説明

タンパク質の安定性を向上させるポリペプチドおよびその利用

【課題】任意のタンパク質と融合タンパク質を形成することで当該タンパク質の安定性を向上させることができるポリペプチド、およびそれを用いてタンパク質の安定性を向上させる方法を提供する。
【解決手段】以下の(a)〜(d)のいずれかに記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを任意のタンパク質に融合させる。(a)特定な配列からなるアミノ酸配列(b)(a)のアミノ酸配列の一部であって、少なくとも第1位〜第101位を含むアミノ酸配列(c)(a)のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列(d)(a)のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列の一部であって、少なくとも(a)のアミノ酸配列の第1位〜第101位に相当する部分を含むアミノ酸配列。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の安定性を向上させるポリペプチドおよびその利用に関するものであり、詳細には、タンパク質の安定性を向上させるポリペプチド、当該ポリペプチドを含む融合タンパク質、それらをコードするポリヌクレオチド、当該ポリヌクレオチドを含む発現ベクター、当該発現ベクターが導入された形質転換体、およびタンパク質の安定性を向上させる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酵素は高い基質特異性、反応特異性から医薬品、食品、化成品、廃棄物処理、バイオマス利用など、幅広い分野で応用されている。一般に、酵素が産業利用される場合、利用環境の物理的・化学的条件(例えば、温度やpH)に対して安定に機能を発揮することが求められる。例えば、プロテアーゼは、洗剤、皮革加工、食品加工、機能性ペプチド生産等において幅広く利用されている代表的な産業用酵素であるが、産業用酵素としての実用面で一番重用視されるのは、酵素の安定性および利用条件下での活性の高さである。特に、物理的・化学的に高い熱安定性が要求される場合が多く、それゆえ、産業用プロテアーゼには耐熱性プロテアーゼが広く使用されている。
【0003】
例えば、本発明者らは、超好熱菌の1つであるThermococcus kodakaraensis KOD1株由来のサチライシンファミリーに属するプロテアーゼであるTk−subtilisinを見出し、Tk−subtilisinがpH9.5、温度80℃〜100℃で最も高い活性を示すこと、公知のプロテアーゼのなかで最も高い熱安定性を有することを報告している(非特許文献1および2参照)。また、本発明者らは、同じThermococcus kodakaraensis KOD1株から、Tk−subtilisinと異なる新規なプロテアーゼのTk−SPを見出し、100℃で90分間処理したときの残存活性が約50%であることを報告している(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Kannan, Y., Koga, Y., Inoue, Y., Haruki, M., Takagi, M., Imanaka, T. et al. Active subtilisin-like protease from a hyperthermophilic archaeon in a form with a putative prosequence. Appl. Environ. Microbiol. 67, 2445-2552. (2001).
【非特許文献2】Pulido, M., Saito, K., Tanaka, S., Koga, Y., Takano, K. & Kanaya, S. Ca2+-dependent maturation of Tksubtilisin from a hyperthermophilic archaeon: propeptide is a potent inhibitor of the mature domain but is not required for its folding. Appl. Environ. Microbiol. 72, 4154-4162. (2006).
【非特許文献3】Tita Foophow, Shun-ichi Tanaka, Yuichi Koga, Kazufumi Takano, Shigenori Kanaya, Second subtilisin homologue from Thermococcus kodakaraensis with N and C-terminal propeptides. 第81回日本生化学会大会、第31回日本分子生物学会年会合同大会講演要旨集, 2P-0232, 2008年12月9日−12日.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、耐熱性酵素は好熱菌由来の酵素をスクリーニングすることにより取得できる場合があるが、適切な生物を選択してスクリーニングを行っても、利用条件において高い安定性を有し、高い活性を発現できる酵素が必ずしも見つかるわけではない。また、タンパク質のアミノ酸配列を改変して安定性を付与する研究が行われているが、タンパク質機能に影響を与えずに安定性を向上させるような一般技術は確立していない。
【0006】
そこで、本発明は、任意のタンパク質と融合タンパク質を形成することで当該タンパク質の安定性を向上させることができるポリペプチド、および当該ポリペプチドを用いてタンパク質の安定性を向上させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の発明を包含する。
[1]タンパク質の安定性を向上させるポリペプチドであって、以下の(a)〜(d)のいずれかに記載のアミノ酸配列からなることを特徴とするポリペプチド。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部であって、少なくとも第1位〜第101位を含むアミノ酸配列
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列
(d)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列の一部であって、少なくとも配列番号1に示されるアミノ酸配列の第1位〜第101位に相当する部分を含むアミノ酸配列
[2]前記安定性が、構造安定性である前記[1]に記載のポリペプチド。
[3]前記安定性または前記構造安定性が、プロテアーゼに対する安定性、熱に対する安定性、または酸に対する安定性である前記[1]または[2]に記載のポリペプチド。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかに記載のポリペプチドを含む融合タンパク質。
[5]前記[1]〜[3]のいずれかに記載のポリペプチド、または[4]に記載の融合タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
[6]前記[5]に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
[7]前記[6]に記載の発現ベクターが導入された形質転換体。
[8]前記[1]〜[3]のいずれかに記載のポリペプチドを含む融合タンパク質を製造する工程を含有することを特徴とするタンパク質の安定性を向上させる方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、任意のタンパク質と融合タンパク質を形成することで当該タンパク質の安定性を向上させることができるポリペプチド、および当該ポリペプチドを用いてタンパク質の安定性を向上させる方法を提供することができる。本発明のポリペプチドを利用することにより、今まで産業利用に適していなかった酵素等を、産業上有利な温度条件やpH条件の下で利用することが可能になる。それゆえ、本発明は、これまで利用できなかった用途にも酵素等の利用を可能とする極めて有用な技術である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】ProTk−SPの一次構造を示す図である。
【図2】ProTk−SPの三次構造を示す図である。
【図3】(A)はProNTk−SPΔJelの発現を確認したSDS−PAGEの結果を示す図であり、(B)はProNTk−SPΔJelの活性を確認したゼラチン電気泳動の結果を示す図である。
【図4】ProNTk−SPおよびProNTk−SPΔJelのキモトリプシン(プロテアーゼ)に対する安定性を電気泳動により確認した結果を示す図である。
【図5】ProNTk−SPおよびProNTk−SPΔJelの熱安定性をCD測定により確認した結果を示す図である。
【図6】(A)はProNTk−SP、ProNTk−SPΔJelおよびProTk−SPの二次構造をCDスペクトル測定により確認した図であり、(B)はProNTk−SPΔJelの酸性条件下における安定性をCDスペクトル測定により確認した図であり、(C)はProNTk−SPの酸性条件下における安定性をCDスペクトル測定により確認した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
〔ポリペプチド〕
本発明者らは、Tk−SP(非特許文献3)の研究を進める過程において、本発明のポリペプチドを見出した。以下に本発明に至る経過の概要を説明する。
【0011】
図1にTk−SPの一次構造を示す。本発明者らは、Tk−SPの前駆体(図1中「ProTk−SP」)は、N末端に113アミノ酸からなるプロ配列(図1中「N−propeptide」)と、C末端に101アミノ酸からなるプロ配列(図1中「C−propeptide」)とを有し、プロセシング(成熟化)を経ることにより両末端のプロ配列が切断されて、426アミノ酸からなるTk−SP(成熟体)が得られることを見出していた(非特許文献3)。本発明者らは、Tk−SPについて研究を進め、N末端のプロ配列のみを有する前駆体(以下「ProNTk−SP」と記す。)を組み換えタンパク質として作製し、その三次元構造解析を行った。図2に、ProNTk−SPの三次元構造を示す。図2において、左下の薄い灰色で示された部分がN末端のプロ配列であり、それ以外の部分がTk−SP(成熟体)である。図2からわかるように、Tk−SPは2つのドメインからなり、そのC末端側のドメイン(図2右下の濃い灰色で示された部分)はジェリーロール構造を有することが明らかとなった。
【0012】
本発明者らは、さらに研究を進め、Tk−SPのC末端側のドメイン(以下「Jel」と記す。)が欠失したProNTk−SP(以下「ProNTk−SPΔJel」と記す。)を作製して、Jelを有するProNTk−SPと比較検討し以下の知見を得た(実施例参照)
(1)ProNTk−SPΔJelがプロテアーゼ活性を有していること
(2)ProNTk−SPΔJelはプロテアーゼ(キモトリプシン)で分解されるが、ProNTk−SPは分解されないこと
(3)ProNTk−SPΔJelは90℃以下の温度で変性するが、ProNTk−SPは90℃を超える温度でも変性しないこと
(4)ProNTk−SPΔJelはpH4以下では二次構造を維持できないが、ProNTk−SPはpH4でも二次構造を維持できること
これらの知見により、本発明者らは、Tk−SPのC末端側のドメイン(Jel)がTk−SPの機能ドメイン(図2中央の黒色で示された部分)の安定性を向上させる機能を有することを見出した。
【0013】
以下、本発明のポリペプチドについて説明する。本発明のポリペプチドは、以下の(a)〜(d)のいずれかに記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、タンパク質の安定性を向上させる機能を有するものであればよい。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部であって、少なくとも第1位〜第101位を含むアミノ酸配列
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列
(d)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列の一部であって、少なくとも配列番号1に示されるアミノ酸配列の第1位〜第101位に相当する部分を含むアミノ酸配列
【0014】
配列番号1に示されるアミノ酸配列は、Tk−SPの前駆体(以下「ProTk−SP」と記す。)のアミノ酸配列(配列番号3)の第422位〜第539位に該当する。本発明のポリペプチドは、図2に示した三次元構造の解析結果から、配列番号1に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも第1位〜第101位のアミノ酸配列が必要であると推定されるが、さらに数個のアミノ酸が欠失していても、タンパク質の安定性を向上させる機能を有する限り、本発明に含まれる。
【0015】
「1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された」とは、部位特異的変異法等の公知の変異ペプチド作製法により欠失、置換もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されることを意味する。このような変異ポリペプチドは、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在するタンパク質から単離精製したものであってもよい。タンパク質のアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このタンパク質の構造または機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけでなく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。好ましい変異体は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または付加を有する。より好ましくは、保存性置換、欠失、または付加であり、特に好ましくは、保存性置換である。
【0016】
本明細書において「ポリペプチド」は、複数のアミノ酸が複数のペプチド結合によって結合したものを意味し、特定の立体構造をつくっている状態のものおよび特定の立体構造をつくっていない状態のものを含む。また、本明細書において「タンパク質」は、ポリペプチドが特定の立体構造をつくった状態を意味する。
【0017】
「タンパク質の安定性を向上させる」とは、本発明のポリペプチドを有するタンパク質と本発明のポリペプチドを有しないタンパク質の安定性を比較したときに、本発明のポリペプチドを有するタンパク質の安定性が向上していることを意味し、安定性の指標および向上の程度は問わない。安定性の指標としては、例えば、熱に対する安定性、酸に対する安定性、アルカリに対する安定性、プロテアーゼに対する安定性、変性剤に対する安定性、界面活性剤に対する安定性、有機溶媒に対する安定性、長期保存に対する安定性、乾燥に対する安定性、凍結融解に対する安定性、変性に対する可逆性(一旦変性した後、元の構造に戻ること)、可溶性(溶液状態で沈殿しない状態を保つこと)などが挙げられる。本発明のポリペプチドは、少なくとも1つの指標について安定性を向上させるものであればよい。ここで、上記例示した安定性の指標は、いずれもタンパク質の構造安定性の向上に依存して向上すると考えられる。つまり、各種条件下においてタンパク質の構造が不可逆的に変性しないことに起因して、上記指標の安定性が向上すると考えられる。したがって、「タンパク質の安定性」は「タンパク質の構造安定性」と換言することができる。
【0018】
タンパク質の安定性が向上しているか否かの確認方法は特に限定されない。熱に対する安定性は、例えば、二次構造や三次構造が変化する温度(Tm)の変化を円偏光二色性スペクトル測定器や蛍光光度計、熱量計を用いて決定する方法で確認することができる。酸またはアルカリに対する安定性は、例えば、各pHにおける構造変化を円偏光二色性スペクトル測定器や蛍光光度計などを用いる方法で確認することができる。プロテアーゼに対する安定性は、例えば、キモトリプシンのようなプロテアーゼを限定分解条件下で反応させ、分解産物の割合をSDS−PAGEなどの方法で比較する方法で確認することができる。有機溶媒、界面活性剤、変性剤、長期保存、乾燥または凍結融解に対する安定性は、例えば、各条件に晒す前後の酵素活性の変化を比較する(残存活性測定)方法、または、構造の変化を物理化学的に測定する方法で確認することができる。可溶性の向上は、例えば、超遠心分離などにより不溶化したタンパク質を沈殿させた後、上清みに残ったタンパク質量を定量することで確認することができる。
【0019】
本発明のポリペプチドは、例えば、公知の遺伝子工学的手法により本発明のポリペプチドをコードする遺伝子を単離または合成して組み換え発現ベクターを構築し、これを適当な宿主細胞に導入して組み換えタンパク質として発現させることにより製造することができる。または、in vitro転写・翻訳系によって製造することができる。
【0020】
〔融合タンパク質〕
本発明のポリペプチドは、通常、安定性を向上させようとする目的タンパク質(以下単に「目的タンパク質」という。)と融合タンパク質を形成して使用する。すなわち、本発明のポリペプチドが目的タンパク質に連結した融合タンパク質として使用する。本発明は、このような本発明のポリペプチドを含む融合タンパク質を提供する。また、本発明は、本発明のポリペプチドを含む融合タンパク質を製造する工程を含有するタンパク質の安定性を向上させる方法を提供する。
目的タンパク質は特に限定されず、安定性を向上させようとするタンパク質を適宜選択して決定すればよい。当該タンパク質は、全長タンパク質でもよく、部分タンパク質でもよいが、少なくとも機能ドメインを含むことが好ましい。機能ドメインを含むタンパク質の安定性を向上させることにより、本来機能の発現が困難な条件下において、当該タンパク質の機能を発現させることが可能となる。
【0021】
本発明の融合タンパク質は、例えば、公知の遺伝子組換え技術により製造することができる。すなわち、本発明のポリペプチドをコードする遺伝子と、目的タンパク質をコードする遺伝子とを適宜連結して融合遺伝子を作製し、これを発現ベクターに挿入して組み換え発現ベクターを構築し、これを適当な宿主細胞に導入して発現させ、精製すればよい。また、融合遺伝子を利用してin vitro転写・翻訳系によっても製造することができる。
【0022】
本発明の融合タンパク質において、本発明のポリペプチドは目的タンパク質のN末端側に連結してもよく、C末端側に連結してもよい。Tk−SPでは機能ドメインのC末端に本発明のポリペプチドが結合していることから、目的タンパク質のC末端側に本発明のポリペプチドが連結した融合タンパク質が好ましいと推定される。また、本発明の融合タンパク質は、本発明のポリペプチドおよび目的タンパク質以外に他のペプチド(タンパク質)を含むものでもよい。他のペプチド(タンパク質)としては、例えば、ヒスチジンタグ、FLAGタグ等のタグ配列等が挙げられる。
【0023】
〔ポリヌクレオチド〕
本発明のポリヌクレオチドは、上記本発明のポリペプチドをコードするもの、または上記本発明の融合タンパク質をコードするものであればよい。配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号2に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。配列番号1に示されるアミノ酸配列の第1位〜第101位は、配列番号2に示される塩基配列の第1位〜第303位がコードする。発明の融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの5’側または3’側で上記目的タンパク質をコードするポリヌクレオチドに融合されていればよい。目的タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列情報は、公知のデータベース等から得ることができる。さらに、本発明のポリヌクレオチドは、上記他のペプチド(タンパク質)をコードするポリヌクレオチドに融合されていてもよい。
【0024】
本明細書において「ポリヌクレオチド」は、「遺伝子」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用される。本発明のポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在することができる。DNAは、二本鎖でもよく一本鎖でもよい。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖)、または、非コード鎖(アンチセンス鎖)のいずれであってもよい。
【0025】
本発明のポリヌクレオチドを取得する方法としては、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、配列番号2に示される塩基配列の5’側および3’側の配列(またはその相補配列)に基づいてそれぞれプライマーを設計し、これらプライマーを用いてThermococcus kodakaraensis KOD1株のゲノムDNA等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得することができる。目的タンパク質をコードするポリヌクレオチドも同様に、目的タンパク質の塩基配列情報に基づいてプライマーを設計し、目的タンパク質が由来する生物種のゲノムDNA、cDNA等を鋳型にしてPCR等を行うことで、取得することができる。融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと目的タンパク質をコードするポリヌクレオチドとを公知の遺伝組み換え技術を用いて連結(ライゲーション)することにより作製できる。
【0026】
〔発現ベクター〕
本発明は、本発明のポリペプチドや本発明の融合タンパク質を製造するために使用する発現ベクターを提供する。本発明の発現ベクターは、上述した本発明のポリヌクレオチドを含むものであれば特に限定されないが、RNAポリメラーゼの認識配列を有するプラスミドベクターが好ましい。組換え発現ベクターの作製方法としては、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いる方法が挙げられるが特に限定されない。ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択することができる。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に本発明のポリヌクレオチドを発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明のポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
【0027】
本発明の発現ベクターを用いて形質転換された宿主を、培養、栽培または飼育した後、培養物などから慣用的な手法(例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィーなど)に従って、本発明のポリペプチドまたは融合タンパク質を回収、精製することができる。
【0028】
発現ベクターは、少なくとも1つの選択マーカーを含むことが好ましい。このようなマーカーとしては、宿主が真核生物細胞の場合はジヒドロ葉酸レダクターゼまたはネオマイシン耐性遺伝子、宿主がE.coliまたは他の細菌の場合はテトラサイクリン耐性遺伝子またはアンピシリン耐性遺伝子が挙げられる。上記選択マーカーを用いれば、本発明に係るポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認することができる。
【0029】
〔形質転換体〕
本発明は、上記本発明の発現ベクターが導入された形質転換体を提供する。本明細書において「形質転換体」は、細胞、組織または器官だけでなく、生物個体をも含む。また、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、宿主細胞として公知の各種微生物、植物または動物を用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫(Caenorhabditis elegans)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、およびBowes黒色腫細胞)などが挙げられる。
【0030】
本発明の発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。
本発明の形質転換体は、上記本発明のポリペプチドまたは融合タンパク質が発現されていることを特徴とする。本発明の形質転換体は、上記本発明のポリペプチドまたは融合タンパク質が安定的に発現することが好ましいが、一過性に発現してもよい。
【実施例】
【0031】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0032】
〔実施例1:ProNTk−SPΔJelの作製および活性確認〕
ProNTk−SPΔJelの発現系を構築し、大腸菌宿主での発現を確認した。すなわち、Tk−SPのプロ体(ProTk−SP)のアミノ酸配列(配列番号3)の第1位〜第421位からなるProNTk−SPΔJel(図2参照)をコードする塩基配列を含むDNA断片を、ProTk−SP遺伝子(配列番号4)を鋳型とするPCRにより増幅した。得られたDNA断片をNdeIおよびBamHIで消化し、pET25b(Novagen社製)のNdeI/BamHIサイトにライゲーションし、発現ベクターを構築した。この発現ベクターを用いて大腸菌BL21(DE3)pLyseSを形質転換し、ProNTk−SPΔJelを大量発現する菌株を得た。
【0033】
50μg/mlのアンピシリンおよび35μg/mlのクロラムフェニコールを含むNZCYM培地を用いて37℃で培養した。OD600が約0.7に達した段階で、終濃度1mMのIPTGを添加し、さらに4時間培養を続けた。IPTG添加前、IPTG添加後1時間およびIPTG添加後4時間の各時点で集菌し、ProNTk−SPの発現量を確認した。具体的には、各時点で培地500μlを採取し、遠心分離により集菌した。いずれのサンプルもOD600値が同じになるように20mM Tris−HCl(pH7.0)に懸濁した。この菌懸濁液20μlに20mM Tris−HCl(pH7.0)980μlを加え、さらに112μlのTCAを加えて−20℃で12分間インキュベートした。遠心分離によりタンパク質を集め、70%アセトンで洗浄し、20μlのSDSサンプルバッファーに懸濁した。この懸濁液に2M NaOHを0.3μl加えて中和し、5分間煮沸した。
【0034】
発現量の確認のために、煮沸後のサンプル10μlをSDS−PAGE(15%ポリアクリルアミドゲル使用)に供した。結果を図3(A)に示した。図3(A)からわかるように、本発現系によりProNTk−SPΔJelが発現していることを確認した。また、培地にIPTGを添加してインキュベートすることにより、発現量が増加することが示された。
【0035】
活性の確認のために、煮沸後のサンプル10μlをSDS−PAGE(0.1%(w/v)のゼラチンを含む15%ポリアクリルアミドゲルを使用)に供した。電気泳動後、ゲルを2.5%(v/v)TritonX−100で室温、1時間洗浄し、50mM Tris−HCl(pH7.5)で80℃、2時間インキュベートし、CBB染色した。結果を図3(B)に示した。図3(B)からわかるように、ProNTk−SPΔJelの位置には透明のバンドが現れており、ProNTk−SPΔJelはプロテアーゼ活性を有することが示された。
【0036】
〔実施例2:Jel断片の有無による安定性の検討〕
(1)実験材料
Jel断片を有するProNTk−SPと、Jel断片がないProNTk−SPΔJelを用いた(図2参照)。また、比較のためにC末端側のプロペプチドも含むProTk−SPを用いた(図2参照)。なお、いずれのタンパク質も、自己分解を防ぐために、プロテアーゼ活性中心の1つである配列番号3の第359位のセリンをアラニン変えた変異タンパク質を用いた。用いたタンパク質はいずれも実施例1のProNTk−SPΔJelと同様の方法で発現ベクターを構築し、大腸菌に導入して組換えタンパク質として発現させ、これを公知の方法で精製して、本実施例に供した。
【0037】
(2)キモトリプシン(プロテアーゼ)に対する安定性の検討
8μgのProNTk−SPまたはProNTk−SPΔJelを含む20mM Tris−HCl(pH7.5)にキモトリプシンを0、0.08、または0.8μg添加し、30℃で1時間インキュベートした。ProNTk−SPについては、10mMのCaClを含む20mM Tris−HCl(pH7.5)を用いた場合も同様に行った。インキュベート後、各反応液に112μlのTCAを加えて−20℃で12分間インキュベートした。遠心分離によりタンパク質を集め、70%アセトンで洗浄し、20μlのSDSサンプルバッファーに懸濁した。この懸濁液に2M NaOHを0.3μl加えて中和し、5分間煮沸した後、SDS−PAGE(15%アクリルアミドゲルを使用)に供した。
【0038】
結果を図4に示した。図4における各レーンのサンプルは以下のとおりである。
レーン1:ProNTk−SP
レーン2:ProNTk−SP+0.008μgキモトリプシン
レーン3:ProNTk−SP+0.08μgキモトリプシン
レーン4:ProNTk−SP(+CaCl
レーン5:ProNTk−SP+0.008μgキモトリプシン(+CaCl
レーン6:ProNTk−SP+0.08μgキモトリプシン(+CaCl
レーン7:ProNTk−SPΔJel
レーン8:ProNTk−SPΔJel+0.008μgキモトリプシン
レーン9:ProNTk−SPΔJel+0.08μgキモトリプシン
図4から明らかなように、ProNTk−SPは、カルシウムイオンの有無に関わらず、キモトリプシンによりほとんど消化されることがなかったが(レーン2,3,5,6参照)、ProNTk−SPΔJelはキモトリプシンの添加量に依存してほぼ完全に消化された。この結果から、Jel断片によりプロテアーゼ耐性が向上することが明らかとなった。
【0039】
(3)CD測定による熱安定性の検討
ProNTk−SPまたはProNTk−SPΔJelを0.2mg/mlの濃度で含むように20mM Tris−HCl(pH7.5)に溶解し、20℃〜95℃の各温度における波長222nmのCDを測定することで熱安定性を検討した。
結果を図5に示した。図5から明らかなように、ProNTk−SPは全温度範囲で二次構造を維持したが、ProNTk−SPΔJelは90℃以下の温度で変性することが示された。この結果から、Jel断片により熱安定性が向上することが明らかとなった。
【0040】
(4)CDスペクトル測定による酸性pHに対する安定性の検討
まず、確認のために、ProNTk−SPおよびProNTk−SPΔJelのCDスペクトルを、ProTk−SPのCDスペクトルと比較した。すなわち、ProNTk−SP、ProNTk−SPΔJel、またはProTk−SPが0.12mg/mlの濃度になるように20mM Tris−HCl(pH7.5)でそれぞれ溶解し、25℃におけるFar−UV CDスペクトルを測定し、タンパク質の二次構造をチェックした。
結果を図6(A)に示した。図6(A)から明らかなように、ProNTk−SPおよびProNTk−SPΔJelは、ProTk−SPとほぼ同一のCDスペクトルを示したことから、いずれのタンパク質も同程度の二次構造を有しており、立体構造が正しく形成されていることが示された。
【0041】
次に、pH2〜5の4種類のバッファーを用いた場合の安定性について検討した。pH5.0または4.0のバッファーとして50mM酢酸ナトリウムバッファーを用い、pH3.0または2.0のバッファーとして50mMグリシン塩酸バッファーを用いた。ProNTk−SPまたはProNTk−SPΔJelが0.12mg/mlの濃度になるように各バッファーで溶解して30℃で30分間インキュベートした後、Far−UV CDスペクトルを測定し、タンパク質の二次構造をチェックした。
【0042】
ProNTk−SPΔJelの結果を図6(B)に、ProNTk−SPの結果を図6(C)にそれぞれ示した。図6(B)から、ProNTk−SPΔJelはpH4.0においてCDスペクトルが浅くなることから、二次構造が部分的に崩れはじめており、pH3.0ではその程度はさらに顕著になる。pH2.0ではCDスペクトルの波形も異なり、明らかに二次構造が崩れていることがわかる。一方、図6(C)から、ProNTk−SPは、pH5.0および4.0では二次構造を維持しており、pH3.0で二次構造が崩れはじめていることがわかる。この結果から、Jel断片により酸耐性が向上することが明らかとなった。
【0043】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の安定性を向上させるポリペプチドであって、以下の(a)〜(d)のいずれかに記載のアミノ酸配列からなることを特徴とするポリペプチド。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部であって、少なくとも第1位〜第101位を含むアミノ酸配列
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列
(d)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列の一部であって、少なくとも配列番号1に示されるアミノ酸配列の第1位〜第101位に相当する部分を含むアミノ酸配列
【請求項2】
前記安定性が、構造安定性である請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
前記安定性または前記構造安定性が、プロテアーゼに対する安定性、熱に対する安定性、または酸に対する安定性である請求項1または2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のポリペプチドを含む融合タンパク質。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のポリペプチド、または請求項4に記載の融合タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項5に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項7】
請求項6に記載の発現ベクターが導入された形質転換体。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載のポリペプチドを含む融合タンパク質を製造する工程を含有することを特徴とするタンパク質の安定性を向上させる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−55731(P2011−55731A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−206371(P2009−206371)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】