タケ類の開花予測方法
【課題】タケ類の開花予測方法を提供する。
【解決手段】タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログのそれぞれの遺伝子産物であるmRNA(メッセンジャーRNA)の生産の有無を測定することにより、上記課題を解決する。この開花予測方法においては、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)の塩基配列データを基に相同性の高い領域を増幅できるプライマーを設計し、RT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定する。そして、花成促進遺伝子のみが検出されることにより5〜6年以内での開花が予測でき、花成抑制遺伝子のみが検出されることにより少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことが予測できる。
【解決手段】タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログのそれぞれの遺伝子産物であるmRNA(メッセンジャーRNA)の生産の有無を測定することにより、上記課題を解決する。この開花予測方法においては、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)の塩基配列データを基に相同性の高い領域を増幅できるプライマーを設計し、RT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定する。そして、花成促進遺伝子のみが検出されることにより5〜6年以内での開花が予測でき、花成抑制遺伝子のみが検出されることにより少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことが予測できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タケ類(bamboos。ササ類を含む。以下同じ。)の開花予測方法に関する。さらに詳しくは、タケ類の花成促進遺伝子及び花成抑制遺伝子の発現の有無により、タケ類が開花し枯死する時期(開花枯死時期)を探り、例えば、異種間の人工交雑と新品種の計画的な育成を図る時期を予測したり、その後の土地利用を図る時期を予測する、開花予測技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にタケ類は、数十年(60年〜100年)に一度開花し、開花後に枯死し、その後回復する、という特異な生活史を持つ植物である。タケ類がこうした生活史を有するが故、タケ類の遺伝的なかけ合わせによる品種改良はほとんど行われておらず、また、一斉開花の分子機構は全く解明されていないのが実状である。
【0003】
他方、タケ類は増殖能が大きく、放置竹林の異常増殖などが問題視されている。竹林の管理や利用は、全国竹産業連合会をはじめとする竹産業関係者にとっては焦眉の課題となっている。また、日本の森林は、多くの場合、タケ類に含まれるササ属植物が林床優占種となっている。タケ類が群生している森林では、その天然更新が困難であるが、タケ類の一斉開花枯死が森林の天然更新の契機となっている。
【0004】
なお、本出願人は本発明に関連する先行技術は見出せなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
分類学的には属のレベルという隔たった系統類縁関係にあるタケ類の種間では、生殖的隔離が無く、偶発的な同時開花(それぞれの種の60〜100年に一度の開花時期の一致)に起因する自然交配によって形成したとみなされている属や種は多い。にもかかわらず、従来は、数十年に一度というタケ類の開花枯死時期を予め知りうる手段が無かったため、育種学的な遺伝的交配による品種改良はほとんど不可能であった。もし、数年以内に開花する可能性のあるタケ類のクローンを見つけ出すことができれば、圃場に異なった種同士を隣接して移植することにより、同時開花をもたらし、大量の交配種子を入手し、属間から種間にいたる雑種植物を作製するという画期的な技術が可能となる。
【0006】
また、他方、林業分野では、天然林の造成又は造林等を計画的に進めることができなかった。群落するタケ類の開花枯死時期を知ることができれば、天然林の造成又は造林等を目指す森林施業においては、準備のための工事や投資を行うことができ、極めて有意義である。
【0007】
本発明は、こうした現状の課題を解決するためになされたものであって、その目的は、タケ類の開花予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、タケ類の遺伝子レベルでの研究開発を行っている過程で、タケ類の花成促進遺伝子と花成抑制遺伝子をターゲット遺伝子とし、その発現の有無により、タケ類の開花枯死時期を探ることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、上記課題を解決するための本発明に係るタケ類の開花予測方法は、タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定することを特徴とする。
【0010】
この発明によれば、タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定するので、タケ類の開花枯死を高い確度で予測することができる。その結果、あらかじめ交雑を希望する異種のクローンの間で、数年以内に開花する可能性のあるクローンを選び出し、圃場に隣接して移植することにより、同時に開花し、交配して雑種形成を促す処置を計画的に実施することが可能となる。また、タケ類の開花枯死後に天然林の造成又は造林等を図る時期を事前に計画することができ、準備のための工事や投資を行うことができる。
【0011】
本発明に係るタケ類の開花予測方法において、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)とをマーカーとして、前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の直接の遺伝子産物であるmRNAを定量し、該花成促進遺伝子及び該花成抑制遺伝子の発現量を測定する。
【0012】
本発明に係るタケ類の開花予測方法において、前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の発現量をRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定する。
【0013】
本発明に係るタケ類の開花予測方法において、前記花成促進遺伝子のみの発現が葉で検出されることにより5〜6年以内での開花を予測し、前記花成抑制遺伝子のみの発現が芽で検出されることにより、少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことを予測する。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るタケ類の開花予測方法によれば、タケ類の開花枯死を高い確度で予測することができるので、有用な形質を持った異種間のタケ類のクローンの間で開花の可能性のあるクローンを識別し、収集し、同時に隣接させて開花させることができる。その結果、計画的に交雑を起こさせることが可能となり、優良な新しい形質群を持ったF1雑種の作製が可能となるという画期的な技術に導くことができる。
【0015】
また、本発明に係るタケ類の開花予測方法によれば、タケ類の開花枯死後に天然林の造成又は造林等を図る時期を事前に計画することができ、準備のための工事や投資を効率的且つ経済的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】モウハイチク及びトウオカメザサにおける生活史についての説明図である。
【図2】花成促進遺伝子であるPmFTの4コピーの塩基配列である。
【図3】花成抑制遺伝子であるPmCENの2コピーの部分配列である。
【図4】モウハイチクの一斉開花の各時期・各器官のFT及びCEN相同遺伝子の発現結果である。
【図5】トウオカメザサの一斉開花の各時期・各器官のFT及びCEN相同遺伝子の発現結果である。
【図6】GenBank登録番号AB240578の塩基配列である。
【図7】GenBank登録番号AB498760の塩基配列である。
【図8】GenBank登録番号AB498761の塩基配列である。
【図9】GenBank登録番号AB498762の塩基配列である。
【図10】GenBank登録番号AB498763の塩基配列である。
【図11】GenBank登録番号AB498764の塩基配列である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係るタケ類の開花予測方法について以下に詳しく説明する。なお、本発明は、その技術的特徴を有する範囲を包含し、以下に示す実施形態及び実施例に限定されない。
【0018】
本発明に係るタケ類の開花予測方法は、タケ類の群落の稈の葉と芽から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定する。
【0019】
この開花予測方法においては、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762。図6〜図9に示す塩基配列を参照。)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764。図10〜図11に示す塩基配列を参照。)とをマーカーとして、花成促進遺伝子及び花成抑制遺伝子の直接の遺伝子産物であるmRNAをRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で定量し、花成促進遺伝子及び花成抑制遺伝子の発現量を測定する。そして、花成促進遺伝子のみの発現が検出されることにより5〜6年以内での開花が予測でき、花成抑制遺伝子のみの発現が検出されることにより少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことが予測できる。
【0020】
以下、実施例に基づいて説明する。
【0021】
(タケ類の生活史)
図1は、モウハイチク及びトウオカメザサにおける生活史についての説明図である。図1の上段に示すトウオカメザサの生活史は、2008年と2009年に静岡県長泉町にある富士竹類植物園において一斉開花したトウオカメザサの開花過程と花の形態を表したものであり、図1の下段に示すモウハイチクの生活史は、2004年の4月に同園において一斉開花したモウハイチクの開花過程と花の形態を表したものである。
【0022】
図1上段のトウオカメザサにおいて、左の写真は成熟した藪(Mature clump)であり、「LYIY」は若い花序(IY:Young inflorescence)を付けた稈の葉(LY)を表している。右の写真は一斉開花稈(Mass−flowered culms)であって、「LMIM」は成熟した花序(IM)を付けた稈の葉(LM)を表している。上の写真は開花後の枯れかけた葉(Withered after flowering)であって、「LW」は開花終了後の葉を表している。
【0023】
図1下段のモウハイチクにおいて、左の写真は成熟した藪(Mature clump)である。右の写真は一斉開花(Mass−flowered culms)であって、「LF」は一斉開花稈の葉を表し、「IF」は一斉開花稈の花序を表している。右中央の写真は、稈が枯死し(Culm:died)、結実(Fruiting)時を示しており、右下の写真は、その穎果(Caryopses)が発芽(Germination)して芽生え(Seedling)た態様であって、「SS」は芽生えの茎(軸)を表している。その後、左下写真の幼若個体(Juvenile plants)を経て、再び成熟した藪(Mature clump)になる態様であって、「LJ」は幼若個体の葉を表している。また、中央の写真は、一斉開花後の再生竹(Regenerated culms in flower)を経て枯死する経路であって、「LR」は遅れて開花した稈の葉を表し、「IR」は遅れて開花した稈の花序を表している。また、中央右の写真は、新生竹(Regenerated sterile culms)を経て、再び成熟した藪(Mature clump)になる経路であって、「LS」は再生竹の葉を表している。
【0024】
図1に示すように、トウオカメザサ及びモウハイチクのいずれも一斉開花であったが、トウオカメザサでは、開花終了後も稈は枯れず、同じ稈が翌年も開花を繰返し、いわば繰返し繁殖型(ポリカルピック)な生活史の特性を示した。これに対して、モウハイチクでは、一斉開花した稈又は少し遅れて開花した稈はいずれも結実後に枯死し、一回繁殖型(モノカルピック)の生活史特性を持つことを示した。
【0025】
図1上段のトウオカメザサにおいては、無限花序を付けて開花した後、不稔に終わったが、稈は生存し翌年も開花したことが確認された。また、図1下段のモウハイチクにおいては、有限花序を伴う一斉開花後、無限花序を付ける開花した稈と、栄養成長する再生竹を形成し、結実枯死したことが確認された。
【0026】
本願において、「タケ類(Bamboos)」との表記は、タケ類とササ類を含む意味で用いる。分類学的にも、タケ類はタケ亜科に相当し、タケ類の中にササ類が含まれる。なお、本実験対象のモウハイチクはマダケ属であり、高さ数メートルになる中型のタケであり、一方、トウオカメザサはオカメザサ属であり、高さ数十センチの小型のタケであるが、いずれもタケ類に分類されている。なお、本願が、タケ類がササ類を含む意味で用いているのは、タケ類とササ類の花成制御遺伝子の基本的な塩基配列構造と発現パターンに大きな差がないためである。
【0027】
(試料採取)
トウオカメザサについては2008年と2009年の開花時に、モウハイチクについては2004年の開花時に、それぞれ花器官を含む各器官の試料を採取し、マイナス80℃で凍結保存し、遺伝子の解析実験に備えた。
【0028】
(花成制御遺伝子群の単離)
モウハイチクの花成制御遺伝子群であるPmFTとPmCENの単離を行った。
【0029】
イネにおいてすでに単離されたFT相同遺伝子Hd3aの塩基配列(GenBank登録番号:AB052941,AB052942,AB052943,AB052944,AB062675,AB062676; S.Kojima et al., 「Plant Cell Physiology」, vol.43(No.10), p.1096-1105(2002))を手がかりとし、モウハイチクの花成促進遺伝子であるFTホモログ(PmFT)を探索し、全4コピーをクローニングし、それぞれの全塩基配列を決定した。他方、シロイヌナズナやキンギョソウにおいて、花成促進遺伝子FTと同じ遺伝子ファミリーに属しながら、1個のアミノ酸残基の置換によって花成を遅らせる機能に転換した花成抑制遺伝子TFL1/CENのモウハイチクの相同遺伝子(PmCEN)の2コピーの部分配列を決定した。
【0030】
図2は、花成促進遺伝子であるPmFTの4コピーの塩基配列を整列したものである。4コピー間の推定アミノ酸配列の相同性は96.1〜98.3%であり、4コピーは互いに機能的に相同なオーソローガス遺伝子とみなされた。また、図3は、花成抑制遺伝子であるPmCENの2コピーの部分配列を整列したものである。図2及び図3中、ドット(・)はPmFT1又はPmCEN1と同じ塩基の部分を示し、ダッシュ(−)は塩基が失われた部分を示している。黒三角(▼)と白三角(▽)はそれぞれイントロン(遺伝子として転写されない部分)の始めと終わりを示し、矢印(←又は→)は下記の表1に記したプライマーの位置を示している。
【0031】
プライマーとは、PCR増幅に使用するためのものであり、下記の表1に示すようにプライマー対として表している。
【0032】
【表1】
【0033】
表1中、左から、作製したプライマーの名前、プライマー設計時に手がかりとした遺伝子の名前(括弧の中はその遺伝子の登録番号)、遺伝子上のプライマーの位置、プライマーの塩基配列、設計目的、を示している。表1中、上の2組はクローニングと塩基配列決定のために使用したプライマー対であり、残りの3組はリアルタイムRT−PCR法のために使用したプライマー対である。
【0034】
さらに詳しく説明する。一般に真核生物の遺伝子はエクソンと呼ばれるアミノ酸をコードしたいくつかの読み取り領域に分かれており、それをイントロンと呼ばれるアミノ酸などの情報がコードされていない非読み取り領域が鎖で繋ぐように繋いでいる。タケの花成促進遺伝子PmFT、および花成抑制遺伝子PmCENでは、図2及び図3に示すように、いずれも4個のエクソンが3個のイントロンで繋がれた構造をとっている。上記したように黒い矢頭(▼)はイントロン領域の始まりの部分であり、白い矢頭(▽)は終了の部分を示している。▼→▽の部分がイントロンの部分となる。この遺伝子の前方(左側から始まり、右方向に向いた矢印(→)が、前方のプライマーを示し、後方(右方向)から始まり、左側を向いた矢印(←)が後方のプライマーの位置を示している。この結果、図2(A)では、前方のプライマーは、エクソン1の末端付近からエクソン2の始まりの5塩基にまたがって設計されている。そして、後方のプライマーは、エクソン3の前方11塩基とエクソン2の末端から11塩基を含むように設計されている。これは、イントロン1とイントロン2をそっくりそのままスポイルするように設計されたことを意味する。同様に、図3(B)においても、前方のプライマーでは、エクソン1とエクソン2にまたがり、イントロン1をスポイルするように設計され、また、後方のプライマーでは、エクソン3の領域の多くをカバーするように設計されている。
【0035】
このようなプライマーの設計は、遺伝子の発現を解析するためであり、遺伝子が発現しそれを検出する、というのは、エクソン領域に対応したメッセンジャーRNA(mRNA)が合成されそれを検出する、ということを意味する。真核生物の遺伝子にはイントロンという領域が存在するが、これは発現するときに、メッセンジャーRNAが合成されるまでにいったんは読み取られても、イントロンの領域部分だけがスプライス(切除)される。そのため、イントロン領域を無視し、かつ、4コピーあるいは、2コピーの間のエクソン領域で、最も塩基の変化が少なく、共通性の高い領域(保存性の高い、と表現する。)に狙いをつけて設計する。
【0036】
(全RNAの抽出)
モウハイチク及びトウオカメザサの群落の各部(開花稈の葉、稈、細根、地下茎、再生竹の葉、葉芽、新生竹の葉、タケノコ芽、タケノコ稈鞘、等)から、それぞれ100mg程度の試料を採取し、全RNAを抽出精製した。全RNA抽出は、採取した葉100mgを乳ばちに入れ、液体窒素中で抹茶の粉程度にすり潰し、キアゲンQIAGENのRNeasy Plant Mini Kit(Qiagen社製, Germany)でプロトコール通り抽出した後、DNase処理し、フェノール抽出で3回精製し、その後、エタノール沈澱にかけて行った。
【0037】
(測定)
抽出した全RNAについて、花成促進遺伝子であるFTホモログの発現量(mRNA量)と花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現量(mRNA量)を、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)をマーカーとしてRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定した。
【0038】
RT−PCR法(逆転写PCR法)は、遺伝子の直接の産物である微量のmRNAをいったんDNAに置き換え、それを増幅し、増幅産物(DNAの断片)をアガロースゲル電気泳動法で検出する方法である。なお、アガロースゲルとは、寒天を固めたゲル(板)のことであり、アガロースゲル電気泳動法は、その板に孔を開け、そこに増幅されたDNA断片を試料として入れ、緩衝液(電解溶液)の中で電流を流すと、そのDNA断片の大きさにより、ゲル上を移動する距離に差が生じ、その移動度の違いをサイズの違いとして検出する方法である。PCR法においては、ここでは、「変性(95℃でも分解されないDNA合成酵素を利用し、2重らせんDNAを熱処理して1本鎖に分かれさせること)」、「アニーリング(プライマーを変性で1本鎖にした試料DNAの溶液に添加したとき、自然に互いに相補的な塩基配列の部分を見つけて接着すること)」「伸長(試料溶液中のDNA合成酵素により、2か所のプライマーに挟まれた領域部分が合成されること)」の3ステップを、30サイクル繰り返して増幅した。なお、最初の2サイクルは準備に使われるので、結局2の28乗=268,435,456倍に増幅された遺伝子の断片を得ることができる。
【0039】
リアルタイムRT−PCR法は、前記したRT−PCR法によって増幅するDNA量を、蛍光物質を利用して増幅の進行とともに合成される過程をリアルタイムに測定(モニタリング)する方法である。この方法では、蛍光物質の蛍光の強さは合成されたDNA量に比例するため、増幅したDNA量を測定することができる。PCR増幅をモニタリングしていくと、S字を描く増幅曲線が得られるので、基準となるDNAの希釈系列(DNAを1倍、10倍、100倍、と段階的に希釈したもの)の増幅曲線から検量線を作成し、その検量線に基づいて目的遺伝子とハウスキーピング遺伝子のDNA量(=発現量)を定量することができる。その後、ハウスキーピング遺伝子の発現量で目的遺伝子の発現量を補正する。このリアルタイムRT−PCR法では、40サイクル繰り返して増幅を行ったが、この場合も最初の2サイクルは準備に使われるので、結局2の38乗=274,877,906,944倍に増幅された遺伝子の断片を得ることができる。
【0040】
(花成制御遺伝子群の発現結果)
図4及び図5は、モウハイチク及びトウオカメザサの一斉開花の各時期・各器官のFT及びCEN相同遺伝子の発現結果であって、詳しくは、リアルタイムRT−PCR法で測定された遺伝子の直接の産物であるmRNA(メッセンジャーRNA)の相対発現量(縦軸:対数目盛り)を示している。
【0041】
ハウスキーピング遺伝子(すべての細胞において、細胞が生きているかぎり常に発現している遺伝子)のうち、この実験では、GAPDHという細胞の解糖系に関わる遺伝子の発現量を基準として各試料ごとの目的遺伝子の発現量を比較できるように補正した。なお、相対発現量とは、例えば、葉において、PmFTの発現量が1ng/μLでGAPDHの発現量が10ng/μLのときの相対発現量は0.1となり、PmFTの発現量が10ng/μLでGAPDHの発現量が1ng/μLのときの相対発現量は10となることを表している。図4及び図5中の括弧内の数値は、それぞれの相対発現量の値である。
【0042】
図4のモウハイチクの結果から、稈の葉にFTホモログのみが発現した場合(符号A)には、5〜6年以内に開花する可能性が高い。実際、図4において、2004年時の再生竹当年性の葉からFTホモログのみが得られた場合(符号B)の群落は、2005年に開花した。また、図4において、2004年時の新生竹当年性の葉からFTホモログのみが得られた場合(符号C)の群落も、2005年に開花した。
【0043】
開花終了後の再生竹又は新生竹の稈で、葉にFTホモログの発現が認められなくなった稈(符号D,G)は、それ以後、少なくとも数年間は引き続き、FTホモログの発現が検出されず(符号E,F,H,I)、開花予定がないことが予想された。また、2004年の一斉開花から4年目に出現した葉芽には、CENホモログの発現が認められ(符号J)、これ以後、しばらくの間は開花しないことが予想された。同様に、2004年の一斉開花から5年を経過した2009年に発生したタケノコの芽及び稈鞘には、CENホモログの発現が認められ(符号K,L)、これ以後、しばらくの間は開花しないことが予想された。以上、図4に示すように、稈の葉にCENホモログのみが発現した場合、及びFTとCENホモログのいずれも発現しない場合には、少なくとも5〜6年以内に開花する可能性はないと予測できる。
【0044】
トウオカメザサは、図1上段に示すように、繰り返し繁殖型(ポリカルピック)の生活史特性を持ち、一斉開花した後も稈は枯死することなく生存を続け、再び翌年の春に開花を繰り返す特性を持っている。これは、1回繁殖型(モノカルピック)の一斉開花を行い、開花後の稈は結実後、枯死するモウハイチクとは異なる。
【0045】
図5のトウオカメザサの結果は、その違いを明確に示している。2008年に一斉開花したいわゆる当年性の稈の葉(符号1,2)には、FTホモログのみの発現が確認された。この結果を得た稈は、翌年必ず開花した。同時に、その稈(2008年に開花し、FTホモログのみ発現した稈)において、開花終了後に残った枯れかかった葉からは発現が認められなかった(符号3)。その後に発生した葉からは、一斉開花時と同レベルのFTホモログの発現が検出され(符号4)、2009年の春に再び開花が確認された。しかし、2009年に再び開花した後の稈に発生した葉芽(腋芽)では、CENホモログのみの発現が確認され(符号5)、2010年にはこの稈の開花の可能性が無いことが予想された。
【0046】
以上説明したように、本発明に係る開花予測方法によれば、タケ類の群落の稈の葉と芽から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定するので、タケ類の開花枯死を高い確度で予測することができる。その結果、以下の2点について、応用面で、これまで不可能であった作業が可能となる。
【0047】
(1)タケ類は生殖的隔離がほとんど無い植物であるが、数十年に一度の一斉開花習性のため、遺伝的な交配による品種改良が困難視されている。しかし、自然界には、属のレベルで自然に交雑して生じたと考えられている属や種がたくさんある(以下の括弧内は変種以上で知られた種数を示す)。実例としては、インヨウチク属Hibanobambusa(1種)、ナリヒラダケ属Semiarundinaria(6種)、アズマザサ属Sasaella(27種)、スズザサ属Neosasamorpha(23種)を挙げることができる。これらは永い年月の間に、偶発的に隣り合わせた異種のタケ同士が交配し、雑種が形成されたものである。ひとたび雑種が形成されると、タケ類は巨大で永続するクローン(竹藪や笹薮)を形成するので、種として定着する。これまでは、開花の偶発性のために人為的な交配が困難であったが、本発明に係る開花予測方法を適用し、事前に交配を望むタケ類のクローンの間で、数年以内に開花の可能性のあるクローンを選び出し、圃場に隣接して移植することにより、同時に開花し異種のクローン間で自然に大量の交配が起こり、種子を得ることが可能となる。このようにして、優良な形質を持つタケ類の間でのシステマティクな交配による新品種の作製が可能となる。
【0048】
(2)林業でのササ類を林床優占種とする人工林から天然林への造成施業や天然更新施業において、ササ類の開花枯死後に天然林の造成又は造林等を図る時期を事前に計画することができ、準備のための工事や投資を行うことができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、タケ類(bamboos。ササ類を含む。以下同じ。)の開花予測方法に関する。さらに詳しくは、タケ類の花成促進遺伝子及び花成抑制遺伝子の発現の有無により、タケ類が開花し枯死する時期(開花枯死時期)を探り、例えば、異種間の人工交雑と新品種の計画的な育成を図る時期を予測したり、その後の土地利用を図る時期を予測する、開花予測技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にタケ類は、数十年(60年〜100年)に一度開花し、開花後に枯死し、その後回復する、という特異な生活史を持つ植物である。タケ類がこうした生活史を有するが故、タケ類の遺伝的なかけ合わせによる品種改良はほとんど行われておらず、また、一斉開花の分子機構は全く解明されていないのが実状である。
【0003】
他方、タケ類は増殖能が大きく、放置竹林の異常増殖などが問題視されている。竹林の管理や利用は、全国竹産業連合会をはじめとする竹産業関係者にとっては焦眉の課題となっている。また、日本の森林は、多くの場合、タケ類に含まれるササ属植物が林床優占種となっている。タケ類が群生している森林では、その天然更新が困難であるが、タケ類の一斉開花枯死が森林の天然更新の契機となっている。
【0004】
なお、本出願人は本発明に関連する先行技術は見出せなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
分類学的には属のレベルという隔たった系統類縁関係にあるタケ類の種間では、生殖的隔離が無く、偶発的な同時開花(それぞれの種の60〜100年に一度の開花時期の一致)に起因する自然交配によって形成したとみなされている属や種は多い。にもかかわらず、従来は、数十年に一度というタケ類の開花枯死時期を予め知りうる手段が無かったため、育種学的な遺伝的交配による品種改良はほとんど不可能であった。もし、数年以内に開花する可能性のあるタケ類のクローンを見つけ出すことができれば、圃場に異なった種同士を隣接して移植することにより、同時開花をもたらし、大量の交配種子を入手し、属間から種間にいたる雑種植物を作製するという画期的な技術が可能となる。
【0006】
また、他方、林業分野では、天然林の造成又は造林等を計画的に進めることができなかった。群落するタケ類の開花枯死時期を知ることができれば、天然林の造成又は造林等を目指す森林施業においては、準備のための工事や投資を行うことができ、極めて有意義である。
【0007】
本発明は、こうした現状の課題を解決するためになされたものであって、その目的は、タケ類の開花予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、タケ類の遺伝子レベルでの研究開発を行っている過程で、タケ類の花成促進遺伝子と花成抑制遺伝子をターゲット遺伝子とし、その発現の有無により、タケ類の開花枯死時期を探ることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、上記課題を解決するための本発明に係るタケ類の開花予測方法は、タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定することを特徴とする。
【0010】
この発明によれば、タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定するので、タケ類の開花枯死を高い確度で予測することができる。その結果、あらかじめ交雑を希望する異種のクローンの間で、数年以内に開花する可能性のあるクローンを選び出し、圃場に隣接して移植することにより、同時に開花し、交配して雑種形成を促す処置を計画的に実施することが可能となる。また、タケ類の開花枯死後に天然林の造成又は造林等を図る時期を事前に計画することができ、準備のための工事や投資を行うことができる。
【0011】
本発明に係るタケ類の開花予測方法において、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)とをマーカーとして、前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の直接の遺伝子産物であるmRNAを定量し、該花成促進遺伝子及び該花成抑制遺伝子の発現量を測定する。
【0012】
本発明に係るタケ類の開花予測方法において、前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の発現量をRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定する。
【0013】
本発明に係るタケ類の開花予測方法において、前記花成促進遺伝子のみの発現が葉で検出されることにより5〜6年以内での開花を予測し、前記花成抑制遺伝子のみの発現が芽で検出されることにより、少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことを予測する。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るタケ類の開花予測方法によれば、タケ類の開花枯死を高い確度で予測することができるので、有用な形質を持った異種間のタケ類のクローンの間で開花の可能性のあるクローンを識別し、収集し、同時に隣接させて開花させることができる。その結果、計画的に交雑を起こさせることが可能となり、優良な新しい形質群を持ったF1雑種の作製が可能となるという画期的な技術に導くことができる。
【0015】
また、本発明に係るタケ類の開花予測方法によれば、タケ類の開花枯死後に天然林の造成又は造林等を図る時期を事前に計画することができ、準備のための工事や投資を効率的且つ経済的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】モウハイチク及びトウオカメザサにおける生活史についての説明図である。
【図2】花成促進遺伝子であるPmFTの4コピーの塩基配列である。
【図3】花成抑制遺伝子であるPmCENの2コピーの部分配列である。
【図4】モウハイチクの一斉開花の各時期・各器官のFT及びCEN相同遺伝子の発現結果である。
【図5】トウオカメザサの一斉開花の各時期・各器官のFT及びCEN相同遺伝子の発現結果である。
【図6】GenBank登録番号AB240578の塩基配列である。
【図7】GenBank登録番号AB498760の塩基配列である。
【図8】GenBank登録番号AB498761の塩基配列である。
【図9】GenBank登録番号AB498762の塩基配列である。
【図10】GenBank登録番号AB498763の塩基配列である。
【図11】GenBank登録番号AB498764の塩基配列である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係るタケ類の開花予測方法について以下に詳しく説明する。なお、本発明は、その技術的特徴を有する範囲を包含し、以下に示す実施形態及び実施例に限定されない。
【0018】
本発明に係るタケ類の開花予測方法は、タケ類の群落の稈の葉と芽から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定する。
【0019】
この開花予測方法においては、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762。図6〜図9に示す塩基配列を参照。)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764。図10〜図11に示す塩基配列を参照。)とをマーカーとして、花成促進遺伝子及び花成抑制遺伝子の直接の遺伝子産物であるmRNAをRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で定量し、花成促進遺伝子及び花成抑制遺伝子の発現量を測定する。そして、花成促進遺伝子のみの発現が検出されることにより5〜6年以内での開花が予測でき、花成抑制遺伝子のみの発現が検出されることにより少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことが予測できる。
【0020】
以下、実施例に基づいて説明する。
【0021】
(タケ類の生活史)
図1は、モウハイチク及びトウオカメザサにおける生活史についての説明図である。図1の上段に示すトウオカメザサの生活史は、2008年と2009年に静岡県長泉町にある富士竹類植物園において一斉開花したトウオカメザサの開花過程と花の形態を表したものであり、図1の下段に示すモウハイチクの生活史は、2004年の4月に同園において一斉開花したモウハイチクの開花過程と花の形態を表したものである。
【0022】
図1上段のトウオカメザサにおいて、左の写真は成熟した藪(Mature clump)であり、「LYIY」は若い花序(IY:Young inflorescence)を付けた稈の葉(LY)を表している。右の写真は一斉開花稈(Mass−flowered culms)であって、「LMIM」は成熟した花序(IM)を付けた稈の葉(LM)を表している。上の写真は開花後の枯れかけた葉(Withered after flowering)であって、「LW」は開花終了後の葉を表している。
【0023】
図1下段のモウハイチクにおいて、左の写真は成熟した藪(Mature clump)である。右の写真は一斉開花(Mass−flowered culms)であって、「LF」は一斉開花稈の葉を表し、「IF」は一斉開花稈の花序を表している。右中央の写真は、稈が枯死し(Culm:died)、結実(Fruiting)時を示しており、右下の写真は、その穎果(Caryopses)が発芽(Germination)して芽生え(Seedling)た態様であって、「SS」は芽生えの茎(軸)を表している。その後、左下写真の幼若個体(Juvenile plants)を経て、再び成熟した藪(Mature clump)になる態様であって、「LJ」は幼若個体の葉を表している。また、中央の写真は、一斉開花後の再生竹(Regenerated culms in flower)を経て枯死する経路であって、「LR」は遅れて開花した稈の葉を表し、「IR」は遅れて開花した稈の花序を表している。また、中央右の写真は、新生竹(Regenerated sterile culms)を経て、再び成熟した藪(Mature clump)になる経路であって、「LS」は再生竹の葉を表している。
【0024】
図1に示すように、トウオカメザサ及びモウハイチクのいずれも一斉開花であったが、トウオカメザサでは、開花終了後も稈は枯れず、同じ稈が翌年も開花を繰返し、いわば繰返し繁殖型(ポリカルピック)な生活史の特性を示した。これに対して、モウハイチクでは、一斉開花した稈又は少し遅れて開花した稈はいずれも結実後に枯死し、一回繁殖型(モノカルピック)の生活史特性を持つことを示した。
【0025】
図1上段のトウオカメザサにおいては、無限花序を付けて開花した後、不稔に終わったが、稈は生存し翌年も開花したことが確認された。また、図1下段のモウハイチクにおいては、有限花序を伴う一斉開花後、無限花序を付ける開花した稈と、栄養成長する再生竹を形成し、結実枯死したことが確認された。
【0026】
本願において、「タケ類(Bamboos)」との表記は、タケ類とササ類を含む意味で用いる。分類学的にも、タケ類はタケ亜科に相当し、タケ類の中にササ類が含まれる。なお、本実験対象のモウハイチクはマダケ属であり、高さ数メートルになる中型のタケであり、一方、トウオカメザサはオカメザサ属であり、高さ数十センチの小型のタケであるが、いずれもタケ類に分類されている。なお、本願が、タケ類がササ類を含む意味で用いているのは、タケ類とササ類の花成制御遺伝子の基本的な塩基配列構造と発現パターンに大きな差がないためである。
【0027】
(試料採取)
トウオカメザサについては2008年と2009年の開花時に、モウハイチクについては2004年の開花時に、それぞれ花器官を含む各器官の試料を採取し、マイナス80℃で凍結保存し、遺伝子の解析実験に備えた。
【0028】
(花成制御遺伝子群の単離)
モウハイチクの花成制御遺伝子群であるPmFTとPmCENの単離を行った。
【0029】
イネにおいてすでに単離されたFT相同遺伝子Hd3aの塩基配列(GenBank登録番号:AB052941,AB052942,AB052943,AB052944,AB062675,AB062676; S.Kojima et al., 「Plant Cell Physiology」, vol.43(No.10), p.1096-1105(2002))を手がかりとし、モウハイチクの花成促進遺伝子であるFTホモログ(PmFT)を探索し、全4コピーをクローニングし、それぞれの全塩基配列を決定した。他方、シロイヌナズナやキンギョソウにおいて、花成促進遺伝子FTと同じ遺伝子ファミリーに属しながら、1個のアミノ酸残基の置換によって花成を遅らせる機能に転換した花成抑制遺伝子TFL1/CENのモウハイチクの相同遺伝子(PmCEN)の2コピーの部分配列を決定した。
【0030】
図2は、花成促進遺伝子であるPmFTの4コピーの塩基配列を整列したものである。4コピー間の推定アミノ酸配列の相同性は96.1〜98.3%であり、4コピーは互いに機能的に相同なオーソローガス遺伝子とみなされた。また、図3は、花成抑制遺伝子であるPmCENの2コピーの部分配列を整列したものである。図2及び図3中、ドット(・)はPmFT1又はPmCEN1と同じ塩基の部分を示し、ダッシュ(−)は塩基が失われた部分を示している。黒三角(▼)と白三角(▽)はそれぞれイントロン(遺伝子として転写されない部分)の始めと終わりを示し、矢印(←又は→)は下記の表1に記したプライマーの位置を示している。
【0031】
プライマーとは、PCR増幅に使用するためのものであり、下記の表1に示すようにプライマー対として表している。
【0032】
【表1】
【0033】
表1中、左から、作製したプライマーの名前、プライマー設計時に手がかりとした遺伝子の名前(括弧の中はその遺伝子の登録番号)、遺伝子上のプライマーの位置、プライマーの塩基配列、設計目的、を示している。表1中、上の2組はクローニングと塩基配列決定のために使用したプライマー対であり、残りの3組はリアルタイムRT−PCR法のために使用したプライマー対である。
【0034】
さらに詳しく説明する。一般に真核生物の遺伝子はエクソンと呼ばれるアミノ酸をコードしたいくつかの読み取り領域に分かれており、それをイントロンと呼ばれるアミノ酸などの情報がコードされていない非読み取り領域が鎖で繋ぐように繋いでいる。タケの花成促進遺伝子PmFT、および花成抑制遺伝子PmCENでは、図2及び図3に示すように、いずれも4個のエクソンが3個のイントロンで繋がれた構造をとっている。上記したように黒い矢頭(▼)はイントロン領域の始まりの部分であり、白い矢頭(▽)は終了の部分を示している。▼→▽の部分がイントロンの部分となる。この遺伝子の前方(左側から始まり、右方向に向いた矢印(→)が、前方のプライマーを示し、後方(右方向)から始まり、左側を向いた矢印(←)が後方のプライマーの位置を示している。この結果、図2(A)では、前方のプライマーは、エクソン1の末端付近からエクソン2の始まりの5塩基にまたがって設計されている。そして、後方のプライマーは、エクソン3の前方11塩基とエクソン2の末端から11塩基を含むように設計されている。これは、イントロン1とイントロン2をそっくりそのままスポイルするように設計されたことを意味する。同様に、図3(B)においても、前方のプライマーでは、エクソン1とエクソン2にまたがり、イントロン1をスポイルするように設計され、また、後方のプライマーでは、エクソン3の領域の多くをカバーするように設計されている。
【0035】
このようなプライマーの設計は、遺伝子の発現を解析するためであり、遺伝子が発現しそれを検出する、というのは、エクソン領域に対応したメッセンジャーRNA(mRNA)が合成されそれを検出する、ということを意味する。真核生物の遺伝子にはイントロンという領域が存在するが、これは発現するときに、メッセンジャーRNAが合成されるまでにいったんは読み取られても、イントロンの領域部分だけがスプライス(切除)される。そのため、イントロン領域を無視し、かつ、4コピーあるいは、2コピーの間のエクソン領域で、最も塩基の変化が少なく、共通性の高い領域(保存性の高い、と表現する。)に狙いをつけて設計する。
【0036】
(全RNAの抽出)
モウハイチク及びトウオカメザサの群落の各部(開花稈の葉、稈、細根、地下茎、再生竹の葉、葉芽、新生竹の葉、タケノコ芽、タケノコ稈鞘、等)から、それぞれ100mg程度の試料を採取し、全RNAを抽出精製した。全RNA抽出は、採取した葉100mgを乳ばちに入れ、液体窒素中で抹茶の粉程度にすり潰し、キアゲンQIAGENのRNeasy Plant Mini Kit(Qiagen社製, Germany)でプロトコール通り抽出した後、DNase処理し、フェノール抽出で3回精製し、その後、エタノール沈澱にかけて行った。
【0037】
(測定)
抽出した全RNAについて、花成促進遺伝子であるFTホモログの発現量(mRNA量)と花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現量(mRNA量)を、PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)をマーカーとしてRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定した。
【0038】
RT−PCR法(逆転写PCR法)は、遺伝子の直接の産物である微量のmRNAをいったんDNAに置き換え、それを増幅し、増幅産物(DNAの断片)をアガロースゲル電気泳動法で検出する方法である。なお、アガロースゲルとは、寒天を固めたゲル(板)のことであり、アガロースゲル電気泳動法は、その板に孔を開け、そこに増幅されたDNA断片を試料として入れ、緩衝液(電解溶液)の中で電流を流すと、そのDNA断片の大きさにより、ゲル上を移動する距離に差が生じ、その移動度の違いをサイズの違いとして検出する方法である。PCR法においては、ここでは、「変性(95℃でも分解されないDNA合成酵素を利用し、2重らせんDNAを熱処理して1本鎖に分かれさせること)」、「アニーリング(プライマーを変性で1本鎖にした試料DNAの溶液に添加したとき、自然に互いに相補的な塩基配列の部分を見つけて接着すること)」「伸長(試料溶液中のDNA合成酵素により、2か所のプライマーに挟まれた領域部分が合成されること)」の3ステップを、30サイクル繰り返して増幅した。なお、最初の2サイクルは準備に使われるので、結局2の28乗=268,435,456倍に増幅された遺伝子の断片を得ることができる。
【0039】
リアルタイムRT−PCR法は、前記したRT−PCR法によって増幅するDNA量を、蛍光物質を利用して増幅の進行とともに合成される過程をリアルタイムに測定(モニタリング)する方法である。この方法では、蛍光物質の蛍光の強さは合成されたDNA量に比例するため、増幅したDNA量を測定することができる。PCR増幅をモニタリングしていくと、S字を描く増幅曲線が得られるので、基準となるDNAの希釈系列(DNAを1倍、10倍、100倍、と段階的に希釈したもの)の増幅曲線から検量線を作成し、その検量線に基づいて目的遺伝子とハウスキーピング遺伝子のDNA量(=発現量)を定量することができる。その後、ハウスキーピング遺伝子の発現量で目的遺伝子の発現量を補正する。このリアルタイムRT−PCR法では、40サイクル繰り返して増幅を行ったが、この場合も最初の2サイクルは準備に使われるので、結局2の38乗=274,877,906,944倍に増幅された遺伝子の断片を得ることができる。
【0040】
(花成制御遺伝子群の発現結果)
図4及び図5は、モウハイチク及びトウオカメザサの一斉開花の各時期・各器官のFT及びCEN相同遺伝子の発現結果であって、詳しくは、リアルタイムRT−PCR法で測定された遺伝子の直接の産物であるmRNA(メッセンジャーRNA)の相対発現量(縦軸:対数目盛り)を示している。
【0041】
ハウスキーピング遺伝子(すべての細胞において、細胞が生きているかぎり常に発現している遺伝子)のうち、この実験では、GAPDHという細胞の解糖系に関わる遺伝子の発現量を基準として各試料ごとの目的遺伝子の発現量を比較できるように補正した。なお、相対発現量とは、例えば、葉において、PmFTの発現量が1ng/μLでGAPDHの発現量が10ng/μLのときの相対発現量は0.1となり、PmFTの発現量が10ng/μLでGAPDHの発現量が1ng/μLのときの相対発現量は10となることを表している。図4及び図5中の括弧内の数値は、それぞれの相対発現量の値である。
【0042】
図4のモウハイチクの結果から、稈の葉にFTホモログのみが発現した場合(符号A)には、5〜6年以内に開花する可能性が高い。実際、図4において、2004年時の再生竹当年性の葉からFTホモログのみが得られた場合(符号B)の群落は、2005年に開花した。また、図4において、2004年時の新生竹当年性の葉からFTホモログのみが得られた場合(符号C)の群落も、2005年に開花した。
【0043】
開花終了後の再生竹又は新生竹の稈で、葉にFTホモログの発現が認められなくなった稈(符号D,G)は、それ以後、少なくとも数年間は引き続き、FTホモログの発現が検出されず(符号E,F,H,I)、開花予定がないことが予想された。また、2004年の一斉開花から4年目に出現した葉芽には、CENホモログの発現が認められ(符号J)、これ以後、しばらくの間は開花しないことが予想された。同様に、2004年の一斉開花から5年を経過した2009年に発生したタケノコの芽及び稈鞘には、CENホモログの発現が認められ(符号K,L)、これ以後、しばらくの間は開花しないことが予想された。以上、図4に示すように、稈の葉にCENホモログのみが発現した場合、及びFTとCENホモログのいずれも発現しない場合には、少なくとも5〜6年以内に開花する可能性はないと予測できる。
【0044】
トウオカメザサは、図1上段に示すように、繰り返し繁殖型(ポリカルピック)の生活史特性を持ち、一斉開花した後も稈は枯死することなく生存を続け、再び翌年の春に開花を繰り返す特性を持っている。これは、1回繁殖型(モノカルピック)の一斉開花を行い、開花後の稈は結実後、枯死するモウハイチクとは異なる。
【0045】
図5のトウオカメザサの結果は、その違いを明確に示している。2008年に一斉開花したいわゆる当年性の稈の葉(符号1,2)には、FTホモログのみの発現が確認された。この結果を得た稈は、翌年必ず開花した。同時に、その稈(2008年に開花し、FTホモログのみ発現した稈)において、開花終了後に残った枯れかかった葉からは発現が認められなかった(符号3)。その後に発生した葉からは、一斉開花時と同レベルのFTホモログの発現が検出され(符号4)、2009年の春に再び開花が確認された。しかし、2009年に再び開花した後の稈に発生した葉芽(腋芽)では、CENホモログのみの発現が確認され(符号5)、2010年にはこの稈の開花の可能性が無いことが予想された。
【0046】
以上説明したように、本発明に係る開花予測方法によれば、タケ類の群落の稈の葉と芽から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定するので、タケ類の開花枯死を高い確度で予測することができる。その結果、以下の2点について、応用面で、これまで不可能であった作業が可能となる。
【0047】
(1)タケ類は生殖的隔離がほとんど無い植物であるが、数十年に一度の一斉開花習性のため、遺伝的な交配による品種改良が困難視されている。しかし、自然界には、属のレベルで自然に交雑して生じたと考えられている属や種がたくさんある(以下の括弧内は変種以上で知られた種数を示す)。実例としては、インヨウチク属Hibanobambusa(1種)、ナリヒラダケ属Semiarundinaria(6種)、アズマザサ属Sasaella(27種)、スズザサ属Neosasamorpha(23種)を挙げることができる。これらは永い年月の間に、偶発的に隣り合わせた異種のタケ同士が交配し、雑種が形成されたものである。ひとたび雑種が形成されると、タケ類は巨大で永続するクローン(竹藪や笹薮)を形成するので、種として定着する。これまでは、開花の偶発性のために人為的な交配が困難であったが、本発明に係る開花予測方法を適用し、事前に交配を望むタケ類のクローンの間で、数年以内に開花の可能性のあるクローンを選び出し、圃場に隣接して移植することにより、同時に開花し異種のクローン間で自然に大量の交配が起こり、種子を得ることが可能となる。このようにして、優良な形質を持つタケ類の間でのシステマティクな交配による新品種の作製が可能となる。
【0048】
(2)林業でのササ類を林床優占種とする人工林から天然林への造成施業や天然更新施業において、ササ類の開花枯死後に天然林の造成又は造林等を図る時期を事前に計画することができ、準備のための工事や投資を行うことができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定することを特徴とするタケ類の開花予測方法。
【請求項2】
PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)とをマーカーとして、前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の直接の遺伝子産物であるmRNAを定量し、該花成促進遺伝子及び該花成抑制遺伝子の発現量を測定する、請求項1に記載のタケ類の開花予測方法。
【請求項3】
前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の発現量をRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定する、請求項1又は2に記載のタケ類の開花予測方法。
【請求項4】
前記花成促進遺伝子のみの発現が葉で検出されることにより5〜6年以内での開花を予測し、前記花成抑制遺伝子のみの発現が芽で検出されることにより、少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことを予測する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のタケ類の開花予測方法。
【請求項1】
タケ類の群落の稈の葉から全RNAを抽出精製し、花成促進遺伝子であるFTホモログと花成抑制遺伝子であるCENホモログの発現の有無を測定することを特徴とするタケ類の開花予測方法。
【請求項2】
PmFT(GenBank登録番号:AB240578、AB498760、AB498761、AB498762)とPmCEN(GenBank登録番号:AB498763,AB498764)とをマーカーとして、前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の直接の遺伝子産物であるmRNAを定量し、該花成促進遺伝子及び該花成抑制遺伝子の発現量を測定する、請求項1に記載のタケ類の開花予測方法。
【請求項3】
前記花成促進遺伝子及び前記花成抑制遺伝子の発現量をRT−PCR法又はリアルタイムRT−PCR法で測定する、請求項1又は2に記載のタケ類の開花予測方法。
【請求項4】
前記花成促進遺伝子のみの発現が葉で検出されることにより5〜6年以内での開花を予測し、前記花成抑制遺伝子のみの発現が芽で検出されることにより、少なくとも前記5〜6年以内での開花が起こらないことを予測する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のタケ類の開花予測方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−78410(P2011−78410A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205180(P2010−205180)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(304036743)国立大学法人宇都宮大学 (209)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(304036743)国立大学法人宇都宮大学 (209)
【Fターム(参考)】
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