説明

チタニア磁性半導体ナノ薄膜及びその製造方法

【課題】光を透過しながら高い強磁性特性を有する半導体薄膜が得られれば、大量の情報
伝達に必要な磁気光学効果を用いた光アイソレータや高密度磁気記録が可能になり、将来
の大量情報伝達に必要な電子磁気材料を作製することができる。そのため、光を透過し、
かつ強磁性を有する材料の開発が望まれている。
【解決手段】Ti格子位置に磁性元素が置換した層状チタン酸化物微結晶を結晶構造の基
本最小単位である層1枚にまで剥離して得られるナノシートからなるチタニア磁性ナノ薄
膜。ナノシートは、組成式Ti2-x 4 (ただし、M=V,Cr,Mn,Fe,Co
,Ni,Cuから選ばれる少なくとも1種の遷移金属、0<x<2)で示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光アイソレータや高密度磁気記録などのIT技術分野に応用して好適な、可
視光を透過し、かつ強磁性特性を有する半導体ナノ薄膜と、その製造方法に関するもので
ある。
【背景技術】
【0002】
光を透過しながら高い強磁性特性を有する半導体薄膜が得られれば、大量の情報伝達に
必要な磁気光学効果を用いた光アイソレータや高密度磁気記録が可能になり、将来の大量
情報伝達に必要な電子磁気材料を作製することができる。そのため、光を透過し、かつ強
磁性を有する材料の開発が望まれている。
【0003】
磁性半導体としては、GaAsにMnを混入したものやCdMnTe系のものがあり、
磁気機能、さらにはファラデー回転などの光機能を有するものがある。しかしながら、こ
れらの従来の磁性半導体は可視光に透明でない。このように、従来の半導体をベースにし
た材料においては、可視光に透明であり、磁気的機能を有する材料は存在しなかった。
【0004】
二酸化チタンはそのバンドギャップエネルギーが紫外領域にある光・電気的機能を有し
た半導体であるが、その光・電気的機能をそのままに、さらに磁気的機能を持たせること
ができれば、光・電気・磁気機能を併せて実現できる半導体材料を得ることができる。こ
のような材料として、アナターゼ及びルチル構造を有するチタニアにCoを希薄置換した
エピタキシャル磁性膜が知られる(特許文献1)。
【0005】
【特許文献1】特開2002-145622号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記材料は室温で作動する透明磁石として有望であるが、今後必要とされる高速通信や
高密度磁気記録には、紫外線領域での光吸収振動子強度の向上、基礎吸収及び磁気光学応
答波長の短波長化などが必要となっている。さらに、光磁気記録の動作原理となる磁気光
学性能の向上においては、金属人工格子材料に代表されるように、原子・分子層レベルで
の膜の組成、積層構造の高度な制御が重要であり、特にスピンに依存した量子サイズ効果
が期待されるサブnm〜nmレンジでの微細な膜厚制御を可能とする磁性半導体ナノ薄膜
が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、光・電気・磁気機能を併せもつ半導体材料、及び透明磁石として有用なチタ
ニア磁性超薄膜を提供する。この超薄膜は、化学式:Ti2-x 4 (ただし、M=V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuから選ばれる少なくとも1種の遷移金属、0<x<2)で表され、Ti格子位置に磁性元素が少なくとも1種の金属が置換した層状チタン酸化物微結晶を化学的処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離して得られる薄片粒子(以下ナノシートと呼ぶ)からなる磁性半導体ナノ薄膜である。
【0008】
また、本発明は、Ti格子位置に磁性元素が置換したチタニアナノシートが積層した磁
性半導体ナノ薄膜とその製造方法に関するものである。
【0009】
本発明者は、先に層状チタン酸化物微結晶を剥離、溶液から基板上に交互に吸着・累
積するチタニア超薄膜の製造方法について特許出願(特開2001-270022、特許第3513589号
)を行った。上記のチタニア超薄膜は従来のチタニアセラミックス焼結体又は薄膜と比べ
、サブnm〜nmレンジでの極めて微細な膜厚制御が可能である、膜の組成、構造の自由
度が高いなどの特徴を有する。
【0010】
また、分子レベルの厚さまで剥離微細化されたチタニアナノシートを用いるため、ナノ
構造体独自の特性を有し、例えば、紫外線領域での光吸収強度は従来のチタニア材料の数
十倍に達することを確認している。上記技術は、チタニア材料に対し特異な光機能を付与
できた点、光機能材料としての応用上で重要となるが、チタニア材料を電子磁気材料とし
て応用する上で重要となる磁気機能についての技術が確立されていなかった。
【0011】
そこで、本発明者らは、Ti格子位置に磁性元素が置換した層状チタン酸化物微結晶を
剥離して得られるナノシートからなる磁性半導体ナノ薄膜に磁気特性の付与が可能となる
ことを発想し、鋭意努力の末、上記のチタニアナノシートの特徴を損なわず、室温かつ従
来の材料のいずれよりも短波長の紫外線領域において磁気光学効果を示す磁性半導体ナノ
薄膜の作製に成功した。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、チタニアナノシートの有する、構造制御性、独自のナノ物性などの特
性を失うことなく、磁気機能を付加した、光・電気・磁気機能を併せもつ半導体ナノ薄膜
を提供でき、さらに、この材料を高い組織、構造制御性をもって、かつ低コストで製造す
ることができる。従って、本発明を光アイソレータや高密度磁気記録などのIT技術分野
、磁気エレクトロニクスなどの技術分野に使用すれば極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図1〜図8に基づき、本発明のチタニア磁性半導体ナノ薄膜の好適な実施の形態を説明する。
基板上に累積する原料となる磁性元素置換チタニアナノシート(例えば、Ti1.6Co0.4O4
、Ti1.2Fe0.8O4)は層状構造を有するチタン酸化物に特殊な化学処理を施すことによって、結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離して得られるものである。
【0014】
この特殊な化学処理は、酸処理とコロイド化処理を組み合わせた処理である。すなわち、層状構造を有するチタン酸化物粉末に塩酸などの酸水溶液を接触させ、生成物をろ過、洗浄後、乾燥させると処理前に層間に存在したアルカリ金属イオンがすべて水素イオンに置き換わり、水素型物質が得られる。次に得られた水素型物質をアミン等の水溶液中に入れ撹拌すると、コロイド化する。このとき、層状構造を構成していた層が1枚1枚にまで剥離することとなる。
【0015】
この前段の酸処理は、本発明者らが発明した「斜方晶の層状構造を有するチタン酸及びその製造方法」(特公平6−88786号公報、特許第1966650号)及び「組成式
2Ti511・nH2Oで示される単斜晶の層状構造を有する化合物及びその製造方法」(特公平6−78166号公報、特許第1936988号)に開示した酸処理と「チタニ
アゾルとその製造方法」(特開平9−25123号公報、特許第2671949号)に開示したコロイド化処理を組み合わせた処理に相当する。
【0016】
出発化合物である層状チタン酸化物としては、レピドクロサイト型チタン酸塩のTi格子位置に遷移金属元素(V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu)が少なくとも1種置換した層状チタン酸化物Ti2-x 4 (ただし、M=V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuから選ばれる少なくとも1種、0<x<2)などを用いることができる。より好ましくは、Fe又はCo元素を0<x≦0.8の範囲に置換することである。室温以上での強磁性特性を誘起する遷移金属元素としては、Fe又はCo元素を0<x≦0.8の範囲に置換することが望ましいが、V,Cr,Mn,Fe,Co,Niから選ばれる少なくとも1種の遷移金属の濃度の調整、2種以上の金属の組み合わせ、ドーパントの添加などにより強磁性特性、例えば、磁化率、磁気光学特性、磁気転移温度などを調整することが可能となる。
【0017】
また、本発明においては、固相反応法などにより最初に出発化合物である磁性元素が置換した層状チタン酸化物を安定相として合成し、その後の特殊な化学処理により基本最小単位である層1枚にまで剥離、再構築し薄膜化するため、磁性元素が確実に置換した安定相から安定相への薄膜化が可能となる。その点、物理的蒸着法や化学的蒸着法など準安定相である気相を経由するプロセスで問題となる、磁性不純物による偏析等の問題を回避することが可能となる。
【0018】
上記の層状チタン酸化物Ti2-x 4を酸処理して水素型(H0.8Ti2-xMxO4・nH2O)に変換後、適当なアミンなどの水溶液中で振盪することにより、ゾル化する。このゾル溶液中には母結晶を構成していた層、すなわちナノシートが1枚ずつ水中に分散している。ナノシートの厚みはその出発母結晶の結晶構造に依存するが、1nm前後と極めて薄い。一方、横サイズはμmオーダーであり、非常に高い2次元異方性を有する。
【0019】
チタニアナノシートは負電荷を持つため、チタニアナノシートが懸濁したゾルと正電荷を持つポリマー溶液に基板を交互に浸漬する操作を反復することで、基板表面上に自己組織化的に交互に吸着させることが可能となる。この操作を繰り返すことにより、図1に模式的に示したようにレヤーバイレヤー(layer by layer)でチタニア磁性半導体ナノ薄膜を製造することが可能となる。
【0020】
上記ナノシートの基板積層技術は、本発明者らが発明したチタニア超薄膜の製造方法(特開2001-270022)に開示した交互自己組織化積層技術に相当する。
【0021】
実際の操作としては、基板を(1)チタニアゾル溶液に浸漬→(2)純水で洗浄→(3)有機ポリカチオン溶液に浸漬→(4)純水で洗浄するという一連の操作を1サイクルとしてこれを必要回数分反復する。有機ポリカチオンとしては、ポリジメチルジアリルアンモニウム塩化物(PDDA)、ポリエチレンイミン(PEI)、塩酸ポリアリルアミン(PAH)などが適当である。また、交互積層に際しては、基板表面に正電荷を導入することができれば基本的に問題なく、有機ポリマーの代わりに、正電荷を持つ無機高分子、多核水和物イオンを含む無機化合物を使用することもできる。
【0022】
基板は水溶液中で安定な固体物質であれば基本的に問題なく、大きさも原理的に制限はない。石英ガラス板、Siウエハー、マイカ板、グラファイト板、アルミナ板等を例としてあげることができる。積層操作の前に、基板表面を清浄にすることは必要不可欠であり、通常洗剤による洗浄、有機溶剤による脱脂、濃硫酸などによる洗浄を行う。これに引き続
き、基板を有機ポリカチオン溶液に浸漬して、ポリカチオンを吸着させることにより、正
電荷を基板表面に導入する。これは、以後の積層を安定に進めるために必要である。
【0023】
上記吸着サイクルのプロセスパラメータのうち、溶液の濃度、pH、浸漬時間が、良質の超薄膜を合成するうえで重要となる。チタニアゾルの濃度は5 wt%以下、特に0.1wt%以下であることが望ましい。また、酸性側でナノシートは凝集する傾向があるのでpHは5以
上であることが必要で、安定した製膜には7以上が望ましい。有機ポリカチオンの濃度は
10wt%以下、pHはチタニアゾルと同一に調整することが望ましい。浸漬時間は10分以上の必要がある。これより短いと基板表面が充分にナノシート又はポリマーで吸着・被覆さ
れないおそれがある。以上の条件が満足されると、非常に安定に製膜を行うことができる

【0024】
また、交互積層に基づく成膜に際しては、溶液の濃度、pH、浸漬時間が上記条件を満
たし、基板表面が充分にナノシート又はポリマーで吸着・被覆されれば良く、交互自己組
織化積層技術の代わりに、スピンコート法又はディップコート法を利用することも可能で
ある。
【0025】
典型的な例であるPDDAをナノシートと組み合わせた場合の紫外・可視吸収スペクトルデ
ータ(図2)を参照すればわかるように、各吸着操作毎にほぼ等量の成分が基板表面に吸
着されることが再現性よく繰り返されており、その結果チタニアナノシートとPDDAが交互
に積み重ねられた多層膜が得られる。265nmに極大を持つピークはナノシートによる
ものであり、PEI、PDDAは200〜800nmの範囲に意味ある吸収を持たない。すなわち、紫外・可視吸収スペクトルデータにみられる変化は、各吸着操作毎に膜厚がサブnm〜μm
のレンジで段階的に増大していく様子を示しており、つまり膜厚をこのような極めて微細
な領域でコントロールできることになる。
【0026】
本発明の超薄膜は高い積層秩序を有しており、ナノシートとPDDAの繰り返し周期に基づ
く明瞭な回折ピークを示す。すなわち、順番に吸着・累積されたナノシートとPDDAが製膜
後に、入り乱れることなく、整然とした多層ナノ構造を保持していることを示している。
【0027】
以上まとめると、本発明では、磁性元素置換チタニアナノシートと有機ポリカチオンを
それぞれ液相から自己組織化的にモノレヤー(mono layer)で吸着させ、これを繰り返す
ことによって製膜を行うため、サブnm〜nmレンジの極めて微細な膜厚の制御が可能で
あること、膜の組成、構造を選択、制御できる自由度が高いことなどの製膜プロセッシン
グ上の特徴がある。特に、チタニアナノシートと有機ポリカチオンからなる多層超薄膜で
の膜厚精度は、1nm以下であり、最終的な膜厚は吸着サイクルの反復回数に依存し、μ
mレベルにまで厚くすることも可能である。
【0028】
また、このようにして調製されるチタニア磁性ナノ薄膜は、分子レベルの薄さにまで剥
離微細化された磁性元素置換チタニアナノシートを用いるため、得られた超薄膜は従来の
チタニア薄膜に比べて、ケタ違いの光吸収能、磁気光学特性を示すなど、独特の物性を示
す。
【0029】
図3の紫外・可視吸収スペクトルデータからも明らかなように、チタニア磁性ナノ薄膜
は260nm付近に基礎吸収端を持ち、従来のチタニアセラミックス、薄膜で見られる4
00nm付近の基礎吸収端に比べ、短波長側にブルーシフトしており、従来のチタニア材
料と比べても可視光の広い領域に対して透明であることが判る。
【0030】
図4に示したCo及びFe置換チタニアナノシート磁性多層膜、無置換チタニアナノシ
ート多層膜における磁気円二色性測定の結果から明らかなように、無置換チタニアナノシ
ート多層膜においては有意な磁気光学応答が見られないのに対し、Co置換、Fe置換チ
タニアナノシート磁性多層膜のそれぞれが紫外線領域において固有の異なるスペクトルを
示した。この物理量は、磁性体によって光が反射する際に磁化又はスピン分極による右円
偏光と左円偏光の反射率差を示すもので、材料のスピン分極及びスピン−軌道相互作用と
対応し、磁化の存在を示すものである。さらに、PDDAは紫外及び可視領域に有意な吸収を
有さないことから、本発明により確認した紫外線領域における磁気光学応答は、Co置換
、Fe置換チタニアナノシートの固有の特性であることが判る。
【0031】
また、図4に示したCo置換チタニアナノシート磁性多層膜では、図3の基礎吸収端の
320nm付近で正の大きなMCDピークを示し、それより低波長側の可視光領域において
は負の磁気光学効果が確認された。さらに、ピークを与える320nmにおいて印加磁場
を変化させながらMCDシグナルを測定したところ、図6のような磁化と対応した磁気光学
ヒステリシスを示した。図4,図6において観測された磁気光学の変化は、強磁性体に特
徴的な変化であり、このことは、本発明のCo置換チタニアナノシートが室温において磁
区構造を有し、磁石化することができることを示している。
【0032】
他方、Fe置換チタニアナノシート磁性多層膜では、270nm付近において正、34
0nm付近において負の磁気光学応答が確認され、これらの磁気光学ピークはCo置換チ
タニアナノシート磁性膜で観測された磁気光学応答と符号が逆転していた。このことは、
本発明において測定した印加磁場においてはFe置換チタニアナノシートが、反強磁性的
(又はフェリ磁性的)な応答を示しており、Fe置換チタニアナノシートについても10kO
e以上の磁場を印加することにより磁石化することができることを示している。
【0033】
図7から明らかなように、Co置換チタニアナノシート磁性多層膜における紫外線領域
での磁気光学応答は特定の積層数においてのみ観測されるものでなく、同様の磁気光学応
答は、積層数nが異なるCo置換チタニアナノシート磁性多層膜[(PDDA/ Ti1.6Co0.4O4)n]
においても、装置の検出感度限界と考えられるn=3(5nm)以上の膜厚を有する種々の
積層数の多層膜において観測された。
【0034】
図8は、本発明のチタニア磁性半導体ナノ薄膜、又は光磁気ディスク若しくは磁気光学
効果を示す材料として既知の薄膜に対し、単位厚さあたりの磁気光学回転角の性能指数と
最大応答波長をまとめたものである。図8から明らかなように、本発明のチタニア磁性半
導体ナノ薄膜は従来の材料のいずれよりも短波長の紫外線領域において磁気光学効果を示
しており、短波長のレーザー等による高密度記録を可能とするものである。図8中のパル
スレーザー蒸着法により作製したCo希薄置換アナターゼ薄膜(薄膜組成Ti0.99Co0.01O4
、膜厚30 nm)の比較からも明らかなように、本発明のチタニア磁性半導体ナノ薄膜は、
従来、最も短波長で機能するものとして知られるCo置換アナターゼ薄膜よりも短波長で
最大特性を与える。
【0035】
このような変化は、本発明の材料が酸化チタン系で量子サイズ効果が発現するとされる
領域である1nm以下の分子レベルの薄さにまで微細化されていることに起因しており、
図3の紫外・可視吸収スペクトルで記述した基礎吸収の短波長シフトとも対応するもので
ある。
【0036】
さらに、本発明のチタニア磁性半導体ナノ薄膜は、室温においても動作し、かつその性
能指数は室温及び低温において巨大な磁気光学性能を示す磁性半導体の性能指数に匹敵す
るものである。このような変化は、チタニアナノシートの独自の特性である基礎吸収での
高い光吸収強度、及びチタニア磁性半導体ナノ薄膜の特異な構造に起因するものと理解で
きる。
【0037】
図1は、本発明のチタニア磁性半導体ナノ薄膜の構造を模式的に示したものである。図
1から明らかなように、基板上1上に形成したチタニア磁性半導体ナノ薄膜は、磁性ナノ
シート3が非磁性緩衝層であるポリマー層2と積層した多層構造を有している。これは、
巨大な磁気光学効果を示すものとして知られる金属系人工格子Co/Pt, Co/Au, Fe/Pt, Fe/
Auと同様に、一種の人工格子を形成しているものとみなすことができる。特に、本発明の
チタニア磁性半導体ナノ薄膜1枚の膜厚は、電子の平均自由行程である10nm以下まで微細
化されており、このために膜の表と裏の両面で散乱して電子が干渉して閉じ込め(量子井
戸準位の形成)が生じ、磁気光学効果が増大しているものと理解できる。
【0038】
磁気光学効果は光アイソレータとして使える他にない特性であり、磁気光学効果を利用
した光アイソレータは光通信のあらゆるシステムに組み込まれている。光情報通信の波長
に応じた大きな磁気光学特性を持つ磁性半導体ナノ構造は特に注目すべき材料で、本発明
によるチタニア磁性半導体ナノ薄膜はその高い紫外線吸収能、紫外線領域での高い磁気光
学特性から、このような用途にも非常に有効であると期待される。
【0039】
また、本発明によるチタニア磁性半導体ナノ薄膜は、半導体特性というチタニア半導体
ナノ薄膜に対し、スピンという新しい自由度を導入したもので、磁気センサー、磁気メモ
リや光アイソレータ性能の格段の高性能化に加えて、大きな可能性のある超高速光スイッ
チ、スピントランジスター、さらには、量子情報処理・量子情報通信デバイス用素子など
の利用が期待される。
【実施例1】
【0040】
炭酸カリウム(K2CO3)、二酸化チタン(TiO2)、酸化コバルト(CoO)、酸化鉄(Fe2O3)をK0.
8Ti1.6Co0.4O4、K0.8Ti1.2Fe0.8O4のモル比になるように秤量、混合し、800℃で40時間焼
成して磁性元素置換チタン酸カリウム(K0.8Ti1.6Co0.4O4、K0.8Ti1.2Fe0.8O4)を合成し
た。合成した磁性元素置換チタン酸カリウム(K0.8Ti1.6Co0.4O4、K0.8Ti1.2Fe0.8O4)を
粉末1gに対して1規定の塩酸溶液100cm3の割合で接触させ、時々撹拌しながら室温で反応
させた。1日毎に新しい塩酸溶液に取り替える操作を3回繰り返した後、固相を濾過水洗
して風乾した。
【0041】
得られた層状チタン酸粉末(H0.8Ti1.6 Co0.4O4・nH2O、H0.8Ti1.2Fe0.8O4・nH2O)0.5
gをテトラブチルアンモニウム水酸化物溶液100cm3に加えて室温で1週間程度振盪(150rp
m)し、乳白色のチタニアゾルを得た。これを50倍に希釈した溶液と、2wt%のポリ・
ジアリル・ジメチル・アンモニウム(PDDA)塩化物水溶液を調製し、そのpHを9に調整
した。
【0042】
5cm×1cm程度の石英ガラス板をメルク製ExtranMA022%液にて洗浄した後、濃硫
酸、ついでメタノール:濃塩酸の1:1溶液に浸漬した。30分後溶液より取り出し、Mi
lli-Q純水で充分に洗浄した。次に、この基板を濃度0.25wt%のポリエチレンイミン水
溶液中に20分間浸漬し、Milli-Q純水で充分に洗浄した。
【0043】
このようにして洗浄・前処理を行った基板を(1)上記のチタニアゾル溶液に浸漬した
。(2)20分経過後、Milli-Q純水で充分に洗浄し、アルゴン気流を吹きつけて乾燥さ
せた。(3)次に、この基板を上記のPDDA溶液に20分間浸漬し、(4)続いて、Milli-
Q純水で充分に洗浄した。以上の(1)〜(4)の操作を反復することにより、チタニア
磁性超薄膜の合成を行った。
【0044】
図2は、本発明により作製した、石英ガラス基板上にナノシートとPDDAが交互に10層
積層したCo置換チタニア磁性多層膜[(PDDA/ Ti1.6Co0.4O4)10]の紫外・可視吸収スペクトル測定結果である。図2に示した紫外・可視吸収スペクトルからは、ナノシートに起因する260nm付近に極大を持つピークが観測され、これが1回の吸着サイクルごとにほぼリニヤーに増大した。
【0045】
X線回折測定において1.4nm前後の周期構造を示すブラッグピークが出現し、吸着
回数の増大にしたがって強度が増大した。以上のような変化は、Fe置換体、及びCo、Fe原子を置換していないチタニアナノシート多層膜においても共通して観測されるもの
であり、1回の吸着サイクルごとにほぼ等量のナノシートが基板に吸着・累積し、ナノシ
ートとPDDAが交互に積層した多層超薄膜が構築できていることを示している。
以上の結果より、本発明のチタニア磁性ナノ膜は、磁性特性を有するCo、Fe原子を
含有しても、チタニアナノシートとしての結晶構造を維持し、チタニアナノシートと同様
の多層超薄膜が構築できることを示している。
【0046】
図3は、石英ガラス基板上にナノシートとPDDAが交互に10層積層したCo置換及びF
e置換チタニアナノシート磁性多層膜並びに比較例の無置換チタニアナノシート多層膜の
紫外・可視吸収スペクトルを比較した図である。260nm付近に極大を持つピークはナ
ノシートの基礎吸収端に対応しており、従来のチタニアセラミックス、薄膜で見られる4
00nm付近の基礎吸収端に比べ、短波長側にブルーシフトしている。このようなブルー
シフトは、チタニアナノシートが酸化チタン系で量子サイズ効果が発現するとされる領域
である1nm以下の分子レベルの薄さにまで微細化されていることに主に起因しており、本発明のチタニア磁性ナノ薄膜が従来のチタニア材料と比べても可視光の広い領域に対し
て透明であることが判る。
【0047】
図4は、上記のCo及びFe置換チタニアナノシート磁性多層膜の磁気光学スペクトル
を示す図である。併せて、参照のため無置換チタニアナノシート多層膜の磁気光学スペク
トルも示してある。縦軸スケールは磁気円二色性(Magnetic circular dichroism: MCD)
の強さである。この物理量は、磁性体によって光が反射する際に磁化又はスピン分極によ
る右円偏光と左円偏光の反射率差を示すもので、材料のスピン分極及びスピン−軌道相互
作用と対応し、光学的に磁化の存在を検出するものである。測定は、図5で示す光学配置
により、キセノンランプ光源4の光をプリズム型分光器5で単色化した後、偏光子6及び
変調板7により円偏光変調(±50 kHz)をかけて試料8(サイズ:1cm×1cm)に入射させ、偏光子11で偏光した反射光強度を光電子倍増管を用いた検出器12で検出した。試料8は磁石9、10の中にあり、各波長において±10 kOeの外部磁界を印加してMCDを検出し、波長範囲200-900nmでスペクトル化した。300Kの測定温度で行った。
【0048】
図4から明らかなように、参照である無置換チタニアナノシート多層膜においては有意な磁気光学応答が見られず、またCo置換、Fe置換チタニアナノシート磁性多層膜のそれぞれが紫外線領域において固有の異なるスペクトルを示した。さらに、PDDAは紫外及び可視領域に有意な吸収を有さないことから、本発明により確認した紫外線領域における磁気光学応答は、Co置換、Fe置換チタニアナノシートの固有の特性であることが判る。
【0049】
また、図4から明らかなように、Co置換チタニアナノシート磁性多層膜では、図3の
基礎吸収端の320nm付近で正の大きなMCDピークを示し、それより低波長側の可視光領域においては負の磁気光学効果が確認された。さらに、ピークを与える320nmにおいて印加磁場を変化させながらMCDシグナルを測定したところ、図6に示すような磁化と対応した磁気光学ヒステリシスを示した。
【0050】
図4,6において観測された磁気光学の変化は、強磁性体に特徴的な変化であり、この
ことは本発明のCo置換チタニアナノシートが室温において磁区構造を有し、磁石化する
ことができることを示している。
他方、Fe置換チタニアナノシート磁性多層膜では、270nm付近において正、34
0nm付近において負の磁気光学応答が確認され、これらの磁気光学ピークはCo置換チ
タニアナノシート磁性膜で観測された磁気光学応答と符号が逆転していた。
このことは、本発明において測定した印加磁場においてはFe置換チタニアナノシート
が、反強磁性的(又はフェリ磁性的)な応答を示しており、Fe置換チタニアナノシート
についても10kOe以上の磁場を印加することにより磁石化することができることを示して
いる。
【実施例2】
【0051】
実施例1と同様の方法によって、石英ガラス基板上にナノシートとPDDAの積層数nが異
なるCo置換チタニアナノシート磁性多層膜[(PDDA/ Ti1.6Co0.4O4)n]を作製した。図7は、図4と同様の磁気光学スペクトルを測定した結果である。図7から明らかなように、Co置換チタニアナノシート磁性多層膜における紫外線領域での磁気光学応答は特定の積層数においてのみ観測されるものでなく、装置の検出感度限界と考えられるn=3(5nm)以上の膜厚を有する種々の積層数の多層膜において観測された。
【0052】
さらに、注目すべきは、磁気光学のピーク波長が積層数の増加に伴い、280nmから380nmに長波長シフトしていることである。これは、積層数によりCo置換チタニアナノシート磁性膜の間の磁気相互作用の変化に起因するものであり、この効果を利用することにより紫外線領域において磁気光学応答ピーク波長を調整できるデバイスの構築の可能性を示す結果である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、光・磁気技術とナノテクノロジーによって、光・電気・磁気機能を併せもつ半導体ナノ材料を創出しようというものである。本発明で提供するチタニア磁性ナノ薄膜で生み出した磁気光学の応用は多岐に渡っており、光アイソレータや高密度磁気記録などのIT技術分野などがあげられる。これ以外にも、チタニア又は磁性半導体をベースとした材料技術は環境にやさしい21世紀型のエネルギーネットワーク社会構築において活躍するものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】チタニア磁性半導体超薄膜の構造を示した模式図である。
【図2】石英ガラス基板上にナノシートとPDDAが交互に10層積層したCo置換チタニアナノシート磁性多層膜[(PDDA/ Ti1.6Co0.4O4)10]の紫外・可視吸収スペクトル測定結果である。
【図3】石英ガラス基板上にナノシートとPDDAが交互に10層積層したCo置換及びFe置換チタニアナノシート磁性多層膜並びに無置換多層膜の紫外・可視吸収スペクトルを比較した図である。
【図4】石英ガラス基板上にナノシートとPDDAが交互に10層積層したCo置換及びFe置換チタニアナノシート磁性多層膜並びに無置換多層膜の磁気光学スペクトルを比較した図である。測定は、各波長において±10 kOeの磁場を印加してMCDを検出し、スペクトル化したものである。
【図5】本発明で使用した磁気光学測定装置の概念図である。
【図6】図3のCo置換チタニアナノシート磁性多層膜に対して磁気光学応答のピーク波長である320nmでの磁気光学ヒステリシス特性を示す図である。
【図7】石英ガラス基板上にナノシートとPDDAの積層層数nが異なるCo置換チタニアナノシート磁性多層膜[(PDDA/ Ti1.6Co0.4O4)n]を作製して、図4と同様の磁気光学スペクトルを測定した結果である。
【図8】本発明のチタニア磁性半導体ナノ薄膜、又は光磁気ディスク若しくは磁気光学効果を示す材料として既知の薄膜に対し、単位厚さあたりの磁気光学回転角の性能指数と最大応答波長をまとめたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti格子位置に磁性元素が置換した層状チタン酸化物微結晶を結晶構造の基本最小単位で
ある層1枚にまで剥離して得られるナノシートからなるチタニア磁性ナノ薄膜。
【請求項2】
ナノシートが、組成式Ti2-x 4 (ただし、M=V,Cr,Mn,Fe,Co,N
i,Cuから選ばれる少なくとも1種の遷移金属、0<x<2)で示される請求項1記載
のチタニア磁性ナノ薄膜。
【請求項3】
ナノシートが、組成式Ti2-x 4 (ただし、M=Fe、Coから選ばれる少なくと
も1種、0<x<2)で示される請求項1記載のチタニア磁性ナノ薄膜。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のチタニア磁性ナノ薄膜と、有機ポリマー、無機高分子、
多核水和物イオンを含む無機化合物のいずれかの薄膜又はこれら2種以上を組み合わせた
薄膜により構成される磁性多層膜。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のチタニア磁性ナノ薄膜とカチオン性ポリマーが積層した
磁性多層膜。
【請求項6】
膜厚がサブnm〜nmレンジで制御可能な請求項1〜5のいずれかに記載の磁性ナノ薄膜

【請求項7】
磁化を保持し、かつ可視光で透明であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載
の磁性ナノ薄膜。
【請求項8】
磁気光学活性を示し、かつ可視光で透明であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか
に記載の磁性ナノ薄膜。
【請求項9】
室温以上の温度でも磁化を保持し、かつ可視光で透明であることを特徴とする請求項1〜
6のいずれかに記載の磁性ナノ薄膜。
【請求項10】
室温以上の温度でも磁気光学活性を示し、かつ可視光で透明であることを特徴とする請求
項1〜6のいずれかに記載の磁性ナノ薄膜。
【請求項11】
磁性元素置換チタニアナノシートとカチオン性ポリマーを基板上に交互に吸着・累積して
作製することを特徴とする請求項1記載のチタニア磁性ナノ薄膜の製造方法。
【請求項12】
磁性元素置換チタニアナノシートとカチオン性ポリマーを基板上にスピンコート又はディ
ップコートにより作製することを特徴とする請求項1記載のチタニア磁性ナノ薄膜の製造
方法。
【請求項13】
請求項1〜10のいずれかに記載の磁性ナノ薄膜を用いた短波長可視光及び紫外光に応答
する磁気光学素子。
【請求項14】
請求項1〜10のいずれかに記載の磁性ナノ薄膜を用いた磁気機能を有する半導体材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−199556(P2006−199556A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−15492(P2005−15492)
【出願日】平成17年1月24日(2005.1.24)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】