説明

チタン板のスポット溶接方法

【課題】 スポット電極−チタン板間の溶着現象を抑制し、十分なサイズのナゲットを形成できるチタン板のスポット溶接方法を提供すること。
【解決手段】 チタン板の表面に厚さが5μmを超えて10μm未満である窒化層を窒化処理によって形成した窒化チタン板を用いて、窒化チタン板の窒化層とスポット電極とを加圧接触させてスポット溶接することを特徴とするスポット電極溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。また、前記窒化チタン板は、スポット電極−チタン板間接触抵抗が0.01mΩを超えて0.2mΩ未満の窒化チタン板である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン板のスポット溶接方法に関し、特に、スポット溶接時にスポット電極とチタン板間の溶着現象の発生を抑制し、優れたスポット溶接ナゲットが得られるチタン板のスポット溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン板のスポット溶接方法は、一般に用いられている技術で、対向した一対のスポット電極の間に被溶接物であるチタン板を挿入し、電極加圧力を負荷した状態で溶接電流を供給し、ジュール発熱で温度上昇させて被溶接物であるチタン板を溶融させる溶接方法である。このチタン板のスポット溶接の適用例としては、例えば、外装カバー及び内装ケースからなる小型電子機器製品用の筐体を製造する場合に、外装カバーと内装ケースとをそれぞれチタン材から成形した後、それら双方を重ね合わせてスポット溶接によって一体化するものがある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
ただし、チタン板のスポット溶接においては、鋼板のスポット溶接と比較して以下のような差異がある。
【0004】
鋼板をスポット溶接するとき、同一加圧力で、同一溶接電極を用い、同一通電時間で、溶接電流を増加させていくと、(1)ナゲットと呼ばれる碁石状の溶融部が形成され、(2)板−板間から過度に大きくなった溶融金属が板−板間から飛散するいわゆるチリが発生し、(3)電極と板が溶着する、という順番で溶接結果が推移する。このときチリ発生電流が溶接電流適正範囲の上限となる。それに対してチタン板をスポット溶接するとき、溶接電流を増大させていくと(1)ナゲットと呼ばれる碁石状の溶融部が形成され、(2)電極と板が溶着し、(3)板−板間からチリが発生する、という順番で溶接結果が推移する。このとき溶着電流が溶接電流適正範囲の上限となる。
【0005】
チリ発生と溶着の順番が逆転するこの溶接結果について考察すると、チタン板の場合、鋼板の場合と比較して電極−板間の接触抵抗が高く、電極−板間の温度が容易に上昇し、電極と板が焼付いて溶着に至るものと定性的には理解できる。
【0006】
鋼板のスポット溶接の場合には、板―板間にナゲットが形成され、過度に大きくなった溶融金属が板−板間から飛散するいわゆるチリ発生が、適正電流の上限を支配する。それに対してチタン板のスポット溶接の場合には、板―板間に適正な大きさのナゲットが得られる前に電極―板間が溶着することから、適正電流の上限は溶着が支配する。つまり、チタン板のスポット溶接の場合には、充分な大きさのナゲットが形成されるより小さい溶接電流すなわち溶着電流が溶接結果を支配することになる。ここで溶着電流を超えて、充分なサイズのナゲットができる溶接電流を供給すると、電極−板間で溶着が発生して電極先端が損耗し、電極寿命を短くして作業性を劣化させ、しかも、スポット溶接部表面の品質をも劣化させるという問題がある。このため、十分なサイズのナゲットが形成できる溶接電流を供給可能なスポット溶接方法が求められているのが現状である。
【0007】
本発明は被溶接物であるチタン板を窒化処理することで、スポット電極とチタン板間の溶着現象を抑制することを骨子とする。そのチタン板の窒化処理に係る技術としては、表面に厚さが0.1μm以上1.0μm以下の窒化層を形成した窒化チタン板が提示されている。さらに、表面に厚さが0.5μm以上5.0μm以下の窒化層を形成した窒化チタン板についてが提示されている(例えば、特許文献2、3参照)。これらのチタン板は加工の際に、チタン板の表面に疵が付きにくくすることを目的とするものである。また、厚さが10μmから15μmの窒化層を形成して耐摩耗性に優れた窒化チタン板にすることが提示されている(例えば、特許文献4参照)。しかしながら、これらの技術はいずれもチタン板のスポット溶接方法の問題点を解決するものでもなく、それを示唆するものでもない。
【0008】
【特許文献1】特開2003−283150号公報
【特許文献2】特開平10−60620号公報
【特許文献3】特開平10−204609号公報
【特許文献4】特開昭64−10883号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記現状に鑑み、スポット電極−チタン板間の溶着現象を抑制し、十分なサイズのナゲットを形成できるチタン板のスポット溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発者は、スポット溶接に供するチタン板の表面を窒化処理することで、表面潤滑性を高め、スポット電極とチタン板間接触抵抗を低減することができ、スポット溶接時のスポット電極とチタン板間発熱を低減させ、その結果、スポット電極とチタン板間の溶着現象を抑制して溶接電流を増大させて、十分なサイズのナゲットを形成できることを見出して本発明を完成した。
【0011】
本発明の要旨とするところは以下の通りである。
【0012】
(1) チタン板のスポット溶接方法において、表面に厚さが5μmを超えて10μm未満である窒化層を有するチタン板を用いてスポット溶接することを特徴とするスポット溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【0013】
(2) スポット電極−チタン板間接触抵抗が0.01mΩを超えて0.2mΩ未満である窒化層を有するチタン板を用いることを特徴とする上記(1)記載のスポット溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【0014】
(3) 前記チタン板は、チタン板表面を窒化処理することで表面に窒化層形成したチタン板であることを特徴とする上記(1)または(2)記載のスポット溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【0015】
(4) 前記チタン板の窒化層とスポット電極とを加圧接触させることを特徴とする上記(1)から(3)のいずれかに記載のスポット溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【0016】
(5) 前記チタン板が、窒化処理したチタン板またはチタン合金板であることを特徴とする上記(1)から(4)のいずれかに記載のスポット溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明のチタン板のスポット溶接方法によれば、スポット電極とチタン板の溶着現象を抑制し、充分なサイズのナゲットを形成でき、かつ、スポット電極寿命を伸ばすだけでなく、溶接部外観等溶接部品質を高めることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下図面を参酌して本発明に関わるチタン板のスポット溶接方法について詳細に説明する。
【0019】
図1は本発明にかかわる窒化処理チタン板を用いるスポット溶接方法を実施している状態の一例を示す説明図である。図2は通常のチタン材のスポット溶接方法を実施している状態の一つ例を示す説明図である。図3は窒化処理チタン板と通常型チタン板のスポット適正溶接条件を示す説明図である。
【0020】
図2に示すように、チタン板のスポット溶接は、対向した一対のスポット電極1、1’の間に被溶接物であるチタン板2、2’を挿入し、電極加圧力を負荷した状態で溶接電流を供給し、ジュール発熱で温度上昇させて被溶接物であるチタン板を溶融させて、ナゲット3を形成するものである。
【0021】
ところが、チタン板をスポット溶接しようとすると、板―板間に適正な大きさのナゲットが得られる前にスポット電極―板間が溶着し、充分な大きさのナゲットが形成されるに必要な溶接電流を供給することができなくなる。溶着電流を超えて、充分なサイズのナゲットができる溶接電流を供給しようとすると、電極−板間で溶着が発生して電極先端が損耗し、電極寿命を短くして作業性を劣化させ、しかも、スポット溶接部表面の品質をも劣化させるという問題がある。
【0022】
そこで、本発明者は、十分なサイズのナゲットが形成できる溶接電流を供給可能なチタン板のスポット溶接方法について鋭意研究をした。その結果、スポット溶接に供するチタン板の表面を窒化処理し窒化層を形成することで表面潤滑性を高め、スポット電極とチタン板間接触抵抗を低減することができ、スポット電極とチタン板間の発熱を抑制して、スポット電極溶着現象を抑制できるので、溶接電流を増大させて充分なサイズのナゲットを形成できることを見出して本発明を完成した。
【0023】
本発明のチタン板のスポット溶接方法では、図1に示すように、被溶接物として表面に窒化チタン層4を有するチタン板5、5’(以下窒化チタン板と称する場合がある)をスポット電極1、1’間に挿入してスポット溶接を行なうものである。本発明で用いる窒化チタン板は、チタン板の表面層に窒素を拡散浸透させて窒化層を形成するガス窒化法や液体窒化法等の窒化法によって得ることができる。
【0024】
窒化チタン板を用いることで、板−板間の接触抵抗及びスポット電極−板間の接触抵抗がチタン板の板−板間の接触抵抗及びスポット電極−板間の接触抵抗よりも大幅に低下することの確認試験を行なった。
【0025】
すなわち、図2に示すように、通常のチタン板をスポット電極間に挿入したとき、板−板間の接触抵抗は0.074mΩであり、電極−板間の接触抵抗は0.718mΩであった。
【0026】
それに対し図1に示すように、被溶接物として表面に9.8μm厚の窒化チタン層4を有する窒化チタン板5、5’をスポット電極1、1’間に挿入したとき、板−板間の接触抵抗は0.047mΩであり、スポット電極−板間の接触抵抗は0.149mΩであった。
【0027】
チタン板においての板−板間の接触抵抗は0.074mΩであり、電極−板間の接触抵抗は0.718mΩであったことから比較すると、窒化チタン板における接触抵抗は、板−板間接触抵抗が約1/2、電極−板間接触抵抗が約1/4になっている。これはチタン板の表面を窒化処理して窒化層を形成することで、表面潤滑性が高められ、板―板間ならびに電極−板間のなじみがよくなっていることを示すものである。
【0028】
このようにチタン板に窒化層を形成すると、スポット電極とチタン板との接触抵抗が低くなってスポット溶接における通電路面積が増え、溶着を防ぎつつより大きなナゲットを形成することが可能となる。
【0029】
図3は、板厚1mmのチタン板および窒化チタン板における溶接電流とナゲット径の関係を示す図である。
【0030】
図3に示すように、溶接電流が大きくなるとナゲット径は比例して増加する傾向にあるが、溶接電流を大きくしようとしてもスポット電極−チタン板間で溶着(矢印で示してある)が発生して、その溶着が発生したときの溶着電流を超えて溶接電流は供給することができなくなる。チタン板の溶着電流は6.8kAであった。それに対して窒化チタン板の溶着電流は9.2kAであった。
【0031】
このときチタン板におけるナゲット径は3.4mmであり、窒化チタン板におけるナゲット径は5.0mmであり、両者において明らかなナゲット径の差異があり、これは継ぎ手強度が窒化チタン板の方がチタン板より明らかに高いことを示している。
【0032】
なお、図3に示す溶接試験で用いた供試材である窒化チタン板は、チタン板を大気雰囲気中で、焼鈍温度650℃、焼鈍時間60分の光輝焼鈍をし、窒化チタン層(窒化層)を表面に形成したものを用いた。
【0033】
本発明において、表面に厚さが5μmを超えて10μm未満である窒化層を有する窒化チタン板と窒化層の厚さを限定した理由を述べると、チタン板表面の窒化チタン層厚さが5μm以下では溶着発生を充分に抑止することが出来ず、一方、窒化チタン層厚さが10μm以上となると窒化処理時間がかかりすぎて工業的ではない。このような所定の厚さの窒化チタン層を得るためには、例えば、ガス窒化法の場合では、大気雰囲気中において焼鈍温度650℃で焼鈍時間5分間から120分間の光輝焼鈍を行うことで窒化チタン層が得られる。
【0034】
表面に窒化処理を実施して得られた窒化チタン板のスポット溶接性を簡便に評価する方法として接触抵抗測定がある。これは電極加圧力250kgf、CF型先端径5.0mm電極でサンプル2枚を加圧した状態で1Aの電流を通電し、このときのスポット電極―チタン板間電圧を測定することで算出できる。表面の窒化層厚さが5μmを超えると接触抵抗は0.2mΩ未満となり、表面の窒化層が10μm未満で接触抵抗が0.01mΩを超える。したがって、本発明ではスポット電極−チタン板間接触抵抗が0.01mΩを超えて0.2mΩ未満である窒化チタン板を用いることとした。
【0035】
さらに、窒化層の厚さの測定方法としては、窒化処理した窒化チタン板のサンプルを合成樹脂中に埋め込み、断面研磨ののち、EPMAによる線分析で計測することで、窒化層の厚さを測定した。
【0036】
なお、本発明で用いる窒化チタン板としては、平板について説明したが、板を成形加工したものであっても良い。また、窒化処理するチタン板は、チタン板に限らず合金成分を含む公知のチタン合金板であっても良い。
【実施例1】
【0037】
以下実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。
【0038】
チタン板をスポット溶接する際に、窒化皮膜を有する窒化チタン板を用いたことによるスポット電極溶着現象の発生抑制効果を調査した結果を表1に示す。なお、スポット溶接条件は、溶接電流7kA、電極加圧力250kgf、CF型先端径5.0mm電極、通電時間12サイクルとした。
【0039】
なお、スポット電極−板間接触抵抗は、対向するCF型電極間にサンプル2枚を配置し、電極加圧力200kgfを印加した状態で、定電流1Aを流したときの、チタン板間電圧を測定し、オームの法則より算出した。
【0040】
また、溶接試験で用いた供試材である窒化チタン板は、チタン板を大気雰囲気中で、表1に示す各焼鈍温度および焼鈍時間で光輝焼鈍したものを用いた。
【0041】
【表1】

【0042】
表1に示すように、溶接電流7kAでは、比較例1、2はスポット電極溶着現象が発生したが、本発明例1から9においてはスポット電極溶着現象が抑止され、十分なサイズのナゲットが形成でき、溶接強度も良好であった。これらの本実施例より明らかなように、窒化チタン膜厚の下限を5.0μmを超えて、上限を10.0μm未満とすることが好ましいことが分かった。また、スポット電極−板間接触抵抗の上限を0.2mΩ未満とし、下限は測定精度から0.01mΩ超の範囲とすることが好ましいことも分かった。
【0043】
比較例1、2は無処理のチタン板である。比較例1は表面粗さがRaで0.5μmであり、比較例2は表面粗さがRaで0.35μmと異なるため、同じ無処理材ではあるが、接触抵抗が異なった値となっている。
【0044】
スポット溶接時にスポット電極溶着が発生すると、スポット電極とチタン板が固着し引き剥がされるために、スポット電極の損耗が著しく、スポット電極寿命が極めて短くなり作業性を劣化させる。さらにはチタンスポット溶接部表面が肌荒れするため溶接外観品質も劣化させる。本発明例ではいずれもこのようなスポット電極溶着現象は発生しなかった。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】窒化チタン材のスポット溶接配置の一実施例を示す説明図である。
【図2】通常型チタン材のスポット溶接配置の一実施例を示す説明図である。
【図3】窒化チタン材と通常型チタン材の溶接電流適正範囲を示す説明図である。
【符号の説明】
【0046】
1、1’ 電極
2、2’ チタン板
3 ナゲット
4 窒化被膜
5、5’ 窒化チタン板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン板のスポット溶接方法において、表面に厚さが5μmを超えて10μm未満である窒化層を有するチタン板を用いてスポット溶接することを特徴とするスポット電極溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【請求項2】
スポット電極−チタン板間接触抵抗が0.01mΩを超えて0.2mΩ未満である窒化層を有するチタン板を用いることを特徴とする請求項1記載のスポット電極溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【請求項3】
前記チタン板は、チタン板表面を窒化処理することで表面に窒化層形成したチタン板であることを特徴とする請求項1または2記載のスポット電極溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【請求項4】
前記チタン板の窒化層とスポット電極とを加圧接触させることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のスポット電極溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。
【請求項5】
前記チタン板が、窒化処理したチタン板またはチタン合金板であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のスポット電極溶着現象の発生を抑制したチタン板のスポット溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−111707(P2007−111707A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−303349(P2005−303349)
【出願日】平成17年10月18日(2005.10.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)