説明

トータルエッチング歯科用接着剤組成物

少なくとも3のpHを有する歯科用接着剤組成物であって、(a)重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマー、(b)水溶性重合性カルボン酸、及び(c)水溶性有機溶媒を含有する水溶液を含む歯科用接着剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯科用接着剤に関する。特に、本発明は、シーラント、歯科矯正ブラケット、前歯用(anterior)コンポジットレジン、奥歯用(posterior)コンポジットレジン、接着された歯科用銀アマルガム;ポストを用いたレジンセメンテーション、全金属修復物、陶材金属修復物、コンポジットレジン修復物及びセラミック修復物、スプリンティング、コア土台、並びに損傷した歯列の保存処置のための、トータルエッチング接着技法に用いられる歯科用接着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
エナメル質及び象牙質のトータルエッチング接着の概念は既知である。トータルエッチング技法は、スミア層を除去するため、且つその後塗布される歯科用接着剤組成物を受容し得る微小空洞を作るために、リン酸ゲルを用いてエナメル質と象牙質とを同時にエッチングする技術に関する。この酸はその後のエアウォータージェットスプレー洗浄によって完全に除去される。細管口は、細管壁及び樹脂含浸象牙質表面に固着するレジンタグを含む保護ボンディング材層によって封止される。
【0003】
しかしながら、トータルエッチング技法は、エッチングされた歯牙表面(特に象牙質)の過度の乾燥によりボンディング特性が低下するおそれがあるという問題をはらんでいる。別個のエッチング工程、並びにその後の酸の除去及び乾燥に関連する問題を回避するために、セルフエッチング組成物が提案されている。セルフエッチング組成物は典型的に、2未満の酸性pHを有しており、スミア層を通過することができる。しかしながら、セルフエッチング技法は、自己硬化活性剤を硬化に使用する場合でさえ、さらなる問題を引き起こす。歯科用セメントは歯科用接着剤との界面で往々にして不活性であるためボンディングと硬化とは効率的に起こり得ない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、過度の乾燥に伴う問題を回避し、且つせん断接着強度で表した象牙質及びエナメル質に対する接着の改善が少なくとも15MPaのレベルで得られ、ここでせん断接着強度で表したエナメル質に対する接着及び象牙質に対する接着は同様の大きさを有する、トータルエッチング接着技法に用いられる歯科用接着剤組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、少なくとも3のpHを有する歯科用接着剤組成物であって、
(a)重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマー;
(b)水溶性重合性カルボン酸;及び
(c)水溶性有機溶媒、
を含有する水溶液を含むことを特徴とする歯科用接着剤組成物を提供する。
【0006】
本発明は、歯牙表面の水分を調節することができる水溶液に基づいて極端に強いボンディングがもたらされ得るという認識に基づく。但し、この組成物は重合性被膜を形成するために少なくともpH3で歯牙の表面を効率的に湿潤させる成分を含有するものとする。組成物中に水が存在すると仮定すれば、貯蔵中に加水分解を起こす組成物中にはエステル結合が存在しないことになる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】トータルエッチング技法におけるSpectrum 800硬化ユニットで重合される、XP Bond及びPrime&Bond NTと比較した、実施例1による組成物と光硬化コンポジット(Spectrum TPH)との接着を示す図であり、ここで、せん断接着強度測定前の貯蔵条件は37℃における24時間の貯蔵であり、5℃〜55℃の熱循環(thermocyling)を1800回行っている。
【図2】トータルエッチング技法におけるXP Bond及びPrime&Bond NTと比較した、24時間/37℃の貯蔵後に接着剤層を光硬化し且つコンポジットセメントを自己硬化するトータルエッチング技法における、実施例1による組成物と自己硬化コンポジットセメント(Calibra)との接着を示す図である。
【図3】トータルエッチング技法におけるXP Bond及びPrime&Bond NTと比較した、24時間/37℃の貯蔵後に接着剤層を自己硬化させ且つコンポジットセメントを自己硬化させるトータルエッチング技法における、実施例1による組成物と市販の自己硬化活性剤(Prime&Bond Self−cure Activator)とから成る混合物と、自己硬化コンポジットセメント(Calibra)との接着を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明に係る歯科用接着剤組成物は水溶液からなる。水溶液は、トータルエッチング技法において歯牙表面が過度に乾燥する場合に歯牙構造に水分をもたらす。
【0009】
水溶液は、水性媒体、重合性成分、並びに任意選択的に開始剤、安定剤及び/又は阻害剤を含有する。歯科用接着剤組成物は少なくとも3のpH、好ましくは3〜9の範囲、より好ましくは少なくとも4、さらに好ましくは少なくとも5のpHを有する。
【0010】
水性媒体は、水と、任意選択的に1つ又は複数の水混和性有機溶媒とを含む。好ましくは、水は、歯科用接着剤組成物に対して、少なくとも0.5重量%、特に5重量%〜45重量%の量で存在する。より好ましくは、水は、歯科用接着剤組成物に対して20重量%〜40重量%の量で存在する。含水量が0.5重量%未満であれば、歯科用接着剤は、表面が過度に乾燥した場合に歯牙表面を湿らせるのに効果的でない場合がある。
【0011】
水溶性有機溶媒は、アルコール及びケトンから選択され得る。具体的に、水溶性有機溶媒は、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール、t−ブタノール、アセトン及びメチルエチルケトンから選択され得る。t−ブタノールが特に好ましい。水溶性有機溶媒は、歯科用接着剤組成物に対して5重量%〜45重量%の量で存在し得る。より好ましくは、水溶性有機溶媒は8重量%〜30重量%の量で存在し得る。
【0012】
重合性成分は、重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーであって、好ましくは、下記式:
【0013】
【化1】

【0014】
(式中、R及びRは独立的に水素原子又はC〜Cアルキル基を表し;Aは、1個〜11個の炭素原子を有する二価の置換又は非置換の有機残基を表し、ここで該有機残基は1個〜3個の酸素原子及び/又は窒素原子を含有していてもよく;Zは、飽和した少なくとも三価の置換又は非置換のC〜C炭化水素基、飽和した少なくとも三価の置換又は非置換の環状C〜C炭化水素基を表し;nは少なくとも3である)の1つにより特徴付けられる化合物から選択され得る、重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーを含む。
【0015】
好ましくは、重合性モノマーは、下記式:
【0016】
【化2】

【0017】
(式中、R、R及びRは独立的に水素原子又はC〜Cアルキル基を表す)により特徴付けられる、モノ(メタ)アクリルアミド、ビス(メタ)アクリルアミド又はポリ(メタ)アクリルアミドであり得る。好ましくは、1,3−ビスアクリルアミドプロパン(BAP)又は1,3−ビスアクリルアミドペンタン(BAPEN)が使用され得る。
【0018】
水溶性重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーは、歯科用接着剤組成物に対して20重量%〜60重量%、より好ましくは30重量%〜50重量%の量で存在し得る。
【0019】
好ましくは、重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーは、最大400の分子量、より好ましくは最大300の分子量を有する。
【0020】
重合性成分は、モノカルボン酸又はポリカルボン酸の群から選択され得る水溶性重合性カルボン酸をも含む。具体的には、モノカルボン酸又はポリカルボン酸は、アクリル酸、メタクリル酸、フマル酸、マレイン酸、イタコン酸及びそれらの混合物の群から選択される。水溶性有機酸は、歯科用接着剤組成物に対して3重量%〜20重量%、より好ましくは5重量%〜15重量%の量で存在し得る。
【0021】
好ましくは、水溶性重合性カルボン酸は、最大400の分子量、より好ましくは最大300の分子量を有する。
【0022】
好ましくは、水溶性重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマー、及び水溶性重合性カルボン酸を、7:1〜1:1、好ましくは5:1〜1:1の重量比で含有する。
【0023】
本発明による歯科用接着剤組成物は、重合開始剤、阻害剤及び/又は安定剤をさらに含んでもよい。重合開始剤は、熱開始剤、レドックス開始剤又は光開始剤であってもよい。光開始剤は、カンファーキノン(quinine)/アミン及び/又はアシルホスフィンオキシドであってもよい。阻害剤及び/又は安定剤は、ヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテル、ジ−t−ブチルクレゾール、t−ブチルヒドロキノンから選択され得る。
【0024】
特定の実施形態においては、歯科用接着剤組成物は、1nm〜100nm、好ましくは1nm〜10nmの範囲内の平均粒径を有するナノフィラーをさらに含んでいてもよい。
【0025】
また、他の特定の実施形態では、歯科用接着剤組成物はフッ化物含有化合物をさらに含んでいてもよい。
【0026】
好ましい実施形態においては、歯科用接着剤組成物は基本的に、
(a)重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマー;
(b)水溶性重合性カルボン酸;及び
(c)水溶性有機溶媒、
を含有する水溶液、並びに任意選択的にフィラー、フッ化物含有化合物、開始剤、安定剤及び/又は阻害剤から成る。
【0027】
歯科用接着剤組成物は、少なくとも15MPaのレベルで、せん断接着強度で表した象牙質及びエナメル質に対する接着を提供し、ここでせん断接着強度で表した象牙質に対する接着は、せん断接着強度で表したエナメル質に対する接着の少なくとも50%、より好ましくは少なくとも70%であることが好ましい。
【0028】
ここで、以下の非限定的な実施例を参照して本発明を例示する。
【0029】
[実施例]
調製例1、調製例2及び調製例3
下記の歯科用接着剤組成物を調製した。組成物は5.5〜7のpHを有していた。
【0030】
【表1】

【0031】
混合物は、トータルエッチング法に用いるのに好適な低粘度の透明な溶液である。組成物は、歯牙表面が過度に乾燥された場合にも、歯牙表面の優れた湿潤特性をもたらす。エステル結合が存在しないため、組成物の貯蔵安定性は優れている。
【0032】
[実施例2]
直接修復
実施例1、実施例2及び実施例3による組成物を歯の表面に塗布し、光硬化させた。歯の表面はエナメル質又は象牙質のいずれかとした。実施例1については、過度に乾燥した象牙質も検討した。接着剤組成物の塗布前に、歯の表面を従来のリン酸ゲルでエッチングした。
【0033】
市販の光硬化コンポジット(Spectrum TPH、shade 2、Dentsply)を、接着剤の光硬化表面に塗布した。
【0034】
せん断接着強度を測定した。結果を、市販の接着剤組成物であるXP Bond及びPrime&Bond NTを用いて得られるせん断接着強度と比較した。結果を図1及び図2に示す。
【0035】
[実施例3]
間接修復
実施例1による組成物を歯の表面に塗布し、光硬化させた。歯の表面はエナメル質又は象牙質のいずれかとした。接着剤組成物の塗布前に、歯の表面を従来のリン酸ゲルでエッチングした。
【0036】
市販の自己硬化コンポジット(Calibra)を、接着剤の光硬化表面に塗布した。
【0037】
せん断接着強度を測定した。結果を、市販の接着剤組成物であるXP Bond及びPrime&Bond NTを用いて得られるせん断接着強度と比較した。結果を図3に示す。
【0038】
実施例1の組成物とPrime&Bond NT self−cure activator(SCA)との混合物を歯の表面に塗布し、自己硬化させた。歯の表面はエナメル質又は象牙質とした。接着剤組成物の塗布前に、歯の表面を従来のリン酸ゲルでエッチングした。
【0039】
市販の自己硬化コンポジット(Calibra)を、接着剤の自己硬化表面に塗布した。
【0040】
せん断接着強度を測定した。結果を、市販のPrime&Bond NTをPrime&Bond NTのSelf−Cure Activator(SCA)と併せて用いて得られるせん断接着強度と比較した。結果を図4に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも3のpHを有する歯科用接着剤組成物であって、
(a)重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマー;
(b)水溶性重合性カルボン酸;及び
(c)水溶性有機溶媒
を含有する水溶液を含むことを特徴とする歯科用接着剤組成物。
【請求項2】
前記重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーが、下記式:
【化1】

(式中、R及びRは独立的に水素原子又はC〜Cアルキル基を表し;Aは1個〜11個の炭素原子を有する二価の置換もしくは非置換の有機残基を表し、ここで該有機残基は1個〜3個の酸素原子及び/又は窒素原子を含有していてもよく;Zは飽和した少なくとも三価の置換もしくは非置換のC〜C炭化水素基又は飽和した少なくとも三価の置換もしくは非置換の環状C〜C炭化水素基を表し;nは少なくとも3である)
の1つにより特徴付けられるものである請求項1に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項3】
前記水溶性重合性カルボン酸が、モノカルボン酸及びポリカルボン酸からなる群より選択されたものである請求項1又は2に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項4】
前記モノカルボン酸又はポリカルボン酸が、アクリル酸、メタクリル酸、フマル酸、マレイン酸、クエン酸、イタコン酸、ギ酸及びそれらの混合物からなる群より選択されたものである請求項3に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項5】
前記水溶性有機溶媒が、アルコール及びケトンから選択されたものである請求項1〜4のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項6】
前記水溶性有機溶媒が、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール、t−ブタノール、アセトン及びメチルエチルケトンから選択されたものである請求項5に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項7】
前記水溶性重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーが20重量%〜60重量%の量で存在する請求項1〜6のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項8】
前記水溶性有機酸が3重量%〜20重量%の量で存在する請求項1〜7のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項9】
前記水溶性有機溶媒が5重量%〜45重量%の量で存在する請求項1〜8のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項10】
水が0.5重量%〜45重量%の量で存在する請求項1〜9のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項11】
成分(a)及び成分(b)が、7:1〜1:1の重量比で含有されている請求項1〜10のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項12】
前記重合性モノマーが、下記式:
【化2】

(式中、R、R及びRは独立的に水素原子又はC〜Cアルキル基を表す)により特徴付けられるモノ(メタ)アクリルアミド、ビス(メタ)アクリルアミド又はポリ(メタ)アクリルアミドである請求項1〜11のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項13】
前記重合性N−置換アルキルアクリル酸アミドモノマー又はアクリル酸アミドモノマーが、最大400の分子量を有している請求項1〜12のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項14】
前記水溶性重合性カルボン酸が最大400の分子量を有している請求項1〜13のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項15】
重合開始剤、阻害剤及び/又は安定剤をさらに含んでいる請求項1〜14のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項16】
前記重合開始剤が、熱開始剤、レドックス開始剤又は光開始剤である請求項1〜15のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項17】
前記光開始剤が、アシルホスフィンオキシド及び/又はカンファーキノン/アミンである請求項14に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項18】
ナノフィラーをさらに含んでいる請求項1〜17のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。
【請求項19】
フッ化物化合物をさらに含んでいる請求項1〜18のいずれか一項に記載の歯科用接着剤組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2009−542740(P2009−542740A)
【公表日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−518751(P2009−518751)
【出願日】平成19年7月3日(2007.7.3)
【国際出願番号】PCT/EP2007/005883
【国際公開番号】WO2008/006489
【国際公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【出願人】(502289695)デンツプライ デトレイ ゲー.エム.ベー.ハー. (28)
【Fターム(参考)】