説明

タイヤ接地長推定装置

【課題】車輪に加速度センサを設けることなくタイヤ接地長を安定して推定できるようにする。
【解決手段】タイヤ接地長推定装置60は、セルフアライニングトルク検出部62が検出したセルフアライニングトルク及び輪荷重変化比推定部61が推定した輪荷重変化比に基づいてセルフアライニングトルクに比例する値として算出した基準セルフアライニングトルクがピークになっているか否かを判定する基準セルフアライニングトルクピーク判定部80と、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80が基準セルフアライニングトルクがピークになっていると判定すると、セルフアライニングトルク検出部62が検出したセルフアライニングトルクをタイヤ横力推定部70が推定した横力で除算した値からタイヤ接地長を推定するタイヤ接地長推定部63と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤ接地長を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤ接地長を推定する技術としては、例えば特許文献1に記載の技術があった。
この従来技術では、転動するタイヤの加速度データを取得するためにタイヤのトレッド内部に加速度センサを設けている。そして、この従来技術では、先ず、転動するタイヤにおける接地近傍の時系列加速度データから、タイヤ接地面の踏み込み側のピーク値及び蹴り出し側のピーク値を取り出す。また、この従来技術では、これらのピーク値に基づいて、接地長を定めるための踏み込み側閾値と蹴り出し側閾値とを設定する。さらに、この従来技術では、加速度の計測時系列データの波形が、設定した踏み込み側閾値及び蹴り出し側閾値のそれぞれを横切る交点を求めることによって、タイヤ接地長を算出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−32355号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記従来技術では、転動するタイヤの加速度データを取得するためにタイヤのトレッド内部に加速度センサを設けることが必要であった。加速度センサの加速度情報は無線信号で車両に定期的に送信されるが、車両は、送信の状態や受信の状態の変化で、その情報全てを受信できるとは限らない。その結果、特許文献1に開示の技術では、タイヤの接地長の推定が安定して行えないおそれがあった。
本発明の目的は、車輪に加速度センサを設けることなくタイヤ接地長を安定して推定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するために、本発明の一実施態様では、タイヤのセルフアライニングトルク、車両のヨーレート、及び車両の横加速度を検出する。また、本発明の一実施態様では、検出した車両のヨーレート及び車両の横加速度に基づいてタイヤの横力を推定する。また、本発明の一実施態様では、輪荷重の変化比を算出する。さらに、本発明の一実施態様では、セルフアライニングトルク及び輪荷重の変化比に基づいて、基準セルフアライニングトルクを算出する。そして、本発明の一実施態様では、算出した基準セルフアライニングトルクがピークになっていると判定すると、セルフアライニングトルクを横力で除算した値をタイヤの接地長として推定する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、基準セルフアライニングトルクがピークとなるときに、セルフアライニングトルクをタイヤ横力で除算してタイヤ接地長を推定する。その結果、本発明によれば、既存の車載センサで取得可能なセルフアライニングトルク及びタイヤ横力に基づいてタイヤ接地長を算出できる。
このように、本発明によれば、車輪に加速度センサを設けることなくタイヤ接地長を安定して推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】正規化セルフアライニングトルクM/(l・μ・F)とφとの関係を示す特性図である。
【図2】第1実施形態の車両の構成例を示す図である。
【図3】タイヤ接地長推定装置の構成例を示すブロック図である。
【図4】左右それぞれの前輪のタイヤ横力を算出するためのタイヤ横力推定部の構成例を示すブロック図である。
【図5】基準セルフアライニングトルクピーク判定部の構成例を示すブロック図である。
【図6】ピーク判定部による判定処理の一例を説明する図である。
【図7】タイヤ接地長推定を精度良く行うための構成例を示すブロック図である。
【図8】推定停止条件判定部の構成例を示すブロック図である。
【図9】セルフアライニングトルク急変判定部の構成例を示すブロック図である。
【図10】ノイズレベル判定部の構成例を示すブロック図である。
【図11】旋回状態判定部の構成例を示すブロック図である。
【図12】推定停止条件判定部の他の構成例を示すブロック図である。
【図13】第2実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図14】セルフアライニングトルクモデルjの特性の一例を示す特性図である。
【図15】本実施形態によって取得した路面摩擦係数とその比較例の路面摩擦係数とを示す特性図である。
【図16】第3実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図17】タイヤ空気圧とタイヤ接地長との関係の一例を示す特性図である。
【図18】第4実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図19】タイヤ転がり抵抗とタイヤ接地長との関係の一例を示す特性図である。
【図20】第5実施形態の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(車両パラメータや変数等の説明)
以下の本実施形態の説明にあたり、次に定義する車両パラメータや変数等を使用する。
m:車両重量
:車体ヨー慣性モーメント
cg:車両重心点から接地面までの高さ
g:重力加速度
l:タイヤ接地長
:トレッドベースの半分の長さ
:車両重心点から前輪までの長さ
:車両重心点から後輪までの長さ
:前輪のタイヤコーナリングスティフネス
:後輪のタイヤコーナリングスティフネス
V:車速
α:タイヤすべり角
α:前輪のタイヤすべり角
α:後輪のタイヤすべり角
β:車体すべり角
β´:車体すべり角の時間微分値
γ:ヨーレート
γ´:ヨーレートの時間微分値
:縦加速度
:横加速度
μ:路面摩擦係数
δ:前輪の転舵角
:タイヤ横力
:輪荷重
:セルフアライニングトルク
ここで、添え字「f」は前輪の値であることを示し、添え字「r」は後輪の値であることを示す。また、以下の説明中で使用する添え字「L」は左輪の値であることを示し、添え字「R」は右輪の値であることを示す。
【0009】
(タイヤ接地長推定の原理)
先ず、本実施形態のタイヤ接地長推定の原理を説明する。
フィアラタイヤモデルによれば、横力F及びセルフアライニングトルクMは、下記(1)式及び(2)式によって表される。
/(μ・F)=φ−(1/3)・φ+(1/27)・φ ・・・(1)
/(l・μ・F)=(1/6)・φ−(1/6)・φ+(1/18)・φ−(1/162)・φ ・・・(2)
【0010】
ここで、φは、下記(3)式によって表される。
φ=(C/(μ・F))・tanα ・・・(3)
そして、前記(1)式及び(2)式をμ・Fについて解くと、タイヤ接地長lは、下記(4)式によって表される。
l=(φ−(1/3)・φ+(1/27)・φ)/((1/6)・φ−(1/6)・φ+(1/18)・φ−(1/162)・φ)・M/F ・・・(4)
【0011】
この(4)式に示すように、横力レバーアーム相当のM/Fに乗算する係数がφの関数になる。ここで、前記(3)式によれば、φを算出するためには路面摩擦係数μの情報が必要となる。
本実施形態では、次のようにして、路面摩擦係数μの情報を用いることなくタイヤ接地長lを算出する。
【0012】
図1は、前記(2)式に示す正規化セルフアライニングトルクM/(l・μ・F)とφとの関係を示す図である。
正規化セルフアライニングトルクM/(l・μ・F)は、図1に示すように、上に凸の関数となる。したがって、前記(2)式から、基準セルフアライニングトルクが極値をとるφは、下記(5)式によって表される。
【0013】
φ=3/4 ・・・(5)
そして、このφを前記(4)式に代入すると、下記(6)式を得ることができる。
l=(296/27)・(M/F) ・・・(6)
以上から、正規化セルフアライニングトルクM/(l・μ・F)がピークのとき、φは3/4とみなせるので、タイヤ接地長lを前記(6)式で表すことができる。そして、このときのセルフアライニングトルクMと横力Fとを得ることができれば、路面摩擦係数μを用いることなくタイヤ接地長lが推定できる。
【0014】
(第1実施形態)
次に、第1実施形態を図面を参照しつつ説明する。
第1実施形態の車両は、前述のタイヤ接地長推定の原理を取り入れたタイヤ接地長推定装置を備えた車両である。
【0015】
(構成)
図2は、第1実施形態の車両構成例を示す図である。
この車両は、図2に示すように、操舵角センサ(又は回転角センサ)2、アクセルペダルセンサ3、車輪速センサ4FL,4FR,4RL,4RR、ヨーレートセンサ5、及び加速度センサ6を有している。
【0016】
操舵角センサ2は、ステアリングホイール7の回転軸8に取り付けられている。そして、操舵角センサ2は、回転軸8の回転を検出し、その検出したステアリングホイールの舵角信号を統合コントローラ50に出力する。また、アクセルペダルセンサ3は、アクセル開度を検出して得たアクセル開度信号AP0を統合コントローラ50に出力する。また、車輪速センサ4FL〜4RRは、前後左右輪9FL,9FR,9RL,9RRそれぞれに取り付けられている。そして、車輪速センサ4FL〜4RRは、検出した各輪9FL〜9RRの車輪速を統合コントローラ50に出力する。また、ヨーレートセンサ5は、車両のヨーレートを検出し、その検出したヨーレートを統合コントローラ50に出力する。また、加速度センサ6は、車両の前後加速度及び横加速度を検出し、その検出した車両の前後加速度及び横加速度を統合コントローラ50に出力する。
【0017】
また、この車両は、反力モータ11及び転舵モータ12FL,12FRを有している。
反力モータ11は、ステアリングホイール7に連結されている。そして、反力モータ11は、転舵時にタイヤで発生するセルフアライニングトルク相当の反力トルクをステアリングホイール7に付与する。これにより、セルフアライニングトルク相当の反力トルクは、運転者に伝達される。この反力モータ11は、統合コントローラ50によって制御される。
【0018】
転舵モータ12FL,12FRは、前輪9FL,9FRを転舵駆動する。具体的には、転舵モータ12FL,12FRは、不図示のステアリングラックを車幅方向へ変位させることで前輪9FL,9FRを同相に転舵する。転舵モータ12FL,12FRは、該モータ12FL,12FRの出力トルクと、モータ回転軸に取り付けてある不図示の回転位置センサによって検出したモータの回転速度とを統合コントローラ50に出力する。この転舵モータ12FL,12FRは、統合コントローラ50によって制御される。
【0019】
また、この車両は、駆動力発生源としての駆動モータ21と、駆動モータ21を駆動制御する駆動回路22と、駆動モータ21に電力を供給するバッテリ23とを有している。例えば、バッテリ23はリチウムイオンバッテリである。
駆動モータ21は、その動力軸が左右後輪9RL,9RRに連結され、それら左右後輪9RL,9RRを駆動する。駆動回路22は、受信したトルク指令値に駆動モータ21の出力トルクが一致するように、バッテリ23からの電力で駆動モータ21を駆動する。
【0020】
統合コントローラ50は、駆動する各部を制御する。統合コントローラ50は、マイクロコンピュータ及びその周辺回路を備えるコントローラである。例えば、統合コントローラ50は、一般的なECU(Electronic Control Unit)と同様にCPU、ROM、RAM等で構成される。そして、ROMには、各種処理を実現する1又は2以上のプログラムが格納されている。CPUは、ROMに格納されている1又は2以上のプログラムに従って各種処理を実行する。
【0021】
例えば、統合コントローラ50は、操舵角センサ2からのステアリングホイール7の舵角信号に基づいて転舵モータ12FL,12FRを駆動制御することによって、ステアリングラックを車幅方向へ変位させて前輪9FL,9FRを同相に転舵する。また、統合コントローラ50は、トルク指令値を駆動回路22に出力することによって駆動モータ21の回転駆動を制御する。
【0022】
以上のような構成において、統合コントローラ50は、タイヤ接地長推定装置を有している。
タイヤ接地長推定装置は、前述のタイヤ接地長推定の原理に基づいて、タイヤ接地長を推定する。
図3は、タイヤ接地長推定装置60の構成例を示すブロック図である。
【0023】
タイヤ接地長推定装置60は、図3に示すように、輪荷重変化比推定部61、セルフアライニングトルク検出部62、タイヤ横力推定部70、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80、及びタイヤ接地長推定部63を有している。
輪荷重変化比推定部61は輪荷重変化比を推定する。
輪荷重変化比rFzは、下記(7)式によって定義される。
【0024】
Fz=(Fz0+△F)/Fz0 ・・・(7)
ここで、Fz0は各輪の静的な輪荷重を表す。△Fは輪加重の加減速又は旋回等に応じて変化する輪荷重変化量を表す。
輪荷重変化比推定部61は、前記(7)式によって定義される輪荷重変化比rFzを左右前輪それぞれについて算出する。ここで、輪荷重変化量については、例えば、車両に働く静的なロール・ピッチモーメントのつりあいから導出された式によって、前後加速度Gと横加速度Gとに基づいて算出できる。すなわち例えば、左右前輪それぞれの輪荷重変化量は、下記(8)式及び(9)式を用いて算出される。
【0025】
zL+△FzL=m・(l・g−hcg・G)(l・g−hcg・G)/(2・l・g・(l+l)) ・・・(8)
zR+△FzR=m・(l・g−hcg・G)(l・g+hcg・G)/(2・l・g・(l+l)) ・・・(9)
ここで、前後加速度G及び横加速度Gについては、加速度センサ6のような既存の横滑り防止装置に内蔵されたセンサによって検出された値を用いれば良い。
【0026】
ここで、前後加速度G(前後加速度センサの検出値)及び横加速度G(横加速度センサの検出値)を両方用いる必要はない。すなわち、何れか一方のみを用いるようにしても良い。例えば、前後加速度が零近傍にあるときにタイヤ接地長の推定を行う場合、前後加速度Gを用いずに前記(8)式及び(9)式においてGに関わる項を省略し、輪荷重変化量を算出する。また、横加速度が零近傍にあるときにタイヤ接地長の推定を行う場合、横加速度Gを用いずに前記(8)式及び(9)式においてGに関わる項を省略し、輪荷重変化量を算出する。
【0027】
そして、輪荷重変化比推定部61は、推定した輪荷重変化比を基準セルフアライニングトルクピーク判定部80に出力する。
セルフアライニングトルク検出部62はセルフアライニングトルクを検出する。
具体的には、セルフアライニングトルク検出部62は、転舵モータ12FL,12FRの指令電流に基づいて、モータトルク定数や、サスペンションリンク比を考慮して、セルフアライニングトルクを検出する。そして、セルフアライニングトルク検出部62は、検出したセルフアライニングトルクを基準セルフアライニングトルクピーク判定部80及びタイヤ接地長推定部63に出力する。
【0028】
タイヤ横力推定部70はタイヤ横力を推定する。
具体的には、タイヤ横力推定部70は、検出可能な車両状態に基づいてタイヤ横力を推定する。例えば、タイヤ横力推定部70は、2輪モデルから導出される下記(10)式によって、ヨーレート及び横加速度に基づいて前輪のタイヤ横力Fyfを推定する。
【0029】
【数1】

【0030】
ここで、2輪モデルとして、公知の2輪モデルを用いることができる。例えば、公知の2輪モデルには、「自動車の運動と制御 第2版」山海堂 安部正人著 55頁等に記載のものがある。また、ヨーレートγ´は、例えば、現在の処理ステップのヨーレート検出値と前回の処理ステップのヨーレート検出値との差分を予め設定したサンプリング時間で除して算出される。また、ここでのヨーレートγと横加速度Gについては、ヨーレートセンサ5や加速度センサ6のような既存の横滑り防止装置に内蔵されたセンサによって検出された値を用いれば良い。
【0031】
そして、本実施形態では、左右前輪のタイヤ接地長をそれぞれ独立に算出するために、次のようにして前輪のタイヤ横力Fyfを左右輪それぞれについて算出する。
図4は、左右それぞれの前輪のタイヤ横力を算出するためのタイヤ横力推定部70の構成例を示すブロック図である。
タイヤ横力推定部70は、図4に示すように、舵角検出部71、車速検出部72、ヨーレート検出部73、横加速度検出部74、輪荷重変化比推定部75、前輪すべり角推定部76、左右合計横力推定部77、及び最適化演算部78を有している。
【0032】
舵角検出部71は車輪の転舵角を検出する。そして、舵角検出部71は、検出した車輪の転舵角を前輪すべり角推定部76に出力する。
なお、タイヤ横力推定部70は、舵角検出部71を備えることなく、横滑り防止装置等の既存の車両制御装置において検出した転舵角を用いるようにしても良い。また、タイヤ横力推定部70は、操舵角センサ2の検出信号に基づいて前輪転舵角を推定しても良い。
【0033】
車速検出部72は車速を検出する。例えば、車速検出部72は、従動輪の車輪速に基づいて車速を検出する。そして、車速検出部72は、検出した車速を前輪すべり角推定部76に出力する。
なお、タイヤ横力推定部70は、車速検出部72を備えることなく、横滑り防止装置等の既存の車両制御装置において検出した車速を用いるようにしても良い。
【0034】
ヨーレート検出部73は車両のヨーレートを検出する。そして、ヨーレート検出部73は、検出した車両のヨーレートを左右合計横力推定部77に出力する。
なお、タイヤ横力推定部70は、ヨーレート検出部73を備えることなく、横滑り防止装置等の既存の車両制御装置において検出したヨーレートを用いるようにしても良い。
横加速度検出部74は車両の横加速度を検出する。そして、横加速度検出部74は、検出した車両の横加速度を左右合計横力推定部77に出力する。
【0035】
なお、タイヤ横力推定部70は、横加速度検出部74を備えることなく、横滑り防止装置等の既存の車両制御装置において検出された横加速度を用いるようにしても良い。
輪荷重変化比推定部75は、図3に示した輪荷重変化比推定部61と同様な処理によって輪荷重変化比を推定する。そして、輪荷重変化比推定部61は、推定した輪荷重変化比を最適化演算部78に出力する。
【0036】
なお、タイヤ横力推定部70は、輪荷重変化比推定部75を備えることなく、図3に示したタイヤ接地長推定装置60が有する輪荷重変化比推定部61の出力が最適化演算部78に入力されるような構成であっても良い。
前輪すべり角推定部76は、検出値である前輪転舵角δ及び車速Vに基づいて前輪すべり角を推定する。
具体的には、前輪すべり角推定部76は、下記(11)式及び(12)式により表される2輪モデルを用いて、前輪転舵角δ及び車速Vに基づいて前輪すべり角を推定する。
【0037】
【数2】

【0038】
【数3】

【0039】
ここで、Fyfは、前輪における左右輪合計のタイヤ横力である。Fyrは、後輪における左右輪合計のタイヤ横力である。フィアラタイヤモデルを用いると、Fyf、Fyrは、下記(13)式及び(14)式を用いてそれぞれ算出できる。
yf/(μ・Fzf0)=φ−(1/3)・φ+(1/27)・φ ・・・(13)
yr/(μ・Fzr0)=φ−(1/3)・φ+(1/27)・φ ・・・(14)
【0040】
ここで、φ、φは、下記(15)式及び(16)式によって表される。
φ=C/(μ・Fzf)・tanα ・・・(15)
φ=C/(μ・Fzr)・tanα ・・・(16)
ここで、路面摩擦係数μについてはノミナル値として0.9等に設定する。また、タイヤモデルとして、実験的に取得したマップを用いても良いし、マジックフォーミュラ等のモデルを用いても良い。
【0041】
そして、前輪すべり角推定部76は、下記(17)式及び(18)式を用いて、前述の車体すべり角β及びヨーレートγに基づいて、前輪、後輪のタイヤすべり角α、αを算出する。そして、前輪すべり角推定部76は、推定した前輪のタイヤすべり角αを最適化演算部78に出力する。
α=β+((l・γ)/V)−δ ・・・(17)
α=β−(l・γ)/V ・・・(18)
ここで、δに前輪転舵角検出値を代入し、Vに車速検出値を代入する。
【0042】
左右合計横力推定部77は、前記(10)式を用いて、ヨーレート検出値及び横加速度検出値に基づいて左右合計のタイヤ横力を推定する。そして、左右合計横力推定部77は、推定した左右合計のタイヤ横力を最適化演算部78に出力する。
最適化演算部78は、前輪すべり角推定部76が推定した前輪すべり角、左右合計横力推定部77が推定した左右合計タイヤ横力、輪荷重変化比推定部75が推定した輪荷重変化比に基づいて、左右輪それぞれのタイヤ横力を推定する。
【0043】
具体的には、先ず、最適化演算部78は、下記(19)式及び(20)式を用いて、輪荷重変化比に基づいて左右前輪の輪荷重FzL、FzRを算出する。
zL=rFzL・FzL0 ・・・(19)
zR=rFzR・FzR0 ・・・(20)
ここで、FzL0、FzR0は、それぞれ左右前輪の静的な輪荷重である。前輪の路面摩擦係数μが左右輪で等しいと仮定すると、下記(21)式〜(23)式が成立する。
【0044】
yL=f(α,μ,FzL) ・・・(21)
yR=f(α,μ,FzR) ・・・(22)
yf=FyL+FyR ・・・(23)
ここで、FyL、FyRは左右前輪の横力である。f(α,μ,F) は、タイヤモデルであり、実験的に取得したマップを用いても良いし、フィアラモデル等の解析モデルを用いても良い。
【0045】
そして、前記(21)式〜(23)式において、前輪のタイヤすべり角αに前輪すべり角推定部76が推定した前輪タイヤすべり角を代入する。また、左右輪荷重FzL 、FzRに前記(19)式及び(20)式で算出した値を代入する。さらに、Fyfに左右合計横力推定部77が推定した左右合計横力を代入する。すると、前記(21)式〜(23)式において、未知数はμ、FyL、FyRとなる。
【0046】
よって、最適化演算部78は、例えば、最適化計算アルゴリズムを用いて、これらの未知数について上式を数値的に解き、左右前輪のタイヤ横力 FyL、FyRを推定する。そして、最適化演算部78は、推定した左右輪それぞれのタイヤ横力をタイヤ接地長推定部63に出力する。
図3の説明に戻り、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、基準セルフアライニングトルクのピークを判定する。
【0047】
図5は、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80の構成例を示すブロック図である。
基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、図5に示すように、接地長変化比演算部81、基準セルフアライニングトルク比例量演算部82、及びピーク判定部83を有している。
【0048】
接地長変化比演算部81は、輪荷重変化比に基づいて接地長変化比を算出する。
具体的には、接地長変化比演算部81は、下記(24)式を用いて接地長変化比rを算出する。そして、接地長変化比演算部81は、算出した接地長変化比を基準セルフアライニングトルク比例量演算部82に出力する。
=(l+△l)/l ・・・(24)
【0049】
ここで、 lは車両が静止しているときのタイヤ接地長を表す。△lは制駆動力及び旋回運動に起因するタイヤ接地長の変動量を表す。接地長変化比演算部81は、例えば、下記(25)式のモデルを用いて、輪荷重変動比rFzに基づいてタイヤ接地長の変動量△lを算出する。
△l=l・(rFz1/2−1) ・・・(25)
【0050】
なお、タイヤ接地長の変動量△lの推定方法は、前記(25)式に限られるものではない。すなわち例えば、タイヤ接地長の変動量と輪荷重変化比との関係を実験的に取得して、それにより作成したマップを参照することによって、タイヤ接地長の変動量を推定しても良い。
基準セルフアライニングトルク比例量演算部82は、基準セルフアライニングトルク比例量を算出する。
【0051】
具体的には、基準セルフアライニングトルク比例量演算部82は、下記(26)式を用いて、輪荷重変化比rFz、接地長変化比r及びセルフアライニングトルクMに基づいて、基準セルフアライニングトルク比例量Mznpを算出する。
znp=M/(rFz・r) ・・・(26)
基準セルフアライニングトルク比例量演算部82は、算出した基準セルフアライニングトルク比例量をピーク判定部83に出力する。
ピーク判定部83は、基準セルフアライニングトルク比例量がピークをとるか否か判定する。
【0052】
図6は、その判定処理の一例を説明する図である。
ピーク判定部83は、図6(a)に示すように、先ず、現在時刻の処理ステップからNサンプル時間の間の基準セルフアライニングトルク(基準セルフアライニングトルク比例量)を取得する。そして、ピーク判定部83は、図6(b)に示すように、現在時刻の処理ステップからNサンプル時間の間に取得した基準セルフアライニングトルクについて直線をフィッティングさせる。そして、ピーク判定部83は、フィッティングさせた直線の傾きの絶対値が予め設定した閾値より小さい場合、基準セルフアライニングトルクのピークと判定する。
【0053】
ここで、直線のフィッティングの例としては、最小2乗法等のアルゴリズムを挙げることができる。また、予め設定した閾値は、基準セルフアライニングトルクのピーク近傍を含めてピークを判定できるよう、0から予め設定した範囲内の値である。なお、フィッティングさせた直線の傾きが0となることを条件とすれば、ピークそのものを判定できることは言うまでもない。
【0054】
ここで、正規化セルフアライニングトルクではなく、基準セルフアライニングトルク比例量についてピークの判定を行う理由を説明する。
すなわち、先に説明したタイヤ接地長推定の原理に基づいてタイヤ接地長を推定するためには、本来、下記(27)式で定義される正規化セルフアライニングトルクMznがピークをとるか否か判定する必要がある。
【0055】
zn=M/(l・μ・F) ・・・(27)
しかし、正規化セルフアライニングトルクの分母は、これから推定しようとするタイヤ接地長lと推定が容易ではない路面摩擦係数μとを含んでいる。
このようなことから、下記(28)式により表される基準セルフアライニングトルク(基準セルフアライニングトルク比例量)Mznpを定義する。
【0056】
znp=M/(rFz・r) ・・・(28)
一方、輪荷重Fは、下記(29)式を用いて、輪荷重変化比rFz及び静的な輪荷重Fz0に基づいて算出される。
=rFz・Fz0 ・・・(29)
また、タイヤ接地長lは、下記(30)式を用いて、タイヤ接地長変化比r及び静的なタイヤ接地長lに基づいて算出される。
【0057】
l=r・l ・・・(30)
これら(29)式及び(30)式を前記(28)式に代入すると、下記(31)式が導き出される。
znp=l・μ・Fz0・M/(l・μ・F
=l・μ・Fz0・Mzn ・・・(31)
【0058】
ここで、l・μ・Fz0を比例定数とみなせば、基準セルフアライニングトルクMznpは正規化セルフアライニングトルクMznに比例する値となる。よって、正規化セルフアライニングトルクMznのピークは、基準セルフアライニングトルクMznpのピークと一致する。このように、正規化セルフアライニングトルクMznではなく、基準セルフアライニングトルクMznpについてピークを判定することによって、前述の原理に基づいてタイヤ接地長を推定できる。
【0059】
そして、ピーク判定部83は、基準セルフアライニングトルクのピークの判定結果(ピーク判定信号)をタイヤ接地長推定部63に出力する。
図3の説明に戻り、タイヤ接地長推定部63は、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80が基準セルフアライニングトルクがピーク(ピーク近傍を含む)であると判定したとき、セルフアライニングトルクとタイヤ横力とからタイヤ接地長を推定する。例えば、タイヤ力がフィアラモデルで記述されるときには、タイヤ接地長推定部63は、下記(32)式を用いて、タイヤ接地長lを推定できる。
【0060】
l=(296/27)・(M/F) ・・・(32)
ここで、M/Fは、タイヤ横力の着力点のタイヤ中心からの距離を表す。また、上式において、この量M/Fに乗算される係数は、前記の理論値296/27でも良いが、実験的に求めた値を用いても良い。
次に、前述のタイヤ接地長推定をより精度良く行うための構成例を説明する。
【0061】
図7は、タイヤ接地長推定をより精度良く行うための構成例を示すブロック図である。
タイヤ接地長推定装置60は、図7に示すように、図3に示した構成に加えて推定停止条件判定部90を有している。
この構成例では、タイヤ接地長推定装置60は、推定停止条件判定部90が演算停止信号を図3に示した構成(本体部60A)に出力している間、タイヤ接地長の推定を行わないようにしている。例えば、タイヤ接地長推定装置60は、本体部60Aを構成する基準セルフアライニングトルクピーク判定部80及びタイヤ接地長推定部63の演算を停止させて、タイヤ接地長の推定を停止するようにしている。
【0062】
図8は、推定停止条件判定部90の構成例を示すブロック図である。
推定停止条件判定部90は、図8に示すように、セルフアライニングトルク急変判定部100、ノイズレベル判定部110、及び旋回状態判定部120を有している。
図9は、セルフアライニングトルク急変判定部100の構成例を示すブロック図である。
【0063】
セルフアライニングトルク急変判定部100は、図9に示すように、舵角検出部101、舵角速度推定部102、セルフアライニングトルク検出部103、セルフアライニングトルク変化率推定部104、比演算部105、及びセルフアライニングトルク変化判定部106を有している。
舵角検出部101は、ステアリングホイール7の操舵角を検出する。例えば、舵角検出部101は、操舵角センサ2の信号を参照して舵角を検出する。そして、舵角検出部101は、検出した操舵角を舵角速度推定部102に出力する。
【0064】
なお、セルフアライニングトルク急変判定部100は、舵角検出部101を備えることなく、図4に示したタイヤ横力推定部70等の他の構成が有する舵角検出部101の出力が舵角速度推定部102に入力されるような構成であっても良い。
舵角速度推定部102は舵角速度を推定する。例えば、舵角速度推定部102は、下記(33)式を用いて、現在の処理ステップで得た舵角検出値δ(k)と前回の処理ステップで得た舵角検出値δ(k−1)との差分を予め設定したサンプル時間Tで除して舵角速度推定値γδを算出する。そして、舵角速度推定部102は、算出した舵角速度推定値γδを比演算部105に出力する。
【0065】
γδ=(δ(k)−δ(k−1))/T ・・・(33)
ここで、kは現在の計算時間ステップを示す。
なお、タイヤ接地長推定装置60は、舵角速度推定値が入力されるローパスフィルターを有しても良い。すなわち、タイヤ接地長推定装置60は、舵角検出値にノイズが含まれるときには、ローパスフィルターによってフィルタ処理して比演算部105に出力する。
【0066】
セルフアライニングトルク検出部103は、図3に示したセルフアライニング変化判定部62と同様な処理によりセルフアライニングトルクを検出する。そして、セルフアライニングトルク検出部103は、検出したセルフアライニングトルクをセルフアライニングトルク変化率推定部104に出力する。
なお、セルフアライニングトルク急変判定部100は、セルフアライニングトルク検出部103を備えることなく、図3に示したタイヤ接地長推定装置60が有するセルフアライニングトルク検出部62の出力がセルフアライニングトルク変化率推定部104に入力されるような構成であっても良い。
【0067】
セルフアライニングトルク変化率推定部104は、セルフアライニングトルクに基づいてセルフアライニングトルク変化率を推定する。
例えば、セルフアライニングトルク変化率推定部104は、下記(34)式を用いて、現在の処理ステップで得たセルフアライニングトルク(M(k)と前回の処理ステップで得たセルフアライニングトルク(M(k−1)との差分を予め設定したサンプル時間Tで除してセルフアライニングトルク変化率推定値γMzを算出する。そして、セルフアライニングトルク変化率推定部104は、算出したセルフアライニングトルク変化率推定値を比演算部105に出力する。
【0068】
γMz=(M(k)−M(k−1))/T ・・・(34)
比演算部105は、舵角速度推定値及びセルフアライニングトルク変化率推定値の比を算出する。すなわち、比演算部105は、下記(35)式を用いて、舵角速度推定値γδ及びセルフアライニングトルク変化率推定値γMzに基づいて比λを算出する。そして、比演算部105は、算出した比λをセルフアライニングトルク変化判定部106に出力する。
【0069】
λ=γMz/γδ ・・・(35)
セルフアライニングトルク変化判定部106は、比演算部105が算出した比λに基づいて演算停止信号を出力する。
具体的には、セルフアライニングトルク変化判定部106は、比λの絶対値が予め設定した閾値よりも大きい場合、演算停止信号を出力する。すなわち、セルフアライニングトルク変化判定部106は、比λの絶対値が閾値よりも大きい場合、セルフアライニングトルクの変化が舵角の変化ではなく、路面摩擦係数の急な変化に起因するとして、タイヤ接地長の推定を行わないように演算停止信号を出力する。つまり、セルフアライニングトルク変化判定部106は、比λの絶対値が閾値よりも大きい場合、路面摩擦係数が大きく変化するとして、タイヤ接地長の推定を行わないように演算停止信号を出力する。
【0070】
ここでいう閾値は、基準セルフアライニングトルクのピークが適切に得られ、タイヤ接地長が高い精度で得られるように設定される値であり、例えば、実験値、経験値、又は理論値によって設定される値である。
また、図10は、図8に示すノイズレベル判定部110の構成例を示すブロック図である。
【0071】
ノイズレベル判定部110は、図10に示すように、輪荷重変化比推定部111、接地長変化比演算部112、セルフアライニングトルク検出部113、基準セルフアライニングトルク演算部114、高周波成分検出部115、積分部116、及び判定部117を有している。
輪荷重変化比推定部111、接地長変化比演算部112、セルフアライニングトルク検出部113、及び基準セルフアライニングトルク演算部114は、前述の説明と同様な処理を行う。
【0072】
なお、ノイズレベル判定部110は、これら輪荷重変化比推定部111等を備えることなく、他の構成が有する輪荷重変化比推定部111等の出力を利用しても良い。
高周波成分検出部115は、基準セルフアライニングトルクの高周波成分を抽出する。 例えば、高周波成分検出部115として、バターワースフィルターを高域通過特性を持つよう設計し折れ点周波数を適当に設定したものを用いる。これにより、高周波成分検出部115は、基準セルフアライニングトルクをフィルタ処理することで高周波成分を抽出する。そして、高周波成分検出部115は、抽出した基準セルフアライニングトルクの高周波成分を積分部116に出力する。
【0073】
積分部116は、高周波成分の絶対値を一定の区間において積分する。具体的には、積分部116は、下記(36)式を用いてその積分値を算出する。そして、積分部116は、算出したGynoiseを判定部117に出力する。
【0074】
【数4】

【0075】
ここで、Gynoiseは、ノイズレベルであり、積分部116の出力になる。Gyhighは高周波成分である。tは現在時刻である。Tは、積分区間であり、予め設定される値である。
判定部117は、積分部116の出力が予め設定した閾値よりも大きいときに基準セルフアライニングトルクに含まれるノイズレベルが大きいと判定し、演算停止信号を出力する。
【0076】
ここでいう閾値は、基準セルフアライニングトルクのピークが適切に得られ、タイヤ接地長が高い精度で得られるように設定される値であり、例えば、実験値、経験値、又は理論値によって設定される値である。
例えば、想定した路面上で試験走行したときに算出された積分部116の出力を閾値として設定すれば、実計測時の積分部116の出力がこの設定した閾値よりも大きい場合、想定した路面よりもセルフアライニングトルクのノイズレベルが大きい路面であると推定できる。よって、判定部117は、想定した路面よりもセルフアライニングトルクのノイズレベルが大きい路面であると推定すると、タイヤ接地長の推定に不適切であると判定し、演算停止信号を出力する。
【0077】
又は、基準セルフアライニングトルクのピークがノイズレベルと比較して十分見出せるほどにノイズ信号比が高くなるとき以外は推定を行わないよう、この閾値を設定しても良い。
また、図11は、図8に示す旋回状態判定部120の構成例を示すブロック図である。
旋回状態判定部120は、図11に示すように、横加速度検出部121、低周波成分検出部122、及び横加速度状態判定部123を有している。
【0078】
横加速度検出部121は車両の横加速度を検出する。例えば、横加速度検出値は、既存の横滑り防止装置において検出された値であっても良い。そして、横加速度検出部121は、検出した横加速度を低周波成分検出部122に出力する。
低周波成分検出部122は横加速度から低周波成分を抽出する。例えば、低域通過特性を持つバターワースフィルターの、折れ点周波数を適当に設定し、横加速度をフィルタ処理することで、低周波成分を抽出すれば良い。そして、低周波成分検出部122は、抽出した低周波成分を横加速度状態判定部123に出力する。
【0079】
横加速度状態判定部123は、低周波成分検出部122からの横加速度低周波成分の絶対値が予め設定した閾値より小さい場合、基準セルフアライニングトルクがピークをもつ可能性が極めて低いと判定し、演算停止信号を出力する。
ここでいう閾値は、基準セルフアライニングトルクのピークが適切に得られ、タイヤ接地長が高い精度で得られるように設定される値であり、例えば、実験値、経験値、又は理論値によって設定される値である。
【0080】
(動作等)
以上のような構成、処理によるタイヤ接地長推定装置60の動作の一例を説明する。
タイヤ接地長推定装置60では、輪荷重変化比推定部111は輪荷重変化比を推定し、推定した輪荷重変化比を基準セルフアライニングトルクピーク判定部80に出力する。また、セルフアライニング変化判定部113は、セルフアライニングトルクを検出し、検出したセルフアライニングトルクを基準セルフアライニングトルクピーク判定部80及びタイヤ接地長推定部63に出力する。さらに、タイヤ横力推定部70は、タイヤ横力を推定し、推定したタイヤ横力をタイヤ接地長推定部63に出力する。
【0081】
そして、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、輪荷重変化比及びセルフアライニングトルクに基づいて、基準セルフアライニングトルクのピークを判定し、その判定結果をタイヤ接地長推定部63に出力する。
これにより、タイヤ接地長推定部63は、基準セルフアライニングトルクがピーク(ピーク近傍を含む)であるとき、セルフアライニングトルク及びタイヤ横力に基づいてタイヤ接地長を推定する。
【0082】
また、タイヤ接地長推定装置60では、推定停止条件判定部90を有する場合には、推定停止条件判定部90から演算停止信号が出力されるとタイヤ接地長の推定を停止する。
ここで、本実施形態において、セルフアライニングトルク検出部62は、例えば、セルフアライニングトルク検出手段を構成する。また、ヨーレート検出部73は、例えば、ヨーレート検出手段を構成する。また、横加速度検出部74は、例えば、横加速度検出手段を構成する。また、加速度センサ6は、例えば、前後加速度検出手段を構成する。また、タイヤ横力推定部70は、例えば、タイヤ横力推定手段を構成する。また、輪荷重変化比推定部61は、例えば、輪荷重変化比算出手段を構成する。また、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、例えば、基準セルフアライニングトルクピーク判定手段を構成する。また、タイヤ接地長推定部63は、例えば、タイヤ接地長推定手段を構成する。また、ノイズレベル判定部110は、例えば、ノイズレベル判定手段を構成する。
【0083】
(第1実施形態の効果)
第1実施形態は、次のような効果を奏する。
(1)基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、セルフアライニングトルク検出部62が検出したセルフアライニングトルク及び輪荷重変化比推定部61が推定した輪荷重変化比に基づいて基準セルフアライニングトルクがピーク(ピーク近傍を含む)になっているか否かを判定している。そして、タイヤ接地長推定部63は、ピークになっていると判定されると、セルフアライニングトルク検出部62が検出したセルフアライニングトルクをタイヤ横力推定部70が推定した横力で除算した値をタイヤの接地長として推定している。
【0084】
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、基準セルフアライニングトルクがピークとなるときに、セルフアライニングトルクをタイヤの横力で除算してタイヤ接地長を推定する。その結果、タイヤ接地長推定装置60は、既存の車載センサで取得可能なセルフアライニングトルク及びタイヤ横力に基づいてタイヤ接地長を推定できる。すなわち、タイヤ接地長推定装置60は、車輪に加速度センサを設けることなく、既存の車載センサを用いてタイヤ接地長を安定して推定できる。
【0085】
(2)基準セルフアライニングトルクピーク判定部80では、接地長変化比演算部81は、輪荷重の変化比から予め設定したタイヤの接地長の変化比のモデルを用いて輪荷重変化比に基づいてタイヤの接地長変化比を算出している。また、基準セルフアライニングトルク比例量演算部82は、セルフアライニングトルクを輪荷重変化比及び接地長変化比で除算して基準セルフアライニングトルクを算出している。
【0086】
ここで、本来ピークを検出しようとする正規化セルフアライニングトルクはセルフアライニングトルクを輪荷重、路面摩擦係数、及びタイヤ接地長で除した量で定義される。しかし、輪荷重とこれから推定するタイヤ接地長を直接推定することは困難である。これに対して、本実施形態では、セルフアライニングトルクを輪荷重変化比とタイヤ接地長変化比とで除した基準セルフアライニングトルク比例量を定義している。このとき、基準セルフアライニングトルク比例量は、正規化セルフアライニングトルクに比例する値になっている。
【0087】
これにより、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、基準セルフアライニングトルク比例量のピークを判定することで、正規化セルフアライニングトルクのピークを判定することを実現している。
この結果、タイヤ接地長推定装置60は、タイヤ接地長の推定精度を向上できる。
【0088】
(3)タイヤ横力推定部70では、左右合計横力推定部77は、車両運動特性から車両のヨーレート及び車両の横加速度に基づいて左右輪のタイヤ横力の合計値を推定している。また、前輪すべり角推定部76は、車両運動特性から舵角及び車速に基づいてタイヤすべり角を推定している。そして、最適化演算部78は、その推定した左右輪のタイヤ横力の合計値及びタイヤすべり角、並びに輪荷重変化比に基づいて、左右輪それぞれのタイヤ横力を算出している。
【0089】
このように、タイヤ横力推定部70は、タイヤ横力を左右両輪に分配して左右輪それぞれのタイヤ横力を算出している。
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、車両の各輪のタイヤ接地長を精度良く推定できる。
【0090】
(4)基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、現在時刻の処理ステップからNサンプル時間の間の基準セルフアライニングトルクを取得している。そして、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、取得した基準セルフアライニングトルクについてフィッティングさせた直線の傾きの絶対値が予め設定した閾値より小さい場合、基準セルフアライニングトルクがピーク(ピーク近傍を含む)になっていると判定している。
【0091】
これにより、基準セルフアライニングトルクピーク判定部80は、セルフアライニングトルクがノイズを含むような場合でも、そのようなセルフアライニングトルクから算出した基準セルフアライニングトルクのピークを高い精度で推定できる。
この結果、タイヤ接地長推定装置60は、そのピークのタイミングで推定されるタイヤ接地長の推定精度を向上させることができる。
【0092】
(5)輪荷重変化比推定部61は、車両の横加速度に基づいて輪荷重変化比を推定している。
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、横加速度に基づいて旋回時の輪荷重移動比を推定でき、例えば、その輪荷重移動比から算出される基準セルフアライニングトルクのピークを精度良く検出できる。さらに、タイヤ接地長推定装置60は、そのセルフアライニングトルク検出値をタイヤ横力で除算することでタイヤ接地長の推定精度を向上できる。
【0093】
(6)輪荷重変化比推定部61は、車両の前後加速度に基づいて輪荷重変化比を推定している。
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、横加速度に基づいて旋回時の輪荷重移動比を推定でき、例えば、その輪荷重移動比から算出される基準セルフアライニングトルクのピークを精度良く検出できる。さらに、タイヤ接地長推定装置60は、そのセルフアライニングトルク検出値をタイヤ横力で除算することでタイヤ接地長の推定精度を向上できる。
【0094】
(7)タイヤ接地長推定装置60は、セルフアライニングトルク急変判定部100によってセルフアライニングトルクの変化率が予め設定した閾値よりも大きいと判定すると、タイヤの接地長の推定を停止している。
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、セルフアライニングトルク変化率推定値の比が予め設定した閾値よりも大きいときにタイヤ接地長の推定を停止することで、路面摩擦係数の急変時等において基準セルフアライニングトルクのピークを検出するのを防止している。
【0095】
この結果、タイヤ接地長推定装置60は、基準セルフアライニングトルクのピークを高い精度で検出でき、タイヤ接地長推定装置60は、そのピークのタイミングで推定されるタイヤ接地長の推定精度を向上させることができる。
(8)タイヤ接地長推定装置60は、ノイズレベル判定部110によって基準セルフアライニングトルクのノイズ強度が予め設定した閾値よりも大きいと判定すると、タイヤ接地長の推定を停止している。
【0096】
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、基準セルフアライニングトルク推定値のノイズ強度が予め定められた閾値よりも大きいときにタイヤ接地長の推定を停止することで、検出条件として相応しくなくシーンで基準セルフアライニングトルクのピークを検出するのを防止している。
この結果、タイヤ接地長推定装置60は、基準セルフアライニングトルクのピークを高い精度で検出でき、タイヤ接地長推定装置60は、そのピークのタイミングで推定されるタイヤ接地長の推定精度を向上させることができる。
【0097】
(9)タイヤ接地長推定装置60は、旋回状態判定部120によって横加速度の絶対値が予め設定した閾値よりも小さいと判定すると、タイヤ接地長の推定を停止している。
これにより、タイヤ接地長推定装置60は、横加速度検出値の絶対値が予め設定した閾値よりも小さいときにタイヤ接地長の推定を停止することで、基準セルフアライニングトルクがピークをとる可能性の極めて低いシーンでタイヤ接地長の推定を実施してしまうのを防止できる。
この結果、タイヤ接地長推定装置60は、タイヤ接地長の演算資源を無駄にすることなく有効活用でき、その演算を実施するマイクロコンピュータの性能及び原価を低減することができる。
【0098】
(本実施形態の変形例)
本実施形態では、推定停止条件判定部90は、図8に示した構成に限定されるものではない。
例えば、図12は、推定停止条件判定部90の他の構成例を示すブロック図である。
推定停止条件判定部90は、図12に示すように、制動検出部131及び駆動輪検出部132を有している。
【0099】
制動検出部131は、車両の制動中と判定したとき、演算停止信号を出力する。また、駆動輪検出部132は、タイヤに駆動力伝達していると判定したとき、演算停止信号を出力する。
以上のような構成によって、タイヤ接地長推定装置60では、車両の制動中と判定したとき、又はタイヤに駆動力伝達していると判定したとき、タイヤ接地長の推定を停止する。
この場合、タイヤ接地長推定装置60は、制動中にタイヤ接地長の推定を停止することで、制動力によってタイヤの特性が変動するようなときのタイヤ接地長の推定を停止し、タイヤ接地長の推定精度を向上させることができる。
【0100】
また、タイヤ接地長推定装置60は、例えば、セルフアライニングトルク検出輪が駆動輪でありその駆動時にタイヤ接地長の推定を停止することで、駆動力によってタイヤの特性が変動するようなときのタイヤ接地長の推定を停止できる。この結果、タイヤ接地長推定装置60は、タイヤ接地長の推定精度を向上させることができる。
また、本実施形態は、前述の電動車両に限られるものではなく、セルフアライニングトルクとタイヤ横力が推定又は検出できる車両であれば、既存の内燃機関を動力源とする車両等であって良い。
【0101】
(第2実施形態)
次に第2実施形態を図面を参照して説明する。なお、前記第1実施形態と同様な構成については同一の符号を付して説明する。
【0102】
(構成等)
第2実施形態では、第1実施形態と同様な構成により同様な原理を用いてタイヤ接地長を推定する。そして、第2実施形態では、推定したタイヤ接地長に基づいて路面摩擦係数を推定する。
【0103】
図13は、第2実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成例を示すブロック図である。
第2実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60は、図13に示すように、図3に示した第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成に加えて、路面摩擦係数推定部141を有している。
【0104】
路面摩擦係数推定部141は、次のように路面摩擦係数を推定する。
車両挙動を2輪モデルを用いてモデル化し、路面摩擦係数の時間変化が区分的に一定、すなわち、路面摩擦係数の時間による1階微分が0であると仮定すると、下記(37)式の車両運動方程式が成り立つ。
【0105】
【数5】

【0106】
ここで、 β+(l・γ/V)−δは前輪のタイヤすべり角を表す。β+(l・γ/V)−δは後輪のタイヤすべり角を表す。また、ヨーレートと左右前輪のセルフアライニングトルク合計値が観測できると仮定すると、系の出力yは、下記(38)式として表される。
【0107】
【数6】

【0108】
ここで、j()はセルフアライニングトルクモデルである。実際の左右前輪のセルフアライニングトルク合計値については、例えば、電動パワーステアリングシステムに備えられたアシストモータの電流と操舵トルクセンサで検出される操舵トルクとに基づいて算出できる。これらの数式を一般的な状態方程式の形式で表現すると、下記(39)式のようになる。
【0109】
【数7】

【0110】
ここで、状態量はx=[β γ μ]である。入力はu=δである。この状態方程式に基づいて状態オブザーバを構成すると、下記(40)式を得ることができる。
【0111】
【数8】

【0112】
ここで、xの上に「^」を付した値(以下、x^と記載する。)、yの上に「^」を付した値は、それぞれ状態量及び出力の推定値を表す。また、x^´は、状態量の微分値を表す。状態オブザーバにおいて、状態量以外の変数である車速Vについては、例えば、車輪速から算出できる。また、オブザーバのゲインLは、オブザーバが安定極を有するように定められる値である。
【0113】
また、図14は、セルフアライニングトルクモデルj()の特性の一例を示す特性図である。
(38)式のセルフアライニングトルクモデルj()は、図14に示すように、タイヤ接地長lに応じて大きく特性が変化する。例えば、セルフアライニングトルクモデルにフィアラモデルを用いた場合、図14に示すように、セルフアライニングトルクはタイヤ接地長に比例して変化する。したがって、セルフアライニングトルクモデルに基づいて路面摩擦係数を精度良く推定するためには、セルフアライニングトルクモデルにおいてこのタイヤ接地長を正しく設定することが必要になる。
【0114】
ここで、図15は、本実施形態を適用して得た路面摩擦係数とその比較例の路面摩擦係数とを示す特性図である。ここで、本実施形態を適用して得た路面摩擦係数場合とは、本実施形態により推定したタイヤ接地長を設定したセルフアライニングトルクモデルを用いて推定した路面摩擦係数である。また、比較例の路面摩擦係数とは、20%の誤差を含むタイヤ接地長を設定したセルフアライニングトルクモデルを用いて推定した路面摩擦係数である。
【0115】
図15からもわかるように、本実施形態では、路面摩擦係数推定誤差を大幅に改善できる。
なお、セルフアライニングトルクモデルのようなタイヤモデルを用いて路面摩擦係数を推定する技術には、公知の技術がある。例えば、公知の技術として、特許第4213994号公報に記載のような技術がある。
また、第2実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60におけるその他の構成は、前記第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成と同様である。
【0116】
(第2実施形態の効果)
第2実施形態は、第1実施形態の効果に加え次のような効果を奏する。
路面摩擦係数推定部141は、タイヤ接地長と路面摩擦係数とからセルフアライニングトルクを特定可能なセルフアライニングトルク(タイヤモデル)を用いて、タイヤ接地長に対応する路面摩擦係数を推定している。
【0117】
これにより、路面摩擦係数推定部141は、高い精度で推定されたタイヤ接地長を用いることでセルフアライニングトルクモデル(タイヤモデル)に基づく路面摩擦係数を高い精度で推定できるようになる。
この結果、路面摩擦係数推定部141は、乗員積載位置による輪荷重の移動や、タイヤ空気圧の減少によるタイヤ特性の変動等によらず、路面摩擦係数を高い精度で推定できるようになる。
【0118】
(第3実施形態)
次に第3実施形態を図面を参照して説明する。なお、前記第1実施形態と同様な構成については同一の符号を付して説明する。
【0119】
(構成等)
第3実施形態では、第1実施形態と同様な構成により同様な原理を用いてタイヤ接地長を推定する。そして、第3実施形態では、推定したタイヤ接地長に基づいてタイヤ空気圧を推定する。
【0120】
図16は、第3実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成例を示すブロック図である。
第3実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60は、図16に示すように、図3に示した第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成に加えて、タイヤ空気圧推定部142を有している。
【0121】
タイヤ空気圧推定部142は、タイヤ空気圧とタイヤ接地長との関係に基づいてタイヤ空気圧を推定する。
図17は、タイヤ空気圧とタイヤ接地長との関係の一例を示す。
タイヤ空気圧は、図17に示すように、タイヤ接地長が大きいほど小さくなる特性を有する。そして、タイヤ空気圧は、タイヤ接地長が増加すると単調に減少する。
【0122】
タイヤ空気圧推定部142は、このような関係に基づいてタイヤ接地長からタイヤ空気圧を推定する。例えば、このような関係を実験により取得してマップを作成しておき、タイヤ空気圧推定部142は、その作成したマップを参照してタイヤ接地長からタイヤ空気圧を推定する。
なお、第3実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60におけるその他の構成は、前記第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成と同様である。
【0123】
(第3実施形態の効果)
第3実施形態は、第1実施形態の効果に加え次のような効果を奏する。
タイヤ空気圧推定部142は、タイヤ接地長に基づいてタイヤの空気圧を推定している。
これにより、タイヤ空気圧推定部142は、タイヤにタイヤ空気圧センサを直接設けることなくタイヤ空気圧を推定できる。例えば、タイヤにタイヤ空気圧センサを直接設けてタイヤ空気圧を推定する技術としては、特開2010−254018号公報に記載の技術がある。
【0124】
これにより、本実施形態によれば、タイヤ空気圧センサの原価と取り付けに関わる工賃が不用となるので、車両原価の低減が期待できる。
また、タイヤ空気圧推定部142は、高い精度で推定されたタイヤ接地長を用いることでタイヤ空気圧を高い精度で推定できるようになる。
【0125】
(第4実施形態)
次に第4実施形態を図面を参照して説明する。なお、前記第1実施形態と同様な構成については同一の符号を付して説明する。
【0126】
(構成等)
第4実施形態では、第1実施形態と同様な構成により同様な原理を用いてタイヤ接地長を推定する。そして、第4の実施形態では、推定したタイヤ接地長に基づいてタイヤ転がり抵抗を推定する。
【0127】
図18は、第4実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成例を示すブロック図である。
第4実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60は、図18に示すように、図3に示した第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成に加えて、タイヤ転がり抵抗推定部151、車間距離検出部152、加減速指令値生成部153、フィードフォワード制御部154、フィードバック制御部155、及び和演算部156を有している。
【0128】
タイヤ転がり抵抗推定部151は、タイヤ接地長からタイヤ転がり抵抗を推定する。
図19は、タイヤ転がり抵抗とタイヤ接地長との関係の一例を示す特性図である。
タイヤ転がり抵抗は、図19に示すように、タイヤ接地長が大きいほど大きくなる特性を有する。そして、タイヤ転がり抵抗は、タイヤ接地長が増加すると単調に増加する。
タイヤ転がり抵抗推定部151は、このような関係に基づいてタイヤ接地長からタイヤ転がり抵抗を推定する。例えば、このような関係を実験により取得してマップを作成しておき、タイヤ転がり抵抗推定部151は、その作成したマップを参照してタイヤ接地長からタイヤ転がり抵抗を推定する。そして、タイヤ転がり抵抗推定部151は、推定したタイヤ転がり抵抗をフィードフォワード制御部154に出力する。
【0129】
車間距離検出部152は車間距離を検出する。例えば、車間距離検出部152は、車両前方に備えられたレーザーレンジファインダーの信号を参照して、先行車両と自車両との間の距離を検出する。そして、車間距離検出部152は、検出した車間距離を加減速指令値生成部153、フィードフォワード制御部154、及びフィードバック制御部155に出力する。
【0130】
加減速指令値生成部153は、車間距離検出部152が検出した車間距離検出値と目標車間距離との偏差、及び運転者が操作するアクセルペダルやブレーキペダルの開度に基づいて加減速指令値を生成する。そして、加減速指令値生成部153は、生成した加減速指令値をフィードフォワード制御部154に出力する。
フィードフォワード制御部154は、加減速指令値、車間距離、及びタイヤ転がり抵抗トルクに基づいてフィードフォワード制御信号を算出する。
【0131】
ここで、制駆動トルクT(s)から車両前後加速度G(s)までの、ノミナルなダイナミックモデルをD(s)とおくと、下記(41)式が導き出される。
(s)=D(s)T(s) ・・・(41)
これにより、フィードフォワード制御部154は、下記(42)式のようにダイナミックモデルの逆モデルD−1(s)に基づいて構成される。下記(42)式のUff(s)はフィードフォワード制御信号であり、フィードフォワード制御部154は、算出したフィードフォワード制御信号を和演算部156に出力する。
【0132】
【数9】

【0133】
ここで、Res(s)(Rについてはその上に「^」を付した値)はタイヤ転がり抵抗トルク推定値である。Gxcom(s)は加減速指令値である。FLPF(s)は系をプロパーにするためのローパスフィルターである。第2項において、予め推定されたタイヤ転がり抵抗トルクを補償しており、これにより制御の結果生じる車両前後加速度の応答性と精度を向上させることができる。
【0134】
フィードバック制御部155は、車間距離に基づいてフィードバック制御信号を算出する。例えば、フィードバック制御部155は、積分制御器を用いて車間距離検出値と目標車間距離との偏差を減少させるようにフィードバック制御信号を算出する。そして、フィードバック制御部155は、算出したフィードバック制御信号を和演算部156に出力する。
【0135】
和演算部156は、フィードフォワード制御信号とフィードバック制御信号との和から、制駆動トルクを制御するための制駆動トルク指令値を算出する。
なお、第4実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60におけるその他の構成は、前記第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成と同様である。
(第4実施形態の効果)
第4実施形態は、第1実施形態の効果に加え次のような効果を奏する。
【0136】
タイヤ転がり抵抗推定部151は、タイヤ接地長に基づいてタイヤ転がり抵抗を推定している。
これにより、タイヤ転がり抵抗推定部151は、高い精度で推定されたタイヤ接地長を用いることでタイヤ転がり抵抗を高い精度で推定できるようになる。
この結果、本実施形態のように、高い精度のタイヤ転がり抵抗推定値に基づいて駆動トルクを補正できる。また、本実施形態によれば、このようなタイヤ転がり抵抗推定値を用いることで、例えば、電気自動車の航続距離を高い精度で推定でき、運転者はより確実な走行計画を立てることができるようになる。また、本実施形態によれば、一定の車間距離を保ったまま自車両を先行車に追従させる制御において、タイヤ転がり抵抗推定値に応じて駆動トルクを補正することで、高い応答性と精度で目標の前後加速度を発生させることができる。
【0137】
(第5実施形態)
次に第5実施形態を図面を参照して説明する。なお、前記第1実施形態と同様な構成については同一の符号を付して説明する。
【0138】
(構成等)
第5実施形態では、第1実施形態と同様な構成により同様な原理を用いてタイヤ接地長を推定する。そして、第5実施形態は、推定したタイヤ接地長に基づいてタイヤコーナリングパワーを推定する。
図20は、第5実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成例を示すブロック図である。
【0139】
第5実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60は、図20に示すように、図3に示した第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成に加えて、タイヤコーナリングパワー推定部161を有している。
タイヤコーナリングパワー推定部161は、タイヤ接地長からタイヤコーナリングパワーを推定する。
このタイヤコーナリングパワー推定部161は、次のような原理の下、タイヤコーナリングパワーを推定する。
【0140】
ブラッシュタイヤモデル(「Tire and Vehicle dynamics」, Butterworth Heinemann, Hans Pacejka著、p99等)によれば、タイヤ横力が飽和するタイヤすべり角はタイヤ接地長の2乗に反比例する。よって、タイヤ横力のタイヤすべり角に対する初期の傾きであるタイヤコーナリングパワーはタイヤ接地長の2乗に比例する。下記(43)式はそのような関係を示す。
【0141】
=(l/l・Cp0 ・・・(43)
ここで、lは基準となるタイヤ接地長である。Cp0は、タイヤ接地長が基準値lのときのタイヤコーナリングパワーである。
この(43)式が示すように、タイヤ接地長lの増加に応じて、タイヤコーナリングパワーCが増加するのは、ブラッシュモデルにおいて接地面積が増加し、タイヤ微小要素に作用するタイヤ横力を積分する面積が増大するためである。
【0142】
なお、第5実施形態は、このようなブラッシュタイヤモデルを用いることに限定されるものではなく、実験的にタイヤ接地長とタイヤコーナリングパワーの関係を取得することによって作成されたマップを参照することで、タイヤコーナリングパワーを推定しても良い。
なお、第5実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60におけるその他の構成は、前記第1実施形態におけるタイヤ接地長推定装置60の構成と同様である。
【0143】
(第5実施形態の効果)
第5実施形態は、第1実施形態の効果に加え次のような効果を奏する。
タイヤコーナリングパワー推定部161は、タイヤ接地長に基づいてタイヤコーナリングパワーを推定している。
【0144】
これにより、タイヤコーナリングパワー推定部161は、高い精度で推定されたタイヤ接地長を用いることでタイヤコーナリングパワーを高い精度で推定できるようになる。
この結果、本実施形態では、このタイヤコーナリングパワーを用いることで、例えば、横滑り防止制御をより円滑に実施することができるようになる。すなわち、本実施形態によれば、乗員積載位置の変動やタイヤ空気圧の減少等の要因によってタイヤ接地長が変動した場合でも、横滑り防止制御における車両モデルを実車両運動のダイナミクスに補正できる。この結果、本実施形態では、これらの要因によらず、オーバーシュート量や整定時間等の制御設計値の変動を抑えることができる。
【0145】
なお、本実施形態の変形例として、タイヤ接地長推定装置60は、第2〜第5実施形態で示した路面摩擦係数推定部141、タイヤ空気圧推定部142、タイヤ転がり抵抗推定部151、及びタイヤコーナリングパワー推定部161のうちの少なくとも2つを組み合わせて備えているものであって良い。
この場合、タイヤ接地長推定装置60は、タイヤ転がり抵抗推定部151を少なくとも備える場合、前記第4実施形態と同様に、車間距離検出部152、加減速指令値生成部153、フィードフォワード制御部154、フィードバック制御部155、及び和演算部156を備えても良い。
【符号の説明】
【0146】
60 タイヤ接地長推定装置、61 輪荷重変化比推定部、62 セルフアライニングトルク検出部、63 タイヤ接地長推定部、70 タイヤ横力推定部、73 ヨーレート検出部、74 横加速度検出部、80 基準セルフアライニングトルクピーク判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイヤのセルフアライニングトルクを検出するセルフアライニングトルク検出手段と、
車両のヨーレートを検出するヨーレート検出手段と、
車両の横加速度を検出する横加速度検出手段と、
前記ヨーレート検出手段で検出されたヨーレートと、横加速度検出手段で検出された横加速度に基づいて、タイヤの横力を推定するタイヤ横力推定手段と、
静的な輪荷重に対する横加速度検出手段で検出された横加速度に基づいた輪荷重変化量の比である輪荷重の変化比を算出する輪荷重変化比算出手段と、
前記セルフアライニングトルク検出手段が検出したセルフアライニングトルク及び前記輪荷重変化比算出手段が算出した輪荷重の変化比に基づいて前記セルフアライニングトルクに比例する値として算出した基準セルフアライニングトルクがピークになっているか否かを判定する基準セルフアライニングトルクピーク判定手段と、
前記基準セルフアライニングトルクピーク判定手段が基準セルフアライニングトルクがピークになっていると判定すると、前記セルフアライニングトルク検出手段が検出したセルフアライニングトルクを前記タイヤ横力推定手段が推定した横力で除算した値からタイヤの接地長を推定するタイヤ接地長推定手段と、
を備えることを特徴とするタイヤ接地長推定装置。
【請求項2】
前記基準セルフアライニングトルクピーク判定手段は、
輪荷重の変化比から予め設定したタイヤの接地長の変化比のモデルを用いて、前記輪荷重変化比算出手段が算出した輪荷重の変化比に基づいて、タイヤの接地長に対するタイヤの接地長の比であるタイヤの接地長の変化比を推定する接地長変化比推定手段と、
前記セルフアライニングトルク検出手段が検出したセルフアライニングトルクを前記輪荷重変化比算出手段が算出した輪荷重の変化比及び前記接地長変化比推定手段が推定した接地長の変化比で除算した値から基準セルフアライニングトルクを推定する基準セルフアライニングトルク推定手段と、
を備えることを特徴とする請求項1に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項3】
前記タイヤ横力推定手段は、
前記ヨーレート検出手段が検出したヨーレート及び前記横加速度検出手段が検出した横加速度に基づいて、車両運動特性から左右輪のタイヤ横力の合計値を推定するタイヤ横力合計値推定手段と、
車両運動特性から舵角及び車速に基づいて、タイヤのすべり角を推定するタイヤすべり角推定手段と、
前記タイヤ横力合計値推定手段が推定した左右輪のタイヤ横力の合計値、前記タイヤすべり角推定手段が推定したタイヤのすべり角、及び前記輪荷重変化比算出手段が算出した輪荷重の変化比に基づいて、左輪のタイヤ横力及び右輪のタイヤ横力をそれぞれ推定する左右輪タイヤ横力推定手段と、
を備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項4】
前記基準セルフアライニングトルクピーク判定手段は、予め設定した区間の基準セルフアライニングトルクの履歴を直線近似し、その直線近似した直線の傾きの絶対値が予め設定した閾値よりも小さい場合、基準セルフアライニングトルクがピークになっていると判定することを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項5】
前記輪荷重変化比算出手段は、前記車両の横加速度に基づいて、輪荷重変化比を算出することを特徴とする請求項3又は請求項4に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項6】
車両の前後加速度を検出する前後加速度検出手段を更に備え
前記輪荷重変化比算出手段は、検出された車両の前後加速度に基づいて、輪荷重変化比を算出することを特徴とする請求項5に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項7】
前記タイヤ接地長推定手段は、車両が制動中と判定すると、タイヤの接地長の推定を停止することを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項8】
前記タイヤ接地長推定手段は、タイヤに駆動力が伝達されていると判定すると、該タイヤの接地長の推定を停止することを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項9】
前記タイヤ接地長推定手段は、前記セルフアライニングトルク検出手段が検出したセルフアライニングトルクの変化率が予め設定した閾値よりも大きい場合、タイヤの接地長の推定を停止することを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項10】
前記基準セルフアライニングトルクのノイズレベルを判定するノイズレベル判定手段を更に備え、
前記タイヤ接地長推定手段は、前記ノイズレベルが予め設定した閾値よりも大きい場合にノイズレベルが大きいと判定し、タイヤの接地長の推定を停止することを特徴とする請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項11】
前記タイヤ接地長推定手段は、前記横加速度の絶対値が予め設定した閾値よりも小さい場合、タイヤの接地長の推定を停止することを特徴とする請求項3〜請求項10のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項12】
タイヤの接地長と路面摩擦係数とからセルフアライニングトルクを特定可能なタイヤモデルを用いて、前記タイヤ接地長推定手段が推定したタイヤの接地長に対応する路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定手段を備えることを特徴とする請求項1〜請求項11のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項13】
前記タイヤ接地長推定手段が算出したタイヤの接地長に基づいて、タイヤの空気圧を推定する空気圧推定手段を備えることを特徴とする請求項1〜請求項12のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項14】
前記タイヤ接地長推定手段が算出したタイヤの接地長に基づいて、タイヤの転がり抵抗を推定するタイヤ転がり抵抗推定手段を備えることを特徴とする請求項1〜請求項13のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。
【請求項15】
前記タイヤ接地長推定手段が算出したタイヤの接地長に基づいて、タイヤコーナリングパワーを推定するタイヤコーナリングパワー推定手段を備えることを特徴とする請求項1〜請求項14のいずれか1項に記載したタイヤ接地長推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2013−7703(P2013−7703A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141835(P2011−141835)
【出願日】平成23年6月27日(2011.6.27)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)