説明

デジタルフィルタ

【課題】 雑音の影響をできるだけ受けず波高値の測定精度を向上させたデジタルフィルタを提供する。
【解決手段】 入力信号を遅延させる遅延手段2Aと、遅延手段2Aからの前記入力信号に係数を乗ずる乗算手段3Aと、前記入力信号と乗算手段3Aからの出力信号とを減算処理する減算手段4Aとを有する第1段の差分処理手段1Aを備え、差分処理手段1Aからの出力信号を差分処理手段1Aと同じ構成の次段以降の差分処理手段1B,1Cにおける遅延手段2B,2Cの入力信号とすることを、少なくとも2回(段)以上繰り返すデジタルフィルタにおいて、各段の差分処理手段1A,1B,1Cにおける遅延手段2A,2B,2Cの遅延時間L,M,Nは、互いに異なる値である。特に、3段の差分フィルタの場合は、2つの段の遅延時間の和が残りの1つの段の遅延時間に等しい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、放射線信号等の入力信号の波高値検出(信号強度検出)に使用するデジタルフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
放射線信号(X線信号)の波高値検出として現在のEPMA(電子線マイクロアナライザー)は、アナログ的に行っている。これはウインドーコンパレータを用い、そのリファレンス信号を徐々に変化させる方式である。X線信号のエネルギー分布は、各リファレンス信号値で一定時間にカウントされる信号数をリファレンス信号値を横軸としてプロットしていくことで表される。アナログ方式でもこの時間的差分処理を行うケースは見られるが、ただ複数回時間的差分処理を行う例は、信号の反射などによる信号制御の難しさなどから行われていない。
【0003】
そこで、本願出願人の先願として2回以上時間的差分処理を行う発明がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この特許文献1記載のデジタルフィルタは、入力信号がシリアル順次に格納される複数の記憶セルからなる第1のレジスタと、この第1のレジスタよりの前記入力信号に所定の係数を乗ずる第1の乗算手段と、前記入力信号と第1の乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う第1の減算手段とを備える第1の差分処理手段と、この第1の差分処理手段の出力を受けて、シリアル順次に格納される複数の記憶セルからなる第2のレジスタと、この第2のレジスタよりの出力に所定の係数を乗ずる第2の乗算手段と、第1の減算手段の出力と第2の乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う第2の減算手段とを備える第2の差分処理手段と、を少なくとも備えるものである。
【特許文献1】特開2008−2920号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1記載のデジタルフィルタは、一般的なフィルタとは異なり、時間的差分処理を2回以上行うものであり、交流結合などによる不要の信号は補償できるので、レジスタによる遅延時間を適宜に設定することにより、高精度計測と高速計測をバランス良く行うことができ、また目的に応じて高精度計測、高速計測のいずれかを優先して得ることができる。
【0006】
しかしながら、上記特許文献1記載のデジタルフィルタでは、設定したフィルタパラメータによっては信号処理により雑音が大きくなる特性があり、そのパラメータの中でも雑音が特異的に大きくなるパラメータ条件が存在する。雑音が大きくなることは、そのデジタルフィルタの目的である入力信号の波高値(信号強度)を検出する際、検出波高値の測定バラツキが大きくなることにつながり、その結果、測定精度が劣化することになる。
【0007】
本発明は、そのような問題に着目してなされたものであって、雑音の影響をできるだけ受けず波高値の測定精度を向上させたデジタルフィルタを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本願出願人は、上記特許文献1記載のデジタルフィルタにおいて、雑音特性は信号遅延時間の組み合わせに対し連続的に変化するが、その中で雑音が特異的に増加したり減少したりする信号遅延時間関係の組み合わせが存在することに着目し、従って特異的に雑音の増加する組み合わせは避け、特異的に雑音の減少する組み合わせは有効に活用することで、雑音特性面で良好なデジタルフィルタを実現できることを見出すとともに、そのような特性を示す信号遅延時間の組み合わせは計算することができることも見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
つまり、本発明の請求項1記載のデジタルフィルタは、入力信号を遅延させる遅延手段と、この遅延手段からの前記入力信号に係数を乗ずる乗算手段と、前記入力信号と前記乗算手段からの出力信号とを減算処理する減算手段とを有する差分処理手段を備え、この差分処理手段からの出力信号を前記差分処理手段と同じ構成の次段の差分処理手段における遅延手段の入力信号とすることを、少なくとも2回(段)以上繰り返すものにおいて、前記各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間は、互いに異なる値であることを特徴とする。
【0010】
本発明のデジタルフィルタは、差分処理を少なくとも2回以上繰り返すもの、すなわち少なくとも第1段及び第2段の差分処理手段を備えるものであり、各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間が互いに異なる値である(同じ値ではない)。
【0011】
差分処理を3回行う場合は、第1段、第2段及び第3段の差分処理手段を備え、この場合も各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間は互いに異なる値であれば良いが、特に各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間のうち、2つの段の遅延時間の和が残りの1つの段の遅延時間に等しければ、雑音特性が特異的に改善される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、雑音の影響をできるだけ受けず入力信号の波高値(信号強度)の測定精度を向上させることができる。
【0013】
また、請求項2記載の発明によれば、差分処理を3回行う場合(第1段、第2段及び第3段の差分処理手段を備える場合)に、雑音特性が特異的に改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、実施の形態により、この発明を更に詳細に説明する。
【0015】
上記特許文献1記載のデジタルフィルタにおいて、3回差分処理を行う場合の差分フィルタの伝達関数(z関数)のシグナルフロー図を図1に示す。図1のような差分フィルタは、雑音特性の面からすると、雑音を小さくするのではなく大きくする性質を持っている。そこで、まず図1のような差分フィルタの雑音特性について説明する。
【0016】
図1の差分フィルタは、3回差分処理を行うので、第1段、第2段、第3段の差分処理手段1A,1B,1Cを備える。
【0017】
第1段の差分処理手段1Aは、入力信号を遅延時間Lだけ遅延させる遅延手段(L個の記憶セルからなるレジスタ)2Aと、この遅延手段2Aからの前記入力信号に係数kLを乗ずる乗算手段3Aと、前記入力信号と乗算手段3Aからの出力信号とを減算処理する減算手段4Aとを有する。
【0018】
第2段の差分処理手段1Bは、第1段の差分処理手段1A(すなわち減算手段4A)からの出力信号を受け、この信号を遅延時間Mだけ遅延させる遅延手段(M個の記憶セルからなるレジスタ)2Bと、この遅延手段2Bからの信号に係数kMを乗ずる乗算手段3Bと、差分処理手段1Aからの信号と乗算手段3Bからの出力信号とを減算処理する減算手段4Bとを有する。
【0019】
第3段の差分処理手段1Cは、第2段の差分処理手段1B(すなわち減算手段4B)からの出力信号を受け、この信号を遅延時間Nだけ遅延させる遅延手段(N個の記憶セルからなるレジスタ)2Cと、この遅延手段2Cからの信号に係数kNを乗ずる乗算手段3Cと、差分処理手段1Bからの信号と乗算手段3Cからの出力信号とを減算処理する減算手段4Cとを有する。
【0020】
この第1段、第2段、第3段の差分処理手段1A,1B,1Cにより3回差分処理を行うことで、入力信号の持つ複数の指数関数的特性をそれぞれ補償しようとするものである。このような3回差分フィルタを伝達関数(z関数)で表現すると次式となる。
【0021】
【数1】

【0022】
但し、tdi:遅延時間、τ:補償しようとする指数関数特性の持つ時定数、
L,N,N:入力信号のサンプリング時間(間隔)で正規化した遅延時間で整数
〔2回差分フィルタ〕
上記式より、2回差分フィルタの伝達関数を展開すると次式Hの通りとなる。また、その式Hにおいて2回の差分処理の遅延時間を等しくした場合(L=M)を次式H´とする。
【0023】
【数2】

【0024】
この展開した伝達関数Hをシグナルフロー図に示すと図2のようになる。
【0025】
ここで、入力信号に含まれる雑音はガウス雑音であると仮定する。入力信号の標準偏差(雑音の実効値)をσ、出力信号の標準偏差をσとする。雑音はガウス雑音としたので、時間遅延により時間差を持たせた雑音間での共分散は‘0’となる。従って、出力信号の標準偏差σは演算入力雑音の分散量の和の平方根となる(図2参照)。
【0026】
言い換えると、次式のように、展開した伝達関数の係数の二乗和の平方根となる。
【0027】
【数3】

【0028】
L=Mの場合は、上式に対して次式となる。
【0029】
【数4】

【0030】
上記2つの式(eq.1とeq.2)を見比べると、明らかにeq.2の方がeq.1より大きくなることが判る。
【0031】
以上のことより、2回差分処理を行うデジタルフィルタの場合は、次のことが分かる。
(1)雑音はeq.1で計算される割合で増加する。但し、eq.1は分散量表現なので平方根を取る。
(2)遅延時間LとMを等しくすると、eq.2に示されるように出力雑音は特異的に大きくなる。すなわち、二乗の和と和の二乗の差がこの違いになる。
【0032】
従って、2回差分処理を行うデジタルフィルタの場合は、第1段及び第2段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間は、互いに異なる値とすること、すなわち同じ値としないことがよい。
〔計算例〕
補償時定数τ1=100、τ2=1000、遅延時間td1=100=Lとし、td2=10〜200=Mと変化させたときのσ/σの関係を図3に示す。但し、横軸がtd2、縦軸がσ/σである。図3において、td2=100=td1のとき(遅延時間M=Lのとき)、雑音が特異的に大きくなることが示されている。この点以外では連続的に変化している。
〔3回差分フィルタ〕
次に、3回差分フィルタの場合については次の通りである。
【0033】
3回差分フィルタも前記と同様、雑音特性は展開した伝達関数の係数の二乗和で求められる。すなわち、展開した伝達関数は次式Hの通りとなる。
【0034】
【数5】

【0035】
この式において、3回差分フィルタでは、+/−の符号の関係から雑音が特異的に大きくなったり小さくなったりする遅延時間L,M,Nの組み合わせが存在する。
【0036】
結論としては、L=M=Nとした場合が雑音特性的には最悪となる。計算パラメータの詳細は略すが、L=M=100とし、Nを10〜200と変化させたときの雑音特性(σ/σ)を図4に示す。但し、横軸がN、縦軸がσ/σである。図4において、予測されるとおり、N=100のとき、すなわちL=M=Nのとき特異的に雑音特性は大きく悪化する。
【0037】
また、上式(数5)から、L+M=Nの関係があると、K×K−Kとz−N項はなくなるため、ここで雑音が特異的に小さくなる。なお、L,M,Nは組み合わせとして2つの和が残りの1つに等しければよい。
【0038】
その具体例として、L=100、M=50とし、Nを10〜200と変化させた場合の計算結果を図5に示す。この図5において、N=L+M=150で確かに特異的に雑音特性は良くなり、N=L=100やN=M=50では既に記したように和の二乗となることから、雑音特性は悪化する。
【0039】
なお、図6は、L=20、M=100とし、Nを10〜200と変化させた場合の計算結果を示す。この図6において、予測されるとおりに雑音はN=80とN=120で小さくなり、N=20,100で大きくなっている。
【0040】
以上のことより、3回差分処理を行うデジタルフィルタの場合は、次のことが分かる。
(1)L,M,Nのうち、3つ若しくは2つの遅延時間を等しくすると、2回差分フィルタと同様、雑音特性は特異的に悪化する。
(2)L,M,Nの組み合わせで、2つの和が残りの1つと等しければ、雑音特性は特異的に改善される。
【0041】
従って、3回差分処理を行うデジタルフィルタの場合は、第1段、第2段及び第3段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間は、互いに異なる値であれば良いが、特に3つの段の遅延時間のうち、2つの段の遅延時間の和が残りの1つの段の遅延時間に等しければ好適である。
〔シミュレーション計算〕
3回差分フィルタで、L=M=N=100、雑音強度は0.01、τ1=100、τ2=1000、τ3=30であるときの計算結果を図7に示す。図7において、フィルタ入力信号がa、フィルタ出力信号がbである。この場合、L,M,Nは雑音特性的には最悪の組み合わせである。
【0042】
また、雑音特性の計算値は1.69となる。すなわち、入力雑音が1.69倍になるということである。図7に示す計算結果で、時間400〜1400の間のデータを用い、この領域の標準偏差を求めると0.017となる。入力雑音は0.01で、雑音特性の計算値は1.69なので、出力の雑音強度の期待値は0.0169となり、標準偏差0.017と期待値0.0169は良く一致している。
【0043】
更にまた、L=100、M=110、N=90とすると、雑音特性の計算値は1.43となり、出力の雑音強度の期待値は0.0143となる。すなわち、期待値0.0143はシミュレーション計算結果の標準偏差0.0147と一致する。
【0044】
これに対して、雑音の小さくなるL,M,Nの組み合わせ計算結果例を図8(入力信号a、出力信号b)に示す。ここでは、L=100、M=180、N=80である。但し、フィルタ出力信号の波形形状は図7のものと概ね似たものとした。
【0045】
この場合、雑音特性の計算値は1.38、出力の雑音強度の期待値は0.0138、シミュレーション計算結果の標準偏差は0.0137である。よって、図7に示す場合に比べ僅かではあるが、雑音特性は改善する。
【0046】
なお、上記実施形態では、2回差分フィルタ、3回差分フィルタについて説明したが、差分処理を4回以上行う差分フィルタにおいても、同様に各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間が互いに異なる値であればよい。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】実施形態に係るデジタルフィルタにおいて、3回差分処理を行う場合の差分フィルタの伝達関数(z関数)のシグナルフロー図である。
【図2】同デジタルフィルタにおいて、2回差分処理を行う差分フィルタの伝達関数(z関数)のシグナルフロー図である。
【図3】同デジタルフィルタにおいて、2回差分フィルタの場合で、遅延時間Mと雑音特性σ/σ(σ:出力信号の標準偏差、σ:入力信号の標準偏差)との関係を示す図である。
【図4】同デジタルフィルタにおいて、3回差分フィルタの場合で、遅延時間L=M=100とし、遅延時間Nを10〜200と変化させたときの遅延時間Nと雑音特性σ/σ(σ:出力信号の標準偏差、σ:入力信号の標準偏差)との関係を示す図である。
【図5】同デジタルフィルタにおいて、3回差分フィルタの場合で、遅延時間L=100、M=50とし、遅延時間Nを10〜200と変化させたときの遅延時間Nと雑音特性σ/σ(σ:出力信号の標準偏差、σ:入力信号の標準偏差)との関係を示す図である。
【図6】同デジタルフィルタにおいて、3回差分フィルタの場合で、遅延時間L=20、M=100とし、遅延時間Nを10〜200と変化させたときの遅延時間Nと雑音特性σ/σ(σ:出力信号の標準偏差、σ:入力信号の標準偏差)との関係を示す図である。
【図7】同デジタルフィルタにおいて、3回差分フィルタの場合で、L=M=N=100としたときのフィルタ入力信号とフィルタ出力信号の波形(時間と波高値との関係)を示す図である。
【図8】同デジタルフィルタにおいて、3回差分フィルタの場合で、L=100、M=180、N=80としたときのフィルタ入力信号とフィルタ出力信号の波形(時間と波高値との関係)を示す図である。
【符号の説明】
【0048】
1A,1B,1C 第1段、第2段、第3段の差分処理手段
2A,2B,2C 遅延手段
3A,3B,3C 乗算手段
4A,4B,4C 減算手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号を遅延させる遅延手段と、この遅延手段からの前記入力信号に係数を乗ずる乗算手段と、前記入力信号と前記乗算手段からの出力信号とを減算処理する減算手段とを有する差分処理手段を備え、この差分処理手段からの出力信号を前記差分処理手段と同じ構成の次段の差分処理手段における遅延手段の入力信号とすることを、少なくとも2回(段)以上繰り返すデジタルフィルタにおいて、
前記各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間は、互いに異なる値であることを特徴とするデジタルフィルタ。
【請求項2】
第1段、第2段及び第3段の差分処理手段を備え、各段の差分処理手段における遅延手段の遅延時間は、2つの段の遅延時間の和が残りの1つの段の遅延時間に等しいことを特徴とする請求項1記載のデジタルフィルタ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate