説明

ナデシコ科ダイアンサス属植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の識別方法

【課題】ナデシコ科ダイアンサス属植物における,ナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を容易に識別できる方法を提供すること。
【解決手段】ナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱は葉裏表面から海綿状組織までの距離とナミハダニの口針の長さとの対比により識別することができる。すなわち、ナミハダニは成長に伴って口針が長くなることでナデシコ科ダイアンサス属植物の葉組織内部のより深くまで吸汁可能となり、耐虫性の強弱がその長さで判断できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ナデシコ科ダイアンサス属植物の葉内部構造を指標としてナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を識別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーネーションを代表とするナデシコ科ダイアンサス属植物の栽培圃場では,高温期にナミハダニが発生する。ナミハダニは雌成虫の体長が約0.5mmで,視覚的に発見することは困難であり,その食害痕が著しく商品価値を低下させることから,重要な害虫とされている。このナミハダニによって引き起こされる品質低下に対抗するために,栽培者は,典型的には化学農薬を使用した害虫管理戦略を用いる。ナミハダニは一世代の期間が約2週間と短く,薬剤に対する抵抗性を獲得するのが早いため,化学農薬に依存した害虫管理戦略だけでは,その被害を抑えることは困難となっている。(例えば非特許文献1参照。)
【0003】
さらに近年の環境保護の視点の高まり,さらに栽培者及び消費者の健康への影響の観点から,化学農薬の使用を削減することが望まれている。そのため耐虫性品種を育成するためのテクノロジーについて調査研究が行われてきた。(例えば特許文献1参照。)
数多くの調査研究が害虫に対する有効な遺伝子組み換えアプローチを明らかにしている。しかし,国民の遺伝子組み換え植物に対する抵抗感や規制承認を得るための高いコスト等の問題が,上記の有望なテクノロジーを使用するのを妨げてきた。そのため,交配アプローチを使用した商業的栽培品種への耐虫性の導入は,耐虫性品種を育成するために使用しうる有効なテクノロジーとなっている。このアプローチはなおも学術的および商業的育種プログラムにおける第一のテクノロジーである。
【0004】
しかしながら,耐虫性品種は望まれていながらも,商業的に利用しうる品種は育成されていない。その理由は,耐虫性個体の効率的な選抜方法の確立がなされていないことによる。虫害は,植物と虫との相互作用の結果として現れるもので,耐虫性の強弱は,物理的・化学的・生物的な環境条件に影響を受けやすい。耐虫性植物育種に必要な耐虫性個体の選抜方法について,評価に害虫を使用する場合,その選抜施設は隔離施設が必要であり,管理が欠かせず,対象害虫を均一に放虫するためには,放虫時期,放虫方法,虫害の有無の判定手法など,選抜の各工程で,個別で検討する必要,確立する必要がある。それゆえ植物の耐虫性の強弱は,種々の事例を積み重ね,一般的な栽培環境とは異なる特定条件下での,食害痕や害虫の発育に関わるパラメーターを比較することで推定するしかない。(例えば非特許文献2参照。)
病害を引き起こす病原菌に比べて,害虫の取り扱いには専用の飼育施設の設置及び飼育法の習熟が必須である。また,耐虫性品種を育成するためには植物育種学,植物生理学,昆虫生態学,昆虫生理学の分野についての学術的な知識が必要となるため,適切な選抜方法の開発がなされておらず,商業的育種プログラムに耐虫性の選抜は含まれてこなかった。
【特許文献1】特開平10―323138号
【非特許文献1】「植物防疫講座 第3版 害虫・有害動物編」(1998)第263−265頁 社団法人 日本植物防疫協会
【非特許文献2】農林水産研究解題No.27大豆自給率向上に向けた技術開発,http://rms1.agsearch.agropedia.affrc.go.jp/contents/kaidai/daizuNo27/27-1-4-2_h.html
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は,ナデシコ科ダイアンサス属植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性個体を,専門的な知識や技術を必要とせずに,容易に識別する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは,上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果,ナデシコ科ダイアンサス属植物の葉表面から内部にある海綿状組織までの距離を調べることで,ナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を識別できることを見出し,本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち本発明は以下の発明を包含する。
(1)ナデシコ科ダイアンサス属植物葉内部の組織構造が指標であることを特徴とする,ナデシコ科ダイアンサス属植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を識別する方法。
(2)前記指標は,ナデシコ科ダイアンサス属植物の葉裏表面から海綿状組織までの距離であることを特徴とする(1)に記載の識別方法。
(3)ナデシコ科ダイアンサス属植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱は、葉裏表面から海綿状組織までの距離とナミハダニ(赤色型)の口針の長さとの対比に基づき識別することを特徴とする(1)または(2)記載の識別方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば,既存の商業的品種のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を,容易に識別することが可能となる。また,該識別方法を用いて得られた知見により,栽培者が,商業的品種のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱をあらかじめ知ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を識別する方法は,ナデシコ科ダイアンサス属植物の葉内部構造が指標であることを特徴とし,植物の葉裏表面から海綿状組織までの距離である。
【0010】
本発明において「ナデシコ科ダイアンサス属」という場合,ナデシコ科ダイアンサス属に属するいずれが含まれていてもよく,例えばスタンダードタイプカーネーション,スプレータイプカーネーション,ダイアンサス系カーネーション,ポットカーネーションなどに属する植物が含まれるが,これらのものに限定されるものではない。
【0011】
以下に本発明を詳細に説明する。
上述したナデシコ科ダイアンサス属に属する植物の葉内部構造には,一般的な植物の葉内部構造には無い特徴がある。一般的な植物の葉の構造は,葉表側から,表皮,柵状組織,海綿状組織,葉裏側の表皮となっているが,ナデシコ科ダイアンサス属の場合には葉裏側にも柵状組織が存在することが特徴である。すなわち,図1に示すように,葉表側から,表皮1,柵状組織2,海綿状組織3,葉裏側の柵状組織4,葉裏側の表皮5となっている。植物学上,柵状組織および海綿状組織についての定義というのは実は決められていない。葉表側にある組織が柵状組織だと報告される場合があれば,細長い細胞で出来ている部分が柵状組織だと報告される場合もあるため,ナデシコ科ダイアンサス属の葉裏側の柵状組織4のことを,以後「柵状様組織」と定義する。このパターンの葉構造をしている植物は,他にユーカリなどで知られてはいるが,非常に珍しいタイプの葉構造をした植物である。
【0012】
ナミハダニ(赤色型)(Tetranychus urticae Koch)は,ダニ目前気門亜目ハダニ上科ハダニ亜科に属する植食性のハダニである。
ハダニを図2により説明する。ハダニは,口吻に二本の口針を有している。この口針10を出して植物体に突き刺し,葉表面の細胞を破壊しながら,植物細胞に含まれている液体を吸汁している。ナミハダニ(赤色型)は,卵から孵化した後,3回の脱皮を繰り返して成虫となる。ここで,ハダニの成長と口針10の長さの変化を図3に示す。孵化直後の口針の長さは約72.9μmであるが,その各成育過程において徐々に長くなり,成虫になると約139.6μmになる。ナミハダニ(赤色型)が葉組織内部のどこまで吸汁可能なのかは,この口針の長さに依存している。つまり,成長に伴って口針が長くなることで,葉組織内部のより深くまで吸汁可能となる。
【0013】
ナミハダニ(赤色型)はいろいろな植物を寄主植物として利用することのできる,広食性のハダニである。一般的なハダニの生態的特性として,上に登る,糸を出す,葉裏に生息することなどが特筆できる。ナミハダニ(赤色型)がナデシコ科ダイアンサス属の植物を寄主植物として利用する際も,ほとんどの個体が葉裏に生息し,主として葉裏から吸汁している。
【0014】
ナデシコ科ダイアンサス属の植物の葉内部構造の特徴である柵状様組織は,品種によって厚さが異なる。この組織は,ナミハダニ(赤色型)が生息している葉裏側の葉表面から,葉内部にある海綿状組織までの距離を規定する主要因になっている。そこで葉裏側の表面から葉内部の海綿状組織までの距離,つまり表皮細胞と柵状様組織の厚さを合計した長さを指標に,図4に示すように,厚い品種としてマドカ,中間の品種としてライトピンクバーバラ,薄い品種としてアニバルの3品種を選び,その品種の葉をナミハダニ(赤色型)に与えて飼育した。そして,3品種の葉上でのナミハダニ(赤色型)の発育に関わるパラメーターを比較した。厚い品種とは成虫になれば口針が海綿状組織に届く品種,中間の品種とは発育の途中の段階で口針が海綿状組織に届く品種,薄い品種とは発育の初期の段階から口針が海綿状組織に届く品種である。
その結果,図5及び図6に示すように,表皮細胞と柵状様組織の厚さが薄い品種,アニバルは成虫化率が高く,孵化から成虫までの発育日数が短い。表皮細胞と柵状様組織の厚さが厚い品種,マドカは成虫化率が低く,孵化から成虫までの発育日数が長い。この結果から葉裏側の表面から葉内部の海綿状組織までの距離が長い品種ほど,ナミハダニ(赤色型)にとって餌としては不適であることが究明された。
【0015】
本発明者らは,上述の方法でナデシコ科ダイアンサス属に属する植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性を識別する方法を確認した。即ち,葉の切片を作成して葉内部組織の観察を実施した。葉内部組織の構造を指標に品種を選び,ナミハダニ(赤色型)に餌として与えた結果,発育初期段階から海綿状組織を吸汁可能な品種は弱い耐虫性を示し,発育過程では海綿状組織を吸汁できない品種は強い耐虫性を示すことを明らかにした。なお,観察に使用する植物体は,信頼性が増すので,同一の栽培条件で,同一の生育段階であるものを使用したほうがより好ましい。
【実施例】
【0016】
次に,本発明を実施例により詳しく説明するが,本発明はこれらにより制限されるものではない。
実施例1
葉内部の海綿状組織までの距離を指標に,薄い品種から厚い品種まで5品種を選び,2圃場にて栽培し,商業的形態である切り花を得た。その切り花を用いて,栽培施設内にて自然発生したナミハダニ(赤色型)による食害程度を調査した。図7に示すように,試験に供試した切り花の食害程度は,海綿状組織までの距離が短いものほど多く,長いものほど少なかった。したがって,海綿状組織までの距離を指標にすることが,ナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を識別する方法として有効であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は,植物育種の技術分野で利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ナデシコ科ダイアンサス属植物の葉内部構造
【図2】ナミハダニ(赤色型)幼虫の口針の形態を示す写真
【図3】ナミハダニ(赤色型)の成育段階ごとの口針の長さをあらわす図表
【図4】ナデシコ科ダイアンサス属の商業的品種である,マドカ,ライトピンクバーバラ,アニバルの海綿状組織までの距離を示す概略図
【図5】図4で示した3品種上で成育したナミハダニ(赤色型)の孵化から成虫になるまでの成育日数を示した概略図
【図6】図4で示した3品種上で成育したナミハダニ(赤色型)が孵化した個体のうち成虫にまで成育した割合を表す図表
【図7】ナデシコ科ダイアンサス属の植物の海綿状組織までの距離と,ナミハダニ(赤色型)による食害程度との相関を示した概略図
【符号の説明】
【0019】
1 葉表側の表皮細胞
2 葉表側の柵状組織
3 海綿状組織
4 葉裏側の柵状組織(柵状様組織)
5 葉裏側の表皮細胞
10 口針

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナデシコ科ダイアンサス属植物葉内部の組織構造が指標であることを特徴とする,ナデシコ科ダイアンサス属植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱を識別する方法。

【請求項2】
前記指標は,ナデシコ科ダイアンサス属植物の葉裏表面から海綿状組織までの距離であることを特徴とする請求項1に記載の識別方法。

【請求項3】
ナデシコ科ダイアンサス属植物のナミハダニ(赤色型)に対する耐虫性の強弱は、葉裏表面から海綿状組織までの距離とナミハダニ(赤色型)の口針の長さとの対比に基づき識別することを特徴とする請求項1または2記載の識別方法。


【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2009−38970(P2009−38970A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−203882(P2007−203882)
【出願日】平成19年8月6日(2007.8.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:第51回日本応用動物昆虫学会大会事務局 刊行物名:平成19年 第51回 日本応用動物昆虫学会大会講演要旨 該当ページ:157ページ 発行年月日:平成19年3月1日
【出願人】(391001619)長野県 (64)
【Fターム(参考)】