説明

センサ電極及びこれを用いたバイオセンサ

【課題】 被検物質に特異的な酵素反応を利用して、テトラゾリウム塩類の還元体に基づく電気的信号を計測するバイオセンサにおいて、測定感度、測定精度を向上する。
【解決手段】 支持体;該支持体上に形成された導電性材料膜;及び該導電性材料膜上に積層された試薬層を備え、前記試薬層は、テトラゾリウム塩類、及び被検物質に対して特異的に反応し且つテトラゾリウム塩類と酸化還元反応する酵素系を含む層であるセンサ電極であって、前記導電性材料膜のうち、少なくとも前記試薬層の担持部分の表面の算術平均粗さRaが1.0μm以下である。
【効果】 試薬層との接触部分を平滑面とすることで、ホルマザンの電極面における吸着を抑制することができ、被検物質量に比例した電流が流れやすくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素反応を利用して、血液、尿、唾液、汗等の生体試料や食品、環境試料等に含まれる基質量を電気的に計測するバイオセンサ、及びこれに用いるセンサ電極に関する。
【背景技術】
【0002】
血液、尿、唾液、汗等の生体試料や食品、環境試料等の種々の試料に含まれる特定物質(以下「被検物質」という)の定量、例えば、糖、アミノ酸、タンパク質、脂肪、脂肪酸等の被検物質の含有量を、簡便でしかも迅速に測定する方法として、前記被検物質に特異的な酵素反応を利用したバイオセンサを用いる方法がある。
【0003】
酵素反応生成物に基づく電気信号を検出することで、被検物質量を定量するバイオセンサとしては、例えば、特許3403390号公報(特許文献1)で提案されているような、定量方法及びバイオセンサがある。
【0004】
特許文献1に開示されているバイオセンサは、導電性材料を印刷手法によって形成した導電性材料膜を有する電極を作用極として対極を配向させ、この作用極と対極との間に、被検物質に特異的な脱水素酵素、補酵素、電子メディエータもしくはジアホラーゼ及びテトラゾリウム塩類を含む反応試薬を担持させたものである。
【0005】
反応試薬と被検物質との酵素反応及び酸化還元反応の結果、テトラゾリウム塩類の還元体であるホルマザンが生成され、このホルマザンと導電性材料膜との間でおこる電子交換反応により生じる応答電流を計測することにより、被検物質量を定量している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許3403390号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような構成を有するバイオセンサで測定する試料のうち、特に血液、唾液等の体液では、採取量が多くない上に、被検物質濃度もそれほど高くない場合が多い。このため、少量であっても、所望の測定精度を確保できるように、計測される電流値の増大化が求められる。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、上記のような、被検物質に特異的な酵素反応を利用して、テトラゾリウム塩類の還元体に基づく電気的信号を計測するバイオセンサにおいて、測定感度、測定精度を向上することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、テトラゾリウム塩類の還元体に基づく電気的信号の測定感度について、種々検討した結果、電極における反応試薬担持部分の平滑度が、ホルマザンと電極面との電子交換に関係し、ひいては、検出される応答電流に関係することを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明のセンサ電極は、支持体;該支持体上に形成された導電性材料膜;及び該導電性材料膜上に積層された試薬層を備え、
前記試薬層は、テトラゾリウム塩類、及び被検物質に対して特異的に反応し且つテトラゾリウム塩類と酸化還元反応する酵素系を含む層であるセンサ電極であって、
前記導電性材料膜のうち、少なくとも前記試薬層の担持部分の表面の算術平均粗さRaが1.0μm以下であることを特徴とする。
【0010】
前記酵素系は、少なくとも被検物質に対して特異的に反応する脱水素酵素と、酸化型ニコチンアミドヌクレオチド系補酵素を含むものであることが好ましい。
【0011】
また、前記導電性材料としては、カーボン、金、銀、銀/塩化銀、ニッケル、白金、白金黒、パラジウム等、あるいはこれらの合金を用いることができ、好ましくはカーボンである。前記導電性材料膜は、カーボン含有ペーストの塗布後、乾燥により形成された膜を研磨することにより、算術平均粗さRaが1.0μm以下とされたものであることがより好ましい。
【0012】
表面の粗さは、JIS B 0601に準じて測定される。算術平均粗さRaとは、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さ(l)だけを抜き取り、この抜き取り部分の平均線の方向にX軸を、縦倍率の方向にY軸をとり、粗さ曲線をy=f(x)で表わしたときに、以下の数式によって求められる値をμmで表わしたものをいう。
【0013】
【数1】

【0014】
Raが1.0μm以下の平滑な電極面では、テトラゾリウム塩類、ホルマザンが吸着されにくいので、反応系でのこれらの化合物の拡散が高まる。その結果、被検物質と酵素系との反応が効率よく進行でき、さらには反応最終生成物であるホルマザン量に基づく電気的パラメータを、無駄なく測定検出できる。
【0015】
本発明のバイオセンサは、アノード極として上記本発明のセンサ電極を用いたもので、さらにカソード極、及び前記アノード極とカソード極との間に発生する電気的パラメータを検出する計測部を備えたものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明のセンサ電極は、導電性材料膜の試薬層との接触面を平滑面とすることにより、被検物質と試薬との最終生成物であるテトラゾリウム塩類の還元体(ホルマザン)が、有効に導電性材料と電子交換ができるので、被検物質量に比例した電流が流れやすくなり、その結果、測定感度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のセンサ電極の一実施形態の構成を示す断面模式図である。
【図2】センサ電極における反応を説明するための図である。
【図3】実施例を用いた電流測定方法を説明するための図である。
【図4】実施例の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
〔センサ電極〕
図1は、本発明のセンサ電極の一実施形態の構成を示す断面模式図である。支持体1の上に導電性材料膜2が形成され、該導電性材料膜2表面の一部に、試薬層3が積層されている。
【0019】
<支持体>
前記支持体1としては、ガラス基板、ガラスエポキシ樹脂板、セラミックス基板、プラスチック基板等の絶縁性基板を用いることができる。
【0020】
<導電性材料膜>
前記導電性材料膜を構成する導電性材料としては、カーボン、金、銀、銀/塩化銀、ニッケル、白金、白金黒、及びパラジウム等、並びにこれらの合金が挙げられる。これらのうち、材料コスト、製膜、表面性状の制御のし易さ等の観点から、カーボンが好ましく用いられる。
【0021】
導電性材料膜のうち、少なくとも前記試薬層3が積層されている部分において、導電性材料膜の試薬層側表面の算術平均粗さ(Ra)が1μm以下、好ましくは0.6μm以下である。
【0022】
表面粗さの測定方法としては、触針式測定とレーザー顕微鏡による非接触方式とがあるが、レーザー顕微鏡により測定されることが好ましい。触針式の場合、針の接触によって電極表面形状が変わってしまう可能性があるので、針圧を確認し、前後で、電極表面形状が変わらないことを確認の上、採用することが望ましい。
【0023】
上記算術平均粗さの範囲となる平滑面の形成は、導電性材料膜を構成する材料、製膜方法により異なる。導電性材料として金属箔のように、予め形成された膜を用いる場合には、上記範囲の平滑度を有する金属箔を用いる。導電性材料膜2を、支持体1上に直接形成する方法としては、(a)導電性材料粉末含有ペーストをスクリーン印刷等により形成した後、平滑化処理することにより、表面粗さが上記範囲内となるように調節する方法、(b)蒸着法等により、表面粗さが上記範囲内となる平滑膜を、直接形成する方法があげられる。これらのうち、(a)の方法がコスト面から好ましく利用される。
【0024】
導電性材料粉末含有ペーストは、導電性材料粉末、樹脂バインダー、分散媒体となる水、アルコール類、エーテル類、グリコール類、アセテート類等の液体を混合することにより調製される。導電性材料粉末としては、特に限定しないが、カーボンの場合、通常、3〜500nm程度の導電性カーボンブラックが利用される。ペースト乾燥後の電極の電気伝導性として、膜厚20μmで、100Ω/□以下の抵抗率であることが望ましい。被検物質が電極表面に近づきやすいように、被検物質と化学構造が類似した物質を配合する場合もある。
【0025】
上記(a)の方法で用いられる印刷方法としては、スクリーン印刷の他、グラビア印刷、オフセット印刷、インクジェット印刷等が挙げられる。
印刷後、リフロー炉や恒温槽等で溶剤を揮発させて、膜を形成する。形成される膜は、ペーストの調製に用いた導電性材料粉末の平均粒子径等にもよるが、通常、上面視で数nm〜数百nm程度の凹凸を有している。従って、膜表面の算術平均粗さRaが上記範囲内となるように、平滑化処理を行う必要がある。
【0026】
平滑化処理としては、支持体の熱変形や機械応力変形がなく、且つ導電性材料膜に実質的に電気化学的特性に影響を及ぼさない処理方法であればよい。アルミナ・ダイヤモンド粉末・シリカ・酸化セリウム粉末・バストネサイト等の研磨剤や、エメリーペーパーで研磨する方法が挙げられる。研磨手段としては、研磨用パッドの上に、研磨粉懸濁液を数滴たらし、その上で電極を研磨するとよい。研磨パッドが回転するタイプのものを使用する場合、印刷により形成した膜が剥離しないように、回転数を適宜調節する。研磨条件は、導電性材料の種類、導電性材料粉末含有ペーストの組成、印刷条件(スキージ圧、スキージ速等)、印刷後の乾燥条件等に応じて、適宜選択する。研磨後、膜表面を水洗して研磨粉、汚れを除去した後、乾燥する。
【0027】
尚、カーボン膜のように、印刷により形成される膜が柔らかい場合、研磨処理前に、予め、プレス等で、膜を固化、圧縮させておくことが好ましい。
【0028】
上記(b)の蒸着方法としては、物理蒸着法(PVD)、化学蒸着法(CVD)、PLD法(PVD法の一種であるパルスレーザー体積法)等が挙げられる。
【0029】
物理蒸着法(PVD)としては、真空中で導電性材料を加熱し、活性した蒸気を基板上に凝縮・付着させてつくる真空蒸着;真空蒸着装置内にガスを導入し、プラズマを発生させ、これにより蒸着粒子をイオン化し活性化して蒸着するイオンプレーティング;高エネルギー粒子を導電性材料固体に衝突させて、導電性材料分子又は原子集合体をたたき出すスパッタリング現象を利用する方法が挙げられる。
化学蒸着法(CVD)としては、導電性材料ガスを活性化して、基板表面に析出させることで膜を形成する熱CVD法;反応ガスをプラズマ励起することで活性なイオンやラジカルを生成し基板上に薄膜を作製するプラズマCVD法;光子エネルギーをCVD反応場に照射することにより導電性材料物質を励起又は活性化して薄膜を成長させる光CVD法等が挙げられる。
【0030】
蒸着法の他、燃焼、電気エネルギー等による熱源を用いて溶射材料を加熱し、溶融又はそれに近い状態にした材料粒子を基材に吹き付け、膜を形成する溶射法等も採用できる。
【0031】
カーボンを用いて蒸着法により形成されるDLC(ダイアモンド状カーボン)膜は、直接的に、強固で安定な平滑面を形成できるので好ましい。
【0032】
<試薬層>
試薬層には、テトラゾリウム塩類、及び被検物質に対して特異的に反応し且つテトラゾリウム塩類と酸化還元反応する酵素系が含まれている。
【0033】
被検物質とは、測定試料中に含まれる特定物質であり、試薬層に含まれる酵素の基質となる物質である。測定試料の種類は特に限定しないが、基質を含む水溶液であることが好ましく、具体的には、血液、尿、リンパ液、唾液といった体液;飲料水、アルコール類等の食品;雨水、川水、汚泥等等を測定試料として適用できる。
【0034】
上記測定試料に含まれ、具体的に測定対象となる被検物質は、例えば、アラニン、ロイシン、グルタミン酸等のアミノ酸;グリセロール、エタノール等のアルコール類;ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド等のアルデヒド類;ギ酸、乳酸、オキサロ酢酸、ピルビン酸、リンゴ酸等のカルボン酸及びその誘導体;ガラクトース、グルコース、フルクトース等の単糖類、ソルビトール等の糖アルコール類及びその誘導体;グルコース−6−リン酸、グリセリルアルデヒド−3−リン酸等のリン酸誘導体;コレステロール等のステロイド類、1,5−アンヒドログルシトール(1,5−AG)等が挙げられる。
【0035】
上記酵素系とは、基質と特異的に酸化還元反応し、さらにテトラゾリウム塩類と直接酸化還元反応して、元の酵素に戻ることができる反応系を構築できる酵素、又は酵素の組合せである。脱水素酵素と補酵素の組合せ、さらには当該補酵素を電子供与体とする電子メディエータ又は酵素の組合せ;酸化酵素系;酸化酵素とぺルオキシダーゼの組合せ;加水分解酵素とこれらの組合せ等が挙げられる。これらのうち、脱水素酵素、補酵素、及び当該補酵素を電子供与体とする電子メディエータ又は酵素の組合せが好ましく、特に脱水素酵素、ニコチンアミドヌクレオチド系補酵素、当該ニコチンアミドヌクレオチド系補酵素を電子供与体とする電子メディエータ又はジアホラーゼの組合せが好ましく用いられる。
【0036】
上記脱水素酵素としては、アラニン脱水素酵素、アルコール脱水素酵素、アルデヒド脱水素酵素、イソクエン酸脱水素酵素、ウリジン−5’−ジホスホ−グルコース脱水素酵素、ガラクトース脱水素酵素、ギ酸脱水素酵素、グリセロール脱水素酵素、グルコース脱水素酵素、グルセロール−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、ラクテートデヒドロゲナーゼ、リンゴ酸酵素、グリセリルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、グルコース−6−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、グルタメートデヒドロゲナーゼ、1,5−アンヒドログルシトール脱水素酵素、1,5−アンヒドログルシトール−6−リン酸脱水素酵素等が挙げられる。
これらの脱水素酵素は、ニコチンアミドヌクレオチド系補酵素と共役して、基質−酵素反応を繰り返し触媒することができる。
【0037】
補酵素とは、アポ酵素と可逆的に結合して酵素作用の発現に寄与する補欠分子族である。酸化型ニコチンアミドヌクレオチド(NAD、NADP)は、上記のような脱水素酵素(デヒドロゲナーゼ)の補酵素である。脱水素酵素から水素を受け取って、還元型のNADH又はNADPHになる。NADH又はNADPHは、当該NADH又はNADPHを電子供与体とする電子メディエータ又はジアホラーゼを介して、テトラゾリウム塩類をホルマザンに還元するとともに、自ら酸化型(NAD、NADP)に戻ることができる。
【0038】
ジアホラーゼは、リポアミド型酵素ともいい、NADH又はNADPHによる色素の還元反応を触媒することができる。
NADH又はNADPHを電子供与体とする電子メディエータとしては、例えば、ベンゾキノン類、ナフトキノン類、アントラキノン類、フェナジン類等が挙げられる。これらの電子メディエータも、ジアホラーゼと同様に、NADH、NADPHによる色素の還元反応を触媒することができる。
【0039】
酸化酵素としては、キサンチンオキシダーゼ、スーパーオキシドジムスダーゼ、グルコースオキシダーゼ等が挙げられる。
加水分解酵素としては、グリコシダーゼ、エステラーゼ、ペプチダーゼ等があげられる。
【0040】
テトラゾリウム塩類とは、下記化学式(1)で表わされる化合物である。式中、R1、R2、R3は、アリール基又はその誘導体である。
【0041】
【化1】

【0042】
テトラゾリウム塩類としては、2−(4−ヨードフェニル)−3−(4−ニトロフェニル)−5−(2,4−ジスルホフェニル)−2H−テトラゾリウム、1ナトリウム塩(WST−1という)、2−(4−ヨードフェニル)−3−(2,4−ジニトロフェニル)−5−(2,4−ジスルホフェニル)−2H−テトラゾリウム、1ナトリウム塩(WST−3という)、2−ベンゾチアゾリル−3−(4−カルボキシ−2−メトキシフェニル)−5−〔4−(2−スルホエチルカルバモイル)フェニル〕−2H−テトラゾリウム(WST−4)、4−〔3−(2−メトキシ−4−ニトロフェニル)−2−(4−ニトロフェニル)−2H−5−テトラゾリル〕−1,3−ベンゼンジスルホン酸ナトリウム(WST−8)、2−(4−ニトロフェニル)−5−フェニル−3−〔4−(4−スルホフェニルアゾ)−2−スルホフェニル〕−2H−テトラゾリウム,ナトリウム塩(WST−9)等がある。これらのうち、テトラゾリウム塩類自体の安定性、水への溶解性という点から、WST−1が好ましく用いられる。
【0043】
テトラゾリウム塩類は、還元されて下記化学式(2)に示すようなホルマザンとなる。
【化2】

【0044】
試薬層は、以上のような酵素系及びテトラゾリウム塩類を水、アルコール等の溶媒に溶解し、さらに必要に応じて、酵素系が作用するのに好適なpH範囲となるように、pH緩衝剤を加えて調製した試薬液を、導電性材料膜上に滴下後、乾燥させて形成する。
【0045】
以上のような構成を有するセンサ電極上に測定試料を添加すると、測定試料に含まれる液体により、試薬層が分解し、試薬層に含有されている酵素系、テトラゾリウム塩類が測定試料中に分散、拡散された状態となる。このような状態において、測定試料に含まれる特定物質、すなわち被検物質である基質と酵素系に含まれる酵素、補酵素との間で基質−酵素反応がおこる。次いで生成された還元型補酵素とテトラゾリウム塩類とが電子メディエータ若しくはジアホラーゼを介して酸化還元反応する。脱水素酵素、補酵素としてNAD+、ジアホラーゼ又は電子メディエータ、及びテトラゾリウム塩類を含む試薬層を用いた場合を例に、図2に基づいて、一連の反応を詳述する。
【0046】
被検物質(酵素反応の基質)が脱水素酵素の触媒により、酸化型ニコチンアミド系補酵素と反応する。還元型に変換された補酵素(NADH)は、ジアホラーゼ又は電子メディエータを介して、テトラゾリウム塩類と反応して、酸化型補酵素に戻るとともに、テトラゾリウム塩類は還元されてホルマザンとなる。ホルマザンは、導電性材料膜表面に電子を受け渡すと、再びテトラゾリウム塩類となる。導電性材料膜表面が受け取った電子は、応答電流として検出測定することができる。上記酵素系の反応は、酵素について当量基準で進むので、最終生成物であるホルマザンとの電子交換により生じる電荷に比例する。従って、この電荷量に基づく電気的パラメータは、被検物質である基質濃度に比例しているので、電気的パラメータの測定により基質の量を定量することができる。
【0047】
本発明で用いられる電気的パラメータとしては、特に限定しないが、電流値、抵抗値、電圧値、電荷量等が挙げられる。これらのうち、検出測定が容易という点から、電流値が好ましく用いられる。
【0048】
NADHからテトラゾリウム塩類が電子を受け取って生成したホルマザンと電極表面の電子交換速度が十分速いならば電流は溶液中のホルマザンと電極表面の接触頻度で決定、すなわち拡散律速になると考えられる。発明者らの検討の結果、電極表面の平滑度が良好なほど、拡散律速に従って電流挙動を示すことが判明した。
逆にRaが1.0μmを超える粗面電極では、ホルマザンやテトラゾリウム塩類が電極表面2aに吸着して離れなくなる傾向がある。このため、電極沖合のホルマザンが電極表面に吸着したホルマザン/テトラゾリウム塩類に妨害されて電極表面のカーボン層に接触できず、電子交換できないため、結果として期待した電流、すなわち被検物質量に比例した電流が流れないと考えられる。
【0049】
このような問題の解決として、試薬層中のテトラゾリウム塩類の含有濃度を、予め、測定される被検物質濃度に比して多めにしておくことも考えられる。しかしながら、この場合、試薬層中の導電性材料膜との接触面2a付近に、予め吸着されるテトラゾリウム塩類の割合が高くなるだけで、試薬層中に分散している酵素系との反応自体に参画できるテトラゾリウム塩類が増大するとは限らない。むしろ、酸化反応生成物であるホルマザンが導電性材料膜に近付くのを妨害してしまい、試薬層におけるテトラゾリウム塩類濃度を上げるだけでは、測定される電気的パラメータの増大に寄与できないことが判明した。
【0050】
一方、Raが1.0μm以下の平滑面の電極では、テトラゾリウム塩類、ホルマザンが吸着されにくく、これらの化合物の反応系での拡散を高めることができる。このことは、試料と反応試薬との反応が効率よく進行できること、さらには反応最終生成物であるホルマザン量に基づく電気的パラメータを、無駄なく測定検出できることを意味する。
このようなことは、通常、電子の授受が行われる導電性材料膜と試薬層の接触面の比表面積が大きい方が有利であるとする考え方とは全く異なっており、予想外の効果である。
【0051】
尚、本発明のセンサ電極においては、導電性材料膜表面全体にわたって算術平均粗さRaが1.0μm以下である必要はなく、少なくとも試薬層との接触面2aが前記範囲の平滑面であればよい。
【0052】
〔バイオセンサ〕
本発明のバイオセンサは、上記本発明のセンサ電極をアノード極に用いたもので、カソード極、及び前記アノードとカソードとの間に発生する電気的パラメータを検出する計測部を備えている。
前記アノード極とカソード極とは、向かい合わせとなるように試料を充填できる空間をあけて貼り合わせられていてもよい。発生する電気的信号を取り出せるように、カソードとアノードは電気的に適宜接続されている。
【0053】
計測部は、採用する電気的パラメータの種類に応じて適宜選択される。また、本発明のバイオセンサは、測定した電気的パラメータの値を表示する表示部を、さらに備えてもよい。
また、測定試料を採取するための採取部、あるいは採取された測定試料を充填するための注入口などが適宜設けられていてもよい。
【実施例】
【0054】
本発明を実施するための形態を実施例により説明する。下記実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0055】
〔測定評価方法〕
(1)平滑度
レーザー顕微鏡KEYNCE VK−8510(高さ解像度:0.01μm、水平解像度:0.01μm、最大試料寸法:28mm)を用いて、算術平均粗さRaを測定した。
【0056】
(2)応答電流の測定
図3に示すような測定系を用いて、作用極11であるアノード極と対極(カソード極)12との間に発生した電流値を測定した。容器10には、ホルマザン0.52mM溶液がはいっている。作用極11は、支持体11a表面に導電性材料膜11bが形成されたもので、以下で作製した平滑処理前電極又は平滑処理済電極を用いた。参照極13には銀/塩化銀電極、対極12には白金電極を用いた。
【0057】
〔導電性材料膜(カーボン膜)の作製〕
導電性材料として、デュポンBQ242カーボンインキペーストを用いた。このインキを、2枚のPETフィルム上にそれぞれスクリーンメッシュ印刷し、130℃で15分間乾燥した後、ハンドプレスで固化した。形成された導電性材料(カーボン)膜の表面粗さRa=1.2μmであった。このようにして作製した電極の1つを、平滑処理前電極として用いた。
【0058】
残りの平滑処理前電極を、純度99.98%、粒径0.1μmの六方晶アルミナ懸濁液を数滴たらした研磨用パッド上で手磨きした後、水中で超音波洗浄によりアルミナ粉末を除去し、110℃で5分間乾燥させた。研磨処理後の導電性材料(カーボン)膜の表面粗さRa=0.46μmであった。これを平滑処理済電極として用いた。
【0059】
〔カーボン膜表面の平滑度と電流密度との関係〕
図3に示す測定系において、平滑化処理前電極又は平滑化処理済電極をセットした場合について、20mV/secで、印加電圧を0〜1Vにスイープさせたときの応答電流を測定した。測定結果を図4に示す。図4中、横軸は印加電圧値(V)であり、縦軸は応答電流値(mA/cm2)である。実線は平滑化処理済電極を用いた場合であり、破線は平滑化処理前電極を用いた場合である。
【0060】
平滑化処理前電極を用いた場合と比べて、平滑化処理済電極を用いた場合では、応答電流ピークが現れる印加電圧値が低く、しかもピークの応答電流値が高かった。従って、平滑化処理済電極の方が、低電圧で測定可能であり、しかも測定感度が高いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のセンサ電極は、反応試薬に含まれるテトラゾリウム塩類が有効にホルマザンに変換され、被検物質の酵素反応に基づく電気的パラメータの感度が高いので、測定試料の採取量が少ない、あるいは被検物質濃度が低い体液の測定に用いられるバイオセンサの電極として有用である。
【符号の説明】
【0062】
1 支持体
2 導電性材料膜
3 試薬層
10 容器
11 作用極
12 対極
13 参照極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体;
該支持体上に形成された導電性材料膜;及び
該導電性材料膜上に積層された試薬層
を備え、
前記試薬層は、テトラゾリウム塩類、及び被検物質に対して特異的に反応し且つテトラゾリウム塩類と酸化還元反応する酵素系を含む層であるセンサ電極であって、
前記導電性材料膜のうち、少なくとも前記試薬層の担持部分の表面の算術平均粗さRaが1.0μm以下であることを特徴とするセンサ電極。
【請求項2】
前記酵素系は、少なくとも被検物質に対して特異的に反応する脱水素酵素と、酸化型ニコチンアミドヌクレオチド系補酵素を含む請求項1に記載のセンサ電極。
【請求項3】
前記導電性材料は、カーボンである請求項1又は2に記載のセンサ電極。
【請求項4】
前記導電性材料膜は、カーボン含有ペーストの塗布後、乾燥により形成された膜を研磨することにより、算術平均粗さRaが1.0μm以下とされたものである請求項3に記載のセンサ電極。
【請求項5】
アノード極としての請求項1〜4のいずれか1項に記載のセンサ電極;カソード極;及び前記アノード極とカソード極との間に発生する電気的パラメータを検出する計測部
を備えたバイオセンサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−42342(P2012−42342A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−183856(P2010−183856)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(591061851)株式会社札幌イムノ・ダイアグノスティック・ラボラトリー (5)