インキュベーター5−2から運び出し、各ウェルからPBS溶液(4℃)を排出して、結合安定化を終了させる。
【0052】
(穿孔)
続いて、培養容器4の各ウェルに、分注手段3を用いて、試薬槽6−8からTB溶液(トランスポート緩衝液)(32℃)を分注し、培養容器4を搬送手段2により室温を32℃に保った高温インキュベーター5−3に運び入れ、細胞の形質膜の穿孔を開始する。
所定時間経過後、搬送手段2により、培養容器4を高温インキュベーター5−3から運び出すと共に、各ウェルから分注手段3によりTB溶液(32℃)を排出し、次いで、分注手段3により試薬槽6−7からTB溶液(4℃)を各ウェルに分注・排出するという洗浄作業を数回繰り返した後、各ウェルに試薬槽6−7からTB溶液(4℃)を分注して穿孔を終了させ、形質膜の一部分が透過性を有するセミインタクト細胞を得る。
【0053】
(反応細胞質溶液導入)
続いて、培養容器4を搬送手段2により、室温を4℃に保った低温インキュベーター5−2に運び入れ一定時間保持してセミインタクト細胞から内部の細胞質を拡散させた後、各ウェルから分注手段3によりTB溶液(4℃)を排出する。
次いで、分注手段3を用いて試薬槽6−9から反応細胞質溶液を分注し、内部に反応細胞質溶液を導入したセミインタクト細胞を得る。
【0054】
その後、培養容器4の各ウェルに、分注手段3を用いて試薬槽6−3、4からアッセイ用の試薬を分注し、セミインタクト細胞調製装置100内でアッセイを行ったり、得られたサンプルを顕微鏡を用いた観察を行うこともできる。
【0055】
図2に本発明のセミインタクト細胞調製装置を利用した、セミインタクト細胞の調製の流れ図を示す。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明のセミインタクト細胞調製装置は、搬送手段やその他の手段を制御するためのプログラムを、細胞株毎に適宜追加・拡張することにより、様々な細胞株のセミインタクト細胞化やそれを用いたアッセイに利用することができる。
また、装置内の各手段を、すべて、予め入力したプログラムにより自動制御するようにしておけば、細胞の培養からアッセイまでを完全に無人で行うセミンタクト細胞調製・アッセイ自動化装置とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明のセミインタクト細胞調製装置の具体例の概略図である。
【図2】本発明のセミインタクト細胞調製装置を利用したセミインタクト細胞の調製の流れ図である。
【図3】本発明のセミインタクト細胞調製装置と組み合せて好ましく用いることのできる試薬槽用の攪拌手段の具体例の概略図である。
【符号の説明】
【0058】
1 クリーン室
2 搬送手段
3 分注手段
4 培養容器
5 インキュベーター
6 各種試薬槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セミインタクト細胞を調製するための装置であって、
培養容器をインキュベーターに出し入れするための搬送手段を有し、
搬送手段の動作を予め入力したプログラムにより制御する、装置。
【請求項2】
前記培養容器の中に液体を分注するための分注手段をさらに有する、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記培養容器の中から液体を排出するための液排出手段をさらに有する、請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
前記分注手段の静電気を除去する静電気除去手段をさらに有する、請求項1〜3いずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
前記培養容器の液面を測定する液面測定手段をさらに有する、請求項1〜4いずれか1項に記載の装置。
【請求項6】
前記培養容器を加熱するための加熱手段をさらに有する、請求項1〜5いずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
装置内の各手段の動作を予め入力したプログラムにより制御する、請求項2〜6いずれか1項に記載の装置。
【請求項8】
前記培養容器の内容物を観察するための観察手段をさらに有する、請求項1〜7いずれか1項に記載の装置。
【請求項9】
前記培養容器が、ウェル型アレイスライドである、請求項1〜8いずれか1項に記載の装置。
【請求項10】
請求項1〜9いずれか1項に記載の装置を用いる、セミインタクト細胞の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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