説明

チタン製燃料電池セパレータの製造方法

【課題】基材表面に炭素層が密着性の高い状態で被覆しているチタン製燃料電池セパレータの製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、純チタンまたはチタン合金からなる基材表面に炭素からなる炭素層が形成されているチタン製燃料電池セパレータの製造方法であって、前記基材表面に気相成膜法により前記炭素層を形成する炭素層形成工程S1と、前記炭素層形成工程S1の後に、前記炭素層が形成された前記基材を熱処理することによって、前記基材と前記炭素層との間にチタンカーバイドからなる中間層を形成する中間層形成工程S2とを、含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池に用いられるチタン製燃料電池セパレータの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素等の燃料と酸素等の酸化剤を供給し続けることで継続的に電力を取り出すことができる燃料電池は、乾電池等の一次電池や鉛蓄電池等の二次電池とは異なり、発電効率が高く、システム規模の大小にあまり影響されず、また、騒音や振動も少ないため、多様な用途・規模をカバーするエネルギー源として期待されている。燃料電池は、具体的には、固体高分子型燃料電池(PEFC)、アルカリ電解質型燃料電池(AFC)、リン酸型燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC)、固体酸化物型燃料電池(SOFC)、バイオ燃料電池等として開発されている。中でも、燃料電池自動車や、家庭用燃料電池(家庭用コジェネレーションシステム)、携帯電話やパソコン等の携帯機器向けとして、固体高分子型燃料電池の開発が進められている。
【0003】
固体高分子型燃料電池(以下、燃料電池という)は、固体高分子電解質膜を、アノード電極とカソード電極とで挟んだものを単セルとし、ガス(水素、酸素等)の流路となる溝が形成されたセパレータと呼ばれる(バイポーラプレートとも呼ばれる)電極を介して、前記単セルを複数個重ね合わせたスタックとして構成される。燃料電池は、スタックあたりのセル数を増やすことで、出力を高くすることができる。
【0004】
燃料電池用のセパレータは、発生した電流を燃料電池の外部へ取り出すための部品でもあるので、その材料には、接触抵抗(電極とセパレータ表面との間で、界面現象のために電圧降下が生じることをいう)が低く、それがセパレータとしての使用中に長期間維持されるという特性が要求される。さらに、燃料電池の内部は酸性雰囲気であるため、セパレータには高耐食性も要求される。
【0005】
これらの要求を満足するために、黒鉛粉末の成形体を削り出して成るセパレータや、黒鉛と樹脂の混合物成形体から成るセパレータが種々提案されている。これらは優れた耐食性を有するものの、強度や靱性に劣ることから、振動や衝撃が加えられた際に破損する虞がある。そのため、金属材料をベースにしたセパレータが指向され、種々提案されている。
【0006】
耐食性と導電性を兼ね備えた金属材料としては、Au、Ptが挙げられる。従来から、薄型化が可能で、優れた加工性および高強度を有するアルミニウム合金、ステンレス鋼、ニッケル合金、チタン合金等の金属材料を基材とし、これにAuやPt等の貴金属を被覆して耐食性および導電性を付与したセパレータが検討されている。しかしながら、これらの貴金属材料は非常に高価であるため、コスト高となる。
【0007】
このような問題に対して、貴金属材料を使用しない金属セパレータの製造方法が提案されている。
例えば、基材自身の酸化皮膜の表面に、気相成膜法により中間層および導電性薄膜を形成する方法(特許文献1)や、基材表面に、半金属元素等からなる部分と炭素等からなる部分とから構成される表面処理層を気相成膜法により形成する方法(特許文献2)が提案されている。
【0008】
また、基材表面に、導電性炭素膜を化学的気相合成法またはスパッタリング法により形成する方法(特許文献3)や、基材表面に、アモルファスカーボン層と導電部とから構成される被覆層をスパッタリング法、フィルタレスアークイオンプレーティング法等により形成する方法(特許文献4)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4147925号公報
【特許文献2】特開2004−14208号公報
【特許文献3】特開2007−207718号公報
【特許文献4】特開2008−204876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1、2、3に開示された技術は、基材の表面に、気相成膜法により、中間層、導電性薄膜等が形成されていることから、各層の界面における密着性が弱いことが懸念される。
また、特許文献4は、基材の表面に、気相成膜法により炭素からなる被覆層が形成されていることに加え、基材表面に直接当該被覆層が形成されているため、両者間の密着性が非常に弱い可能性がある。
なお、導電性や耐食性を左右する導電性薄膜等の各層と基材との密着性が弱いと、当該各層を基材上に安定して維持することができない。よって、基材と当該各層との密着性の低さは、セパレータの導電耐久性(耐久性:導電性を長期間維持する性質)や耐食性にも悪影響を与えてしまう。
【0011】
本発明は、前記の課題に鑑みてなされたものであり、その課題は、基材表面に炭素層が密着性の高い状態で被覆しているチタン製燃料電池セパレータの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、表面に炭素層が形成されている純チタンまたはチタン合金からなる基材を、熱処理することにより、基材と炭素層との間にチタンカーバイドからなる中間層を形成させることで、基材と炭素層との密着性を向上させることができることを見出し、本発明を創出した。
【0013】
前記課題を解決するために、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、純チタンまたはチタン合金からなる基材表面に炭素からなる炭素層が形成されているチタン製燃料電池セパレータの製造方法であって、前記基材表面に気相成膜法により前記炭素層を形成する炭素層形成工程と、前記炭素層形成工程の後に、前記炭素層が形成された前記基材を熱処理することによって、前記基材と前記炭素層との間にチタンカーバイドからなる中間層を形成する中間層形成工程とを、含むことを特徴とする。
【0014】
このように、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、炭素層が形成された基材を熱処理することによって、チタンカーバイドからなる中間層を形成させている。よって、気相成膜方法により中間層を形成させた場合のように、基材および炭素層と中間層との界面は、平坦な界面ではなく、凹凸構造の界面となることから、基材と炭素層との密着性が大きく向上したセパレータを製造することができる。
【0015】
また、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、純チタンまたはチタン合金からなる基材を使用していることにより、軽量化されているとともに、耐食性が向上したセパレータを製造することができる。加えて、純チタンまたはチタン合金は強度や靭性に優れることから、強度や靭性が向上したセパレータを製造することができる。
【0016】
本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法の熱処理は、非酸化雰囲気下において、300〜850℃で行うことが好ましい。
このように熱処理を所定の温度で行うことにより、基材のチタンと炭素層の炭素とを適切に反応させることができる。その結果、チタンカーバイドからなる中間層を適切に形成させることで、基材と炭素層との密着性を確保したセパレータを製造することができる。
また、熱処理を非酸化雰囲気下で行うことにより、炭素層の炭素が雰囲気中の酸素と反応(二酸化炭素の発生)する状況を回避でき、チタンカーバイドからなる中間層を適切に形成させることができる。
【0017】
本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、前記炭素層形成工程の前に、純チタンまたはチタン合金からなる前記基材表面の不働態皮膜を除去する不働態皮膜除去工程を含むことが好ましい。
【0018】
このように基材表面の不働態皮膜を除去することにより、基材のチタンと炭素層の炭素とが直接接触するため、中間層形成工程の熱処理におけるチタンと炭素との反応がより効率良く起こる。その結果、チタンカーバイドからなる中間層を適切に形成させることで、基材と炭素層との密着性がさらに向上したセパレータを製造することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、炭素層が形成された基材を熱処理する中間層形成工程を含むことにより、基材と炭素層との密着性が大きく向上したセパレータを製造することができる。
また、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、熱処理の温度が300〜850℃であることにより、基材と炭素層との密着性を確保したセパレータを製造することができる。
加えて、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法は、基材表面の不働態皮膜を除去する不働態皮膜除去工程を含むことにより、基材と炭素層との密着性がさらに向上したセパレータを製造することができる。
そして、基材と炭素層との密着性を向上させることにより、導電性や耐食性に優れた炭素層を基材上に安定して維持することができるため、導電耐久性(耐久性:導電性を長期間維持する性質)や耐食性に優れたセパレータを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態に係るチタン製燃料電池セパレータの製造工程を示すフローチャートである。
【図2】実施形態に係るチタン製燃料電池セパレータの製造工程におけるセパレータについて順を追って示す図である。
【図3】実施例における接触抵抗測定、および、密着性評価において使用した接触抵抗測定装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法を実施するための形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0022】
≪チタン製燃料電池セパレータ≫
まず、実施形態に係るチタン製燃料電池セパレータの製造方法で形成されるチタン製燃料電池セパレータ10(以下、適宜、セパレータという)について説明する。
セパレータ10は、図2(中間層形成工程S2後の図)に示すように、基材1と、当該基材1の表面(両面または片面)に形成された炭素層2と、基材1と炭素層2との界面に形成された中間層3と、から構成される。なお、図2では、基材1の両面に炭素層2および中間層3が形成されているセパレータ10を表しているが、基材1の片面のみに炭素層2および中間層3が形成されていてもよい。
以下、セパレータ10を構成する基材1、炭素層2、中間層3について説明する。
【0023】
<基材>
セパレータ10の基材1は、純チタンまたはチタン合金からなる。よって、基材1は、ステンレス等を用いた場合と比べて軽量であるとともに、耐食性に優れる。また、純チタンまたはチタン合金は、強度、靭性に優れていることから、基材1の強度、靭性についても確保できる。
【0024】
そして、基材1は、従来公知の方法、例えば、純チタンまたはチタン合金を溶解、鋳造して鋳塊とし、熱間圧延した後、冷間圧延するという方法により作製されたものである。また、基材1は、焼鈍仕上げされていることが好ましいが、その仕上げ状態は問わず、例えば「焼鈍+酸洗仕上げ」、「真空熱処理仕上げ」、「光輝焼鈍仕上げ」等のいずれの仕上げ状態であっても構わない。
【0025】
なお、基材1は、特定の組成のチタンに限定されるものではないが、チタン素材の冷間圧延のし易さや、その後のプレス成形性確保の観点から、O:1500ppm以下(より好ましくは1000ppm以下)、Fe:1500ppm以下(より好ましくは1000ppm以下)、C:800ppm以下、N:300ppm以下、H:130ppm以下であり、残部がTiおよび不可避的不純物からなるものが好ましい。基材1は、例えば、JIS 1種の冷間圧延板を使用することができる。
【0026】
基材1の板厚は0.05〜1.0mmが好ましい。板厚が0.05mm未満では、基材1に必要とされる強度を確保することができず、一方、1.0mmを超えると加工性が低下するからである。
【0027】
<炭素層>
セパレータ10の炭素層2は、導電性と耐食性を有する炭素から構成され、炭素100%であるが、水素等が不可避的に混入していても良い。
炭素層2が炭素から構成されることにより、セパレータ10の導電性および耐食性が向上するとともに、基材1のチタンと炭素層2の炭素との反応が効率的に起きるため、後記するチタンカーバイドからなる中間層3を適切に形成させることができる。
【0028】
炭素層2の炭素の状態は、特に限定されず、非晶質炭素の状態、結晶性のグラファイトの状態、両者が混合している状態のうち、いずれであってもよい。しかし、当該炭素(炭素層2)は、結晶性のグラファイトを含んでいることが好ましい。
【0029】
また、炭素層2の平均厚さは、導電性と耐食性に影響する。炭素層2の平均厚さが20nm未満であると、十分な導電性と耐食性が得られない。一方、炭素層2の平均厚さが5000nmを超えると導電性、耐久性については効果が飽和する一方で、生産性が劣っていくため好ましくない。したがって、炭素層2の厚さは、20〜5000nmであることが好ましい。
【0030】
炭素層2の平均厚さは、基材1と炭素層2との断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いて測定することができる。例えば炭素層の厚さが100nm以下の場合はTEMを用いて測定し、炭素層の厚さが100nmを超える場合はSEMを用いて測定するのが良い。ここで、平均厚さとは、例えば、TEMで断面を観察した際には500nmの幅の範囲での炭素層2の平均厚さであり、SEMで断面を観察した際には100μmの範囲での炭素層2の平均厚さである。
【0031】
なお、基材1表面の炭素層2の平均厚さは、後記する炭素層形成工程S1における気相成膜法により制御することができる。
【0032】
<中間層>
基材1と炭素層2との界面に、基材1と炭素層2とが反応して形成されたチタンカーバイドからなる中間層3が形成されている。このチタンカーバイドは導電性を有するため、基材1と炭素層2との界面における電気抵抗が小さくなり、セパレータ10の導電性が向上する。加えて、チタンカーバイドは、基材1と炭素層2とが反応して形成されたものであるため、基材1と炭素層2との密着性が向上する。
【0033】
中間層3は、熱処理によって基材1のチタンと炭素層2の炭素とが反応して形成されたものであり、基材1および炭素層2との界面が凹凸形状となっている。そのため、気相成膜法により平滑な中間層3を形成した場合と比べ、基材1と炭素層2との密着性がより良好なものとなる。
なお、中間層3は、基材1と炭素層2との間の全ての界面に形成されていることが好ましいが、密着性を確保するためには、当該界面の50%以上に形成されていればよい。
そして、この中間層3の形成状態は、後記する熱処理条件によって制御することができる。
【0034】
また、このチタンカーバイドからなる中間層3の平均厚さは、5nm以上であることが好ましい。5nm未満であると、基材1と炭素層2との十分な密着性が得られないからである。中間層3の平均厚さの上限は特に限定されないが、100nmを超えても密着性に変化がないことから、100nm以下でよい。
なお、中間層3の平均厚さは、透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いて測定することができ、平均厚さとは、TEMで断面を観察した際には500nmの幅の範囲での中間層3の平均厚さである。
【0035】
次に、実施形態に係るチタン製燃料電池セパレータ10の製造方法を説明する。
≪チタン製燃料電池セパレータの製造方法≫
チタン製燃料電池セパレータ10の製造方法は、炭素層形成工程S1と、中間層形成工程S2とを、含む。なお、炭素層形成工程S1の前に、不働態皮膜除去工程S0を行うことが好ましい。
以下、チタン製燃料電池セパレータ10の製造方法を、工程ごとに説明する。
【0036】
<炭素層形成工程>
炭素層形成工程S1とは、気相成膜法により、基材1表面に炭素層2を形成する工程である。ここで、気相成膜法とは、気相中で物質表面に薄膜を形成する方法であり、PVD(物理的気相成長法)とCVD(化学気相成長法)に大別することができる。そして、PVDとしては、例えば、スパッタリング法、真空蒸着法、アークイオンプレーティング法等が存在し、CVDとしては、熱CVD、光CVD、プラズマCVD等が存在する。
【0037】
本発明に適用できる気相成膜法としては、特に限定されないが、導電性の良い炭素層2を生産性よく形成することができるアークイオンプレーティング法(以下、適宜、AIP法という)が好ましい。
【0038】
AIP法とは、真空中またはAr等の希ガスの減圧雰囲気中で、成膜しようとする材料からなる蒸発源をカソードとして、アノードとしてはチャンバーまたは専用の電極を設けてアーク放電を行うことにより、蒸発源表面より蒸発させて、被処理体上に成膜する方法である。
AIP法により、基材1表面に炭素層2を形成させる場合は、蒸発源としてグラファイトカーボン等を使用すればよい。
【0039】
そして、AIP法において、基材1に印加するバイアス電圧は、アース電位に対して−50〜−350Vであることが好ましい。バイアス電圧が−50V未満だと、希ガスのプラズマによるスパッタエッチング作用が弱くなり、−350Vを超えると、基材1に衝突するプラズマのイオンのエネルギーが過大となって、基材1の温度が上昇して変形に至る虞があるからである。
【0040】
AIP法において、アーク電流は50〜180Aとすることが好ましく、この範囲で適宜調整する。アーク電流が50A未満だと、アーク放電が安定しなかったり、成膜速度が低下してしまったりする場合がある。一方、アーク電流が180Aを超えた場合でもアーク放電が不安定になる虞があるからである。
【0041】
AIP法において、雰囲気としては、0.5〜10Paが好ましい。また、雰囲気ガスは、Ar、He、Ne、Kr等の希ガスであることが好ましい。
なお、炭素形成工程S1において、気相成膜法としてAIP法を選択した場合に使用するアークイオンプレーティング装置は、従来公知の装置を用いればよい。
【0042】
<中間層形成工程>
中間層形成工程S2とは、炭素層形成工程S1の後に、炭素層2が形成された基材1を熱処理することによって基材1のチタンと炭素層2の炭素を反応させ、基材1と炭素層2との間にチタンカーバイドからなる中間層3を形成する工程である。
【0043】
この熱処理は、真空中やArガス雰囲気等の非酸化雰囲気下において所定温度で行うことが好ましい。そして、熱処理の温度としては300〜850℃であることが好ましい。熱処理時の温度が低いと、炭素層2の炭素と基材1のチタンの反応が起こり難いため、チタンカーバイドが形成されず、一方、温度が高いと、基材1の機械特性の低下が発生する懸念が存在するからである。より好ましい温度範囲は、400〜800℃であり、さらに好ましくは、450〜700℃である。
【0044】
熱処理における非酸化雰囲気とは、酸素分圧が低い雰囲気であり、好ましくは、酸素分圧が10Pa以下(不活性ガスの場合:酸素濃度100ppm以下に相当)の雰囲気である。10Paを超えると、炭素層2の炭素が雰囲気中の酸素と反応することで、二酸化炭素となってしまい(燃焼反応を起こしてしまい)、チタンカーバイドを形成する炭素の量が減少してしまうからである。
【0045】
また、熱処理の時間は、0.5〜60分間であり、温度が低い場合は長時間の処理、温度が高い場合は短時間の処理というように、温度によって時間を適宜調整すればよい。
【0046】
中間層形成工程S2の熱処理は、300〜850℃の熱処理温度で熱処理を行うことができ、かつ雰囲気調整ができる熱処理炉であれば、電気炉、ガス炉等、どのような熱処理炉でも用いることができる。
【0047】
なお、気相成膜法によりチタン基材上にチタンカーバイド層(中間層)と炭素層を形成させる例があるが、この場合のチタンカーバイド層は均一な厚さで形成される。その結果、チタンカーバイド層と炭素層との間には平滑で明瞭な界面が形成され、この部分において剥離が懸念される。一方、本発明のチタンカーバイドからなる中間層と、炭素層2との界面は凹凸形状となっている。チタンカーバイド層が炭素層2と基材1のチタンとが反応して形成されたものである上、界面が凹凸構造となることで両者の密着性がより良好なものになると考えられる。
【0048】
<不働態皮膜除去工程>
不働態皮膜除去工程S0とは、炭素層形成工程S1の前に、純チタンまたはチタン合金からなる基材1表面の不働態皮膜1aを除去する工程である。
基材1と炭素層2との界面に不働態皮膜1aが存在すると、炭素層2を形成したときの基材1と炭素層2との密着性がやや弱くなる。加えて、基材1と炭素層2とが直接接触しないため、中間層形成工程S2の熱処理において、基材1のチタンと炭素層2の炭素とが適切に反応せず、チタンカーバイドからなる中間層3が効率よく形成しない虞がある。よって、基材1表面の不働態皮膜1aを除去してから炭素層2を形成(炭素層形成工程S1)するのが好ましい。
なお、不働態皮膜1aとは、基材1表面に形成されるとともに、基材1自身の酸化物等から構成される皮膜のことである。
【0049】
不働態皮膜除去工程S0では、表面に不働態皮膜1aが形成している基材1を、スパッタエッチングする。
なお、スパッタエッチングできれば、どのような装置を用いてもよいが、アークイオンプレーティング装置等を用いることにより、不働態皮膜除去工程S0と炭素層形成工程S1を連続して実施することができる。よって、アークイオンプレーティング装置を用いることが好ましい。
【0050】
アークイオンプレーティング装置を用いて不働態皮膜1aを除去する場合は、成膜は行わないが、同装置内で連続して炭素層形成工程を行うため、蒸発源にグラファイトカーボンを設置し、装置内を0.5〜10Paの減圧雰囲気に調整し、蒸発源にアーク電源にて、基材にバイアス電源にて所定出力を印加して放電し、Ar等の希ガス原子のプラズマを発生させて、基材表面をスパッタエッチングする。このとき、希ガスのプラズマによるエッチングを炭素の堆積よりも早くするために、基材1に印加するバイアス電源をアース電位に対して−100〜−400Vとし、アーク電流を10〜150Aとするのが好ましい。
【0051】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態に限定されず、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0052】
次に、本発明に係るチタン製燃料電池セパレータ製造方法について、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを比較して具体的に説明する。
【0053】
<試験体の作製>
基材としては、JIS 1種のチタン基材(焼鈍酸洗仕上げ)を使用した。チタン基材の化学組成は、O:450ppm、Fe:250ppm、N:40ppm、残部がTiおよび不可避的不純物であり、チタン基材の板厚は、0.1mmである。
【0054】
基材をアークイオンプレーティング装置内に設置し、不働態皮膜を除去後、下記の条件にて、成膜時間を変えて各膜厚の炭素層を形成した。
【0055】
チャンバー内雰囲気 ガス種:Arガス
圧力 :5.32Pa
基材バイアス電圧:−200V
アーク電流:80A
蒸発源:グラファイトカーボンターゲット(φ100mm×16mm)
【0056】
炭素層形成後、酸素分圧1.3×10−3Paの真空雰囲気下もしくは酸素濃度10ppmのArガス雰囲気下において、表1に示す温度および時間で熱処理を施し、試験体No.1〜3、5を作製した。また、熱処理を行わなかった試験体をNo.4とした。
【0057】
試験体No.1〜5として使用したものと同様の基材をスパッタリング装置内に設置し、不働態皮膜を除去後、下記の条件にて、成膜時間を変えて各膜厚の中間層および炭素層を連続的に積層形成し、試験体No.6〜8を作製した。
【0058】
チャンバー内雰囲気 ガス種:Arガス
圧力 :0.267Pa
成膜パワー:400W
ターゲット 中間層用:チタンカーバイドターゲット(φ100mm×5mm)
炭素層用:グラファイトカーボンターゲット(φ100mm×5mm)
【0059】
このようにして作製した試験体について、以下の方法により、中間層の確認、炭素層密着性評価、接触抵抗測定、および、耐久性評価を行った。
【0060】
[中間層の確認]
試験体表層の断面をイオンビーム加工装置(日立集束イオンビーム加工観察装置 FB−2100)でサンプルを加工した後、透過型電子顕微鏡(TEM:日立電界放出形分析電子顕微鏡 HF−2200)にて750000倍の倍率で断面観察し、炭素層とチタン基材との界面において中間層が存在するか否かの判定、中間層の状態の確認、中間層の厚さの測定を行った。また、中間層が存在する場合には、電子線回折により中間層がチタンカーバイドから構成されるものか否かについての同定も行った。
【0061】
[密着性評価]
図3に示す接触抵抗測定装置30を用いて、密着性評価を行った。試験体31の両面を2枚のカーボンクロス32,32で挟み、さらにその外側を接触面積1cmの銅電極33,33で挟んで荷重98N(10kgf)に加圧し、両面から加圧された状態を保持したまま、面内方向に試験体31を引き抜いた(引抜き試験)。
引抜き試験後、非摩擦面および摩擦面をSEM/EDXにて100倍の倍率で観察し、加速電圧を15kVとしてチタン(Ti)と炭素(C)を定量分析したときに、非摩擦面での炭素の量(原子%)を100%として、摩擦面での炭素の量が非摩擦面の炭素の量の80%以上であったときは○(非常に良好)、摩擦面での炭素の量が非摩擦面の炭素の量50%以上、80%未満であるときは△(良好)、摩擦面での炭素の量が非摩擦面の炭素の量50%未満であるときを×(不良)と判断した。
【0062】
[接触抵抗測定]
前記方法により作製した試験体について、図3に示す接触抵抗測定装置30を用いて、接触抵抗を測定した。詳細には、試験体31の両面を2枚のカーボンクロス32,32で挟み、さらにその外側を接触面積1cmの2枚の銅電極33,33で挟んで荷重98N(10kgf)で加圧し、直流電流電源34を用いて7.4mAの電流を通電し、カーボンクロス32,32の間に加わる電圧を電圧計35で測定して、接触抵抗を求めた。
接触抵抗(表1では初期接触抵抗と示す)が10mΩ・cm以下の場合を導電性が良好、10mΩ・cmを超える場合を導電性が不良とした。
【0063】
[耐久性評価]
前記方法により作製した試験体について、耐久性評価(耐久試験)を行った。すなわち、試験体を比液量が20ml/cmである80℃の硫酸水溶液(10mmol/L)に浸漬し、さらに飽和カロメル電極(SCE)を基準として試験体に対して+600mVの電位を印加しながら200時間の浸漬処理を行った後、試験体を硫酸水溶液から取り出し、洗浄、乾燥して、前記と同様の方法で接触抵抗を測定した。
前記浸漬後(耐久試験後)の接触抵抗(表1では耐久試験後接触抵抗と示す)が30mΩ・cm以下の場合を耐久性が良好、30mΩ・cmを超える場合を耐久性が不良とした。
【0064】
各試験体の炭素層厚さ、熱処理条件、中間層の種類、炭素層密着性、TiC層厚さ、初期および耐食試験後の接触抵抗測定結果を表1および表2に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
基材表面に炭素層を形成した後、熱処理を行った試験体(No.1、2、3、5)については、炭素層と基材との界面に熱処理によって形成されたチタンカーバイドからなる中間層の存在が確認できたとともに、炭素層の密着性は良好であった。また、これらの試験体は導電性および耐久性についても、良好な結果となった。試験体No.4は炭素層を形成した後、熱処理を行わなかったため、チタンカーバイドからなる中間層が形成されず、炭素層の密着性が不良であり、耐久試験後に接触抵抗の劣化が見られた。
一方、スパッタリングにて基材上にチタンカーバイドからなる中間層および炭素層を積層成膜した試験体(No.6、7、8)については、チタンカーバイドからなる中間層があるものの、炭素層とチタンカーバイド層との間の密着性が不良という結果となった。また、耐久試験後に接触抵抗の劣化が見られたため、燃料電池セパレータとしては好ましくないことがわかった。
【0068】
表1および表2の結果から、基材表面に炭素層を気相成膜法により形成した後、熱処理を施すことにより製造したチタン製燃料電池セパレータは、基材と炭素層との密着性、導電性および耐久性の面で優れることがわかった。
【符号の説明】
【0069】
1 基材
1a 不働態皮膜
2 炭素層
3 中間層
10 チタン製燃料電池セパレータ(セパレータ)
30 接触抵抗測定装置
31 試験体
32 カーボンクロス
33 銅電極
34 直流電流電源
35 電圧計
S0 不働態皮膜除去工程
S1 炭素層形成工程
S2 中間層形成工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタンまたはチタン合金からなる基材表面に炭素からなる炭素層が形成されているチタン製燃料電池セパレータの製造方法であって、
前記基材表面に気相成膜法により前記炭素層を形成する炭素層形成工程と、
前記炭素層形成工程の後に、前記炭素層が形成された前記基材を熱処理することによって、前記基材と前記炭素層との間にチタンカーバイドからなる中間層を形成する中間層形成工程とを、含むことを特徴とするチタン製燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項2】
前記中間層形成工程の熱処理は、非酸化雰囲気下において、300〜850℃で行うことを特徴とする請求項1に記載のチタン製燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項3】
前記炭素層形成工程の前に、前記基材表面の不働態皮膜を除去する不働態皮膜除去工程を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のチタン製燃料電池セパレータの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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