説明

セラミックス膜形成用組成物の製造方法、圧電セラミックス膜及びアルカリ土類金属錯体の製造方法

【課題】危険有害性の高い材料を用いることなく、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物を容易に製造することができるセラミックス膜形成用組成物の製造方法、圧電セラミックス膜及びアルカリ土類金属錯体の製造方法を提供する。
【解決手段】アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製する工程と、前記混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱して、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含む錯体溶液を得る工程と、を具備し、前記錯体溶液を含むセラミックス膜形成用組成物を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス膜を作製するためのセラミックス膜形成用組成物の製造方法、圧電セラミックス膜及びアルカリ土類金属錯体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックス膜、ガラス、金属皮膜等を形成するための原料としては、金属錯体が用いられている。例えば、セラミックス膜形成用組成物等に好適に用いられる金属錯体として、2−エチルヘキサン酸を配位子とする金属錯体が挙げられる。セラミックス膜は、かかる金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物を被対象物上に塗布した後、これを乾燥して焼成させることにより形成される。
【0003】
この2−エチルヘキサン酸を配位子とする金属錯体の製造方法としては、酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、溶媒とを混合し、蒸発皿で温める方法が公知となっている(非特許文献1参照)。この方法では、2−エチルヘキサン酸クロムや2−エチルヘキサン酸銅を容易に製造することができる。
【0004】
一方、酢酸バリウム等の酢酸塩を原料とし、2−メトキシエタノール等の有機溶媒中で混合して、(Ba,Sr)TiO系のセラミックス膜を形成する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Mat. Res. Soc. Symp. Proc. Vol. 60. 1986 Materials Research Society p.35-42
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−280441号公報
【0007】
しかしながら、非特許文献1では、他の金属を用いた場合について開示されておらず、金属の種類によっては金属の酢酸塩が2−エチルヘキサン酸に溶解し難く、均一系溶液とはならず、非特許文献1の方法は適用することができないという問題があった。また、特許文献1に記載の方法では、危険有害性の高い2−メトキシエタノールを使用しており、環境汚染の問題や作業者の健康への影響が懸念されていた。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑み、危険有害性の高い材料を用いることなく、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物を容易に製造することができるセラミックス膜形成用組成物の製造方法、圧電セラミックス膜及びアルカリ土類金属錯体の製造方法を提供することを目的とする。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明の態様は、アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製する工程と、前記混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱して、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含む錯体溶液を得る工程と、を具備し、前記錯体溶液を含むセラミックス膜形成用組成物を得ることを特徴とするセラミックス膜形成用組成物の製造方法にある。
かかる態様では、危険有害性の高い材料を用いることなく、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物を容易に製造することができる。
【0010】
本発明の好適な実施態様としては、前記酢酸塩が、酢酸バリウム、酢酸ストロンチウム、酢酸カルシウムからなる群から選択される少なくとも1つのものが挙げられる。
【0011】
また、前記温度が2−エチルヘキサン酸の沸点未満であるのが好ましい。これによれば、アルカリ土類金属の酢酸塩を含むセラミックス膜形成用組成物をより容易に製造することができる。
【0012】
前記混合溶液には、さらに、酢酸を添加するのが好ましい。これによれば、アルカリ土類金属の酢酸塩を溶解させることができ、より効率よく2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物を製造することができる。
【0013】
本発明の好適な実施態様としては、前記混合溶液は、さらに、酢酸鉄、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸セリウム、酢酸ランタン、酢酸コバルト、酢酸マンガン、及び酢酸クロムからなる群から選択される少なくとも1つの第2酢酸塩を含み、前記錯体溶液は、さらに、前記2−エチルヘキサン酸と前記第2酢酸塩が反応して得られる2−エチルヘキサン酸を配位子とする第2金属錯体を含むものが挙げられる。これによれば、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体と同時に2−エチルヘキサン酸を配位子とする第2金属錯体を生成することができ、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体及び2−エチルヘキサン酸を配位子とする第2金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物をより容易に製造することができる。
【0014】
前記錯体溶液に液体アルカンを添加する工程をさらに具備するのが好ましい。これによれば、基板への塗布性が良好なセラミックス膜形成用組成物とすることができる。
【0015】
本発明の好適な実施態様としては、前記錯体溶液に、さらに、鉄、チタン、リチウム、ナトリウム、カリウム、セリウム、ランタン、コバルト、マンガン、及びクロムからなる群から選択される少なくとも1つの金属を含む金属錯体を添加する工程をさらに具備するものが挙げられる。これによれば、アルカリ土類金属と、前記金属とを含むセラミックス膜を容易に形成することができるセラミックス膜形成用組成物を製造することができる。
【0016】
本発明の他の態様は、上記セラミックス膜形成用組成物の製造方法により製造されたセラミックス膜形成用組成物を塗布し、焼成することにより形成されるものであり、チタン酸バリウム系、チタン酸ストロンチウム系、又はチタン酸カルシウム系のペロブスカイト構造の複合酸化物からなることを特徴とする圧電セラミックス膜にある。
かかる態様によれば、危険有害性の高い材料を用いことなく、圧電セラミックス膜を製造することができる。
【0017】
本発明の他の態様は、アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製する工程と、前記混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱して、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を得ることを特徴とするアルカリ土類金属錯体の製造方法にある。
かかる態様では、危険有害性の高い材料を用いることなく、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1のH−NMRスペクトルを示すグラフである。
【図2】実施例3のXRD測定結果を示すグラフである。
【図3】実施例4のXRD測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のセラミックス膜形成用組成物の製造方法は、アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製する工程と、混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱して、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含む錯体溶液を得る工程と、を具備し、錯体溶液を含むセラミックス膜形成用組成物を得るものである。
【0020】
具体的には、まず、アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む不均一系の混合溶液を調製する(混合溶液調製工程)。アルカリ土類金属の酢酸塩としては、例えば、酢酸バリウム、酢酸ストロンチウム、酢酸カルシウムが挙げられ、これらは2種以上配合するようにしてもよい。この混合溶液は、詳しくは後述するが、アルカリ土類金属の酢酸塩が2−エチルヘキサン酸にほとんど溶解しないため、不均一系混合溶液となっている。
【0021】
混合溶液調製工程では、酢酸を添加して、混合溶液が酢酸を含有するようにするのが好ましい。アルカリ土類金属の酢酸塩は、2−エチルヘキサン酸にはほとんど溶解しないが、酢酸には比較的溶けやすいためである。酢酸を添加することにより、アルカリ土類金属の酢酸塩は酢酸に溶解し、均一系混合溶液となる。これにより、後述する加熱工程において、反応をより効率よく進行させることができる。
【0022】
また、混合溶液調製工程では、アルカリ土類金属の酢酸塩と2−エチルヘキサン酸とに加えて、さらに、他の金属の酢酸塩(第2酢酸塩)を添加して、混合溶液が第2酢酸塩を含有するようにしてもよい。第2酢酸塩は、2−エチルヘキサン酸に対する溶解度が高いものであっても溶解度が低いものであってもよく、溶解度がアルカリ土類金属の酢酸塩よりも低いものであってもよい。第2酢酸塩としては、酢酸鉄、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸セリウム、酢酸ランタン、酢酸コバルト、酢酸マンガン、酢酸クロム等が挙げられ、これらを2種類以上含有するようにしてもよい。なお、混合溶液が、アルコール、酢酸以外の酸等の溶媒を含有するようにしてもよいが、特に溶媒を添加する必要はない。
【0023】
次に、混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱する(加熱工程)。これにより、配位子置換反応が進行し、2−エチルヘキサン酸を配位子としたアルカリ土類金属錯体を含む錯体溶液を得ることができる。1気圧下の酢酸の沸点は118℃であるため、1気圧下の場合は118℃以上に加熱すればよい。この加熱温度は、2−エチルヘキサン酸の沸点未満であるのが好ましく、2−エチルヘキサン酸の沸点は227℃であるため、1気圧下の場合は118℃以上227℃未満に加熱するのが好ましく、特に好ましくは150〜200℃である。118℃以上227℃未満に加熱することにより、酢酸を選択的に揮発させることができる。また、150〜200℃に加熱することにより、後述する酢酸の揮発をより促進させることができ、酢酸と2−エチルヘキサン酸の配位子置換反応を速やかに進行させることができる。なお、本実施形態では、混合溶液を1気圧下で200℃に加熱した。
【0024】
ここで、アルカリ土類金属の酢酸塩と2−エチルヘキサン酸との反応について、以下詳細に説明する。なお、アルカリ土類金属の酢酸塩として、酢酸バリウム(Ba(OOCCH)を例に挙げて説明する。
【0025】
酢酸バリウム(Ba(OOCCH)と2−エチルヘキサン酸(CH(CHCH(C)COOH)との反応が平衡反応である場合は、下記の2つの平衡が存在することになる。
【0026】
[化1]

【0027】
したがって、上述した平衡は、下記式のような平衡反応とみなすことができる。
【0028】
[化2]

【0029】
しかしながら、酢酸バリウムと2−エチルヘキサン酸とを混合した場合、酢酸バリウムは、2−エチルヘキサン酸への溶解度が低く溶解し難い。すなわち、本実施形態で用いる混合溶液は、不均一系の混合溶液となっている。このような不均一系の混合溶液は、通常の加熱温度、例えば、40〜80℃程度に混合溶液を昇温させても、配位子置換反応はほとんど進行しない。なお、酢酸バリウムは、酢酸には溶解しやすいが、酢酸に溶解した場合においても、通常の加熱温度では配位子置換反応はほとんど進行しない。なお、ここでは酢酸バリウムを例に挙げて説明するが、他のアルカリ土類金属の酢酸塩も2−エチルヘキサン酸への溶解度が低く、酢酸バリウムと同様の問題がある。
【0030】
本発明では、加熱工程において、混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱することにより、酢酸バリウムと2−エチルヘキサン酸との反応により生成した酢酸が揮発して非平衡状態となり、酢酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体と2−エチルヘキサン酸との配位子置換反応が促進される。これにより、下記に示すように、2−エチルヘキサン酸バリウム等の2−エチルヘキサン酸を配位子としたアルカリ土類金属錯体が生成する。なお、加熱温度を酢酸の沸点以上2−エチルヘキサン酸の沸点未満とした場合は、酢酸を選択的に揮発させることができる。
【0031】
[化3]

【0032】
上述したように、本実施形態の加熱工程では、混合溶液を高温に加熱することにより、生成する酢酸を除去して反応を進行させる、すなわち、酢酸を除去することにより、(Ba(OOC(C)CH(CHCH)生成側へ反応を進行させている。なお、この配位子置換反応は、酢酸を除去していることで不可逆反応である。
【0033】
また、混合溶液がアルカリ土類金属以外の他の金属の酢酸塩(M(OOCCH)を含有する場合は、加熱工程において、他の金属でも同様の反応が進行して、2−エチルヘキサン酸を配位子とした第2金属錯体(M(OOC(C)CH(CHCH)が形成される。
【0034】
[化4]

【0035】
上述した式は、金属(M)の価数が変化しない理想状態を示す式であるが、金属(M)によっては、酸化等により一部の価数が変化することがある。すなわち、価数が変化していない錯体と、酸化等により価数が変化した錯体とが同時に形成される場合がある。しかしながら、価数が変化した錯体が形成される場合の理想状態からのズレは無視できる程度である。いずれにしても、酢酸の揮発による非平衡反応で2−エチルヘキサン酸を配位子とした第2金属錯体が生成される。
【0036】
加熱温度を酢酸の沸点以上2−エチルヘキサン酸の沸点未満とした場合、加熱工程では、実際には2−エチルヘキサン酸の揮発も起こるが、酢酸の揮発量と比較して非常に少ない。このため、混合溶液調製工程において、混合溶液が2−エチルヘキサン酸を十分量(具体的には、配位子として必要な量及び揮発量を考慮した量)含むように調製したり、加熱工程において2−エチルヘキサン酸の不足分を系中に添加したりすることにより、特に問題とはならない。
【0037】
ここで、混合溶液は、2−エチルヘキサン酸の含有量がアルカリ土類金属の酢酸塩との反応に必要な量以上、すなわち、2−エチルヘキサン酸の含有量がアルカリ土類金属の酢酸塩の2等量以上となるようにすればよい。2−エチルヘキサン酸の含有量がアルカリ土類金属の酢酸塩の2等量以上であれば、上限は特に限定されず、過剰に2−エチルヘキサン酸を含むようにしてもよい。混合溶液が過剰に2−エチルヘキサン酸を含む場合は、加熱工程において、2−エチルヘキサン酸の沸点以上の温度で加熱することにより、酢酸及び過剰な2−エチルヘキサン酸の一部もしくは全部を揮発させて、所定の金属モル濃度(0.1〜1.0molL−1)となるようにすればよい。なお、混合溶液が第2酢酸塩を含む場合は、2−エチルヘキサン酸の含有量は、アルカリ土類金属の酢酸塩と反応する2−エチルヘキサン酸の量と、第2酢酸塩と反応する2−エチルヘキサン酸の量と、を考慮して、適宜調整すればよい。
【0038】
上述した加熱工程により得られる錯体溶液は、2−エチルヘキサン酸を配位子としたアルカリ土類金属錯体を含むものとなる。なお、混合溶液が第2酢酸塩を含んでいた場合は、錯体溶液は、アルカリ土類金属錯体と、2−エチルヘキサン酸を配位子とした第2金属錯体と、を含むものとなる。すなわち、加熱工程において、アルカリ土類金属錯体と、2−エチルヘキサン酸を配位子とした第2金属錯体と、が得られる。
【0039】
本発明にかかるセラミックス膜形成用組成物は、2−エチルヘキサン酸を配位子としたアルカリ土類金属錯体を含む錯体溶液を含むものであり、必要に応じて、他の金属錯体を添加したものであってもよい。言い換えれば、本発明にかかるセラミックス膜形成用組成物は、2−エチルヘキサン酸を配位子としたアルカリ土類金属錯体を含むものであればよく、セラミックス膜を構成する金属の一部のみを含んだものであってもよく、セラミックス膜を構成する金属すべてを含んだものであってもよい。
【0040】
セラミックス膜を構成する金属をすべて含むセラミックス膜形成用組成物は、セラミックス膜を構成する金属が所望のモル比となっているのが好ましい。セラミックス膜を構成する金属をすべて含むセラミックス膜形成用組成物としては、本発明にかかる錯体溶液のみからなるものと、本発明にかかる錯体溶液に他の錯体溶液を添加したものとが挙げられる。
【0041】
セラミックス膜形成用組成物が本発明にかかる錯体溶液のみからなり且つセラミックス膜を構成する金属をすべて含む場合とは、混合溶液がセラミックス膜を構成する金属の酢酸塩(第2酢酸塩)を含むことにより、錯体溶液が2−エチルヘキサン酸を配位子としたアルカリ土類金属錯体と、2−エチルヘキサン酸を配位子とした第2金属錯体(場合によっては、2種以上の第2金属錯体)とを含むことで、セラミックス膜を構成する金属をすべて含んだものとなっている。
【0042】
また、本発明にかかる錯体溶液に添加する他の錯体溶液としては、セラミックス膜を構成する金属を含む金属錯体に溶媒を添加したものが挙げられる。セラミックス膜を構成する金属としては、鉄、チタン、リチウム、ナトリウム、カリウム、セリウム、ランタン、コバルト、マンガン、クロム等が挙げられる。金属錯体としては、例えば、セラミックス膜を構成する金属のメトキシド、エトキシド、プロポキシド、若しくはブトキシド等のアルコキシド、有機酸塩、又はβジケトン錯体等が挙げられる。また、溶媒は、特に限定されるものではないが、有機酸、アルコール等の有機溶媒が挙げられる。例えば、チタン酸バリウムの薄膜を形成するためのチタン酸バリウム膜形成用組成物の場合には、他の錯体溶液として、チタン酸バリウムを構成する金属、すなわち、チタンのアルコキシド等を含むものが用いられる。
【0043】
セラミックス膜を構成する金属の一部のみを含んだセラミックス膜形成用組成物としては、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体のみを含む錯体溶液からなるもの、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体と第2金属錯体とを含む錯体溶液からなるもの、本発明にかかる錯体溶液に他の金属溶液を添加したものが挙げられる。セラミックス膜を構成する金属の一部のみを含んだセラミックス膜形成用組成物を用いてセラミックス膜を形成する場合は、セラミックス膜を形成する前に所定の錯体溶液を添加して、セラミックス膜を構成する金属が所望のモル比となるようにすればよい。
【0044】
また、セラミックス膜形成用組成物は、必要に応じて、溶媒等を添加したものであってもよい。
【0045】
セラミックス膜形成用組成物は、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体におけるアルカリ土類金属の物質量をα、2−エチルヘキサン酸の物質量をβとしたときに1≦β/α≦12を満たすのが好ましく、1≦β/α≦6を満たすのがさらに好ましい。これによれば、セラミックス膜形成用組成物の粘度を比較的低く維持しつつ、化学的に安定したものとすることができる。なお、錯体溶液が第2金属錯体を含む場合は、セラミックス膜形成用組成物は、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体におけるアルカリ土類金属の物質量をα、第2金属錯体に含まれる金属の総物質量をα、2−エチルヘキサン酸の物質量をβとしたときに1≦β/(α+α)≦12を満たすのが好ましく、1≦β/(α+α)≦6を満たすのがさらに好ましい。セラミックス膜形成用組成物の金属の物質量が上述した値となるように、混合溶液調製工程において2−エチルヘキサン酸の添加量を調整してもよいが、得られた錯体溶液に2−エチルヘキサン酸を添加して所定の物質量となるようにしてもよい。
【0046】
また、セラミックス膜形成用組成物は、液体アルカンを含有していてもよい。すなわち、得られた錯体溶液に、溶媒として液体アルカンを添加してもよい(液体アルカン添加工程)。ここでいう液体アルカンとは、常温・常圧において液状のアルカンを指し、具体的には、炭素数が1〜17のアルカンを指す。液体アルカンとしては、n−オクタンを用いるのが好ましい。液体アルカンを添加することにより、セラミックス膜形成用組成物の粘度を調整して、基板への塗布性が良好なセラミックス膜形成用組成物となる。2−エチルヘキサン酸の粘性率は7.73 cP(20℃)であり、セラミックス膜形成用組成物の溶媒としてしばしば利用される2−メトキシエタノールの粘性率1.72cP(20℃)と比較して非常に大きい。2−エチルヘキサン酸の含有量が多い場合、セラミックス膜形成用組成物の粘度が高くなり、基板への塗布性が低下する虞があるが、粘性率が低い液体アルカン、例えば、n−オクタン(粘性率0.55cP(20℃))を添加することにより、セラミックス膜形成用組成物の粘度を低下させて所望の値とすることができる。このように、液体アルカンを添加することにより、セラミックス膜形成用組成物の粘度を調整して、基板への塗布性が良好なセラミックス膜形成用組成物となる。
【0047】
セラミックス膜形成用組成物は、さらに他の溶媒を含有していてもよいが危険有害性の高いものは含有しないのが好ましい。
【0048】
上述したように、アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製し、混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱することにより、危険有害性の高い材料、例えば、トルエンや2−メトキシエタノールを用いることなく、不均一系混合溶液の反応を進行させて、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含むセラミックス膜形成用組成物を容易に製造することができる。
【0049】
さらに、本実施形態では、液体アルカンを添加してセラミックス膜形成用組成物としている。これにより、2−メトキシエタノールやトルエン等の危険有害性の高い溶媒を含まず、基板への塗布性が良好なセラミックス膜形成用組成物とすることができる。
【0050】
なお、本発明のセラミックス膜形成用組成物を用いてセラミックス膜を製造する方法に特に限定されないが、ゾル−ゲル法やMOD(Metal−Organic Decomposition)法等の化学溶液法(CSD法:Chemical Solution Deposition)により製造することができる。具体的には、セラミックス膜形成用組成物を塗布乾燥し、さらに高温で焼成して結晶化することで金属酸化物からなるセラミックス膜を得ることができる。詳述すると、例えば、セラミックス膜形成用組成物を被対象物上にスピンコート法、ディップコート法、インクジェット法等で塗布しセラミックス前駆体膜を形成する(塗布工程)。次いで、このセラミックス前駆体膜を所定温度(例えば140〜200℃程度)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥したセラミックス前駆体膜を所定温度(例えば300〜400℃程度)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。なお、ここで言う脱脂とは、セラミックス前駆体膜に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。
【0051】
次に、セラミックス前駆体膜を所定温度(550〜800℃、好ましくは、600〜750℃程度)に加熱して一定時間保持することによって結晶化させ、例えば0.1〜2.0μmのセラミックス膜を形成する(焼成工程)。
【0052】
なお、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。また、上記では一定時間所定温度に保持した状態で、乾燥・脱脂・焼成を行う方法を例示したが、昇温し続けてもよい。
【0053】
また、セラミックス膜は、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返すことにより、複数層のセラミックス膜からなるものとしてもよい。
【0054】
セラミックス膜形成用組成物から形成されるセラミックス膜としては、チタン酸バリウム系、チタン酸ストロンチウム系、又はチタン酸カルシウム系のペロブスカイト構造の複合酸化物が挙げられる。チタン酸バリウム系としては、チタン酸バリウム(BaTiO)、チタン酸バリウムストロンチウム((Ba,Sr)TiO)、チタン酸バリウムカルシウム((Ba,Ca)TiO)、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O)、チタン酸亜鉛酸ビスマスバリウムナトリウム((Bi,Na,Ba)(Zn,Ti)O)、タンタル酸ビスマスバリウム(BaBiTa)、チタン酸ビスマスバリウム(BaBiTi15)等が挙げられる。また、上述した複合酸化物に、例えば、Bi(Zn1/2Ti1/2)O、(Bi1/21/2)TiO、(Bi1/2Na1/2)TiO、BiFeO、(Li,Na,K)(Ta,Nb)Oを添加してもよい。チタン酸ストロンチウム系としては、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)、タンタル酸ビスマスストロンチウム(SrBiTa)、チタン酸ビスマスストロンチウム(SrBiTi15)等が挙げられる。また、上述した複合酸化物に、例えば、Bi(Zn1/2Ti1/2)O、(Bi1/21/2)TiO、(Bi1/2Na1/2)TiO、BiFeO、(Li,Na,K)(Ta,Nb)Oを添加してもよい。チタン酸カルシウム系としては、チタン酸カルシウム(CaTiO)、タンタル酸ビスマスカルシウム(CaBiTa)、チタン酸ビスマスカルシウム(CaBiTi15 )等が挙げられる。また、上述した複合酸化物に、例えば、Bi(Zn1/2Ti1/2)O、(Bi1/21/2)TiO、(Bi1/2Na1/2)TiO、BiFeO、(Li,Na,K)(Ta,Nb)Oを添加してもよい。
【0055】
以下、本発明のセラミックス膜形成用組成物の製造方法を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
【0056】
(実施例1)
まず、酢酸バリウム1.28g(0.005mol)、及び酢酸10mLをビーカーに加えた。酢酸バリウムを酢酸に溶解後、2−エチルヘキサン酸8mLを添加し、200℃のホットプレート上で約30分間加熱攪拌して、錯体溶液を得た。この錯体溶液に、n−オクタンを10mL加えることで、実施例1のセラミックス膜形成用組成物を製造した。
【0057】
(実施例2)
まず、酢酸ストロンチウム・0.5水和物1.0736g (0.005mol)、及び酢酸10mLをビーカーに加えた。酢酸ストロンチウム・0.5水和物を酢酸に溶解後、2−エチルヘキサン酸8mLを添加し、200℃のホットプレート上で約30分間加熱攪拌して、錯体溶液を得た。この錯体溶液に、n−オクタンを10mL加えることで、実施例2のセラミックス膜形成用組成物を製造した。
【0058】
(試験例1)
Varian社製『Varian/500NB』を使用し、室温にて実施例1のセラミックス膜形成用組成物のH−NMR測定を行った。図1に実施例1のセラミックス膜形成用組成物のH−NMRスペクトルを示す。図1に示すように、酢酸に帰属されるピークは観測されず、酢酸と2−エチルヘキサン酸の配位子置換、及び酢酸の揮発は十分に進行していることがわかった。
【0059】
<圧電セラミックス膜の製造>
(実施例3)
実施例1のセラミックス膜形成用組成物と、2-エチルヘキサン酸チタンを含むセラミックス膜形成用組成物と、を、バリウムとチタンとのモル比が1:1となるように混合し、基板上にスピンコート法により圧電セラミックス膜を形成した。基板としては、サイズが一辺2.5cmでプラチナ被覆シリコン基板、具体的には、Pt/TiO/SiO/Siを使用した。
【0060】
まず、セラミックス膜形成用組成物を基板上に滴下し、1500rpmで基板を回転させて圧電セラミックス前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、ホットプレート上で150℃で2分間加熱した後、350℃で3分間加熱した(乾燥及び脱脂工程)。この工程を3回繰り返した後、Rapid Thermal Annel(RTA)を使用し、800℃で5分間焼成して結晶化させた。これにより、計3層からなる厚さ約200nmの実施例3の圧電セラミックス膜を形成した。
【0061】
(実施例4)
実施例2のセラミックス膜形成用組成物と2-エチルヘキサン酸チタンを含むセラミックス膜形成用組成物とを、ストロンチウムとチタンとのモル比が1:1となるように混合した以外は、実施例3と同様にして実施例4の圧電セラミックス膜を形成した。なお、実施例4の圧電セラミックス膜の厚さは約200nmであった。
【0062】
(試験例2)
ブルッカ社製『D8 Discover』を用い、X線源にCuKα線を使用したX線回折広角法(XRD)により、室温で実施例3及び4の圧電セラミックス膜のX線回折チャートを求めた。結果を図2及び図3に示す。図2に示すように、実施例3の圧電セラミックス膜においてペロブスカイト構造単相のチタン酸バリウム(BT)が形成していることが明らかとなった。また、図3に示すように、実施例4の圧電セラミックス膜においてペロブスカイト構造単相のチタン酸ストロンチウム(ST)が形成していることが明らかとなった。
【0063】
以上のことから、実施例1のセラミックス膜形成用組成物は、チタン酸バリウム(BT)薄膜形成に適した組成物であり、実施例2のセラミックス膜形成用組成物は、チタンストロンチウム(ST)薄膜形成に適した組成物であることがわかった。
【0064】
(他の実施形態)
本発明のセラミックス膜形成用組成物の製造方法により製造されるセラミックス膜形成用組成物は、強誘電体デバイス、焦電体デバイス、圧電体デバイス、及び光学フィルターの強誘電体薄膜を形成するのに好適に用いることができる。強誘電体デバイスとしては、強誘電体メモリー(FeRAM)、強誘電体トランジスター(FeFET)等が挙げられ、焦電体デバイスとしては、温度センサー、赤外線検出器、温度−電気変換器等が挙げられ、圧電体デバイスとしては、液体吐出装置、超音波モーター、加速度センサー、圧力−電気変換器等が挙げられ、光学フィルターとしては、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルターが挙げられる。
【0065】
また、本発明のアルカリ土類金属錯体の製造方法により形成されるアルカリ土類金属錯体は、上述したようなセラミックス膜を形成することができるセラミックス膜形成用組成物の原料として好適なものであるが、例えば、ガラス、金属皮膜等を形成するための原料としても好適に用いることができるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱して、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を含む錯体溶液を得る工程と、を具備し、
前記錯体溶液を含むセラミックス膜形成用組成物を得ることを特徴とするセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項2】
前記酢酸塩が、酢酸バリウム、酢酸ストロンチウム、酢酸カルシウムからなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項3】
前記温度が2−エチルヘキサン酸の沸点未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項4】
前記混合溶液には、さらに、酢酸を添加することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項5】
前記混合溶液は、さらに、酢酸鉄、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸セリウム、酢酸ランタン、酢酸コバルト、酢酸マンガン、及び酢酸クロムからなる群から選択される少なくとも1つの第2酢酸塩を含み、
前記錯体溶液は、さらに、前記2−エチルヘキサン酸と前記第2酢酸塩が反応して得られる2−エチルヘキサン酸を配位子とする第2金属錯体を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項6】
前記錯体溶液に液体アルカンを添加する工程をさらに具備することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項7】
前記錯体溶液に、さらに、鉄、チタン、リチウム、ナトリウム、カリウム、セリウム、ランタン、コバルト、マンガン、及びクロムからなる群から選択される少なくとも1つの金属を含む金属錯体を添加する工程をさらに具備することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のセラミックス膜形成用組成物の製造方法により製造されたセラミックス膜形成用組成物を塗布し、焼成することにより形成されるものであり、チタン酸バリウム系、チタン酸ストロンチウム系、又はチタン酸カルシウム系のペロブスカイト構造の複合酸化物からなることを特徴とする圧電セラミックス膜。
【請求項9】
アルカリ土類金属の酢酸塩と、2−エチルヘキサン酸と、を含む混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を酢酸の沸点以上の温度に加熱して、2−エチルヘキサン酸を配位子とするアルカリ土類金属錯体を得ることを特徴とするアルカリ土類金属錯体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−144470(P2012−144470A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3489(P2011−3489)
【出願日】平成23年1月11日(2011.1.11)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】