説明

ダイヤモンド多結晶体

【課題】従来、切削工具などに用いられてきたダイヤモンド焼結体は、焼結助剤として鉄系金属元素を含むため、耐熱性に問題があった。また、鉄系金属を含まないダイヤモンド焼結体では、機械的強度が不足して、工具材料としては使用できなかった。
【解決手段】グラファイト型炭素材料を機械的に粉砕し、超微粒状態にして出発原料とし、それ以外の添加物を加えずに超高圧高温状態でダイヤモンドへの変換と焼結を同時に行い、耐熱性および機械的強度に優れる、ダイヤモンド多結晶体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドおよびその製造方法に関するもので、特に、切削バイトや、ドレッサー、ダイスなどの工具や、掘削ビットなどに用いられる高硬度高強度で熱的特性に優れるダイヤモンド多結晶体とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の切削バイトや、ドレッサー、ダイスなどの工具や、掘削ビットなどに使われるダイヤモンド多結晶体には、焼結助剤あるいは結合剤としてCo、Ni、Feなどの鉄族金属や、SiCなどのセラミックスが用いられている。また、焼結助剤として炭酸塩を用いたものも知られている(特許文献1、2)。これらは、ダイヤモンドの粉末を焼結助剤や結合剤とともにダイヤモンドが熱力学的に安定な高圧高温条件下(通常、圧力5〜8GPa、温度1300〜2200℃)で焼結することにより得られる。ここでいう、ダイヤモンドが熱力学的に安定な条件とは、例えば、非特許文献1のFig.1で示されている温度−圧力領域を言う。一方、天然に産出するダイヤモンド多結晶体(カーボナードやバラス)も知られ、一部掘削ビットとして使用されているが、材質のバラツキが大きく、また産出量も少ないため、工業的にはあまり使用されていない。
【0003】
【特許文献1】特開平04−74766号公報
【特許文献2】特開平04−114966号公報
【特許文献3】特開2002−066302号公報
【特許文献4】特開昭61−219759号公報
【非特許文献1】F. P. Bundy, et al, Carbon, Vol34, No.2 (1996) 141-153
【非特許文献2】F. P. Bundy, J. Chem. Phys., 38 (1963) 631-643
【非特許文献3】M. Wakatsuki, K. Ichinose, T. Aoki, Jap. J. Appl. Phys., 11 (1972) 578-590
【非特許文献4】S. Naka, K. Horii, Y. Takeda, T. Hanawa, Nature 259 (1976) 38
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
Coなどの鉄系金属触媒を焼結助剤としたダイヤモンド焼結体においては、用いられた焼結助剤が焼結体中に含まれ、これがダイヤモンドの黒鉛化を促す触媒として作用するため耐熱性に劣る。すなわち、不活性ガス雰囲気中でも700℃程度でダイヤモンドが黒鉛化してしまう。また、焼結助剤とダイヤモンドの熱膨張差のため、焼結体内に微細なクラックが入りやすい。さらにダイヤモンドの粒子間に焼結助剤の金属が、連続相として存在するため、焼結体の硬度や強度などの機械的特性が低下する。耐熱性を向上させるために、上記の金属相を除去したものが知られている。これにより耐熱温度は約1200℃に向上するが、焼結体が多孔質となるため、強度が低下する。
【0005】
非金属物質であるSiCを結合材としたダイヤモンド焼結体は耐熱性に優れ、また、上記のような気孔を含まないが、ダイヤモンド粒同士は結合していないため、その機械的強度は低い。
【0006】
また、焼結助剤として炭酸塩を用いたダイヤモンド焼結体は、Co結合剤による焼結体に比べると耐熱性に優れるが、粒界に炭酸塩物質が存在するため、機械的特性は十分とはいえない。
【0007】
一方、ダイヤモンド製造方法として、黒鉛(グラファイト)やグラッシーカーボン、アモルファスカーボンなどの非ダイヤモンド炭素を超高圧高温下で、触媒や溶媒なしに直接的にダイヤモンドに変換させることが可能である。非ダイヤモンド相からダイヤモンド相へ直接変換すると同時に焼結させることでダイヤモンド単相の多結晶体が得られる。たとえば、非特許文献2〜4には、グラファイトを出発物質として14−18GPa、3000K以上の超高圧高温下の直接変換によりダイヤモンド多結晶体が得られることが開示されている。これらの方法を用いてダイヤモンド多結晶体を製造する場合、いずれもグラファイトなどの導電性のある非ダイヤモンド炭素に直接電流を流すことで加熱する直接通電加熱法によっているため、未変換グラファイトが残留することは避けられない。また、ダイヤモンド粒子径が不均一であり、また、部分的に焼結が不十分となりやすい。このため、硬度や強度などの機械的特性が不安定で、しかも欠片状の多結晶体しか得られなかった。また、14GPa、3000Kを越える超高圧高温条件が必要で、製造コストが極めて高く、生産性が低いと言う問題点があった。このため、切削工具やビットなどに適用できず、実用化にはいたっていない。
【0008】
また、たとえば特許文献3には、カーボンナノチューブを10GPa以上、1600℃以上に加熱して、微細なダイヤモンドを合成する方法が記載されている。この場合、原料として用いるカーボンナノチューブは高価であり、製造コストが高くなるという問題点がある。また、当該公報に開示されている方法は、カーボンナノチューブを光を透過するダイアモンドアンビルで加圧し、該アンビルを通して炭酸ガスレーザーで集光加熱しているため、切削工具に適用できるサイズの均質なダイヤモンド多結晶体の製造は現実的には不可能である。
【0009】
特許文献4には、ダイヤモンド粉末にi−カーボンあるいはダイヤモンド状炭素を添加して、ダイヤモンドの熱力学的安定域で高温高圧処理することでダイヤモンド多結晶体を得る方法が開示されている。しかし、用いられるダイヤモンド粉末は粒径が1μm以上であり、さらにi−カーボンは、このダイヤモンド表面で、ダイヤモンドに変換成長させるので、未変換グラファイトや空隙が残りやすく(密度3.37g/cm3でダイヤモンドの真密度の96%程度)、硬度も6600kg/mm2とダイヤモンド単相の多結晶体としては低い。
【0010】
本発明は、上記従来技術の問題点を解決し、切削用バイト、ドレッサー、ダイスなどの加工工具や、掘削ビットとして使用できる、十分な強度、硬度、耐熱性を有する緻密で均質なダイヤモンド多結晶体を、低価格で提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の問題を解決するため、種々検討を重ねた結果、超高圧高温下で非ダイヤモンド炭素をダイヤモンドに直接変換させる方法において、非ダイヤモンド炭素もしくは高純度なグラファイト状炭素(黒鉛)を不活性ガス中で機械的に粉砕し、数十nm以下の微細な結晶粒組織をもつ、もしくは非晶質状とした炭素物質を用いることにより、比較的条件のゆるやかな超高圧高温条件においてもダイヤモンドへの変換がおこり、同時に、結晶粒径数十nm以下で結晶粒径の小さい、粒径分布の狭いダイヤモンド結晶粒子が強固に結合した、実質的に100%ダイヤモンドからなる緻密なダイヤモンド多結晶体が得るに至った。同方法で得られたダイヤモンド多結晶体の特性を評価したところ、従来のダイヤモンド多結晶体に比べ、高硬度で高強度であり、耐熱性にも優れることを見いだした。
【0012】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する。
(1)本発明に係るダイヤモンド多結晶体は、非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質を出発物質として、直接的にダイヤモンドに変換焼結された、実質的にダイヤモンドのみからなる多結晶体であって、ダイヤモンドの最大粒径が100nm以下、平均粒径が50nm以下であることを特徴とする。
(2)上記(1)に記載のダイヤモンド多結晶体であって、前記ダイヤモンドの最大粒径が50nm以下で、平均粒径が30nm以下であることを特徴とする。
【0013】
グラファイトを、不活性ガス中で機械的に粉砕して、非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質を作製し、これを、温度1300℃以上で、ダイヤモンドが熱力学的に安定である圧力条件下で、直接的にダイヤモンドに変換させると同時に焼結させる方法により、上記ダイヤモンド多結晶体を製造することができる。このとき、非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質の最大粒径は100nm以下であることが好ましい。より好ましい前記非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質の最大粒径は、50nm以下である。
また、前記非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質において、X線回折図形の(002)回折線の半値幅より求められる結晶子サイズが50nm以下であることが好ましい。より好ましい結晶子サイズは30nm以下である。更には、前記非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質において、X線回折図形に(002)回折線が認められないことが好ましい。
【0014】
本発明によるダイヤモンド多結晶体は、非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質を出発物質として、直接的にダイヤモンドに変換焼結された、実質的にダイヤモンドのみからなる多結晶体であって、ダイヤモンドの最大粒径が100nm以下、平均粒径が50nm以下であることを特徴とする。従来の鉄系金属元素を焼結助剤として含有しないため、高温環境でダイヤモンドのグラファイト化が起こらず、耐熱性に優れる。また、機械的強度を低下させるグラファイト相を含まないため、硬度、強度が高く、ダイヤモンドの結晶粒径が小さく均一なため、粗大結晶粒に起因するクラックの発生や単結晶ダイヤモンドで見られる劈開破壊による強度の低下も見られない。
【0015】
上記ダイヤモンド多結晶体では、多結晶体を構成するダイヤモンド結晶粒の最大粒径が50nm以下で、平均粒径が30nm以下であることが好ましい。最大粒径、平均粒径を小さくすることにより更なる機械的強度の向上が図れるからである。該最大粒径および平均粒径の制御により、本ダイヤモンド多結晶体は80GPa以上の硬度を持つことが出来る。また、より好ましくは110GPaの硬度を持つことも出来る。
【0016】
本発明によるダイヤモンド多結晶体の製造方法では、グラファイトを不活性ガス中で遊星ボールミル等を用いて機械的に粉砕して、非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質を作製し、これを、温度1300℃以上で、ダイヤモンドが熱力学的に安定である圧力条件下で、焼結助剤や触媒の添加なしに直接的にダイヤモンドに変換させると同時に焼結させることを特徴とする。出発原料に鉄系金属元素や炭酸塩を用いないため、製造されるダイヤモンド多結晶体の強度および耐熱性を高くすることが出来る。また、グラファイトの粉砕の程度によってダイヤモンド多結晶体の結晶粒度の制御が可能であり、従って同多結晶体の機械的性質の制御が可能となる。
【0017】
同製造方法では、前記非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質の最大粒径を100nm以下とすることが出来る。この場合、製造されたダイヤモンド多結晶体の最大結晶粒径は100nm以下となる。
【0018】
また、前記非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質の最大粒径を50nm以下とすることも出来る。この場合、製造されたダイヤモンド多結晶体の最大結晶粒径は50nm以下となる。
【0019】
更に、前記非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質において、X線回折図形の(002)回折線の半値幅より求められる結晶子サイズを50nm以下とすることも出来る。この場合、製造されたダイヤモンド多結晶体の平均結晶粒径は50nm以下となる。同方法により結晶子サイズを決定する方法は、結晶子の平均粒径相当の結晶子サイズを決定するもので、直接粒子径を測定する方法に比べ簡便に平均結晶子サイズを決定できる。
【0020】
上記と同様に、前記非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質において、X線回折図形の(002)回折線の半値幅より求められる結晶子サイズを30nm以下とすることも出来る。この場合、製造されたダイヤモンド多結晶体の平均結晶粒径は30nm以下となる。
【0021】
また、上記グラファイトの機械的粉砕の時間を更に長くすることによって、前記非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質において、X線回折図形に(002)回折線が認められない程度にまで粉砕の程度を進めて出発原料とすることが出来る。ここに、X線回折図形に(002)回折線が認められないと言うことは、グラファイト型炭素物質がほとんど非晶質化していることを示しており、製造されるダイヤモンド多結晶体の結晶粒子径はさらに小さくなる。
【発明の効果】
【0022】
以上、本発明に示したダイヤモンド多結晶体を製造する方法では、触媒や焼結助剤を加えることなく高純度なダイヤモンド多結晶体を合成することができ、機械的特性や、熱的安定性に非常に優れ、切削バイトや、ドレッサー、ダイスなどの工具や、掘削ビットなどの工業的利用に極めて適した材料が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明によるダイヤモンド多結晶体の製造方法では、出発物質のグラファイトは、例えば純度99.9%以上の、できるだけ高純度なものが好ましい。これを、遊星ボールミルなどの粉砕器を用い、アルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガス雰囲気中にて、数時間粉砕処理して、最大粒径が100nm以下、好ましくは50nm以下に微粉砕する。この粉砕した微細なグラファイト型炭素の平均粒径は、X線回折図形の(002)回折線の半値幅より計算により求めると50nm以下、好ましくは30nm以下である。さらには、X線回折図形に(002)回折線が認められないほど微細もしくは非晶質な状態のものであればより好ましい。結晶粒径を小さくする理由としては、たとえば100nmを越えるような粗大なグラファイトがあると、直接変換後のダイヤモンドも粗粒化し、組織が不均一となる(応力集中サイトが多くなって機械的強度が低下する)ため、好ましくないからである。
【0024】
以上のような粉砕工程を経て得られた非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質を、高純度な不活性ガス雰囲気中で、MoやTaなどの金属カプセルに充填する。粉砕後の超微細グラファイトは非常に活性であるため、これを大気中にさらすと容易にガスや水分が吸着し、ダイヤモンドへの変換、焼結を阻害するので、充填作業も常に高純度な不活性ガス中で行うことが好ましい。
【0025】
次に、超高圧高温発生装置を用いて、温度1300℃以上で、かつダイヤモンドが熱力学的に安定な圧力で所定時間保持することで、前記の非晶質もしくは微細なグラファイト型炭素物質はダイヤモンドに直接変換され、同時に焼結される。その結果、微細で粒径の揃ったダイヤモンド粒子が強固に結合した極めて緻密で均質な組織のダイヤモンド多結晶体が得られる。
【0026】
この多結晶体を構成する粒径は最大100nm以下、あるいは平均粒径が50nm以下、より好ましくは最大粒径50nm以下で、平均粒径30nm以下と、非常に微細かつ均質な組織を有する。このため、この多結晶体は、硬度が80GPa以上、場合によっては110GPa以上と、ダイヤモンド単結晶を越える硬さを持つ。また、実質的にダイヤモンドのみからなり、金属触媒や焼結助剤をいっさい含まないため、たとえば真空中、1400℃でも、グラファイト化や微細クラックの発生が見られない。したがって、本発明のダイヤモンド多結晶体は、切削バイトや、ドレッサー、ダイスなどの工具や、掘削ビットなどとして非常に有用である。
【実施例】
【0027】
以下実施例により、本発明の態様の例を具体的に説明する。
粒径10〜60μm、純度99.95%以上のグラファイト50gを、直径5mmの窒化ケイ素製ボールとともに窒化ケイ素製ポットに入れ、遊星ボールミル装置を用いて、高純度に精製されたアルゴンガス中、回転数500rpmで機械的粉砕を行った。粉砕時間を1〜20時間と変えて、種々の試料作製を試みた。
【0028】
粉砕後は、高純度アルゴンガスで満たされたグローブボックス内で試料を回収した。粉砕処理後の試料を、SEMまたはTEM観察により粒径を調べ、また、X線回折図形のグラファイトの(002)回折線の半値幅からScherrerの式より平均粒径(結晶子サイズ)を求めた。
【0029】
それぞれの、試料を前記グローブボックス中でMoカプセルに充填、密封し、これをベルト型超高圧発生装置を用いて、種々の圧力、温度条件で30分処理した。得られた試料の生成相をX線回折により同定し、TEM観察により構成粒子の粒径を調べた。また、強固に焼結している試料については、表面を鏡面に研磨し、その研磨面での硬さをマイクロヌープ硬度計で測定した。
【0030】
実験の結果を表1に示す。この結果から、最大粒径100nm以下、もしくは平均粒径50nm以下に粉砕した微粒黒鉛を出発物質とすると、比較的マイルドな高圧高温条件で、ダイヤモンドに変換焼結し、得られた多結晶の硬度は、従来のCoバインダーの焼結体(60〜80GPa)よりはるかに高く、ダイヤモンド単結晶(85〜110GPa)と同等もしくはそれ以上であることがわかる。
【0031】
【表1】

※:X線回折にて、グラファイトの(002)回折線の出現なし。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質もしくは微細な結晶粒組織をもつグラファイト型炭素物質を出発物質として、直接的にダイヤモンドに変換焼結された、実質的にダイヤモンドのみからなる多結晶体であって、ダイヤモンドの最大粒径が100nm以下、平均粒径が50nm以下であることを特徴とする、ダイヤモンド多結晶体。
【請求項2】
前記ダイヤモンドの最大粒径が50nm以下で、平均粒径が30nm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の、ダイヤモンド多結晶体。

【公開番号】特開2009−7248(P2009−7248A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209149(P2008−209149)
【出願日】平成20年8月15日(2008.8.15)
【分割の表示】特願2002−298128(P2002−298128)の分割
【原出願日】平成14年10月11日(2002.10.11)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】