説明

セルチップ

【課題】 基板の上に生きた細胞をその機能を維持したまま保持した、新たなセルチップを提供する。
【解決手段】貫通孔を有する非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体と、該多孔質体に保持させたヒト肝細胞よりなるセルチップ。
本発明のセルチップ、特にハニカム状多孔質体の両面においてヒト肝細胞を保持したセルチップは、長期に亘って薬剤代謝酵素活性、特にP450活性が維持される、また細胞数が安定に維持される、等の利点を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハニカム状多孔質体を用いた生体材料に関し、特にハニカム状多孔質体と肝細胞とよりなるセルチップに関する。
【背景技術】
【0002】
有用な遺伝子を探索して同定するための有効な手段あるいは技術の一つに、高密度cDNAアレイ(high density cDNA array)あるいはDNAチップと呼ばれるものがある。DNAチップは、数千〜数万の数の遺伝子を同時に分析することを可能にし、臨床的診断や予後判定などの臨床分野においても信頼性の高い情報を提供することのできる、有益な技術である。
【0003】
このDNAチップを含むこれまでの研究では、細胞を破壊してDNAやタンパク質等を互いに分離して検出したり、反応を追跡したりすることが主な手法であった。しかしながら、これらの生体高分子は周囲に存在する多種多様の生体分子と細胞内で秩序だった相互作用を形成しており、また細胞内で一定の位置に配置されているために、細胞を破壊して得られる生体分子の挙動を観察しても、その観察結果は必ずしも細胞レベルの応答をそのまま反映しているとは言い切れない。
【0004】
細胞そのものを利用した生体分子の挙動観察が本来的には望ましく、チップ基板上に細胞が整列され固定されたバイオ-セルチップも開発されている(特許文献1)。しかし、肝細胞や神経細胞などの特定の機能を有する細胞を長期に培養し、かつその細胞の機能をその間も保持することは、一般的には容易なことではない。例えば、培養肝細胞は、医薬品のスクリーニングを行う為に広く使われているが、従来の肝細胞初代培養系は、肝細胞機能を保持している期間が1〜2日間と短く、さらに生体肝組織と比べて機能が低く、実用的ではなかった(非特許文献1)。
【0005】
観察細胞を破壊せずに、細胞内の生体高分子の相互作用を維持したままで、細胞内の生体分子の様々な変化や相互作用を検出する技術が開発されればこれまでにない新たな知見が得られる可能性が高まると期待される。
【0006】
この様な期待に対して、基板の上に生きた細胞をその機能を維持したまま保持する技術が報告されている(例えば非特許文献2〜7)。しかし、本来的に細胞を生きたまま、しかも機能を維持したまま基板上に保持するのは、先の培養細胞の機能を長期に保つことと同様に、一般には決して容易なことではなく、非特許文献2〜7に記載の技術によっても、長時間に亘って細胞機能が維持されたヒト肝細胞を得ることは難しい。
【0007】
また、細胞増殖に良好な足場(scaffold)となり得る材料の一つに、非水溶性ポリマーから形成されるハニカム状多孔質体(特許文献2)が知られているが、増殖した細胞がその機能を長期に亘って保持できるかどうか、またこのハニカム状多孔質体が長期に亘って細胞の機能を保持することのできるセルチップ用の基板として利用できることは報告されていない。
【非特許文献1】Landry, J., et al.、J. Cell Biol.、1985年、第101巻、第3号、第914〜923頁
【非特許文献2】Koide, N. et al.、BBRC、1982年、第161巻、第1号、第385〜391頁
【非特許文献3】Koide, N. et al.、Exp. Cell Res.、1990年、第186巻、第2号、第227〜235頁
【非特許文献4】Tong, J.Z., et al.、Exp. Cell Res.、1992年、第200巻、第2号、第326〜332頁
【非特許文献5】Matsushita, T. et al.、Appl. Microbiol. Biotechnol.、1991年、第36巻、第3号、第324〜326頁
【非特許文献6】Park I.K. et al.、Biomaterial、2003年、第24巻、第13号、第2331〜2337頁
【非特許文献7】Fukuda, J.et al.、Cell transplant、2003年、第12巻、第1号、第51〜58頁
【特許文献1】特表2005−517411
【特許文献2】特開2001−157574
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、非水溶性ポリマーから形成されるハニカム状多孔質体がセルチップ用の基板として、特に薬剤代謝酵素活性を長期に亘って維持させつつ、短時間でヒト肝細胞を保持し得ることを見出し、以下の各発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)孔径0.01μm〜100μmの貫通孔ならびに膜厚0.01μm〜100μmを有する非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質薄膜の片面又は両面に肝細胞が保持されているセルチップ。
【0010】
(2)肝細胞がヒト肝細胞である、(1)に記載のセルチップ。
【0011】
(3)前記貫通孔が薄膜の平面方向に存在する周囲の貫通孔と連通している構造を有するハニカム状多孔質体である、(1)又は(2)に記載のセルチップ。
【0012】
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載のセルチップを用いて肝細胞に含まれるターゲット物質の生理活性に対する化合物の阻害能、抑制能もしくは活性化能を評価する方法であって、当該セルチップと化合物とをインキュベーションする工程ならびにインキュベーション後のセルチップに保持された肝細胞に含まれるターゲット物質の生理活性を測定する工程を含む、前記方法。
【0013】
(5)ターゲット物質がP450である、(5)に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の肝細胞を保持したセルチップ、特にハニカム状多孔質体の両面にヒト肝細胞を保持したセルチップは、一週間以上に亘って薬剤代謝酵素活性、特にP450活性を維持することができる、その間のDNA量すなわち細胞数も安定に維持されている、等の利点を有している。従来の培養細胞を用いた場合には1〜2日しかこの様な機能維持はなされなかったことから、本発明の細胞の機能維持能力は突出して優れたものであり、本発明のセルチップは、肝細胞を用いた薬物のスクリーニング、化合物が肝細胞に与える生理学的影響などの観察に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明にいうセルチップとは、基板、好ましくは薄膜に生きた完全な細胞を整列して保持させたバイオチップを意味する。ここに言う保持は、細胞と基板等が単に接触している状態ではなく、水や緩衝液等で基板上の細胞を洗浄しても容易には細胞が基板等から遊離しない程度に固着している状態を言う。
【0016】
本発明のセルチップは、非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体(ハニカム構造体あるいはハニカムシートとも呼ばれる)の片面又は両面に肝細胞を、特にヒト肝細胞を保持させることで製造することができる。
【0017】
ここで非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体とは、高分子(ポリマー)でできた多孔性の薄膜であって、膜の垂直方向に向けられた微少な孔が膜の平面方向に蜂の巣状に(ハニカム状に)設けられているものを意味する。本発明で使用するハニカム状多孔質体は、膜を垂直方向に貫通している孔(貫通孔)を有するものであり、特に貫通孔が平面方向に存在する周囲の貫通孔と互いに連通しているハニカム状多孔質体の使用が好ましい。
【0018】
この様なハニカム状という規則的な配置で孔が設けられている多孔質の薄膜は、孔の口径、形状あるいは深さなどがまちまちである不規則な孔を有する通常の多孔質体とは全く異なる構造体として理解される。また推論ではあるが、ハニカム状多孔質体の平面方向に存在する貫通孔同士が連通しているという構造が、本発明のセルチップにおいて、ハニカム状多孔質体に保持されたヒト肝細胞間の相互作用が発揮される、あるいは培地や溶存酸素の供給、老廃物の排出がスムーズに行われるなどの利点をもたらすと考えられる。
【0019】
本発明で利用可能なハニカム状多孔質体の形状は、膜厚が0.01μm〜100μm、好ましくは0.1μm〜50μm、より好ましくは1μm〜20μmであり、孔径が0.01μm〜100μm、好ましくは0.1μm〜50μm、より好ましくは1μm〜20μm、特に好ましくは5μm〜10μmである。
【0020】
この様な構造的特徴を有するハニカム状多孔質体は、種々の公知の方法に従って製造することができる。例えばフォトリソグラフィーやソフトリソグラフィー(ホワイトサイドら、 Angew. Chem. Int. Ed.,1998年、第37巻、 第550−575頁)、ブロックコポリマーの相分離(アルブレヒトら,マクロモレキュール(Macromolecules)、 2002年、第35巻、第8106−8110頁)、サブミクロンのコロイド微粒子を集積することで2次元、3次元の周期構造を作製する方法(グら、ラングミュア(Langmuir)、第17巻)、これを鋳型にしてインバースドオパール構造を作製する方法(カルソら、ラングミュア(Langmuir)、1999年、第15巻、第8276−8281頁)などを挙げることができる。
【0021】
また、これらの方法と製造原理を大きく異にする方法である特開平8−311231、特開2001−157475、特開2002−347107あるいは特開2002−335949に記載された方法も使用することができる。これらの方法は、高分子の水不溶性有機溶媒溶液表面上に水滴を結露させ、該水滴を鋳型としてハニカム状の多孔質体を調製するものであり、製造コストや効率等の点でその他の製造法に比べて有利である。以下、さらに詳しく説明する。
【0022】
この方法では、水不溶性有機溶媒、特に50dyn/cm以下の表面張力γLを有する水不溶性有機溶媒に非水溶性ポリマーを溶解した非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を、表面の表面張力をγSとし、塗布される水不溶性有機溶媒の表面張力γLならびに該基板と該溶媒との間の表面張力γLSとした場合にγS−γSL>γLの関係を満たす基板の表面に塗布し、さらに相対湿度30%以上の空気の存在下で基板上に塗布された非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を蒸発させることが好ましい。
【0023】
ここにいう水不溶性有機溶媒は、50dyn/cm以下の表面張力を有し、かつ該溶液表面に結露した水滴を保持し得る程度の水不溶性と、大気圧下で0〜150℃、好ましくは10〜90℃の沸点を有する有機溶媒を言う。例えば四塩化炭素、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、メチルイソブチルケトン等の非水溶性のケトン類、二硫化炭素などを挙げることができる。
【0024】
また非水溶性ポリマーは、水に不溶性でかつ上記の水不溶性有機溶媒に可溶な、あるいは適当な界面活性剤の存在下で水不溶性有機溶媒に溶解し得るポリマーであれば特別の制限はなく、適宜選択して使用することができる。
【0025】
例えば、ポリ乳酸やポリヒドロキシ酪酸のような生分解性ポリマー、脂肪族ポリカーボネート、両親媒性ポリマー、光機能性ポリマー、電子機能性ポリマーなどを挙げることができる。
【0026】
上記の水不溶性有機溶媒と非水溶性ポリマーとの具体的な組み合わせの例としては、例えばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアルキルシロキサン、ポリメタクリル酸メチルなどのポリアルキルメタクリレートまたはポリアルキルアクリレート、ポリブタジエン、ポリイソプレン、ポリ−N−ビニルカルバゾール、ポリ乳酸、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリアルキルアクリルアミド、およびこれらの共重合体よりなる群から選ばれるポリマーに対しては、四塩化炭素、ジクロロメタン、クロロホルム、ベンゼン、トルエン、キシレン、二硫化炭素などの有機溶媒を組み合わせて使用することができる。また、フッ素化アルキルを側鎖に持つアクリレート、メタクリレートおよびこれらの共重合体よりなる群から選ばれるポリマーに対しては、AK−225(旭硝子株式会社製)などのフッ化炭素溶媒、トリフルオロベンゼン、フルオロエーテル類などの使用も良好な結果を与える。これらの中から、具体的に使用する非水溶性ポリマーに対する溶解性を考慮して、適宜選択して使用することができる。
【0027】
また、フッ素化アルキルを側鎖に持つポリアクリレートやメタクリレートの側鎖の水素をフッ素に置換したフッ素系ポリマーを用いてハニカム状多孔質体を製造する際には、フッ素系の有機溶媒(AK−225等)の使用も良好な結果を与える。
【0028】
水不溶性有機溶媒溶液中の非水溶性ポリマー濃度は、製造されるハニカム状多孔質体に求める特性、物性並びに使用する水不溶性有機溶媒に応じて、適宜定めることができる。本発明で使用する貫通孔を有するハニカム状多孔質体の作製に際しては、水不溶性有機溶媒溶液中の非水溶性ポリマーの濃度を0.1g/L〜10g/L、特に 0.5g/L〜6.0g/Lとすることが好ましい。
【0029】
さらにかかる非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板は、基板表面の表面張力γSと塗布される水不溶性有機溶媒の表面張力γLならびに該基板と該溶媒との間の表面張力γLSとの間で、γS−γSL>γLの関係を満たす基板を選択して用いることが望ましい。これは、非水溶性ポリマー溶液の水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板自体の水不溶性有機溶媒に対する濡れ性が、基板上に形成される液膜の厚みに影響を与え得るためである。基板には、塗布される非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液との親和性が高いものであることが好ましい。具体的には、水不溶性有機溶媒の表面張力γLを指標にして上記式で表すことのできる表面張力を示す表面を有する基板を利用すればよい。そのような基板の好適な例としては、ガラス板、シリコン製板あるいは金属板などを挙げることができる。
【0030】
また、水不溶性有機溶媒溶液との親和性を高めることのできる加工を表面に施した基板の使用も可能である。この様な基板表面の濡れ性の改良は、基板と使用する水不溶性有機溶媒に合わせて、自体公知の方法、例えばガラス製や金属製の基板に対してはそれぞれシランカップリング処理やチオール化合物による単分子膜形成処理方法などを利用することができる。
【0031】
例えば、クロロホルムなどの疎水性有機溶媒を水不溶性有機溶媒として用いる場合の基板としては、十分に洗浄されたSi基板や、アルキルシランカップリング剤などで表面を修飾したガラス基板などの使用が好ましい。また、フッ素系溶媒を用いる場合は、テフロン(登録商標)基板、あるいはフッ素化アルキルシランカップリング剤などで修飾したガラス基板などの使用が好ましい。
【0032】
非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を基板に塗付して同溶液の液膜を形成させる際の液膜厚としては1μm〜1000μm、好ましくは700μm以下とすることが望ましい。また基板に非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗付する方法としては、基板に溶液を滴下する方法の他、バーコート、ディップコート、スピンコート法などを挙げることができ、バッチ式、連続式の何れも利用することができる。
【0033】
この様にして基板上に置いた薄膜から水不溶性有機溶媒を蒸発させることで、非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体を製造することができる。その際、溶媒の蒸発速度を調節することでも、ハニカム状多孔質体の孔径を調節することができる。
【0034】
溶媒の蒸発速度は、相対湿度30%以上の湿度を有する風速0.01〜20m/秒の気流下に上記の基板上の薄膜を置くことで調節することができる。本願において使用する貫通した孔を有するハニカム状多孔質体の製造においては、相対湿度30〜99%、風速0.01〜20m/秒の範囲内で調節した気流に非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液の液膜を置くことが好ましい。気流方向に対する薄膜の配置の仕方としては、基板上の薄膜に対して斜め上方向から、あるいは垂直方向から気流を当たるような配置では、気流による風圧によって薄膜に歪みや亀裂が発生することもあり得る。その様な場合には、薄膜は、気流に対して基板上の有機溶媒溶液の薄膜を平行に、あるいは上方向に生じさせることが好ましい。この場合、気流はその上流からの陽圧あるいは下流からの負圧の何れによって発生させても構わない。例えば、基板に向けて設置したノズルから所定の空気を噴射しても、基板上部の空気を一方向から吸引しても、何れでも良い。
【0035】
本発明では、上記の方法によって調製されるハニカム状多孔質体の両面に肝細胞を播いて保持させることで製造することができる。従来のセルチップは、狭い空間に数多くの細胞を整列して固定するため、固定剤内に保存された細胞懸濁液を広がらないようにする為の特別な措置が必要とされるが、本発明にはかかる制限はなく、ハニカム状多孔質体の上に肝細胞を適当な時間置く操作を、ハニカム状多孔質体の両面について行えばよい。
【0036】
具体的には、加熱殺菌あるいは紫外線照射によって殺菌したハニカム状多孔質体を、例えばDMEM、F-12、Williams’ Medium E 等から選ばれる適当な培地に浸し、この上から同培地に懸濁させた0.5×10〜1.0×10個の肝細胞を播種し、3〜5時間ほど通常の細胞培養条件下で放置する。その後、該ハニカム状多孔質体の裏表を反転させ、同様の操作を繰り返せばよい。
【0037】
肝細胞としては、哺乳動物、例えばラット、マウス、ウサギ等に代表される各種動物由来の肝細胞をいずれも利用できるが、ヒト肝細胞の利用が特に好ましい。一般に、生体から採取された肝細胞は、これを適当な培地に保存等してもその細胞機能を保持させることは難しいと理解されている。例えば、採取されたヒト肝細胞を適当な培地に置くと、3日間ほどの間にその細胞機能は大きく低下し、さらに保存時間が経過すると共に細胞機能は低下し続ける。特に薬物代謝活性に関与する蛋白質群、中でもP450の活性低下は、ヒト肝細胞を用いた薬物候補化合物の評価実験を困難にする。ヒト肝細胞の薬物代謝活性の低下は、ヒト肝細胞を用いた前記評価実験の操作をヒト肝細胞の調製から1日乃至2日で終了しなければならないことを意味するからである。
【0038】
一方、本発明のセルチップにおいては、後の実施例で示すように、ヒト肝細胞をハニカム状多孔質体に播いてから3日後までに生じる細胞機能の低下は観察されるものの、その後の保存時間の経過による細胞機能の低下は、7日間に亘って殆ど観察されない(図1〜4)。本発明のセルチップは、前述のようなヒト肝細胞を用いた前記評価実験の操作をヒト肝細胞の調製から1日乃至2日で終了しなければならないという制約を解消するものである。また、本発明のセルチップ上に保持されたヒト肝細胞は浮遊して消失されにくいものであり、本発明のセルチップは安定した数のヒト肝細胞を供給することもできる。
【0039】
あくまで推測ではあるが、貫通孔を有するハニカム状多孔質体の両面に付着したヒト肝細胞は、貫通孔を通じて及び/又は平面方向に存在する周囲の貫通孔との連通部分を通じて何らかの相互作用を及ぼすことにより、生体内におけるヒト肝臓細胞の周辺環境(3次元的環境)を擬似的に再現し、その結果ヒト肝細胞のハニカム状多孔質体に対する接着性が高まる、細胞機能の低下が抑制されるなどの効果が発揮されるものと考えられる。
【0040】
以上の有利な特徴を有する本発明のセルチップは、これを用いて肝細胞に含まれるターゲット物質の生理活性に対する化合物の阻害能、抑制能もしくは活性化能を評価する方法であって、当該セルチップと化合物とをインキュベーションする工程ならびにインキュベーション後のセルチップに保持された肝細胞に含まれるターゲット物質の生理活性を測定する工程を含む、前記方法をも提供するものである。特に好ましくは、ターゲット物質がP450である前記方法である。
【0041】
具体的には、本発明のセルチップを適当な液体培地あるいは緩衝液に置き、ここに化合物を適宜加えてインキュベーションした後、肝細胞内に含まれるターゲット物質、典型的には代謝調節その他の細胞機能に関与する蛋白質の量あるいはその生理活性を測定することで、加えられた化合物がターゲット物質である蛋白質の発現や活性を阻害、抑制あるいは活性化するかを、適当なコントロール物質を用いたときの結果と比較して判定を行うことができる。
【0042】
ターゲット物質の選択は全くの任意であり、またターゲット分子の量あるいは生理活性の評価は、各ターゲット物質について定まる方法を採用すればよい。本発明のヒト肝細胞を保持したセルチップでは、好ましいターゲット分子は薬物代謝形に関与する蛋白質群であり、特に好ましい蛋白質はP450である。
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
1)ハニカム状多孔質体の作製
生分解性高分子であるポリ(ε-カプロラクトン)(PCL、Wako製 分子量70,000〜100,000)と両親媒性ポリアクリルアミドポリマー(Cap)を重量比10:1で0.5mg/mLとなるようにクロロホルムに溶解した。この溶液をガラスシャーレ(φ90mm)上にキャストし、相対湿度80%の雰囲気下でクロロホルムを蒸発させることで、膜を貫通した孔径7〜9μmの孔を有するハニカム状多孔質体(ハニカム膜)(φ90mm)を作製した。
【0045】
また比較対象として、上記の方法においてPCL濃度が5mg/mLのクロロホルム溶液をガラスシャーレにキャストし、相対湿度80%の雰囲気下でクロロホルムを蒸発させて、膜を貫通していない孔径6〜8μmの窪みを片面に有するハニカム状多孔質体(非貫通膜)(φ90mm)を作製した。さらに、このクロロホルム溶液20μLをカバーガラス上にキャストした後、カバーガラスをスピンコーター(MIKASA 1H-D7)で1000rpm、30秒間回転させて全面をポリマーで被覆させることで、孔のないフラットフォルム(平膜)φ22mm を作成した。
【0046】
2)ヒト肝細胞の培養
凍結ヒト肝細胞(BD Biosciences、USA)バイアル(細胞数5.8×10cells/バイアル)を37℃で溶解し、凍結肝細胞精製キット(BD Biosciences、USA)を使用して密度勾配法により細胞を回収し、10%FBS、デキサメタゾン、インスリン、ニコチンアミド及びアスコルビン酸を含むDMEM培地(Invitrogen、USA)に浮遊させ、細胞懸濁液を用意した。
【0047】
3)膜の前処理
平膜、非貫通膜およびハニカム膜に253.7nmの紫外線を2時間以上照射することにより滅菌を行った。滅菌後、12ウェルプレートのウェルに各膜を1枚ずつ入れ、平膜と非貫通膜には押さえのガラスリングを膜の上に乗せた。次いでエタノールを加えて脱気し、滅菌ミリQ水に置換した後、DMEM培地に置換した。いずれの膜も培地をいれた状態で2時間以上放置してから次項の操作に用いた。
【0048】
4)肝細胞の播種
下表に示す細胞数の2)で用意した細胞懸濁液を、3)で用意したそれぞれの膜に播種し、37℃、5%COのインキュベータで培養した。ハニカム膜については、片面に下表の半分の細胞を播種し、5時間後に膜を反転させてから残りの細胞を播種した。
【表1】

【0049】
播種後1、3、5および7日目に培養容器を静かに振盪してから非接着細胞を培地とともに除去し、ハニカム膜にヒト肝細胞を保持させたセルチップを得た。セルチップは、これにDMEM培地を添加して保存した。
【0050】
ハニカム膜から得られるセルチップにおいて、接着細胞が他の2種に比べて多く観察された(図1〜図4)。このセルチップでは、さらに培養日数が経過しても浮遊細胞の出現は認められなかった。非貫通膜から得られるセルチップでは、ハニカム膜から得られるセルチップに比較して、培養日数の経過に伴い接着細胞が減少する傾向が観察された(図1〜図4)。また、平膜へのヒト肝細胞の播種と培養では、接着細胞は十分な数が得られなかった(図1〜図4)。
【0051】
<試験例>
1)P450活性測定
実施例1で得たセルチップ上のヒト肝細胞における薬物代謝酵素P450の活性測定を行った。セルチップから培地を除去し、KHB液(Krebs-Henseleit Buffer、Sigma-Aldrich、USA)で2回洗浄した。ついで反応基質として100mMテストステロン溶液を膜1枚あたり0.5mlずつ添加し、37℃、5%COのインキュベータに1時間静置した。静置後、溶液を回収し、P450によるテストステロンの代謝産物である6β-Hydroxytestosteroneの溶液中の含有量を測定した。
【0052】
その結果、平膜と非貫通膜では、培養1日目で高いP450活性値を示した後に培養日数と共に活性が低下したが、ハニカム膜より得られるセルチップでは、培養を継続しても7日目までほぼ一定のP450活性が保たれていた(図5)。
【0053】
2)DNA量測定
P450活性測定のサンプル回収後、培養容器にTris-EDTA-NaCl緩衝液を添加し、凍結保存した。解凍後、Proteinase Kを最終濃度100μMになるように添加して37℃で1時間保温した後、超音波破砕機で細胞と膜を破砕し、12,000rpm、4℃、20分間遠心して上清を回収し、発色剤としてHoechst 33258を添加し、励起光を340nmにして465nmの蛍光を測定してDNA量を算出した。
【0054】
この結果、DNA量は、ハニカム膜より得られるセルチップでは、培養3、5、7日目に亘ってほぼ一定となることが確認された。一方、平膜ならびに非貫通膜では培養日数の経過にともなう減少傾向が認められ、7日目には検出限界以下となった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】ヒト肝細胞を播種後、1日目の各膜上の細胞を位相差倒立顕微鏡写で観察した写真である。図は上から平膜、非貫通膜、ハニカム膜である。
【図2】ヒト肝細胞を播種後、3日目の各膜上の細胞を位相差倒立顕微鏡写で観察した写真である。図は上から平膜、非貫通膜、ハニカム膜である。
【図3】ヒト肝細胞を播種後、5日目の各膜上の細胞を位相差倒立顕微鏡写で観察した写真である。図は上から平膜、非貫通膜、ハニカム膜である。
【図4】ヒト肝細胞を播種後、7日目の各膜上の細胞を位相差倒立顕微鏡写で観察した写真である。図は上から平膜、非貫通膜、ハニカム膜である。
【図5】試験例の1)の薬物代謝酵素P450の活性測定結果を示すグラフである。グラフ中のバーは、各膜について左から播種後1日目、3日目、5日目及び7日目をそれぞれ示す。
【図6】試験例の2)のDNA量測定結果を示すグラフである。グラフ中のバーは、各膜について左から播種後1日目、3日目、5日目及び7日目をそれぞれ示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
孔径0.01μm〜100μmの貫通孔ならびに膜厚0.01μm〜100μmを有する非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質薄膜の片面又は両面に肝細胞が保持されているセルチップ。
【請求項2】
肝細胞がヒト肝細胞である、請求項1に記載のセルチップ。
【請求項3】
前記貫通孔が薄膜の平面方向に存在する周囲の貫通孔と連通している構造を有するハニカム状多孔質体である、請求項1又は2に記載のセルチップ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のセルチップを用いて肝細胞に含まれるターゲット物質の生理活性に対する化合物の阻害能、抑制能もしくは活性化能を評価する方法であって、当該セルチップと化合物とをインキュベーションする工程ならびにインキュベーション後のセルチップに保持された肝細胞に含まれるターゲット物質の生理活性を測定する工程を含む、前記方法。
【請求項5】
ターゲット物質がP450である、請求項4に記載の方法。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−319006(P2007−319006A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−149284(P2006−149284)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】