説明

ダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体、及びその製造に用いられるプラスミドベクター及び遺伝子、並びにこの遺伝子でコードされるタンパク質

【課題】 アブラナ科植物の形質転換によりダイオキシン類分解能が高められた形質転換植物体、このような形質転換植物体を製造する上で必要なプラスミドベクター、及び特定の白色腐朽菌由来の新規タンパク質(ラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼ)をそれぞれコードする遺伝子及びこの遺伝子によってコードされるタンパク質の提供。
【解決手段】 ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来遺伝子を含むプラスミドベクターを宿主のアブラナ科植物体に導入させることにより得られたダイオキシン類分解形質転換植物体、ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来遺伝子が組み込まれており、当該遺伝子を宿主のアブラナ科植物体に導入させるために用いられるプラスミドベクター、特定DNA配列遺伝子であり、また、これらの遺伝子でそれぞれコードされる6種のタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする遺伝子が組み込まれた形質転換植物体、及びこの形質転換植物体を製造するために用いられるプラスミドベクター、並びに、このプラスミドベクターを製造するのに好適な白色腐朽菌から得られる新規な遺伝子、及びこの遺伝子でコードされるタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイオキシン類には、数多くの化学構造を持つ物質があり、多ハロゲン化ジベンゾ-p-ジオキシン類や多ハロゲン化ジベンゾフラン類を始めとして、その類縁化合物であるコプラナーPCB(coplanar polychlorobiphenyls;Co-PCBs)類等が知られている。そして、これらのダイオキシン類は、化学構造的に安定な物質であって環境中で分解され難く、また、人体に対して低濃度で強い毒性を有し、広範囲に汚染が広がるのが特徴であり、このために一旦このダイオキシン類で環境が汚染されるとその修復が極めて困難である。
【0003】
このようなダイオキシン類を分解処理するための方法としては、例えば1,300℃以上の高温で焼却する燃焼法を始めとして、光分解法、アルカリ処理法、オゾン分解法、超臨界処理法等の物理化学的な方法が実施され、また、検討されている。しかしながら、このような物理化学的な方法は、既に環境中に放出されたダイオキシン類を効果的に分解し処理するための方法としては十分ではなく、最近では、微生物又はそれらが産生する酵素を用いたダイオキシン類の分解処理、すなわちバイオレメディエーションが提案されており、また、植物を用いてダイオキシン類を浄化する、いわゆるファイトレメディエイションについても試みられている。
【0004】
例えば、特開2001-37,465号公報には、スエヒロタケ(Schizophyllum commune)、カワラタケ(Coriolus versicolor)、ヒイロタケ(Pycnoporus coccineus)、ヒラタケ(Pleurotus octreatus)、ベッコウタケ(Fomitella fraxinea)等のラッカーゼ産生菌の培養物又はその処理物からなるラッカーゼ含有物と、ラッカーゼの酵素反応を促進するラッカーゼ・メディエイターを含有する組成物とを併用し、ダイオキシン類を分解する方法が提案されている。
【0005】
また、特開2001-232,346号公報には、ダイオキシン類で汚染された土壌又は水に、マグヘマイト、マンガンフェライト等の磁性体微粒子に固定化されたラッカーゼ、リグニンパーオキシダーゼ、マンガンパーオキシダーゼ等の白色腐朽菌由来の塩素化ダイオキシン分解酵素を接触させ、塩素化ダイオキシン類で汚染された土壌又は水中の塩素化ダイオキシン類を分解して無害化する方法が提案されている。
【0006】
また、特開2001-245,652号公報には、ファネロカエテ(Phanerochaete)属に属する白色腐朽菌のマンガンペルオキシダーゼ産生菌の培養物又はその処理物と、マンガン(II)及びリノール酸等の不飽和脂肪酸とを含む系中で、ダイオキシンを分解することが記載されている。
【0007】
また、特開2001-252,646号公報には、土壌、焼却灰又は水中浮遊物質に吸着されたダイオキシン類を、有機溶媒の存在下に、白色腐朽菌等の微生物及び/又はラッカーゼ、リグニンパーオキシダーゼ、マンガンパーオキシダーゼ等の酵素と接触させて分解することが記載されている。
【0008】
また、特開2002-18,480号公報には、ダイオキシン類、PCB類、フェノール類、ビスフェノールA、フタル酸エステル類及び色素からなる群から選ばれる難分解性物質で汚染された水に、活性炭、炭、軽石、多孔質セラミック等の担体に固定化されたラッカーゼ、リグニンパーオキシダーゼ、マンガンパーオキシダーゼ等の難分解性物質分解酵素及び/又は上記の如き担体を共存させた難分解性物質分解酵素を接触させ、これら難分解性物質で汚染された水を浄化する方法が提案されている。
【0009】
また、特開2003-231,697号公報には、ダイオキシンを水相にトラッピングすることができる白色腐朽菌セリポリア・エスピー(Ceriporia sp.)由来のダイオキシントラッピング能を有するタンパク質及びその製造方法、並びにダイオキシンのトラッピング方法が提案されている。
【0010】
更に、特開2001-232,345号公報には、塩素化ダイオキシン類で汚染された土壌又は水を用いてウルシ(Rhus)属、ツバキ(Camellia)属、サクラ(Prunus)属、サンショウモドキ(Schinus)属、カエデ(Acer)属、マツ(Pinus)属、ハコヤナギ(Populus)属、ダイズ(Glycine)属、トマト(Lyopersicon)属等のラッカーゼを生産する植物を栽培することにより、又は、これらラッカーゼを生産する植物を栽培すると同時に塩素化ダイオキシン類分解能を有するトラメテス(Trametes)属、プレウロタス(Pleurotus)属等の白色腐朽菌を生育させることにより、これら汚染土壌や汚染水中の塩素化ダイオキシン類を分解して無害化する方法が開示されている。
【0011】
更にまた、特開2001-276,803号公報には、ポリ塩化ビフェニル類及び/又はダイオキシン類含有土壌に、ポリ塩化ビフェニル類及び/又はダイオキシン類を吸収又は吸収分解する能力を有し、主な生育期間が異なる少なくとも2種類以上の植物(秋から夏に生育する植物:キャラウェイ等、春から夏に生育する植物:ベラドンナ等)を組み合わせて植栽することにより、ポリ塩化ビフェニル類及び/又はダイオキシン類含有土壌を短期間に効率良く浄化する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2001-37,465号公報
【特許文献2】特開2001-232,346号公報
【特許文献3】特開2001-245,652号公報
【特許文献4】特開2001-252,646号公報
【特許文献5】特開2002-18,480号公報
【特許文献6】特開2003-231,697号公報
【特許文献7】特開2001-232,345号公報
【特許文献8】特開2001-276,803号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、白色腐朽菌の利用を主体とするバイオレメディエーションによっては、微生物の生育が周囲の環境(物理的条件や化学的条件)に大きく左右され、また、バイオマス量も比較的小さいため、土壌や水に含まれているダイオキシン類を効率良く生分解して確実に環境修復を行うには必ずしも十分ではない。また、これまでに提案されている植物を用いたファイトレメディエーションについても、植物それ自体が有するダイオキシン類分解能が必ずしも十分であるとはいえない。
【0013】
そこで、本発明者らは、形質転換によりバイオマス量の大きい植物にダイオキシン類分解能を付与し、このダイオキシン類分解能が付与された植物を用いてダイオキシン類に汚染された土壌や水中のダイオキシン類を効率良く分解して無害化することについて鋭意検討した結果、優れたダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来の遺伝子をアブラナ科植物体に導入することによりバイオマス量の大きなアブラナ科植物体に優れたダイオキシン類分解能を付与し、このダイオキシン類分解能が付与されたアブラナ科植物体によってダイオキシン類汚染土壌・水中のダイオキシン類を効率良く分解し、ダイオキシン類汚染土壌・水の効率の良い環境修復が期待できることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
従って、本発明の目的は、アブラナ科植物の形質転換によりダイオキシン類分解能が付与されたバイオマス量の大きい形質転換植物体を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、このようにダイオキシン類分解能が付与されたアブラナ科植物の形質転換植物体を製造する上で必要なプラスミドベクターを提供することにある。
【0015】
更に、本発明の他の目的は、これまでの白色腐朽菌を用いたバイオレメディエーションによっては容易には生分解できないコプラナーPCB(Co-PCBs)、特にテトラクロロビフェニール(TeCB)、ペンタクロロビフェニール(PeCB)、ヘキサクロロビフェニール(HxCB)、ヘプタクロロビフェニール(HpCB)等についても効率良く生分解することができる特定の白色腐朽菌由来の新規なタンパク質、すなわちラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼをそれぞれコードする遺伝子及びこの遺伝子によってコードされるタンパク質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち、本発明は、ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来の遺伝子を含むプラスミドベクターを宿主のアブラナ科植物体に導入させることにより得られたダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体である。
【0017】
また、本発明は、ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来の遺伝子が組み込まれており、当該遺伝子を宿主のアブラナ科植物体に導入させるために用いられるプラスミドベクターである。
【0018】
更に、本発明は、配列番号1〜6でそれぞれ表されるDNA配列を有する遺伝子であり、また、これら配列番号1〜6の遺伝子でそれぞれコードされる6種のタンパク質である。
【0019】
ここで、本発明において、ダイオキシン類とは、ジベンゾ-p-ジオキシン、ジベンゾフラン及びビフェニルが有する2つのベンゼン環において、複数の水素原子が塩素原子や臭素原子等のハロゲン原子で置換された多ハロゲン化ジベンゾ-p-ジオキシン類、多ハロゲン化ジベンゾフラン類及びコプラナーPCB類の総称であり、そのうち、1分子中に4個以上のハロゲン原子が核置換した多ハロゲン化体が特に人体に対して毒性が強いとされている。
【0020】
具体的には、多ハロゲン化ジベンゾ-p-ジオキシン類としては、例えば、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,7,8-ペンタクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,4,7,8-ヘキサクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,4,6,7,8-ヘプタクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,4,6,7,8,9-オクタクロロジベンゾ-p-ジオキシン等の化合物を挙げることができ、また、多ハロゲン化ジベンゾフラン類としては、例えば、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾフラン、1,2,3,7,8-ペンタクロロジベンゾフラン、2,3,4,7,8-ペンタクロロジベンゾフラン、1,2,3,4,7,8-ヘキサクロロジベンゾフラン、1,2,3,6,7,8-ヘキサクロロジベンゾフラン、1,2,3,7,8,9-ヘキサクロロジベンゾフラン、2,3,4,6,7,8-ヘキサクロロジベンゾフラン、1,2,3,4,6,7,8-ヘプタクロロジベンゾフラン、1,2,3,4,6,7,8,9-オクタクロロジベンゾフラン等の化合物を挙げることができ、更に、コプラナーPCB類としては、例えば、3,3',4,4'-テトラクロロビフェノール、3,4,4',5-テトラクロロビフェニール、3,3',4,4',5-ペンタクロロビフェノール、2,3,4,4',5-ペンタクロロビフェニール、2,3,3',4,4'-ペンタクロロビフェニール、2,3',4,4',5-ペンタクロロビフェニール、2',3,4,4',5-ペンタクロロビフェニール、3,3',4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェノール、2,3,3',4,4',5-ヘキサクロロビフェニール、2,3',4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェニール、2,3,3',4,4',5,5'-ヘプタクロロビフェノール、2,2',3,3',4,4',5-ヘプタクロロビフェノール等の化合物を挙げることができる。
【0021】
本発明において、宿主となる植物体は、例えばダイコン属(Raphanus)、ナズナ属(Capsella)、ワサビ属(Wasabia)、シロイヌナズナ属(Arabidopsis)等のアブラナ科植物体であり、好ましくはシロイヌナズナ属植物体であって、より好ましくはシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)である。アブラナ科植物体は一年草であって種子から開花まで1〜1.5ヶ月とその生育が早く、個体が小さくて生育し易いという特長を有し、特にそのうちのシロイヌナズナは染色体数(2n=10)が少なくてゲノムサイズ(108塩基数)が小さく、更に全塩基配列が既に決定されていて遺伝子解析がやり易いという利点がある。
【0022】
また、ダイオキシン類分解能を有するタンパク質としては、これまでに知られている種々の白色腐朽菌が産生する酵素を挙げることができ、具体的には、例えば、ラッカーゼ(Laccase; Lac)、リグニンパーオキシダーゼ(Lignin peroxidase; LiP)、及びマンガンパーオキシダーゼ(Manganese peroxidase; MnP)を挙げることができる。
【0023】
更に、このようなダイオキシン類分解能を有するタンパク質を産生する白色腐朽菌としては、例えば、トラメテス(Trametes)属、シゾフィラム(Schizophyllum)属、プレウロタス(Pleurotus)属、ファネロキーテ(Phanerochaete)属、ジェルカンデラ(Bjerkandera)属、イルペックス(Irpex)属、マイセリオソラ(Myceliophthora)属、ピクノポラス(Pycnoporus)属、ボツリティス(Botrytis)属、コリオラス(Coriolus)属、グリフォラ(Grifola)属、ステレウム(Stereum)属等に属する菌を例示することができる。
【0024】
そして、本発明において特に好ましいのは、これまでの白色腐朽菌を用いたバイオレメディエーションによっては容易には生分解できないコプラナーPCB(Co-PCBs)、特にテトラクロロビフェニール(TeCB)、ペンタクロロビフェニール(PeCB)、ヘキサクロロビフェニール(HxCB)、ヘプタクロロビフェニール(HpCB)等についても効率良く生分解することができる特定の白色腐朽菌由来の新規なラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼをそれぞれコードする遺伝子及びこの遺伝子によってコードされるタンパク質である。
【0025】
具体的には、配列番号1で表されるDNA配列を有してラッカーゼIをコードする白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子、配列番号2で表されるDNA配列を有してラッカーゼIIをコードする白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子、配列番号3で表されるDNA配列を有してラッカーゼIIIをコードする白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子、配列番号4で表されるDNA配列を有してラッカーゼIVをコードする白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子、配列番号5で表されるDNA配列を有してリグニンパーオキシダーゼをコードする白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporium UAMH 3641由来の遺伝子、及び、配列番号6で表されるDNA配列を有してマンガンパーオキシダーゼをコードする白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporium UAMH 3641由来の遺伝子であり、これらラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼは、それぞれそのライブラリ配列と95%以上の相同性を有するが、数%の差異が見られ、新規な酵素活性を有するタンパク質である。
【0026】
本発明においては、このようなダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来の遺伝子を用い、宿主となる上記のアブラナ科植物体にこの遺伝子を導入するための植物形質転換用ベクターを作製し、次いで得られた植物形質転換用ベクターを用いて宿主のアブラナ科植物体に上記の遺伝子を導入し、形質転換されたアブラナ科植物体を得る。
【0027】
ここで、プラスミドベクターの作製については、特に制限されるものではないが、例えば、特定の相同組換え認識配列(attB)を有する目的遺伝子を含んだDNA断片と、同じく認識配列(attP)を含んだ導入ベクターを混合し、相同組換え酵素による反応(BP反応)により特定の相同組換え認識配列(attL)を有する目的遺伝子を含んだ導入クローンを作製し、この導入クローンと同じく認識配列(attR)を含み、かつ、植物細胞内で機能する境界配列に囲まれた領域を持つ発現ベクターを混合し、相同組換え酵素による反応(LR反応)により目的遺伝子を含んだ発現クローンを作製し、これを植物形質転換用のプラスミドベクターとして用いる方法や、制限酵素切断サイト遺伝子導入法等の方法を採用することができる。また、得られたプラスミドベクターを用いたアブラナ科植物体の形質転換法についても、特に制限されるものではないが、例えば、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)を用いたアグロインフェクション法、ショットガン法等により行うことができる。
【0028】
本発明のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体については、この形質転換植物体を育成してその種子を採取し、この採取した種子をダイオキシン類汚染土壌に播種して栽培したり、この形質転換植物体を栽培する際にダイオキシン類汚染水を供給したり、水耕栽培システムを用いて栽培する際にダイオキシン類汚染水を循環水として供給する等の方法により、これらダイオキシン類汚染土壌やダイオキシン類汚染水中のダイオキシン類を効率良く分解して処理することができ、ダイオキシン類汚染環境の効率的な修復が期待される。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、アブラナ科植物の形質転換によりダイオキシン類分解能を付与されたバイオマス量の大きい形質転換植物体を取得することができる。また、このような形質転換植物体を製造する上で必要なプラスミドベクターを得ることができる。更に、テトラクロロビフェニール(TeCB)、ペンタクロロビフェニール(PeCB)、ヘキサクロロビフェニール(HxCB)、ヘプタクロロビフェニール(HpCB)等の特に難分解性のダイオキシン類を生分解することができる新規なタンパク質及びそれをコードする遺伝子を取得することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、実施例及び試験例に基づいて、本発明の好適な実施の形態を具体的に説明する。
【0031】
1:白色腐朽菌の培養と酸化酵素活性の確認
1-1:白色腐朽菌の培養
白色腐朽菌は、カナダのAlberta大学のUAMH(University of Alberta Microfungus Collection & Herbarium)から購入したPhanerochaete chrysosporium UAMH 3641及びTrametes versicolor UAMH 8272を使用した。
【0032】
白色腐朽菌の培養にはポリペプトン培地(1% グルコース、1%ポリペプトン、0.15%リン酸二水素カリウム、0.05%硫酸マグネシウム七水和物、2.0mg/Lチアミン塩酸、16mg/L硫酸銅五水和物、pH 5.6)を用いた。培地を滅菌済みの300mlビーカーに100mlずつ分注し、予めホモジナイザーで粉砕した白色腐朽菌P. chrysosporium及びT. versicolorを植菌した。P. chrysosporiumについては37℃で、また、T. versicolorについては26℃でそれぞれ1週間、100rpmで振とう培養した。この間、毎日数分間の酸素によるエアレーションを行った。
【0033】
1-2:ラッカーゼの調製
上記1-1の培養方法に従って培養後、菌体を取り除き、培養液を回収した。得られた培養液をロータリーエバポレーターで全量の3分の1程度まで濃縮し、培養液に対して65%硫酸アンモニウムを加え18時間撹拌した。その後、冷却遠心機により遠心分離し、得られた沈殿を0.2M コハク酸溶液(pH5.6)に溶解させ、外液を0.02M コハク酸溶液(pH5.6)として1日間透析を行った。次に、酵素液を冷却遠心機にて遠心分離し、上澄みをDEAEセファロースカラム(Amersham Biosciences 社製Hiprep 16/10 QFF)に吸着させ、1mol/L NaCl溶液を用いて、酵素を溶出させた。DEAEセファロースカラムで分画した画分のラッカーゼ活性測定を2,2'-azinobis(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonate)(ABTS)を基質に用いて420nmの波長での吸光度を測定することにより行った。酵素活性単位は吸光度0.1を与えるのに必要な酵素量を1ユニットと定義した。その結果、DEAEセファロースカラムに未吸着画分(First fraction)と吸着画分(Second fraction)の2つのラッカーゼ画分が得られた。
【0034】
1-3:ラッカーゼによるコプラナーPCBの分解
ラッカーゼの未吸着画分(First fraction)と吸着画分(Second fraction)のそれぞれ10,000ユニットと50,000ユニットを用いてコプラナーPCBの分解性試験を共栓付試験管内で行った。共栓付試験管に0.2Mコハク酸溶液(pH4.5)250μl、ジメチルスホキシド(DMSO)で溶解した50ng/mlのCo-PCBs及び2,3,7,8-TCDDをそれぞれ50μl(各2.5ng添加)、ラッカーゼのFirst fractionあるいはSecond fractionを加え全量が1.5mlになるように蒸留水を加え37℃で4日間反応させた。また、コントロールとしてラッカーゼ画分を98℃で20分加熱し、酵素活性を失活させたものを用いた。
【0035】
反応後、内部標準物質溶液50μlと終濃度1mol/Lとなるように水酸化カリウムのエタノール溶液を加え約100rpmで1晩振盪させ、アルカリ処理を行った。アルカリ処理液を100mlの分液漏斗に移し、1.8mol/Lの硫酸を1ml加え酸性条件下で25mlのヘキサンを用いて15分間抽出を行った。3回分のヘキサン抽出液(25ml×3回)を分液漏斗に移し、ヘキサン洗浄水50mlを加え軽く振盪させた。次に、この水層を捨てて18mol/L 硫酸を20ml加え、穏やかに振盪させた。硫酸に着色が見られなくなるまでこれを繰り返し、着色が見られなくなったら硫酸層を捨て、ヘキサン洗浄水50mlを加え、水洗を3回行った後、無水硫酸ナトリウムを用いて脱水した。脱水したヘキサン抽出液をクデルナ-ダニッシュ(KD)濃縮器で約80μlまで濃縮した。この濃縮液をガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)用のサンプルとした。
【0036】
ガスクロマトグラフィーについては、注入法としてスプリットレス注入法を採用し、注入口温度250℃、オーブン初期温度80℃とし、80℃2分保持、30℃/minで230℃5分保持、2℃/minで240℃5分保持、5℃/minで280℃9分保持という昇温条件で行った。ガスクロマトグラフはHEWLETT PACKARD社のHP 6890 Series GC System、カラムはJ&W製HP-5MS(60m×0.36mm×0.25μm)を用いた。質量分析については、質量分析計は日本電子株式会社のMStation JMS-700を用い、13CでマスラベルされたコプラナーPCBを内部標準物質とし、イオン化法をEI(電子イオン化法)、イオン化電圧を45eV、イオン化電流を600μA、イオン源温度を280℃、質量分解能を10,000とし、選択イオン検出法(SIM)によるロックマス法により定量を行った。SIMモニター質量は、それぞれ2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキシン(TCDD)は321.8936、テトラクロロビフェニール(TeCB)は291.9194、ペンタクロロビフェニール(PeCB)は325.8804、ヘキサクロロビフェニール(HxCB)は359.8415、ヘプタクロロビフェニール(HpCB)は393.8025とした。
【0037】
その結果、下記の表1に示したように、ラッカーゼのFirst fractionとSecond fraction共にコプラナーPCB及びTCDDの分解性が確認された。これは試験管内でラッカーゼによるコプラナーPCB及びTCDDの分解性が示された最初のデータである。また分解活性はFirst fractionの方がSecond fractionに比べ全体的に高く、コプラナーPCB間の分解性の違いに差が見られた。
【0038】
【表1】

【0039】
2:Gateway PCRクローニングシステムによるラッカーゼ、リグニンパーオキシダーゼ 、及びマンガンパーオキシダーゼの完全長cDNAのクローニング
Invitrogen社のGateway PCRクローニングシステムはバクテリオファージラムダの部位特異的組換えシステムに基づいたクローニング法である。Gateway法はBP反応とLR反応のふたつの組換え反応から成り立っている。BP反応は、attB配列を有するDNA断片とattP配列を有する導入ベクターの間の組換え反応で、導入クローンを作製する反応である。一方、LR反応は、attL配列を有する導入クローンとattR配列を有する発現ベクターの間の組換え反応で、目的遺伝子を挿入した発現クローンを作製する反応である。また、BP反応とLR反応で生じる副産物のプラスミドに、通常の大腸菌の生育を阻害するccdB遺伝子が組み込まれているため、目的の組換えクローンを95%以上の効率で回収することができる。
【0040】
2-1:Gateway法対応の完全長cDNAのクローニング用プライマーの調製
Phanerochaete chrysosporiumの産生するリグニンパーオキシダーゼ、マンガンパーオキシダーゼ及びTrametes versicolorの産生するラッカーゼのそれぞれの完全長cDNAの検索を、NCBI-BLAST(National Center for Biotechnology Information)( HYPERLINK "http://www" http://www. ncbi.- nlm.nih.gov/blast/)のDNAライブラリーを用いて行った。その結果、ラッカーゼについては塩基配列及びアミノ酸配列の相同性から4つのグループ(ラッカーゼI〜IV)に分けられることが判った。そこでそれぞれのグループの完全長cDNAのクローニングをGateway法を用いて行う目的で下記の表2に示したようにそれぞれ開始コドンを含むForwardと停止コドンを含むReverseのプライマーにそれぞれattB1配列とattB2配列をリンカーとして結合したものを調製した。リグニンパーオキシダーゼとマンガンパーオキシダーゼについてはDNAライブラリー中のそれぞれNCBI Accession numberのY00262とL29039の塩基配列からラッカーゼと同様にGateway法対応のプライマーを調製した。
【0041】
【表2】

【0042】
2-2:白色腐朽菌から総RNAの抽出
白色腐朽菌からのRNA抽出は、RNA分解酵素(RNase)の影響を抑えるため、強力なタンパク質変性剤であるグアニジンチオシアン酸塩を用いて行った。培養したP. chrysosporium及びT. versicolorを培地から取り出し、液体窒素で瞬間凍結させ、電子天秤にて秤量して、乳鉢で十分にホモジナイズした。菌体1gに対し、抽出バッファー6ml(4.2Mグアニジンチオシアン酸塩、0.5%Nラウロイルサルコシン、25mMクエン酸ナトリウム、0.1%アンチフォームA)、及び、β-メルカプトエタノールを10μl加えて撹拌後、1,600rpm、4℃で遠心分離を行った。ここで得られた上清をフェノール/クロロホルム処理し、イソプロパノール沈澱を行った。さらに、10mol/L塩化リチウムでRNA沈澱を行い、沈殿物を滅菌蒸留水に溶解した。さらにDNase Iを用いてDNA除去を行い、RNA溶液を1μg/μlに調製した。
【0043】
2-3:cDNAの調製
逆転写酵素反応キットであるTaKaRa 社製のRNA PCR Kit(AMV) Ver2.1を用いて逆転写反応によりcDNAの調製を行った。氷上に200μlチューブを置きmRNAを0.1μg加えRNase不活化処理を施した滅菌水で9.5μlとした。PCR装置(PERKIN ELMER 社製のGeneAmp PCR System 2400)に200μlチューブをセットし、70℃で10分間インキュベートし、氷上で10分間急冷した。更に、25mM塩化マグネシウム4μl、10×RNA PCR 緩衝液2μl、10mM dNTP混合液2μl、オリゴdTプライマー1μl、DNaseインヒビター0.5μl、逆転写酵素1μlを加え、再度200μlチューブをGeneAmp PCR System 2400にセットし、30℃で10分間、50℃で30分間、95℃で2分間、5℃で2分間の反応を行った。
【0044】
2-4:PCR
氷上で200μlチューブに10×Ex Taq緩衝液 (TaKaRa)2.5μl、2.5mM dNTP混合液2μl、上記2-1で述べた50μM Gateway法対応attB1 Forwardプライマー1μl、50μM attB2 Reverseプライマー1μl、脱塩を行ったcDNA溶液2μlを加えて滅菌蒸留水で全量を24.5μlに調製した。PCR装置(GeneAmp PCR System 2400)に200μlチューブをセットし、反応条件は、98℃で3分間保持し、保持時間内にDNAポリメラーゼであるEx Taq (TaKaRa)0.5μlを加え、98℃で10秒間の熱変性、60℃で10秒間のアニーリング反応、72℃で90秒間の伸長反応を1サイクルとして、このサイクルを5サイクル行った。引き続き、98℃で10秒間、72℃で90秒間の反応を1サイクルとしてこのサイクルを30サイクル行った。最後に、72℃で7分間の伸長反応を行った。この後QIAGEN 社製のQIAquick PCR Prification Kitを用いてPCR産物の精製を行い、分光光度計で濃度計測した。
【0045】
2-5:BP反応
Invitrogen社のGateway PCRクローニングシステムのマニュアルに従ってBP反応を行った。すなわち、上記2-4のPCRにより得られた特定の相同組換え認識配列(attB)を有する各酵素の完全長cDNA断片と、同じく認識配列(attP)を含んだ導入ベクターを混合し、相同組換え酵素による反応(BP反応)で図1に示したような各酵素の完全長cDNAを含んだ導入クローンが得られる。
【0046】
2-6:LR反応
Invitrogen社のGateway PCRクローニングシステムのマニュアルに従ってLR反応を行った。すなわち、上記2-5のBP反応で得られた特定の相同組換え認識配列(attL配列)を有する各酵素の完全長cDNAを含んだ導入クローンと、同じく認識配列(attR配列)を含みなおかつ植物細胞内で機能する境界配列に囲まれた領域を持つ発現ベクターを混合し、相同組換え酵素による反応(LR反応)で図2に示したような各酵素の完全長cDNAを含んだ発現クローンが得られ、これを以後のシロイヌナズナへの遺伝子導入用Tiプラスミドベクターに用いた。今回発現ベクターとしては除草剤耐性遺伝子と緑色蛍光タンパク質遺伝子をマーカー遺伝子として有するpB7WG2Dベクターを用いた。
【0047】
2-7:発現クローンに導入された各酵素の完全長cDNAの塩基配列決定
蛍光ラベルされた基質を用いるダイターミネーター法を用いた。また、DNAシークエンサーとしては島津製作所社製DSQ1000Lを用いた。反応に使用する4種類の基質液は、50μM dATP、50μM 7-デアザ-dGTP、50μM dCTP、50μM dTTP、及び1μMフルオレセイン-12-ddATPとなるようにdd/dATP液を調製した。ddATPの代わりに1μMフルオレセイン-12-ddGTP、又は1μMフルオレセイン-12-ddCTPを加えた溶液を、それぞれdd/dGTP及び、dd/dCTP液とした。また、25μM dATP、25μM 7-デアザ-dGTP、25μM dCTP、25μM dTTP、及び1μMフルオレセイン-12-ddUTPとなるようにdd/dUTP液を調製した。鋳型となるプラスミドは10.0pmol使用し、エタノール沈澱後、8pmol pUC/M13ユニバーサルプライマー、8Uサーモシークナーゼ (Amersham)、サーモシークナーゼ反応緩衝液2μl及び滅菌蒸留水を加えて全量を32μlとした。この溶液をdd/dATP液、dd/dGTP液、dd/dCTP液を4μlずつ分注してあるチューブに6μlずつ分注し、dd/dUTP液を4μl加えたチューブには12μl分注した。反応条件は、前処理として98℃で2分間熱処理を行った後、熱変性を98℃で30秒間、アニーリング反応を50℃で30秒間、伸長反応を72℃で1分間を1サイクルとして35サイクル繰り返した。各チューブのサンプルをエタノール沈澱し、TE緩衝液3μlに溶解した。反応停止溶液2μlを加えて98℃で3分間の熱変性を行い、4%変性ポリアクリルアミド電気泳動を2,100Vで20時間行った。
【0048】
2-8:DNAの塩基配列とアミノ酸配列の相同性検索
シークエンス結果から、各酵素の完全長cDNAに当たる部分を抽出し、NCBI-BLASTのDNAライブラリーに登録してあるラッカーゼ、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼのそれぞれの完全長cDNAとの相同性をGENETYX Mac Version 8.0(SOFTWARE DEVELOPMENT)により検討した。また、これらの完全長cDNAの塩基配列をアミノ酸に変換したものと、ライブラリ上の塩基配列を同じくアミノ酸に変換したものとの相同性も比較検討した。その結果、表3に示したように今回クローニングできたそれぞれの酵素の完全長cDNAはそれぞれDNAの塩基配列及びアミノ酸配列において高い相同性を示すものがライブラリー中に見いだされるものの、完全に一致したものは存在せず、よって今回クローニングできた全ての酵素遺伝子は新規なものであることが判明した。
【0049】
【表3】

【0050】
3:酵素遺伝子の発現
3-1:大腸菌BL21の形質転換
発現クローンによる各酵素遺伝子の発現を大腸菌レベルで確認するため、Invitrogen社製のコンピテントセルBL21 Starを使用した。コンピテントセル10μlに、発現クローンプラスミド1μlを加えて30分間氷上に放置し、42℃で30秒間熱処理を行った後、2分間氷上で放置した。90μlのSOC培地(2%バクトトリプトン、0.5%酵母エキス、0.05%塩化ナトリウム、0.02M塩化マグネシウム、0.02Mグルコース)を加えて、37℃で1時間インキュベートした。終濃度100μg/mlのアンピシリン含有のLB寒天培地に、形質転換した菌液をコンラージ棒を用いてプレート全体に均一に塗沫し、37℃で一晩インキュベートした。アンピシリン耐性の形質転換コロニーを爪楊枝で釣菌し、終濃度100μg/mlのアンピシリン含有LB液体培地、5mlに殖菌した後、37℃で一晩振とう培養した。この培養菌体から、QIAprep spin Miniprep kit (QIAGEN)を用いてプラスミドを抽出して制限酵素で切断して目的とするcDNA断片が挿入されているか確認した。
【0051】
3-2:SDS−PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)
形質転換したBL21を終濃度100μg/mlのアンピシリン含有のLB液体培地中で37℃、16時間培養し、分光光度計(波長660nm)で吸光度を0.1に揃えた。その後、約2時間培養し、吸光度が大腸菌の対数増殖期を示す0.3〜0.4になったのを確認し、IPTG(イソプロピル-チオ-β-D-ガラクトシド)を終濃度0.5mmol/Lになるよう加えた。その後、更に3時間培養し、吸光度が増加したのを確認した。この菌液を1.5mlチューブに1ml分取し、5,000rpmで5分間遠心した後上澄みを除去した。沈殿物を−80℃で10分間凍結し、42℃のウォーターバスで3分間溶解した。この操作を更に2度繰り返した。ここにNuPAGE LDS 試料緩衝液(Invitrogen)を25μl、NuPAGE 試料還元剤を10μl加え、滅菌水で100μlとしたものを、98℃で5分間処理しサンプルとした。このサンプルを10%アクリルアミドゲルで200V、40分間電気泳動した。ゲルを固定液(20%メタノール、7.5%酢酸)中に浸し30分間振とうした。その後、CBB(クマーシーブリリアントブルー R-250)溶液(50%メタノール、5%酢酸、0.25%CBB)による染色を30分間行った。その後、脱色液(25%メタノール、7%酢酸)による脱色をバックグラウンドの色素が消えるまで繰り返した。脱色の完了したゲルを、ゲルドライヤーで乾燥し保存した。その結果、ラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼについて、導入クローンとタンパク質発現ベクターpDEST15をLR反応させて得た発現クローンで大腸菌BL21 Starを形質転換し、この形質転換体が産生するタンパク質の電気泳動を10%アクリルアミドゲルを用いて行ったところ、それぞれの酵素の分子量と一致する部分にバンドが認められ、大腸菌BL21 Star中でそれぞれラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼの酵素タンパク質が生合成されていることが証明された。
【0052】
4:シロイヌナズナの形質転換法
上記2-6で示したpB7WG2D発現ベクターと各酵素の完全長cDNAを含んだ導入クローンとのLR反応により得られた6種の遺伝子導入用Tiプラスミドベクター(pB7WG2D発現クローン)のうち、ラッカーゼIV遺伝子を導入したTiプラスミドベクターを用い、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)によるアグロインフェクション法によりシロイヌナズナの形質転換を行った。
【0053】
4-1:Tiプラスミドベクターのアグロバクテリウムへの導入
アグロバクテリウムへの遺伝子導入は、エレクトロポレーション法を用いて次のように行った。先ず、Invitrogen社製のアグロバクテリウム ツメファシエンスLBA4404株40μlにTiプラスミドベクター溶液(0.1μg/μl)1μlを混ぜ合わせ、あらかじめ氷上に放置しておいたセルに移した。セルを遺伝子導入装置であるBioRed社製ジーンパルサーにセットし、電圧2.5kV、抵抗力200Ω、及び、キャパシタンス125μFの条件でプラスミドをアグロバクテリウム ツメファシエンスLBA4404株に導入した。その後セルにYM培地1mlを加えてピペッティングを行い、30℃で3時間インキュベーションし、カナマイシンを含むYEP培地のプレートに植菌した後、30℃で2日間培養した。生じたカナマイシン耐性コロニーからプラスミドを精製し、アグロバクテリウムへのTiプラスミドベクター導入の確認を行った。
【0054】
4-2:減圧浸潤法によるシロイヌナズナへの遺伝子導入
アグロバクテリウムを5mlのYEP培地により30℃で対数増殖期まで前培養を行った。感染を行う前日にカナマイシンを含むYEP培地125mlに前培養した菌液1mlを加え、さらに増菌させた。そのアグロバクテリウム懸濁液を遠心用チューブに分け、6,000rpm、15min、室温の条件下で遠心をおこなった後、上澄みを捨て、駒込ピペットを使って浸透用MS培地に沈殿をOD=0.8になるように菌を再懸濁させた。感染に用いたシロイヌナズナは、植物栽培用ポッドに4〜6個体播種し、26℃、長日条件(16時間明、8時間暗)で育て、摘心をしながら約6週間後に茎の高さが十数センチになった株を感染に用いた。感染前日に、シロイヌナズナで開花しているもの、結実しているものははさみ等で取り除いた。そのシロイヌナズナを逆さにしてアグロバクテリウム懸濁液に浸けた。シロイヌナズナを懸濁液に浸けたままデシケーターに入れ、減圧を行った。デシケーター内の圧力を約400mmHgに調節し、10分間その状態で減圧を行った。その後デシケーター内から植物を取り出し、水を切り、ペーパータオルで植物から懸濁液を吸い取った。次にその植物をバットに横倒しにして置き、バットの底に少量の水を滴下して、ラップなどの透明な覆いをかぶせた状態で一晩放置した。翌日ラップを外し、植物を立て、減圧浸潤から2日後にかん水を再開した。その後植物が完全に枯れたらT1種子を採取した。
【0055】
4-3 形質転換シロイヌナズナの選抜
種子を採種し0.675μmol/Lの除草剤グルホシネート(商品名:バスタ(BASTA))中で生育してくる個体を形質転換体として選抜した。その結果、ラッカーゼIV遺伝子を導入したTiプラスミドベクターを有するアグロバクテリウムの感染系でグルホシネート耐性形質転換体が約3,000粒の種子から1個体取得できた。Tiプラスミドベクター中にはマーカー遺伝子として緑色蛍光タンパク質遺伝子が導入されていることから、この遺伝子の発現をシロイヌナズナ野生株と形質転換シロイヌナズナで実体顕微鏡下で比較観察したところ、形質転換シロイヌナズナのみに強い緑色蛍光の発色が確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によって得られた形質転換植物体は、白色腐朽菌が有するダイオキシン類分解能に優れたタンパク質を産生するという特性と、植物体が有するバイオマス量が大きいという特性とを兼ね備えており、ダイオキシン類汚染土壌やダイオキシン類汚染水中のダイオキシン類を効率良く分解して無害化するダイオキシン類汚染環境の効率的な修復が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、プラスミドベクターの作製で用いたBP反応を説明するための説明図である。
【図2】図2は、プラスミドベクターの作製で用いたLR反応を説明するための説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来の遺伝子を含むプラスミドベクターを宿主のアブラナ科植物体に導入させることにより得られたダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項2】
宿主のアブラナ科植物体がシロイヌナズナ属植物体である請求項1に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項3】
宿主のシロイヌナズナ属植物体がシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)である請求項2に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項4】
ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする遺伝子が、ラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼから選ばれたいずれかのタンパク質をコードする遺伝子である請求項1〜3のいずれかに記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項5】
ラッカーゼIをコードする遺伝子が、配列番号1で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項4に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項6】
ラッカーゼIIをコードする遺伝子が、配列番号2で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項4に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項7】
ラッカーゼIIIをコードする遺伝子が、配列番号3で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項4に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項8】
ラッカーゼIVをコードする遺伝子が、配列番号4で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項4に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項9】
リグニンパーオキシダーゼをコードする遺伝子が、配列番号5で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporium UAMH 3641由来の遺伝子である請求項4に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項10】
マンガンパーオキシダーゼをコードする遺伝子が、配列番号6で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporium UAMH 3641由来の遺伝子である請求項4に記載のダイオキシン類分解能を有する形質転換植物体。
【請求項11】
ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする白色腐朽菌由来の遺伝子が組み込まれており、当該遺伝子を宿主のアブラナ科植物体に導入するために用いられるプラスミドベクター。
【請求項12】
ダイオキシン類分解能を有するタンパク質をコードする遺伝子が、ラッカーゼI〜IV、リグニンパーオキシダーゼ、及びマンガンパーオキシダーゼから選ばれたいずれかのタンパク質をコードする遺伝子である請求項11に記載のプラスミドベクター。
【請求項13】
ラッカーゼIをコードする遺伝子が、配列番号1で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項12に記載のプラスミドベクター。
【請求項14】
ラッカーゼIIをコードする遺伝子が、配列番号2で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項12に記載のプラスミドベクター。
【請求項15】
ラッカーゼIIIをコードする遺伝子が、配列番号3で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項12に記載のプラスミドベクター。
【請求項16】
ラッカーゼIVをコードする遺伝子が、配列番号4で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Trametes versicolor UAMH 8272由来の遺伝子である請求項12に記載のプラスミドベクター。
【請求項17】
リグニンパーオキシダーゼをコードする遺伝子が、配列番号5で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporium UAMH 3641由来の遺伝子である請求項12に記載のプラスミドベクター。
【請求項18】
マンガンパーオキシダーゼをコードする遺伝子が、配列番号6で表されるDNA配列を有する白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporium UAMH 3641由来の遺伝子である請求項12に記載のプラスミドベクター。
【請求項19】
配列番号1で表されるDNA配列を有する遺伝子。
【請求項20】
配列番号2で表されるDNA配列を有する遺伝子。
【請求項21】
配列番号3で表されるDNA配列を有する遺伝子。
【請求項22】
配列番号4で表されるDNA配列を有する遺伝子。
【請求項23】
配列番号5で表されるDNA配列を有する遺伝子。
【請求項24】
配列番号6で表されるDNA配列を有する遺伝子。
【請求項25】
配列番号1で表されるDNA配列を有する遺伝子でコードされるタンパク質。
【請求項26】
配列番号2で表されるDNA配列を有する遺伝子でコードされるタンパク質。
【請求項27】
配列番号3で表されるDNA配列を有する遺伝子でコードされるタンパク質。
【請求項28】
配列番号4で表されるDNA配列を有する遺伝子でコードされるタンパク質。
【請求項29】
配列番号5で表されるDNA配列を有する遺伝子でコードされるタンパク質。
【請求項30】
配列番号6で表されるDNA配列を有する遺伝子でコードされるタンパク質。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−333758(P2006−333758A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−161233(P2005−161233)
【出願日】平成17年6月1日(2005.6.1)
【出願人】(502341546)学校法人麻布獣医学園 (17)
【Fターム(参考)】