説明

センダイウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法

【課題】 センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体に対する特異性や捕捉性の高いセンダイウイルス由来ポリペプチド、およびこれを用いた、センダイウイルス感染を高感度で検出することができるセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法を提供する。
【解決手段】 センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列および/またはこれにおいて1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなる、センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合するポリペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列および/またはこれらアミノ酸配列との同一性が高いアミノ酸配列からなる、センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合するセンダイウイルス由来ポリペプチド、およびこれを用いたセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
センダイウイルス(Sendai virus;SeV、またはHemagglutinating virus of Japan;HVJ)とは、正式名称をマウスパラインフルエンザI型ウイルスといい、パラミクソウイルス科レスピロウイルス属に属するRNAウイルスである。センダイウイルスは齧歯類や兎類に感染し、肺炎などの呼吸器疾患を引き起こすが、マウスについては、幼若マウスにおいてその感受性が高いことや、近交系マウスC57BL/6(B6)においては感受性が比較的低いのに対し、DBA/2においては感受性が高いことなどが古くから知られている。また、ラットについても、一過性ではあるが重篤な鼻炎や肺炎を引き起こし得ることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
このように、センダイウイルスはマウスやラットにおいて感受性が高いこと、および実験動物の感染症は実験データの再現性を損ねることから、実験動物マウスやラットに対するセンダイウイルス感染症の定期的な検査が不可欠であり、検査のための抗体検出の方法や装置、キットなどが開発されている。
【0004】
例えば、C.Lucasらにより、センダイウイルスに対するマウスの血中抗体を検出するための定量的免疫蛍光(QIF)法が提案されている(非特許文献2)。また、特開2000−131319号公報には、被検抗体を捕捉できる物質(病原微生物抗原)を支持体に固定したイムノクロマトグラフィ法に、病原微生物抗原に特異的な鶏卵卵黄抗体の着色粒子標識物を組み合わせて用いた抗体検査方法および検査用キット(商品名:モニライザ(R))が開示されており(特許文献1)、特表2007−532905号公報には、複数のウイルス抗原あるいは抗ウイルス抗体を捕捉することができる複数のサブアレイを含むマイクロアレイシステムに生物学的サンプルを接触させて複合体を形成させ、これにタンパク質マイクロアレイシステムを接触させることにより、捕捉されたウイルス抗原あるいは抗ウイルス抗体を検出する方法、マイクロアレイシステムおよびキットが開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−131319号公報
【特許文献2】特表2007−532905号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】W.E.Giddensら、Laboratory Animal Science、第37(4)巻、第437〜441頁、1987年
【非特許文献2】C.Lucasら、Laboratory Animal Science、第37(1)巻、第51〜54頁、1987年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2において提案されているQIF法や、特許文献1および特許文献2において開示されている検出方法やキットなどにおいては、センダイウイルスそのものが抗原として用いられていることから、製品ごとに精度が異なること、製造コストがかかること、擬陽性が多いことなどの問題がある。
【0008】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体に対する特異性や捕捉性の高いセンダイウイルス由来ポリペプチド、およびこれを用いた、センダイウイルス感染を高感度で検出することができるセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープとイムノアッセイ法とを用いることにより、従来のセンダイウイルス感染検査キットと比較してセンダイウイルス感染を高感度で検出することができることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0010】
(1)以下の(a)または(b)のアミノ酸配列からなり、かつセンダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合するポリペプチド:
(a)センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列;
(b)アミノ酸配列(a)において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列。
【0011】
(2)センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列が配列番号3〜17に示されるアミノ酸配列からなる群から選択されるいずれかのアミノ酸配列である、(1)に記載のポリペプチド。
【0012】
(3)(1)または(2)に記載のいずれかのポリペプチドを含む、センダイウイルス感染検査キット。
【0013】
(4)(1)または(2)に記載のいずれかのポリペプチドとラットおよび/またはマウスから採取した被検体とを接触させて抗原抗体反応の有無を判定することにより行う、センダイウイルス感染の検出方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るセンダイウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法によれば、センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体に対する特異性や捕捉性を高めることができ、従来のセンダイウイルス感染検査キットと比較してセンダイウイルス感染を高感度で検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】524アミノ酸からなるセンダイウイルス核タンパク質のアミノ酸配列から選択した計515種類のポリペプチドをSPOT合成法に従って作製し、これらを用いて作製したペプチドアレイを示す模式図である。
【図2】実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを用いて、BALB/cマウス、C57BL/6(B6)マウスおよびAKRマウスにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清とをイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、各スポットの発光強度の比の平均値をプロットしたグラフである。縦軸は発光強度の比の平均値を示し、横軸はセンダイウイルス核タンパク質アミノ酸配列のN末端からの順番を示す。
【図3】実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを用いて、BALB/cマウスにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清とをイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、発光が確認されたスポットを抽出し、各スポットの発光強度の比やアミノ酸配列などを表した表である。
【図4】実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを用いて、C57BL/6(B6)マウスにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清とをイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、発光が確認されたスポットを抽出し、各スポットの発光強度の比やアミノ酸配列などを表した表である。
【図5】実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを用いて、AKRマウスにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清とをイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、発光が確認されたスポットを抽出し、各スポットの発光強度の比やアミノ酸配列などを表した表である。
【図6】実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを用いて、BNラットにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清とをイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、発光が確認されたスポットを抽出し、各スポットの発光強度の比やアミノ酸配列などを表した表である。
【図7】実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを用いて、F344ラットにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清とをイムノクロマトグラフィにより化学発光させ、発光が確認されたスポットを抽出し、各スポットの発光強度の比やアミノ酸配列などを表した表である。
【図8】血清の濃度を変化させた血清(正常マウス血清および感染マウス血清)についての抗体の検出を、配列番号4および配列番号17のペプチドを用いてELISA法により行い、その結果を示すグラフである。縦軸は450nm吸光度(OD450)の値を示し、横軸は検体である血清の希釈倍率を示す。
【図9】市販のセンダイウイルス感染判定キットで感染陽性と判定された実験感染マウス血清(正常マウス血清および感染マウス血清)についての抗体の検出を、配列番号4および配列番号17のペプチドを用いてELISA法により行い、その結果を示すグラフである。縦軸は450nm吸光度(OD450)の値を示し、横軸の(−)、(+)はそれぞれ正常マウス血清と感染マウス血清を示す。図中の破線は、正常マウス血清のOD値の平均値に、正常マウス血清のOD値の標準偏差の3倍の値を加えたOD450の値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係るセンダイウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法について詳細に説明する。本発明に係るポリペプチドは、以下の(a)または(b)のアミノ酸配列からなり、かつセンダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合する:
(a)センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列;
(b)アミノ酸配列(a)において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列。
【0017】
本発明におけるセンダイウイルス核タンパク質から選択されるセンダイウイルス抗原エピトープは、センダイウイルス核タンパク質のアミノ酸配列により提示される、直鎖のアミノ酸で構成されるものと、一次構造上離れた部位にあるアミノ酸が高次構造を組むことによって生じるものとがある。
【0018】
ここで、本発明における「エピトープ」とは、抗体によって認識される抗原上の部位の通常の意味を有し、「抗原決定基」と交換可能に用いることができる。本発明におけるエピトープは、典型的には、全タンパク質の小さな部分であるアミノ酸のセグメントであり、一次的すなわち連続的である場合のみならず、立体配座的すなわち不連続的である場合がある。すなわち、タンパク質のフォールディングによって並べられた一次配列の隣接部分または非隣接部分によってコードされるアミノ酸から形成されるものである。エピトープとして使用するためには、少なくとも3アミノ酸の長さの配列が必要であり、好ましくは、少なくとも10アミノ酸、11アミノ酸、12アミノ酸、13アミノ酸、14アミノ酸、15アミノ酸、16アミノ酸の長さの配列が必要である。
【0019】
また、エピトープは、これに結合する抗体の結合部位すなわちパラトープと水素結合、イオン結合、疎水結合、ファンデルワールス結合により非共有的に結合する。この結合が成立するためには、エピトープ上の当該作用する部位とパラトープ上の当該作用する部位とが一定の空間配置を取る必要があるが、本発明におけるエピトープの鎖長を伸長させることにより、あるいはアミノ酸を付加させることにより、パラトープに結合可能な立体構造(高次構造)を取ることができ、エピトープとして機能する場合がある。
【0020】
本発明において、エピトープの同定は特に限定されず、当該技術分野に知られるあらゆる方法によって同定することができる。例えば、PEPSCAN法(Geysenら、J.Immunol.Meth.,第102巻、第259〜274頁、1987年)やSPOT合成法(R.Frankら、Tetrahedron、1992年、第48巻、第9217頁,W.R.G.Dostmannら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、2000年、第97巻、14772頁)に従い、ペプチドを化学合成あるいは遺伝子工学的に合成してペプチドアレイを作製し、イムノアッセイにより同定することができる。
【0021】
本発明において用いることができるイムノアッセイは、当業者によって適宜選択することができ、特に限定されないが、例えば、ウェスタンブロット法、ラジオイムノアッセイ、ELISA(酵素結合免疫吸着測定法)、サンドイッチイムノアッセイ、免疫沈降測定法、沈降反応、ゲル拡散沈降反応、免疫拡散測定法、凝集測定法、補体結合測定法、免疫放射定量測定法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイなどを挙げることができる。
【0022】
また、これらイムノアッセイに用いられる二次抗体についても、当業者によって適宜選択することができ、特に限定されないが、例えば、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体、単鎖抗体、Fabフラグメント、Fab発現ライブラリーによって産生されるフラグメントなどを挙げることができる。また、Fab発現ライブラリーによって産生されるフラグメントには、センダイウイルス抗原に対する結合活性が保持されている完全な抗体のフラグメント(Fab、F(ab’)およびF(ab’)フラグメント)、抗体の抗原結合部位を含む単鎖抗体(scFv)、融合タンパク質および他の合成タンパク質が含まれる(Birdら、Science、第242巻、第423〜426頁、1988)。
【0023】
なお、本発明に係るエピトープをコードするポリヌクレオチドを選択し、あるいは、Stumpp M.T.らの方法(Stumpp M.T.ら、J.Mol.Biol.第332(2)巻、第471〜487頁、2003)に従って得られた完全長cDNAからポリヌクレオチドを合成して、ファージディスプレイ法、bacteria two−hybrid法、yeast two−hybrid法、in vitroウイルス法等を用いて同定することもできる。
【0024】
センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列のうち、SPOT合成法に従い、ペプチドを化学合成してペプチドアレイを作製し、イムノクロマトグラフィにより同定することのできるアミノ酸配列としては、配列番号3〜17に示されるアミノ酸配列を挙げることができる。
【0025】
本発明において「抗原」とは、脊椎動物にこれを投与することにより免疫応答を導き出すことができ、それによってこれと特異的に結合する抗体の産生、放出を促進させるものをいい、1または2以上のエピトープを有している。本発明における抗原は、「免疫原」と交換可能に用いることができ、サブユニット抗原や、抗体と結合した状態の複合体も本発明における抗原に含まれる。また、抗原としては、例えば、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、リポタンパク質、糖タンパク質、核酸、多糖類、リポ多糖類、脂質などを挙げることができるが、本発明においては、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、リポタンパク質、糖タンパク質であることが好ましく、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質であることがより好ましい。
【0026】
本発明において、「1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列」という場合の、欠失、置換、挿入および/または付加されるアミノ酸の個数は、そのアミノ酸配列を有するポリペプチドが、センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合する限り特に限定されないが、例えば1〜15個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜7個、さらに好ましくは1〜5個の任意の個数を挙げることができる。なお、同一あるいは性質の似たアミノ酸配列をコードするのであれば、さらに多くのアミノ酸が置換、挿入、および/または付加されてもよい。
【0027】
すなわち、本発明においては、センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列の全部または少なくともシグナル配列を除いた部分を含む一部と高い同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつセンダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合するペプチドが含まれる。ここにいう「高い同一性」とは、少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を指す。
【0028】
また、本発明におけるラットは特に限定されないが、例えば、SDラット、Fisherラット、Wistarラット、Wistar Hannover/Rccラット、Wistar/STラット、Donryuラット、BNラット、F344ラットなどの、一般に動物実験に使用される各種系統のラットを挙げることができる。
【0029】
本発明におけるマウスもまた、特に限定されないが、例えば、A、AKR、BALB/c、C3H、C57BL/6、DBA/2、B6C3F1、BDF1、B6D2F1、ICRなどの、一般に動物実験に使用される各種系統のマウスを挙げることができる。
【0030】
次に、本発明は、本発明に係るポリペプチドを含むキットを提供する。本発明に係るキットは、二次抗体、標識物質その他の免疫学的検出手段の実施に有用な物質または緩衝液など、センダイウイルス感染の検出手段の実施に有用な物質などをキットの構成物として含んでいてもよい。
【0031】
さらに本発明は、本発明に係るポリペプチドとラットおよび/またはマウスから採取した被検体とを接触させて抗原抗体反応の有無を判定することにより行う、センダイウイルス感染の検出方法を提供する。本発明に係るセンダイウイルス感染の検出方法には、本発明に係るセンダイウイルス感染の検出方法を損なわない限り、インキュベート工程や洗浄工程などを含んでいてもよい。
【0032】
本発明に係るポリペプチドを含むキットおよびセンダイウイルス感染の検出方法は、実験動物マウスやラットに対するセンダイウイルス感染症の定期的な検査に用いることができる他、例えば、従来のセンダイウイルス感染検査キットやセンダイウイルス感染検査方法によって擬陽性とされたマウスやラットに対する検査に用いることなどが可能である。
【0033】
以下、本発明に係るセンダイウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0034】
<実施例1>センダイウイルスペプチドアレイを用いたセンダイウイルスエピトープの同定
(1)センダイウイルスペプチドアレイの作製
524アミノ酸からなるセンダイウイルス核タンパク質(センダイウイルスNP、Accession number X00087;配列番号1および配列番号2)のアミノ酸配列から、10残基ポリペプチドを1残基ずつシフトさせることによって選択した計515種類のポリペプチドを、SPOT合成法(R.Frankら、Tetrahedron、1992年、第48巻、第9217頁,W.R.G.Dostmannら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、2000年、第97巻、14772頁)に従い、Auto Spot Peptide Synthesizer ASP−222(Intavis社)を用いてセルロース膜上に合成することにより、センダイウイルスNPアミノ酸配列のN末端から1〜10番目(スポットNo.1)、2〜11番目(スポットNo.2)、3〜12番目(スポットNo.3)と続いて515〜524番目(スポットNo.515)までの、計515種類の10残基ポリペプチド鎖がセルロース膜上に順番に並んだセンダイウイルスペプチドアレイを作製した。これを図1に示す。
【0035】
(2)各種マウスおよびラットにおけるセンダイウイルスエピトープの同定
本実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイ、各種マウスおよびラットの血清およびhorseradish peroxidase(HRP)標識抗マウスIgG抗体を用い、センダイウイルスペプチドアレイに特異的に結合するHRP標識抗マウスIgGをELISA法で検出することにより、エピトープを同定した。
【0036】
[2−1]1%Tween−20PBS溶液および1%Tween−20PBSスキムミルク溶液の調製
それぞれの最終濃度が、1.37M NaCl、27mM KCl、81mM NaHPO、15mM KHPOとなるように調製したHosphate buffered saline(PBS)溶液1Lにつき、10mLの割合でTween−20を加えることにより、1%Tween−20PBS溶液(1%PBST)を調製した。さらに、この1%PBSTに重量比5%となるようスキムミルクを加えて溶解することにより、1%Tween−20PBSスキムミルク溶液(1%PBST−SM)を調製した。
【0037】
[2−2]各種マウスおよびラットの血清の調製
6個体のBALB/cマウス、6個体のC57BL/6(B6)マウス、5個体のAKRマウス、5個体のBNラットおよび4個体のF344ラット(日本エスエルシー社)の各個体の血清(正常マウス血清)を採取した後、センダイウイルスMN株(1×10 TCID50)をそれぞれ実験感染させ、市販のセンダイウイルス感染判定キット(モニライザHVJ;わかもと製薬社)にて感染を確認し、感染後14日目の血清(感染マウス血清)を採取した。それぞれ採取した血清を1%PBST−SMにて1000倍に希釈することにより、1%PBST−SM希釈血清を調製した。
【0038】
[2−3]センダイウイルスペプチドアレイによるエピトープの探索
本実施例(1)で作製したセンダイウイルスペプチドアレイを、本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST−SM50mLに浸漬させ、4℃下で一晩インキュベートした後、さらに本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST20mLに浸漬させて、室温下で1分間振盪することにより洗浄した。この洗浄したセンダイウイルスペプチドアレイをプラスチックフィルム上に置き、1%PBST−SM希釈血清をそれぞれ5mLずつ乗せ、これをプラスチックフィルムで覆い、室温下で2時間インキュベートした。
【0039】
インキュベート後にプラスチックフィルムを取り除いたセンダイウイルスペプチドアレイを本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST20mLに浸漬させ、室温下で15分×3回振盪することにより洗浄し、再度プラスチックフィルム上に置いた後、本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST−SMで10000倍希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(GE Healthcare Bio−Sciences社)をそれぞれ5mLずつ乗せ、再度プラスチックフィルムで覆い、さらに室温下で2時間インキュベートした。その後、プラスチックフィルムを取り除き、本実施例(2)[2−1]で調製した1%PBST20mLに浸漬させ、15分×3回振盪することにより洗浄した。
【0040】
HRP標識抗マウスIgGを反応させたセンダイウイルスペプチドアレイを、ECL Advance Western Blotting Detection Kit(GE Healthcare Bio−Sciences社)を用いて化学発光させた後、さらにLAS−3000(Fujifilm社)を用いて、化学発光が確認された各スポット(各ポリペプチド)の検出、画像化および発光強度の数値化を行うことにより、センダイウイルスペプチドアレイに特異的に結合したIgG抗体を検出して定量化した。
【0041】
BALB/cマウス、C57BL/6(B6)マウスおよびAKRマウスにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清との、各スポットの発光強度の比の平均値をプロットしたものを図2に示し、BALB/cマウス、C57BL/6(B6)マウス、AKRマウス、BNラットおよびF344ラットにおける同一個体の感染前の血清と感染後の血清のうち、発光が確認されたスポットを抽出し、各スポットの発光強度の比やアミノ酸配列などを表したものをそれぞれ図3〜図7に示す。また、これらアミノ酸配列と配列番号とを表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
図2〜図7に示すように、センダイウイルスNPアミノ酸配列のN末端から119〜134番目(配列番号4)、同144〜158番目(配列番号5)、同419〜430番目(配列番号10)、同457〜470番目(配列番号12)、同464〜475番目(配列番号13)、同472〜487番目(配列番号14)および同487〜499番目(配列番号15)に相当する各スポットの発光強度の比が、各個体および各系統に共通して大きいことが確認された。また、センダイウイルスNPアミノ酸配列のN末端から503〜516番目(配列番号16)に相当するスポットの発光強度の比が、BNラットおよびF344ラットに共通して大きいことが確認された。以上の結果から、センダイウイルスNPアミノ酸配列のN末端から119〜134番目(配列番号4)、同144〜158番目(配列番号5)、同419〜430番目(配列番号10)、同457〜470番目(配列番号12)、同464〜475番目(配列番号13)、同472〜487番目(配列番号14)および同487〜499番目(配列番号15)がセンダイウイルスNPのエピトープであることが示された。また、センダイウイルスNPアミノ酸配列のN末端から503〜516番目(配列番号16)はラットに特異的に抗原性を有するセンダイウイルスNPのエピトープであることが示された。以上の結果をまとめて表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
<実施例2>センダイウイルスNPエピトープペプチドの感染マウス特異性の確認
実施例1(2)[2−3]で同定したセンダイウイルスNPエピトープの感染マウス特異性を確認するため、センダイウイルスNPアミノ酸配列のN末端から119〜134番目(配列番号4)およびN末端から458〜473番目(FVTLHGAERLEEETND(Fはフェニルアラニン、Vはバリン、Tはトレオニン、Lはロイシン、Hはヒスチジン、Gはグリシン、Aはアラニン、Eはグルタミン酸、Rはアルギニン、Nはアスパラギン、Dはアスパラギン酸を示す):配列番号17)のペプチドを化学合成し、ELISA法により、これらに結合する抗体の検出を行った。
【0046】
(1)0.5%Tween−20PBS溶液およびブロッキング溶液の調製
それぞれの最終濃度が、1.37M NaCl、27mM KCl、81mM NaHPO、15mM KHPOとなるように調製したPBS溶液1Lにつき、5mLの割合でTween−20を加えることにより、0.5%Tween−20PBS溶液(0.5%PBST)を調製した。さらに、この0.5%PBSTに重量比0.5%となるようウシ血清アルブミン(BSA)を加えて溶解することにより、ブロッキング液を調製した。
【0047】
(2)マウスの血清の調製
C57BL/6(B6)マウス(日本エスエルシー社)1個体の血清(正常マウス血清)と、センダイウイルスMN株(1x10 TCID50)を実験感染させたC57BL/6(B6)マウス(財団法人実験動物中央研究所ICLASモニタリングセンターより譲受)1個体の感染後14日目の血清(感染マウス血清)とを採取した。それぞれ採取した血清を本実施例(1)で調製したブロッキング液にて、それぞれ50倍、100倍、200倍、400倍、800倍、1600倍、3200倍および6400倍に希釈することにより、各濃度のブロッキング液希釈血清を調製した。
【0048】
(3)ELISA法による抗体の検出
配列番号4および配列番号17のペプチドを0.1M NaCOに溶解し、0.5μMに調製した。これを96ウェル平底プレート(BD Bioscience社)に200μLずつ加え、4℃下で一晩インキュベートした後、本実施例(1)で調製した0.5%PBST 200μLで各ウェルを3回洗浄し、本実施例(1)で調製したブロッキング液200μLを各ウェルに加え、さらに37℃下で1時間インキュベートした。次いで、各ウェルを本実施例(1)で調製した0.5%PBST 200μLで3回洗浄し、本実施例2(2)で調製した血清を200μLずつ加え、37℃下で1時間インキュベートした後、再び各ウェルを本実施例2(1)で調製した0.5%PBST 200μLで3回洗浄した。本実施例2(1)で調製したブロッキング液を用いて10000倍に希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(GE Healthcare Bio−Sciences社)を各ウェルに200μLずつ加え、37℃下で1時間インキュベートした後、各ウェルを本実施例2(1)で調製した0.5%PBST 200μLで3回洗浄し、1.5mg/mLのo−フェニレンジアミン・2塩酸(OPD)溶液を200μLずつ加え、37℃下で10分間インキュベートした。各ウェルに3.5N硫酸を50μLずつ加えて発色反応を停止させ、ELISAプレートリーダー(モデル680マイクロプレートリーダー;バイオ・ラッド ラボラトリーズ社)で450nm吸光度(OD450)を測定した。その結果を図8に示す。
【0049】
図8に示すように、配列番号4および配列番号17のいずれのペプチドを抗原として用いた場合でも、正常マウス血清のOD値は濃度にかかわらずほぼ一定の値であるのに対し、感染マウス血清のOD値は濃度の低下に伴い低下することが確認された。以上の結果より、配列番号4および配列番号17のペプチドは、センダイウイルス感染マウスの血清に含まれる抗体に特異的に結合することが示された。
【0050】
<実施例3>センダイウイルスNPエピトープペプチドによるウイルス感染の検出
実施例1(2)[2−3]で同定し、実施例2(3)で確認されたセンダイウイルスNPエピトープを用いて、市販のセンダイウイルス感染判定キットで感染陽性と判定された実験感染マウスについて、センダイウイルス感染の検出が可能かどうかを検討した。
【0051】
(1)マウスの血清の調製
BALB/cマウス、C57BL/6(B6)マウスおよびAKRマウスの各4個体(日本エスエルシー社)、合計12個体の血清(正常マウス血清)と、センダイウイルスMN株(1x10 TCID50)を実験感染させるとともに市販のセンダイウイルス感染判定キット(モニライザHVJ;わかもと製薬社)を用いてそれぞれ感染陽性と判定した6個体のBALB/cマウス、3個体のC57BL/6(B6)マウスおよび5個体のAKRマウス、合計14個体の感染後14日目の血清(感染マウス血清)とを採取した。これらの血清を実施例2(1)で調製したブロッキング液を用いて、それぞれ50倍に希釈することによりブロッキング液希釈血清を調製した。
【0052】
(2)ELISA法による検出
実施例2(3)で用いた配列番号4および配列番号17のペプチドと、本実施例(1)で調製したブロッキング液希釈血清とを用いて、実施例2(3)と同様の手法で450nm吸光度(OD450)を測定することにより抗体を検出した。その結果を図9に示す。
【0053】
図9に示すように、配列番号4および配列番号17のいずれのペプチドを抗原として用いた場合でも、正常マウス血清の場合のOD値は低値であるのに対し、感染マウス血清の場合のOD値は高値であることが確認された。また、正常マウス血清のOD値の平均値に、正常マウス血清のOD値の標準偏差の3倍の値(3SD)を加えた値を、感染陰性と感染陽性との境界値とみなした場合でも、感染マウス血清の場合のOD値のすべてがこの境界値を上回ることから、配列番号4および配列番号17のいずれのペプチドを抗原として用いた場合においても、市販のセンダイウイルス感染判定キット(モニライザHVJ;わかもと製薬社)を用いて感染陽性と判定したセンダイウイルス感染マウスのすべてにおいて陽性と判定することができることが示された。以上の結果より、実施例1(2)で同定した配列番号4および配列番号17のセンダイウイルスNPエピトープペプチドは、マウスのセンダイウイルス感染の検出に使用可能であることが示された。
【0054】
以上のような本実施例によれば、センダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体に対する特異性や捕捉性の高いペプチドを作製することができ、かつ、センダイウイルス感染を簡便かつ高感度で検出することができる。
【0055】
なお、本発明に係るセンダイウイルス由来ポリペプチドおよびこれを用いたセンダイウイルス感染検査キットならびにセンダイウイルス感染の検出方法は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)または(b)のアミノ酸配列からなり、かつセンダイウイルスに感染したラットおよび/またはマウスが産生する抗センダイウイルス抗体と特異的に結合するポリペプチド:
(a)センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列;
(b)アミノ酸配列(a)において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列。
【請求項2】
センダイウイルス核タンパク質により提示されるセンダイウイルス抗原エピトープを構成するアミノ酸配列が配列番号3〜17に示されるアミノ酸配列からなる群から選択されるいずれかのアミノ酸配列である、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のいずれかのポリペプチドを含む、センダイウイルス感染検査キット。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載のいずれかのポリペプチドとラットおよび/またはマウスから採取した被検体とを接触させて抗原抗体反応の有無を判定する、センダイウイルス感染の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−254600(P2010−254600A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−104905(P2009−104905)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】