説明

セルロースの可溶化方法

【課題】可溶化率の向上及び製造時間の短縮化が可能なセルロースの可溶化方法を提供する。
【解決手段】セルロースを含有する原料を触媒の存在しない条件下で水と反応させて水可溶性成分に変換する可溶化工程を有するセルロースの可溶化方法であって、セルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングしながらセルロース原料の粉砕を行う(モニタリング前処理工程)。その後、粉砕物を触媒の存在しない条件下で水と反応させて水可溶性成分に変換する(可溶化工程)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースを含有する原料を触媒の存在しない条件下で水と反応させて、水に可溶な成分に変換するセルロースの可溶化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油代替燃料としてバイオ燃料が注目され、サトウキビやとうもろこし等のバイオマスを原料としたバイオエタノールの生産が実用化されている。しかし、食料品をバイオエタノールの原料とした場合、食料品との競合によって価格が大きく変動する等の問題が生ずる。このため、木材、草、稲わらなど非食料品であるセルロース系バイオマスを原料としたバイオ燃料の生産が望まれている。
【0003】
ところが、強固なセルロースを糖に加水分解するのは容易ではない。硫酸等の液体の強酸を用いてセルロースを糖化する手法が古くから知られているが、強酸によって装置が腐食したり、強酸の中和処理した場合、石膏等が廃棄物として大量に発生したりするなどの問題があり、実用化に至っていない。
【0004】
こうした問題を解決すべく、近年、触媒を用いることなく、加圧熱水によってセルロースを水に可溶な低分子量多糖類とする水熱処理が注目されている(例えば特許文献1、2)。この水熱処理では「加圧熱水」が用いられる。加圧熱水とは、飽和蒸気圧以上に加圧されることにより、液体状態で存在する高温高圧の水のことをいう。加圧熱水はイオン積が増加するため、セルロースの加水分解反応を促進すると考えられている(特許文献1 段落番号[0024]参照)。このため、水熱処理法は、特別な薬品を使うことなく、短時間でセルロース原料を可溶化することができるという長所を有しており、環境に対する負荷も小さいセルロース原料の可溶化法であるということができる。
セルロースを化学的分解する方法が特許文献3に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−166831号公報
【特許文献2】特開2010−279255号公報
【特許文献3】特開2008−248466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記従来の水熱処理によるセルロースの可溶化では、水熱処理におけるセルロース原料の反応性を予め予測することが難しく、試行錯誤によって条件を決定していた。このため、反応時間が短くて可溶化が不十分となったり、反応時間が長くなりすぎて水に溶けない分解生成物が発生し、このため可溶化率が低下し、糖類回収の歩留まりが悪くなるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、水熱処理におけるセルロース原料の反応性を予め予測することが可能であり、最適な条件で水熱処理を行うことができ、可溶化率及び糖類回収の歩留まりの良いセルロースの可溶化方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明における第1の局面のセルロースの可溶化方法は、セルロースを含有する原料を触媒の存在しない条件下で水と反応させて水可溶性成分に変換する可溶化工程を有するセルロースの可溶化方法であって、前記可溶化工程の前に前記セルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングしながら前処理を行うモニタリング前処理工程を有することを特徴とする。
【0009】
第1の局面のセルロースの可溶化方法では、可溶化工程の前に前記セルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングしながら前処理を行う。本発明者らの試験結果によれば、セルロースの結晶化度及び重合度はセルロースの可溶化工程における反応性についての優れた指標となる。すなわち、前処理により結晶化度や重合度を下げておくと可溶化率が大幅に向上し、可溶化反応が迅速化されるのである。このため、モニタリング前処理工程においてセルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングすることにより、セルロースの可溶化工程を行う前に、可溶化反応の反応性を事前にチェックすることができる。このため、前処理が不十分となったり、必要以上に前処理を長時間行ったりすることを防止できる。このため、セルロース原料の可溶化率を向上させるだけでなく、前処理に要する時間も含めたトータルの製造時間を短縮することが可能となる。
【0010】
本発明の第2の局面では、前記前処理はセルロースを含有する原料を粉砕することによって行うことと規定した。セルロースを粉砕することによってセルロースの結晶構造は変化し結晶化度を低下させることができる。また、粉砕によってセルロース分子自身も徐々に小さくなり、重合度が低下する。このために、モニタリング前処理工程においてセルロースの結晶化度及び/又は重合度を容易かつ確実に制御することができる。
【0011】
本発明の第3の局面では、前処理はセルロースの結晶化度が50%以下になるまで行うことと規定した。発明者らの試験結果によれば、セルロースの結晶化度は小さいほど可溶化工程における反応性が高くなり、可溶化率が高くなり、可溶化に要する時間は短くなる。さらに好ましいのは結晶化度が20%以下になるまで前処理を行うことであり、最も好ましいのは10%以下になるまで前処理を行うことである。
【0012】
本発明の第4の局面では、前処理はセルロースの重合度が200以下になるまで行うことと規定した。発明者らの試験結果によれば、セルロースの重合度は小さいほど可溶化工程における反応性が高くなり、可溶化率が高くなる。また、結晶化度がほぼ0のセルロースであっても、重合度が異なれば可溶化工程における反応性及び可溶化率は異なることから、前処理においてセルロースの重合度は、セルロース原料の可溶化率を向上させたり、製造に要するトータルの時間を短縮したりするための重要なファクターとなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態のセルロースの可溶化方法を示す工程図である。
【図2】水の状態図である。
【図3】粉砕時間とセルロースの結晶化度との関係を示すグラフである。
【図4】結晶化度と可溶化率との関係を示すグラフである。
【図5】表1の生成物の割合を棒グラフ化したグラフである。
【図6】反応時間とセルロースの可溶化率との関係を示すグラフである。
【図7】実施例5〜20の反応条件及び各種成分の生成率を示すグラフである。
【図8】横軸を反応時間、縦軸を(セルロース含水量+添加水量)/セルロース乾燥重量とし、水溶性糖分の収率をプロットしたグラフである。
【図9】横軸を反応時間、縦軸を水分割合とした場合の、過分解物の割合を百分率で示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
実施形態のセルロースの可溶化方法では、図1に示すように、セルロースを含有する原料を粉砕し、水分調整を行った後、熱処理を行う。そして、熱処理によって加水分解されて水溶性となった原料に水を加えて抽出し、固液分離して固形分と水溶液に分ける。以下、詳述する。
【0015】
・原 料
セルロースを含有する原料となるのは、セルロースを含む植物系の原料であり、セルロースの他に、でん粉、ヘミセルロース、ペクチンなど、セルロース以外の多糖を含むものであっても用いることができる。具体的には、稲わら、麦わら、バガス等の草類、竹、笹などの間伐材、おがくず、チップ、端材などの木材加工木屑、街路樹剪定材、木質建築廃材、樹皮、流木等の木質系バイオマス、古紙等のセルロース製品からのバイオマス等が挙げられる。また、セルロースを原料として使用可能な程度含むものであれば、汚泥、畜糞、農業廃棄物、都市ゴミ等も用いることができる。
【0016】
・モニタリング前処理工程S1
上記セルロース含有原料に対して、モニタリング前処理工程S1として、セルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングしながら前処理を行う。ここに結晶化度とは、原料における結晶化した部分の占める割合を指し、X線回折測定によるSegal法等の方法で特定される。また、セルロースの重合度とは、セルロースを構成するグルコースが連結している平均の数をいう。セルロースの重合度の測定方法としては、GPCなどが挙げられる。なお、毎回同様の条件で粉砕を行う場合においては、前もって粉砕時間とセルロースの結晶化度や重合度との関係を示す検量線を作成しておき、粉砕時間によって間接的に重合度や結晶化度を制御してもよい。
【0017】
前処理は、セルロースの結晶化度及び/又は重合度を低減する処理であるならば特に限定されず、例えば、物理的な方法として粉砕を採用することができる。具体的な粉砕方法は原料の形態に応じて適宜選択すればよいが、まず数〜数十mm程度に粗粉砕してハンドリングし易い状態にしてから、さらに細かく粉砕すると、微粉砕を効率的に行なうことができる。粗粉砕にはハンマーミルやカッターミルなどの汎用粉砕機が使用できる。また、微粉砕には、振動ミル、ボールミル、ロッドミル、ローラーミル、コロイドミル、ディスクミル、ジェットミルなどの汎用粉砕機が使用でき、微粉砕処理は、乾式、湿式いずれの方式も適用できるが、セルロースの結晶性を低下させる面で、乾式粉砕が望ましい。
その他、イオン性液体を利用してセルロースを溶解し、もってその結晶化度を低減することもできる(特許文献3参照)。
【0018】
・水分調整工程S2
次に、水分調整工程S2として、原料の含水量が多い場合には、遠心脱水や熱風乾燥などで含水率を所定の値に調整する。また、逆に水分が少なすぎる場合には、水分を添加して調整する。
【0019】
・可溶化工程S3
さらに、水分調整されたセルロース原料に対して可溶化工程S3が行われる。可溶化工程S3の条件としては、従来から知られている加圧熱水法として、図2に示した亜臨界領域や超臨界領域で処理を行うことができる。亜臨界領域では飽和水蒸気圧よりも全圧が高い領域であり、換言すれば水が水蒸気以外に液体の水として安定に共存する領域である。このため、亜臨界領域でのセルロースの加水分解反応は、イオン積が大きくなっている液体の水によって進行するものと推定される。また、超臨界領域でのセルロースの加水分解反応は、気−液の区別ができなくなった超臨界状態という特殊な状態の水による加水分解反応である。
【0020】
また、従来から行われている亜臨界領域や超臨界領域での処理に替えて、100℃以上300℃未満であって、且つ、全圧が0.05MPa以上10MPa未満という高温−低圧の領域で加水分解反応を行うこともできる。このような領域は、図2における斜線内の部分で示され、全圧が飽和水蒸気圧よりも小さい領域(すなわち、水が安定に存在せず、水蒸気のみが存在する領域)か、液体の水と水蒸気とが共存はするが全圧は10MPa未満と小さい領域であり、亜臨界領域や超臨界領域とは全く異なる状況である。この差異により、乳酸や酢酸やヒドロキシメチルフルフラール(HMF)等の過分解物の生成がきわめて少ないというという特徴を有することとなる。
【0021】
こうした高温−低圧の領域で加水分解反応を行うため、反応容器は蓋付きの密閉容器を用いることができる。このような容器としては、耐食性金属からなるオートクレーブ装置や、PTFE等のフッ素樹脂からなる蓋付き容器を内側に収容する金属性耐圧容器といった、二重構造の容器を用いることもできる。
そして、これらの容器内にセルロースを含有する原料と水とを所定量投入する。そして、蓋を閉めて温度を100℃以上300℃未満の所定の温度に設定する。これにより原料にもともと含まれていた水分及び添加した水は、水蒸気となり体積を増す。このとき、最終的に到達する圧力は、実ガスに対する補正がなされた状態方程式に、温度、水の量及び容器体積を代入することにより、容易に求めることができる。加熱方法は特に制限されず、電気ヒータ、高周波、マイクロ波、スチーム等を用いることができる。
【0022】
・抽出工程S4
以上のようにして製造された水可溶化物は、抽出工程S4で水(あるいはお湯)によって抽出して、水可溶性物抽出液を得る。こうして得られた水可溶性物抽出液には、オリゴ糖等の低分子量多糖類や、グルコースが主成分として含まれている。このとき、乳酸や酢酸やヒドロキシメチルフルフラール(HMF)等の過分解物も生成するが、その割合は上述した加圧熱水法に比べて極めて少ない。
【0023】
・固−液分離工程S5
以上のようにして得られた水可溶性物抽出液には、水に溶けない不溶性物質も含まれているため、反応液に対して0.1〜500倍量となるように水を加えて混合し、固液分離装置で固液分離を行う。固液分離装置としては、例えば、重力沈降方式、遠心分離方式、膜分離方式、凝集分離方式、浮上分離方式等を用いた装置が挙げられる。こうして、ブドウ糖や多糖類やオリゴ糖などの水溶性成分の水溶液が得られる。
【0024】
以上のように、実施形態のセルロースの可溶化方法では、モニタリング前処理工程S1においてセルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングするため、セルロースの可溶化反応を行う前に反応性を事前にチェックすることができる。このため、前処理が不十分となったり、必要以上に前処理を長時間行ったりすることを防止できる。このため、ひいてはセルロース原料の可溶化率を向上させるだけでなく、前処理に要する時間も含めたトータルの製造時間を短縮することが可能となる。
【実施例】
【0025】
(実施例1)
・モニタリング前処理工程
試薬のセルロース(MERCK社製 製品名 微結晶セルロース)を用い、これを遊星ボールミル(伊藤製作所製 製品名 遊星回転ボールミル、粉砕容器:ジルコニアポット、媒体:φ5ジルコニアボール、回転数:300rpm)によって粉砕した。こうして得られたセルロース粉末の結晶化度をX線回折測定によるSegal法により測定した。粉砕時間とセルロースの結晶化度との関係を図3に示す。この図から、セルロースの結晶化度が20%位までは急激に低下し、その後徐々に低下の割合が小さくなっていくことが分かった。
【0026】
上記のように処理したセルロース原料を、セルロース(含水):300mg、セルロース含水率:5〜7%、水添加なし、加熱条件:200℃、3時間なる条件で可溶化処理を行なった後、内容物を水で抽出し、フィルターでろ過し、水抽出液を得た。そして、高速液体クロマトグラフィー及び全有機炭素計(TOC計)によって分析し、可溶化率、グルコースの割合、過分解物の割合及び低分子量多糖類の割合を求めた。結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
図4は、表1において結晶化度と可溶化率との関係をグラフ化したものである。図4より、セルロースの結晶化度をモニタリングしながら前処理としての粉砕を行えば、反応終了後における可溶化率、グルコース、過分解物及びグルコース以外の糖の濃度を予測できることが分かった。
また、図5は、表1の生成物の割合を棒グラフ化したものである。表1及び図5から、セルロースの粉砕時間を長くするほど結晶化度が低下し、可溶化率及び水溶性多糖類の割合が高くなる(すなわち、セルロースの加水分解反応が迅速に進行する)ことが分かった。
【0029】
(実施例2)
実施例2では試薬のセルロースを原料として、以下のようにしてセルロース原料を可溶化した。
・モニタリング前処理工程
セルロースを含有する原料として、試薬のセルロース(MERCK社製 製品名 微結晶セルロース Avicel)を用い、これを遊星ボールミル(伊藤製作所製 製品名 遊星回転ボールミル)を用いて結晶化度がほぼ0となるように10時間粉砕した。この粉砕によって結晶化度、重量平均分子量及び重合度は以下のように低減した。
粉砕前の結晶化度 80% → 粉砕後 0%
粉砕前の重量平均分子量 37,400 [M/w] → 粉砕後 31,100 [M/w]
粉砕前の重合度 230 → 粉砕後 191
・水分調整工程
こうして得られた粉砕セルロース粉300mgを秤取り、2重構造の蓋付きの耐圧PTFE容器(内側容器は容積28cmのPTFE容器、外側容器はステンレス製容器)に入れ、水添加なしで蓋をした。
・可溶化工程及び抽出工程
試料を入れた耐圧PTFE容器を電気加熱炉に入れ、200℃で3時間の加熱を行った後、内容物を4.75mlの水で抽出し、フィルターでろ過し、水抽出液を得た。
【0030】
(実施例3)
実施例3では原料として東洋濾紙(株)製 ろ紙5Cを用いた。その他については実施例2と同様であり、遊星ボールミルによる10時間の粉砕で、結晶化度、重量平均分子量及び重合度は以下のようになった。
粉砕前の結晶化度 88% → 粉砕後 0%
粉砕後 26,800 [M/w]
粉砕後 165
【0031】
(実施例4)
実施例4では原料として試薬のセルロース(日本製紙ケミカル(株)製 KCフロック50GK)を用いた。その他については実施例2と同様であり、遊星ボールミルによる10時間の粉砕で、結晶化度、重量平均分子量及び重合度は以下のようになった。
粉砕前の結晶化度 61% → 粉砕後 0
粉砕後 36,100 [M/w]
粉砕後 222
【0032】
(比較例1)
比較例1では粉砕工程を行うことなく試薬のセルロース(MERCK社製 製品名 微結晶セルロース 結晶化度80、重量平均分子量37,400[M/w]、重合度230)をそのまま用いた。その他については実施例1と同様であり、説明を省略する。
【0033】
<評 価>
以上のようにして得られた実施例2〜4及び比較例1の結晶化度、重量平均分子量及び重合度を表2にまとめて示す。
【0034】
【表2】

【0035】
また、可溶化率を全有機炭素計(TOC計)による測定値から求めた結果を図6に示す。表2及び図6から、実施例2〜4は結晶化度が全て0で共通しているにもかかわらず、セルロースの可溶化率及び可溶化に要する時間が大きく異なっていることが分かった。
一方、重合度については実施例3<実施例2<実施例4であり、重合度が低いほどセルロース可溶化率が高く、可溶化に要する時間が短いことが分かった。
以上の結果から、セルロース原料に対する可溶化率の向上及び可溶化反応の迅速化には、結晶化度のみならず、重合度も重要な要因となることが分かった。
【0036】
実施例5〜11では試薬のセルロースを原料として、以下のようにしてセルロースの可溶化を行った。
・粉砕工程
まず、モニタリング前処理工程としての粉砕工程を行う。
すなわち、セルロースを含有する原料として、試薬のセルロース(MERCK社製 製品名 微結晶セルロース)を用い、これを遊星ボールミル(伊藤製作所製 製品名 遊星回転ボールミル)によって10時間粉砕した。これにより、原料の結晶化度がほぼ0となる。
・水分調整工程
こうして得られた粉砕セルロース粉15mgを秤取り、2重構造の蓋付きの耐圧PTFE容器(内側容器は容積28cmのPTFE容器、外側容器はステンレス製容器)に入れ、水を所定量(実施例5〜7では0mg、実施例8、9では15mg、実施例10、11では100mg)加えて蓋をした。
・熱処理工程及び抽出工程
試料をいれた耐圧PTFE容器を電気加熱炉に入れ、200℃で所定時間の加熱を行った後、内容物を4.75mlの水で抽出し、フィルターでろ過し、水抽出液を得た。
【0037】
(実施例12〜20)
実施例12〜14では水分調整工程における水添加の量を500mg、実施例15〜18では1500mg、実施例19,20では4750mgとした。その他の条件は実施例5〜11と同様であり、説明を省略する。
【0038】
<評 価>
以上のようにして得られた実施例5〜20の抽出液の成分及びその量を高速液体クロマトグラフィーによって分析するとともに、可溶化率を全有機炭素計(TOC計)による測定値から求めた。結果を表3及び図7に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
表3に示すように、実施例5〜20は全て反応温度が200℃であり、このときの飽和水蒸気圧は1.56MPaとなる。一方、実施例5〜11における全圧は表3及び図7に示すように、0.17〜0.94MPaの範囲内であるのに対し、実施例12〜20における全圧は飽和水蒸気圧の1.56MPaよりも大きい。以上のことから、実施例5〜11では添加された水およびセルロースに含まれていた水分は全て水蒸気となっており、液体状の水は存在していないことが分かる。これに対して、実施例12〜20では添加された水の量が多いため、液体の水と飽和水蒸気とが平衡状態となっており、添加した水の多くは液体状の水として残っていることが分かる。
また、可溶化率、グルコース及び過分解物の生成率についての実施例5〜11及び実施例12〜20の比較から、全圧が飽和水蒸気圧よりも低い実施例5〜11においては、可溶化率に対するグルコース及び過分解物の生成率の割合が著しく低く、オリゴ糖等に代表される水溶性の多糖類の割合が高いことが分かる。特に水蒸気圧の小さい実施例5〜7では、水溶性成分のほとんどが水溶性多糖類であり、グルコースや過分解物は極僅かであった。以上の結果、実施例5〜11の処理方法は、グルコースを採取するための前段階のセルロースの可溶化処理方法として、極めて好ましいことが分かった。
これに対して、全圧が飽和水蒸気圧よりも高い実施例12〜20においては、可溶化率に対するグルコース及び過分解物の生成率の割合が高く、グルコースを採取するための前段階のセルロースの可溶化処理方法としては好ましくない。なぜならば、前段階のセルロースの可溶化処理方法としてグルコース及び過分解物が多量に生成した場合、さらにそれを固体酸触媒や硫酸などの存在下で処理すると、グルコースからの過分解物が加わって、過分解物の量がさらに多くなるからである。
【0041】
また、反応系内における(水の重量/セルロースの重量)の値(すなわち表3における水分割合)に注目した場合、水分割合が0.07〜7.2である実施例5〜11においては、可溶化率に対するグルコース及び過分解物の生成率が著しく低く、オリゴ糖等に代表される水溶性の低分子量多糖類の割合が高いことが分かる。このことは、グルコースを採取するための前段階のセルロースの可溶化処理方法として、水溶性の多糖類リッチな均質性の高い原料を得ることができるという、極めて好ましい性質を有している。
これに対して実施例12〜20においては、可溶化率に対するグルコース及び過分解物の生成率が高く、水溶性の多糖類以外にグルコース及び過分解物が多量に生成しており、グルコースを採取するための前段階のセルロースの可溶化処理方法としては好ましくない。
【0042】
また、反応系内における(水の重量)/(セルロースの重量+水の重量)の値を百分率で表した値(すなわち表3における含水率)に注目した場合、含水率が6.8〜87.8重量%である実施例5〜11において、可溶化率に対するグルコース及び過分解物の生成率が著しく低く、オリゴ糖等に代表される水溶性の多糖類の割合が高いことが分かる。これに対して含水率が97.3重量%以上である実施例12〜20においては、可溶化率に対するグルコース及び過分解物の生成率が高く、水溶性の多糖類以外にグルコース及び過分解物が多量に生成しており、グルコースを採取するための前段階のセルロースの可溶化処理方法として好ましくないことが分かる。
また、図8は、横軸を反応時間、縦軸を水分割合(すなわち、反応容器内の水分量/セルロースの乾燥重量)とし、水溶性糖分の収率(すなわち、水溶性多糖類とグルコースとの合算の収率)をプロットしたグラフである。また、グラフ中の破線は水分割合(すなわち、水分量/セルロースの乾燥重量の値)が12となるラインを示しており、この値のときに、ちょうど飽和水蒸気圧である1.56MPaとなる。このグラフから、水溶性糖分の収率は、水分割合が0.1付近と、30付近との2箇所に極大があることが分かる。
【0043】
また、図9は、横軸を反応時間、縦軸を水分割合(すなわち、反応容器内の水分量/セルロースの乾燥重量)とした場合の、過分解物の割合を百分率で示したグラフである。このグラフから、過分解物の割合は、水分割合(すなわち、反応容器内の水分量/セルロースの乾燥重量)が大きいほど大きくなり、水分割合が7以上において急激に大きくなることが分かった。
【0044】
上記実施例は特許請求の範囲記載以外に以下の技術的特徴を有している。
(1)セルロースを含有する原料を触媒の存在しない条件下で水と反応させて水可溶性成分に変換する可溶化工程を有するセルロースの可溶化方法であって、
前記可溶化工程の前に前記セルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングしながら前処理を行うモニタリング前処理工程を有し、
前記可溶化工程は100℃以上300℃未満であって、且つ、全圧が0.05MPa以上10MPa未満の条件下で行うことを特徴とするセルロースの可溶化方法。
(2)前記全圧は飽和水蒸気圧よりも小さく、前記水は全て気体の状態とされていることを特徴とすることを特徴とする(1)記載のセルロースの可溶化方法。
(3)前記セルロースを含有する原料と水とを所定の量づつ反応容器に投入し、該反応容器を密閉してから加熱することにより温度と圧力とを調整することを特徴とする(1)又は(2)に記載のセルロースの可溶化方法。
(4)(水の重量/セルロースの重量)が0.01以上7未満であることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれか1項記載のセルロースの可溶化方法。
(5)反応系内における(水の重量)/(セルロースの重量+水の重量)が0.01以上0.87未満であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれか1項記載のセルロースの可溶化方法。
【0045】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースを含有する原料を触媒の存在しない条件下で水と反応させて水可溶性成分に変換する可溶化工程を有するセルロースの可溶化方法であって、
前記可溶化工程の前に前記セルロースの結晶化度及び/又は重合度をモニタリングしながら前処理を行うモニタリング前処理工程を有することを特徴とするセルロースの可溶化方法。
【請求項2】
前記前処理はセルロースを含有する原料を粉砕することによって行うことを特徴とする請求項1記載のセルロースの可溶化方法。
【請求項3】
前記前処理はセルロースの結晶化度が50%以下になるまで行うことを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロースの可溶化方法。
【請求項4】
前記前処理はセルロースの重合度が200以下になるまで行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のセルロースの可溶化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−66816(P2013−66816A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205176(P2011−205176)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(591261509)株式会社エクォス・リサーチ (1,360)
【Fターム(参考)】